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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩70巻7号

2018年07月発行

雑誌目次

増大特集 記憶と忘却に関わる脳のしくみ—分子機構から健忘の症候まで

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ページ範囲:P.674 - P.675

特集の意図

「記憶」を人の手によって操作できるのか,「忘却」は能動的な機構であるのか,など最新の知見も踏まえつつ,記憶と忘却に関わる脳のしくみについて,さまざまな視点から解説する。心的外傷後ストレス障害や心因性健忘などによって記憶に障害を持つ患者の治療に直結する内容も盛り込んだ。研究・診療のどちらにも活用されたい。

記憶・学習の分子機構—そのときシナプスでは何が起きているのか

著者: 掛川渉 ,   柚﨑通介

ページ範囲:P.677 - P.687

脳内の神経細胞をつなぐシナプスは,記憶・学習を支える重要な構造である。近年,シナプスは経験や環境に応じて絶えずその形態や機能を変化させることがわかってきた。中でも,運動系を制御する小脳は,一生涯を通じて観察されるダイナミックなシナプス改変を介して運動記憶・学習に寄与する。今日,デルタ受容体やC1qファミリー分子をはじめ,シナプス機能や記憶・学習に関わるさまざまな分子たちの挙動が明らかにされつつある。

忘却の分子・神経回路メカニズム

著者: 新井美存 ,   石原健

ページ範囲:P.689 - P.697

動物にとって,記憶の保持時間を適切に制御することは,刻々と変化する環境に適応するために重要である。しかし,能動的に忘却するメカニズムは最近になって研究が緒についたところである。この数年の間に,忘却を制御する分子や忘却を促進する細胞がみつかるなどの成果が得られた。そこで,本稿ではモデル動物を用いた能動的な忘却の分子・神経回路機構に関する最近の知見を紹介する。

記憶は人為的に書き換えられる

著者: 野本真順 ,   井ノ口馨

ページ範囲:P.699 - P.711

記憶を人為的に書き換えることは,サイエンスフィクションであると考えられていた。しかし現在,記憶の物理的実体である記憶痕跡の活動を人為的に操作することで,独立した記憶を連合させたり,連合した記憶を切り離したり,社会性記憶の印象を操作したりできるようになってきた。本論では,記憶痕跡仮説の提唱から発見,さらに記憶痕跡の操作にわたり,マイルストーンとなる知見とともに概説したい。

学習・記憶の細胞基盤—シナプス・アンサンブルを可視化・操作する技術の創出

著者: 佐藤壮泰 ,   宮本成美 ,   千葉久実 ,   小尾紀翔 ,   林(高木)朗子

ページ範囲:P.713 - P.721

記憶はどこに保存されているのか。各種イメージングや光遺伝学・薬理遺伝学の発展に伴い,高い時空間解像度で記憶情報の脳内表現を可視化できるようになったが,記憶の脳内表現とシナプスとの関連は相関関係以上の知見を得ることができなかった。この問題を克服するために,われわれはシナプス光プローブを開発し,記憶を光操作する技術の開発に取り組んできた。記憶を直接操作することで明らかになった知見を概説する。

運動学習における記憶と忘却—時間スケールの異なる運動記憶

著者: 今水寛

ページ範囲:P.723 - P.731

人間の運動学習における記憶と忘却の時間パターンを調べると,時間スケールの異なる運動記憶が複数存在することがわかる。はじめに行動データから導出される感覚運動学習記憶の計算モデルを紹介する。次に,計算モデルに基づく脳活動解析について説明する。その結果は,学習に関わる脳部位ごとに記憶の時間スケールは異なり,1つの課題を学習するにも,複数の脳部位が時間とともに交代で関与しながら学習が進む過程を明らかにした。

視覚性ワーキングメモリにおける特徴の統合

著者: 齋木潤

ページ範囲:P.733 - P.743

視覚情報を短時間保持し,さまざまな知的活動のために変換や操作を行う機能である視覚性ワーキングメモリにおける情報統合の働きを概説した。特徴の組合せの明示的な報告を要する課題は前頭前皮質の関与を示しているが,特徴を統合した物体情報の保持,変換に関しては議論がある。一方,潜在指標を使った研究は視覚性ワーキングメモリにおける特徴統合の証拠を示し,特徴統合した物体を単位とした保持,変換の存在を支持している。

軽運動による脳の活性化と記憶の増強

著者: 征矢英昭 ,   岡本正洋 ,   陸暲洙 ,   小泉光

ページ範囲:P.745 - P.752

運動は海馬神経新生を促進し記憶能を向上させる。この最適条件を解明すべく,われわれは乳酸性作業閾値(LT)に基づいて強度を統制する運動モデルを確立した。これにより,ストレス応答を伴わないLT以下の低強度運動でも海馬神経は十分に活性化すること,慢性的な運動トレーニングにより神経新生促進と記憶能向上が生じることをつかんでいる。本論ではこれまで明らかにした低強度運動効果とそれを担う分子機構の一端について述べる。

社会的文脈における記憶と内側前頭前皮質の役割

著者: 杉本光 ,   月浦崇

ページ範囲:P.753 - P.761

他者との相互作用の中で経験する出来事の記憶は,社会的文脈でのさまざまな要素的処理によって影響を受け,内側前頭前皮質が重要な役割を果たすとされている。先行する脳機能画像研究から,社会的文脈における記憶には,主に①報酬,②自己参照,③認知制御/他者認知,の3つの処理過程が関与しており,それぞれ内側前頭前皮質の下位領域である眼窩前頭皮質,腹内側前頭前皮質,背内側前頭前皮質が関連することが示唆される。

頭頂葉内側部における符号化・検索処理の機能解剖学

著者: 梅田聡

ページ範囲:P.763 - P.769

本稿では,頭頂葉内側部における記憶処理機能について概観する。頭頂葉内側部は,脳梁膨大後部,帯状回後部,楔前部などから構成され,記憶処理,空間認知処理,自己関連処理などの機能的役割を担っている。本稿では,これまでに行われた神経心理学研究,脳機能画像研究,精神疾患研究,神経疾患研究などを概観し,頭頂葉内側部における記憶機能の役割とその意味について,デフォルトモードネットワークや符号化/検索フリップ現象を中心に考察する。

視床性健忘

著者: 鈴木麻希 ,   平山和美

ページ範囲:P.771 - P.782

ヒトのエピソード記憶に関与する神経ネットワークとして,海馬-視床前核および周嗅皮質-視床背内側核を中心とした2つが挙げられる。本論では,これら2つの記憶回路の機能的役割を検討した視床梗塞による健忘症例の神経心理学研究や健常者の脳機能画像研究を概観し,視床の各構造とエピソード記憶およびその障害(健忘)の関係について論じる。

側頭葉性健忘

著者: 菊池大一 ,   藤井俊勝

ページ範囲:P.783 - P.794

内側側頭葉が記憶において重要な神経構造であることは,症例H.M.により明らかになった。両側内側側頭葉切除術により重度の健忘を呈したH.M.の神経心理学的な研究は,陳述記憶と非陳述記憶,短期記憶と長期記憶,というヒト記憶の分類につながった。内側側頭葉は特に記憶の固定化の過程において重要な役割を果たすが,その過程の心理学的および神経学的な機序は,逆向性健忘やてんかん性健忘の研究から検討することができる。

アルツハイマー病の記憶障害—日常記憶の障害を中心に

著者: 今村徹

ページ範囲:P.795 - P.802

日常記憶とは実際の日常生活場面で必要とされる記憶である。認知症患者では,近時記憶課題の成績低下と日常記憶障害が乖離することがある。アルツハイマー病を中心とした認知症患者で,物忘れ外来のための日常記憶課題の成績が単語再生課題の成績と乖離して保たれている症例を検討すると,構成課題と見当識課題の成績が良好であった。そのような患者では,保たれた視覚認知機能や見当識が日常記憶を補助しているのかもしれない。

心因性の逆向性健忘と前向性健忘

著者: 吉益晴夫 ,   安田貴昭 ,   栗原瑛大

ページ範囲:P.803 - P.812

解離性逆向性健忘は,いったん覚えたはずの過去のことを,大きなストレスの影響下で想起できなくなる症状である。解離性前向性健忘は,極めて激しい感情を伴った体験が記憶に残らないことが知られている。解離性前向性健忘が日常生活で反復してみられる場合は,日常生活の何かが恐怖条件付けによって恐怖刺激になっている。条件付けは幼少期の解離性健忘のために想起できない虐待の記憶と関係していることが多い。

心的外傷後ストレス障害のトラウマ記憶に関わるメカニズム

著者: 小林佑衣 ,   重村淳 ,   吉野相英

ページ範囲:P.813 - P.820

人は,過酷なトラウマ体験を過去の記憶の一部として処理できないと,トラウマ記憶に進展する。心的外傷後ストレス障害では,トラウマ体験への恐怖反応が条件付けられ,直接的なトラウマ体験のみならず関連した中性刺激にも反応し,受傷時の恐怖が再現される。トラウマ記憶の形成では,扁桃体-海馬-腹内側前頭前皮質の神経伝達,視床下部-下垂体-副腎系の内分泌系機序が関与し,エピジェネティクな変化を伴う。

記憶を促通する学習パラダイムとその原理

著者: 牧野健一 ,   池谷裕二

ページ範囲:P.821 - P.828

効果的な学習は学校生活からビジネスまで日常的に重要である。本論では,学習への睡眠の効果,特にタイミングや昼寝の効果を示す。さらに,テストの効能や分散学習など,種々の学習方法の比較研究を紹介し,より効率的な学習を実現するための手掛かりを提示する。

記憶障害のリハビリテーション

著者: 原寛美

ページ範囲:P.829 - P.840

記憶障害に対するリハビリテーションの目的は,認知リハビリテーションの原則に依拠し,1つは機能の回復と再教育での「記憶システムの改善」を目指すこと,もう1つは代償的ストラテジー習得と環境調整による「記憶の代償」にある。前者では,効果的な学習法として,誤りをさせない学習と認知的な労力を高める想起が支持されている。さらに想起時間を徐々に延長する間隔伸張法などのデザインされた訓練を取り入れることが有効とされる。後者では,メモリーノートなど記憶の外的補助具や認知補助テクノロジーを活用する手法などがある。

総説

脳構造と脳機能をつなぐプラットフォームとしてのFreeSurfer

著者: 藤原和之 ,   武井雄一

ページ範囲:P.841 - P.848

FreeSurferは,頭部MRI画像を処理,分析するためのオープンソースソフトウェアであり,さまざまな脳構造の特徴を簡便に計算できる。本総説では,FreeSurferによって可能なさまざまな脳構造上の特徴評価と神経活動を高い時間空間解像度で評価できる脳磁図について紹介し,マルチモーダル研究におけるFreeSurferのプラットフォームとしての有用性について解説する。

原著

経腸経管栄養を受ける急性期脳卒中患者の高血糖に対する持続血糖測定

著者: 笠倉至言 ,   森貴久 ,   中井紀嘉 ,   丹野雄平 ,   吉岡和博

ページ範囲:P.849 - P.855

脳卒中急性期に経管栄養を投与すると高血糖をきたすことが多いが,血糖値の経時変化は明らかになっていない。経管栄養で高血糖になった脳卒中患者6名に持続血糖測定を行い,血糖値曲線の特徴を調べた。6名の空腹時血糖値(中央値)は125.5mg/dL,最高血糖値(中央値)は351.5mg/dL。血糖値曲線は,投与開始後ゆっくりと上昇し3〜4時間後に最高値となり,その後ゆっくり下降するものとほとんど下降しないものがあった。この特徴は糖尿病の診断とは関係なくみられた。血糖曲線を4パターンに分類した。

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目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.671 - P.671

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.672 - P.672

今月の表紙 フリーアクセス

著者: 河村満 ,   岡本保 ,   菊池雷太

ページ範囲:P.856 - P.857

 「神経病学のうち最も興味深いテーマの1つは交叉性片麻痺に関するものである」という一文から今回取り上げる論文1)は始まります。確かに,神経領域は冠名疾患の宝庫でありますが,とりわけ交叉性片麻痺を呈する症候群には多くの神経学者の名前が付されており,古くから興味の対象となっていたことがわかります。

 そして,この論文は「レイモン氏とセスタン氏が記載した症候群と実に多くの点で重畳するが,いくつかの特別な症状で独自の臨床型と解剖学的局在を確立できる別個の症候群」についての報告である,と続きます。

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.861 - P.861

あとがき フリーアクセス

著者: 河村満

ページ範囲:P.862 - P.862

 土曜日の午後,一般の方々を対象に「認知症について」というタイトルでお話しいたしました。60名以上の参加者があり,私の外来に通院している方やその家族の方々も大勢みえました。ご高齢の方が多く,男性,女性の割合はだいたい半々であったと思います。専門性の高い内容も含まれていましたが,皆さんがとても熱心に,人によってはメモを取りながら聞いてくださいました。

 いくつかの質問の中に,「妻が入院中であり,以前とはすっかり変わってしまった。どのように対応すればよいのか」という,高齢男性からの質問がありました。私は,認知症で施設に入所している93歳の母に関する自らの体験談でお答えしました。また最後に,「奥様は変わってしまわれたのです」と付け加えざるを得ませんでした。

読者アンケート用紙

ページ範囲:P. - P.

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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