icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩71巻9号

2019年09月発行

雑誌目次

特集 神経疾患のドラッグ・リポジショニング—新時代へ

フリーアクセス

ページ範囲:P.933 - P.933

ドラッグ・リポジショニング(DR)の手法と2004年の薬事法改正により,アカデミアによる新薬開発が可能となった。現在の医師主導治験ではほとんどがこの手法を用いており,偶然に予想外のものを発見することから始まり,近年ではiPS細胞や人工知能を用いた革新的な手法が登場している。神経疾患におけるDRの新時代とも言える現状を,創薬の最前線から報告する。

著者: 桑原聡

ページ範囲:P.935 - P.935

 医学研究の最終目標は治療であり,有効性の高い新規治療薬剤を開発し,それを実臨床において患者に届けることであることは言うまでもない。しかし臨床医が治療薬の開発に関わることのできる道筋は意外に限られている。新規化合物を治療薬剤としてヒトに対して初めて使用するには(first-in-humanと称される),化合物を合成・抽出し,安全性・薬物動態を長期の動物実験(前臨床試験)で確認してから,初めて第Ⅰ相安全性臨床試験に至るが,これらをアカデミアで行うことは不可能である。ドラッグ・リポジショニングとは既に他疾患に対して市販されている既存承認薬を新たな疾患に応用する研究手法であり,これにより上記の開発早期相をスキップして第Ⅱ相(探索)試験,第Ⅲ相(検証)試験へ進むことができ,アカデミアによる新規治療開発の道が開けることになる。

 もうひとつの大きな変化は2004年の薬事法(現在の薬機法)の改正である。新規治療薬の承認は薬機法(正式名称は「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」)に基づいて行われる。薬機法による承認を得るために行う臨床試験を「治験」と称するが,治験の実施主体は2004年までは製造販売を行う製薬企業に限られていた。製薬企業は経済的理由からまずは患者数の多い疾患を対象として開発を目指すため,本邦においては希少疾患に対する治験がほとんど進まなかったのが現実である。この2004年の法改定により医師自らが治験を行うことが認められることになり(医師主導治験),ようやくアカデミアによる新薬開発が可能となった。

ドラッグ・リポジショニングによる脳神経疾患治療薬開発の可能性

著者: 齊藤聡 ,   猪原匡史

ページ範囲:P.936 - P.942

ドラッグ・リポジショニングとは,既に臨床応用されている既存薬もしくはなんらかの過程で開発中止となった薬剤から新たな薬効を見出し,実用化もしくは新たな適応の取得を目指す研究手法を指す。脳神経疾患の中には,神経変性疾患などの治療が長期に及ぶ難治性の慢性疾患が多い。そのため,「安全」と「低コスト」を特徴とするドラッグ・リポジショニングが期待を集めており,今後の発展が望まれている。

ALS治療薬候補としてのロピニロール塩酸塩

著者: 髙橋愼一 ,   森本悟 ,   岡野栄之

ページ範囲:P.943 - P.952

疾患特異的iPS細胞(iPSC)を用いて家族性および孤発性ALS患者から脊髄運動ニューロンを作製し,in vitroで疾患表現型を再現した。1,232種類の既存薬ライブラリーから有効性スクリーニングを行い,ドラッグ・リポジショニングとしてロピニロール塩酸塩を用いた医師主導治験を開始した。ALS患者に対する安全性・忍容性および有効性を探索するプラセボ対照,二重盲検期および非盲検継続投与期から成る本第Ⅰ/Ⅱa相試験は,本邦におけるALSに対するiPSC創薬の試金石となる。

パーキンソン病治療薬—アマンタジン・ゾニサミド・ダブラフェニブ

著者: 岡本智子

ページ範囲:P.953 - P.959

パーキンソン病(PD)治療薬には,ドラッグ・リポジショニングの先駆けとなる重要な薬剤がある。アマンタジンはA型インフルエンザ治療薬として開発され,長期にわたり使用されているPD治療薬である。ゾニサミドは日本で開発された抗てんかん薬で,本邦でPD治療薬としての効果が見出され発展を遂げた。近年,悪性黒色腫の治療薬であるダブラフェニブがPD治療薬としての可能性について期待されている。

アルツハイマー病のドラッグ・リポジショニング

著者: 猪原匡史 ,   齊藤聡

ページ範囲:P.961 - P.970

アルツハイマー病(AD)の多くの疾患修飾薬開発が失敗に終わり,その新薬開発は大きな転換点を迎えている。ドラッグ・リポジショニング(DR)の手法を用いれどもADの創薬には多くの困難を伴うが,少なくともより安価で確実性の高い開発が可能となる。現在世界中で進行中のADを対象とした治験の約4割がDRの手法を用いており,現状を打破するAD創薬の起爆剤となることが期待されている。

新規な自閉スペクトラム症中核症状治療薬の開発—臨床試験,脳画像解析,遺伝子解析の統合的アプローチ

著者: 山末英典

ページ範囲:P.971 - P.980

オキシトシンによって自閉スペクトラム症の中核症状が治療できるようになることが期待されている。しかし,単回投与では一貫して改善が報告されてきた一方,反復投与では結果が一貫しなかった。これに対し筆者は,マルチモダリティの脳画像解析や定量的表情分析を応用して自主臨床試験の結果を示し,動物実験で検証し,反復投与による改善効果の経時変化や反復投与特異的なメカニズムを示した。本論ではこれらの成果を概説する。

人工知能創薬とドラッグ・リポジショニング

著者: 田中博

ページ範囲:P.981 - P.989

網羅的分子情報に基づいた「生体分子プロファイル型計算創薬・ドラッグ・リポジショニング(DR)」について,各種方法論を体系的に記述した。ビッグデータ創薬/DRについては,疾患罹患時と薬剤投与時の遺伝子発現プロファイルの比較による有効性・毒性の予測,疾患ネットワークに基づいたDR,生体ネットワークに準拠した薬効予測法などを紹介した。また,人工知能(AI)創薬に関しては,AIバーチャル・スクリーニングや薬剤標的分子探索へのAIの応用などについて解説した。

総説

共同注意の脳内機構

著者: 永井知代子

ページ範囲:P.993 - P.1002

共同注意とは,視線や指差しを介して他者と注意を共有し,コミュニケーションの共通基盤をつくる行為である。他者からのシグナル受容(受動的),他者へのシグナル送信(能動的)という2種類の役割を経験することにより,乳児期に段階的に発達する。近年の研究から,背内側前頭前野,眼窩回・島,前・後部帯状回,上側頭回,楔前部・頭頂葉,扁桃体・腹側線条体を中心としたネットワークが共同注意の神経基盤として提唱されている。

症例報告

悪性貧血に続いて広範囲に及ぶ多巣性脳病変と治療可能な認知症を呈し非傍腫瘍性自己免疫性全脳炎が考えられる1例—7年間の経過観察

著者: 坂井利行 ,   近藤昌秀 ,   遠藤真由美 ,   上村泰弘 ,   冨本秀和

ページ範囲:P.1003 - P.1012

症例は73歳の女性である。悪性貧血に続いて記憶障害,意識障害と四肢不全麻痺が亜急性に出現し,頭部MRIにおいて両側の大脳皮質と皮質下白質に多巣性病変を認めたが,ステロイドパルス療法が奏効した。悪性腫瘍の合併はなく,検索した範囲内では自己抗体は陰性で,脳脊髄液と脳組織所見において脳炎に合致する所見を認めたため,本症例は治療可能な認知症の特徴を有し,原因となる自己抗体が明らかでない非傍腫瘍性自己免疫性脳炎と考えられる。脳炎症状発現時の病態基盤として悪性貧血と共通するような自己免疫性機序が関与し,非傍腫瘍性自己免疫性脳炎発症に至り全脳炎の病態を呈したと推定される。

現代神経科学の源流・10

伊藤正男【前編】

著者: 宮下保司 ,   酒井邦嘉

ページ範囲:P.1013 - P.1018

酒井 今回は宮下保司先生にお越しいただき,伊藤正男先生が神経生理学に果たされた功績につきまして,伊藤先生のエピソードやお人柄なども交えつつ,広く脳研究の勘どころなどをうかがえたらと思います。

連載 臨床で役立つ末梢神経病理の読み方・考え方・6

ビタミン欠乏性ニューロパチーとアルコール性ニューロパチー

著者: 佐藤亮太 ,   神田隆

ページ範囲:P.1019 - P.1024

はじめに

 1960年代,ビタミンB1が添加されていないインスタント食品の流行によって,西日本を中心に多くの若者が脚気に罹患した。

 ビタミンB1以外にもビタミンB2,B12,葉酸,ビタミンEの欠乏や,ビタミンB6の欠乏および過剰によって末梢神経が障害される。本邦では飢餓による栄養失調患者に遭遇する機会は少なくなってきたが,いまだに栄養状態の悪いアルコール依存症患者には,しばしば遭遇する。また,飢餓や偏食がなくても,外科手術や薬剤の副作用によってビタミンの吸収が阻害され,ビタミン欠乏性の末梢神経障害をきたす例は少なくない。

 実際の臨床では,ビタミン欠乏やアルコールによるニューロパチーに対して,腓腹神経生検は不要と判断されることが多いが,これは腓腹神経病理所見を含めたビタミン欠乏性/アルコール性ニューロパチーの知識が十分に身についていることが大前提である。適切な鑑別診断ができなければ,長期間にわたって不要なビタミン投与や断酒のみを漫然と継続してしまい,結果として背景にあるアミロイドーシスなどの難治性の末梢神経障害を見逃し,重篤な末梢神経障害を招きかねない。

 連載第6回となる今回は,代表的なビタミンB1とB12の欠乏によるニューロパチー,アルコール性ニューロパチー,および複合型ビタミン欠乏性ニューロパチーの腓腹神経病理を解説する。

学会印象記

OHBM 2019—The 25th Annual Meeting of the Organization for Human Brain Mapping(2019年6月9〜13日,ローマ)

著者: 高宮彰紘

ページ範囲:P.1026 - P.1027

 2019年6月9〜13日に開催されたOHBM 2019(The 25th Annual Meeting of the Organization for Human Brain Mapping)に参加したためその報告をさせていただきます。

 この学会は広く脳の研究に関する学会で,特にMRIを用いた脳構造・脳機能画像研究に関する最新の方法論を学べます(数は多くないですがEEG/MEG,NIRSなどその他のモダリティについての発表もあります)。昨年のシンガポールに引き続き,今年はイタリアのローマという観光にも最高の場所での開催となりました。さらに今年の会場はパルコ・デッラ・ムジカ音楽堂であり,ヨーロッパらしい趣の中での学会でした(写真1)。入り口前の広場は野外コンサートもできる設計となっていますし,シンポジウムが行われるホールもコンサート会場で居心地のよい空間です。

書評

「脊髄病理学」—橋詰良夫,吉田眞理【著】 フリーアクセス

著者: 安藤哲朗

ページ範囲:P.991 - P.991

【疑問1】 頸椎症や頸椎後縦靱帯骨化症のMRIで認める髄内高信号のsnake eyesはどのような病変を反映しているのだろう?

【疑問2】 転移性硬膜外腫瘍は,なぜ急性の脊髄障害を起こすのだろう?

--------------------

目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.931 - P.931

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.932 - P.932

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1033 - P.1033

あとがき フリーアクセス

著者: 虫明元

ページ範囲:P.1034 - P.1034

 今月のドラッグ・リポジショニングに関する特集号から,疾病-薬剤関係を見出すためにAI技術を駆使した新たな研究分野もあることがわかった。このような新しい分野には医薬の知識もさることながら,人工知能の分野の知識やスキルも必要で,このような分野の人材の育成が遅れているのではないかと危惧された。

 以前は「医学は基本は生物学だから,数学,物理,工学等は医学部に入学したら,不要だ」と考える人がいた。だがこのところ,医療はエンジニア,デザインサイエンスと結び付き,次々に新たな分野が生まれている。しかし人材育成が追いついていないのが現状である。例えば医療数理科学者のような人材,医学分野のデータサイエンティストの育成が期待される。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら