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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩72巻5号

2020年05月発行

雑誌目次

特集 多発性硬化症の現在と未来

フリーアクセス

ページ範囲:P.465 - P.465

特集の意図

多発性硬化症(MS)は日本でも患者数が着実に増えており,疾患修飾薬として既に6剤が使用可能となっている。しかし,欧米で使用可能となっている薬剤がすべて日本に上陸している状況にはなく,診断・治療においてはいまだ大きな問題を抱えたままである。本特集では疫学,診断基準,画像,認知機能障害,治療という多角的な視点から,現時点の最新知見をエキスパートに解説していただく。

多発性硬化症の疫学—多発性硬化症は本当に増えているか

著者: 越智博文

ページ範囲:P.467 - P.484

多発性硬化症の有病率や患者数は世界的に増加傾向であり,特に若年女性での増加が著しい。女性を中心に見られたライフスタイルの変化が増加に関係している可能性が考えられるが,単一の生活環境因子は明らかになっていない。一方で,罹患率については報告が少ないものの,横ばいないしは低下傾向とする報告も少なくない。発症リスクの推移を追跡するためには,同一手法を用いて標準化された罹患率調査を継続する必要がある。

多発性硬化症の診断基準—McDonald診断基準2017を読み解く

著者: 中島一郎

ページ範囲:P.485 - P.491

McDonald診断基準は多発性硬化症の診断基準であり,従来は異なる症状による臨床的発作が時間をおいて2回以上必要だったものを,MRIを用いて空間的・時間的多発性を証明することを可能にした。なお,この診断基準はclinically isolated syndrome患者に適用されるものであり,他疾患を鑑別するものではない。その適用について概説する。

多発性硬化症のMRI—診断ツール,バイオマーカー,副作用モニタリングツールとしての役割

著者: 三木幸雄

ページ範囲:P.493 - P.508

多発性硬化症(MS)で用いられる画像診断はMRIであり,国際的に広く用いられているMcDonald診断基準においても非常に重要な位置を占めている。多発性硬化症におけるMRIの重要な役割に,診断,イメージングバイオマーカーおよび疾患修飾薬による副作用のモニタリングがある。本論文では,MSにおけるMRIのこれらの役割について,最近の知見を含めて述べる。

多発性硬化症における認知機能障害—どのように評価して対応するか

著者: 新野正明 ,   宮﨑雄生

ページ範囲:P.509 - P.515

多発性硬化症(MS)の神経症状の1つとして,認知機能障害が注目されつつある。MSでは,特に注意・集中・情報処理などの認知機能が障害されやすく,それを評価できるバッテリーを用いることが求められる。この症状に対してさまざまな試みが行われているが,現在まで確立した治療はない。本論では,MSにおける認知機能障害を概説し,この症状に対してどのようにアプローチしていくかを考えていきたい。

今後の多発性硬化症治療の方向性—新規疾患修飾薬が加わって

著者: 近藤誉之

ページ範囲:P.517 - P.523

多発性硬化症疾患修飾薬は,インターフェロンβ製剤2剤,グラチラマー酢酸塩,フマル酸ジメチル,フィンゴリモド,ナタリズマブに加えて,2021年には,抗CD20抗体ofatumumab,スフィンゴシン-1-リン酸受容体調節薬siponimodの承認が見込まれている。安全性や「再発のない進行」も含めた疾患活動性を評価しながら障害進行の抑制可能な薬剤の選択が重要である。国内開発中のOCHについても触れる。

総説

アミロイドβ,タウの脳間質液濃度への影響要因

著者: 栗原正典 ,   坂内太郎 ,   岩田淳

ページ範囲:P.525 - P.531

アルツハイマー病(AD)において,脳間質はアミロイドβ(Aβ)オリゴマー・凝集体が存在する部位として重要である。またタウ凝集体は神経細胞内に存在するが,タウ凝集は細胞間を伝播することが判明し,脳間質液中のタウも注目されている。本総説では,ADの病態に重要なAβ・タウの脳間質液濃度へ影響を与える要因について,疫学データからADとの関連が知られるものを中心に,これまでの知見をまとめる。

素潜りに伴う中枢神経障害

著者: 合志清隆 ,   玉木英樹 ,   FrédéricLemaître ,   森松嘉孝 ,   石竹達也

ページ範囲:P.533 - P.539

わが国の素潜り漁業者である「アマ」に脳卒中様の神経症状が見られることがあり,さらにアマの頭部MRIでは虚血性病変が高率に確認される傾向にある。素潜りが繰り返されると血管内に気泡が発生し,これによる動脈ガス塞栓が脳病変の主な原因と推測されている。しかし,素潜りで見られる神経障害,さらに脳病変の発生機序は明らかではなく,詳細な検討に加えて脳血管障害の1つとして病態解明が必要である。

症例報告

脳脊髄液中のJCV-DNA遺伝子検査が2回とも陰性であったが,開頭脳生検で診断確定したHIV関連進行性多巣性白質脳症の1例

著者: 北崎佑樹 ,   岩﨑博道 ,   北井隆平 ,   高橋健太 ,   中道一生 ,   濱野忠則

ページ範囲:P.541 - P.546

症例は36歳男性。亜急性に進行する小脳性運動失調で受診した。頭部MRIで左小脳半球と右頭頂葉深部白質に病変を認めた。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症例であり,HIV脳症や進行性多巣性白質脳症(PML)が疑われたため,HIV感染に対しARTを開始した。一時的に症状は改善したが,再び神経症状が増悪し,白質病変のMRI Gd造影効果が出現した。HIV関連PML(HIV-PML)による免疫再構築症候群が強く疑われたが,脳脊髄液中JCウイルス(JCV)-DNA検査は2回とも陰性であった。開頭脳生検では,JCVが高copy数存在し,異型リンパ球など悪性リンパ腫を示唆する所見は認めなかったことよりHIV-PMLの診断確定に至った。脳脊髄液中JCV-DNAが繰り返し陰性であっても,PMLが疑われる場合は診断確定のために脳生検も考慮すべきである。

学会印象記

INS 2020—The International Neuropsychological Society 48th Annual Meeting(2020年2月5〜8日,デンバー)

著者: 重宗弥生

ページ範囲:P.547 - P.549

はじめに

 2020年2月5〜8日に米国のデンバーで開催された国際神経心理学会第48回年次会議(The International Neuropsychological Society 48th Annual Meeting:INS 2020)に参加しました。INSは,神経・精神疾患患者や脳損傷患者,高齢者を対象に,脳と認知や行動の関係について理解を目指す神経心理学分野において,国際的かつ学際的な研究を推進することを使命とした学会で,毎年2月に北米で年次会議を,7月に北米以外の場所で中間会議を開催しています。年次会議は4日間の日程で参加者は約1,700名,中間会議は3〜4日間の日程で参加者は約400〜800名とのことで,そのどちらも学会員,非学会員,専門家,学生を問わず抄録を投稿し,参加することができます。中間会議の参加者に幅があるのは開催地によって参加人数にばらつきが出ているためでしょう。過去の中間会議の開催地はエルサレム,シドニー,ロンドン,ケープタウン,プラハ,リオデジャネイロでした。個人的には,年次会議の開催地であるシアトル,ボストン,ニューオリンズ,ワシントン,ニューヨークは他の学会でほぼ行ったことがあるので,中間会議のほうが開催地としては魅力的なのですが,規模が約半分から1/4になってしまうことを考えると選択に迷うところです。ただ今回は特に狙って年次会議を選択したわけではなく,年次会議の抄録投稿の時期である8月に,ちょうどそれまで行っていたパーキンソン病患者の内発的動機付けの研究が一段落したので,その研究成果の発表を行うべく参加を決めたのでした。

 成田からの直行便で降り立ったデンバー国際空港はうっすら雪に覆われ,ごく稀にしか雪の降らない本州の端っこで育った自分はいやがうえにも気持ちが高まるのを感じました。そのうきうきした気持ちと,長いフライトを終えた安心感から,危うくポスターケースを手荷物として預け入れたまま忘れそうになったのはご愛敬としてください。デンバーは標高1,600mに位置し“Mile High City”とも呼ばれることから,酸素が薄いこともうっかりの一因だったかもしれません。

 学会会場であるハイアットリージェンシー・デンバー・アット・コロラドコンベンションセンターは,空港から電車で40分,街中を走る無料バスで10分ほどの道のりでしたが,路線がシンプルでわかりやすかったため,迷うことなくすんなりとたどり着くことができました。今回は学会割引があったことから,贅沢にも学会会場であるハイアットに滞在したのですが,部屋の窓の直下にはコンベンションセンターを覗き込む巨大な青い熊のパブリックアートを,遥か遠くには地平線をなぞるように広がるロッキー山脈を眺めることができました(写真1)。

書評

「《ジェネラリストBOOKS》“問診力”で見逃さない神経症状」—黒川勝己,園生雅弘【著】 フリーアクセス

著者: 砂田芳秀

ページ範囲:P.524 - P.524

 著者の黒川勝己先生は,園生雅弘先生の薫陶を受けた電気生理診断を専門とする脳神経内科専門医であるが,臨床現場では一貫して患者第一主義を貫き,自らgeneral neurologyを標榜しているように,そのオールラウンドな臨床能力には定評がある。学生への講義,研修医やかかりつけ医を対象とした彼の講演は大変わかりやすいと高く評価されている。本書は彼が1年にわたって『週刊医学界新聞』に連載し,好評を博した「“問診力”で見逃さない神経症状」というシリーズに総論を加え単行本としてまとめたものである。

 神経解剖の複雑さ,鑑別診断の多さ,神経診察の煩雑さのゆえだろうか,神経疾患の診療に苦手意識を持っている研修医やかかりつけ医は多い。本書はそのような方にぜひ一読してもらいたい。本書のユニークな特徴は,神経診察手技や症候学ではなく,問診の仕方にフォーカスしている点にある。頭痛,めまい,しびれ,一過性意識消失などの日常診療で遭遇することの多いコモンな神経症状を取り上げ,見逃してはいけない重篤な神経疾患の鑑別に役立つ,問診のポイントが実際の質問のせりふとともにわかりやすく解説されている。例えば,めまいを訴える患者に対して,「めまいの持続時間」に加え「顔のしびれ感」の有無を聴くことで,椎骨脳底動脈系のTIAを見逃さない。痙攣発作患者の診察に際して,目撃者から「発作中,目は開いていましたか」と聴くことで,てんかん発作を鑑別できる,など。知っているか否かで診療レベルに歴然とした差が出るようなポイントが述べられている。一読いただければ,明日から自信を持ってこうした症状の患者の診療に向き合えるようになるだろう。

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目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.463 - P.463

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.464 - P.464

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.555 - P.555

あとがき フリーアクセス

著者: 下畑享良

ページ範囲:P.556 - P.556

 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を奮っている。図らずも現代の科学や医学について考える機会になった。第1に,未知の疾患の恐怖と向き合いながら,わずか2カ月間で,ウイルスの同定や構造解析,臨床像の分析,そしてランダム化比較試験まで成し遂げ,科学的エビデンスを築いた世界の研究者,医療者の貢献に感動した。特に中国やシンガポールの研究者,医療者の活躍に驚嘆したが,その一方で日本は世界と歴然とした差をつけられてしまったと感じた。長年にわたり科学・医療分野に投資した国とそうでない国の差が如実に現れたように思う。『Nature』誌は数年前から警鐘を鳴らしていた1)が,日本は人口あたりの論文数,大学の研究資金,研究者数,そして博士課程の学生数もいずれも先進国で最低レベルである。私たちは失速した日本の科学の現状を認識し,これからどうすべきかを真剣に考える必要がある。

 第2に,緊急時における科学の質の保証について考えさせられた。1つは論文の質の問題である。今回初めてmedRxiv/bioRxivというプレプリントサービスに登録された論文を多数読んだ。これは査読前の医学,生物学分野の論文を受付け,新しい知見の迅速な共有やフィードバックを可能にする利点がある一方,登録論文は玉石混交であり,論文の質を見極める能力がなければ,その共有は誤った情報の流布につながると感じた。もう1つは臨床試験の質の問題である。既に中国では抗HIV薬の効果についてランダム化比較試験による検証を完了し,論文として報告した2)。一方,本邦ではシクレソニド(オルベスコ®)やファビビラビル(アビガン®)の効果の検証が「観察研究」として行われると言う。一刻も早い薬剤の開発が望まれるとは言え,これらの薬剤は未承認薬,適応外薬である。ディオバン事件などを契機として,臨床研究を国の監視下で適正に行うために制定された臨床研究法によって最も規制されるべき「特定臨床研究」に該当する。緊急時という名のもとに,科学の質がないがしろにされることがあってはならない。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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