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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩73巻12号

2021年12月発行

雑誌目次

特集 芸術家と神経学

フリーアクセス

ページ範囲:P.1307 - P.1307

2020年に続く新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより,2021年もさまざまな場面で否応なく変革を求められた1年であった。多忙な日々を過ごされ,いまなおニューノーマルの模索を続けておられる読者に向けて,神経学のいつもと違った顔を楽しんでいただけるクリスマス特集を企画した。「芸術家と神経学」をテーマに,資料や文献を基にしながら編集委員それぞれが知的好奇心の赴くままに思考をめぐらせた。稀代の作曲家や作家,画家たちと神経学,両者の間にどのようなストーリーがあるのか。神経学の奥深さをご堪能いただきたい。

ショスタコーヴィチの右手麻痺

著者: 神田隆

ページ範囲:P.1309 - P.1318

ソビエト連邦の作曲家ドミートリー・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ(1906〜1975)は,筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患した著名人の1人としてしばしば論じられる。しかし,彼を17年の間悩ませた右手に始まる筋力低下が何に起因していたかはいまだ明らかではなく,また,ALSを疑ったという医師側の記録も残っていない。本論文は,優れたピアニストでもあったショスタコーヴィチが残した録音と,彼の友人たちによる記録,写真などをとおして,この20世紀最大の作曲家が罹患した神経疾患を考察してみようという試みである。

マルセル・プルースト—『失われた時を求めて』と記憶・時間の神経学の誕生

著者: 河村満 ,   越智隆太 ,   二村明徳 ,   花塚優貴

ページ範囲:P.1319 - P.1325

プルーストは自身の喘息診療を介して多くの神経学者と交流があった。代表作『失われた時を求めて』は,フランス文学の最高傑作とされ,文学領域のみならず,多方面から多数の評論が出版されている。この作品は,神経学的にも重要であり,プルーストの創作のアイディアの源泉は記憶・時間の神経学とも関連する。本論では,特に,プルーストと記憶・時間の神経学の誕生に焦点を絞り,考察した。

ベートーヴェンの病跡と芸術

著者: 酒井邦嘉

ページ範囲:P.1327 - P.1331

音楽家ベートーヴェンは20代半ばから難聴と腹痛を患ったが,神経症状と消化器疾患の両方を説明できる病因として鉛中毒が有力であり,低品質のワインを長期にわたり常飲することで,大量の鉛を摂取してしまった可能性がある。ベートーヴェンの聴覚情報処理障害は楽音や音声入力に対する低次ボトムアップ処理の障害にすぎず,聴覚的イメージの再現や作曲といった高次トップダウン処理にはおそらく影響を与えなかっただろう。

ファン・ゴッホの病跡学と病気の絵画への影響

著者: 下畑享良

ページ範囲:P.1333 - P.1339

ゴッホの病気については側頭葉てんかん,統合失調症,メニエール病,躁うつ病,ジギタリス/アブサン中毒,急性ポルフィリン症などさまざまな説があり,耳切り事件の真相とともに大きな謎になっている。ゴッホはしばしば「狂気と情熱の芸術家」と評されるが,重度の精神障害を呈した7回のエピソード時を除けば,ゴッホの並外れた創造性は最後まで維持された。また「ゴッホの手紙」を読むと,狂気とはほど遠い,とても思慮深く知的なゴッホ像が見えてくる。ゴッホの本質とは,病気に抗う力,すなわちレジリエンスではないだろうか。おそらくそれは家族の支えや,医師との信頼関係,そして病気である自分を理解しようと努力した姿勢から生まれたもののように思える。神経疾患を患う人を支えることに関して,私たちがゴッホから学ぶべきことがたくさんあるように思える。

エゴン・シーレとジストニア

著者: 髙尾昌樹

ページ範囲:P.1341 - P.1345

エゴン・シーレは28歳で生涯を閉じたオーストリアの画家である。彼の絵画の特徴から,彼自身がジストニアだったのではないかと言われているようであるが,最近の研究,また彼の絵や肖像を見る限りそれらしい点はない。むしろ,医学的な題材をもとに絵を描いていた点が推察され,サルペトリエール病院の絵を参考にしたこともある可能性も指摘されている。

卓越した絵画能力を支える脳基盤

著者: 三村將

ページ範囲:P.1347 - P.1355

卓越した絵画能力を支える脳基盤について,神経美学とサヴァン症候群の観点から概説した。人が「美しい」と感じる対象は多様であり,また関連する機能領域も多様であるが,ハブとなる部位として前頭葉内側眼窩部の重要性が指摘されている。脳に問題がある一方で,芸術など卓越した才能を示すサヴァン症候群には,自閉スペクトラム症などに伴う生来の場合と,局在性脳損傷や認知症などに伴う後天性サヴァン症候群とがある。サヴァン症候群の背景には,脳の特定の部位に機能低下があることで逆に他の領域の機能が増強,促進される逆説的機能促進(paradoxical functional facilitation)が生じている可能性が考えられる。精神・神経疾患の回復と治療を考えるうえでも,残っている脳領域がどのように働いているか,どのように残存機能を活性化できるかが重要である。

脳科学の視点で読むドストエフスキーとポリフォニー

著者: 虫明元

ページ範囲:P.1357 - P.1361

ドストエフスキーは生涯てんかんを患い苦しんでいた。一方では彼の作品の中には,てんかんを持った登場人物や,てんかん発作自体が話の中で重要な鍵を握っていることが知られている。脳科学的に彼の病気や作品のことを解釈しつつ,さらに踏み込んでバフチンの提唱するドストエフスキー作品が持つポリフォニーの構造を検討する。対話や物語の重層的な構造としてのポリフォニーに脳科学的の現代的な意義を見出すことができる。

総説

霊長類における顔の本能的認知機構

著者: 西条寿夫 ,   小野武年

ページ範囲:P.1363 - P.1369

霊長類を含め脊椎動物は,まったく経験がなくても,生存に重要な特定の刺激(顔,天敵,食物など)に反応できる(本能的認知)。これら本能的認知には,網膜,上丘,視床枕,および扁桃体から成る膝状体外視覚系が関与し,さらに同系が盲視などの現象にも関与していることが示唆されている。本総説では,サル視床枕および上丘ニューロンの顔画像に対する応答性から,顔刺激の本能的認知の神経機構について考察する。

神経疾患の難病・難症に使える漢方

著者: 新見正則

ページ範囲:P.1371 - P.1376

本邦では147種類の内服用漢方エキス剤が保険適用されている。しかし,そこに大規模臨床試験はなくエビデンスレベルは低い。漢方薬は生薬の足し算の叡智で,多成分系の薬剤である。そのため,難病・難症を含めたいろいろな症状に有効なことがある。また,生薬フアイアが免疫を中庸にする作用が臨床試験にて確認された。困ったときには使ってみるという立ち位置で専門家に補完医療として漢方薬や生薬を利用していただきたい。

症例報告

低体温症によると思われる無動・寡動の悪化を繰り返したパーキンソン病の1例

著者: 諏訪裕美 ,   深尾統子 ,   長坂高村 ,   新藤和雅 ,   瀧山嘉久

ページ範囲:P.1377 - P.1380

症例は69歳男性。2012年にパーキンソン病を発症し,2017年12月に低体温症となり他院に入院し,2018年1月には体動困難,意識障害のため当院へ転院した。意識レベルは日本式昏睡尺度(JCS)Ⅱ-10,体温32.8℃,心電図でT波の平坦化と1度房室ブロックを認めた。加温を開始して第6病日には意識レベルは改善した。自験例では認知機能低下がなく,発汗および皮膚血流に関連する検査には大きな異常なく,中枢自律神経障害による体温調節障害と考えた。低体温症を繰り返す患者では,環境温の調節などをきちんと指導する必要がある。

現代神経科学の源流・17

ノーム・チョムスキー【Ⅴ】

著者: 福井直樹 ,   酒井邦嘉

ページ範囲:P.1381 - P.1385

「規則系としての文法」から原理とパラメータのアプローチへ

福井 いろいろな議論が出てきたけれども,これだけ生成文法のアプローチが広がったのは,やはり現場の言語学者が「なるほど」と思う理論があって,言語の記述にも大きな貢献をもたらしたからです。構造主義の言語学ではお手上げだったようなことが次から次に説明されていく。それがずっと続いたからこそ,生成文法理論はさらに発展していきました。

 生成文法理論の深化によって,「言語学における説明とは何か」という意味そのものが変わってきたと見ることもできます。前(第14回73巻9号,pp1043-1044)にも言いましたが,アメリカ構造主義の時代には,明確に定義された形式的手続きに従ってきちんと整理されたリストをつくれば「一丁あがり」だった。その記述が「説明」だと思われていたのです。

連載 脳神経内科領域における医学教育の展望—Post/withコロナ時代を見据えて・4

オンライン教育時代を生き抜くための6つの視点

著者: 淺田義和

ページ範囲:P.1386 - P.1389

はじめに

 2020年度は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受け,ICT(information and communication technology)を活用したオンライン教育の導入を余儀なくされた施設も多いことだろう。この結果,医学教育のみならず多くの分野において多種多様なオンライン教育の実践がなされた。一方,2020年の早い段階からMedEdPublishのtwelve tipsなどでその報告も発信されている1,2)。本稿では,冒頭でオンライン教育に関する簡単な紹介を行った後,種々のtipsを俯瞰する。

スペシャリストが薦める読んでおくべき名著—ニューロサイエンスを志す人のために・3

神経放射線学の教科書—今昔物語

著者: 百島祐貴

ページ範囲:P.1390 - P.1391

【昔ばなし】

牧 豊,久留 裕:神経放射線学Ⅰ,Ⅱ(朝倉書店,1979)

Taveras JM, Wood EH: Diagnostic Neuroradiology, 2nd ed. (Williams & Wilkins, 1976)

 筆者は1982年の卒業で,神経放射線学の勉強を始めたのはその2年後であった。40年も前である。この時代,教科書の選択に迷う必要はなかった。英語の教科書も,日本語の教科書も事実上,それぞれこの1冊しかなかったからである。

 当時既にCTは普及していたが,大学病院では第2世代のCTと第3世代のCTが並んで動いている時代であった。神経放射線の勉強といえば,まず頭蓋X線写真が基本で,次に血管撮影,ついでにCTといったところであった。気脳造影はもはや行われていなかったが,教科書の内容は疾患ごとに,X線撮影,血管撮影,気脳造影,CTの順に並んでいた。

臨床神経学プロムナード—60余年を顧みて・10

発病期〔小児,青年,成人〕で症候が異なる神経疾患—〔Ⅰ〕肝レンズ核変性症(偽性硬化症とWilson病)〔Ⅱ〕歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)と進行性ミオクローヌスてんかん(PME)

著者: 平山惠造

ページ範囲:P.1392 - P.1396

 ここに取り上げる二つの疾患(病態)は,発病期(年齢)により神経症候が著しく異なる。当然のことながら,それぞれの疾患の原著は個別に発表されている。

 人体は出生後にも発育,発達を続ける。特に脳は顕著である。その一端を示すものとしてFlechsig(1898〜1927)1)は大脳皮質の髄鞘発生学的分類を提示した。即ち,彼によれば大脳皮質には生下時に早熟部,中間部,晩熟部が区分される。早熟部は脳が更に発達する起点となるところで,体性感覚野(中心後回),聴覚野(上側頭回),視覚野(後頭極),一次運動野(中心前回)が外界からの刺激で発育すると共に,それが刺激になって,早熟部周囲の中間部,更にそれより遅れて晩熟部が発育・発達する,とした(詳細:拙著『神経症候学Ⅰ巻』pp100〜102,図4-Ⅰ-1参照)。彼は大脳皮質についてこの仮説を立てたが,このような観点に立てば,間脳以下,脳幹,小脳についても同様に発育,発達の時期のずれがあることが想定され,或る病態が脳に生じた場合に,発病期により(脳の成熟の度合により)症候が異なることも首肯されよう。

書評

「日本近現代医学人名事典 別冊—【1868-2019】増補」—泉 孝英【編】 フリーアクセス

著者: 冨岡洋海

ページ範囲:P.1397 - P.1397

 今夏,泉孝英博士の編による『日本近現代医学人名事典別冊【1868-2019】増補』が出版された。本書は,第26回矢数医史学賞を受賞した『日本近現代医学人名事典【1868-2011】』(医学書院,3,762名収載)の増補版として,平成24(2012)年以降,令和に改元されるまでの2019(平成31)年4月末までに物故された564名と,前著に追加すべき369名を加えた933名を収載した膨大な人名事典である。総勢5,000名弱の業績がひとつなぎになったこととなる。

 書物の性質として,事典の類に「書評」というのも,おかしな話と思われるかもしれないが,本書は単なる人名事典ではない。これには,明治・大正・昭和・平成の約150年間におけるわが国の医学・医療の歴史を残し,よりよい未来につなげたいと念ずる編者の思いが詰まっているからである。

「救急外来,ここだけの話」—坂本 壮,田中竜馬【編】 フリーアクセス

著者: 増井伸高

ページ範囲:P.1399 - P.1399

Controversyは159個

 救急外来はギモンでごった返している。

 ・「敗血症性AKIを併発している患者への造影CTは?」

 ・「ビタミンB1はどの程度投与すればよいのか?」

 ・「急性虫垂炎と診断したら,抗菌薬投与で一晩経過をみてもよいか?」

お知らせ

時実利彦記念賞 2022年度申請者の募集 フリーアクセス

ページ範囲:P.1325 - P.1325

当基金は,下記要項により2022年度申請者を募集いたします。

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目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1305 - P.1305

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1306 - P.1306

投稿論文査読者 フリーアクセス

ページ範囲:P.1401 - P.1401

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1405 - P.1405

あとがき フリーアクセス

著者: 下畑享良

ページ範囲:P.1406 - P.1406

 2021年最後の特集として「芸術家と神経学」をお届けする。本特集は,編集会議において,年に1回クリスマス企画として,編集委員自身が書きたいものを書く機会があってもよいのではないか,そうすれば各編集委員のひととなりを読者に知っていただけるのではないかとのアイデアが出て,企画されたものである。具体的なテーマとしては,各自が紹介したい「芸術家と神経学の関わり」を執筆するのがよいだろうということになった。私は大好きなゴッホについて,愉しみながら書かせていただいた。

 あとがきを書くために,いち早く,すべての原稿を拝読したが,本当に面白く,あっという間に読み終えた。さまざまなことを感じたが,まず各編集委員のそれぞれの芸術家や作品に対する深い愛情を感じた。そして優れた文学,音楽,美術といった芸術と神経学には深い関わりが生じ得ること,つまり神経疾患を患った芸術家において,その疾患は芸術家やその作品に大きな影響を及ぼす一方,反対にその芸術家や作品がのちの神経学に影響を与える事例も数多くあることがわかり,大変興味深かった。また偉大な芸術のそばには主治医として脳神経内科医がいて,芸術家やその作品に少なからぬ影響を与えていたこともわかった。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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