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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩73巻7号

2021年07月発行

雑誌目次

特集 グリアと神経—相補的な制御系として

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ページ範囲:P.753 - P.753

神経系の構成要素であるニューロンとグリアはともに約150年前に発見され,これまでの研究によってニューロンの機能や役割については理解が深まってきたが,グリアについては研究が進んでこなかった。しかし,近年の光遺伝学をはじめとした研究技術の発展により,正常脳あるいは精神神経疾患をモデルとした病態脳でのグリアの振舞いが明らかになってきた。本特集では,こうしたグリアの動態を,構成要素であるアストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアそれぞれについて論じていただく。

先端技術が明かすアストロサイトの回路・行動における機能

著者: 出羽健一 ,   長井淳

ページ範囲:P.755 - P.768

最も数の多いグリアであるアストロサイトは,無数の微細突起を介してニューロンやシナプスに接触する。約150年前にニューロンと一緒に発見され,長い間単なる支持細胞とみなされてきた。近年の遺伝学,光学,蛋白質工学の進展は,アストロサイト研究に必要なツールを提供した。本論では,これまでのツールの留意点,改善された実験ツール,それらによる発見,および将来の開発の方向性を概説する。

脳内デュアルレイヤー情報処理機構とその破綻による脳病態機序

著者: 松井広

ページ範囲:P.769 - P.779

脳内には,神経回路とグリア回路のデュアルレイヤーの情報処理回路が存在し,両者は緩やかに相互作用をする超回路を形成する。神経細胞の活動に応答し,グリア細胞はグルタミン酸を放出することが示された。まったく同じ経験をしても,記憶されるときとされないときとがあるが,グリア細胞の機能を操作することで効果的な学習が成立する可能性がある。てんかんを含む脳機能疾患は,この超回路機構の破綻が1つの原因となると考えられる。

グリアアセンブリと脳疾患

著者: 小泉修一

ページ範囲:P.781 - P.786

グリア細胞は集合体「アセンブリ」として機能する。このグリアアセンブリは,脳機能制御におけるグリア細胞の役割,特に各種脳疾患におけるグリア細胞の役割の理解に必須である。非侵襲的な軽度脳卒中を経験すると,その後の侵襲的な脳卒中に対する抵抗性が獲得される「虚血耐性」が誘導される。実行細胞としてアストロサイトが中心的な役割を果たすが,これにはミクログリアを含めたグリアアセンブリとしての機能が必須である。

精神疾患の新たな展望—グリア破綻から見る病態

著者: 有岡祐子 ,   加藤大輔 ,   和氣弘明 ,   尾崎紀夫

ページ範囲:P.787 - P.794

精神疾患の病態はいまだ不明であり,病態に基づく診断・治療法開発は進んでいない。この現状を打破するには,精神症状に依拠した現在の診断分類や既存の病態仮説にとらわれない新しい視点が求められる。近年,グリアが正常な脳機能や回路形成に積極的に関与すること,その破綻が精神疾患の病態につながり得ることを示す知見が報告されている。本論では,グリア病態から見た精神疾患について,われわれの取組みとともに紹介する。

ストレスを介したミクログリア活性化と精神疾患—双方向性研究アプローチ

著者: 榎本真悟 ,   加藤隆弘

ページ範囲:P.795 - P.802

ストレスはうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の誘因であり,それらの疾患の病態にミクログリアの過剰活性化や機能不全が関与していることを示唆する知見が現在集まってきている。本論では,PTSDに特徴的な恐怖記憶制御不全を示す動物モデルでのミクログリアの機能変化と,ミクログリアに焦点を絞ったヒトを対象とするうつ病およびPTSD研究の知見を紹介する。ヒトとモデル動物での双方向性研究が,病態解明と治療法開発のために必要である。

脊髄後角での痛覚信号プロセシングとグリア細胞

著者: 津田誠

ページ範囲:P.803 - P.810

皮膚などからの痛覚信号は,一次求心性神経を介して脊髄後角へ伝達され,同部位で適切にプロセシングされた後,脳へ送られる。神経障害性疼痛は,神経系の障害により起こる構造および機能的変化が原因と考えられている。その変化の鍵となるのがグリア細胞であり,神経障害性疼痛の発症維持に重要な役割を担う。本論では,グリア細胞によるメカニズムと鎮痛薬開発への可能性を概説する。

総説

成体海馬の新生ニューロンが睡眠中に記憶を固定化する

著者: 菅谷佑樹 ,   坂口昌徳

ページ範囲:P.813 - P.817

霊長類の脳の海馬では,性成熟が完了した後でも例外的にニューロンが新生する。これらの新生ニューロンがどのように既存のニューロンと機能的な神経回路をつくるかは明らかでない。筆者らは世界で初めてこれらの新生ニューロンがレム睡眠中の記憶固定化に必須の役割を果たすことを明らかにした。このメカニズムを解明し新生ニューロンが機能的な回路を形成する過程を明らかにすることで,中枢神経の再生医療の発展に貢献したい。

CIDP治療の歩み—症状改善を目的とした治療から維持療法へ〜SCIgを中心に〜

著者: 神田隆 ,   飯島正博 ,   祖父江元

ページ範囲:P.819 - P.828

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の治療に関する臨床研究は,2000年代前半までの初発・再発時における症状改善のための治療,2000年代後半以降の病勢進行の抑制を目的とする維持療法,さらに近年では個々の治療法の最適化へとコンセプトが移ってきた。 本総説ではCIDP治療に関わる過去の臨床研究を振り返り,これまでの変遷を概観する。そのうえでそれぞれの治療法の位置付けを明らかにし,課題と今後の治療開発の方向性について述べる。

パーキンソン病の病態と神経伝達物質の関わり

著者: 武田篤 ,   冨山誠彦 ,   花島律子

ページ範囲:P.829 - P.837

パーキンソン病(PD)は,運動症状を中核症状とする進行性の難病で,その中心病態はドパミン(DA)作動性神経の変性・脱落によるDA欠乏である。しかし認知機能障害,気分障害,疼痛,睡眠障害などの非運動症状や運動症状の一部については必ずしもDA補充療法に反応しないことからDA以外の神経伝達物質の関与も示唆される。今回,DAに加えてさまざまな神経伝達物質にも着目し,PDの病態について概説を試みたい。

連載 臨床神経学プロムナード—60余年を顧みて・5

小川鼎三先生の寸言に学ぶ—学生時代,東大「脳研」にて

著者: 平山惠造

ページ範囲:P.838 - P.839

 筆者らの年代は,日本が太平洋戦争(第二次世界大戦)の敗戦によって,学校制度が新制度へと切り替る旧制度最後の高等学校・大学制度で教育を受けた学年である。従って,大学医学部(4年制)に入学すると,1学年から解剖学の講義と並行して人体解剖実習,次いで組織学の顕微鏡実習など医学の基本となる解剖学で1年が過ぎた。2学年の新学期から生理学,生化学,細菌学,薬理学などの基礎医学の講義が始まった。神経生理学を担当された時実利彦先生(のちに教授)は早口で「○○sensationは脊髄後根から入って,○○を通り,tractus○○を上行してnucleus○○でニューロンを代え,……してthalamusに達する。また××sensationは……」と講義される。protopathicもdyscriminativeもよくわからない中,極く大まかな見取り図が書かれ,線が下から上へと引かれるだけで,解剖名が書かれるでもない。毎回このようにして講義が進められて行った。思い出してみると,旧制度の高等学校では,教師は講義をするが,解らなかったら自分で勉強しろ,という気風であった。大学もその延長であったのであろう。それでも高校では開講前に教科書が指定されていたが,大学では入学時に医学部事務室で尋ねても「教科書はない」と怪訝そうに言われた。実際に各学科の開講時に,いくつかの本が参考書として紹介されるに過ぎず,買う,買わぬ,選択も学生次第であった。

 本論に戻って,2学年の1学期が終わった時,神経生理がわからなかった,というよりは,脳,脊髄の組織構造が全くわからなかったので,それを知ろうと思い,解剖学教室の小川鼎三教授室に伺って,夏休みに勉強させて欲しいと申し出た。当時,医学部附属施設の「脳研研究室」(のちの研究所)の室長を先生が兼任しておられたからである。快諾を得て,その日から脳脊髄の染色された連続標本(プレパラート)で勉強することになった。かくして夏休みの朝から夕までを毎日ここで過ごすことになった。しかし,ここで述べるのはその話ではない。

書評

「大人のトラウマを診るということ—こころの病の背景にある傷みに気づく」—青木省三,村上伸治,鷲田健二【編】 フリーアクセス

著者: 伊藤絵美

ページ範囲:P.811 - P.811

 ICD-11が改訂され,「複雑性PTSD」という診断が新たに加わったことにより,トラウマやPTSDに関する議論が活発化している。評者は認知行動療法とスキーマ療法を専門とする心理職だが,この数年,学会やシンポジウムで「複雑性PTSDに対するスキーマ療法」についての発表を依頼されることが激増している。とは言え,スキーマ療法はトラウマ処理を目的とするのではなく,安定した治療関係を少しずつ形成したり,成育歴をゆっくりと振り返ったりする中で,自らのスキーマやそれに伴う感情に気づきを向け,その結果として他者と安全につながったり,セルフケアが上手にできるようになったりするという,非常に地味で地道なセラピーである。

 ところでそのような複雑性PTSDのシンポジウムでは,スキーマ療法以外は,トラウマ処理を目的とするさまざまな技法が紹介されることがほとんどである。それは例えば,EMDR,PE,STAIR/NST,CPT,ホログラフィトーク,USPT,BSP,BCTといったものである(ググってください!)。同じ壇上でプレゼンしながら,これらの技法に筆者は圧倒されてしまう。なぜなら技法の内容も紹介される事例も実に華々しいからである。評者が提示するスキーマ療法の事例はだいたい年単位(3年や5年は当たり前)であるのに比べ,他の華々しい技法はわずか数セッションでトラウマ処理がなされ,クライアントが回復する。スキーマ療法だけ地味で地道で時間がかかり,なんだか評者は自分が詐欺師であるように感じてしまうのだ。とは言え一方で,どう振り返っても,トラウマを持つ人とのセラピーは,どうしたって時間がかかるし(そもそもトラウマを扱えるようになるまでに時間がかかる),安心安全な関わりや場の中で薄皮を1枚ずつ剝ぐように少しずつ進めていくしかない,という実感しかない。なのできっと華々しい技法や事例を提示する方々も,トラウマを扱うために,地味で地道な何かをしているに違いないのだ,と考えるようになり,むしろその「地味で地道な何か」を知りたい,と思うようになった。

「連合野ハンドブック 完全版—神経科学×神経心理学で理解する大脳機能局在」—河村 満【編】 フリーアクセス

著者: 北澤茂

ページ範囲:P.812 - P.812

 私は生理学の教師をしているのだが,「連合野」には苦手意識があることを告白する。「感覚野」や「運動野」に比べて「連合野」のなんと教えにくいことか。『医学大辞典』(医学書院)によれば大脳連合野とは「第一次感覚野と第一次運動野を除く大脳皮質領域」であるという。つまり「教えやすい領域を除いた残り」が連合野なのだ。しかし,本書のおかげで,「連合野」が私の得意分野に生まれ変わるかもしれない。

 まず,序章が素晴らしい。「連合」という言葉に込められた思想の歴史が,19世紀後半のマイネルト(マイネルト基底核のマイネルト!)にさかのぼって活写されている。序章を読んで目を見張ったのは,マイネルト,フレクシッヒ,デジュリン,ゲシュヴィンドという連合野の巨人たちが皆「線維」に注目していた,という事実である。マイネルトの自著の表紙に掲げられた大脳内側面には剖出された連合線維が描かれていた。フレクシッヒは線維の髄鞘形成の順序に着目して脳地図をつくった。デジュリンは自身の脳解剖アトラスに白質内の神経路を精緻に描き込んだ。ゲシュヴィンドはフレクシッヒの「連合」概念を引用して連合線維の切断によって生じる臨床症候を「離断症候群」として理論化した。

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欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.752 - P.752

目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.751 - P.751

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.845 - P.845

あとがき フリーアクセス

著者: 三村將

ページ範囲:P.846 - P.846

 2021年6月8日に米国食品医薬品局(FDA)がバイオジェン・エーザイのaducanumabを限定付きではあるが,アルツハイマー病の治療薬として迅速承認したというニュースが世界中を駆け巡った。それまでの諮問委員会の意見などから承認は厳しいだろうという大方の予想を覆しての結果は,日本でもマスコミが大きく取り上げた。間違いなく今年の医療界のトップテンに入る出来事だろう。これまでに承認されているアルツハイマー病治療薬はいずれも中核症状の進行を遅らせるという対症療法であり,とにもかくにも疾患修飾薬と言い得る薬剤が世界で初めて承認されたことは,世界の認知症研究者や臨床家,製薬企業にとっても弾みとなるイベントであり,何よりもアルツハイマー病の当事者や家族にとっては大きな福音であろう。

 ただ,この承認を手放しで喜ぶわけにはいかない。国際老年精神医学会(IPA)のWilliam Reichman理事長は早々に“Aducanumab and Alzheimer's Disease: IPA's position on controversial FDA approval”と題したコメントを発信し,aducanumabの科学的妥当性や臨床的意義はともかく,この承認の持つ社会的インパクトについて警鐘を鳴らしている。アミロイドβをターゲットとした製剤であるaducanumabの使用にはいまのところアミロイドPETが必須であるが,この検査を受けることのできる患者はごく限られている。また,最大の有害事象であるアミロイド関連画像異常(ARIA)をモニターするには頻回のMRI検査も必要となる。医療費の高騰を心配する声も大きい。確かにaducanumabは現在の認知症の臨床における「医療格差」をさらに押し広げる結果になってしまう可能性もある。また,今回の承認はあくまでも限定付きであり,もししかるべき臨床効果が確認できなければ,むしろ後続の疾患修飾薬のブレーキになりかねない事態も懸念される。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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