icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩74巻2号

2022年02月発行

雑誌目次

特集 温度を感じる脳と身体の科学

フリーアクセス

ページ範囲:P.125 - P.125

温度は生命活動にとって重要な因子であり,生物はそれぞれに適した生育環境を得るために,多様な温度感知機構と温度適応性を発達させてきた。しかしながら,ヒトがどのように温度を感じ,体温を調節しているのかは長らく未解明であった。そうした中,1997年にTRPV1のクローニングが成功した(2021年ノーベル生理学・医学賞受賞)ことを契機に,温度感知・体温調節のしくみに関する研究が飛躍的に進展した。本特集では,現在までに明らかにされたTRPV1をはじめとする温度感受性受容体の働きや体温調節のしくみを詳述したうえで,環境に応じてダイナミックに体温を変動させるメカニズム,体温と睡眠・概日リズムとの連関,冬眠の機構に迫る。

温度を感じるしくみ

著者: 富永真琴 ,   加塩麻紀子

ページ範囲:P.127 - P.132

私たちは幅広い環境温度を感知しながら生存している。感覚神経終末では,温度刺激によってイオンチャネルが活性化して陽イオンが細胞内に流入することで脱分極が起こり,電位作動性Naチャネルの活性化によって活動電位が発生する。この陽イオンチャネルの中心的な分子群が温度感受性TRPチャネルである。感覚神経に加えて,皮膚も環境温度を感知していると考えられている。また,視床下部では直接に脳温を感知している。

ミクログリアによる脳内温度情報の感知と神経回路再編成

著者: 小野寺純也 ,   池谷裕二 ,   小山隆太

ページ範囲:P.133 - P.142

脳は温度変化に脆弱な組織と考えられており,温度が神経回路構造や機能に影響を与えることが報告されてきた。脳内の免疫細胞であるミクログリアは,動的な放射状突起で脳内環境を探索し,シナプス除去などによって神経回路の再編成を行う。本論では,ミクログリアが温度感受性受容体であるTRPチャネルを介して脳内温度情報を感知し,神経回路再編成を行う可能性について考察する。

環境ストレスに応じた体温調節の中枢神経ネットワーク

著者: 中村和弘

ページ範囲:P.143 - P.150

人間を含めた哺乳動物の体温調節システムは単に深部体温を一定に保つだけでなく,環境中に存在する暑熱,寒冷,病原体,天敵,飢餓などのさまざまなストレッサーを受けた際には,生命を守るために必要に応じて体温を大きく変動させる。最近の研究から,こうした環境ストレスに対する体温調節反応に関わる脳の神経回路が明らかとなってきた。本論では,環境ストレスに応じた体温調節の中枢神経ネットワークに関する最新知見を紹介する。

熱産生脂肪細胞を誘導するエピゲノム酵素リン酸化スイッチの解明

著者: 酒井寿郎

ページ範囲:P.151 - P.158

恒温動物は体温を一定に維持する機構を有し,寒冷環境では褐色・ベージュ脂肪組織が熱産生を介して体温維持に寄与する。ヒストン脱メチル化酵素JMJD1Aは寒冷曝露時にリン酸化され,褐色脂肪細胞ではヒストン脱メチル化とは独立した機構で熱産生遺伝を上昇させる。寒冷慢性期には白色脂肪組織で自身のリン酸化とヒストン脱メチル化能を介する二段階機構で熱産生遺伝子の発現を誘導し,脂肪組織のベージュ化へと変化させ寒冷環境に適応する。

体温の日内リズム制御における概日時計機構の役割

著者: 三宅崇仁 ,   土居雅夫

ページ範囲:P.159 - P.166

恒温動物の体温は「恒」という字の純粋な意味に反して一定には保たれていない。体内時計によって適正に制御された明瞭なサーカディアンリズムがあり,睡眠覚醒や基礎代謝を制御している。概日リズムを生み出す時計遺伝子や体内時計の脳内中枢メカニズムに関する知見の蓄積,最新のサーモグラフィーを用いたビデオイメージングの進化により,これまで長らく不明であった体温の時刻依存的な制御機構の理解が急速に進みつつある。

休眠・冬眠に関わる神経回路と人工冬眠技術への展望

著者: 櫻井武

ページ範囲:P.167 - P.172

恒温動物である哺乳類や鳥類は,体温の維持に多くのエネルギーを消費している。体温は通常,外気温が変動しても哺乳類であれば36〜37℃付近の狭い範囲に維持される。しかし,冬季など,エネルギー源(食物)が不足する際,体温を大きく低下させることにより基礎代謝(エネルギー需要)を大幅に削減し,エネルギー不足を乗り切る戦略をとる種も存在する。冬眠あるいは休眠と呼ばれる現象である。生理機能は大きく低下するが,冬眠動物は冬眠によりなんらの障害もきたすことなく安全に回復する。この機能は生物学的に興味深いだけではなく,救急医療をはじめとする医療や,将来的には有人宇宙探査にいたるまでさまざまな応用につながる可能性を秘めている。本論では,未解明の休眠・冬眠のメカニズムに関して低体温を誘導する神経回路を中心に考察し,将来的な人工冬眠の可能性にも言及したい。

体温と睡眠

著者: 石原あすか ,   朴寅成 ,   徳山薫平

ページ範囲:P.173 - P.178

正中視索前野,内側視索前野には環境温度が上昇すると活動が増大するニューロンがあり,これを選択的に刺激すると体温が低下し睡眠が増大する。さらに腹側外側視索前野を刺激しても,体温が低下して睡眠が増大する。また,末梢からの熱放散を促す中枢の機序が駆動するときに入眠が誘発される。これらは哺乳類や鳥類で観察される寝る前の準備行動や,高齢者の睡眠時の生理学的な特徴を説明する機序として考えられる。

総説

「死ぬ権利(the right to die)」にまつわる4つの医療行為—米国における現状とその医療倫理的背景

著者: 植村健司

ページ範囲:P.181 - P.188

死ぬ権利にまつわる4つの医療行為とはすなわち,延命治療の拒否および中止,緩和的鎮静と集中的症状緩和,医療自殺幇助,そして安楽死である。前二者が死ぬ権利の消極的権利であり,後二者が積極的権利である。本総説では,なぜ延命治療の拒否と中止が倫理的に同義となるのか,そして延命治療の中止ができないことによって生ずる臨床上の問題について説明する。また緩和的鎮静における二重効果の原則と均整の原則,医療自殺幇助の米国における実際と倫理的議論の背景,さらに安楽死はなぜ米国では受け入れられていないのかなどについても概説する。

症例報告

脊索腫様膠腫と鑑別を要した第三脳室限局型BRAFV600E変異陽性頭蓋咽頭腫の1例

著者: 小林尚平 ,   山崎文之 ,   兒島正人 ,   高安武志 ,   高野元気 ,   米澤潮 ,   田口慧 ,   檜山英三 ,   木下康之

ページ範囲:P.189 - P.194

術前画像で脊索腫様膠腫との鑑別が困難であった35歳女性の第三脳室限局型頭蓋咽頭腫を経験した。第三脳室内限局型頭蓋咽頭腫は類円形の腫瘍形状,扁平上皮乳頭型の組織,BRAFV600E変異陽性が特徴で,石灰化と囊胞形成は稀である。過去に脊索腫様膠腫と類似した画像所見を呈することに言及した報告はない。本症例はBRAFV600E変異陽性にもかかわらず病理学的にエナメル上皮腫型を示した稀有な症例であり,治療方法の選択という点で,分子診断の重要性を示唆した。

連載 脳神経内科領域における医学教育の展望—Post/withコロナ時代を見据えて・6

Post/withコロナ時代に求められる卒前臨床実習—診療参加型実習・学生評価

著者: 荒木信之 ,   横尾英孝 ,   伊藤彰一

ページ範囲:P.195 - P.197

はじめに

 2020年に発生した新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)のパンデミックにより,医学部5〜6年生の臨床現場でのクリニカル・クラークシップは中止となり,オンラインでの実習のみを行うこととなった。

 千葉大学脳神経内科ではもともと4週間の実習期間が与えられており,「重要な脳神経内科疾患の患者に対して,適切な問診,診察,基本的検査を実施し,その結果を解釈し,診断することができる」ことを学習目標にしている。その目標達成のため,COVID-19流行前はTable 1のようなスケジュールで実習を行っていた。

 4週間のうちで少なくとも2名以上患者を受け持ち,毎朝の診療グループ回診前に学生1人で担当患者に会って診察し,アテンディング(教育専任教員)との30分程度のミーティングにて状況を整理した後に,グループ回診に参加する。グループ回診では,回診前に学生は担当患者の1分程度のプレゼンテーションを行い,担当医からフィードバックを受ける。さらに,回診中に診察手技を評価され,フィードバックも受ける,という形式で病棟実習を行っていた。そのほかに外来見学やいくつかの講義,シミュレーターを用いた腰椎穿刺の実習も行っていた。また最終週には,テーマを自由に決めて5分間でプレゼンテーションを実施し,学生同士で評価を行ってもらっていた。プレゼンテーションの最終評価は教授が主に担当し,4週間で受け持った症例のプレゼンテーション内容を評価していた。実習全体の評価は,アテンディング,病棟主治医,教授の3名がそれぞれ行い,その平均をもって評点していた。

 オンラインのみの実習を余儀なくされた際にはTable 2のようなスケジュールで実習を行った。前半2週間は,外来受診患者の現病歴から疾患カテゴリー診断と神経学的部位診断を行い鑑別疾患を考えるという訓練を,急遽作成した40程度の模擬症例を用いて繰り返し行った。後半の2週間は入院患者の模擬症例を作成し,入院までの現病歴から疾患カテゴリー,病変部位診断を考え,それを基に鑑別診断を挙げ,必要な神経診察を提案してもらうようにした。さらに,神経診察の結果から部位診断を絞り込み,診断に必要な検査を考え,その結果から確定診断,治療計画を考えるトレーニングを行った。当時の実習学生は一度に14人おり,2人ずつを1ペアとして同じ症例を担当してもらい,さらに,プレゼンテーション内容について他のペアが評価・質問するようにした。カンファレンスや講義はすべてオンラインで実施した。

 実地で実習が可能になった後も,オンラインでできる講義やカンファレンスへの参加,最終評価は引き続きオンラインで行った(Table 3)。病棟実習,外来見学,シミュレーターを用いた手技の実習はオンラインでは代替が困難であり,でき得る限り実地での実習を継続することが望ましいと感じられた。

臨床神経学プロムナード—60余年を顧みて・12

無言野(silent area)の盛衰と神経心理学(neuropsychology)の発展—大脳連合野における展開

著者: 平山惠造

ページ範囲:P.198 - P.200

はじめに:無言野(silent area)は他にもいろいろな言い方がある。日本語では沈黙野,無症候野(域),英語ではsilent region,latent region,この複数形,などなどである。ここでは頭書のものを用いる。

書評

「現場で使える クリニカルパス実践テキスト 第2版」—日本クリニカルパス学会学術・出版委員会【監修】 フリーアクセス

著者: 真田弘美

ページ範囲:P.179 - P.179

 本書『現場で使える クリニカルパス実践テキスト 第2版』では,クリニカルパス(以下,パス)の持つ意義を最大限引き出しながら,活用するための基本的ノウハウから実例を踏まえたヒントまで,実践ポイントがふんだんに盛り込まれている。初版と比べるとパスの組織づくりや運用の実例などの内容がさらに充実しており,これからパスを学びたい人はもちろんのこと,既にパスに関わっている医療職にもぜひ手に取っていただきたい1冊である。

 パスで重要な点は「患者中心」のアウトカム達成にある。最近入院した友人が見せてくれた入院時の説明の中に,患者用パスが含まれていた。友人は,退院後の予定をあれこれと話し,手術に対する大きな期待を語ってくれた。その話を聞きながら,パスは不安の除去ばかりでなく将来への希望をつなぐ大切な手引きであることを実感した。医療者にとってパスは,最適効率で患者目標を達成し,在院日数短縮を目指すために非常に合理的な方法であることは違いない。ただ,われわれが忘れてはいけないことを著者らは何度も強調している。誰のためのパスなのか,業務の効率を優先するのではなく,あらためて患者中心のパスであるという極めて大事なマインドを思い出させてくれる。

「帰してはいけない外来患者 第2版」—前野哲博,松村真司【編】 フリーアクセス

著者: 北野夕佳

ページ範囲:P.180 - P.180

 救急外来診療には地雷がつきものである。しかし,救急外来は「救急に来た」という時点で医師側も子細に問診・診察する心の準備ができている。また画像検査を含め,手厚い精査が時間的・医療資源的にも許容される。入院病棟診療は,重症病態なので入念な対応を要するが,継続的に経過観察でき,悪化時にはすぐに認識できる(=時間を味方につけられる)という圧倒的な強みがある。

 一方,外来診療はどうだろうか。「総合内科外来」にはどんな症例も来る。かつ,とにかく数が多い。朝,外来ブースで自分のリストに再診が6例しか入っておらずガッツポーズをしたのも,束の間の夢。「初診です」「近医からの紹介状ありです」「○○科外来から内科依頼です」「○○科入院中の方で,術前の内科依頼です」「健診で異常を指摘された二次精査です」と,次々に新患が入ってくる。はじめましての患者さんばかりである。救急搬送や入院と同様の時間を割いていては外来が回らない。待ち時間の長くなった再来の患者さんたちがイライラし,看護師さんからはにらまれる。こちらも泣きたくなる。ほとんどの症例は本日初療・精査を開始し,次回,結果説明と介入を始めれば大丈夫なのである。

--------------------

目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.123 - P.123

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.124 - P.124

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.207 - P.207

あとがき フリーアクセス

著者: 髙尾昌樹

ページ範囲:P.208 - P.208

 本誌が発行される頃は,まだまだ寒い日が続いていると思います。皆様はいかがお過ごしでしょうか。寒い日が嫌いな私は,どうも冬は好きではありません。そんな気温に敏感(?)な私にとって,本特集はたいへん魅力的な内容です。「温度」というテーマで,これだけ多くの知見があることに驚愕しました。日々の診療では,患者さんに向かって「お風呂のお湯の温度を感じますか?」程度しか尋ねていない私にとって,たいへん勉強になった特集です。私と同じような先生もおられるかもしれません。本誌をぜひお買い求めのうえ,お読みください。

 自分自身を振り返ってみれば,熱いとか痛いといったことを,あまり真剣に考えていなかったと思っています。最近になって,外来で痛みなどを訴える患者さんを診療する機会が多くなりました。いままでであれば,痛み止めの処方のことばかり考えていましたが,最近は,痛みをもう少し深く理解して治療に当たりたいと思っています。私も含めて,多くの臨床医は,痛みなどのような症状に立ち向かうことが,必ずしも得意ではないような気がします。画像検査,血液検査など,目で見えるもの以外を,受け入れにくいという心理があるのかもしれませんし,そういった言葉を医師から聞くこともあります。しかし,明確な検査方法がわからない病態ほど,これからの臨床医の腕の見せどころかとも思います。私も若い頃は,手がしびれたり,痛かったりしたことはなかったのですが,最近は手がしびれたり,あちこち痛かったりすることもあって,病院にお見えになる患者さんの気持ちがわかるようになってきました。でも,それほど良いアイデアもなく,一般的な処方をして,症状と付き合ってくださいなどと説明をしていますが,もう少しなんとかしないといけないと思っているのです。そういった意味でも本特集の意義はたいへん大きいと思います。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら