icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩75巻11号

2023年11月発行

雑誌目次

特集 アロスタシス—ホメオスタシスを超えて

フリーアクセス

ページ範囲:P.1187 - P.1187

アロスタシスとは,内外の環境変化に合わせて脳-身体にある多数の調節システムが相互作用しながら身体内部環境を予測的に調節することで,効率よく環境に適応しようとする動的なシステムである。これは定常状態を目標とするホメオスタシスとは対照的に,変動により安定性を獲得するというもので,生理学的調節の新しいモデルとして注目されている。例えば,心拍変動や内受容感覚を媒介とした感情もアロスタシスの現れとして理解することができる。またアロスタシスの特徴として,ストレスが免疫反応を変化させるように,異なる階層の脳-身体調節系同士を関連付ける横断性が挙げられる。本特集ではこのようなアロスタシスの概念をさまざまな視点から紹介しながら,脳と身体,さらには脳と環境の関係性を捉え直してみたい。

アロスタシスとホメオスタシス—神経生理学の観点から見た動的適応系

著者: 虫明元

ページ範囲:P.1189 - P.1196

ホメオスタシスは,内的環境の定常状態を目指すよく知られた生理学的原理である。一方でアロスタシスは,予測制御に基づいて,制御効率を上げるために内部環境の設定値そのものを動的に調節する比較的歴史の浅い生理学の原理である。アロスタシスの概念は,神経科学の分野の進歩とともに発展し続けている。この概論では,神経科学におけるいくつかの新しい知見を紹介し,アロスタシスの概念を,認知,体性,自律神経系の相互調節として拡張する。このように,生体システムは,自分自身を変化させることによって,外部環境および内部環境に適応しているのである。

内受容感覚・意思決定・感情の統合—予測的処理としてのアロスタシス

著者: 大平英樹

ページ範囲:P.1197 - P.1203

アロスタシスは身体状態を変化させ安定を図るメカニズムである。近年,アロスタシスは,脳は内的モデルによる予測を生成することで環境に適応していると主張する予測的処理の立場から再概念化されている。これにより,恒常性の維持,意思決定,感情や意識などを統合的に説明できる。この理論について実証的な証拠も提唱されつつある。本論では,アロスタシスの予測的処理の理論,最近の研究知見,今後研究すべき課題を紹介する。

神経内分泌からみたアロスタシスとレジリエンス

著者: 高柳友紀 ,   尾仲達史

ページ範囲:P.1205 - P.1209

レジリエンスは困難な状況や逆境を乗り越える力(回復力)を示す言葉で,アロスタシスの視点で考察すると,アロスタシスを適切に関与させ,アロスタティック負荷/過負荷に至らせない,あるいはそこから恒常性を取り戻す能力のことである。この一連のストレス適応システムにオキシトシンが関わっている可能性が示されてきている。本論では内外環境の変化に応答するオキシトシンとその作用,レジリエンスの調節について論じる。

IoT計測によるアロスタティック負荷の検知と応用

著者: 竹内皓紀 ,   岸哲史 ,   中村亨 ,   吉内一浩 ,   山本義春

ページ範囲:P.1211 - P.1217

アロスタティック負荷とは外界からの慢性的・反復的な作用(心理的ストレスなど)によって身体システムが脆弱化した状態であるとともに,病的状態への遷移につながるリスク状態とみなすことができる。本論では,既存のアロスタティック負荷の評価指標の概説に加えて,IoT(Internet of Things,モノのインターネット)計測に基づく日常生活下での脆弱状態の検知と制御の可能性について述べる。

ロボットによる社会的アロスタシスの調節

著者: 佐藤弥 ,   神原誠之

ページ範囲:P.1219 - P.1223

社会的相互作用により心理生理状態(例えば情動)が調節されるプロセス「社会的アロスタシス」が注目される。しかし,必ずしも万人が適応的な社会関係を得られるわけではない。この問題の解決で期待されるのが,ロボットの活用である。本論では,ロボットとの社会的相互作用によりヒトの心理生理状態が調節されると実証するわれわれの3研究を紹介する。知見は,ロボットが社会的アロスタシスの調節に役立つ可能性を示唆する。

慢性疼痛とアロスタシス—グリア細胞の役割

著者: 津田誠

ページ範囲:P.1225 - P.1229

体性感覚神経系の傷害や疾患によって神経障害性疼痛という慢性疼痛が発症する。最近,この慢性疼痛モデルマウスを用いた研究から,神経損傷後に脊髄で出現するCD11c陽性ミクログリアが疼痛症状の寛解に重要な細胞として特定された。本論では,神経損傷後のミクログリアの状態変遷と,CD11c陽性ミクログリアによる神経障害性疼痛に対するアロスタティックな制御機構について概説する。

心拍変動とアロスタシス

著者: 湯田恵美

ページ範囲:P.1231 - P.1237

本論では,従来の自律神経と脳心臓軸研究,そして近年の日常活動下における生体計測とビッグデータ解析に焦点を当てて,心拍変動のパターンとアロスタシスのメカニズムについて概説する。日常活動下における生体計測の重要性や,心電図ビッグデータを分析する新しいデータ駆動型研究の成果を通じて,生体信号を活用した新たな洞察を提供する。

アロスタシス機構の設計原理—自由エネルギー原理

著者: 乾敏郎

ページ範囲:P.1239 - P.1243

決められた範囲内に内臓の状態を維持するホメオスタシスが機能しなくなる前に身体状態を調節する機能が必要であり,これがアロスタシスである。自由エネルギー原理の観点からは,内部状態をアトラクタ状態の集合の範囲内にとどまらせたいという期待を階層的な予測機構によって実現していると言える。本論では,アロスタシスを実現する神経機構ついて自由エネルギー原理に基づき議論する。

内受容感覚を媒介とするアロスタシスと感情

著者: 寺澤悠理 ,   是木明宏

ページ範囲:P.1245 - P.1250

心拍や呼吸などの身体状態の大きな変化である情動反応を感じることは,嬉しさやつらさといった主観的な感情に影響を及ぼしている。この関係性を結ぶ役割を果たすものとして,内受容感覚が注目されている。身体状態の変化や制御に関する脳内の予測的符号化モデルは,内受容感覚の生起と密接に関わるとともに,アロスタシスとも強い関連がある。本論では,内受容感覚を媒介として感情をアロスタシスの観点から捉える視点を紹介する。

内受容感覚とアロスタシスからみた精神疾患

著者: 是木明宏 ,   寺澤悠理

ページ範囲:P.1251 - P.1257

古典的なアロスタシスの概念はストレスに対する動的な適応能として提唱され,その機能への過剰な負荷は適応反応症として現れ,さらにはさまざまな精神疾患を引き起こし得る。また近年のアロスタシスの概念は生理的変化のみならず行動的変化をも説明し,さらに内受容感覚は感情のみならず自己感との関係性が近年注目されているが,このような近年の概念拡張およびその異常が統合失調症の症状理解に役立つ可能性がある。

総説

大脳前頭葉の階層的意思決定機構

著者: 松坂義哉

ページ範囲:P.1259 - P.1265

われわれの行動は無意識的な行動から意識的な制御を伴う行動まで多くの階層があり,おのおの異なる神経機構が対応している。大脳前頭葉には多数の皮質運動野が存在し,高度に自動化した運動の遂行から内外の情報に基づく意識的な行動の制御まで役割を分担している。また前頭前野の内側部は行動の決定則自体の選択というより概念的なレベルでの意思決定に関与し,前頭葉内部に階層的な意思決定機構が存在することが明らかになりつつある。

連載 医師国家試験から語る精神・神経疾患・11

目に見えない脅威—酸素欠乏

著者: 藤田眞幸

ページ範囲:P.1267 - P.1273

36歳の男性。意識障害のため救急車で搬入された。夏季に作業のため穀物貯蔵タンク内に入ったところ,間もなく意識を消失して倒れた。作業前に普段と変わったところはなく,所持品に不審なものもなかった。救急隊接触時,全身にチアノーゼを認め,SpO2 88%であった。来院時の意識レベルはJCSⅢ-300。体温37.2℃。心拍数108/分,整。血圧132/90mmHg。呼吸数16/分。SpO2 100%(リザーバー付マスク10L/分 酸素投与下)。心音と呼吸音とに異常を認めない。皮膚は湿潤しており,血管拡張は認めない。血液所見:赤血球530万,Hb 16.0g/dL,白血球6,000。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL,AST 30U/L,ALT 32U/L,CK 22U/L(基準30〜140),尿素窒素16mg/dL,クレアチニン1.1mg/dL,Na 142mEq/L,K 3.8mEq/L,Cl 102mEq/L。心電図と胸部エックス線写真とに異常を認めない。

最も考えられる病態はどれか。


a 一酸化炭素中毒

b 酸素欠乏症

c シアン化水素中毒

d 熱中症

e 硫化水素中毒

(第111回D47 正解b)

お知らせ

時実利彦記念賞 2024年度募集要領 フリーアクセス

ページ範囲:P.1250 - P.1250

趣旨 脳研究に従事している優れた研究者を助成し,これを通じて医科学の振興発展と日本国民の健康の増進に寄与することを目的とする。

--------------------

目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1185 - P.1185

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1186 - P.1186

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1279 - P.1279

あとがき フリーアクセス

著者: 虫明元

ページ範囲:P.1280 - P.1280

 本号はアロスタシスの特集号で,1つ総説を寄稿した。アロスタシス,そしてホメオスタシスの概念が近年拡大している傾向を伝えたかった。その中で十分触れられない項目があり,このあとがきで少し述べてみたい。

 ホメオスタシスもアロスタシスも個人の中での生理学的調節機構として捉えられてきた。しかし,その意義を捉え直す研究が現れてきている。それがAikaterini Fotopoulou & Manos Tsakirisによるメンタライジングホメオスタシスという概念である(Neuropsychoanalysis 19: 3-28, 2017)。この概念によれば,人は身体を通じて社会心理的側面と恒常性維持が結びついている。マズローの欲求5段階説でも,まずは生理的欲求,ついで安全欲求,社会的欲求と続く。例えば,生後すぐにホメオスタシスなどは重要で,個体が自分の身体状況に気づき,適切にその生理的欲求を他者に伝えるために,内感覚への気づき,すなわちメンタライジングが求められる。ただし,当初は難しく経験による学習が必要である。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら