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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩76巻12号

2024年12月発行

雑誌目次

特集 芸術家と神経学Ⅱ

フリーアクセス

ページ範囲:P.1291 - P.1291

普段とは異なる神経学の一面を楽しんでいただくために開始したクリスマス特集も,本年で4回目を迎えた。今回は初回の2021年12月号に特集した「芸術家と神経学」の続編をお届けする。音楽家,画家,作家たちと神経学の交差する物語について,資料を基にしながら著者それぞれが自由に考察を巡らせている。芸術家と神経学との接点を紐解きながら,神経学の魅力を存分に味わっていただければ幸いである。

シューマンと神経梅毒

著者: 神田隆

ページ範囲:P.1293 - P.1299

ロベルト・シューマン(1810-1856)は梅毒に罹患していた可能性の高い大作曲家の1人として有名な存在である。梅毒罹患は当時にあっても名誉なことではなく,シューマンの信奉者を中心に感染そのものを否定,または,感染の可能性を示す証拠を隠滅する動きがあって,いまだに確固たる証拠が示されたわけではない。しかし,死後130年を経て明らかになった精神病院入院中の記録などから,現時点では彼の梅毒感染はほぼ確実なことと見なされている。この小論の目的は,シューマンの音楽を愛する一愛好家として,梅毒感染から進行麻痺発症まで,この感染症がシューマンの創作活動にどのように影響を与えたかを考察することにある。

ベートーヴェンの病跡と芸術Ⅱ

著者: 酒井邦嘉

ページ範囲:P.1301 - P.1306

音楽家ベートーヴェンは進行性の難聴と腹痛を患ったが,どちらの症状も鉛中毒によって説明できる。Beggら(2023)はゲノム解析により,5房の毛髪がベートーヴェンの真正な遺髪であると認定して,彼の重い肝臓病の原因を解明した。またRifaiら(2024)は,真正な毛髪の房から異常に高い濃度の鉛を検出した。これらの新たな証拠により,ベートーヴェンを悩ませた病の原因は鉛中毒であったと結論できる。

神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ

著者: 下畑享良

ページ範囲:P.1307 - P.1312

レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の画家であるが,医学,特に脳の研究にも情熱を傾けた。脳室を詳細に研究し,魂の在り処を追求した。彼に関する病跡学では,鏡文字の使用や注意欠如多動症と考えられることが注目され,非凡な創造性と仕事を完遂できない性格に寄与した可能性が議論されている。彼の死因は脳卒中と考えられているが,晩年に絵画を描けなくなった右上肢麻痺の原因としては尺骨ないし正中神経麻痺が推測されている。

脳科学の視点で読むカフカと孤独と創造性

著者: 虫明元

ページ範囲:P.1313 - P.1318

フランツ・カフカは現在のチェコ出身の小説家で,現代世界文学を象徴する人物の一人とされ,今年でちょうど没後100年である。彼は多くの作品を遺し,それらは100年以上前の作品であっても,現代社会を予見するかのような先見性を示し,非人間的な巨大システムの中で翻弄される個人を,独創的で非日常的な設定と極めて写実的な表現を用いて描いている。そのようなカフカの独創性と孤独な内面性の関係を,脳科学的に考察した。

アール・ブリュットと精神の変調

著者: 三村將

ページ範囲:P.1319 - P.1327

アール・ブリュット Art Brutの概念,提唱者であるジャン・デュビュッフェの考え,やや独自な展開を遂げてきた日本でのアール・ブリュットに関する取組み,日本の精神医学界におけるアール・ブリュットの話題について触れた。アール・ブリュットは精神障害者アートに限定されるものではない。アール・ブリュットは既存の文化や潮流に影響されない「生の」独創的なアートであり,実際にはその作品の多くに精神医学的背景が見出されるという点を強調した。さらに,アール・ブリュットの画家として代表的な佐伯祐三を取り上げ,ジャン・フォートリエとの類似点について述べた。最後に主に神経科学の視点から精神疾患,特に統合失調症を持つ人のアール・ブリュットにおける創造性について,遺伝的要因や脳機能の変調,精神疾患と創造性の相互作用といった観点から考察した。アール・ブリュットは「ぶるっと」くる体験をもたらす芸術そのものであるが,精神医療の観点からは,作品を創造することに伴うアートセラピーが精神疾患を持つ人の治療・ケア・福祉において二次的に重要な意味を持ってくる。精神医療と芸術の関係は未知の部分も多いが,今後の発展が大いに期待されている。

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンと皮質下性脳血管疾患

著者: 髙尾昌樹

ページ範囲:P.1329 - P.1333

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは1700年代後半の音楽家である。一部の研究者によりハイドンが皮質下性の脳血管疾患であったという推察がある。こういった解釈は,残された伝記的な記載などから検討されたもので,あながち間違ってもいないのであろう。しかし,77歳という高齢で死亡したことを考慮すれば,現在言われている複数の脳病理学的変化を伴っていても不思議ではないし,むしろその可能性が高いように思われる。偉人というものは死後200年経っても,持病が何だったか興味を持たれるのだから安らかな眠りというわけにもいかない。

グールド・漱石・神経心理学—非人情の脳内機構再考

著者: 河村満

ページ範囲:P.1335 - P.1342

グレン・グールドはカナダのピアニストで,コンサート・ドロップアウトとして知られているが,録音に残された演奏は現在でも高い評価を得ている。グールドが夏目漱石の『草枕』を愛読していたのは有名で,その理由は漱石の「非人情」に対する共感である。本稿では,グールドと漱石の共通感覚・生きる姿勢である非人情の背景にある知・情・意の脳内機構について神経心理学的に考察した以前の筆者自身の論稿を再度掘り下げた。

岡本太郎とパーキンソン病

著者: 長田高志

ページ範囲:P.1343 - P.1348

芸術家,岡本太郎は,パーキンソン病を患っていた。パーキンソン病に関連した顔のパレイドリアは,「顔のグラス」の発想につながった。色覚障害,コントラスト感度の低下は,絵画の色彩に影響を与え,絵画から陶芸,彫刻などへ創作活動の中心をシフトさせた。彼の創造性に抗パーキンソン病薬が与えた影響を検討した。また,彼の死因である急性呼吸不全の原因についても考察を行った。

総説

マルチタスクの効用—ワーキングメモリから知能研究への展開

著者: 渡邉慶

ページ範囲:P.1351 - P.1359

現代の情報社会ではマルチタスク能力がますます求められている。マルチタスク能力の個人差がワーキングメモリを介して「知能」(general intelligence)の個人差と密接に関連していることはあまり知られていない。本稿ではこれらの関係を明らかにし,さらに,マルチタスク能力をトレーニングで強化することで一般知能の向上を目指した2000年代以降の「脳トレ」ブームの効果の有無について概説する。

連載 スーパー臨床神経病理カンファレンス・11

進行性の左上下肢の使いにくさとふらつきを呈した51歳男性例

著者: 松原知康 ,   山上圭 ,   藤田浩司 ,   齊藤祐子 ,   村山繁雄 ,   和泉唯信

ページ範囲:P.1361 - P.1367

〔現病歴〕これまで特に受診歴のない51歳男性がX年Y月より左上下肢の使いにくさとふらつきを生じ,Y+1月近医を受診した。MRIで左中小脳脚にFLAIRと拡散強調像で高信号,T1強調像で低信号の病変を認めた(Fig. 1)。症状は進行し,再検したMRIで病変の拡大を認めたため(Fig. 2),Y+3月当院に紹介され受診した。

 診察上,衝動性眼球運動障害,構音障害,小脳性運動失調,左上下肢腱反射亢進を認めた。血液検査:白血球数5,900/μL(リンパ球26.4%),CD4陽性細胞数60/μL,ヘモグロビン13.7g/dL,血小板数13.7万/μL,CRP 0.97mg/dL,肝・腎機能,電解質に異常なし。血清HIV抗原・抗体陽性。脳脊髄液検査:細胞数2/μL,蛋白67mg/dL,糖47mg/dL(血糖93mg/dL),IgG index 0.66,オリゴクローナルバンド陽性であった。脳脊髄液中のJCV-DNAは21,760copy/mLであった。

原著・過去の論文から学ぶ・9

脳の障害は「できないこと」だけを引き起こすのだろうか?—N.KapurのParadoxical Functional Facilitationをめぐって

著者: 緑川晶

ページ範囲:P.1369 - P.1371

隠された能力

 多くの人がそうであるように,筆者自身も認知症は病気の進行とともに認知機能が低下し,「できないこと」が増える一方であると思っていた。そのような中で出会った患者さんの1人がPCA(posterior cortical atrophy)のAさんである。PCAとは緩徐進行性に大脳後方の機能低下が進む病態であり,Aさんは症状が進み,当時は盲のような状態であった1)。そのため一般的な神経心理検査ができない状態であった。しかし,Aさんの奥さんは家では卓球を楽しみ,自転車にも乗ることができると伝えてくれた。にわかには信じがたい話であったが,手元にあったボールをAさんに向かって投げてみると,それまでの見えない振る舞いから一転して,見事にキャッチしたのであった。自宅を訪問すると部屋の中を歩くこともおぼつかない状態にもかかわらず,庭先で自転車を操ることも可能であった。認知症が進行していても「できること」があると知り,実に驚きであった。そのような現象の神経メカニズムへの興味を抱くとともに,キャッチボールができることが本人や家族の喜びにつながっていたことがとても印象的であった。

 このことを境にして,どれほど認知機能が低下していても,「できること」があるはずだと信じ,患者さんに会うたびに「できること」探しをするようになった。そのような中で出会ったのが前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)のBさんである。Bさんは前頭葉に著明な萎縮を認め,無言無動の状態で,手に触れれば把握反射がみられるほど症状が進んだ状態であり,神経心理検査による認知機能の評価は困難な状態であった。そのときに確かな根拠があった訳ではなかったが,試しにハサミと星型が印刷された紙を手渡したところ,把握反射は消失し,巧みにハサミを操って,完璧なまでに星型を切り抜くことができたのである2)。この場面に遭遇したことは大きな転機だったとのことで,Bさんの夫は,「なぜできないのだろうか」から「なにができるだろうか」に目を向けるようになったと述懐していた。

書評

「末梢神経病理—どう作り,どう読み,どう臨床に生かすか」—神田 隆,佐藤亮太【著】 フリーアクセス

著者: 西村広健

ページ範囲:P.1349 - P.1349

 本書を読んだ感想,発刊への感謝を述べるには“1万文字”あっても足りませんので,特に心引かれた[章]を紹介します。

 [第4章:末梢神経の正常像]エポン包埋トルイジンブルー標本に加えて電顕写真もたくさんあり,無髄線維の見え方まで教えてくれます! 血管1つとっても理解が深まりました。

「—事例で学ぶ—医療機関で起きる法的トラブルへの対処法」—加古洋輔,増田拓也,長谷川葵,堀田克明【編】 田渕 一,荒神裕之【編集協力】 フリーアクセス

著者: 仲田昌司

ページ範囲:P.1350 - P.1350

 本書は,弁護士の立場から,具体的な事理を通して,医療機関で発生するさまざまな法的トラブルに対する対処のバイブル的なテキストです。

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目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1289 - P.1289

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1290 - P.1290

投稿論文査読者 フリーアクセス

ページ範囲:P.1373 - P.1373

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1377 - P.1377

あとがき フリーアクセス

著者: 虫明元

ページ範囲:P.1378 - P.1378

 芸術家が示す創造性の背景にある神経学的な考察をすることで,芸術家をいわば内側から分析しようとする試みの2回目の特集号である(初回は2021年12月号)。自分もカフカに関して記事を載せたが,河村満氏の論文でグレン・グールドと夏目漱石の分析,知情意や時間意識のことに触れている点が興味深かった。特に,脳の内側の部分,デフォルトモードネットワークに着目して論じている点に関心があった。高次機能に関しては,大脳皮質外側に着目した研究は多いが,大脳皮質内側の高次機能は,しばしば無視されてきた。自分自身も『ひらめき脳』(青灯社, 2024)の中で,ひらめきに対するデフォルトモードネットワークの,外側の大脳皮質のいわば影のような存在である大脳皮質の内側領域で行っている働きに着目して,ひらめきと社会性や,情動性との関連性を論じた。

 この内側領域の持つさまざま働きは,社会脳と名づけて,社会性だけで理解しようとする場合があるが,それは誤解を招くと思われる。この領域は他者との関係性だけでなく,想像することにもかかわり,その人の内面の思考や感覚,特に私という事に関する自伝的記憶や展望的記憶,ナラティブ思考などの自己意識とも深く関わるからである。芸術家とは,このような想像性を含む自己意識に対して特に感受性が高いと考えられる。そのため,注意という限りある認知的ソースを外界や他者に向けるより,むしろ自分の心の中の世界に向けて,その感覚を作品に表現しているのではないかと感じられる。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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