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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩76巻2号

2024年02月発行

雑誌目次

特集 特発性正常圧水頭症の現在

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ページ範囲:P.99 - P.99

本邦における特発性正常圧水頭症の研究は世界的にも質が高く,多施設共同研究SINPHONI,SINPHONI-2や全国疫学調査は大きな成果を挙げている。その一方で,この疾患を十分に疑うことのできる症候を呈していても老化によるものとして見過ごされることが多く,病院受診率,正診率とも依然として低い。「治せる認知症」として,早期発見・早期診断に脳神経内科医が寄与できる余地は大きい。本特集では,2020年に改訂されたガイドライン第3版を概観しつつ,症候学や画像所見,鑑別診断やシャント術後の予後予測など,幅広いテーマを網羅した。最新の知見を読み解き,知識のアップデートを図りたい。

特発性正常圧水頭症の症候学

著者: 森悦朗

ページ範囲:P.101 - P.107

特発性正常圧水頭症は,高齢者に,歩行障害,認知症,尿失禁の,いわゆる三徴をもたらす。どの症候も,加齢に伴う機能低下として,あるいは高齢者の神経系および非神経系疾患で生じる症状でもある。特発性正常圧水頭症においては,それぞれ失行性-失調性歩行,皮質下性認知症,切迫性尿失禁と特徴づけられるが,これらの特徴を知っておくことは臨床上重要である。本論では,特発性正常圧水頭症の症候学について解説する。

特発性正常圧水頭症診療ガイドラインoverview

著者: 數井裕光 ,   河合亮

ページ範囲:P.109 - P.116

わが国の特発性正常圧水頭症診療ガイドラインは世界初で,かつその後のiNPH研究の発展に伴い改訂している唯一のガイドラインである。本論では,ガイドラインの作成・改訂と多施設協同研究SINPHONIの実施が,車の両輪となってiNPH診療を発展させてきた好循環の流れを紹介した。またガイドラインの最も特徴的な「診断基準」と「診断と治療に関するアルゴリズム」を中心に解説した。

グリンパティック系と特発性正常圧水頭症

著者: 猪原匡史

ページ範囲:P.117 - P.122

グリンパティック経路の流入路は動脈の最外層にある軟膜とグリア境界膜が形成する基底膜である。くも膜下腔から脳脊髄液はこの流入路を通って脳実質に流入し,その水成分はアクアポリン4の働きによって脳実質に汲み上げられる。その駆動力の1つは血管拍動であり,この経路不全により脳脊髄液はその正常のダイナミクスを失い,特発性正常圧水頭症の一因になる。その寄与度がいかほどかは今後の研究が必要である。

特発性正常圧水頭症の疫学・自然歴と遺伝

著者: 伊関千書

ページ範囲:P.123 - P.126

わが国の疫学調査で,特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)は80代高齢住民のうち7.7%の有病率である一方,受診率は数%と低い。iNPHでは,発症数年前からAVIM(asymptomatic ventriculomegaly with features of iNPH on MRI)もしくはAVE(asymptomatic ventricular enlargement)の状態が認められる自然歴がある。SFMBT1遺伝子がリスク遺伝子の1つである。

特発性正常圧水頭症の鑑別診断—特に進行性核上性麻痺

著者: 大原正裕

ページ範囲:P.127 - P.134

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)は,特徴的な画像所見や症状,シャント術への反応性に基づいて診断される。しかし,iNPHに類似した画像所見は神経変性疾患でも見られることがある。そのため,特に神経変性疾患の病初期でその疾患に特徴的な症状が顕在化していない段階においては,iNPHとの鑑別が困難であることが多い。本論では,iNPHの鑑別診断として進行性核上性麻痺を中心に概説し,shamタップテストを含めた評価プロトコルについて紹介する。

特発性正常圧水頭症の神経病理と最近の動向

著者: 宮田元 ,   大浜栄作

ページ範囲:P.135 - P.143

特発性正常圧水頭症に特異的な神経病理所見は確立されていない。剖検脳では血管壁の硬化性変化や脳実質の虚血性変化が高頻度に認められることが報告されており,臨床病理学的にビンスワンガー病との異同が議論されている。生検脳組織ではアルツハイマー病の病理所見が年齢調整した一般人口における頻度と同程度に認められることやアクアポリン4の発現変化が報告されており,後者は髄液循環動態の異常に関連する現象と考えられる。

特発性正常圧水頭症の最新画像診断

著者: 高橋竜一 ,   石井一成

ページ範囲:P.145 - P.150

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)は,原因不明の脳脊髄液の循環不全により認知機能障害,歩行障害,尿失禁をきたす疾患である。近年では,脳血流画像,拡散テンソル画像など機能的変化を捉えるさまざまなモダリティや画像解析法が開発され,正常圧水頭症の発症機構が明らかになりつつある。本論ではiNPHの画像診断の歴史,および近年の画像診断法について述べたい。

特発性正常圧水頭症のバイオマーカー

著者: 中島円

ページ範囲:P.151 - P.157

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)の病態生理は,いまだ不明である部分が多いものの,脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)の吸収能の低下により脳室拡大をきたす疾患であることについては,異論のないところであろう。CSFとともに老廃蛋白の排泄障害を有するiNPH病態では,異常蛋白が凝集しやすく,また多くの神経変性疾患では,蛋白質の異常な凝集と蓄積が疾患発症に深く関与する。iNPH診断に対する画像診断の役割が高くなり,特徴的な症状と脳画像でシャント治療の適応が決定されるなか,生物指標化合物(biomarker:BM)による補助診断は,治療予後に影響する併存神経変性疾患の鑑別や疾患発症機序を明らかにする病態の探求につながる役割がある。血液,CSFによるiNPH診断を補助するBMは,シャント治療の予後を予測する重要な検査である。

特発性正常圧水頭症の外科的治療

著者: 喜多大輔

ページ範囲:P.159 - P.166

髄液シャント手術は特発性正常圧水頭症の唯一の治療法であり,術式として脳室-腹腔/心房,腰椎-腹腔がある。圧可変式バルブと抗サイフォンデバイスを組み合わせたハイブリッドバルブが普及し,シャント再建,シャント流量過多時の硬膜下血腫などの合併症は大幅に減少している。シャント術後の頭蓋内環境をより生理的状態に保つための技術開発が課題である。

特発性正常圧水頭症における髄液シャント術の予後予測

著者: 菅野重範 ,   鈴木匡子

ページ範囲:P.167 - P.173

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)におけるDESH(disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus)の所見は,iNPH患者に対する髄液シャント術の有効性をある程度予測することができる。しかしながら,DESHの有無によらずiNPHではアルツハイマー病やレビー小体病の併存が多いことが近年明らかになり,これらの併存は術後の転機不良因子ではないかと考えられている。さらに,iNPH患者における髄液シャント術の長期予後はいまだ不明のままであり,その解明は今後の最も大きな課題の1つである。

特発性正常圧水頭症の運動障害とリハビリテーション

著者: 二階堂泰隆

ページ範囲:P.175 - P.180

特発性正常圧水頭症の運動障害,とりわけ歩行とバランス障害は,転倒や日常生活活動の低下につながる重要な徴候である。本論では特発性正常圧水頭症の運動障害について,病態生理学的観点や運動学的観点などから解説するとともに,タップテストならびにシャント術前後における評価のポイントや転倒リスク評価のポイントを解説する。そして特発性正常圧水頭症のリハビリテーションに関する最新の知見を紹介する。

総説

胎児性Fc受容体(FcRn)—自己免疫疾患における新たな治療標的アプローチ

著者: 村井弘之 ,   原田大輔

ページ範囲:P.183 - P.191

胎児性Fc受容体(neonatal Fc receptor:FcRn)は,当初は母体から胎児・新生児へ母親由来の免疫グロブリン(immunoglobulin:Ig)Gを輸送する責任分子として提唱されたが,その後にIgGのリサイクリングに関与してIgGの血中濃度維持を担うことが明らかになった。近年,IgG自己抗体が病因となる自己免疫疾患の治療標的としてFcRnが注目され,FcRn阻害薬の自己免疫疾患治療薬としての臨床開発が進んでいる。本論ではFcRnについて概説し,FcRn阻害薬の臨床応用の現状と課題を述べる。

連載 スーパー臨床神経病理カンファレンス・1

易転倒性で発症し,経過5年で死亡した76歳男性例

著者: 佐野輝典 ,   川添僚也 ,   佐藤典子 ,   髙尾昌樹

ページ範囲:P.193 - P.201

〔現病歴〕72歳時,立位,歩行時のバランスが悪くなり,後方に転倒するようになり,屋外で杖,自宅で手すりを要した。73歳時,飲水でむせる嚥下障害を生じた。週に数回,転倒し,強く後頭部を打撲することもあった。四点杖,歩行器を使い始めた。当院脳神経内科外来を受診,神経学的所見「顕著な後方突進・姿勢反射障害,左上肢に寡動,左優位のすり足,小刻み歩行,嚥下障害,L-ドパ反応性はなし」。

 74歳時,毎日転ぶようになった。症状は進行性に悪化し,75歳時,車いす移動になり,食事でむせるようになった。高次脳機能検査でMini Mental State Examination 30/30点,Frontal Assessment Battery 16/18点で,認知機能検査は正常範囲内だが,語の流暢性低下を認めた。失行を認めず,眼球運動制限は明らかではなく,不随意運動を認めなかった。

書評

「入職1年目から現場で活かせる! こころが動く医療コミュニケーション読本」—中島 俊【著】 フリーアクセス

著者: 石川ひろの

ページ範囲:P.181 - P.181

 この20年ほどの間に,日本の医療者教育においても,コミュニケーションは医療者が身につけるべきコンピテンシー(能力)の一つとして広く認識されるようになってきた。客観的臨床能力試験(OSCE)の導入などと相まって,コミュニケーションは教育可能,評価可能な能力としてとらえられるようになるとともに,そこでは特にスキルの教育に焦点が当てられてきた。時に「マクドナルド化」と揶揄されながらも,学生だけでなく教育に携わる医療者の意識を大きく変え,全体としての医療者のコミュニケーション能力を底上げしてきたことは間違いないだろう。一方で,卒後のコミュニケーション教育は,それほど系統立って行われてはおらず,それぞれの現場に依存しているのが現状である。本書は,学部教育の先のコミュニケーションについて,何をどう学んだらよいかの手がかりになる一冊である。

 本書は,臨床心理士でもある著者による「週刊医学界新聞」の連載「こころが動く医療コミュニケーション」に大幅な加筆,書き下ろしを加えてまとめられたものである。「入職1年目から現場で活かせる」ような場面やトピックを取り上げ,基本的かつ実践的なコミュニケーションのスキルがバランスよく紹介されている。患者さんとのコミュニケーションだけでなく,医療者同士のコミュニケーションも含め,コミュニケーション研究のエビデンスに基づくスキルや対処方法が具体例とともにわかりやすくまとめられているという点で,まさに明日から使える実践書と言える。

「患者の意思決定にどう関わるか? ロジックの統合と実践のための技法」—尾藤誠司【著】 フリーアクセス

著者: 秋山美紀

ページ範囲:P.192 - P.192

 「膵臓のがんが,肝臓のあちこちに転移してます」。今年7月,都内のがん専門病院で,母が宣告を受けた。説明を聞いた母の口から最初に出てきた言葉は,「先生,今年パスポートを10年更新したばかりなんですけど……」だった。説明した医師も,隣にいた私も意表を突かれ,しばしの沈黙となった。

 著者の尾藤誠司氏は,ロック魂を持った総合診療医であり,臨床現場の疑問に挑戦し続けるソリッドな研究者でもある。諸科学横断的な視座から探求し続けてきた研究テーマは,臨床における意思決定(注:医師決定ではなく意思決定)である。尾藤氏は約15年前に『医師アタマ—医師と患者はなぜすれ違うのか?』(医学書院,2007)を出版し,誤ったエビデンス至上主義がはびこりつつあった医学界へ一石を投じた。その数年後には一般向けに『「医師アタマ」との付き合い方—患者と医者はわかりあえるか』(中公新書クラレ,2010)という新書を出した。帯に「医師の取扱説明書」とあるとおり,患者・市民が医師の思考パターンを理解し,良好な関係を築けるような知恵が詰まったわかりやすい書籍だった。

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目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.97 - P.97

欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.98 - P.98

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.207 - P.207

あとがき フリーアクセス

著者: 三村將

ページ範囲:P.208 - P.208

 昨年(2023年)6月に成立した「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(令和五年法律第六十五号,以下,認知症基本法)がいよいよ本年1月から施行となった。超高齢社会が進展し,認知症とその前段階とみなし得る軽度認知障害の人が優に1000万人を超えるとされる今日,認知症の人の尊厳と希望を守るための法的枠組みが整ったことは関係者にとって大きな福音である。法のタイトルからは「共生社会」が強調されているが,個人的には国家戦略として「共生と予防」ないし「共生と予防,治療」のバランスを取っていくことが重要だと考えている。

 認知症基本法の施行と相前後して,初の抗アミロイドβ抗体薬として承認を受けたレカネマブの使用が国内でも始まり,新たな認知症治療の選択肢として期待されている。しかし,レカネマブ登場の意義は単に医学的な薬物治療に留まるものではなく,むしろ共生と予防についても新たに学際的な議論を賦活するところにあるのではないかと思う。レカネマブの対象は軽度アルツハイマー型認知症と軽度認知障害とを包含した概念である早期アルツハイマー病である。しかし,認知症の早期であってもレカネマブの対象にはならない人への説明や治療戦略はどうするのか。軽度認知障害以前の前臨床期アルツハイマー病の人が臨床症状を生じることをどう予防し,食い止めるのか。さらに,すでに中等度以上の認知症の人への対応と共生の議論も活発になることだろう。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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