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文献詳細

雑誌文献

総合診療25巻3号

2015年03月発行

文献概要

特集 神経難病ケアのコペルニクス的転回 【トピックス─多専門職種チーム(MDT)ケアのために】

神経難病における健康概念と現代医療倫理学

著者: 松田純1

所属機関: 1静岡大学人文社会科学部

ページ範囲:P.258 - P.260

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はじめに
 世界保健機関(WHO)は1948年に,健康を「単に疾患がないとか虚弱でない状態ではなく,身体的・心理的・社会的に完全に良い状態(a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)」と定義した.この定義は当時,広範で野心的なものと評価されたが,その後,たえず批判にさらされてきた.そもそも,「完全なる健康状態」は存在するのか,健康/病気という明確な二分法が成り立つのか等々,さまざまな疑問が提起されてきた(G1).WHOもこれを改正しようと試みたが,実現しないまま今日に至っている.結果として,65年以上にもわたって,この定義は一度も改定されていない.
 これが策定されたのは,西洋近代医学が感染症に対して圧倒的な勝利をおさめつつあった時代である.ところが今日では,新しいタイプの感染症の脅威はあるものの,医学の主要な対象が,治癒が困難な難病や慢性疾患や加齢に伴う機能低下などになってきた.Machteld Huberらの国際的な研究グループは,「高齢化や疾患傾向が変化している現代において,WHOの定義は望ましくない結果を生む可能性すらある」として,新たな健康概念の開拓に取り組んできた.その成果として,「社会的・身体的・感情的問題に直面したときに適応し自らを管理する能力(the ability to adapt and self manage in the face of social, physical, and emotional challenges)」という新しい健康概念を提起した1).WHOの「身体的・心理的・社会的に完全に良い状態」という定義が静態的な目標であるのに対して,問題に対処する(cope)能力という動的な捉え方になっている点に特徴がある.これは健康観の転換のみならず,医療全般,とりわけ難病医療の捉え方を大きく変える可能性すらはらんでいる2).この新概念について理解を深めるとともに,それがもたらす影響の広がりと深さについて考えてみよう.

参考文献

1)Machteld Huber, et al : How should we define health? BMJ 43(4163) : 235-237, 2011. <翻訳は厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等克服研究事業(難治性疾患克服研究事業)希少性難治性疾患-神経・筋難病疾患の進行抑制治療効果を得るための新たな医療機器,生体電位等で随意コントロールされた下肢装着型補助ロボット(HAL-HN01)に関する医師主導治験の実施研究・平成25年度総括・分担研究報告書(研究代表者:中島孝),pp181-185, 2014>
2)中島孝:尊厳死論を超える─緩和ケア,難病ケアの視座.現代思想 40(7) : 116-125, 2012. <健康,緩和,QOL,効用など重要概念の誤解を解き,21世紀医療の進むべき道を明確に示している>
3)松田純,他(編著):薬剤師のモラルディレンマ.pp14-23, 南山堂,2010. <西洋とは異なる文化圏の医療倫理も取り上げ,文化を超えて共通する医療倫理にも言及>
4)Stephen G Post(著),生命倫理百科事典翻訳刊行委員会(編):生命倫理百科事典.pp29-32,丸善出版,2007. <原書はEncyclopedia of Bioethics 3rd. pp1713-1721, 2003. 生命倫理学全般の包括的な事典.全5巻>
5)Machteld H, et al, ibid.(文献1)
6)Antonovsky A : Unraveling the mystery of health ; How people manage stress and stay well. San Francisco, 1987. 山崎喜比古,他(監訳),アントノフスキーA(著):健康の謎を解く─ストレス対処と健康保持のメカニズム.有信堂,2008. <Huberらの新しい健康概念の基礎になった「健康生成論(salutogenesis)」を提唱した書>
7)アンナ・ドナルド:世界としての物語,ナラティブ・ベイスド・メディスン─臨床における物語りと対話.pp18-28,金剛出版,2001. <「人間は社会的に構成された物語りの中に住み,その物語りから抜け出すことはできない」というナラティヴの本質が端的に叙述されている>

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:2188-806X

印刷版ISSN:2188-8051

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