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文献詳細

雑誌文献

総合診療30巻11号

2020年11月発行

文献概要

特集 診断に役立つ! 教育で使える! フィジカル・エポニム!—身体所見に名を残すレジェンドたちの技と思考

—Babinski徴候—観察の奥にあるもの—たった28行の記念碑的論文

著者: 井口正寛1

所属機関: 1福島県立医科大学医学部 脳神経内科学

ページ範囲:P.1318 - P.1324

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 Babinski徴候は、足底のやや外側を後ろから前にこすると、母趾が背屈する(原著では足趾が伸展する)徴候である(図11))。「錐体路障害」の存在を示唆する、最も名の知られた神経徴候と言っても過言ではない。フランスの神経学者Joseph Babinski(1857〜1932)が、後述する1896年のたった28行の論文2)で報告したことに端を発する。
 この徴候は、医学書のみならず、芸術作品にも多く登場する。「シュール」の語源でもあるシュルレアリスムの創始者André Breton(1896〜1966)は、若き日にBabinskiのもとで医学の勉強をしていた時期があり3)、代表的な著作『シュルレアリスム宣言』(1924)4)には、「私はかつて、足の裏の皮膚の反射作用の発見者が仕事をしているところを見た」という形でBabinski徴候が登場する。また、谷崎潤一郎(1886〜1965)の小説『鍵』(1956)5)にも、Babinski徴候の描写が複数回みられる。新生児では正常でもBabinski徴候が陽性となるが、Babinski徴候が報告される400年以上前の中世の絵画にはすでに、足底の刺激やBabinski徴候の変法のような刺激で母趾が背屈していることが数多く描かれている6,7)。新生児が描かれた絵画にこの徴候を探すことは、筆者の美術館巡りでの楽しみの1つである。

参考文献

1)Isaza Jaramillo SP, et al : Accuracy of the Babinski sign in the identification of pyramidal tract dysfunction. J Neurol Sci 343(1-2) : 66-68, 2014. PMID 24906707 〈Babinski徴候の感度・特異度を研究した論文〉
2)Babinski J : Sur le réflexe cutané plantaire dans certaines affections organiques du système nerveux central. C R Soc Biol 48 : 207-208, 1896. https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6459605g 〈Babinski徴候の最初の報告。本文に全訳を記した〉
3)Haan J, et al : Neurology and surrealism ; André Breton and Joseph Babinski. Brain 135(Pt 12) : 3830-3838, 2012. PMID 22685227 〈BretonがなぜBabinskiのもとを去ったのかなど、2人の関係を考察している〉
4)André Breton. 1924/巌谷國士(訳):シュルレアリスム宣言・溶ける魚.p.83,岩波書店,1992. 〈Babinski徴候が登場するBretonの著書。なお、Bretonの小説『ナジャ』にも、Babinskiは登場する〉
5)谷崎潤一郎:鍵.中央公論社,1956. 〈『神経内科医の文学診断』(岩田誠、白水社、2008)で詳説されているが、情事の後に脳溢血を発症した登場人物のBabinski徴候を、医師らが調べる描写がある〉
6)Cone TE, et al : Botticelli demonstrates the Babinski reflex more than 400 years before Babinski ; pediatrics in art. Am J Dis Child 132(2) : 188, 1978. PMID 343576 〈Botticelli(1445〜1510)の絵画にBabinski徴候がみられることを報告した最初の論文〉
7)Massey EW, et al : Babinski's sign in medieval, Renaissance, and baroque art. Arch Neurol 46(1) : 85-88, 1989. PMID 2642699 〈Botticelli、Gentile da Fabriano、Rogier van der Weyden、Raphael、Correggio、Rubensらの絵画に描かれた乳幼児の母趾の背屈が、写真とともに解説されている〉
8)van Gijn J : The Babinski sign ; the first hundred years. J Neurol 243(10) : 675-683, 1996. PMID 8923299 〈Babinski徴候100周年に書かれた総説。rival sings一覧表がある。van Gijnは、1977年に『The Plantar Reflex;a Historical, Clinical and Electromyographic Study』という本をKrips Repro Meppelから出版している〉
9)吉村喜作:バヽンスキー氏現象ニ就キテ.医学中央雑誌4(6) : 533-549, 1906. 〈Chaddock以前に、「足背ナリ足背ノ外緣殊ニソノ後部(外踝ノ後方ヨリ前方ニ向ツテ外緣ニ沿フテ)ヲ刺戟」して母趾が背屈することが記されている。この論文は3つに分割され、残りは同年の医学中央雑誌4(8) : 824-841、4(9) : 937-955に収載されている〉
10)Petersen JA, et al : The occurrence of the Babinski sign in complete spinal cord injury. J Neurol 257(1) : 38-43, 2010. PMID 19705053 〈脊髄完全損傷におけるBabinski徴候の頻度を調べた論文。重度の脊髄損傷においても、Babinski徴候の出現頻度は決して高くない〉
11)Wartenberg R : The Babinski reflex after 50 years. J Am Med Assoc 135(12) : 763-767, 1947. PMID 18897587 〈Wartenbergの名著『The Examination of Reflex』(The Year Book Publishers、1945)の佐野圭司氏による翻訳『反射の検査』(医学書院、1953)に、この論文の邦訳が収載されている〉
12)豊倉康夫:バビンスキー反射(宿題報告).日内会誌62(13) : 6, 1973. PMID 4800068 〈豊倉による有名な講演の抄録。この講演は、ノバルティスファーマ社により「バビンスキー反射:豊倉康夫先生ご講演DVD」として2006年に映像化された〉
13)Oishi K, et al : Cortical motor areas in plantar response ; an event-related functional magnetic resonance imaging study in normal subjects. Neurosci Lett 345(1) : 17-20, 2003. PMID 12809978 〈健常者の足底の外側と内側を刺激し、それぞれ脳のどこが賦活化されるかをfunctional MRIで調べた研究〉
14)de Freitas GR, et al : Absence of the Babinski sign in brain death ; a prospective study of 144 cases. J Neurol 252(1) : 106-107, 2005. PMID 15654565 〈脳死患者144名の足底反応を調べたところ、Babinski徴候は1人もみられなかった〉
のみならず、彼が著したヒステリーや腱反射、小脳徴候に関する重要論文の翻訳が多数収載されている〉
16)Babinski J : Du phénomène des orteils et de sa valeur sémiologique. Sem Med 18 : 321-322, 1898. 〈「足指現象とその症候学的意義について」の論文〉
17)Babinski J : De l'abduction des orteils. Rev Neurol 11 : 728-729, 1903. 〈「足指の外転」についての論文。開扇現象のことが記されている〉
18)豊倉康夫:J. Babinski(1896)以前にみられるバビンスキー徴候の観察記録.神経内科1 : 453-463, 1974. 〈Babinskiによる報告以前の観察記録。1893年にBabinski徴候を観察していたRemakによる述懐「当時はこの反射がそれほど重要な病的意義をもつものだということに、私自身は気がついていなかったのである」も記されている〉
19)Hall M : On the Disease and Derangements of the Nervous System. p9, Hippolyte Baillière, London, 1841. 〈片麻痺患者の足底を刺激すると母趾が背屈する記述がある〉
20)Jacques Philippon, et al : Joseph Babinski ; a Biography. p32, Oxford University Press, New York, 2009. 〈Babinskiの伝記である〉
21)岩田誠:神経症候学を学ぶ人のために.医学書院,1994. 〈「足底反応」の項に、Babinski徴候が詳細に解説されている〉
22)豊倉康夫:罪なきババンスキーの足ゆび.Brain Medical 8(4) : 351-357, 1996. 〈芸術作品に見られるBabinski徴候について述べるとともに、Babinski徴候を出やすくする因子・出にくくする因子に言及している〉
23)Wartenberg R: Diagnostic Tests in Neurology. p150, Year Book Publishers, Chicago, 1953. 〈有名な症候学者Wartenbergによる神経診察の教科書。1956年、佐野圭司氏による翻訳『神経学的診察法』(医歯薬出版社、1956)がある〉

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:2188-806X

印刷版ISSN:2188-8051

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