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雑誌目次

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呼吸器ジャーナル68巻3号

2020年08月発行

雑誌目次

特集 進行期肺癌治癒への道—がんゲノム医療と免疫プレシジョン医療の接点

序文

著者: 各務博

ページ範囲:P.304 - P.305

 肺癌は,本邦において長らく部位別癌死亡数1位という不名誉な位置を占めてきた.しかし,部位別年齢調整死亡率は1995年以降低下傾向が続いている.これは,肺癌診療が確実に進歩していることを意味している.特に,進行期肺癌に対する薬物療法の進歩にはめざましいものがある.
 重要な第一歩は,2002年に上皮細胞成長因子レセプターチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が承認され,EGFR遺伝子変異発見を契機としてゲノム医療の先駆けとなったことにある.その後,EGFR遺伝子変異と同じようにシグナル依存を引き起こすALK融合遺伝子変異,ROS-1融合遺伝子変異,BRAF遺伝子変異などが続々と発見された.シグナル依存する腫瘍細胞を制御する目的で様々なチロシンキナーゼ阻害薬が開発された.一時は,遺伝子変異→シグナル依存→分子標的治療薬というシナリオで治癒が得られるのではないかと期待されていた.しかし,チロシンキナーゼ阻害型分子標的治療薬を使った10年以上の臨床経験でわかったことは,耐性クローンが必ず現れ治癒に至ることはないという事実であった.がん細胞は絶え間なく遺伝子変異を集積し,進化の系統樹で示すことができるヘテロなクローナリティを獲得するなかで,耐性という形質を有するクローンを生むことを,私達は理解した.

プロローグ

肺癌患者の長期生存戦略

著者: 各務博

ページ範囲:P.306 - P.312

Point
・がん細胞の遺伝子情報に基づく治療
がん細胞の本質は遺伝子変異にある.遺伝子変異は,全クーロン共通なものからクローンごとに異なるものまで,進化の樹形図のように存在している.クローンごとに異なる遺伝子変異は多様性を生じ,がん細胞そのものを標的とするあらゆる治療の耐性メカニズムに結びついている.
・がん細胞に対するT細胞免疫
非自己遺伝子産物を作りながら増殖するがん細胞は,生まれたときから免疫監視下にある.非自己遺伝子産物の一部はネオ抗原として認識されるため,遺伝子変異量の多いクローンがT細胞免疫により優先的に駆逐される.
・長期生存戦略
遺伝子変異により異常な振る舞いをするがん細胞を長期にわたり制御するためには,がんという性質を作る遺伝子変異,付加的変異による多様性,治療耐性獲得,T細胞免疫による遺伝子変異の編集,T細胞免疫減弱メカニズム,の理解に基づいた適切な治療選択が必要と考えられる.

総論

がんゲノム変異と肺癌

著者: 増澤啓太 ,   副島研造

ページ範囲:P.314 - P.319

Point
・次世代シークエンサーを用いた網羅的解析により肺癌のゲノム変異が明らかになった.
・肺腺がんには高頻度で治療標的となるドライバー遺伝子異常が認められる一方で,肺扁平上皮がんや肺小細胞がんはドライバー遺伝子変異の頻度は少なく,今後の臨床試験の結果が待たれる.
・次世代シークエンサーを用いたクリニカルシークエンスが開始され,患者ごとのゲノム情報を基に治療法を選択する個別化医療の発展が期待される.

肺癌における免疫学的バイオマーカーの現状と将来

著者: 北野滋久

ページ範囲:P.320 - P.324

Point
・現在,各種癌で免疫チェックポイント阻害薬の適応の拡大が進んでいるが,単剤で臨床効果を認める患者は一部に限られ,また,薬剤費も高額であることから,効果予測バイオマーカーの開発が重要な臨床的課題となっている.
・現時点で,肺癌領域における免疫チェックポイント阻害薬のバイオマーカーとして実地臨床の患者選択指標として実用化されているのは,腫瘍組織における免疫染色でのPD-L1発現にとどまる.
・現在,腫瘍微小環境,末梢血,便検体などで,各種免疫解析,遺伝子解析手法など様々なアプローチでバイオマーカーの探索研究が行われている.
・癌と宿主免疫系が空間的・時間的に数多の因子が動的に変化して複雑なネットワークを形成する環境においては,単一のバイオマーカーで治療効果を予測することは困難であると考えられる.将来的には,腫瘍の性質や介入する治療法に応じて複数のバイオマーカーを組み合わせたスコアリングシステムの開発が検討されよう.

Ⅰ.がん細胞遺伝子変異がもたらすもの

ゲノム変異からシグナル依存へ そのメカニズム—①EGFR遺伝子変異

著者: 藤田一喬 ,   萩原弘一

ページ範囲:P.326 - P.334

Point
・シグナル伝達は受容体型チロシンキナーゼ(RTK)の種類により様々であるが,シグナル蛋白がEGFRなどErbBファミリー分子に結合し,細胞内シグナル伝達が活性化することで細胞のサイクルは調整される.
・シグナルの異常によりそのサイクルが逸脱することで,細胞の癌化が引き起こされる.
・EGFR-TKIの獲得耐性が近年問題となっているが,その遺伝子変異の検出のためには,二次性変異のheterogeneityを考慮した適切な検体と高感度の検出方法が必要である.

ゲノム変異からシグナル依存へ そのメカニズム—②ALK融合遺伝子変異

著者: 片山量平

ページ範囲:P.336 - P.340

Point
ALK遺伝子は機能が不明な点も多いが,活性化変異や融合遺伝子による恒常的キナーゼ活性化は強力ながん化を誘導する.
ALK融合遺伝子によるがんに対しては,ALKキナーゼ阻害薬の有効性が認められており,活性化変異に対しては有効な治療法が探索中.

腫瘍抗原

著者: 河上裕

ページ範囲:P.342 - P.345

Point
・T細胞が認識するネオ抗原は,免疫チェックポイント阻害薬などがん免疫療法の良い標的となる.
・患者免疫応答が期待できない腫瘍抗原に対しては,マウスなどで作製した抗体や遺伝子改変T細胞療法が期待できる.
・腫瘍抗原や関連分子は,治療標的だけでなく,バイオマーカーとして診断にも利用できる場合がある.

Ⅱ.分子標的治療薬最前線

肺癌診療にゲノム診断をどう生かすのか?

著者: 藤野智大 ,   須田健一 ,   光冨徹哉

ページ範囲:P.346 - P.353

Point
・非小細胞肺癌の薬物療法においては,コンパニオン診断(CDx)でドライバー遺伝子変異を検出することが治療方針の決定に必須である.
・2019年より,CDxにNGSを用いた遺伝子パネル検査が利用できるようになり,検査の効率化が期待されるが,サンプルの質,量には十分配慮が必要である.
・CDxと治療薬の厳格すぎる紐付けによって不合理な混乱と治療機会の逸失がもたらされており,早期解決が望まれる.
・将来は,より多くのゲノム情報を用いることでさらなる個別化による治療成績改善が期待される.

EGFR-TKI世代ごとの特徴

著者: 宮内栄作 ,   井上彰

ページ範囲:P.354 - P.361

Point
・『肺癌診療ガイドライン2019年版』では,未治療進行EGFR遺伝子変異陽性肺癌患者の初回治療は,上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が推奨されている.
・日本では,第一世代のゲフィチニブ,エルロチニブ,第二世代のアファチニブ,ダコミチニブ,第三世代のオシメルチニブの計5つの薬剤がある.
・オシメルチニブ単剤治療の全生存期間中央値は38カ月を超えたが,今後はEGFR-TKI単剤治療に加え,化学療法との併用療法も治療選択肢となる.

EGFR-TKI獲得耐性のメカニズム(特にオシメルチニブ)

著者: 井手真亜子 ,   大田恵一 ,   岡本勇

ページ範囲:P.362 - P.366

Point
・第1,2世代EGFR-TKIに対する耐性機序のうち,最も多いのはT790M遺伝子変異の獲得である.
・T790M遺伝子変異陽性例に対しては,第3世代EGFR-TKIのオシメルチニブが有効である.
・オシメルチニブ耐性の克服が今後の課題である.

EGFR-チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)と細胞障害性抗がん剤もしくは血管新生阻害薬との併用治療

著者: 長島広相 ,   前門戸任

ページ範囲:P.368 - P.373

Point
・EGFR-チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)と細胞障害性抗がん剤または血管新生阻害薬との併用療法は,EGFR-TKI単剤治療よりも長いPFS,OSを得る可能性がある.
・オシメルチニブが標準治療となっているなか,どの患者群にこれらの治療を適応していくかが課題で,血管新生阻害薬との併用では胸膜病変のある症例,EGFR L858R変異を有する症例が候補となる.

ALK-TKI薬剤ごとの特徴

著者: 佐藤孝一 ,   赤松弘朗 ,   山本信之

ページ範囲:P.374 - P.380

Point
・治療に役立つALK阻害薬登場から最新の知見まで.
・これだけは知っておきたいALK阻害薬の論文figureエビデンス.

ALK阻害薬耐性

著者: 片山量平

ページ範囲:P.382 - P.388

Point
ALK融合遺伝子陽性がん(特に肺がん)に対し,ALKチロシンキナーゼが顕著な抗腫瘍効果を示すが,耐性出現が課題である.
・ALK阻害薬耐性機構の半数はALKのキナーゼ領域内の変異であり,時に2つ以上の重複変異も生じるが薬剤再感受性化も起こる.

ROS1/RET/BRAF遺伝子変異肺癌の治療

著者: 谷本梓 ,   矢野聖二

ページ範囲:P.390 - P.400

Point
・ROS1融合遺伝子陽性肺癌に対するROS1キナーゼ阻害薬の親和性が高く,治療反応が良好である.薬剤耐性機構としてsolvent front変異を中心とした二次変異の出現率が高いが,それを克服しうる新規治療の開発が活発に行われている.
・RET融合遺伝子陽性肺癌に対し,RETを標的に含む既存のマルチキナーゼ阻害薬では十分な治療効果が得られなかったが,新たに開発された高選択的RET阻害薬が著しい治療成績を挙げている.
・BRAF遺伝子V600E変異陽性肺癌は,BRAF遺伝子V600E変異陽性の悪性黒色腫と同様にBRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法が有効である.一方で,肺癌において頻度が高いnon-V600変異に対する治療開発が課題となっている.

Ⅲ.免疫チェックポイント阻害薬の進化:複合免疫療法

PD-1阻害薬単剤治療効果とその特徴

著者: 有安亮 ,   西尾誠人

ページ範囲:P.402 - P.408

Point
・PD-1阻害薬は,進行期の非小細胞肺がん(NSCLC)患者において長期奏効が得られ,標準治療となった.
・PD-1阻害薬は,二次治療から一次治療,化学療法との併用療法と適応が広がってきている.
・適切な患者選択を行うためのバイオマーカーなどに関しては,さらなる研究開発が望まれる.

細胞障害性抗がん剤と抗PD-1/PD-L1阻害薬の併用効果:additiveなのかsynergisticなのか?

著者: 田中洋史

ページ範囲:P.410 - P.418

Point
進行・再発の非小細胞肺癌に対するプラチナ併用化学療法とPD-1/PD-L1阻害薬の併用療法は,
・プラチナ併用化学療法との比較で生存期間を延長した.
・Synergistic(相乗的)な効果を発揮すると想定される.
・PD-1阻害薬単剤療法との優劣は不明である
・治療内容,対象症例の選択などで最適化の余地がある.

放射線治療とPD-1阻害薬の効果

著者: 佐藤浩央 ,   大野達也

ページ範囲:P.420 - P.426

Point
・放射線治療は,DNA損傷だけでなく,免疫反応も介して抗腫瘍効果を発揮する.
・放射線治療による様々な免疫反応により,抗PD-1/PD-L1抗体が効果を発揮しやすい腫瘍環境が作られる.
・これまでのエビデンスや進行中の多くの臨床試験から,この併用治療は今後も拡大すると期待される.

VEGFシグナル制御による免疫チェックポイント阻害薬の増強効果

著者: 高倉伸幸

ページ範囲:P.428 - P.434

Point
・腫瘍内に形成される血管形成は,血管新生の過程で誘導され,主にVEGFがそれを誘導する.
・VEGFは,未成熟な血管形成を介して間接的に,また直接的に免疫細胞に働いて,腫瘍免疫を抑制する.
・VEGFシグナルの阻害を行い,腫瘍微小環境を改善したうえで免疫チェックポイント機構を抑制すると,その効果が増強する.

CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬の効果

著者: 中村泰大 ,   寺本由紀子

ページ範囲:P.435 - P.439

Point
・CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬は,併用によりT細胞免疫を相補的に増強することが治療上期待される.
・CTLA-4阻害薬とPD-1阻害薬は現在肺癌を含めた複数のがん種で臨床試験が行われ,その効果が確認されている.
・今後,PD-1阻害薬±他剤併用療法との治療効果差につき評価を行い,適切に薬剤選択する必要がある.

周術期治療としての免疫チェックポイント阻害薬の効果

著者: 鈴木弘行

ページ範囲:P.440 - P.445

Point
・切除可能局所進行非小細胞肺癌(NSCLC)に対する治療成績はいまだ改善の余地がある.
・周術期の免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の併用療法に関する複数の第Ⅲ相試験が進行中である.
・腫瘍の微小環境からみて,術前ICI治療の有効性が期待される.

Ⅳ.小細胞肺癌治療の進歩

小細胞肺癌治療における免疫チェックポイント阻害薬の役割

著者: 石原昌志 ,   関順彦

ページ範囲:P.446 - P.451

Point
・進展型小細胞肺癌では長らく新薬の開発が滞っていたが,2019年8月に抗PD-L1抗体アテゾリズマブの併用療法が適応拡大となった.
・進展型小細胞肺癌では抗PD-1/PD-L1抗体併用療法によってlong-tail effectを期待できる集団が限定的ながら存在する.
・進展型小細胞肺癌で奏効割合の高さがlong-tail effectよりも重視されるべき症例には,従来のCDDP+CPT-11療法も選択肢として残る.

Ⅴ.抗悪性腫瘍薬と検査の費用対効果

抗悪性腫瘍薬と検査の費用対効果

著者: 後藤悌

ページ範囲:P.452 - P.456

Point
・費用対効果を計算するためには,費用(薬価など)と効果(一般的にはQOLと生存期間などを使用したquality adjusted life year)が必要である.
・費用は流動的である一方で,効果は前向き臨床研究で副次的に評価されている.
・費用対効果の高低を絶対として判断する(例えば,1QALYあたりの支払意思額)のは難しいであろうが,治療や社会政策として比較することは有効である.

連載 睡眠医学の90年(1930〜2020)・2

睡眠医学の進歩と覚醒(目を覚ますこと)

著者: 安間文彦

ページ範囲:P.458 - P.466

第3章 発展期Ⅰ(1990〜)
12・発展期の概略
 1930年にEconomoとBergerが睡眠医学のルーツを刻んでから4,5),ちょうど90年が経過した.黎明期(1930〜59)と展開期(1960〜89)を経て(連載第1回参照),発展期(1990〜)の睡眠医学は,複数の専門分野(精神科,内科,耳鼻咽喉科,歯科,呼吸器内科,循環器内科,内分泌内科,脳神経内科,麻酔科,救急医学,小児科,薬学など)にまたがる学際的な臨床医学になった1)
 連載の第2回と第3回では,発展期の30年間における「睡眠中の呼吸・循環と神経」の主な話題について,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome;SAS)と睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing;SDB)に関心をもつ循環器内科医の立場から,解説を試みる.

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目次

ページ範囲:P.302 - P.303

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.457 - P.457

次号予告

ページ範囲:P.467 - P.467

奥付

ページ範囲:P.468 - P.468

基本情報

呼吸器ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 2432-3276

印刷版ISSN 2432-3268

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