新しい急性心不全治療について考えるときは,まず,その歴史的な変遷を知るべきであろう.
Harvard大学によるコホート研究がBoston西部の村であるFraminghamでなされ,初めてうっ血性心不全(congestive heart failure)の診断基準が報告されたのが1971年のことである.この「Framingham診断基準」には,うっ血性心不全に特異的な臨床症状・兆候が記載されており,約半世紀を経た今,なお世界中の心不全ガイドラインに引用されている.
雑誌目次
循環器ジャーナル65巻1号
2017年01月発行
雑誌目次
特集 Clinical Scenarioによる急性心不全治療
Clinical Scenarioの,そのむこうへ
序文 フリーアクセス
著者: 加藤真帆人
ページ範囲:P.4 - P.5
Ⅰ.心不全総論:心不全の概念と診断法
心不全とは何か?
著者: 加藤真帆人
ページ範囲:P.6 - P.13
Point
・急性心不全は慢性心不全の「発作(attach)」として捉える.
・Framingham基準はうっ血性心不全の診断基準を示した世界で最初の診断基準である.
・慢性心不全を理解するために「心不全クロニクル図」が有用である.
・慢性心不全の急性増悪には神経体液性因子(RAAS,SNS)の亢進が深く関与している.
・神経体液性因子が亢進する誘因はよくわかっている.
Ⅱ.急性心不全総論:急性心不全の評価方法
Clinical Scenariosとは何か?
著者: 佐藤直樹
ページ範囲:P.14 - P.18
Point
・Clinical Scenariosの基本コンセプトを理解する.
・急性心不全の診断・病態把握を可及的速やかに行うことが重要.
・病態に基づいた基本的治療を迅速に開始し,その後,刻々と変化する病態を再評価しながら治療の修正を行う.
Ⅲ.Clinical Scenario 1:起坐呼吸を呈する急性心不全
なぜ起坐呼吸が生じるのだろう?
著者: 岸拓弥
ページ範囲:P.19 - P.23
Point
・心不全では交感神経活性化に対する心拍出量曲線と静脈還流曲線の変化が不適切になっている.
・交感神経の過剰な活性化がunstressed volumeからstressed volumeへのvolume central shiftを惹起する.
・起坐呼吸は左心不全が主たる病態におけるvolume central shiftの臨床徴候である.
急性心不全の呼吸管理はこうする!
著者: 岡島正樹
ページ範囲:P.24 - P.29
Point
・急性心不全における呼吸管理は,「陽圧」と「投与酸素濃度」の調節が重要である.
・SpO2≧95%を維持するように「投与酸素濃度」を調節するが,病態によっては,酸素毒性の観点から過剰酸素投与を回避しなければならない.
・「陽圧」は,血行動態へのメリットが多いが,右心機能低下が主病態の場合や過剰な陽圧は心拍出量を低下させることがあり,注意が必要である.
急性心不全治療薬としての血管拡張薬のエビデンス
著者: 佐藤幸人
ページ範囲:P.30 - P.35
Point
・硝酸薬は血行動態の改善のために経験的に臨床で用いられている古典的薬剤であるが,大規模試験のエビデンスはない.
・ナトリウム利尿ペプチドは血行動態改善作用があるが,長期予後改善効果はエビデンスがない.
・リラキシンは現在,血行動態改善と長期予後改善効果を検討中の今後の薬剤である.
急性心不全治療における硝酸薬とニコランジルの使い方
著者: 南雄一郎
ページ範囲:P.36 - P.42
Point
・本邦の急性心不全治療ガイドラインにおいて,硝酸薬およびニコランジルを含む血管拡張薬は,CS1の症例に対する第一選択薬とされている.
・ニトログリセリンは降圧効果に優れ,著明な高血圧を伴う急性肺水腫の症例に対して,切れ味鋭い効果が期待できる.
・硝酸イソソルビドは剤型が豊富で,過度の降圧や反射性の頻脈などを来しにくく,非常に使いやすい薬剤である.
・ニコランジルは耐性が生じにくく,心拍出量を増加させるため,治療に時間を要する虚血性低心機能症例で,その効果が期待される.
急性心不全治療におけるカルペリチドの使い方
著者: 矢川真弓子 , 桃原哲也
ページ範囲:P.44 - P.51
Point
・カルペリチドの多面的な薬理作用とその適応や使用方法について述べる.
・国内でのみ使用されておりエビデンスは十分ではないが現時点での報告をまとめる.
Ⅳ.Clinical Scenario 2:体液過剰を伴う急性心不全
Congestionとは何か?
著者: 猪又孝元
ページ範囲:P.52 - P.58
Point
・多くの心不全患者での主徴候は,うっ血(congestion)である.
・うっ血をとりきることで,心不全予後は改善する.
・繰り返し入院の臨床像として,高齢者,腎機能障害,HFpEFでのうっ血増悪が多い.
急性心不全治療薬としての利尿薬のエビデンス
著者: 駒村和雄
ページ範囲:P.59 - P.65
Point
・ループ利尿薬は急性心不全の現場で有用であり,早期に適切に使用すべきである.
・標準的な利尿薬治療にドパミンあるいはnesiritideを併用しても追加的な効果は期待できない.
・バソプレシンV2受容体拮抗薬とアデノシンA1受容体拮抗薬には,長期予後改善のエビデンスが認められていない.
急性心不全治療におけるループ利尿薬の使い方
著者: 織原良行 , 廣谷信一 , 増山理
ページ範囲:P.66 - P.71
Point
・心不全増悪時のループ利尿薬使用には,投与量,種類,投与方法の変更を考慮する必要がある.
・ドパミン,ナトリウム利尿ペプチドの有用性をサポートするエビデンスは存在しない.
・高張食塩水の投与は,ループ利尿薬の利尿効果を強める.
急性心不全治療におけるトルバプタンの使い方
著者: 鈴木聡 , 竹石恭知
ページ範囲:P.72 - P.76
Point
・既存の利尿薬と異なり水利尿作用が主体であるトルバプタンは,心不全の予後不良因子である低ナトリウム患者に安全に使用できる.
・トルバプタンは体液貯留が顕著なClinical Scenario 2において,特に有用性が高いと考えられる.
Ⅴ.Clinical Scenario 3:低心拍出を伴う急性心不全
Low Cardiac Outputをどう診断するか?
著者: 中村牧子 , 絹川弘一郎
ページ範囲:P.78 - P.84
Point
・low cardiac outputはクリニカルシナリオ(CS)ではCS3(収縮期血圧100mmHg未満)に分類される.
・急性心不全において血管拡張薬,利尿薬で反応が得られなければlow cardiac outputの存在を念頭におく.
・所見として脈圧減少,交互脈,四肢冷感,精神変調,ACE阻害薬で過度な血圧低下,腎機能悪化,低Na血症,高ビリルビン血症,などがある.
急性心不全治療薬としての強心薬のエビデンス
著者: 志賀剛
ページ範囲:P.85 - P.91
Point
・強心薬は心筋の細胞内カルシウム濃度を上昇し,心筋収縮を強めることで心拍出量を増やす.
・急性心不全に対する強心薬静注は,血行動態や心不全症状を改善するが,死亡リスクを上げる.
・強心薬静注の適応は低心拍出量に伴う臓器・組織低灌流の症候がある心不全で,短期間の使用にとどめる.
急性心不全治療におけるカテコラミンの使い方
著者: 正和泰斗 , 坂田泰史
ページ範囲:P.92 - P.99
Point
・カテコラミンの使用は予後悪化に関連し,できるだけ避けるべきであるが,組織低灌流を認める症例には適応となる.
・カテコラミンの導入前後には,患者の状態を多角的に評価し,病態に合ったカテコラミンの選択と調整を行う.
・カテコラミン使用に際しては,常に離脱を意識し,離脱困難な症例の見極めと次の治療の検討を行う.
急性心不全治療におけるPDE Ⅲ阻害薬の使い方
著者: 奥村貴裕
ページ範囲:P.100 - P.107
Point
・PDE Ⅲ阻害薬は,強心作用と血管拡張作用を併せもつ薬剤である.
・βアドレナリン受容体を介さない作用機序から,β遮断薬内服中の心不全患者でも薬剤を中止することなく治療できる.
・低心拍出状態に対し,低用量ドブタミンの併用で相乗的な強心効果が得られる.
・予後を改善する明確なエビデンスはなく,必要な症例への最小限の使用を鉄則とする.
重症急性心不全患者に対する機械的補助の行い方
著者: 本田泰之 , 永井利幸 , 安田聡
ページ範囲:P.108 - P.115
Point
・重症急性心不全に対する機械的補助に関して国際的にコンセンサスの得られたエビデンスは乏しいものの,最大限の薬物療法をもってしても循環動態維持が困難な場合に使用を考慮する.
・IABP(intra aortic balloon pumping)は,カウンターパルセーションによる圧補助である.左室拡張末期圧低下,冠血流増大,左室後負荷の軽減が期待できる.
・PCPS(percutaneous cardiopulmonary support)は,最大70%の心拍出量補助による収縮期・拡張期血圧の上昇を期待できるが,左室拡張末期圧上昇,左室後負荷増大,下肢虚血,出血などのデメリットもある.
Ⅵ.Clinical Scenario 4:急性冠症候群(ACS)に伴う急性心不全
血行動態が破綻した心不全を伴うACSの治療戦略
著者: 秋山英一 , 木村一雄
ページ範囲:P.116 - P.124
Point
・「急性冠症候群(ACS)による急性心不全(CS4)」は「冠動脈疾患を合併した急性心不全」と異なり,早期の冠動脈造影検査,血行再建術を念頭に早急に治療を開始する必要がある.
・ST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)はプラーク破綻により生じた血栓が冠動脈を完全閉塞することにより心筋壊死が急速に進むため,梗塞サイズ縮小を目指したprimary PCIや血栓溶解薬による再灌流療法の適応となる.
・非ST上昇型ACS(NSTEACS)の治療方針,冠動脈造影検査の施行時期はリスクの層別化に基づき決定する.
Ⅶ.Clinical Scenario 5:右心不全
急性肺血栓塞栓症についてのエビデンス
著者: 熊谷英太 , 福本義弘
ページ範囲:P.125 - P.131
Point
・急性肺血栓塞栓症は,血栓による機械的閉塞と神経液性因子によりショック状態に陥る.
・わが国の急性肺血栓塞栓症の発症数は欧米より少ないとされるが十分な調査がされていないのも実情である.
・急性肺血栓塞栓症が疑わしい場合は過剰診断を恐れずに検査することが大事である.
急性肺血栓塞栓症を治療する
著者: 山田典一
ページ範囲:P.132 - P.142
Point
・治療の基本は抗凝固療法であり,疑った段階から未分画ヘパリンによる抗凝固療法を開始する.
・NOACは即効性を有し用量調整が不要なため,従来治療に比べ急性期治療が行いやすくなった.しかし,亜広範型/中-高リスク症例に対するNOAC単独治療の有効性に関するエビデンスはない.
・広範型/高リスク以上の重症例には,さらに積極的に肺動脈内血栓を溶解除去する目的で血栓溶解療法,カテーテル治療,外科的治療を選択する.
右心不全を来す疾患
著者: 岡山大 , 弓野大
ページ範囲:P.144 - P.151
Point
・右心は解剖学的にも生理学的にも左心と大きく異なるパートであることを認識する.
・右心不全治療は,原疾患の見極めと,右室特有の管理方法を理解することが重要である.
・今後,全く別のアプローチによるパラダイムシフトさえ起こりうる領域である.
Ⅷ.トピックス
心房細動を合併した急性心不全
著者: 金城太貴 , 山下武志
ページ範囲:P.152 - P.157
Point
・心房細動合併心不全患者では,心不全による死亡リスクが高まるため,心不全自体の管理を優先させるべきである.
・心房細動合併症例の中では,心不全発症後に心房細動を合併した症例が特に予後不良と考えられるため,それらの症例では心房細動を洞調律化させる努力が求められる.
・β受容体遮断薬の効果については,まだ未知の点が残され,その投与法や目標心拍数をよく吟味したうえで,さらなる検討に期待したい.
COPDを合併した急性心不全
著者: 大西勝也
ページ範囲:P.158 - P.161
Point
・COPDは呼吸器疾患ではなく全身性炎症疾患であり,左心不全の併存が多い.
・COPDと心不全合併例においても,両者の診断に,スパイロメトリーとBNP測定が有用である.
・COPDの治療と心不全の治療は,お互い干渉することが少なく,並行して行うことができる.
慢性腎臓病を合併した急性心不全
著者: 田邉淳 , 松井勝臣 , 柴垣有吾
ページ範囲:P.162 - P.166
Point
・急性心不全患者の慢性腎臓病(chronic kidney disease;CKD)の有病率は高い.
・CKD患者は心血管障害(cardiovascular disease;CVD)の高リスク患者群であり,急性冠症候群(acute coronary syndrome;ACS)の頻度も高い.
・CKD合併急性心不全においては,腎機能を維持するために血管拡張薬や利尿薬の使用を行う必要がある.
β遮断薬は本当に切ってはいけないのか?
著者: 安村良男
ページ範囲:P.167 - P.169
Point
・β遮断薬導入後の遠隔期に発症した急性心不全の場合には基本的にはβ遮断薬を中断しない.
・心原性ショックや重症の急性心不全の場合はβ遮断薬の短期間の休薬を考慮する.
・休薬した場合も急性心不全が安定すれば,可能な限り再導入を試みる.
新しい心不全治療薬の可能性
著者: 絹川真太郎
ページ範囲:P.170 - P.174
Point
・急性心不全治療において,退院後の死亡率に良い影響を及ぼす急性期治療薬剤は知られていない.
・現在,serelaxin(relaxinファミリーぺプチド)やularitide(ナトリウム利尿ペプチド)の第Ⅲ相試験が行われている.
・複数の血管拡張作用を有し,その他付加的な作用がある薬剤の開発が進行中である.
基本情報

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