Evidence-Based Medicine(EBM)という言葉が市民権を得て,日常的に医療の現場で用いられるようになって久しい.しかし,冷静にここ数年の趨勢を振り返ってみると,わが国で「EBM」という用語が使われる際にはどこか,
「理想化された状況での話なのではないか?」
あるいは
「海外ならまぁ,でも日本ではちょっとね」
などといったニュアンスが込められることが多い(ように編者には感じられる).実際に循環器領域の研究会や学会などでの議論でも,大規模ランダム化研究(RCT)などの解釈となると,どこか「なかなか臨床の現場では活用できない」という虚しさや寒々しさが漂うことが多い.
雑誌目次
循環器ジャーナル67巻1号
2019年01月発行
雑誌目次
特集 循環器の現場からの検証:そのエビデンスを日本で活用するには?
序文 フリーアクセス
著者: 香坂俊
ページ範囲:P.4 - P.6
Ⅰ.総論
わが国の現場でEBMは実践されているか? 何が課題なのか?
著者: 植田真一郎
ページ範囲:P.8 - P.14
Point
・臨床試験はその目的によって登録される患者は現実の診療で遭遇する患者と異なる場合があるため研究結果を適用することが難しい場合がある.
・臨床試験は必ずしも診療上の疑問を解決するために実施されているとは言えず,そのような試験結果を診療に応用することは難しい場合がある.
・エンドポイントが試験そのものを成立させることに重点を置いて設定されているような研究は結果の解釈が困難な場合が多い.
わが国での診療ガイドラインの問題点と改善への試み
著者: 南郷栄秀
ページ範囲:P.16 - P.22
Point
・EBMはエビデンスを診療現場で活用するための方法論であり,エビデンスそのものではない.
・診療ガイドラインの作成方法は歴史的に進化しており,現在では,システマティックレビューを行って質を評価して推奨を作成するGRADE systemを用いるのが主流である.
・診療ガイドラインが特定の団体の利益を誘導するようなことはあってはならず,中立的な立場を取るために,作成委員の選定とCOIの開示が必要である.
EBMの解釈に必要な統計学的知識
著者: 山本紘司
ページ範囲:P.24 - P.27
Point
・特に観察研究の論文を読み解くに当たり重要な概念である交絡をとりあげる.
・交絡による問題とその対処法について傾向スコアを例に述べる.
・傾向スコアを用いた方法と使用する際の注意点を述べる.
臨床試験のピットフォールに落ちないための工夫
著者: 植田育子
ページ範囲:P.28 - P.32
Point
・臨床研究のピットフォールに落ちないために,研究計画を立てる前の段階で,どういった患者を対象とし,どんなことを調べたいのか,その関係を充分に認識すること.
・研究対象者や研究目的を明確にするために「PICO(Patient, Intervention, Comparison, Outcome)」を用い,研究の骨組みを作ってみること.
・「PICO」のなかでも研究結果を示す「O」は,研究デザインや研究対象者の基準を設定するために重要なコンポネートであること.
Ⅱ.予防医療
わが国で血圧はどこまで下げるか—SPRINT試験の現実的な解釈を巡って
著者: 浅山敬 , 大久保孝義
ページ範囲:P.34 - P.41
Point
・SPRINTではAOBPという厳格な外来血圧測定方法が用いられ,わが国の実地臨床で用いる血圧とは異なる.
・SPRINTの登録基準に適合し,そのまま結果が当てはめられるのは米国の治療中患者でも6人に1人である.
・最近の欧米ガイドラインの収縮期降圧目標130mmHgがわが国でも臨床的に適用可能かは慎重な解釈が求められる.
わが国でコレステロール値はどこまで下げるか—IMPROVE-ITやFOURIER/ODYSSEY試験の現実的な解釈を巡って
著者: 多田隼人
ページ範囲:P.42 - P.50
Point
・ランダム化比較試験(RCT)の解釈に当たり,遺伝学的研究結果が大いに参考になりうる.
・The lower,the betterの概念は著明な低値(LDLコレステロール値が数mg/dl程度)までに適応され得ると思われる.
・新規薬剤のより良い適応症例を見極める努力が肝要となる.
糖尿病患者管理—HbA1cでなければ何をターゲットにすればいいか? 最近の臨床試験の解釈を巡って
著者: 大杉満
ページ範囲:P.52 - P.58
Point
・血糖コントロール改善は糖尿病合併症を抑制する.
・HbA1cは血糖コントロールの一側面の指標である.
・低血糖・体重増加を避け,総合的に患者のイベント抑制を目指す治療を進めるべきである.
ハイリスク冠動脈疾患患者に対する低用量抗凝固療法—COMPASS試験をどう現場に落とし込むか?
著者: 堀正二
ページ範囲:P.60 - P.67
Point
・COMPASS試験はハイリスク冠動脈疾患・末梢血管疾患を対象にしたアスピリンと少量リバーロキサバン(2.5mg bid)の併用の有効性を検証した大規模臨床試験である.
・COMPASS試験においてハイリスク冠動脈疾患の2次予防にアスピリンと少量DOAC併用が有用であることが示された.
・ハイリスク末梢血管疾患には特に大きな有効性が認められた.
・この併用療法は,出血リスクが増大するので,軽症の冠動脈疾患・末梢血管疾患には適応がないと考えられる.
Ⅲ.虚血性心疾患
これからの狭心症の診断はシンチからFFRCTに置き換わっていくのか—PLATFORMやRIPCORD試験の結果を踏まえて
著者: 中里良
ページ範囲:P.68 - P.72
Point
・FFRCTは解剖学的および機能的データ両方が得られる非侵襲的検査である.
・侵襲的冠動脈造影(ICA)前にFFRCTを用いて虚血評価を行うことで不要なICAを減少させることができる.
・国内で保険収載されれば日常臨床での安定狭心症診断のアプローチが大きく変わる可能性がある.
なぜここまでCOURAGE試験やOAT試験は無視されるのか?
著者: 猪原拓
ページ範囲:P.74 - P.81
Point
・本邦においては安定狭心症に対する治療としてPCIが重視され,至適薬物療法は軽視されている.
・そのため安定狭心症に対するPCIは過剰施行される傾向にあり,その理由として解剖学的評価の重視,機能的虚血評価の軽視がある.
・安定狭心症に対するPCIの質の改善を目指し,学会が中心となり標準化PCIプロジェクトが始動している.
Dual Antiplatelet Therapyの考え方—“The Shorter, The Better.”はアジアでどこまで本当なのか?
著者: 芳川裕亮 , 塩見紘樹
ページ範囲:P.82 - P.85
Point
・東洋人は欧米人と比較して,虚血性イベント率が低く出血性イベント率が高い.
・虚血性・出血性イベントのリスクのバランスを考えて治療を行うことが重要である.
・過去のstudyの結果を見れば,日本人にはShort DAPTのほうが好ましい可能性が高い.
クロピドグレルかプラスグレルか?—わが国での小用量プラスグレル投与(PRASFIT-ACS試験)を改めて吟味する
著者: 中村正人
ページ範囲:P.86 - P.92
Point
・本邦は欧米に比し心血管イベント発生率が低く,出血性合併症が高率である.このため,欧米とは異なった抗血小板薬の用量が求められる.
・本邦で承認されている小用量のプラスグレルはクロピドグレルよりも早期に強力な抗血小板作用を示す.また,遺伝子多型による影響を受けない.
・PRASFIT-ACS試験で小用量のプラスグレルはクロピドグレルに勝る有効性と同等の安全性を示した.
・市販後調査とPRASFIT-ACS試験の成績は一貫性があった.
わが国のOff-Pumpバイパスは特別なのか?—ROOBY-FS試験のNeutralな結果をどう考えるか
著者: 本村昇
ページ範囲:P.94 - P.95
Point
・本邦ではオフポンプ冠動脈バイパス術(OPCAB)の急性期成績は世界的に見ても良好である.
・本邦のOPCABは急性期においてはオンポンプ冠動脈バイパス術(ONCAB)に比し良好な成績が示唆されている.
・本邦においてもOPCABの遠隔期成績が待たれている.
Ⅳ.心不全
利尿薬の急性期での初期投与量は日本ではどのくらい?
著者: 表和徳 , 永井利幸
ページ範囲:P.96 - P.102
Point
・日本における急性心不全患者に対するループ利尿薬の初期投与量は欧米諸国と比較して少ない傾向にある.
・急性期はCeiling Doseを意識しながら十分量のフロセミドを適正使用すべきであるが,過剰投与には注意する.
・フロセミドに反応が乏しい場合は,まず可逆性因子の補正に注意を傾ける.
・他機序の利尿薬併用が必要になるシチュエーションは存在するが,それらをルーチンで使用することを支持する盤石なエビデンスは存在しない.
トルバプタンはなぜ使われる?—EVEREST試験やTACTICS/SECRET of AHF試験を顧みて
著者: 田中寿一
ページ範囲:P.104 - P.109
Point
・2010年に日本で心不全治療薬として承認されたトルバプタンは,現在に至るまで日本国内で心不全の急性期および慢性期治療薬として広く使用されている.
・一方,米国や欧州などの海外においてトルバプタンは心不全治療薬としては承認されておらず,著明な低ナトリウム血症に対してのみと非常に限定的なものになっている.
・心不全治療薬としてのトルバプタンの位置付けに関する国内外の見解の相違は,これまでの臨床研究の結果とそこから得られたエビデンスの捉え方によるところが大きい.
PARADIGM-HFはどう解釈されるか?—これからのわが国での慢性期心不全診療
著者: 佐藤幸人
ページ範囲:P.110 - P.115
Point
・ARB/NEP阻害薬であるLCZ696は収縮能が低下した心不全患者において,心血管イベント改善効果を伴う忍容性の高い薬剤である.
・欧米のガイドラインでは既に,ACE阻害薬またはARBの代わりに使用することが勧められている.
IABP-SHOCKがもたらした衝撃,そしてImpellaはどう使われるべきか?
著者: 中田淳
ページ範囲:P.116 - P.124
Point
・2013年に発表されたIABP-SHOCK Ⅱ Studyでは,ACSによる心原性ショック患者へのIABP留置が30日死亡率を減少させず,1年予後の改善をもたらさないという結果が示された.この結果を踏まえ,欧米ならびに本邦において,それまでclass Ⅰ(level evidence C)であったACSによる心原性ショック患者へのIABPのルーチンでの使用がclass Ⅲ(level evidence A)へ格下げされた.
・新しい循環補助デバイスImpellaによる循環補助は,左室内圧容量負荷減少による心筋酸素消費量の減少・心負荷軽減効果があり,IABP補助と比し,血行動態改善効果がある.
・しかしながら,遷延したショック症例,自己心拍再開が得られていない心停止症例,低酸素血症ならびに右心不全を合併している場合にはVA-ECMO(PCPS)での補助を優先することが望ましく,組織灌流・臓器保護,酸素化,心筋保護,右室補助,合併症,使用の煩雑性等の各々のデバイスの特徴を踏まえたうえで使い分け,あるいは組み合わせて使用する必要がある.
Ⅴ.不整脈疾患
わが国の心房細動アブレーションは過大評価か?—MANTRA-PAF試験を巡って
著者: 西原崇創
ページ範囲:P.126 - P.132
Point
・薬物によるリズムコントロールで予後を改善することはできない.このことがアブレーションへの期待を高めた.
・抗凝固療法が積極的に行われるようになった今日,心房細動へのアプローチそのものを変える時期に来ている.原因が多様であるように死亡原因も多様であるため抗凝固療法とアブレーション治療に過剰なフォーカスが当たることは決して好ましいとは言えない.
・現時点では,低心機能例に対するアブレーション治療以外に十分なエビデンスは得られていない.
わが国のICDの適応でベースとなるのはSCDHeFT試験か? それともDANISH試験か?
著者: 長岡身佳 , 佐藤俊明
ページ範囲:P.134 - P.139
Point
・植込み型心臓除細動器(ICD)による治療は,心停止の既往がないもののそのリスクが高い症例における突然死予防(一次予防)にも用いられる.
・非虚血性心疾患(NICM)症例における心臓突然死の一次予防に関して,SCD-HeFT試験ではICDの有効性が報告されたが,DANISH試験では,全死亡および心血管死亡に対するICDの有効性は認められなかった.
・NICM症例では,心不全重症度,年齢,心臓再同期療法(CRT)の有用性を考慮し,個々の症例において一次予防を目的としたICD適応を判断する必要がある.
Ⅵ.わが国でのリアルワールドデータの活用
虚血性心疾患
著者: 澤野充明
ページ範囲:P.140 - P.145
Point
・リアルワールドデータ(RWD)は現実診療の実態把握のため,RCTは因果関係の証明のために存在し,双方が相補的な関係にあってこそより良い医療を実現できる.
・海外は充実したレジストリが数多く存在し,またIT技術を駆使してその活用についても先進的な取り組みがなされている.
・日本は世界的にみて後塵を拝する状況にはあるが,海外の事例から学び,現代的な課題を克服したデータベース構築と活用を実現させうる立場にある.
不整脈疾患
著者: 小川尚 , 赤尾昌治
ページ範囲:P.146 - P.150
Point
・AF患者のRWDは,big data型のデータベースと,レジストリ型のデータベースの2種類に大別される.
・AF患者の背景は多様性に富んでおり,コホートによってかなり異なる.
・RWDを臨床現場に活用する際にはそれぞれのコホートの特徴を知ったうえで,適応することが望ましい.
心不全
著者: 筒井裕之 , 加来秀隆 , 井手友美
ページ範囲:P.151 - P.158
Point
・リアルワールドデータ(real world data;RWD)とは,診療報酬請求(レセプト)やDPCデータ,診療録,健診データなどの実際の診療行為に基づくデータまたはそのデータベースのことであり,RWDから導き出されたエビデンスをリアルワールドエビデンス(real world evidence;RWE)と呼ぶ.
・RWDは日常臨床における患者や診療の実態を把握するのに有用であるばかりでなく,その病態生理の解明や今後の有効な治療法を確立するうえで重要な情報を提供する.
・わが国の心不全患者を対象とした大規模な多施設登録観察研究として,JCARE-CARD研究,ATTEND registry,CHART研究は心不全のRWDを解析したものである.
・慢性腎臓病(CKD),高尿酸血症,貧血は心不全の病態と深く関わっており,独立した予後の規定因子であることから,その早期診断と適切な治療の重要性が示された.
・大規模臨床試験で有効性が証明されているβ遮断薬やスピロノラクトンの投与が,実際の患者で予後の改善と関連していることが証明された.
・医療の実態をそのまま反映したRWDを解析する観察研究によってランダム化比較試験(RCT)などの介入研究とは異なる新たな知見が導き出せると期待される.心不全の病態のさらなる理解と新たな治療法の確立のために,臨床試験とRWDを活用した登録観察研究を車の両輪とした推進が必要である.
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