抗血栓療法は,抗血小板療法と抗凝固療法に分類される.抗血小板療法は,主に動脈系のアテローム血栓症を予防する目的で,血小板凝集を抑制する薬剤を用いる.一方,抗凝固療法は,主に静脈系や左房などの血栓塞栓症を予防する目的で,凝固因子を阻害し,赤血球やフィブリンによる血栓凝集を抑制する抗凝固薬を用いる.
抗血小板薬には,古くから使用されているアスピリンに加えて,冠動脈疾患患者に対してチアノピリジン系薬剤が登場し,薬剤溶出性ステント挿入後や急性冠症候群治療後の一定期間は2剤併用療法(dual antiplatelet therapy;DAPT)が行われる.しかし,DAPTにより予後に影響を与える出血性イベントが多くなるため,近年の大規模臨床試験の結果からDAPT期間は可能な限り短縮する傾向にある.抗血小板療法は,冠動脈疾患以外にも,アテローム血栓性脳梗塞,末梢動脈疾患でも広く普及している.
雑誌目次
循環器ジャーナル68巻4号
2020年10月発行
雑誌目次
特集 抗血栓療法—日常臨床での疑問に応える
序文 フリーアクセス
著者: 清水渉
ページ範囲:P.586 - P.587
Ⅰ.心房細動に対する抗血栓療法
心房細動に対して抗凝固薬をどう選択するか?—塞栓症リスク・出血リスクから考える
著者: 小谷英太郎
ページ範囲:P.588 - P.594
Point
・生体弁は非弁膜症性心房細動.
・リスク評価はCHADS2スコアを基本とする.
・CHADS2スコア1点以上はDOACを推奨,ワルファリンを考慮.
・PT-INRは年齢によらず1.6〜2.6を目標とし,できるだけ2に近付ける.
心房細動に対して抗凝固薬をどう使うか?—凝固マーカーから考える
著者: 長内宏之
ページ範囲:P.596 - P.602
Point
・心房細動患者に対する抗凝固薬投与時の凝固マーカー測定の意義は,ワルファリンと直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)で大きく異なる.
・ワルファリン内服中には定期的にPT-INR(prothrombin time-international normalized ratio)値を測定し用量調節を行うが,2020年改訂版の『不整脈薬物治療ガイドライン』で,従来とは管理目標の変更がなされている.
・DOAC内服中には定期的な採血による凝固マーカー測定は推奨されていないが,患者や状況によっては凝固マーカー測定が実臨床において有用となりうる可能性が指摘されており,今後の進展が期待される.
心房細動アブレーション周術期の抗凝固療法の注意点は?
著者: 小川尚
ページ範囲:P.604 - P.607
Point
・心房細動アブレーションは血栓塞栓症・出血ともに高リスクの手技である.
・アブレーション周術期のワルファリンは中断せずに治療域ワルファリン内服継続のままで治療することが推奨されている.
・アブレーション周術期のDOACは内服継続・短期休薬いずれも有効性・安全性は示されている.
除細動時の抗凝固療法の注意点は?
著者: 是恒之宏
ページ範囲:P.608 - P.610
Point
・緊急性が高い場合を除いて,48時間以上続く心房細動の除細動前3週間と,除細動後4週間の抗凝固療法は必須である.
・除細動前,新たに抗凝固薬を開始する場合,ワルファリンは維持量到達後の3週間であり実際にはより長期間を要する.
・経食道エコーで左房内血栓がないことを確認できればヘパリン投与後に除細動することが可能である.
Ⅱ.虚血性心疾患・下肢動脈疾患に対する抗血栓療法
冠動脈疾患に対する抗血小板療法の注意点は?—現状とトピックス
著者: 石原正治
ページ範囲:P.611 - P.617
Point
・血栓リスクと出血リスクのバランスが重要であるが,出血リスク重視の潮流にある.
・出血リスクのARC-HBRを基に,「日本版HBR評価基準」が作成された.
・DAPT継続期間は短縮傾向にある.
心房細動合併冠動脈疾患患者の抗血栓療法の注意点は?
著者: 古島知樹 , 安田聡
ページ範囲:P.618 - P.623
Point
・心房細動を合併したPCI施行患者およびACS患者に対する急性期の抗血栓療法は,抗凝固薬(ワルファリンよりDOACが優先される)+P2Y12受容体拮抗薬の2剤併用が基本である.
・心房細動合併冠動脈疾患患者に対する慢性安定期の抗血栓療法は抗凝固薬単剤が推奨される.
下肢虚血に対する抗血小板薬の注意点は?—末梢動脈疾患に対する抗血栓療法について
著者: 飯田修
ページ範囲:P.624 - P.631
Point
・末梢動脈疾患(peripheral artery disease;PAD)に対する治療戦略は,①PADの新規発症・増悪・再発の予防,②他のアテローム血栓症動脈疾患(心筋梗塞・脳梗塞等)のイベント抑制,③血行再建術(血管内治療/外科手術)の3本柱である.
・抗血小板薬がPAD治療における中心的役割を担ってきていたが,近年直接型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)使用によりイベント抑制が報告され,今後この領域における抗血栓薬に第一選択治療への期待がもたれている.
P2Y12阻害による抗血小板薬(クロピドグレル・プラスグレル・チカグレロル)は特徴によりどう使い分けるか?
著者: 亀田良 , 下浜孝郎 , 阿古潤哉
ページ範囲:P.632 - P.640
Point
・ACS患者における新規抗血小板薬の使用は,多くのエビデンスが構築され,日本のガイドラインにおいても,負荷投与での使用が推奨された.
・一方,新規抗血小板薬は強い抗血小板作用を有しており,出血のリスクも懸念されていることから,患者背景を踏まえ,個々に薬剤の選択,使用期間を判断する必要がある.
Ⅲ.深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症に対する抗血栓療法
深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症に対する抗凝固療法の注意点は?—急性期治療と維持療法
著者: 山本剛 , 山田健太
ページ範囲:P.641 - P.649
Point
・初期および維持治療期における抗凝固療法では,適正の用法,用量を遵守する.
・延長治療では,定期的に再発リスクおよび出血リスクを評価し継続の是非を検討する.
がん関連静脈血栓塞栓症に対する抗凝固療法の注意点は?
著者: 山下侑吾 , 坂本二郎
ページ範囲:P.650 - P.657
Point
・「がん」は,「静脈血栓塞栓症」の重要な背景因子であり,「がん関連静脈血栓塞栓症」は,近年ますます重要になってきている.
・がん関連静脈血栓塞栓症は,高い再発リスクを有しており,再発予防のために長期的な抗凝固療法が必要となる.一方で,抗凝固療法に伴う出血リスクにも警戒が必要であり,がん患者では特に注意を要する.
・抗凝固療法は,再発と出血リスクのバランスを考慮したうえで,個々の症例において慎重に検討すべきであり,抗凝固薬を内服中は,患者の状態を注意深く観察し,その変化に応じて対応を考慮する必要がある.
血栓溶解薬(モンテプラーゼ・ウロキナーゼ)の適応と使い方は?
著者: 山田典一
ページ範囲:P.658 - P.664
Point
・急性肺血栓塞栓症では循環動態が不安定な高リスク/広範型の症例に対し,モンテプラーゼの末梢静脈からの全身投与を行う.
・深部静脈血栓症では限定した適応症例に対してウロキナーゼを用いることがあるが,全身投与は推奨されずカテーテルにて血栓局所に投与する.
・血栓溶解療法を用いる場合には出血リスクを十分検討したうえで使用すべきである.
Ⅳ.脳卒中に対する抗血栓療法
アテローム血栓性脳梗塞・ラクナ梗塞の抗血栓療法はどうするか?
著者: 西山康裕 , 木村和美
ページ範囲:P.665 - P.671
Point
・発症4.5時間以内のアテローム血栓性脳梗塞やラクナ梗塞に対するt-PA静注療法は適応があれば原則施行する.
・アテローム血栓性脳梗塞やラクナ梗塞の治療は抗血小板療法が主体であるが,発症機序を考慮し,進行や再発が生じることを常に念頭に置き,治療に工夫を加える.
・抗血小板薬の2剤併用療法の有効性,安全性を示す大規模臨床試験が次々と発表されている.
心原性脳塞栓症に対する抗血栓療法—急性期治療と二次予防はどうするか?
著者: 本田有子 , 平野照之
ページ範囲:P.672 - P.679
Point
・心原性脳塞栓症は脳梗塞の27.7%を占め,年々その割合は上昇している.心原性脳塞栓症は粗大な血栓の飛散により重症度が高く,転帰も不良な傾向がある.
・脳主幹動脈閉塞は治療開始まで一刻を争う場合が多く,治療法として機械的血栓回収療法が主流となった.血栓溶解療法としてアルテプラーゼが主体であるが,効果の側面から今後tenecteplaseの導入が待たれている.
・頭蓋内出血の発症率の高い日本人にとって,心房細動による心原性脳梗塞発症予防に対するDOACは,ワルファリンよりも安全性・有効性に優れた薬剤であることが示されている.
潜因性脳梗塞の抗血栓治療について
著者: 高橋潤一郎 , 三村秀毅 , 井口保之
ページ範囲:P.680 - P.686
Point
・昨今の検査機器,施設の充実,診断技術の進歩により,“十分な検査をしても原因の同定できない”潜因性脳梗塞の概念が生まれた.
・高解像度MRI DWI(3T-MRI)により,潜因性脳梗塞の多くは栓塞性機序を考慮する画像所見を示すことが判明している.
・ESUSを含めた潜因性脳梗塞の再発予防の抗血栓薬選択にNAVIGATE ESUS試験,RE-SPECT ESUS試験が行われたが,抗凝固薬の抗血小板薬への優位性は示せていない.
・近年,ESUSの塞栓源として50%未満の頸動脈プラークが注目されており,経食道心エコーを含めた積極的な検索で抗凝固薬の適応となる疾患がなければ抗血小板薬での治療を行い,適応があれば植込み型心電図記録計を導入し潜在性心房細動が見つかれば抗凝固薬に変更するなど,循環器内科医,脳神経内科医間の連携が必要である.
Ⅴ.周術期・その他の抗血栓療法
非心臓手術周術期・観血的手技前後の抗血栓薬管理はどうするか?
著者: 日置紘文 , 上妻謙
ページ範囲:P.687 - P.693
Point
・抗血栓療法併用下での手術・観血的処置における最大の問題は出血合併症であるが,出血を起こしやすい患者は同時に塞栓症も起こしやすい疾患背景を有している.このため抗血栓療法中の患者における観血的処置・手術周術期の薬剤管理については,出血・塞栓リスクを十分に評価し患者・家族へ薬剤中止・継続で生じうる事象を十分に説明し,患者ごとに対応を行うべきである.
TAVI周術期および術後の抗血栓療法は現在どうなっているか?
著者: 足立優也 , 志村徹郎 , 山本真功
ページ範囲:P.694 - P.701
Point
・TAVI後の抗血栓療法は,症例ごとに血栓形成リスクと出血リスクを考慮したうえで,慎重に決定されるべきである.
・至適抗血栓療法に関するエビデンスはいまだ十分とは言えず,現在進行している試験を含め,今後も新たな知見の蓄積が望まれる.
消化器内視鏡検査・治療周術期の抗血栓療法の注意点は?—内視鏡医の立場から
著者: 堀内英華 , 炭山和毅
ページ範囲:P.702 - P.709
Point
・抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡ガイドラインが見直され,休薬による血栓症リスクに重きを置き,可能な限り抗血栓薬は継続する傾向にある.
・内視鏡手技危険度・血栓塞栓症の高発症群を参考に,症例に応じて休薬可否を判断する.
補助循環デバイス中の抗血栓療法はどうするか?
著者: 中本敬
ページ範囲:P.710 - P.715
Point
・補助循環施行中は出血リスクと血栓リスクが同時に存在し,そのことを踏まえながら抗血栓療法を行う必要がある.
・抗凝固療法のみでは十分な血栓形成を抑制できない状況もあり,デバイスの選択,運用,管理など様々な面から血栓・出血イベントの予防を検討しなくてはならない.
透析患者・重症慢性腎臓病患者の抗血栓療法の注意点は?
著者: 淀川顕司
ページ範囲:P.716 - P.719
Point
・透析患者・重度慢性腎臓病患者は出血リスクが高く,抗血栓薬投与に当たっては注意が必要である.
・心房細動を合併した維持透析患者に対する経口抗凝固療法は現時点では原則不要であるが,症例ごとに検討する必要がある.
心内(左室内・左房内)血栓に対する抗血栓療法の注意点は?
著者: 藤野雅史
ページ範囲:P.720 - P.727
Point
・予防の観点では,つまり心内血栓の既往がない症例では,左室内血栓の予防に対する抗凝固療法のエビデンスはなく,心房細動の左房内血栓に対する予防のための抗凝固療法は確立されている.
・左室内血栓に対する抗血栓治療はビタミンK拮抗薬(ワルファリン)であり,新規経口抗凝固薬(DOAC)のエビデンスは乏しい.
・左房内血栓に対する治療は確立されたものはないが,綿密な画像検査による血栓の観察下にワルファリンもしくはDOACによる抗凝固療法を行う.
・心内血栓に対する抗血栓療法については,冠動脈インターベンションに対する抗血小板薬と同様,血栓塞栓症に対する効果(efficacy)と出血に対する懸念(safety)を患者個別に考慮し,その適応を検討する必要がある.
連載 心エコー読影ドリル・5
第5回(Case 13〜15)
著者: 泉知里 , 城好人
ページ範囲:P.729 - P.734
Case 13 68歳,女性.高血圧の既往歴あり.最近,息切れが出現し受診され,経胸壁心エコーを施行した.
【計測値】心室中隔壁厚13mm,後壁厚12mm,左室拡張末期径41mm,体表面積1.45m2,左房径45mm,左房容積80ml
*本論文中、関連する動画を見ることができます(公開期間:2022年10月まで公開)。
臨床研究の進め方:ピットフォールに落ちないための工夫・3
研究アイデアを具現化し計画の骨子を考える③
著者: 植田育子 , 香坂俊
ページ範囲:P.735 - P.740
はじめに なぜ医師にとって身近であるはずの臨床研究は進まないのか? どのようにすれば臨床研究を最後まで進めることができるのか.
研究者である多くの医師は,実は研究を開始する前の準備段階でピットフォールに落ちてしまっている.さらに悪いことに,そのことに気付かずそのまま研究を進めようとしているケースも多い.本連載では,こうしたピットフォールに落ちないために,
① 医師自らのアイデアを具現化し臨床研究の計画の骨子を立てる
② 臨床研究実施に必要な文書類を系統的に整備する
③ 研究を効率的に運用するために必要な体制構築を認識しておく
という3つのポイントを,臨床研究の立ち上げに数多く携わってきた臨床研究コーディネーター(clinical research coordinator;CRC)の立場から紹介する.
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