超高齢社会の日本では90歳代の心不全入院は決して珍しいものではなく,むしろ当たり前の光景としてとらえられている.TAVIや心臓リハビリテーションの登場により,循環器医に無縁だった“フレイル”や“サルコペニア”,“認知症”といった概念が循環器領域で当たり前のように使われるようにもなってきた.高齢者は疾患を多く抱えるのみでなく,社会的背景や人生観も個人差が大きく,何より体力・知力的な衰えは千差万別である.人生100年時代の現代では,循環器疾患を診療する際には疾患のみを診断・治療するのではなく,高齢者の日常をどう評価して治療に応用していくのかが極めて重要であると考えている.この点に関してはフレイル・サルコペニア・認知機能・栄養の評価および評価法の概念としてのCGA(高齢者総合的機能評価)を,各専門の先生からご解説いただいた.
また,昨今の医療技術の発展スピードは凄まじく,循環器領域ではTAVIのみならず様々な最先端技術が診療に導入されて安全かつ確実に治療がなされる分野も多い.自分の専門分野外となると診断・治療・技術の進歩に追いついていっていないことも多く,それが高齢患者の不利益になってはならない.これに関してはPCI・CABG・TAVI・MitraClipの各専門分野の先生方からご解説をいただいた.
雑誌目次
循環器ジャーナル69巻1号
2021年01月発行
雑誌目次
特集 これからの高齢者診療—循環器医が人生100年時代にどう向き合うか?
序文 フリーアクセス
著者: 大石充
ページ範囲:P.4 - P.5
Ⅰ.高齢者の「日常」をどう評価するか?
フレイル
著者: 荒井秀典
ページ範囲:P.6 - P.11
Point
・高齢者循環器疾患の診療においては,循環器以外の加齢変化にも配慮が必要である.
・全身の加齢変化としてのフレイルに着目し,介入可能な加齢変化の有無を評価すべきである.
・疾病管理とともにフレイル予防・介入の視点が重要である.
サルコペニア
著者: 杉本研 , 楽木宏実
ページ範囲:P.12 - P.17
Point
・サルコペニアは転倒,骨折,身体機能障害や死亡などに関連する進行性および全身性に生じる骨格筋疾患である.
・循環器疾患,特に心不全はサルコペニアと関連するため,高齢循環器疾患患者ではサルコペニアの同定が必要である.
・サルコペニアの診断には,アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)の診断アルゴリズムを用いることが推奨されている.
・栄養管理や運動は,サルコペニアの予防や進展抑制における介入として期待されているが,確立には至っていない.
認知機能
著者: 吉岩あおい
ページ範囲:P.18 - P.26
Point
・認知症で障害される主な認知機能は,記憶障害,見当識障害,遂行機能障害,失語,失行,失認である.
・アルツハイマー病では早期より,記憶障害に加え,見当識障害,遅延再生障害,構成障害が生じる.
・レビー小体型認知症は,はじまりは記憶障害以外の症状であり,認知機能の変動があり,注意障害が目立つ.
・高齢者は,糖尿病や高血圧症などの生活習慣病が,認知症の原因となり,血管危険因子の加療が発症を抑制し,進行を遅らせる.
栄養
著者: 葛谷雅文
ページ範囲:P.28 - P.36
Point
・栄養状態の心血管病発症リスクは年齢により異なる.
・慢性心不全などの心血管病を抱える高齢者の死亡リスクは過体重,肥満者が低く,“obesity paradox”が存在する.
・心血管病を抱える高齢者は定期的な栄養評価(スクリーニング)が必要である.
CGA
著者: 桑波田聡 , 竹中俊宏
ページ範囲:P.38 - P.44
Point
・CGAは,高齢者を診るうえで必須のツールであり,CGAを行うことでその患者に適したオーダーメイド治療を実践できる.
・CGAの項目は多岐にわたるため,まずは簡便化されたものを用いてスクリーニングを行う.
・CGAを行うと,通常の診療だけでは見落としがちな,認知症やうつをはじめとする併存症やフレイルを早期に発見でき,QOLの低下防止に有用である.
Ⅱ.高齢者に対するintensive care
PCI
著者: 岡村篤徳
ページ範囲:P.46 - P.52
Point
・高齢者は冠動脈のみならず全身での動脈硬化が進行しており,PCI治療を行う場合は,冠動脈病変そのものが複雑であることに加え,アクセスルートの動脈硬化と,腎機能の低下を考慮する必要がある.
・動脈硬化の進んだ高齢者の病変には,高度石灰化病変や,完全閉塞性病変の割合が多い.高齢者のPCIでは,特にこの2つの複雑病変を,低侵襲かつ安全に治療することが重要となる.
CABG
著者: 戸田宏一
ページ範囲:P.54 - P.59
Point
・高齢者に対するCABGのポイントは術式の低侵襲化である.
・冠疾患のみであれば左小開胸LITA to LAD+PCIのハイブリッド手術,大動脈弁狭窄症の合併があればOPCAB+TAVIまたはCABG+sutureless AVR,虚血性僧帽弁閉鎖不全が合併する場合はOPCAB+MitraClipなどが行われている.
高齢者に対するEVT
著者: 横井宏佳
ページ範囲:P.60 - P.65
はじめに
近年,循環器病棟に入院する患者は30年前に比較すると急速に高齢化が進んでいるのを実感する.30年前に冠動脈ステントの臨床使用が始まった頃は,75歳以上の高齢者は強力な抗血小板療法による出血リスクのために禁忌の位置付けにあった.90年代後半から冠動脈領域で普及したカテーテル治療は下肢動脈領域にも応用され,腸骨動脈から浅大腿動脈,膝下動脈へと適応は拡大し,低侵襲な血管内治療(EVT)は末梢動脈疾患(PAD)患者の血行再建術の第一選択となっている.低侵襲治療はよりリスクの高い高齢者にも適応になるため,本邦で行われた複数のレジストリー研究からはEVT施行患者の平均年齢は75歳前後と冠動脈インターベンション(PCI)施行患者70歳よりも高齢である.本稿では人生100年時代を迎えるわが国において,高齢者に対するEVTを考察したい.
TAVI・MitraClip
著者: 溝手勇
ページ範囲:P.66 - P.72
Point
・TAVIは大動脈弁狭窄症に対するカテーテル治療であり主に高齢者が治療の対象である.
・MitraClipはMRに対するカテーテル治療であり,手術リスクが高いFMRが主に治療の対象である.
―紙上ディベート―弁膜症:内科的立場
著者: 白井伸一 , 磯谷彰宏
ページ範囲:P.74 - P.79
Point
・TAVIは今後低リスクを含めて広く適応となっていくと思われるが,弁の長期耐久性を含めてハートチームでのディスカッションで適応を決定すべきものと思われる.
・僧帽弁においては,カテーテル治療において様々なデバイスが出現してくるが,その適応としては僧帽弁閉鎖不全症の病態にて使い分けていくことが重要である.
・三尖弁閉鎖不全症に対してもカテーテル治療が適応となるが,最も重要なことは治療の至適時期を判断すること,そして三尖弁逆流の新たな定義を構築していくことと思われる.
―紙上ディベート―弁膜症:外科的立場
著者: 松浦馨 , 松宮護郎
ページ範囲:P.80 - P.85
Point
・手術の低侵襲化とカテーテル治療の進化によって,高齢者の弁膜症に対してもリスクやfrailtyなど多方面から評価したうえで治療適応を検討するようになり,全体的に適応は拡大傾向にある.
・外科医の役割は多岐にわたり,適応評価に参画するだけでなく,低侵襲化する外科手術のクオリティの向上や複雑化するconventional手術の安全性の担保とともにカテーテル治療を熟知し,また参加することが求められている.
Ⅲ.高齢者で増加する疾患にどう対処するのか?
高齢者高血圧
著者: 山本浩一
ページ範囲:P.86 - P.91
Point
・高齢者の高血圧では,血圧動揺性が増加するために降圧療法に伴う転倒などの有害事象の発生に注意する.
・高齢者に対する降圧療法の恩恵は,身体機能やADLの低下により減弱,消失することに留意する.
・各降圧薬が高齢者に及ぼす降圧以外の影響を認識して使い分けをすることが求められる.
心不全
著者: 窪薗琢郎 , 大石充
ページ範囲:P.92 - P.98
Point
・加齢に伴い心不全患者は増加するが,高齢心不全患者は,多臓器障害や認知症,サルコペニアやフレイルの合併といった医学的な問題だけでなく,独居や老老介護といった社会的問題も抱えている.
・高齢心不全患者に対する加療は難渋することが多いが,急性期病院から慢性期病院,かかりつけ医,在宅診療まで多職種によるチーム医療を継続的に行うことが重要である.
大動脈瘤
著者: 坂本和久 , 湊谷謙司
ページ範囲:P.100 - P.107
Point
・大動脈瘤,大動脈解離は大きさ,形態,その原因など,また発症部位によってそれぞれ分類されている.疫学的には,高齢化に伴い増加していくことが予想される.
・内科的治療では,急性疾患,慢性疾患により治療方針はそれぞれ異なる.慢性疾患では,血圧管理や喫煙などの動脈硬化性危険因子に対する生活指導,薬物療法が若年者と同様に高齢者においても重要となる.
・外科治療では,病態,治療部位により問題は異なる.ハイリスク患者である高齢者にとって,ステントグラフト治療は治療の選択を広げたが,問題点も認められており,適切な治療選択を多職種でのaortic teamで協議し決定していくことが重要である.
―紙上ディベート―心房細動:アブレーション
著者: 福井暁 , 廣田慧 , 髙橋尚彦
ページ範囲:P.108 - P.112
Point
・高齢者であっても心房細動によりQOLの著しい低下や心不全を発症する症例は,洞調律維持が望ましく,その場合,薬物療法(抗不整脈薬)よりアブレーションが適している.
・高齢者にアブレーションを行う際は,心タンポナーデなどの合併症が生じやすいこと,肺静脈前庭部隔離に成功しても非肺静脈起源の心房細動や左房低電位領域を基盤とした心房頻拍(AT)が出現する可能性が高いこと,洞不全症候群のためペースメーカー移植が必要になる症例があることなどに注意する必要がある.
・本稿では,筆者が経験した症例を踏まえ,高齢者に対する心房細動アブレーションについて“Pro”の立場から述べる.
―紙上ディベート―心房細動:OMT
著者: 鎌田博之 , 草野研吾
ページ範囲:P.114 - P.118
Point
・実臨床で,心房細動患者のうち半数以上が75歳以上の後期高齢者であり,高齢者に対する心房細動治療の重要性が以前よりも増してきている.
・心房細動の薬物療法は,抗凝固療法,レートコントロール,リズムコントロールに分けられるが,高齢者ではまず抗凝固療法とレートコントロールを目指し,リズムコントロールを行うかどうかを慎重に判断する必要がある.
・高齢者における薬物療法の問題点は,肝腎機能低下やポリファーマシーに伴う副作用の増加,認知機能低下による服薬アドヒアランスの低下などが挙げられ,注意深い使用が重要である.
Ⅳ.高齢化社会におけるこれからのトピックス
地域包括ケア
著者: 前川佳敬
ページ範囲:P.120 - P.124
Point
・地域包括ケアとは,医療や介護が必要な状態になっても,可能な限り,住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した生活を続けることである.
・超高齢社会への対応として,地域包括ケアを踏まえた地域医療体制づくりが重要である.
・地域包括ケアには,密な多職種連携が重要である.
開業医連携(診診連携)
著者: 大西勝也
ページ範囲:P.126 - P.130
Point
・循環器クリニックは,従来の循環器診療だけではなく,非循環器かかりつけ医と循環器病院の間に診診連携を利用し介在し,心不全患者に安心を与える役割も期待される.
・Gatekeeper(門番),respite(休息),refuge(避難所)として,心不全患者だけではなく,かかりつけ医にも安心を与えることが重要である.
在宅医療—高齢者心不全の在宅医療について
著者: 岡田健一郎
ページ範囲:P.132 - P.137
Point
・在宅医療は,病気の人が住み慣れた地域で安心して穏やかに暮らし続けることを支える医療である.
・高齢者心不全の在宅医療の目標は,増悪を予防し,急性増悪への介入,そして看取りまで行い,心不全再入院を防ぐことで穏やかに過ごすことができるように医療と生活の両面から支援していくことである.
緩和ケア
著者: 柴田龍宏 , 福本義弘
ページ範囲:P.138 - P.143
Point
・緩和ケアは,患者の予後ではなく身体的,精神心理的,社会的,スピリチュアルな問題への「ニーズ」に応じて,循環器治療と並行して提供されるべきものである.
・大部分の緩和ケアを「基本的緩和ケア」として循環器医療従事者が提供する体制が必要である.一方で,複雑で困難な問題への対処が求められる時には適宜緩和ケア専門家と協働する.
・心不全治療も緩和ケアも定期的な見直しと最適化が必要である.
腫瘍循環器
著者: 鎌田梨沙 , 藤田雅史
ページ範囲:P.144 - P.149
Point
・がん治療関連心機能障害(CTRCD)は欧州心臓病学会により「左室駆出率が10%以上低下し,かつ正常下限(一般的には55%)未満」と定義された.
・がん治療関連心血管毒性は心機能障害,心不全,血栓塞栓症,高血圧症など多様であり,がん治療の発展・新薬の出現で新しい有害事象が増え続けている.
・高齢者では,個々のリスクや血行動態を考慮し腫瘍医と連携した集学的医療が一層求められる.
連載 臨床研究の進め方:ピットフォールに落ちないための工夫・4
研究計画書(プロトコル)・症例報告書・説明文書と同意書の3点セット:ここが次のステップだ!①
著者: 植田育子
ページ範囲:P.150 - P.155
はじめに なぜ医師にとって身近であるはずの臨床研究は進まないのか? どのようにすれば臨床研究を最後まで進めることができるのか?
研究者という立場でもある多くの医師は,実は研究を開始する前の準備段階で多かれ少なかれ「ピットフォール」に落ちてしまっている.そして,そのことに気付かずそのまま研究を進めようとしているケースが実に多い.本連載では,こうしたピットフォールを避けるために,
① 医師自らのアイデアを具現化し臨床研究の計画の骨子を立てる.
② 臨床研究実施に必要な文書類を系統的に整備する.
③ 研究を効率的に運用するために必要な体制構築を認識しておく.
という3つのポイントを提案し,臨床研究の立ち上げに数多く携わってきた臨床研究コーディネーター(Clinical Research Coordinator;CRC)の立場から事例を中心に紹介する.
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