この四半世紀で心不全の診療体系は大きく変わり,そして,定着した.まずエビデンスありきで,次に病態解釈を裏付けしつつ,そのうえで社会に普及させるという流れである.さらには,時間軸や原因疾患,臓器連関など論点が多岐にわたり,それらを包括する目的で心不全では診療体系のイメージづくりが求められてきた.イメージづくりは治療の脚本づくりに確かに重要なプロセスであるが,しかし一方で,イメージ先行のあまり根拠が曖昧なままに半ば定着しつつある概念も少なくないように感ずる.
最近,予後という概念にどう対峙するべきかを考える機会が多い.循環器診療は,即時性と機動性が重視され,その場をいかに凌ぐかが重視されてきた.救命がその最たる治療標的である.一方で,心不全のadvance care planning(ACP)の重要性が認識され,保険診療にも組み込まれた.人生の店じまいをいかに図り,生きざまに沿った道筋をいかにつけてあげるかという作業である.超高齢社会のもと,その必要性は増すばかりである.しかし,目の前の患者に対し,自信をもって先手先手にACPを展開できない自分がいる.理由はひとつ,がんとは異なり,個別の心不全予後を推測することが大変難しいからである.ACPの質を高めるためには,結局のところ心不全の病態論の質を高めるしかない.ところで,この10年で心不全の形態が大きく変化した.38歳の拡張型心筋症のようないわゆる「きれいな」心不全に加え,フレイルと認知障害が重なり入院を繰り返す92歳のHFpEF症例——心不全があるのは確かだがdisability全体のなかで心不全が占める割合は2割にも満たないのではないか,というような患者像が急増している.「心臓の不全」と「非心臓の不全」を一緒くたに扱うと,予後予測はもちろん,研究も,地域連携も,はたまた,実地臨床にも大きなブレが生じ,本質から離れた議論へつながりかねない.結局のところ,ひとつひとつを適切に切り分け,丁寧に要因分析を繰り返すしかないように思える.
雑誌目次
循環器ジャーナル71巻2号
2023年04月発行
雑誌目次
特集 今だからこそ聞きたい心不全診療のこと。
序文
今だからこそ聞きたい心不全診療のこと。 フリーアクセス
著者: 猪又孝元
ページ範囲:P.172 - P.173
Ⅰ.病態
左室逆リモデリングは予見できるか?
著者: 野村征太郎
ページ範囲:P.174 - P.181
POINT
・左室逆リモデリングは遺伝子変異によって予見できる.
・左室逆リモデリングは心筋DNA損傷の定量評価によって予見できる.
・左室逆リモデリングを誘発する治療法が開発されつつある.
volume central shiftの病態はどこまでわかっているのか?
著者: 杉本匡史
ページ範囲:P.182 - P.188
POINT
・交感神経系の亢進は,血管収縮に伴う静脈系から動脈系への血液再分布を促す.
・心不全患者では,運動時に左室充満圧上昇を伴う息切れが出現しやすい.
・大内臓神経ブロックが左室駆出率の保たれた心不全に対する治療として期待されている.
「急性増悪イベントが慢性心不全の予後悪化を加速させる」のスキームは本当に正しいか?
著者: 佐藤崇匡
ページ範囲:P.189 - P.194
POINT
・心不全は,緩徐な増悪スロープに加えて急性増悪を繰り返すことで心機能・全身状態が悪化する.
・心不全患者の生命予後は不良であり,また再入院率は極めて高く,様々な形で“疾病負担”となっている.
・“心不全の病みの軌跡”を解釈するための臨床指標は十分確立されていないが,従来の臨床指標を用いて,繰り返しアセスメントを行うことでイメージを可視化できると考える.
・心不全の診療において,常に治療を見直し,最適化を考慮すべきである.
inflammatory DCMの心筋炎症は果たして治療標的になるのか?
著者: 多田篤司 , 永井利幸
ページ範囲:P.196 - P.204
POINT
・inflammatory DCMの病態は,心筋の活動性炎症により生じた心筋組織の傷害や線維化と考えられている.
・inflammatory DCMの診断と予後層別には,心筋病理組織における炎症細胞浸潤の評価が有用である.
・inflammatory DCMに対する治療に関しては,心筋の炎症を標的としたものが報告されているが,エビデンスは乏しい.
Ⅱ.診断
心不全患者における冠血行再建術の有効性予測に最適な診断モダリティは何か?
著者: 松本直也
ページ範囲:P.206 - P.212
POINT
・心筋生存性が保たれている心不全症例において冠血行再建術が考慮されるべきである.
・心筋生存性の判定の際,造影CTとMRIでは腎機能低下者に対する注意が必要である.
・SPECT検査でなく18F-FDG PETによる心筋生存性の判定がクラスⅠである.
急性心不全の治療選択につながる腎機能指標は何か?
著者: 那須崇人
ページ範囲:P.213 - P.218
POINT
・急性心不全は腎障害を合併する.
・WRFは予後不良な因子だが,全例当てはまるわけではない.
・予後不良なWRFは様々な指標があり,その意義を確認する必要がある.
心力学的視点で考える心不全における至適血圧
著者: 松下裕貴 , 朔啓太
ページ範囲:P.220 - P.226
POINT
・心拍出量と体血管抵抗の積が血圧であり,心拍出量は,心拍数,心収縮力,心拡張能,体血管抵抗および前負荷(有効循環血液量)で決定される.
・心力学的視点から,高血圧は一回心拍出量を低下させ,心臓のエネルギー効率を悪化させる.
・心臓力学的視点,末梢灌流的視点および病態を考慮したうえで心不全の至適血圧の議論はなされるべきであり,ガイドラインに記載された目標血圧は,個別化においては課題が残されている.
頸静脈怒張は45°座位での診断に固執すべきか?
著者: 柏村健
ページ範囲:P.227 - P.232
POINT
・頸静脈怒張は45°座位に固執せず,まずは気軽に“ふつうの座位”で見る.
・内頸静脈怒張は頸部皮膚表面の“ゆれ”で見る.
・“経時的変化”を見る.
Ⅲ.治療
うっ血を取りきることは本当に心不全の予後改善につながるか?
著者: 堀内優
ページ範囲:P.244 - P.250
POINT
・うっ血は心不全の病態の中心であり,利尿薬治療にもかかわらずうっ血が残存する患者は予後不良である.
・うっ血が取れるから予後が改善するのか,予後が良い患者のうっ血が改善しやすいのかはわからない.
・取れるうっ血は当然取るべきであるが,取れないうっ血にどう対応するかは今後の課題である.
心不全研究のプール解析で注意すべき点—LVEF spectrumって何?
著者: 白石泰之
ページ範囲:P.252 - P.258
POINT
・複数の試験を集めたプール解析は,データが増えることで検出力が上がり,より信頼度の高い結果を得ることができる.
・特定の解析集団での治療効果などを見るためには,各集団での被験者数・イベント数が十分確保されていることがポイントとなる.
EFをカットオフ値としてICD適応を決める妥当性はどこまであるのか?
著者: 近藤祐介
ページ範囲:P.260 - P.266
POINT
・心臓突然死のリスクを知るうえで,左室駆出率と心臓電気生理学的検査は重要である.
・左室駆出率35〜40%以下の心機能低下は心臓突然死のリスクであり,ICDを考慮する必要がある.
・本邦のレジストリーからみる左室駆出率35%以下の慢性心不全に対するICDの一次予防効果は高い.
Impella-firstはどのような心不全症例か?
著者: 池田祐毅
ページ範囲:P.267 - P.276
POINT
・重症心不全/心原性ショックの分類にINTERMACS分類/SCAI心原性ショックステージが有用である.
・Impellaの登場により,重症心不全の治療選択肢が広がった.
二次性(機能性)TRは手術的修復より薬物治療を優先すべきか?
著者: 天野雅史
ページ範囲:P.277 - P.284
POINT
・日本のガイドラインでは,特に心房細動による単独二次性TR症例では,右室機能低下が進行する前の早期介入が推奨される.
・薬物療法で粘りすぎると右室機能低下が進行し,周術期予後が悪化するため,右室機能低下の進行を早期に認知し手術介入したほうがよい.
・左心系疾患など薬物治療でTRの原因に介入可能な場合や少量の利尿薬が軽快する場合は,薬物治療を強化してフォローすることを推奨する.
・カテーテル治療が可能になれば,さらに早いタイミングで治療可能かもしれないが,適応は十分に考慮して(右心不全発症や逆流の重症度など)決断する必要がある.
心不全管理での介入点として,睡眠時無呼吸をどう捉えるべきか?
著者: 加藤隆生 , 葛西隆敏
ページ範囲:P.285 - P.292
POINT
・心不全患者の7割程度に睡眠時無呼吸を認める.
・心不全患者に合併する睡眠時無呼吸は治療介入ポイントとなりうる.
・心不全患者に合併する睡眠時無呼吸は,睡眠時無呼吸のタイプやLVEFの値によって治療介入を検討する必要がある.
Ⅳ.システム
リアルワールドの心リハは,どこまで循環器目線の専門性を求めるべきか?
著者: 小幡裕明
ページ範囲:P.294 - P.300
POINT
・少子超高齢社会における心リハには,CPXガイドと歩行ガイドのシナリオがある.
・歩行ガイドリハビリのアウトカムは,自立生活の獲得・介護負担の軽減である.
・歩行ガイドリハビリの実践には,回復期病床の活用を軸とした地域連携が必要である.
BNPを住民健診に導入する意義はあるか?
著者: 吉岡さゆり , 上嶋徳久
ページ範囲:P.301 - P.306
POINT
・心不全の罹患率は毎年1万人増加し,心不全パンデミックと称される時代になった.
・心不全発症を未然に防ぐ,あるいは発症したとしても早期に発見することで,予後改善が期待できる.
・住民健診にBNP測定を導入することで「かくれ心不全」を検出することができる.心疾患有病率の高い65歳以上,高血圧症,糖尿病にターゲットを絞ることで,効率良いスクリーニングが実現できる.
心カテ主軸の診療体系の施設で,どのように心不全治療チームを組み立てるか?
著者: 多田毅
ページ範囲:P.307 - P.314
POINT
・CCUから科内に心不全診療の質の向上と標準化を発信する.
・多職種を巻き込んで心不全多職種チームを形成し,モチベーションをアップする.
・地域も巻き込んで心不全地域チーム医療を形成し,地域連携を推進する.
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