循環器疾患の病態は非常に複雑で,かつ個々により様々である.心不全において,その複雑な病態を極めて単純化した表現型分類が左室駆出率による分類である.この単純化のもと,多くの臨床試験により治療に関するエビデンスが構築され,心不全治療は目覚ましく進歩した.その一方で,循環器医は今なお複雑かつ多様な病態と格闘しながら日常診療を行っている.例えば,昨今よく遭遇する駆出率が保持された心不全では,従来,左室拡張機能不全が主な病態であると思われていたが,最近では,それだけでなく心房機能不全や房室弁不全,右室機能不全なども複雑に絡み合って病態が形成されていることが知られるようになった.それぞれの要素を評価し,その中で鍵となる病態を特定することは意外と難しい作業である.また,治療にあたっては修飾可能な要素を探し出し,介入前に効果を予測することも難しい.心エコーは,心機能や血行動態を非侵襲的にリアルタイムで評価できるため,疾病の診断や治療経過のモニタリングに幅広く用いられる.最近では,左室のみならず,左房や右室の機能も計測でき,より詳細に病態が把握できるようになった.心エコーから得られた詳細かつ包括的な心機能指標により,心不全のより精密な表現型分類がなされていくだろうと予想される.
心不全に対する治療法は多岐にわたる.神経体液性因子を修飾する薬物療法が基本であるが,構造的心疾患に対する治療的介入も重要である.なかでも弁膜症に対する治療介入は,カテーテルによる治療の登場により適応になる患者層が広がった.治療の適応決定やモニタリングに心エコーが果たす役割は大きい.特にカテーテル治療においては心エコーから得られる解剖学的あるいは機能的な情報が,治療戦略の立案やデバイスの選択に役立っている.最近では,CTなど様々なモダリティも用いて多角的に評価されるようになった.その中での心エコーの立ち位置も考えていく段階に来ている.
雑誌目次
循環器ジャーナル72巻2号
2024年04月発行
雑誌目次
特集 心エコー 何をどこまで評価できるか?
序文
心エコー 何をどこまで評価できるか? フリーアクセス
著者: 上嶋徳久
ページ範囲:P.164 - P.165
Ⅰ. 心機能を心エコーで評価する
左室収縮機能の評価指標のゴールドスタンダード—左室駆出率か,心筋ストレインか?
著者: 田村祐大 , 大門雅夫
ページ範囲:P.166 - P.174
POINT
・LVEFは現在の診療には欠かせない指標であるが,LVEFが保たれる症例の予後の層別化には限界がある.
・GLSはLVEFで検知できない異常を拾い上げることができ,より早期の心機能障害の指標として期待される.
・LVEF,GLSのそれぞれの長所と短所を把握して,臨床応用することが重要である.
心エコーでどこまで左室拡張機能と左房圧を評価できるのか?
著者: 岩野弘幸
ページ範囲:P.175 - P.182
POINT
・左室弛緩能やコンプライアンスの低下の結果,左房圧の上昇が起こる.
・心エコー法では,血流指標,壁動態指標を組み合わせて左室拡張機能評価を行う.
・個々の心エコー指標の精度は必ずしも高くない.
・運動負荷心エコー検査により,運動時の左房圧上昇を診断する.
左房機能評価の臨床的意義
著者: 張俊逸 , 泉知里
ページ範囲:P.183 - P.195
POINT
・左房機能は大きく,リザーバー,導管,ブースターの3つに分けられる.
・スペックトルトラッキング法を用いたストレイン解析において,左房リザーバーストレインが最も予後に関するエビデンスが多く,左房心筋の微細な変化を鋭敏に感知できる可能性があると指摘されている.
・左房障害を主座とする心不全のなかに,いわゆる古典的なstiff LA syndromeと呼ばれる集団とは別に,最近では“LA myopathy”という概念が左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)のなかで提唱されている.
・HFpEFにおいて,症状緩和目的にIASDなどの心房間シャントデバイスは有用かもしれない.
肺循環と右心不全 心エコー評価のポイントは?
著者: 唐澤由香 , 村田光繁
ページ範囲:P.196 - P.203
POINT
・左心疾患による肺高血圧症は,従来は左房圧の上昇の受動的な伝播によるものと考えられていたが,その状態が続くと受動的な圧の伝播のみならず肺血管のリモデリングが起こりpre-capillary PHへと進行し,最終的に右心機能障害まで至ることが明らかになってきた.
・右心不全の存在は,左心機能とは独立した患者の予後因子であり,心不全の際は肺高血圧症,右心機能の評価も行う必要がある.
・右室の評価の際は,右室は左室とは異なる特性をもち,形態も複雑であるため,複数のエコー指標を組み合わせた評価が必要である.
エコーを用いてうっ血をどのように評価するのか?
著者: 香山京美 , 瀬尾由広
ページ範囲:P.204 - P.212
POINT
・心ポンプ機能異常が生じた結果,心拍出量を維持するために前負荷=静脈還流量を増加させ,中心静脈圧は上昇する方向へ代償機転は働く.Guytonの循環平衡理論に説明されるように,個々の患者がもつ心拍出量曲線に応じて至適な静脈還流量を維持する中心静脈圧,すなわち循環平衡点が存在する.
・臨床的なうっ血が解除されても,血行動態的なうっ血が残存している場合がある.うっ血の残存は不良な予後との関連が示されており,低心拍出・低還流に陥らず,かつ,うっ血も来さない循環平衡点の見極めが求められるが,その評価は容易ではない.
・臓器の静脈で記録できるドプラ波形は中心静脈圧との相関が報告され,近年注目を集めている.臨床的に心不全徴候が解除されても臓器うっ血の残存する症例があり,治療開始後に腎静脈ドプラ波形に代表される臓器ドプラ波形の経時的変化を追跡することで,至適な循環平衡点を探る一助となる可能性がある.
Ⅱ. 心エコーを活かして心不全を治療する
この息切れは心不全? 心エコーを活用して診断に迫る
著者: 村上文崇 , 小保方優
ページ範囲:P.214 - P.221
POINT
・息切れ患者からHFpEFを診断するために心エコー図検査が有用である.
・うっ血の少ない患者では,安静時評価のみでは不十分な場合がある.
・運動負荷心エコーはHFpEFの診断とリスク評価を可能にする.
心機能の経時的変化 リモデリングとリバースリモデリングとは?
著者: 大原貴裕
ページ範囲:P.223 - P.229
POINT
・心筋障害,エネルギー代謝異常,神経体液性因子の影響で心拡大,心機能障害が進行するリモデリングが生じうる.
・リモデリングの原因となる因子が取り除かれることによって,リバースリモデリングが生じる例がある.
・心不全後に心拡大/心機能障害が改善したHFrecEFという病態が存在し,同様にLVEFが保たれたHFpEFとは区別すべきである.
・HFrecEFにおいても心不全治療薬は継続すべきである.
・リモデリング,リバースリモデリングの診断,経過観察にはストレインイメージングも含めた心エコー図によるフォローが重要である.
心エコーに基づく心不全表現型分類と治療反応性—このタイプの心不全だったらこの治療
著者: 加藤祐子 , 長谷川稜
ページ範囲:P.231 - P.239
POINT
・「保持されたEF(HFpEF)」の定義は様々である.
・疫学研究や心不全治療薬のrandomized control trialの結果から,EFの正常値に性差があることが示唆されている.
・心不全の治療薬を選択する際には,性別とEFを考慮することが鍵となる.
心臓再同期療法の適応決定や設定最適化に心エコーの出番は?
著者: 中務智文 , 石津智子
ページ範囲:P.240 - P.251
POINT
・心エコー図におけるdyssynchrony評価はガイドライン上,限定的な言及にとどまる.
・CRTの自動調整機能は有用であるが,心エコー図の最適な設定と異なることがある.
・CRT導入後は血行動態が変化していくため,設定が適切かを定期的に評価し,調整する.
To treat or not to treat? HFrEFに伴う機能性MR
著者: 大西哲存
ページ範囲:P.252 - P.258
POINT
・心室性機能性MRは左室リモデリングが原因となり生じ,心不全増悪の悪循環の端緒となる.
・機能性MRはHFrEF症例の生命予後を悪化させる.
・心エコー図検査は機能性MR評価に必要不可欠であり,安静時評価で症状の説明がつかない場合は運動負荷検査を考慮する.
・薬剤治療抵抗性があり,かつ開心術困難な機能性MR症例にとって,MitraClip® 治療は予後改善のための一手である.
二次性心筋症の診断 心エコーの出番は?
著者: 伊倉秀彦 , 遠藤仁
ページ範囲:P.259 - P.266
POINT
・肥大心を見た際,心アミロイドーシス,心Fabry,心サルコイドーシスを鑑別に挙げる.
・ストレイン解析によるapical sparingの検出は,アミロイドーシスを示唆する.
・家族歴,臨床経過,心外病変を基に鑑別し,他の画像検査と組み合わせて診断を進める.
がん治療に関連する心筋障害 心エコーでどうマネジメントする?
著者: 戸次宣史 , 志賀太郎
ページ範囲:P.267 - P.273
POINT
・がんと心血管疾患の合併が増えており,腫瘍循環器学の重要性が高まっている.
・心エコーにより心毒性を早期に検出することが大切である.
・心毒性の早期発見,早期治療介入が患者に大きなメリットをもたらす.
Ⅲ. 心エコーを活かして構造的心疾患を診断・治療する
ASの重症度評価のピットフォールとTAVIの周術期評価のポイント
著者: 児玉浩幸 , 有田武史
ページ範囲:P.274 - P.280
POINT
・重症度評価においては連続波ドプラ法によるmPG,Vmax,AVAの3つの指標が重要である
・Low flow low gradient ASの重症度評価にはドブタミン負荷エコーが有用である
・経食道心エコーカラードプラ法によるPVL評価は経胃像を含む多断面で行う
僧帽弁逸脱症の診断と重症度評価,僧帽弁形成術のための心エコー
著者: 大森奈美 , 太田光彦
ページ範囲:P.281 - P.289
POINT
・僧帽弁逆流は僧帽弁複合体の異常により生じ,メカニズム評価にCarpentier分類が用いられる.
・僧帽弁形成術を検討するうえで,経食道心エコーによる3D surgeon's viewが重要となる.
・経食道心エコーでは形成術の可能性だけではなくSAMや左回旋枝干渉のリスク評価も行う.
心房性機能性MR 心エコー診断と治療方針は?
著者: 阿部幸雄
ページ範囲:P.290 - P.296
POINT
・心房拡大とそれに伴う弁輪拡大が主因で,後尖のhamstringing現象や弁尖の代償的リモデリング不足も関与している.
・軽度の左室拡大と左室収縮機能低下を伴っている場合もある.
・薬物治療で改善しない場合は,カテーテル・アブレーション治療や外科手術,カテーテル的僧帽弁手術を考慮する.
MitraClipのための心エコー
著者: 荒川雅崇 , 片岡明久
ページ範囲:P.298 - P.308
POINT
・MitraClipの効果を最大限に発揮し安全に手技を行うために,適応となる症例を理解して事前に戦略を立てることが重要である.
・術中のエコー画像の描出は,手技成功に関わってくるため,必要となる画像の描出や術中のアセスメントを理解しておく必要がある.
TRの心エコー診断と治療方針
著者: 宇都宮裕人
ページ範囲:P.309 - P.321
POINT
・三尖弁複合体の解剖学的知識を得ておくことが,心エコー検査の質を担保する.
・三尖弁の2D断面における弁葉の同定法を知っておく.
・三尖弁閉鎖不全症を見た場合に,その原因・機序・部位と逆流重症度・右心系の形態と機能を含めた評価を行う.
・重症度評価が5-point scaleになるので,縮流部径や有効逆流弁口面積などの定量評価の重要性が高くなっている.
・三尖弁閉鎖不全症に対する治療適応は,①逆流の原因や重症度,②右心不全症状の有無,③左心系弁膜症に対する手術の必要性,さらには④手術リスクとなるような併存症(右室機能低下,肺高血圧,臓器うっ血による肝腎機能低下など)を考慮に入れて判断する.
・TriClip術の臨床導入により,心エコー評価に求められる項目は格段に増えることが予想される.
左室流出路狭窄に対する治療 術前心エコー評価のポイントは?
著者: 根本佳子 , 泉佑樹
ページ範囲:P.322 - P.330
POINT
・閉塞性肥大型心筋症のLVOTOの重要な成因は,中隔肥厚,SAM,異常筋束である.
・HCM患者の半数以上に心尖部〜中隔基部に付着する異常筋束を認める.
・侵襲的治療適応のあるHOCM患者で有意なMRを認めた際は,MRの成因評価のためTEEを考慮する.
・成人のLVOTOの原因疾患として,大動脈弁下狭窄,僧帽弁副組織があることを知る.
・LVOTOの診断はTTE,TEEで行う.
・LVOTOの成因評価にはTEEが有用である.
・構造異常の評価には心エコー検査の他,MRI,CTといったマルチモダリティでの評価が有用である.
経カテーテルASD閉鎖術 心エコー評価のポイントは?
著者: 鶴田ひかる
ページ範囲:P.331 - P.340
POINT
・国内で使用できるASD閉鎖デバイスは,ASO,FSO,GCAの3種類がある.
・ASD閉鎖術の主な合併症として,エロージョンとデバイス脱落が挙げられる.
・経食道心エコーによる術前評価では,欠損孔の評価を行い病型の確定やデバイス閉鎖の可否を判断する.
・術中の心エコー評価では,バルーンサイジング,ディスクの位置や形態の確認,合併症のリスク評価を行う.
WATCHMANによる左心耳閉鎖のための心エコー—左心耳の何を観るの?
著者: 中島祥文
ページ範囲:P.342 - P.349
POINT
・脳梗塞予防のための左心耳閉鎖術を成功させるためには,術前の心耳形態の評価,術中の手技ナビゲーションおよび合併症評価,術後の評価において画像診断が重要な役割を果たす.
・従来から行われてきた経食道心エコーと最近活用が広がってきている心臓造影CTの差異を理解しながら,治療を安全確実に行うためにうまく組み合わせ利用するべきである.
--------------------
目次 フリーアクセス
ページ範囲:P.162 - P.163
バックナンバーのご案内 フリーアクセス
ページ範囲:P.350 - P.350
次号予告 フリーアクセス
ページ範囲:P.351 - P.351
奥付 フリーアクセス
ページ範囲:P.352 - P.352
基本情報

バックナンバー
72巻4号(2024年10月発行)
特集 循環器診断マスター—「ロジック」と「暗黙知」で診断の真髄に迫る
72巻3号(2024年7月発行)
特集 心房細動—予防・早期発見・治療の進化
72巻2号(2024年4月発行)
特集 心エコー 何をどこまで評価できるか?
72巻1号(2024年1月発行)
特集 在宅時代の心不全チーム医療—多職種連携,ACPから漢方まで
71巻4号(2023年10月発行)
特集 変革期を迎えた肺高血圧症—次世代の病態理解,診断,治療とは?
71巻3号(2023年7月発行)
特集 心臓リハビリテーションのエビデンスを極める
71巻2号(2023年4月発行)
特集 今だからこそ聞きたい心不全診療のこと。
71巻1号(2023年1月発行)
特集 ここが変わった!循環器診療 最新スタンダード
70巻4号(2022年10月発行)
特集 循環器救急診療・集中治療を極める
70巻3号(2022年7月発行)
特集 進化するカテーテルインターベンション—適応の広がりとデバイスの革新
70巻2号(2022年4月発行)
特集 循環器薬の使い方—使い分け,モニタリング,導入・中止のタイミング
70巻1号(2022年1月発行)
特集 心筋症診療のフロントライン—概念から最新の治療まで
69巻4号(2021年10月発行)
特集 プレシジョン・メディシン時代における腫瘍循環器学の重要性
69巻3号(2021年7月発行)
特集 成人先天性心疾患 エキスパートコンセンサス
69巻2号(2021年4月発行)
特集 エキスパートに学ぶ 知っておきたい心電図診断のコツと落とし穴
69巻1号(2021年1月発行)
特集 これからの高齢者診療—循環器医が人生100年時代にどう向き合うか?
68巻4号(2020年10月発行)
特集 抗血栓療法—日常臨床での疑問に応える
68巻3号(2020年7月発行)
特集 不整脈治療の最新デバイステクノロジーとリードマネジメント
68巻2号(2020年4月発行)
特集 心エコー図で何を見る?—スクリーニングから精査まで
68巻1号(2020年1月発行)
特集 U40世代が描く心不全診療の現状と未来—基礎研究を識り,臨床を素心深考する
67巻4号(2019年10月発行)
特集 冠動脈疾患のリスク管理のフロントライン
67巻3号(2019年7月発行)
特集 循環器疾患の画像診断—現状と進歩
67巻2号(2019年4月発行)
特集 心疾患治療としての心臓リハビリテーション
67巻1号(2019年1月発行)
特集 循環器の現場からの検証:そのエビデンスを日本で活用するには?