今日の診療
治療指針

医師の使命と治療決断の原則
福井次矢
(東京医科大学茨城医療センター・病院長)

 日々の診療現場で活用される医学知識は,膨大化と入れ替わりの速度を増し,より有効な治療法の導入とそれに伴う新たな副作用や合併症への対応を求められる場面が多くなりつつある.そのような変遷を続ける医療現場において,高度職業人(プロフェッショナル)としての医師に変わることなく求められる社会的使命がある.


Ⅰ.医師に求められる社会的使命

 高度な医学知識と技術を身につけ,医師国家試験に合格した医師には,さまざまな社会的特権が付与されるとともに,高い倫理観に裏打ちされた社会的使命の遂行が求められる.その使命とは,眼前の患者の苦痛を軽減し生存期間を延長できる可能性が最も高い処置を講ずる(診療)ことと,国民の健康を保持・増進させるための組織的な衛生活動(公衆衛生)への貢献である.

 近年の自然科学,特に生命科学の進歩と相俟って,科学としての医学は急速な進歩を続けている.そのような進歩する医学を,唯一無二の価値観・人生観を持った社会的存在としての個人に応用する診療の現場では,かつてなかったようなさまざまな問題が起こってきている.生命科学の進歩によって技術的には可能となった生命の延長,生命の始まりと終わりの不明確さなどは臨床判断や決断を下す場面で倫理的ジレンマを引き起こす.科学としての医学を診療と公衆衛生に応用しようとすると,個人や社会全体に幸福感をもたらさない場面もありうる.さらには,一人ひとりの患者にとって最善の治療を追求していくと,限られた社会資源─人的,物的,財政的─に依存する公衆衛生には悪影響さえ起こりうる.

 そのような困難な臨床判断・決断にしばしば直面せざるを得ない医師にとって,①患者への害を最小にして利得が最大になるような診断・治療法を選び,②選択肢としてのその他の診断・治療法とともに,患者が理解できるよう丁寧に説明し,③患者自身が熟慮のうえ最終決断する,という手順を踏むことがなによ

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