今日の診療
治療指針
在宅

認知症者とその家族へのケア
care for person with dementia and the family
神戸泰紀
(こだまクリニック・院長(東京))

A認知症の人のケアを考えるときに立脚するもの

 認知症の人やその家族へのケアを考えるときに重要なことは,認知症の人の心の在りように思いを致すかかわりや,その人を囲む人々の想いに心を寄せるかかわりであり,これらが本項の主題となる.自明ではあるが,ケアの実践における医学的な評価や介入の検討,薬物療法を軽視するものではない.認知症の原因疾患の臨床診断や障害の内容や程度,身体疾患の状態,薬剤の影響を明らかにすることがケアを形づくるための基盤となる.

B認知症の人の心の在りよう

 人は老化とともに認知機能や身体機能が衰え,社会的な役割を失い,面倒をみられる側になり,親しい人と離別し,住みなれた場所から転居せざるを得ない状況となる.これらの変化の多くは不可逆な喪失体験であり,慢性的に悲嘆し失望する.そのうえで,認知症によって記銘力が低下する.起きている出来事が記憶に留まらず周囲の人との事実認識に乖離が生じる.記憶にない失敗や間違いを指摘されれば,当然それらを否定して,指摘する相手には陰性感情を抱く.失見当識が加われば,過去から今に至る記憶の連続性に支えられる現在の自身の存在が不確かになる.拠りどころがなく不安で心細くなる.このような心理状態から生まれやすい以下のような状況がありうる.

1.逃れようとする

 例えば,認知症の人が「帰る」と言うことがある.未来を形づくることに不安があり今過ごす場所を過ごしづらい場所と感じれば,過去のはつらつとした時代や安らかに過ごした時間を想い「帰る」と言うのかもしれない.今をいきいきと過ごせるようになれば不安や妄想が消えると期待できるが,容易ではない.

2.責任転嫁をする

 例えば,あるはずの物がそこにないときに,人に盗まれたと言う認知症の人がいる.盗んだと指摘する相手は自身を補助する人物であることが多い.物をなくした責任を人に転じることで,頼ることを潔しとしない矜持

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