病態の理解と臨床疫学の統合
患者の訴える症候を手がかりとして診断を進めること,つまり,症候を引き起こしている可能性のある疾患(=診断仮説)の数を少なくしていくプロセスでは,2つの異なった考え方が用いられる.1つは病態生理学的な考え方であり,もう1つは臨床疫学的な考え方である.
前者の考え方により,医学的に可能性のある病態や疾患を多数(症候によっては数十にもなる)想起し,後者の考え方により,想起した病態や疾患を最も可能性の高いものからランクづけすることになる.
病態生理学的な考え方
病態生理学的な考え方とは,体の構造や機能に関する知識や病気のメカニズムに則って,患者の症候の背後で起こっている病態や疾患を予測することをいう.たとえば,下肢に浮腫を認める患者では,血管内静水圧が高まっているか,血管壁の透過性が亢進しているか,血管内膠質浸透圧が低下しているか,または組織膠質浸透圧が上昇しているかの,いずれかの病態が関係しているはずである.そして,それぞれの病態を引き起こす原因として,以下のような疾患を考える.
①血管内静水圧の上昇:静脈・リンパ管の閉塞,心不全,収縮性心外膜炎,長時間にわたる立位や座位,過剰輸液など
②血管壁透過性の亢進:血管性浮腫,血管炎,特発性浮腫など
③血管内膠質浸透圧の低下:ネフローゼ症候群,肝硬変,蛋白漏出性胃腸症,栄養不良などによる低蛋白血症など
④組織膠質浸透圧の上昇:甲状腺機能低下症(粘液水腫)など
言い方を換えるなら,このような病態生理学的な知識によって,考慮対象となる疾患の範囲をまず決定するのである.
従来の診断学は,このような病態生理学に基づく論理にほとんどすべて依拠していたといえよう.たとえば,動悸を訴える患者では,最初に,動悸という言葉で表しているのが,①心拍の不規則性,②心拍の多さ(頻度),③心臓の拍動の強さのいずれを表しているのかを明確にする.