▼概説
硫化水素(H2S)は火山ガスとして存在するほか,地中や廃棄物処分場の汚泥槽などで含硫有機物が細菌によって嫌気的に分解されて生じたり,石油精製などの化学工業分野では原油から脱硫する工程で発生して取り扱われることがある.無色,透明の気体で,比重が1.19と空気より重く,換気の悪い窪地や密閉空間の底に滞留する.0.1ppmでいわゆる腐卵臭を呈するが,100~150ppmを超えると嗅覚が麻痺するため,硫化水素への曝露に気づかないまま中毒を生じて卒倒することがある.また救助目的に近寄ることで2次災害,3次災害としてさらなる犠牲者が発生することもある.2008年をピークに硫黄含有入浴剤と酸性洗浄剤を混合して硫化水素を発生させる方法がインターネットを通じて拡散され,自殺目的に中毒を生じる事例が相次ぎ,社会問題となった.
▼毒性のメカニズム
水に容易に溶けて無色の液体となり,粘膜を刺激して局所作用を呈する.吸入すると肺からすみやかに吸収されて,血液中に溶解する.硫化水素濃度が約50ppm以下の場合には,酸素ヘモグロビン(Hb)や肝臓で毒性の低い代謝物に解毒され尿中に排泄されるが,硫化水素から生じるスルフヒドリルイオン(HS-)は3価の鉄イオン(Fe3+)との親和性が高いため,これ以上の濃度になると組織中のシトクロムcオキシダーゼのFe3+と可逆的に結合してこの酵素を強力に阻害し,ミトコンドリアでの細胞呼吸を障害して全身性に中毒性低酸素症を生じる.
▼中毒症状
局所作用の結果として,角結膜炎,咽頭炎,気管支炎など粘膜の刺激や炎症,肺水腫を生じる.100~150ppm以上では頭痛,不快感,嘔気,幻覚,意識障害,呼吸困難,呼吸麻痺など全身性の症状を呈し,長時間曝露すると末梢組織における低酸素症が進行して乳酸アシドーシスを生じる.500ppmではけいれん,昏睡,呼吸停止,心筋障害などを呈して致
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