診療支援
治療

腰痛のもつ意味を探れ
菊地 臣一
(福島県立医科大学 名誉教授)

 今や,わが国は超高齢社会である.それに伴って,整形外科を訪ねる患者の多くは,高齢である.診療対象となる病態も,以前の急性疾患である外傷から,今は慢性の変性疾患が主体となってきた.慢性疾患に伴う疼痛のなかでも腰痛は,時に,治療に難渋する.

 腰痛についての病態のとらえ方も劇的に変わった.腰痛の増悪や遷延化には,従来われわれが認識している以上に早期から,社会的・心理的な要因が深くかかわっている.私の修業時代は,単純X線写真で椎間腔の狭小化と骨棘を認めると,それが腰痛の原因であると患者に説明していた.X線学的不安定性を認めれば,固定術の適応と考えるのが一般的であった.東日本大震災に伴う原発事故によって,心理・社会的因子が,腰痛の増悪や遷延化のみならず発生にも深く関与していることが初めて証明された.

 近年,慢性の疼痛は,寿命,認知機能,睡眠障害など,健康に深くかかわっていることも明らかにされた.すなわち,腰痛は腰という局所だけでなく,健康という全身の問題なのである.

 このような事実を考えると,整形外科医は,今後,運動器の診療という領域だけにとどまらず,痛みを通して国民の健康の維持に大きな役割を果たさなければならない.そうであれば,腰痛を診察する際,その患者にとって腰痛はどんな意味をもっているのかを探る必要がある.腰痛の存在は,患者の健康にとって負に働く要因が背景にあり,他の臓器の障害をも惹起しているかもしれないのである.

 これからの整形外科医は,運動器のプロとしてアート(技術,NBM)の高い能力は当然として,健康の門番(ゲートキーパー)の役割も求められている.この役目は,整形外科医だからこそできる.その使命を果たすためには,“人間学”のスキル,そしてcureだけでなく,careの視点をもつことが求められる.外来診療のなか,患者の話に耳を傾け,共感を示すことは,困難な作業だが大切であ

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