診療支援
治療

アルコール幻覚症
alcoholic hallucinosis
小林桜児
(神奈川県立精神医療センター・専門医療部長)

◆疾患概念

【定義】

 アルコール幻覚症は,慢性的なアルコール乱用者においてまれに発症する続発性の精神病性障害の1つであり,幻聴や幻視を主症状とする.DSM-5では「物質・医薬品誘発性精神病性障害」に分類される.アルコール幻覚症は,アルコールの急性中毒や離脱の経過中や直後(おおむね1か月以内)に発症する.振戦せん妄に幻覚は好発するが,アルコール幻覚症と診断するためには,せん妄が消退したあとか,せん妄を発症する前にも幻覚が存在していなければならない.経過中,一切せん妄を呈したことがなくても,アルコール幻覚症のみ発症することもありうる.

【病態・病因】

 その病態や発症機序についてはいまだ十分解明されておらず,アルコールの長期摂取に伴う脳内のドパミン系やグルタミン酸系など複数の伝達系の変化や,アルコール長期乱用に伴うビタミンB1の欠乏などが複合的に関与しているものと推測されている.

 アルコール離脱における振戦せん妄では,しばしば昆虫や小動物,家族など見知った人の顔が床や壁,天井に見える幻視や,家族や見知らぬ人の声が聞こえる幻聴の体験がある.アルコール幻覚症を発症していると,せん妄消退後も「人の顔や虫,小動物などが見える」などといった幻視の訴えや,被害的な内容の幻聴が残存する.

【疫学】

 フィンランドで8,000人以上を対象に行われた地域研究では,せん妄を含めたアルコール誘発性の精神病性障害の有病率は0.5%であった.性別では圧倒的に男性が多く,年齢層別にみると,特に45~55歳で1.8%と最も有病率が高かった.すでにアルコール使用障害を発症している患者群では,アルコール誘発性精神病性障害の有病率は4.83%であった.アルコール誘発性精神病性障害のうち,97%は幻覚が主症状であり,53%が幻覚に加えて妄想症状も併発していた.幻覚症状の内訳は,14%が幻視のみ,28%が幻聴のみ,59%が幻視

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