特集にあたって
このたびは『medicina』の特集「腎臓病診療の“イマ”を日本のトップランナーに聞いてみた」が無事刊行されたことを嬉しく思います.
「くすの木千年 さらに今年の若葉なり」
腎機能の推移をみる重要性とその方法について教えてください
Point
◎腎機能低下の早期発見には,血清クレアチニン(Cr)値ではなく推算糸球体濾過量(eGFR)での評価が望ましい.
◎腎機能は“今の値”ではなく,“これまでの推移”で評価することが重要である.
◎短期間の腎機能推移は誤認リスクが高く,long term eGFR plot(LTEP)で評価することが望ましい.
◎腎機能の長期推移の把握は慢性腎臓病(CKD)管理の基本となる.
日本人のデータを踏まえて,ネフロン数と腎機能との関連を教えてください
Point
◎日本人のネフロン数は他人種より少なく,このことを踏まえて慢性腎臓病(CKD)の診療戦略を検討する必要がある.
◎ネフロン数減少後のCKD進行には,糸球体過剰濾過(hyperfiltration)と糸球体虚血(hypoperfusion)の2つの病態機序が存在する.
◎個別化医療の実現と胎児期からの包括的腎保護戦略の構築が今後の課題である.
検尿の重要性について,コストの面を含めて教えてください
Point
◎尿試験紙法によるスクリーニングは腎疾患の早期発見に有用である.
◎スクリーニングで有所見の場合,尿蛋白定量と尿沈渣検査を行い病態把握に努める.
◎アルブミン尿の進展とともに,末期腎不全,心血管死,全死亡のリスクが増大する.
◎集団健診での検尿は費用対効果に優れる.
◎腎保護効果のサロゲートマーカーとして尿蛋白に着目する.
腎臓のうっ血が腎エコーでわかると聞いたのですが,具体的に教えてください
Point
◎体液過剰が腎機能悪化を引き起こす“腎うっ血”という病態が存在する.
◎腎うっ血では,腎静脈圧の上昇により尿細管浮腫,糸球体濾過量(GFR)低下が生じる.
◎溢水に伴う急性腎障害(AKI)を診たら,腎うっ血を念頭に置いて腎エコーを行う.腎エコーが評価困難であれば,除水による尿量回復の有無を確認する.
腎生検は安全な検査ですか? 腎生検後の安静度や出血性合併症への対応方法について教えてください
Point
◎腎生検は腎臓病診断法のゴールドスタンダードである.高齢者に対する腎生検も増えている.
◎腎生検は一定の割合で出血性合併症が生じる検査であるが,対応可能で安全性の高い検査である.
◎強制的なベッド上安静によって生じる腰痛は,出血が生じた際の背部痛との鑑別が困難である.検査後の出血性合併症を早期に察知するため,過度な安静は避けるべきである.
腎臓と塩の最近のトピックについて教えてください
Point
◎塩分制限をすることで血圧は低下し,蛋白尿も減少する.
◎塩分は肥満にも関連しており,間接的にも腎臓に影響する.
◎塩分を摂取すると体内の概日リズムが障害され,腎臓にも影響を及ぼす可能性がある.
CKDでは本当にカリウム制限は必要でしょうか?
Point
◎慢性腎臓病(CKD)では高カリウム血症のリスクが高いため,カリウム摂取には慎重な管理が求められる.
◎これまでCKD患者では一律的なカリウム制限が推奨されてきたが,野菜や果物などの植物性食品の摂取が必ずしも高カリウム血症に直結しない可能性が示されている.
◎過度なカリウム制限は栄養不良や生活の質(QOL)低下,生命予後悪化を招く恐れがあり,多職種連携による個別対応が重要である.
低蛋白食の現在の立ち位置について教えてください
Point
◎過剰な蛋白摂取は糸球体過剰濾過を起こし,腎機能低下に関連する.
◎低蛋白食(LPD)は腎機能低下,末期腎不全への進行を抑制する可能性がある.
◎LPDはサルコペニアやprotein-energy wasting(PEW)のリスクがあり,特に高齢者やフレイルの患者に対しては注意が必要である.
CKD患者におけるRAS阻害薬の使い方について教えてください
Point
◎ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬や非ステロイド性ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)などの新薬が登場した現代の慢性腎臓病(CKD)診療において,レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬は不可欠な薬剤である.
◎RAS阻害薬の腎保護作用を最大化する鍵は,高カリウム血症や腎機能悪化といった副作用を適切に管理し,安易に中断せず,粘り強く治療を継続・再開することにある.
◎本稿では,そのための実践的マネジメントを解説する.
GLP-1受容体作動薬は腎臓にメリットがあるか教えてください
Point
◎グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬を含む複数のエビデンスのある薬物の併用が腎イベント抑制には必要である.
◎ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬とGLP-1受容体作動薬は血糖低下作用以外に,体重減少,血圧低下,脂質改善などの多面的効果を共通して有している.
◎GLP-1受容体作動薬は抗動脈硬化作用や抗酸化作用といった独自の腎保護的な作用も有する.
◎末期腎不全への進行や腎代替療法導入,さらには腎死といったハードエンドポイントの研究には限界があり,最近ではサロゲートマーカーとして推算糸球体濾過量(eGFR)スロープを比較する研究が注目されている.
どのような患者に非ステロイド型MR拮抗薬を選び,どのように導入していますか?
Point
◎2型糖尿病合併慢性腎臓病(CKD)では,レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬およびナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬を併用しても,なお心腎イベントリスクが残る症例が存在する.
◎この残余リスクの一因として,ミネラルコルチコイド受容体(MR)の過剰活性化が関与している.
◎非ステロイド型MR拮抗薬は,従来のステロイド型MR拮抗薬と比較して,MR選択性と忍容性に優れる.
◎大規模臨床試験およびリアルワールドデータ解析において,非ステロイド型MR拮抗薬による心腎保護効果が確認されている.
◎特にアルブミン尿が残存する症例や,腎機能低下速度の速い症例では,非ステロイド型MR拮抗薬の追加が推奨される.
IgA腎症の治療を今後どう考えるべきか教えてください
Point
◎IgA腎症に対する新薬の登場で治療選択肢が拡大する.
◎IgA腎症の病期・病態に応じた個別化医療の重要性がいっそう高まる.
◎IgA腎症は治療可能な時代を迎え,早期発見・早期介入の重要性が増す.
扁桃炎とIgA腎症の関係について,最近の考え方,ならびに治療介入について教えてください
Point
◎慢性扁桃炎はIgA腎症(IgAN)の発症と関連していることが全国規模の研究で示され,“扁桃-腎連関”への注目が高まっている.
◎扁桃はIgANを惹起する糖鎖異常IgA1の産生源の1つであり,扁桃摘出術(扁摘)は病態の上流にアプローチする治療になりうる.
◎本邦のガイドラインは扁摘(単独またはステロイドパルス併用療法)を推奨する一方,国際的エビデンスは不足しており,地域差と患者選択の個別化が課題である.
膜性腎症の最近の診断方法と治療について教えてください
Point
◎膜性腎症(MN)には,一次性と薬剤,自己免疫疾患,感染症などに続発する二次性がある.
◎一次性MNの鑑別には腎病理組織のホスホリパーゼA2受容体(PLA2R)染色と血清抗PLA2R抗体の測定が有効である.
◎血清抗PLA2R抗体濃度は尿蛋白量よりも鋭敏な疾患活動性評価および予後推定の指標となる.
◎二次性MNの治療は原因の検索と除去が,一次性MNの治療は保存的治療と免疫抑制治療が主となる.
◎各種MNに関連する特定の抗原の発見が相次いでおり,疾患分類の再定義が議論されている.
微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)/巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)に抗ネフリン抗体が関与していると聞いたのですが,詳しく教えてください
Point
◎抗ネフリン抗体は,微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)および一部の巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)における新たな病因として注目されている.
◎マウスにおける能動免疫モデルでも,抗ネフリン抗体によりMCNS様の病態を発症することが示されている.
◎循環抗ネフリン抗体の検出系の標準化と迅速化が急務であり,本邦でも研究が進んでいる.
ANCA関連血管炎の寛解導入・維持療法について教えてください
Point
◎抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(AAV)の寛解導入療法では,減量グルココルチコイド(GC)レジメンとリツキシマブ(RTX)またはシクロホスファミド(CY)の併用が推奨される.
◎AAVの寛解導入療法において,GCの減量を目的にアバコパンの併用が推奨される.
◎AAVの寛解維持療法ではRTXの投与が推奨される.
IgG4関連腎臓病と鑑別が必要な疾患について教えてください
Point
◎血清IgG4上昇やIgG4陽性形質細胞浸潤はIgG4関連疾患に特異的な所見ではない.
◎IgG4関連疾患には共通する臨床・病理像がある.
◎IgG4関連疾患分類基準の“除外基準”に該当する場合,診断は慎重に行う.
骨髄腫関連の腎障害について教えてください
Point
◎多発性骨髄腫(MM)に伴う腎障害は診断時に多数認められ,その代表は円柱腎症(CN)である.
◎病態の基礎となるB細胞クローン,もしくは形質細胞クローンが,腫瘍合併症を伴わず,治療対象となる血液学的基準を満たさない単クローン性免疫グロブリンによる腎障害をmonoclonal gammopathy of renal significance(MGRS)と呼ぶ.
◎MGRSは腎臓の多様な部分に障害を及ぼし,また腎臓以外の臓器障害を伴うこともある.
◎原疾患のはっきりしない腎臓病,進行の速い腎機能障害,1.5g以上の尿蛋白があれば,積極的にM蛋白を評価し,専門医につなげることが重要である.
tubulointerstitial nephritis with IgM-positive plasma cells(IgMPC-TIN)という診断分類にどのように気づいていったのでしょうか?
Point
◎2007年にIgM陽性形質細胞浸潤を伴った尿細管間質性腎炎(IgMPC-TIN)初症例を経験し,2010年に症例報告をして疾患概念の萌芽を捉えた.
◎追加症例で共通像を確認したところ,IgM高値,尿細管障害,原発性胆汁性胆管炎(PBC)/Sjögren症候群(SS)の合併が鍵であった.
◎多施設からも症例を集積して13例を解析し,2017年に『Journal of the American Society of Nephrology(JASN)』誌に掲載された.
◎組織像と臨床所見を統合し,現在は診断/分類基準を検討中である.
◎臨床現場での小さな気づきが,新疾患概念の確立へつながった.
多発性囊胞腎の一般的な診断・治療,また難渋する囊胞感染の診断・治療について教えてください
Point
◎常染色体顕性多発性囊胞腎(ADPKD)は,最も頻度の高い遺伝性腎疾患である.
◎超音波検査で,片方あるいは両方の腎臓に合計3個以上の囊胞を認めた場合はADPKDを疑う.
◎トルバプタン治療の適応となるかの評価とともに,脳動脈瘤など合併症の評価も必要となる.
◎囊胞感染では,長期的な抗菌薬治療,必要に応じた感染囊胞のドレナージが考慮される.
Alport症候群をどのようなタイミングで疑い,遺伝学的検査を行うべきか教えてください
Point
◎Alport症候群は,進行性の腎疾患,感音難聴,眼異常を三徴とする遺伝性疾患であり,Ⅳ型コラーゲン遺伝子(
◎従来の典型例のみならず,幅広い患者で想定され,診断される機会が増えてきている.
◎遺伝学的検査のメリットと限界を把握し,適切なタイミングで検査の実施を考慮する.
原疾患不明の慢性腎臓病(CKD)における遺伝子検査の意義を教えてください
Point
◎臨床現場では“原疾患不明の慢性腎臓病(CKD)”が少なくないことが長年の課題であった.
◎これまで稀な疾患と認識されてきた遺伝性腎疾患が,実は未診断のままCKDに隠れていることが明らかになってきた.
◎海外だけでなく,本邦でも未診断の遺伝性腎疾患がCKDに潜在していることが解明されてきた.
◎日本人特有の遺伝性腎疾患にかかわる大規模な遺伝子データベースが不足しており,さらなる拡大と発展が期待される.
腎サルコイドーシスにおける最近のバイオマーカーなどについて教えてください
Point
◎腎サルコイドーシス(腎サ症)では尿細管間質性腎炎やカルシウム(Ca)代謝異常が主病態であり,尿所見が乏しく尿細管間質マーカーが高値となることが多い.
◎腎サ症の頻度は高くないものの,不可逆的な腎障害の原因となりうるため,認知しておくべき病態の1つである.
◎現時点では腎サ症の疾患特異的なマーカーは存在せず,有用な新規マーカーの出現が待たれる.
造影剤腎症(ヨード,ガドリニウム)の最近の考え方を教えてください
Point
◎ヨード造影剤が“原因(因果関係)”として起こるcontrast-induced acute kidney injury(CI-AKI)とヨード造影剤投与後の腎機能悪化であるcontrast-associated acute kidney injury(CA-AKI)は別の疾患概念である.
◎腎機能異常のある患者におけるヨード造影剤を使用した検査は,検査の適応があり代替検査がない場合,もしくは治療方針にかかわる検査と判断される場合は腎機能の値にかかわらず実施することを考慮する.
◎MRI検査におけるガドリニウム造影剤使用時の腎性全身性線維症(NSF)のリスクは,安全性の高いクラスの造影剤であれば頻度は非常に低いと考えてよい.
◎ヨード,ガドリニウム造影剤は従来に比べると比較的安全に使えるエビデンスが蓄積されてきてはいるが,薬剤であることを忘れずにベネフィットとハームのバランスを常に考える.
急性腎障害(AKI)の診断,腎代替療法のタイミング,具体的な透析処方について教えてください
Point
◎急性腎障害(AKI)診療では,まず患者の病歴・検査歴を十分に把握する.
◎AKIの原因検索はエコー所見,尿検査,血液検査を基に行い,必要であれば腎生検を検討する.
◎AKIに対する腎代替療法(KRT)開始のタイミングは“尿毒症+検査値増悪+原因除去後も腎機能増悪”という3要因で判断する.
◎KRTは“どの治療をいつ始め,いつ切り替えるか”を常に再評価することが重要である.
腎代替療法の選択の際,実際に何を大事にし,どのように患者に伝えているか教えてください
Point
◎腎代替療法導入は生命維持の危機時であり,患者にとっては生活の転機でもあり不安が大きい.
◎透析アクセスの事前準備の重要性を含め,腎代替療法に関する丁寧な説明が重要である.
◎患者の意思を尊重し,社会性を維持できる支援を行うことが大切である.
◎多職種が連携し,患者にとって実践可能なよりよい提案を行うことが重要である.
先生が行われている外来CKD患者へのチーム医療(多職種介入)について紹介してください
Point
◎慢性腎臓病(CKD)ステージG3〜5の全段階で,多職種介入(MDC)はそれぞれ効果がある.
◎腎代替療法選択説明は,早期に患者の意思を重視し行う.
◎多職種が十分な時間と目線を変えてかかわることで,患者の意思決定支援を重視した段階的な説明が可能となる.
民間療法と感染症:長ネギとチキンスープ
内科外来で風邪の患者さんを診療する機会は多いかと思います.バイタルサインや症状の程度から重症疾患の可能性が低いことを確認したうえで,対症療法を行う1,2).不必要に抗菌薬を使用しない.ここまでは,多くの先生方が特に意識せずに行われているのではないかと思うのです.ところが,ときどき患者さんから質問を受けます.「日常生活で心がけておいたほうがよいことはありますか?」——さて,皆さんはどう答えますか?
基礎知識編:LGBTQ+を理解する—医療者が知っておくべき基本概念
「左利き用のはさみ」というものがあることをご存知ですか? コンピュータのマウスやギター,野球のグローブ,ドアノブ,古くは黒電話など,多くの道具・器具は右利き用にデザインされています.左利きの人が使い辛そうにしていたり,右利き用のものを反対向きにして器用に使っているのを見たことがあるかもしれません注1).
次に,こんな場面に遭遇したことはないでしょうか.「早く結婚したほうがいいよ」「男性なのに看護師なんですね」「その年齢で研修医とは,なかなか珍しいですね」——悪意はなくても,「ふつう」という枠組みから外れていることを意識させられる問いかけです.居心地の悪さを感じる人もいるでしょう.
RA治療中の知っておきたい病態!「抗リウマチ薬を飲んでいる人で注意すべきところとは? ③イグラチモド(IGU)」
この連載では,リウマチ・膠原病診療における緊急病態,知っておかないと重篤な状態となりうる事象について取り扱う.リウマチ・膠原病診療は専門性が高い面もあるが,専門医に必ずしも受診していない患者も多い.その背景には,専門医が少ない地域性の問題や,高齢などの理由で専門医への通院が困難であるなどの多くの要因がある.関節リウマチや膠原病を併存症としてもっている患者を診る機会のあるすべての医師に知っておいて注意すべき見逃したくない,ヤバい病態について学ぶ連載である.
ザーザー耳鳴りがひどい! 加齢? 拍動性耳鳴の臨床/椎骨動脈解離の検査と治療
「加齢に伴い耳鳴りがするようになった」と訴える高齢患者にしばしば出会います.「キーンという音」や「ザーザーする音」など,人にとって耳鳴の表現はさまざまです.耳鳴のなかには耳鼻咽喉科以外の疾患が紛れていることが稀にあり,実は内科でも対応すべき疾患があるのです.それでは,一緒に勉強していきましょう!
—川村 隆之,三村 一行 著—発熱診療プラチナマニュアル
診断の「型」と「思想」を学ぶ,全医師必携の一冊
発熱診療は,医師であれば誰もが日常的に直面するにもかかわらず,その「型」や「診断ロジック」を体系的に学ぶ機会は驚くほど少ないのが現状です.私は総合内科での研鑽を経て感染症専門医として勤務していますが,本書を手に取り,これまで現場で培ってきた診断の考え方や知識が,明快にそして体系的に言語化されていることに感動しました.これ一冊で発熱診療の本質を学べる若手医師たちが,心から羨ましく感じます.
発熱診療の現場では,ときに安易に多くの検査がオーダーされがちです.しかし,往々にして検査を出しても診断にたどり着くことはなく,むしろその結果に惑わされてしまうリスクを伴います.本書が貫く重要な思想は,「検査前確率を見積もり,適切な診断ロジックに基づき仮説を立てる」という,診断学の根幹です.闇雲な検査の前に立ち止まり,病歴聴取と身体診察から鑑別を絞り込む思考プロセスを,本書は明確に示してくれます.
—鹿野 泰寛 訳—パッカーのケースレポート執筆完全ガイド—価値づけの技法と実践へのステップ
本書はClifford D. Packer先生らが執筆した,“Writing Case Reports:A Practical Guide from Conception through Publication”の翻訳版である.Packer先生の症例報告は,一度読むだけでケースを鮮明に思い起こさせるもので,推論過程を追える明瞭さがあり,仮説提示へ至るまでの流れるような筆運びは「まさに王道!」と唸るものばかりである.彼は数百を超えるケースレポート執筆の教育経験があり,症例報告の神髄を知り尽くした人物で,その教えはシンプルである.考察(Discussion)では症例を文脈の中に位置づけ,説明するための仮説を構築し,説明を超えて症例が示唆するものに言及し,教育的ポイント(Teaching point)を付して締めるスタイルを推奨している.特に,症例を文脈の中に位置づけることを重要な点として強調しており,文脈に従って最適な報告スタイルと論理展開を選ぶことが「価値づけの技法」であり,本書ではその技法が余すことなく記述されている.
さて,今回,Packer先生のケースレポートへの熱い思いを伝える役目を担ったのが,訳者の鹿野先生である.彼は医師8年目にして症例報告を約70編出版し(『BMJ』や『JAMA』も含まれる),日本内科学会総会で症例報告の教育講演を行うに至った傑物で,自著「クリピク本」で大ブレイク中である(『ひとりでも書ける症例報告 クリニカルピクチャー論文のすすめ』中外医学社).鹿野先生のケースレポートは,教育的視点を伝える技巧が最大の魅力だと思われるが,物語性を強調するものや,新たな仮説と示唆を提示する鮮やかな論理展開を見せる王道ものまで,カバー範囲は広い.Packer先生の理想を体現したような人であり,彼が訳者になったことは必然であろう.鹿野先生が心にPacker先生を宿した結果,本書は単なる翻訳を超え,さらに深い世界へと読者を誘うものになっている.例えば,原著ではさらっと書かれた文章に訳者独自の引用をつけてくれているほか,豊富な訳注を通して鹿野先生から医学知識の挑戦を受けたり,文学に関するミニ知識を学ぶこともでき,どこまでも楽しめる作りになっている.
—矢吹 拓 編集—《ジェネラリストBOOKS》—診療ハック—知って得する臨床スキル125
本書を読み地元の公共温泉につかりながら,こんなことを考えた.初診外来で最初に「具合が悪いのはいつからですか」と聞き,いつまで元気だったかを確認して急性発症なのか慢性疾患なのかを判断することは重要である.「映像化」ができるくらい詳細に病歴を聴取することが大切だということも以前,指導医から聞き実践しようと心掛けている.これら「知っていると便利な臨床の智慧」を教えてもらうと診療がアップグレードする.
しかしながら,医療はサイエンス(知識や技術)だけでなく,アート(他人への優しさ)が大切である.印象的なのは,本書の『診察前のスキル』で取り上げられた,「名前を呼ぶ」という行為である.患者だけでなく,同僚スタッフに対しても名前を呼ぶという行動が,医療チーム全体の信頼関係を構築し,結果として診療の質を高めるという主張は,アートとしての医療の視点をわれわれに投げかける.