胃と腸 61巻 1号 (2026年1月発行)

今月の主題 胃印環細胞癌—最新の知見

電子版ISSN:1882-1219
印刷版ISSN:0536-2180
印刷版発行年月:2026年1月
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今月の主題 胃印環細胞癌—最新の知見 序説
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はじめに

 近年H. pylori(Helicobacter pylori)感染者の減少に伴い胃癌の発生率が減少している一方で,欧米では印環細胞癌(signet-ring cell carcinoma ; SRCC)の割合が増加している.胃SRCCは未分化型癌のうち病理組織学的に癌細胞内に粘液を貯留する印環型の細胞から成る腺癌とされるが,その病理組織学的な特徴は発症機序により異なることが明らかとなりつつある.また,SRCCに特徴的なゲノム異常も複数報告され,ゲノム異常と多様な形態像との関連も見いだされている.SRCCの予後についてはこれまでに矛盾するデータが報告されてきたが1)2),SRCCの多様なゲノム異常や周囲環境が一因となっているものと推測される.本号では,胃SRCCの定義・分類の変遷とともに,近年明らかとなってきた胃SRCC発生・進展に関わるゲノム異常や外因性因子(H. pylori感染の有無など)と病理組織学的・内視鏡的特徴に関して,専門家の先生方に概説いただき,最新の知見を紹介したい.

主題
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要旨●WHO分類では,PCCs(poorly cohesive carcinomas)の中でSRC typeとnon-SRC type(PCC-NOS)に区別されている.印環細胞(SRC)は胃の腺頸部から発生し,胃の分化の方向性を保持しながら層構造を形成する.印環細胞癌(SRCC)由来株化細胞を用いた研究では,N/C比の高い小さな細胞から典型的なSRCに分化することが確認できる.SRCは硬癌に移行する予後の悪い癌とされているが,腫瘍内のSRC成分が多いと予後が比較的よいとの報告もある.本稿ではSRCの発生と進展について,形態学的な観点から概説する.

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要旨●胃の印環細胞癌(sig)のうち,H. pylori(Helicobacter pylori)陽性例には純粋にsigの形態をとるもの,他組織型との混在を示すものがある.また,H. pylori陰性でもsigは発生しうる.H. pylori陽性,陰性例における胃sig症例の臨床病理学的検討を行い,次の結果を得た.H. pylori陽性,陰性例で胃粘膜萎縮の程度は異なるものの,どちらも腺境界部を中心に腫瘍が発生する.H. pylori陰性例は粘膜中層に腫瘍がとどまり,胃型粘液形質を有し層構造を示す腫瘍が多い.H. pylori陽性例は初期には粘膜内で層構造を示すが,全層性発育に達すると低分化腺癌に変化し,粘膜下層への浸潤能を獲得する.分化型癌との併存例(主に手つなぎ型癌)はsig純粋症例とほぼ同じ臨床病理学的特徴を呈するが,胃腸型の粘液形質を示すという相違点があり,発生機序が異なる可能性が高い.

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要旨●胃の未分化型癌の代表である印環細胞癌は,従来H. pylori(Helicobacter pylori)による活動性胃炎を背景に萎縮境界の口側に好発するとされてきた.一方では近年,白色平坦なH. pylori未感染胃癌の報告が増加している.自施設で直近4年間に経験した,低分化腺癌成分を伴わない純粋な印環細胞癌連続30例の解析では,男女比はほぼ同数でうち12例はH. pylori現感染であり,いまだその割合が多いことが示された.かつ50歳未満が12例(現感染6例)に上り,現行の対策型内視鏡検診の弱点と考えられた.内視鏡像の検討から,その診断には萎縮境界近傍や幽門腺と胃底腺の腺境界領域に着目し,十分な空気伸展と,白色光を中心にIEEを併用し色調差に留意した観察が有用であった.

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要旨●胃癌取扱い規約,第15版において,未分化型癌は印環細胞癌(sig),低分化腺癌(por)に分けられる.一方で,日常診療において,純粋なsig例,純粋なpor例だけでなく,sigとporの混在する例(por混在例)を時に経験する.筆者らの検討では,por混在はESDにおける非治癒切除(eCura C-2)を示唆する独立したリスク因子であること,また,狭帯域光併用拡大内視鏡(ME-NBI)で,irregular vesselを認めれば,80%超でpor混在例を検出可能であり,生検と組み合わせれば,生検単独と比較して2倍以上の感度でpor混在例が検出可能であることが示唆された.これらのことから,irregular vesselを認めた場合,por混在例であることを念頭に置いて,詳細にME-NBIで観察することが,ESD適応診断の際に有益であると考えられる.

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要旨●遺伝性びまん性胃癌(HDGC)は,CDH1またはCTNNA1の生殖細胞系列病的バリアントを原因とする常染色体顕性遺伝(優性遺伝)病である.印環細胞癌(SRCC)をはじめとしたびまん性胃癌(DGC)の発生リスクが高い.女性では,乳腺小葉癌(LBC)の発症リスクとも関連している.HDGCの診断には家族歴の聴取および遺伝学的検査と同様,上部消化管内視鏡検査(EGD)が重要であり,特に,多発褪色調病変部の生検でSRCCと病理診断された場合にはHDGCを疑う鍵となる.また,遺伝医療の介入による発端者および家系員の健康管理は家族ケアの助けになる.

胃印環細胞癌の遺伝子異常

61巻1号 , 2026年1月 , pp.65-71
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要旨●印環細胞癌は胃癌の中では遺伝子異常の比較的少ない組織型であるが,いくつかの特徴的な遺伝子異常が知られ,大きく3つの群に分けられる.1つ目はCDH1のDNAメチル化や遺伝子変異により細胞間接着因子E-cadherinの発現が低下する群で,CDH1の胚細胞系列変異を原因とする遺伝性びまん型胃癌も含まれる.2つ目はRHOA変異やCLDN18::ARHGAPs融合遺伝子をドライバーとしRhoシグナル伝達経路に異常が生じる腫瘍で,分化型胃癌から変化して発生することも多く,一部はいわゆる手つなぎ型胃癌から発生する.3つ目は,ドライバーとなるゲノム異常が明らかになっていない群であり,びまん型胃癌の約半分弱を占める.印環細胞癌ではHER2陽性率が低い一方,CLDN18やFGFR2bの発現が一定頻度で認められ,治療標的として期待される.腫瘍免疫微小環境の解析では腫瘍免疫が抑制されている傾向があり,免疫療法の効果は期待しにくい可能性がある.

主題研究
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要旨●胃印環細胞癌は,HE染色で豊富な粘液から成る明るい表層と,弱好酸性細胞質の細胞から成る暗い深層の二層構造を示すことがある.この構造内の粘液形質は,正常胃固有腺に類似した分化極性を示す.粘膜下層浸潤癌ではこの構造が少ないことから,二層構造破壊がリンパ節転移リスク因子である可能性を考え,胃粘膜内印環細胞癌310例を対象に組織学的因子とリンパ節転移の関連性を検討した.単変量解析では腫瘍長径>20mm,潰瘍あり,二層構造なしの三因子が,多変量解析では二層構造なしが転移リスク因子であり,脈管侵襲・潰瘍なしであれば腫瘍長径が20mmを超えても,二層構造が保たれていればリンパ節転移は認めなかった.

トピックス
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はじめに

 患者由来オルガノイドは,疾患上皮細胞の固有の遺伝型および表現型を再現可能なin vitroモデルであり,高精度なデータ取得と詳細な機能的解析を可能にする.さらに,遺伝子編集技術を用いた正常細胞からの前方視的な疾患再現や,異種移植による組織像の可視化を通じて,従来とは異なるアプローチから疾患表現型のメカニズム解明を可能とする強力なツールとなる.本稿では,びまん性胃癌オルガノイドを用いて明らかとなった,WntおよびR-spondinに依存する印環細胞形成メカニズムについて概説する.

主題症例
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要旨●患者は20歳代,女性.心窩部痛精査の上部消化管内視鏡検査(EGD)で胃体下部〜前庭部に多発する平坦な褪色調領域を認め,生検結果はいずれも印環細胞癌であった.背景胃粘膜はH. pylori(Helicobacter pylori)未感染であり,明らかな家族歴は有しないが遺伝性びまん性胃癌の孤発例が疑われ,腹腔鏡下胃全摘術を施行した.術後病理結果では計22か所の粘膜内にとどまる印環細胞癌を認めた.遺伝学的検査でCDH1遺伝子欠損を認め,de novo CDH1遺伝子欠損印環細胞癌と確定診断した.de novo CDH1遺伝子欠損印環細胞癌の報告例は非常にまれだが,H. pylori未感染胃癌の増加に伴い今後注意すべき疾患と考えられる.

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要旨●患者は60歳代,男性.健診で胃癌を指摘され治療目的に当院へ紹介され受診となった.上部消化管内視鏡検査では背景粘膜に萎縮はなく,RAC陽性であった.胃前庭部前壁に辺縁隆起を伴う陥凹性病変があり,伸展不良のためcT1bと診断し,幽門側胃切除術を施行した.切除標本では粘膜内に印環細胞癌が優位に,粘膜下層以深には低分化腺癌が浸潤しており,印環細胞癌と低分化腺癌が混在していた.H. pylori未感染印環細胞癌は0-IIbまたは0-IIcが多く,腺頸部増殖細胞帯から発生し側方浸潤するが,粘膜下層以深に浸潤した場合は潰瘍性病変を作り,印環細胞癌から低分化腺癌へ移行し混在する像をしばしば呈する.

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要旨●患者は20歳代,女性.父親が遺伝性びまん性胃癌(HDGC)と診断されたことを契機に遺伝学的検査を施行し,CDH1遺伝子に病的バリアント(c.454C>T, p.Gln152Ter)を認めたため,HDGCと診断された.上部消化管内視鏡では,胃体下部から前庭部にかけて褪色調病変を7か所認め,生検で印環細胞癌(SRCC)が検出された.腹腔鏡下胃全摘術を施行し,切除標本を精査した結果,計61病変を認め,うち52病変(85%)が胃上部(U領域)に集中していた.U領域の病変はいずれも内視鏡的に検出されておらず,HDGCにおける内視鏡サーベイランスの限界と診断精度向上の必要性を示すものと考えられた.

今月の症例
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患者

 80歳代,男性.

既往歴

 脳動脈瘤,狭心症,高血圧,変形性膝関節症.

生活歴

 喫煙:20本/day(60年間),飲酒:ビール700mL+焼酎1杯/day.

現病歴

 X−1年3月に近医でスクリーニング目的に上部消化管内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy ; EGD)を施行されたところ,胃体中部小彎に上皮下病変を指摘された.同部位からの生検病理組織検査はGroup 1であったため,経過観察の方針となった.X年3月のEGDでは病変がやや増大しており,精査加療目的に当科へ紹介され受診となった.X年3月に当院を受診後,複数回にわたりEGD,通常生検およびボーリング生検を施行されたが,診断に至らなかった.X+1年4月の検査で,病変のサイズに増大を認めた.

目次

61巻1号 , 2026年1月 , pp.3

欧文目次

61巻1号 , 2026年1月 , pp.4

書評

61巻1号 , 2026年1月 , pp.46

次号予告

61巻1号 , 2026年1月 , pp.106

編集後記

61巻1号 , 2026年1月 , pp.107
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 本号は,胃印環細胞癌の定義や診断基準,H. pylori(Helicobacter pylori)感染や遺伝子異常の観点から病理像・内視鏡像を概説するとともに,胃印環細胞癌の最新知見と現状を明らかにする目的で企画された.

 序説では,下田が総論的な内容を執筆した.

奥付

61巻1号 , 2026年1月 , pp.108