臨床整形外科 60巻 12号 (2025年12月発行)

特集 いまアップデートしたい 整形外科医のための運動療法新常識

電子版ISSN:1882-1286
印刷版ISSN:0557-0433
印刷版発行年月:2025年12月
この号を読む この号を読む
特集 いまアップデートしたい 整形外科医のための運動療法新常識

緒言

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1311
概要を表示

 これまで運動療法といえば,整形外科疾患や神経疾患の患者,あるいは高血圧・糖尿病・脂質異常症などのメタボリックシンドロームを有する人に対して実施され,筋力や関節可動域,持久力の改善,さらにはカロリー消費による減量を目的とするもの,という考え方が一般的であった.しかし,歴史的にみると,運動や身体活動を治療的・予防的に活用するという発想は古代ギリシア・ローマ時代から存在していた.例えばヒポクラテスは紀元前の時代にすでに,運動・歩行・ランニング・体操などを「傷害や疾患に対する治療手段」として位置づけていたと伝えられている.

 近年,運動療法は単なる身体機能の回復や減量の手段ではなく,疾患の治療そのものとして再び注目されている.運動により骨格筋や心筋,脂肪組織,肝臓などから多様なシグナル分子が分泌され,代謝,免疫,神経機能,さらにはがんの進展にも影響を及ぼすことが明らかになってきた.例えば糖尿病においては,運動によるインスリン感受性の改善が多数報告されている.こうしたメカニズムの解明は,運動量・強度・頻度・対象疾患・併用療法などを最適化するための科学的基盤となっている.現在では,がん,腎疾患,肝疾患,精神疾患,認知症など,従来は運動療法の対象と考えられなかった領域にもその有効性を示すエビデンスが蓄積し,適用範囲は大きく拡大している.

運動生理学の視点から見た運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1313-1318
この文献を読む
概要を表示

加齢により体力は低下する.歩行自立には一定の筋力と持久力が必要で,血液量や心拍出量,呼吸・循環・代謝系が関与する.安静臥床は3週間で持久力を30%低下させ,加齢以上の影響を及ぼす.急性期脳血管障害患者では発症24時間以内の早期離床はADL改善や自宅復帰率を促進させ,慢性期でも高頻度・高強度の運動療法と,その直後の蛋白質摂取は血液量と持久力を高める.運動療法は健康寿命延伸に寄与し,その意義は運動生理学に裏づけられる.

呼吸器疾患に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1319-1323
この文献を読む
概要を表示

周術期呼吸リハビリテーションは術後呼吸器合併症の予防に大きく貢献している.周術期の呼吸リハビリテーションは通常,①呼吸訓練,②有酸素運動,③レジスタンス運動,④胸郭可動域訓練,⑤頚部可動域訓練などにより構成されている.この組み合わせは,肺機能,下肢機能,咳嗽機能,嚥下機能を改善または向上させ,肺炎予防につながる.したがって,周術期呼吸リハビリテーションはすべての全身麻酔手術において行うことが推奨されると考える.

循環器疾患に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1325-1330
この文献を読む
概要を表示

高齢化に伴い,骨粗鬆症,変形性関節症,脊椎疾患,骨折などの運動器疾患を抱える患者が増加している.これらの患者はしばしば高血圧,心不全,虚血性心疾患などの循環器疾患を併存しており,整形外科的治療やリハビリテーション治療において循環器系の管理が重要な課題となっている.循環器疾患の運動療法については,整形外科医もその基礎的知識を有することが望まれる.本稿では,代表的な循環器疾患に対する運動療法の概要と,整形外科医が実臨床で注意すべきポイントについて概説する.

肝疾患に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1331-1335
この文献を読む
概要を表示

MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)は,糖尿病や心血管疾患のみならず変形性膝関節症など整形外科疾患とも関連する全身性疾患である.治療の中心は運動療法であり,有酸素運動とレジスタンス運動はいずれも肝機能や代謝を改善する.当院では「肝炎体操」を考案し,高齢者や運動制限のある患者にも安全に実施できるプログラムを導入している.今後,整形外科と肝疾患管理の連携が重要である.

慢性腎臓病に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1337-1342
この文献を読む
概要を表示

わが国の慢性腎臓病(CKD)患者数は約2000万人(成人5人に1人)の国民病であり,70歳台の4人に1人,80歳以上の2人に1人はCKDである.慢性腎臓病においては,これまで安静が治療の1つと考えられてきた.しかし,過度の安静によるディコンディショニング,社会復帰遅延,QOL低下,運動耐容能低下と死亡率増加の関係などが明らかになった.一方,運動療法は,フレイルの予防・改善,ADL・QOLの改善,心血管疾患予防による生命予後改善のみならず,腎機能改善・透析移行防止のための新たな治療としての大きな役割が期待されている.

ICUの重症患者に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1343-1349
この文献を読む
概要を表示

ICUに入室するような重症患者では,集中治療後症候群(PICS)の合併が問題となる.PICSの身体機能障害としてICU-acquired weakness(ICU-AW)を生じるとADLが長期的に障害される.PICS対策では,ABCDEFバンドルが行われ,その中心が運動療法である.ICUの重症患者に対する運動療法では早期離床のほか,関節可動域訓練,筋力増強訓練,ベッド上エルゴメーター,神経筋電気刺激といった治療内容を各患者の病態に合わせて施行する必要がある.

がん患者に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1351-1356
この文献を読む
概要を表示

がん患者は,診断時-周術期-化学・放射線療法中-サバイバー期のすべての時期において,身体機能や心肺機能低下のリスクがあり,生活の質(QOL)の低下につながる.これらに対し,有効なのが運動療法であり,心肺機能や倦怠感,QOL,うつや不安,治療の有害事象の軽減などさまざまなアウトカムで改善がみられる.ただしがん患者に特有のリスク管理も必要であり,特に骨髄抑制・凝固線溶系異常・骨関連事象・心機能低下に留意して実施することが求められる.

精神疾患に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1357-1361
この文献を読む
概要を表示

本稿では精神疾患に対する運動療法の有効性と実践について概説する.運動療法は構造化された身体活動を通じて精神健康の改善を図る治療戦略であり,神経生物学的・行動的・身体的機序を介して効果を発揮する.うつ病や不安症(不安障害)をはじめとする精神疾患に対して症状軽減効果が示されており,通常治療との併用も有効である.頻度・強度・時間・種類を考慮した個別化された運動処方が重要であり,整形外科医は安全な運動実施と継続支援において重要な役割を担う.

認知症に対する運動療法

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1363-1370
この文献を読む
概要を表示

認知症に対する早期診断・早期治療の重要性は,薬物療法や診断技術が近年,急速に進歩していることにより,ますます高まっている.歩行速度の低下は認知症リスクを高めることが知られており,認知症の前段階の1つとしてmotoric cognitive risk syndromeという概念が提唱されている.認知症疾患によっては特徴的な運動・行動障害を有することがあり,鑑別診断に役立つ.認知症者に対する運動療法は認知機能の維持のために推奨されている.認知症を有する運動器疾患患者に対して運動器リハビリテーションを実施する際には,その効果を阻害するさまざまな要因に対応・配慮して計画する必要がある.

視座
この文献を読む
概要を表示

 「ビールの美味しさとロコモティブシンドローム(ロコモ)研究の面白さは,年を重ねるようになってわかるようになった.若手にはわからないだろう」

 これは著名な整形外科の先生のお言葉ですが,私も全く同感です.

論述
この文献を読む
概要を表示

背景:THA術前後の疼痛には侵害受容性疼痛に加え神経障害性疼痛も関与し,治療が難渋することがある.本研究ではCa2+チャネルα2δリガンド製剤であるミロガバリンの有効性に注目した.対象と方法:2024年1月〜2025年3月に外来でミロガバリンを新規導入した62例(平均67.7歳)を対象に,Pain DETECTおよびNRSで疼痛評価を行った.結果:神経障害性疼痛の可能性がある症例は29%で,NRSは平均5.1から2.2に改善した.副作用での中止は6例(9.7%)であった.結論:THAを含めた人工関節症例における慢性疼痛に対し,ミロガバリンは有効な治療選択肢となる可能性が示された.

Lecture
この文献を読む
概要を表示

はじめに

 脊柱変形や多椎間病変に対する治療として,仙骨を含む多椎間固定術は広く行われています.しかし,固定範囲が延長するにつれて,仙骨に過大な応力が集中し,術後に仙骨骨折を生じることがあります.この合併症は比較的稀ですが,いったん生じると強い殿部痛や下肢痛,さらには膀胱直腸障害などを引き起こし診断も遅れやすいことから,臨床上極めて重要です.本稿では,仙骨固定を含むロングフュージョン後に発生する仙骨骨折の臨床像,診断,そして治療について概説します.

臨床経験
この文献を読む
概要を表示

目的:外反母趾手術後の矯正損失の時期と臨床成績への影響を明らかにすることである.方法:第1中足骨遠位斜め骨切り術を施行した72足を対象に,X線写真によるHV角・M1M2角を術前〜術後1年まで評価し,矯正損失と関連因子について検討した.結果:HV角は術後3カ月までに有意に増加し,その後有意な変化は認めなかった.矯正損失が大きいほどJSSF scaleが低かった.術前のアルブミン値,BMIが低いと矯正損失量が大きくなる傾向を認めた.考察:矯正損失は術後3カ月までの早期に生じていた.矯正損失の程度には低栄養や骨密度低下が影響している可能性が示唆された.

症例報告
この文献を読む
概要を表示

頚椎前方術後の咽頭血腫は,呼吸閉塞が起これば緊急挿管が必要である.幸いチューブガイド付き挿管用喉頭鏡にて緊急挿管が可能で,血腫除去を行い後遺症なく救命し得た症例を経験した.症例は69歳男性.主訴は両上腕の痛みとしびれ,両握力の低下を伴っていた.後弯変形を伴う狭窄症で拡大術を行ったが,症状改善なくC3〜C6の3椎間のケージを用いた前方除圧固定術を行った.しかし,術後2時間50分で呼吸停止となった.直後病室にて挿管を行い自発呼吸が再開した.手術室にて血腫除去を行い,5年後の現在もバスの運転手として勤務している.

この文献を読む
概要を表示

はじめに:帯状疱疹(HZ)の稀な合併症として,四肢や体幹の運動麻痺を呈する帯状疱疹後髄節性運動麻痺(SZP)を生じることがある.症例:81歳女性.腰椎固定術後4カ月で下肢の疼痛と筋力低下が出現.各種検査結果から,汎発性帯状疱疹によるL4神経根炎・SZPと診断.治療により症状は改善した.考察:SZPは脊椎疾患との鑑別が困難であり,診断遅延の可能性がある.整形外科医は運動麻痺の診察時にSZPを考慮すべきである.結論:運動麻痺の患者では,SZPも鑑別に挙げる必要がある.

書評
概要を表示

 本書を読み地元の公共温泉につかりながら,こんなことを考えた.初診外来で最初に「具合が悪いのはいつからですか」と聞き,いつまで元気だったかを確認して急性発症なのか慢性疾患なのかを判断することは重要である.「映像化」ができるくらい詳細に病歴を聴取することが大切だということも以前,指導医から聞き実践しようと心掛けている.これら「知っていると便利な臨床の智慧」を教えてもらうと診療がアップグレードする.

 しかしながら,医療はサイエンス(知識や技術)だけでなく,アート(他人への優しさ)が大切である.印象的なのは,本書の「診察前のスキル」で取り上げられた,「名前を呼ぶ」という行為である.患者だけでなく,同僚スタッフに対しても名前を呼ぶという行動が,医療チーム全体の信頼関係を構築し,結果として診療の質を高めるという主張は,アートとしての医療の視点をわれわれに投げかける.

概要を表示

 重度四肢外傷は,診療科や施設の枠を超えて,多くの医療従事者にとって臨床的にも教育的にも挑戦となる現場である.その対応は時として,生命と四肢の存続という極めて重い判断を伴い,その臨床現場には高度な知識と状況判断,さらには迅速なチーム連携が求められる.本書『重度四肢外傷 ケースで学ぶ実践ハンドブック』は,そうした現実に立ち向かう術を,まさに「現場から生まれ,現場で磨かれた知」として体系的にとてもわかりやすく提示してくれた貴重な1冊である.

 本書はJ-SWAT(Japanese Severe Extremity Trauma & Wound Management Activate Team)の若手・中堅医師たちによる長年の実践と蓄積,そして全国各地でのセミナー活動の成果として結実した.第1章では重度四肢外傷の評価・初期対応・固定・軟部組織管理といった基本が網羅されており,診療アルゴリズムや動画による視覚的補助を交えることで,読者が具体的な行動に直結できるよう構成されている.

概要を表示

 臨床研究を始めたい——しかし大学院に進む時間もなく,研究資金や人員も限られ,働き方改革の中で残業もままならない.そんな現場医師の切実な声に応えるのが,川村孝氏の『臨床研究の教科書 第3版』である.

 著者はNEJM,Lancet,JAMAなどトップジャーナルへの掲載実績を誇り,研究デザインからデータ解析,論文執筆までを体系的に解説する.本書は初版以来,「自分たちで答えを生み出す」現場主導型研究のバイブルとして読み継がれてきた.

目次

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1308-1309

欧文目次

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1310

次号予告

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1405

あとがき

60巻12号 , 2025年12月 , pp.1408
概要を表示

運動療法を再考する

 私たち整形外科医師は間違いなく運動器障害を扱うスペシャリストであり,同時にプロフェッショナルの集まりであると自分自身では考えている人が多いと思う.またそう信じている整形外科医師が多いのではないでしょうか.運動器機能不全が起これば,痛みや筋力低下,それに伴った関節可動域障害が生じて,文字通りロコモティブシンドロームへ突き進むでしょう.もちろん整形外科医師であればロコモ体操は知っていますが,先生方はできますでしょうか?

 超高齢社会に突入した日本は,65歳以上は30%,90歳以上は200万人を超えており,豊かで幸せな老後を送るには健康寿命をいかに伸ばすかにかかっています.運動療法の重要性は言うまでもありません.脊椎関連6学会の初めての同時開催となるSWJ2025(Spine Week Japan)が10月30日から3日間にわたって幕張で執り行われましたが,その中でも脊柱側弯症に対する運動療法の重要性が熱く討論されました.成人脊柱変形に対しても,運動療法の重要性が強調されていました.