ピックアップ

臨床整形外科 60巻11号 (2025年11月発行)
書評
対話と承認のケア 増補版—ナラティヴが生み出す世界 閲覧可
ビューアーで読む
向坂 くじら 1
1国語教室ことぱ舎
pp.1271-1272 , 発行年月 2025年11月

A5判・298頁
2025年3月
定価:2,750円
(本体2,500円+税10%)
ISBN978-4-260-06181-0
医学書院刊

◆増補版までの5年間

 本書は,2020年2月に刊行された同タイトルの書籍に補遺と索引を加えた増補版である.本書が論じるのは,「対話や承認それ自体がケアになるという可能性」だ.そのために,医療やヘルスケアの現場で行われてきた「ナラティブ・アプローチ」(個人によって語られる物語=ナラティブを用いたさまざまなケア実践)を,解釈・調停・介入の三つに分類しながら幅広く検討する.そのためにまず,文学や言語学の物語論,哲学の存在論を経由し,「ナラティブとは何か」を考える.そして,それが本書の「骨」であると語る.その頑強さにうっとりと引きこまれる.
 評者も刊行当初に本書を手に取り,刺激を受けたひとりだ.特に終章にある「私たちは〈いずれ死んでしまう存在〉どうしであるがゆえに,適切な聞き手になれる」という洞察には目を開かされ,評者の専門分野である教育や文芸について考えるときにも要所でそれと引き比べてきた,手放しがたい一冊である.
 いま振り返ると,2020年からの5年はまさに,本書タイトルに含まれる「対話」と「ケア」という二つのキーワードのありようが様変わりしていく期間であったように思う.文芸誌で「ケア」特集が組まれ,家庭内でケアの役割を担わされる子どもを指す「ヤングケアラー」という言葉が「2021ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされた.個人的な体感としても,教育について話しているときに「ケア」や「対話」というキーワードが話題に上ることが明らかに増えた.

◆「ケア」と「対話」ブームの中で

 一方で,その広がりに首を傾げたくなることも多々あった.「ケア」「対話」の重要さが広まったゆえに,いまや「ケア」的であること,「対話」的であることとはどのようなことで,何に適しているのか,ということが,ときに語るまでもないこととして通り過ぎられやすい.
 「ヤングケアラー」をはじめとする,これまでケア者に押しつけられてきた役割を語る言葉が増えたことには深い意義を認める一方,「ケア」や「対話」がある種のマジックワードとして使われる場面も増えたように思う.ともすれば,「ケア」だからよいのだ,「対話」だからよいのだ,というところで会話が閉ざされてしまう.SNS上で「風俗嬢と客の関係はケアである(だからよいのだ)」という言説を見たときにはおどろいた.本書でも非医療者によるケアが重要な位置を占めているように,「ケア」と「対話」とが医療を超えた普遍的な問題であることには間違いがないだろう.しかしそのために,「ケア」や「対話」が一時的にある種の乱暴さがまとわりつく言葉に変容してしまったようで,もどかしく思っていた.

◆増補版で語られる“ケア者と被ケア者とが共有するもの”

 だから,いま本書が増補版として再び刊行されたことに,2020年当時の刊行とは異なる意義があると思えてならない.本書の特筆すべき点は,ケアをする人とケアをされる人とにそれぞれナラティブ(物語)があるととらえることで,むしろケアという関係の非対称性をありありと示しているところだ.
 増補版で加わった補遺「話を聞くことの意味について」では,ケア者と被ケア者とが決してお互いに成り代わることのできない点に留意した上で,「語りにおける役割の交換可能性」を示す.ケアをする人とされる人とが役割を交換することは困難でも,語りにおける役割であれば交換可能である.そのことを,ナラティブ・アプローチが示しているというのだ.それはつまり,わたしがあなたに,あなたがわたしになることはできないけれど,しかしわたしがわたしであるというそのことをこそ,わたしたちは共有している,ということではないか.著者は補遺をこう締めくくる.「こうした(評者注:ケア者と被ケア者との)非対称性は私たちに冷たい不安を感じさせるが,ナラティブ・アプローチには,それを多少なりとも温めてくれるものが含まれているように思えてならない」.
 ケアだから,対話だから対等,になれるわけではない.むしろ反対である.しかしその「冷たさ」を引き受けた上で著者は,「いずれ死んでしまう」という弱さのほかに,「決してお互いに成り代わることができない」ということもまた,ケア者と被ケア者とが共有できるわずかなものとして示しているように思えるのだ.
 そのような迂遠さこそ,2025年にケアを考えるわたしたちに必要なものではないだろうか.

特集
いまアップデートしたい 整形外科医のための運動療法新常識

臨床整形外科 60巻12号 2025年12月 pp.1311
閲覧可
特集
いまアップデートしたい 整形外科医のための運動療法新常識

臨床整形外科 60巻12号 2025年12月 pp.1313-1318
利用登録
書評

臨床整形外科 60巻12号 2025年12月 pp.1371
閲覧可
+
-
メニュー