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生体の科学 76巻5号 (2025年10月発行)
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増大特集 ワクチン開発
Ⅳ.シナジー拠点(千葉大学)
安全で有効な経鼻ワクチン開発に向けた取り組み 閲覧可
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中橋 理佳 1,2
1千葉大学医学部附属病院ヒト粘膜ワクチン学部門
2千葉大学未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点(cSIMVa)
キーワード: 経鼻ワクチン , ワクチンデリバリーシステム , cCHPナノゲル , ワクチン安全性
pp.448-449 , 発行年月 2025年10月

経鼻ワクチンは,粘膜面と全身に病原体特異的な防御免疫を誘導することから,感染局所での病原体の侵入を防ぎ,疾患の重症化を軽減する。このような特徴から,経鼻ワクチンは様々な呼吸器感染症を予防する次世代ツールと期待される。一方で,中枢神経系への影響など安全性に関する懸念を克服しなければならない。本稿では,安全で効果的な経鼻ワクチンの開発に向けた最近の取り組みについて概説する。

 呼吸器感染症は,ウイルスや細菌などの病原体が呼吸器粘膜を介して宿主に侵入することから,その侵入門戸である粘膜面に,経鼻ワクチンにより病原体特異的な防御免疫を誘導することは,感染そのものを阻止するうえで極めて理にかなっている。一方で,このような粘膜免疫応答の誘導は,筋肉内または皮下への投与を主とする現行の多くのワクチンでは成し得ない。更に,粘膜面での防御免疫は,自身の感染を防御するだけでなく,他者への感染伝播を阻止できることから,感染症の拡大を防ぐことができる点で,経鼻ワクチンが果たす社会的貢献度は高い。
 以上より,経鼻ワクチンは呼吸器感染症を予防する次世代ツールと期待されるが,その有効性や安全性について課題もある1)。例えば,有効性という観点では,鼻粘膜に存在する粘膜バリア機構によりワクチン抗原が容易に排出されるリスクがあり,免疫誘導効果が減弱する可能性がある。また,安全性の観点では,経鼻ワクチン投与局所である鼻腔が,解剖学的に嗅球を介して中枢神経系に近接していることから,ワクチン抗原や粘膜アジュバントが中枢神経系に影響する懸念を克服しなければならない。

■経鼻ワクチンのためのデリバリーシステム

 筆者らのグループは,これまでに,カチオン性コレステリル基含有プルラン(cCHP)ナノゲルによる経鼻ワクチンのデリバリーシステムを開発してきた2)。cCHPナノゲルの特徴は,そのカチオン性により,負に帯電する鼻腔上皮層に効果的に接着し,その結果,ワクチン抗原の徐放を可能とする。また,徐放されたワクチン抗原は,鼻腔上皮層の直下に集積する抗原提示細胞によって効率よく取り込まれることが観察されている。これにより,鼻咽頭関連リンパ組織や流入リンパ節である頸部リンパ節において,経鼻ワクチン投与に伴って胚中心が形成され免疫応答が惹起される。
 これまでに,全身性免疫応答として血中の抗原特異的IgGと粘膜分泌液中の抗原特異的な分泌型IgAの両方が誘導されることを,様々な感染症に対するタンパク質抗原を用いて明らかにしてきた。なかでも,カニクイザルを用いて,肺炎球菌抗原であるPspAタンパク質とcCHPナノゲルを混合した経鼻ワクチンによる抗原特異的な免疫応答,および肺炎球菌の経気道感染に対する高い感染防御効果を実証した3, 4)。特に,ワクチンの根幹でもある記憶免疫の誘導の有無においては,最終免疫より長期経過後においても,経鼻ワクチンの追加投与により,PspA抗原特異的な抗体応答の再誘導が確認された。以上から,cCHPナノゲル経鼻ワクチンが,記憶免疫の誘導を介して長期的な防御免疫に寄与する可能性を,非ヒト霊長類モデルを用いた解析を通して示唆してきた。


■経鼻ワクチンの安全性確認

 浜松ホトニクス株式会社との共同研究により,PET-MRIシステムを利用したワクチンの脳移行否定試験を試みた3, 5)18Fで標識したPspAタンパク質と未標識のcCHPナノゲルを混合してアカゲザルの鼻腔に投与したところ,投与後6時間程度まで,サルの鼻腔において18F標識PspAのシグナルが持続的に観察された。しかしながら,18F標識PspAの単独投与では,投与後速やかにそのシグナルは消失していた。すなわち,cCHPナノゲルが,鼻粘膜上でのワクチン抗原の滞留性を向上することが示唆された3)
 一方で,嗅球や脳においては,18F標識PspAによるシグナルは検出されなかった。また,18F標識をしたcCHPナノゲル自身の挙動も同様であった5)(図)。以上から,cCHPナノゲルを基盤とした経鼻ワクチンは,従来の毒素ベースのアジュバントで懸念された中枢神経系への移行リスクがなく,嗅球を介した脳への抗原沈着も確認されていないため,ヒトでの使用において高い安全性が示唆された。

図 アカゲザルにおけるPET-MRI解析(文献5より引用)

■おわりに

 cCHPナノゲルを基盤とした経鼻ワクチンは,その独自の作用機序,優れた安全性,そしてワクチン接種の利便性により,呼吸器感染症に対する次世代の予防戦略として大きな可能性を秘めている。経鼻ワクチンは注射針を必要としない“針不要”の投与方法であるため,痛みや針刺し事故のリスクが解消され,交差汚染の懸念も軽減される。この利便性から,将来的には自己接種も可能となり,医療従事者の負担を減らし,特にパンデミック時における大規模なワクチン接種プログラムの実施を容易にすると考えられる。
 現在,cCHPナノゲルを基盤とした経鼻ワクチンは,塩野義製薬株式会社を中心に季節性インフルエンザやCOVID-19を標的とした開発が進められている。今後は,非臨床試験を経て,日本国内での第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験へと移行する計画であり,感染拡大の抑制と将来のパンデミック対策に貢献する次世代型経鼻ワクチンとしての実用化が強く期待される。

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