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生体の科学 76巻5号 (2025年10月発行)
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Ⅳ.シナジー拠点(千葉大学)
千葉大学cSIMVa:安心で体に優しい粘膜ワクチンが命を守る 閲覧可
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清野 宏 1,2,3,4,5
1千葉大学未来医療教育研究機構
2千葉大学未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点(cSIMVa)
3千葉大学医学部附属病院ヒト粘膜ワクチン学部門
4カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部内科学講座
5CU-UCSD Center for Mucosal Immunology, Allergy and Vaccines(cMAV)
キーワード: 粘膜免疫 , 粘膜ワクチン , 経鼻ワクチン , 経口ワクチン , MucoRice
pp.442-443 , 発行年月 2025年10月

 新型コロナウイルスパンデミックを経て,粘膜ワクチン研究が再び世界的に注目されている。cSIMVaは粘膜免疫学の研究成果を基盤として,“飲む・吸う”という痛みや恐怖感の少ない方法で,粘膜免疫機構を介して病原体の侵入を防ぐ粘膜免疫と,重症化を抑える全身免疫の双方を効果的に誘導可能な,安心・安全な粘膜ワクチンを開発し,その実用化を通して社会に広く貢献することを目指している。

■粘膜ワクチンへの期待

 Edward Jennerによる天然痘ワクチンの開発に始まり,ワクチンはその適応範囲を拡充し,公衆衛生の向上に大きく貢献してきた。新型コロナウイルスパンデミックの際に,mRNAワクチンという革新的な技術プラットフォームが実用化され,感染症の重症化抑制に顕著な有効性を示したことは記憶に新しい。現在実用化されているワクチンの大半は注射型であり,これらは主として血清中の抗原特異的IgG抗体の産生を介した全身免疫を誘導することによって,感染症の重症化を効果的に抑制する。しかしながら,病原体の主要な侵入門戸である呼吸器,消化管などの粘膜面における病原体の侵入阻止効果の誘導は十分ではない。加えて,注射型ワクチンには,接種時の精神的不安や痛み,コールドチェーンの必要性,更に注射器や注射針といった医療廃棄物の発生など,SDGsの観点からも考慮すべき課題が残されている。これらの課題に対し,経鼻・経口投与される粘膜ワクチンは,様々な課題解決にもつながる要素を持っている。
 粘膜ワクチンは,注射型ワクチンと同様に血清IgG抗体の誘導に加え,注射型ワクチンでは誘導が困難な分泌型IgA抗体を効率的に誘導し,粘膜面での病原体侵入を阻止する効果が期待されており,感染阻止と重症化回避の両面が期待される“真の意味での予防ワクチン”になり得る(図)。更に,常温保存・冷蔵保存が可能で,将来的には自己投与が可能となる潜在性を有しており,医療資源への負荷軽減に対しても貢献することが期待される。

図 粘膜ワクチンは“感染防御”と“重症化抑制”の2段構えの効果を併せ持つ

■cSIMVaで推進中の研究開発

 千葉大学未来粘膜ワクチン研究開発シナジー拠点(cSIMVa)は,これまでに「コメ型経口ワクチンMucoRiceを応用した新規常温安定備蓄型ワクチンの研究開発」および「カチオン化ナノゲルデリバリーシステムを基盤とした経鼻ワクチンの研究開発」の2件を,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業」へと導出し,実用化を目指した開発フェーズへと移行している。これらの実績を踏まえ,現在cSIMVaで推進中の研究開発のなかから,将来的に同事業への展開が期待される研究成果を紹介する。
 第一に,小児の手足口病や急性呼吸器感染症に対する粘膜ワクチン開発である。候補抗原を経粘膜投与した動物モデルにおいて,血中での抗原特異的IgG抗体の産生,複数の粘膜部位での抗原特異的IgA抗体誘導を確認した。これらの結果は,粘膜ワクチンが,全身免疫に加えて広範な粘膜免疫を誘導する可能性を示唆しており,全粘膜免疫応答誘導型ワクチンの創製につながることが期待される。今後は,効果的なアジュバントの選定や抗原との最適な組み合わせを検討すると共に,徐放性や粘膜付着性に優れた新規粘膜薬物送達システム(DDS)の開発を推進する。
 第二は優れた粘膜付着性を有するカチオン化コレステリルプルラン(cCHP)ナノゲル技術を基盤とした,新規経鼻ワクチンDDS開発である。改変型cCHP誘導体をはじめとした新規ワクチンキャリア候補を選定し,各々の面の特徴を考慮した粘膜ワクチン送達体としての可能性を検討している。
 このような研究シーズを一日も早く社会実装するためには,開発を担う企業との早期からの連携が欠かせない。cSIMVaは,連携企業とのワークショップ開催,製薬企業やバイオベンチャーなどが参加する展示会などに最新の成果やシーズを提示することによって,企業側が持つ市場のニーズや開発上の課題に関する意見交換の機会を設けている。
 更に,将来起こり得るパンデミックに対して,千葉大学内で迅速かつ包括的に対応するために,関連する専門家の参画や施設の充実化により,感染症研究の体制を強化した。また,地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)により,千葉大学柏の葉キャンパスに異分野融合型研究推進施設Biohealth open Innovation Hub(BIH)が整備された。BIHでは常温安定備蓄型Muco-Riceワクチンの原料となる稲の栽培と製剤化を行うGMP対応型閉鎖系水耕栽培施設の構築が園芸学部や連携企業などと協同で進んでいる。

■cSIMVaの人材育成および研究支援

 次世代を担う人材育成も拠点事業の重要な役割である。令和5年度に大学院教育に「ワクチン学・感染症学コース」を開設し免疫学,微生物学,臨床試験,治験学,AI創薬学などを横断的・包括的に学修できる環境を整えた。ワクチン開発におけるイノベーション促進や異分野融合,野心的な研究を支援するため,若手研究者対象の研究助成「cSIMVaワクチンチャレンジ」を令和5年度から実施し,これまで45件の研究テーマを採択した。また,拠点の認知度向上,粘膜免疫や粘膜ワクチンに対する理解増進,若年層の科学・研究への興味関心の喚起,市民との対話の場の創出を目的として,積極的なアウトリーチ活動を実施している。これらの活動は,「社会と共に歩む粘膜ワクチン開発」というcSIMVaの理念を具体化するものである。

■おわりに

 cSIMVaは,革新的な粘膜ワクチンの実用化という目標に向け,基礎研究から具体的なワクチンシーズ創出,更には将来を見据えた人材育成まで,多岐にわたる挑戦を続けている。感染症の脅威から人々を守り,より健康な社会を実現するため,cSIMVaは“One Team Chiba”で粘膜ワクチン研究開発の最前線を切り拓き,その成果を一日も早く世界へ届けるべく邁進し続ける。

謝辞 本事業はAMED SCARDA「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業」によりサポートされており,この場を借りて厚く御礼申し上げます。また本稿の執筆含め,拠点運営・研究推進を支えてくれているcSIMVa研究者並びに事務部門・拠点長サポート部門に感謝いたします。
利益相反 筆者の清野 宏は,塩野義製薬株式会社から研究費の助成を受けています。

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