はじめに—糖尿病と臨床検査
糖尿病治療の目標は,血糖,血圧,脂質代謝の良好なコントロール状態と適正体重の維持,および禁煙の遵守を行うことによって,糖尿病細小血管合併症および動脈硬化性疾患などの糖尿病合併症の発症・進展を阻止し,糖尿病のない人と変わらない寿命と日常生活の質(quality of life:QOL)を実現することである(図1)1).近年,高齢化などによって増加するサルコペニア,フレイル,認知症,悪性腫瘍などの併存症の存在が注目されており,これら併存疾患を予防・管理することも必要とされている.また,糖尿病が原因となってスティグマや社会的不利益,差別が生じている場合があるので,アドボカシー活動などを通じてこれらを取り除くよう努力することも糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLの実現を目指すうえで大切である.
糖尿病の病因・病態は多様であり,合併症の発症・進展においても患者ごとに差異がみられる.糖尿病患者に対処する際には,患者の臨床像を十分に解析し,きめ細やかな診療を行うことが必要である.しかしながら,2025年9月1日現在,糖尿病専門医は全国に7,109人(表1)2,3)となっており,増加している糖尿病患者の診療は,糖尿病を専門とする医師だけで行うことは困難である.かかりつけ医と糖尿病専門医との地域医療連携を推進することが大切である.
糖尿病の診断の進め方
はじめに
糖尿病は,「インスリン作用の不足による慢性の高血糖を主徴とする代謝疾患群」と定義されている.その原因は多様であり,遺伝因子と環境因子が関与し,インスリン作用不足によって糖,脂質,タンパク質の代謝異常を来す.
本稿では,糖尿病の診断の進め方の概略について解説する.
糖尿病の病型診断
はじめに
糖尿病は慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群であるが,その成因や病態は実に多様である.本稿では,日本糖尿病学会による成因分類を中心に,現在用いられている病型診断について関連する臨床検査を含めて概説する.
糖尿病のコントロール状態の評価
糖尿病のコントロール状態の評価
糖尿病はインスリン作用不全に伴う代謝失調を主徴とする疾患である.代謝失調に伴う合併症として,生命に危機を及ぼすケトアシドーシスや高血糖高浸透圧症候群があり,さまざまな感染症とともに急性糖尿病合併症として知られている.一方,年余にわたる高血糖状態が原因となる末梢神経障害や網膜症,腎症は,糖尿病の慢性糖尿病合併症として知られている.したがって,インスリン作用の代償あるいは改善により代謝失調を是正し,これら合併症の発症を予防することが糖尿病治療の主要な目標となる1).
その際,糖尿病における代謝失調状態の評価すなわち糖尿病のコントロール状態の評価が治療の指標となるが,インスリン作用は血糖値で評価される糖質代謝のみならず脂質代謝,タンパク質代謝など,非常に多岐にわたることに留意が必要である.血糖値はインスリンの代謝作用を評価するうえで最も重要な指標であるが,脂質代謝失調の指標としては有用でなく,ケトン体がより重要であること,そして血糖値と血中ケトン体値には直接の関連がないことを理解しておくことが極めて重要である.
糖尿病の食事療法
食事療法の目的
食事療法の目的は,全身の良好な代謝状態を維持し,合併症の予防および進行の抑制を図ることにある.そのため,健康状態の改善や目標体重の達成・維持に加え,個々の状況に応じた血糖値,血圧,脂質の管理を行う.また,特定の栄養素に偏らない,バランスの取れた栄養摂取を支援する.
糖尿病の運動療法
はじめに
多くの糖尿病は食生活と生活習慣のゆがみによって引き起こされ増悪する.糖尿病にとって運動療法は食事療法,薬物療法とともに3つの大きな柱の1本である.
本稿では糖尿病の運動療法について,医師の理論的背景と,実際に患者を診ている心リハスタッフの実践を述べる.
糖尿病の薬物療法:経口血糖降下薬
はじめに
糖尿病の診療を行う際には,当該例がインスリン療法の絶対的あるいは相対的適応にないことを確認しなくてはならない.インスリン療法の絶対的適応とはインスリン依存状態,高血糖に伴う昏睡,重度の肝・腎障害,重症感染症,外傷,外科手術を伴う場合,妊娠中あるいは妊娠する可能性が高い場合や授乳中,静脈栄養時といった場合である.一方,相対的適応とはインスリン非依存状態であっても著明な高血糖が持続する場合,経口薬治療のみでは血糖コントロールの目標が達成できない場合,痩せ型で低栄養状態の場合,ステロイド薬使用時に高血糖を認める場合などである.インスリン療法の絶対的あるいは相対的適応の場合にはインスリン療法の導入が必要であり,インスリン療法の絶対的適応では入院によるインスリン療法の導入が望ましい1).
糖尿病の治療開始時において,当該例がインスリン療法の絶対的あるいは相対的適応でないことが確認でき,血糖コントロールがそれほど悪くない(目安としてHbA1cが9.0%未満)場合は,適切な食事療法ならびに運動療法の指導を行う.それらの治療を数カ月行っても目標の血糖コントロールが達成できない場合や,治療開始時においてインスリン療法の絶対的あるいは相対的適応ではなくても比較的血糖コントロールが不良な(目安としてHbA1cが9.0%以上)場合には食事療法,運動療法に加えて薬物療法の開始を検討する.
インスリン療法の絶対的あるいは相対的適応ではない例に対して,経口血糖降下薬の投与は,薬物療法のなかでも比較的簡便に開始できる治療法である.薬剤の選択にあたっては,日本糖尿病学会から発出された「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)」2)が参考になる.
「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)」2)では,まず対象例についてインスリン療法の絶対的あるいは相対的適応であるかを判断し,インスリン療法の適応でないと判断した際には目標HbA1cを「熊本宣言2013」および「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」を基に決定する.
経口血糖降下薬の選択には,インスリン分泌指数やC-peptide indexなどのインスリン分泌能に関する指標やHOMA-IR(homeostatic model assessment of insulin resistance)などのインスリン抵抗性に関する指標を参考にする.あるいは肥満の有無や腹囲により2型糖尿病の病態であるインスリン分泌不全またはインスリン抵抗性の程度を臨床的に判断し,それぞれの病態に応じた薬剤を選択する.そのうえで当該薬剤の使用における安全性について検討し,さらにadditional benefitsを考慮すべき併存疾患として慢性腎臓病,心不全,心血管疾患が挙げられ,それらの併存がある場合にはナトリウム・グルコース共役輸送体(sodium-glucose cotransporter 2:SGLT2)阻害薬やグルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1:GLP-1)受容体作動薬を優先的に使用することを勘案する必要がある.最終的には服薬アドヒアランスや医療費を考慮し使用する薬剤を決定する.
また,薬物療法の開始後もおよそ3カ月ごとに治療法の再評価と修正を検討し,糖尿病の病態や腎症などの合併症に沿った食事療法,運動療法,生活習慣の改善を促すと同時に,アルゴリズムの冒頭に立ち返ってインスリン療法の適応も再評価した後,薬剤の追加,増量,変更などを検討することとされている.
上記のアルゴリズムなどを参考に2型糖尿病例における薬剤選択を行うが,以下に現在,使用可能な経口血糖降下薬について解説する.
糖尿病の薬物療法:注射血糖降下薬
はじめに
糖尿病はインスリン分泌不全とインスリン抵抗性を基盤とする代謝疾患であり,経口薬で十分にコントロールできない場合には注射薬が導入される.現在,注射血糖降下薬にはインスリン製剤,GLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬(GLP-1RA),両者を組み合わせた配合薬に加え,GIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)/GLP-1RA(チルゼパチド)も臨床使用が広がっている.また,インスリン療法では持続皮下注入療法(continuous subcutaneous insulin infusion:CSII)やハイブリッドクローズドループ(hybrid closed loop:HCL)によるポンプ療法の普及も進んでおり,治療選択肢は多様化している.
本稿では,上記の注射薬と関連治療の特徴および診療における位置付けを概説する.
肥満外科療法
はじめに
減量・代謝改善手術は体重減少効果を期待した減量手術(bariatric surgery)として導入されたものであるが,2型糖尿病や高血圧,脂質異常などの代謝関連疾患に対する改善効果が高率かつ長期の寛解維持が得られることが示されている.わが国では2014年に腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が保険適用となり,安全性と良好な減量効果から中心的役割を果たしているが,これまで先進医療として行われていた腹腔鏡下スリーブ状胃切除術にバイパス術を併施する術式が2025年6月に保険適用となり,高度肥満症を伴う2型糖尿病治療における外科的治療が果たす役割が今後さらに大きくなることが期待されている.
血糖
はじめに
血糖測定は糖尿病の診断・管理のみならず,さまざまな患者のモニタリングにおいて,生命に直結する検査として重要な役割を果たしている.血糖測定技術は2つの系統に大別される.1つは検査室での測定法で,もう1つはPOCT(point-of-care testing)や患者による血糖自己測定(self-monitoring of blood glucose:SMBG)のために設計された迅速性・携帯性に優れた測定法である.これらの方法には分析性能におけるトレードオフが存在する.
本稿では,各種測定法の解説とそれらの注意事項に焦点を当てた比較を行う.
75g経口ブドウ糖負荷試験(75g OGTT)
概要と適応
75g経口ブドウ糖負荷試験(75g oral glucose tolerance test:75g OGTT)は糖尿病の診断や耐糖能異常の判定,インスリン分泌・感受性の評価に用いられる標準的な検査である.特に空腹時血糖(fasting plasma glucose:FPG)が正常または境界域にある症例で,食後高血糖や耐糖能異常の存在を疑う場合に有用である.本検査は糖代謝の動的な変化(糖負荷に対するインスリン分泌反応)を評価できる点が特徴であり,後述するインスリン分泌・感受性に関する指標を算出することもでき,糖尿病の診断のgold standardとされる.一方で,自覚症状などから明らかな高血糖が推測される場合は,さらなる高血糖を引き起こすため行うべきではない.
血糖自己測定(SMBG)
糖尿病診療において日々の血糖推移を把握することは“自分の体のために血糖値を知る”点から非常に有用である.糖尿病は高血糖が基本病態であるが,自覚症状が乏しいため,血糖変動を正しく把握する技術開発がなされてきた.持続血糖測定(continuous glucose monitoring:CGM)の登場によって24時間の血糖推移が“線”として捉えることができるようになり,見逃されていた夜間の低血糖など多くの情報が得られ,糖尿病診療は大きく飛躍した1).一方で,得られる情報は限られるが,血糖自己測定(self monitoring of blood glucose:SMBG)による“点”での評価が必要な場面も多い.
SMBGとは,糖尿病患者が自宅などで専用の測定器を使って自分の血糖値を測定・記録(ノートやアプリ)することである.
持続血糖モニタリング(CGM)
はじめに
近年,糖尿病診療は著しい進歩を遂げており,なかでも持続血糖モニタリング(continuous glucose monitoring:CGM)は血糖管理を大きく変革しうる重要なツールとして注目を集めている.CGMは従来の血糖自己測定(self-monitoring of blood glucose:SMBG)と比べて指先穿刺の頻度を大幅に減らし,血糖変動をグラフで示すことで“血糖変動の見える化”を実現した.現在では,多くの糖尿病患者に活用されるようになり,その有用性は国内外のガイドライン1,2)でも示されている.
本稿では,CGMの種類や導入の考え方,測定原理,そして実臨床での活用法について解説する.
尿糖
はじめに
糖尿病の歴史は古く,紀元前から多尿,口渇,るい痩などを来す疾患として知られていた.17世紀になると糖尿病患者の尿が甘いことから尿に糖が含まれていること,さらに19世紀になるとその本態がブドウ糖であることが認識された.このような背景からこの疾患は,古代ギリシャ語の「通り抜ける」を語源とし,多尿症状を意味する“diabetes”と,ラテン語で「蜂蜜のような,甘い」を意味する“mellitus”という単語を合わせて“diabetes mellitus”という名称が提唱された.これを踏まえて,わが国では糖尿病という言葉が当てられ,現在に至っている.同様に尿崩症も多尿を来す疾患であるが尿は甘くないため,無味を意味する“insipidus”を合わせて“diabetes insipidus”と呼ばれる.
19世紀後半になると尿糖排出の原因が,血糖値の上昇であることが示された.1889年にvon MeringとMinkowskiがイヌの膵臓を全摘すると糖尿病になることを報告した.1921年にはBantingとBestがブタの膵臓からインスリンを抽出することに成功し,血糖は膵臓から分泌されるインスリンによって調整されていることが判明した.今日,糖尿病は「インスリン作用不足によって慢性的な高血糖状態を呈する代謝疾患群」とされている.そのため,歴史的に重要な位置を占める尿糖検査ではあるが,糖尿病の診断基準には含まれていない.しかしながら,簡便な検査であるため,尿定性検査の一部としての尿糖検査は,血糖値やHbA1cとともに糖尿病診療において最も行われている検査の1つである.
ケトン体
はじめに
糖尿病の重要な急性合併症の1つとして糖尿病性ケトアシドーシスがあるが,これは血中ケトン体の著明増加によって引き起こされる.本稿ではケトン体の代謝,生理的・病的意義,血中・尿中ケトン体の検査について解説する.
ヘモグロビンA1c(HbA1c)
はじめに
ヘモグロビンA1c(HbA1c)は赤血球中のヘモグロビンにブドウ糖が結合したものであり,約2カ月の血糖値の平均を反映する.HbA1cは,糖尿病診療における血糖コントロールの指標としてだけではなく,糖尿病の診断基準への応用,糖尿病を中心とした多くの大規模臨床研究での血糖コントロールの指標,糖尿病合併症の予防のためのマーカーなどとして世界で広く使用されている.しかし,HbA1cと平均血糖値が乖離することもあるので,血糖値や持続血糖測定(continuous glucose monitoring:CGM)の値と合わせて評価をするなど,その使用には注意が必要である.
グリコアルブミン,1,5-AG
グリコアルブミン(GA)
グリコアルブミン(glycoalbumin:GA)は血中アルブミン(Alb)がグリケーションを受けた糖結合タンパクであり,グルコースがリジン残基に結合した構造を有し,主な糖化部位はLys-199,281,439,525である(図1).
インスリン(IRI)
インスリン
インスリンとは,膵ランゲルハンス島β細胞(以下,膵β細胞)内で前駆体として生成されたプロインスリンからプロテアーゼによってインスリンと等モルのCペプチド(CPR)に切り出されたものである.グルコースやインクレチンなどの分泌刺激によって膵β細胞から分泌される.インスリンの大部分は肝臓と腎臓で不活化され,血中半減期は3〜5分と短時間である.腎糸球体で濾過されたインスリンは近位尿細管で再吸収され,ほとんど尿中に排泄されない.CPRは血中半減期がインスリンの3〜4倍で,ほとんどが代謝されずに尿中に排泄されるため,内因性インスリン分泌の指標となる.
C-ペプチド(CPR)
はじめに
C-ペプチド(connecting peptide)はインスリンの前駆体であるプロインスリンが分解される際に,インスリンと等モルで分泌される生理活性がないペプチドである(分子量3,020.29g/mol).C-ペプチドは腎代謝であり,体内半減期も長く,外因性の影響を受けにくいため,内因性インスリン分泌能の評価に有用である1).免疫学的測定法で測定したC-ペプチドをCPR(C-peptide immunoreactivity)と呼び,国内外の日常検査で普及している.
この測定系で用いる抗体(抗C-ペプチド抗体)は試薬メーカー各社で差はあるが,少なからずプロインスリンとの交差反応が生じる.通常は,膵ランゲルハンス島β細胞から血中に前駆体のまま放出されるプロインスリンはごく微量であるため,“C-ペプチド=CPR”という認識で問題ないが,各疾患において測定値に影響を与える可能性がある.後述する国際標準化において,基準測定法をC-ペプチドに特異的な同位体希釈質量分析法(isotope dilution mass spectrometry:ID-MS)に設定する流れにあるが,日常検査のコミュータビリティ(比較可能性)を考慮すると,C-ペプチド(CPR)という名称は今後も妥当である.
グルカゴン
はじめに
グルカゴンはインスリンが発見された2年後の1923年に血糖上昇物質として発見されたホルモンであり,これまでインスリンの拮抗ホルモンとして常に脇役的存在であった.しかしながら,DPP-4(dipeptidyl peptidase-4)阻害薬やGLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬といったグルカゴン分泌抑制作用を併せもつ糖尿病治療薬が臨床応用されたことによってグルカゴンに対する注目度は一気に増した.また,グルカゴンを分泌する膵臓のα細胞が欠損したマウスやグルカゴン受容体欠損マウスにストレプトゾトシンを投与してインスリンを分泌するβ細胞を破壊しても,ほとんど血糖値は上がらなかった事実からも血糖調節におけるグルカゴンの重要性がさらに増した.一方,長年グルカゴン研究が進まなかった理由は血中グルカゴン濃度の正確な測定法がなかったからである.そのために糖尿病の病態におけるグルカゴン異常についても統一された見解はなく,糖尿病の日常診療において血中グルカゴン濃度の測定はほとんど行われてこなかった.
本稿では従来のグルカゴン測定法の問題点と,現在,臨床検査に採用されているMercodiaサンドイッチELISA(enzyme-linked immuno sorbent assay)を用いた臨床試験の結果を説明する.最後に,最近,筆者らが開発に成功した最も正確な新規サンドイッチELISAについて紹介する.この新規サンドイッチELISAが糖尿病の病態診断と,それを基にした糖尿病の個別化医療に貢献することを期待している.
自己抗体
はじめに
1型糖尿病は,膵β細胞の破壊によって絶対的インスリン欠乏状態に陥り,その結果,引き起こされる糖尿病である.このβ細胞破壊の機序により自己免疫性(1A型)と特発性(1B型)に分類されるが,1A型が多くを占める.この両者の鑑別に膵島関連自己抗体と呼ばれる抗体の測定が使用されている.膵島関連自己抗体には,抗グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)抗体,抗インスリノーマ関連抗原-2(IA-2)抗体,抗インスリン抗体(IAA),抗亜鉛輸送体8(ZnT8)抗体,抗膵島細胞抗体(ICA)が含まれる.
本稿では,膵島関連自己抗体を中心に,糖尿病に関連する各自己抗体の測定方法,臨床的意義,結果の解釈について解説する.
遺伝子検査
はじめに
単一遺伝子異常による糖尿病は糖尿病全体の数%を占める.単一遺伝子異常の影響は大きく,若年発症が多い.遺伝子検査による正しい診断は適切な治療法の選択につながり,予後に大きく影響する可能性がある.また,家系内未発症者も将来的な発症に備えることができる.一方,1型・2型糖尿病のようなcommon diseaseは多くの遺伝因子と環境因子が複雑に関与する多因子疾患である.ヒトゲノム上に存在する個人差(バリアント)の情報整備,ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)や次世代シークエンサーなどの解析技術は飛躍的に進歩し,その結果から算出されるポリジェニックリスクスコア(polygenic risk score:PRS)やサブタイプ解析が疾患や合併症発症リスクの予測に応用されようとしている.
本稿では,単一遺伝子による糖尿病として頻度の高い若年発症成人型糖尿病(maturity-onset diabetes of the young:MODY)とミトコンドリア遺伝子異常による糖尿病について,また,多因子疾患としての1型糖尿病,2型糖尿病の遺伝因子について概説する.
糖尿病網膜症
はじめに
糖尿病網膜症は視覚障害の主な原因であり,糖尿病患者のQOL(quality of life)と密接に関連している.自覚症状を伴わず進行する症例も多いため,糖尿病患者の定期的な眼底検査が必要である.網膜症の発症に最も影響するのは糖尿病の罹病期間とされていて,未治療で経過した場合は7年で50%以上が発症し,20年以上では90%以上となる.網膜症発症に影響する因子にはこのほか,高血圧,および高脂血症の合併などが明らかになっている.糖尿病網膜症は失明しうる疾患であるが,増殖膜の牽引による網膜剝離,あるいは血管新生緑内障がその最終型であることが多い.
糖尿病性神経障害
はじめに
糖尿病性神経障害は,糖尿病特有の代謝障害と細小血管障害が関与して生じる神経障害であり,遠位対称性の多発神経障害と局所性の単神経障害,複数の末梢神経が同時に障害される多発性単神経障害および自律神経障害の病型に分類される.糖尿病性神経障害は,糖尿病網膜症,腎症とともに糖尿病の三大合併症として知られており,なかでも神経障害は糖尿病性合併症のうちで最も頻度が高い.一般的には全糖尿病患者の30〜40%,罹病期間が25年を超える糖尿病患者では50%に合併するといわれている1).
本稿では,糖尿病性神経障害の診断,特に最も多い病型である糖尿病性多発神経障害に関する検査,治療を中心に述べる.
糖尿病性腎症・糖尿病関連腎臓病
はじめに
腎臓は糖尿病において重要な標的臓器の1つであり,糖尿病性腎症は網膜症・神経症と並ぶ三大合併症に数えられる.病態が進行すると末期腎不全に至り,糖尿病性腎症は現在,わが国における透析導入原因の第1位を占めている.さらに,その進展は心血管疾患の発症リスク増大とも密接に関連している.このように,糖尿病性腎症は糖尿病患者において生命予後や生活の質を左右する極めて重要な合併症である.
急性合併症
はじめに
糖尿病の急性合併症は初期治療を誤ると生命に関わる疾患であり,高血糖緊急症と低血糖性昏睡がある.高血糖緊急症は糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis:DKA)と高浸透圧高血糖症候群(hyperosmolar hyperglycemic syndrome:HHS)に分類され,1/3の症例で両者が混在する.
動脈硬化性疾患(大血管障害)
はじめに
糖尿病は細小血管障害だけでなく,大血管障害(冠動脈疾患,脳血管障害,末梢動脈疾患)の発症リスクを著しく高め,心血管イベントによる死亡や生活の質(QOL)の低下に直結する重大な疾患である.大血管障害はしばしば発症前に自覚症状を欠き,診断が遅れることで不可逆的な臓器障害や急性イベントに至る可能性が高い.そのため,症状出現前の段階で血管機能や構造の異常を捉え,適切な予防的介入につなげることが予後改善の鍵となる.近年,非侵襲的生理検査の技術は進歩しており,血管スティフネスや内皮機能,局所的な構造変化を安全かつ容易に評価できるようになった.これらの検査は,糖尿病患者における大血管障害の早期発見や治療効果判定において臨床現場で不可欠なツールである.
本稿では,糖尿病患者の大血管障害の病態と発症メカニズムを概説し,臨床で広く用いられる非侵襲的生理検査の原理と特徴,さらに結果を統合的に活用する意義について述べる.
脂質異常症
はじめに
糖尿病は虚血性心疾患や虚血性脳血管障害,閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性疾患を高率に合併する疾患である.脂質異常症は糖尿病に認めることが多く,脂質異常症の管理は糖尿病の長期予後の改善に必須である.糖尿病の脂質異常症は,小腸における脂質の吸収が亢進し肝臓での脂質合成が高まることだけでなく,末梢血管におけるリポ蛋白中のトリグリセライド(triglyceride:TG)の分解が低下することで発症する.
本稿では糖尿病における脂質異常症発症のメカニズムと脂質検査の活用法について解説する.
心不全
はじめに
糖尿病は慢性の代謝疾患であり,さまざまな臓器障害を引き起こす.なかでも心血管系への影響は重大であり,悪性新生物や感染症に次いで,心不全は糖尿病患者における主要な死因の1つである.
本稿では,糖尿病と心不全の関連性,心不全の診断における心エコー図検査やナトリウム利尿ペプチドの役割,さらには心不全の発症予防や臨床転帰の改善を目的とした治療について概説する.
代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)
はじめに
近年,非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)の国際的呼称は代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)へと変更された.MASLD患者の集団は従来のNAFLDと大部分が重なるが,診断基準は異なり,以下が含まれる.
①脂肪肝の存在
②飲酒量(エタノール換算)が男性で210g/週,女性で140g/週
③心代謝リスク因子を少なくとも1つ以上有すること
上記の変更によって“アルコールを飲まない脂肪肝”という消極的定義から,代謝異常を背景とした病態を積極的に捉える方向へとシフトした.糖尿病診療において脂肪性肝疾患(steatotic liver disease:SLD)を単なる併存症としてではなく,代謝異常の一環として積極的に捉え,治療方針に反映すべきことを示す重要な変化である.現在,SLDは①MASLD,②MetALD(MASLDに中等量飲酒が併存),③ALD(大量飲酒による脂肪性肝疾患),④特定成因SLD(薬剤性,Wilson病,ウイルス性肝炎など)の4群に分類される(図1).
特にMetALDを独立カテゴリーとした点は,代謝異常と飲酒の双方が関与する症例を明確に拾い上げられる点で実臨床的である.MASLDと糖尿病は互いに病態を悪化させる双方向性の関係にあり,心血管疾患や腎障害など全身合併症のリスクを高める.そのため,日常診療ではMASLDを見逃さないことと,臨床検査データを活用した評価と多職種による管理が糖尿病患者の予後改善に不可欠である.
糖尿病性足病変
はじめに
糖尿病性足病変(diabetic foot disease:DFD)は糖尿病に伴う神経障害や血流障害を背景に生じる合併症であり,下肢切断の要因となるため予防と早期介入が極めて重要である.治療方針の決定には血流評価を基盤とした評価が求められる.
本稿では,DFDにおける代表的な血流評価法であるABI,SPP,TBIについて,測定方法,判定基準,臨床への応用を中心に解説する.
歯周疾患
はじめに
オーラルフレイルは,歯の喪失や食物摂取,会話などに代表されるさまざまな顎口腔機能の“軽微な衰え”が重複して口腔機能低下の危険性が増加しているが,改善が可能な状態をいう.“残存歯数の減少”“咀嚼困難感”“嚥下困難感”“口腔乾燥感”“滑舌低下(舌口唇運動機能の低下)”の5項目(oral frailty 5-item checklist:OF-5)のうち2つ以上が該当する場合にオーラルフレイルと定義される.オーラルフレイルは進行すると口腔機能低下症,すなわち不可逆的な摂食障害へと移行し,フレイルやサルコペニア,低栄養を引き起こす1).そのため,糖尿病や肥満とオーラルフレイルは相反方向であるかのように捉えられる.しかし,歯周病の進行によるオーラルフレイルが咀嚼機能低下を引き起こし,その機能障害が心理的・認知的フレイルと密接に関係し,糖尿病・肥満に移行するという機序が成り立つ.
本稿では,オーラルフレイルと糖尿病の関連性を認知機能の観点から,さらに,糖尿病と歯周病との関連を慢性潜在性炎症(chronic sub-clinical inflammation)の観点から解説する.
骨粗鬆症
はじめに
糖尿病患者は骨密度から予測されるよりも実際の骨折リスクが高まっており,骨密度以外の骨脆弱性の関与が大きいと考えられる.その骨折リスクには糖尿病罹病期間,血糖コントロール,低血糖が関連する.糖尿病治療薬のうち,チアゾリジン薬は特に女性において骨折リスクを上昇させるため配慮が必要である.糖尿病患者に特化した骨粗鬆症の薬物治療指針は確立していないが,標準的な治療の有効性が示されている.
認知症
はじめに
糖尿病はアルツハイマー病と血管性認知症の危険因子である.糖尿病患者の認知機能低下では,頻度が高い両者を念頭に置いて鑑別を漏らさずに行う.診療では,低血糖を避けつつ心腎脳保護を図るという糖尿病管理も重要になる.
本稿では,糖尿病患者の認知機能低下における診断のための臨床症状や検査,そして治療上のポイントについて概説する.
血糖自己測定(SMBG),持続血糖モニタリング(CGM)による患者支援の要点と注意点
はじめに
糖尿病治療における血糖モニタリングは,正確な病態把握,治療効果を客観的に判定するうえで不可欠な要素である.さらに,患者自身のセルフマネジメント能力を向上させ,日々の生活における血糖マネジメントを最適化するための基盤となる極めて重要な役割を果たしている.従来から血糖測定機器として広く用いられてきた血糖自己測定(self-monitoring of blood glucose:SMBG)に加え,近年ではウェアラブル技術を活用した持続血糖モニタリング(continuous glucose monitoring:CGM)の発展と普及が目覚ましく,血糖モニタリングは量的側面だけでなく,質的側面においても新たな段階へと進展している.
上記のような状況において医療従事者に求められるのは,これらの血糖測定機器の操作方法を教育することにとどまらず,それぞれの測定法の特性,利点,そして限界を正しく理解することである.そのうえで,患者個々の治療状況,糖尿病の罹病期間,合併症の有無,生活背景,さらには経済的な側面を考慮し,最も効果的かつ実践的な支援を行う必要がある.つまり,測定技術の進歩に伴い,医療従事者の教育的支援の役割はむしろ重要性を増している.
本稿では,SMBGとCGMの基本的な特徴と教育支援の要点を概説する.また,両者の適切な使い分けや併用の実際,さらには患者支援に不可欠な多職種連携の必要性についても紹介する.
検査結果の説明
はじめに
糖尿病は自覚症状が乏しい疾患であり,その病態を知るには検査結果がとても重要である.患者は多くの検査を受けているが,結果を数値で聞いても具体的な病態を理解できないことが多い.患者自身に自分の糖尿病や合併症の程度についてのイメージがわいてこそ検査の価値がある.
本稿では,“患者自身が検査結果への関心が高いと,食事療法や運動療法の理解がスムーズとなる”という経験を踏まえ,セルフマネジメントに役立つ検査結果の説明の仕方について解説する.
教育入院における臨床検査技師の役割
はじめに
糖尿病は代表的な慢性疾患であり,長期にわたって患者自身が主体的に療養行動を継続することが求められる.食事療法や運動療法,薬物療法など多岐にわたる治療があり,いずれも患者の自己管理なくしては十分な効果を発揮しない.そのため,糖尿病の治療においては医学的介入とともに患者教育が不可欠であることが古くから強調されてきた.“糖尿病診療の父”として知られるエリオット・ジョスリン医師は「糖尿病の患者教育は治療の一部として極めて重要である」と述べており1),これは現代においても変わらぬ原則である.日本糖尿病学会や米国糖尿病学会においても,自己管理教育と療養支援が糖尿病治療の根幹を成すことが明記されている2).すなわち,糖尿病教育は単なる知識の伝達にとどまらず,患者が自らの生活のなかに療養行動を取り入れ,持続可能な形で実行できることを目的としている.
糖尿病教育に含まれる内容は幅広く,糖尿病の病態や合併症に関する基礎知識,食事療法・運動療法・薬物療法の実際,インスリン自己注射や血糖自己測定の方法,低血糖やシックデイの知識取得とその対応,フットケア,さらには日常生活における注意点など多岐にわたる.これらを包括的に学ぶ場として,教育入院は重要な役割を果たしている.教育入院では,医師・看護師・管理栄養士・薬剤師・臨床検査技師・理学療法士など多職種がチームを組み,系統的かつ実践的な教育を提供することが可能である.短期間に集中して学習することによって患者の動機付けを高め,療養行動を自らの生活に落とし込む契機となる点が特徴である.
本稿では,教育入院の対象者の選定から,多職種による教育体制のなかで臨床検査技師が果たす役割について詳述する.特に,糖尿病に関連した検査の意義を患者に理解してもらい,それをセルフケアに役立て,さらに継続的に維持していく支援の重要性に焦点を当てる.
ライフステージ別の支援
はじめに
近年,日本糖尿病協会(Japan Association for Diabetes Education and Care:JADEC)ではアドボカシー活動の一環として,スティグマを生じやすい糖尿病医療用語の見直しや置き換えを推進している.長年,“療養指導”と表現していた医療者による診療支援について本稿では,単に“支援”と表現する.糖尿病という病名に対する先入観や思い込み,スティグマは医学教育のなかにもいまだに存在している.糖尿病のある人も医療者も同じ生活者であり,“糖尿病とともにある生活”を支えるために,個々の患者が望む支援について,1人の生活者の目線で考えていく必要がある.
本稿では筆者の経験を踏まえ,各ライフステージ別に支援のポイントを述べる.
チーム医療における臨床検査技師の役割
はじめに
糖尿病は,ただ単に“血糖が高い病気”ではなく,長く続く高血糖によって動脈硬化や神経障害,網膜症,腎症といった合併症を引き起こし,患者の生活の質(quality of life:QOL)を大きく損なう疾患である.しかも,治療は一度で終わりではなく一生にわたって続くことが多い.そのため糖尿病診療では,医師だけでなく看護師,薬剤師,管理栄養士,理学療法士,そして臨床検査技師,その他多くの専門職が連携し患者のセルフケア行動をサポートする,チーム医療が重要となる.
本稿では,多職種との連携の視点から糖尿病チーム医療における臨床検査技師の関わりについて述べる.また,さぬき市民病院(以下,当院)での症例やチーム活動を紹介する.
糖尿病療養指導士としての臨床検査技師の役割
はじめに
疾患の多様化や治療の専門化によって,医療の現場では,さまざまな職種が連携するチーム医療の必要性がますます高まっている.糖尿病はそのなかでも早くから多職種連携の重要性が認識され,実践されてきた代表的な分野の1つである.これは,糖尿病が慢性疾患であり,血糖管理や合併症予防,生活習慣の改善など患者自身の継続的なセルフマネジメントが求められることから,多様な専門職による支援が欠かせないためである.
上記のような多職種連携の必要性の高まりを受けて,糖尿病療養指導士という資格が整備されてきた.本稿では,糖尿病療養指導士として臨床検査技師がどのように関わっているか,その役割に焦点を当て,連携の工夫の例や資格取得の重要性,地域医療との連携を含めた今後の展望について述べる.
妊娠と糖尿病
はじめに
妊娠中は母体代謝が大きく変化し,特に糖代謝異常は母児予後に強く影響する.HAPO(hyperglycemia and adverse pregnancy outcomes)研究では明らかな糖尿病基準を下回る軽度の高血糖でも不良な周産期アウトカムに関連することが示されている1).本稿では妊娠と糖尿病に関する検査,診断,治療を概説する.
シックデイ
はじめに
糖尿病患者が感染症などによる発熱,下痢・嘔吐や食欲不振のために食事が摂れなくなり,通常の血糖コントロールが困難になる状況を“シックデイ”(sick day)と呼ぶ1-3).このような状態では著しい高血糖やケトアシドーシスを発症することがあるため,特別の注意が必要となる.シックデイへの対応を適切に行えるように,普段から患者と糖尿病診療スタッフ間でその対処法を共有しておくことが重要である.受診の際はシックデイの病態を正しく把握し対処するため,適切に検査を実施する必要がある.
メタボリックシンドロームと糖尿病
メタボリックシンドロームの診断基準
わが国では2005年4月にメタボリックシンドロームの診断基準が発表された1).表11)に示すように,ウエスト周囲径で評価される内臓脂肪蓄積を必須要件として,高血糖,脂質代謝異常,血圧高値の3項目中の2項目以上を満たす場合にメタボリックシンドロームと診断する.診断要件の血糖値,脂質異常,血圧高値の基準は,糖尿病の診断基準値,脂質異常症の診断基準値,高血圧の診断基準と異なる部分があるため,注意が必要である.
糖尿病の予防医療
健診を活用した糖尿病の予防医療
2型糖尿病の一次予防は,未診断者や糖尿病の発症リスクが高い人を効率よく早期発見し,生活習慣改善による介入を進めるかである.わが国では特定健康診査(特定健診)などの定期健診が義務化されており,健診時に糖尿病や耐糖能異常が発見される機会が多い.健診の目的は疾患を早期発見して治療につなげることと,結果に基づいて保健指導などで疾患発症を予防することであり,予防医療のゲートキーパー的な役割を担っている.
健診データを活用した糖尿病発症予測に関する解析も行われている.虎の門病院の人間ドック受診者を対象とした研究では,糖尿病未発症者で空腹時血糖100〜125mg/dLと,HbA1c 5.7〜6.4%の両方を満たす群の5年後の糖尿病発症リスクは,ともに正常の群に比べ約32倍高かった1).国民健康保険加入者の5年間の縦断研究では,非肥満者の特定健診の標準的な問診項目である“20歳から10kg以上の体重増加”は糖尿病の新規発症と関連することが示されている2).
災害時における臨床検査の対応
はじめに
日本国内の災害医療は,1995年の阪神・淡路大震災の経験をもとに超急性期の外傷対応体制の整備などが進められてきた.しかし,2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震(以下,熊本地震)においても災害関連死は減少せず1),避難所の環境悪化や長期避難による慢性疾患の悪化,感染症の発生などによって被災者への医療ニーズが高まっている.被災した糖尿病患者への支援活動には高い専門性とネットワークを有する組織が必要である.
糖尿病患者における災害時への備えにおいて特徴的なのは,糖尿病患者側と医療従事者側の両面からの教育・支援体制があることである.本稿では,平時からの備え・防災訓練や発災時の対応を担う医療チームである糖尿病医療支援チーム(diabetes medical assistance team:DiaMAT)2)を紹介する.
糖尿病診療の現状と将来展望
糖尿病診療の現状
日本糖尿病学会(The Japan Diabetes Society:JDS)の「糖尿病治療ガイド2024」1)では,糖尿病治療の目標として,健康な人と変わらない寿命とQOL(quality of life)を挙げている(図1).JDSが10年ごとに行っている糖尿病患者の死因の調査では死亡時年齢についても調査しているが,直近の2011〜2020年までのJDSの認定教育施設で死亡した糖尿病を持つ人と持たない人の死亡時年齢はむしろ糖尿病を持つ人のほうがやや高く,死因についても両者に大きな差がないことが分かっている2).一方で,NDB(National Database)を用いた日本全体での解析では,糖尿病を持つ人は持たない人に比べてわずかに死亡時年齢が低いと報告されている3).これは,糖尿病治療の進歩によって,血糖のみならず血圧や脂質なども含めた血管合併症のリスク管理が適切になされるようになったためと思われる.
2型糖尿病の薬物療法については,SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)阻害薬やGLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬の心血管疾患や心不全,慢性腎臓病に対する抑制効果を示す大規模臨床試験の結果が次々と出されてきたこともあり,欧米のガイドラインではHbA1cにかかわらず,リスクの高い人にはこれらの薬剤を投与することが推奨されている.一方,わが国では,まず患者ごとにHbA1cを設定し,病態に合わせた薬剤選択を推奨している4).これには,欧米とわが国の心血管リスクの違いや,筆者らが行ったランダム化比較試験J-DOIT3において,これらの薬剤を使用しなくても厳格な血糖マネジメントにより心血管イベントや腎イベントを有意に抑制できたことも考慮されている5,6).