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雑誌目次

雑誌文献

検査と技術17巻6号

1989年05月発行

雑誌目次

感染症の検査法

カラー図譜

ページ範囲:P.529 - P.536

 各写真の説明に付した[   ]は関連する本論のそれぞれページを示します.

Ⅰ 最近話題の感染症病原微生物 [1]細菌

1 グラム陽性菌

著者: 紺野昌俊

ページ範囲:P.540 - P.544

今日の《臨床細菌検査》
 今日のように抗生物質にさらされ,変異を重ねてきた細菌においては,virulence(病原性の程度のことをいう)は一般には強くなく,宿主との一対一という関係で発症してくるというような病原細菌は多くない.それよりも,生体内に共棲している細菌が,なんらかの条件によって抑制されたり増殖したりすることによって発症する場合が多い.つまり今日の《臨床細菌検査》においては,生体内の菌叢バランスを考えたうえで,従来「病原性は低い」といわれていた細菌であっても,検出されればその意義を考えることが必要である.したがって,検出された細菌については,どの菌は報告する必要がないとか,この菌は《正常細菌叢》であるなどというようなことが,検査技師側の判断で取捨選択されるべきではなく,本来は検出されたすべての細菌について半定量的に報告されるのが正しい.もちろん,主治医のすべてが感染症の専門家ではないから,検出菌の分離状況を正確に伝えても,まったく理解を示さない主治医もいる.それに対応するためには,検査技師は,適当な助言をいつも用意しておくことが大切である.

2 グラム陰性菌

著者: 藪内英子 ,   山中喜代治

ページ範囲:P.544 - P.549

 感染症はその原因微生物と宿主,環境との相互関係のうえで消長と変貌を続けている.ヒトおよびその他の哺乳動物の感染症の原因となる細菌は多くの属と種にわたり,感染発症の機序もその臨床症状も多様である.さらに,寄生性であって宿主特異性が強くヒトにのみ自然感染して特徴のある臨床症状を発現するものから,環境中の自由生活菌でありながら病院の内外で臨床症状の定まらない日和見感染症を惹起するものまで,病原性ないしは起病性の点でも多彩である.
 感染症全般についてみれば,グラム陰性菌は原因菌の主要部分を占めている.ここではまずグラム陰性菌の大まかな分類に触れ,最近話題の感染症のいくつかについてその臨床所見と原因菌の細菌学について述べる.

3 嫌気性菌

著者: 中村功 ,   国広誠子

ページ範囲:P.549 - P.554

はじめに
 ヒトの皮膚,粘膜の常在菌叢の主要な構成員である嫌気性菌は,内因感染症ないし日和見感染症の病原菌として無視できない存在である.
 近代的手法を取り入れて改訂された "Bergey's Manual of Systematic Bacteriology" のVol. 1(19841))とVol. 2(19862);以下,『新版』と略す)で嫌気性菌は,従来のBergey's Manual第8版(1974)と比較すると,分類,命名にかなり変化がみられ,われわれは速やかに対応しなければならない.

[2]抗酸菌

著者: 束村道雄

ページ範囲:P.555 - P.558

臨床上重要な抗酸菌
 臨床上もっとも重要な抗酸菌といえば,それは結核菌(Mycobacterium tuberculosis)であることは,昔も今も変わらない.結核と癩は,先進国以外の地域ではきわめて重要な問題であるが,日本も含めて先進国といわれる国では,結核と癩が減少し,臨床家の関心は,結核菌,癩菌以外の抗酸菌,いわゆる「非定型抗酸菌」(外国ではnontuberculous mycobacteria=非結核性抗酸菌と呼ばれることが多い)の感染症に移ってきた.その理由は,次のごとくであると思われる.
 (1)結核症の発生率は,年々減少しているが,非定型抗酸菌症(不合理な述語ではあるが,わが国の慣用に従ってこの述語を使用する.以下,‘atypical mycobacteria’の頭文字を取って「AM症」と略す)の発生率は,まったく減少の傾向を示さず,むしろ,漸増の傾向さえうかがわれる1)

[3]真菌

著者: 奥平雅彦

ページ範囲:P.559 - P.562

はじめに
 医学領域では真菌類(Eumycetes)および放線菌目(Actinomycetales)を一括して「真菌」と呼んでいる.
 真菌類は,かび,酵母,キノコと呼ばれている生物群の総括的学名であり,生物界を動物界と植物界に二分する立場からは,根,茎,葉の分化を欠いたもっとも下等な植物である葉状植物に属する.葉緑素を持たないために,光合成によってみずから栄養素を生産することができないため,もっぱら寄生的(活物寄生)(parasitic)あるいは腐生的(死物寄生)(saprophytic)に生活を営む.

[4]ウイルス

著者: 川名林治

ページ範囲:P.563 - P.567

はじめに
 臨床ウイルス学の進歩に伴い,ウイルス感染症とその病原ウイルスに関する知見が急速に進歩しつつある.
 臨床的に,呼吸器ウイルス感染症,発疹性ウイルス感染症,中枢神経系ウイルス感染症,消化器系ウイルス感染症などという分類法と,ウイルス学的にその形態,性状,血清学的に分類するものがあり,核酸の性状からDNA型およびRNA型ウイルスと大別する方法とがある.前者は,臨床診断や検体採取や実験室診断に有用であり,後者はウイルス学の基礎研究や,ウイルスの同定にたいせつである.

[5]Chlamydia

著者: 副島林造 ,   日野二郎 ,   中川義久 ,   岸本寿男

ページ範囲:P.568 - P.574

はじめに
 クラミジア感染症は世界中に広く存在することが知られ,現在,世界でもっとも多い感染症と考えられており,肺炎・尿道炎あるいは結膜炎などの全身性の感染症を引き起こすことが知られている1).近年,直接証明法や分離法の目覚ましい進歩により,わが国においても各科領域でその蔓延状況,臨床像についての積極的な検討がなされ始めている.
 呼吸器領域におけるクラミジア感染症は,従来Chlamydia psittaciによるオウム病(Psittacosis)がよく知られているが,近年Chlamydia trachomatis,さらに新しいChlamyciaと考えられるTWAR株による呼吸器感染症も話題となってきている.TWAR株とは最初1965年に台湾でトラコーマ患児の眼から分離されたTW-183株と,その後ワシントン大学で急性気道感染症例の咽頭から分離されたAR-39株から,現在TWAR(TWは台湾,ARはacute respiratorydiseaseの略)と呼ばれているものである2).当初はその増殖における性状からC. Psittaciの一亜型と考えられていたが,その後DNAホモロジーや制限酵素断片の泳動パターンの相違などから,C. Psittaci,C. trachomatisとは種を異にするものと考えられるに至っている3).またイランのトラコーマ患児の眼からC. 10L-207株というChlamydiaが分離されているが,現在これもTWARとほぼ同一のものとみなされている4)

[6]Rickettsia—特に恙虫病と紅斑熱について

著者: 須藤恒久

ページ範囲:P.575 - P.580

わが国に現在するRickettsiaとその感染症
 かつて,Rickettsiaは細菌とウイルスの中間に位置する微生物といわれていたが,現在では,細胞寄生性の細菌として位置づけられている.このRickettsiaの中で世界的にヒトの感染症として挙げられているのは,発疹チフス群,紅斑熱群,恙虫病,そしてQ熱の4群に大別される.これらのうち,発疹チフスは,わが国でも大戦直後の混乱期に一時大流行したが,DDT,BHCなどによる徹底的なシラミの駆除によって消滅し,1954(昭和29年)以降まったくみられていない.また,最近では世界的にも本病の発生は,まず報告されていない.
 また,同群の発疹熱は,かつてわが国でも発生していた.しかし,制度的な統計はなされておらず,その実態は定かではないが,おそらく今のわが国には存在していないものと思われる.

[7]寄生虫,原虫

著者: 大友弘士

ページ範囲:P.581 - P.585

はじめに
 かつてわが国に蔓延していた回虫症,鉤虫症などの腸管寄生虫症,あるいは風土病的に流行していた日本住血吸虫症やバンクロフト糸状虫症などはすでに著減もしくは絶滅に近い状態にまでコントロールされたが,それに伴って寄生虫症全般に対する関心の低下も招いたといえよう.しかし,これまでの寄生虫症もその多くが根絶されるには至っていないほか,最近における生活様式や食生活の変化に加えて人為的,生態的な感染要因の多様化とともに再流行の兆しがみられるものもあるので,注意を要する.
 一方,近年における寄生虫学の進歩は免疫学のそれと相まって,従来の概念では理解できなかったような寄生虫症の存在も明らかにし,その診断を可能にした.さらに,最近は宿主の免疫不全に乗じて発症する寄生虫症や海外由来の寄生虫症も数多く登場し,その態様はきわめて複雑になっている.しかし,このような疾患の全貌を紹介することは不可能である.そこで本稿では診断と治療,疫学的な観点から緊急の対策が必要な重要性の高い疾患を中心に人畜共通寄生虫症,日和見感染寄生虫症,輸入寄生虫症に類別して,その動向と感染要因などについて概説してみたい.

[8]化学療法剤の動向

著者: 八木澤守正

ページ範囲:P.586 - P.591

 近年における感染症の変貌は,本号においてすでに解説されてきたように著しいものがあり,新たに話題となっている病原微生物に起因する感染症への対応をも含めて,化学療法においても大きな変化が認められている.本稿では,臨床の現場で問題となっている病原微生物を中心に化学療法剤の動向を述べたい.

Ⅱ 感染症各論 [1]全身性感染症

1 敗血症

著者: 澤江義郎

ページ範囲:P.594 - P.598

疾患の概要
 敗血症(sepsis)とは,身体の組織あるいは臓器のどこかに原発巣としての化膿巣があり,そこから病原菌が血中に持続的または断続的に流入して,全身の血行散布による二次感染巣の形成と,産生された毒素や代謝産物などによる悪寒・戦慄,高熱,全身倦怠感,ショックといった重篤な全身症状をきたす疾患である.したがって,生命にかかわる重症全身感染症といえる.
 一方,腸チフスや流行性脳脊髄膜炎のときのように,感染症の発症過程で病原菌が流血中に侵入しているような場合には菌血症(bacteremia)といわれるが,両者の区別は困難であることが多く,欧米では両者を合わせて菌血症といっている.わが国では,この広義の菌血症に近いものとして,敗血症という用語が使用されている.また,抜歯後とか,尿道カテーテル挿入時,内視鏡検査施行時や骨髄穿刺時などに一過性の菌血症をきたし,発熱をみることがあるが,このときは一過性菌血症といって,敗血症とはいわないようである.さらに,菌血症という場合には,心臓弁膜症や先天性心臓病などに合併してくることの多い感染性心内膜炎も含まれてくる.

2 感染性心内膜炎

著者: 小林芳夫

ページ範囲:P.599 - P.602

 数ある細菌感染症の中でも古くから重症感染症の一つとして知られている感染性心内膜炎(infective endocarditis;IE)に関して,検査室サイドとして知っておくべきであると考えられるいくつかの事がらを取り上げて解説を加えることにしたい.

[2]中枢神経系感染症

著者: 三木寛二 ,   小林裕

ページ範囲:P.603 - P.606

疾患の概略と主な起炎菌
 中枢神経系感染症(表1)は頻度は低いが,死亡あるいは重い後遺症を残すものが多く,化学療法が可能なものでは,適切な薬剤選択のために起炎菌の迅速決定がたいせつである.ここでは主なもの(表中*)を中心に述べる.

[3]呼吸器感染症

1 上気道

著者: 重野芳輝

ページ範囲:P.608 - P.613

上気道感染症の概要
 上気道とは,口腔,咽頭,扁桃,喉頭および鼻腔(副鼻腔)から成る気管より上部の気腔をいい,呼吸に伴う種々の病原体の侵入口で,呼吸器系における最初の感染防御機構の場である.上気道感染症には,鼻炎,咽頭炎,喉頭炎,扁桃炎などが含まれ,日常診療でもっとも頻度の高い疾病として健康人でも年に数回の罹患をみる.種々の原因で起こるが,原因は異なってもその臨床症状は類似しており,一般にはかぜ症候群(急性の上気道を中心としたカタル性炎症の総称)と同義的に取り扱われる.

2 下気道

著者: 谷本普一

ページ範囲:P.613 - P.618

 下気道感染症は,基本的には一次感染でそれ自体が感染症である肺実質,間質の感染症と異なり,既存の気道ないし中間領域疾患を基盤として生じる.下気道感染によって生じる症状は,膿性痰とそれを喀出する咳,呼吸機能障害のための労作時息切れである.

3 肺・実質

著者: 河野茂

ページ範囲:P.619 - P.623

 肺は酸素を体内に取り入れ,二酸化炭素を体外に排出するガス交換を主な機能とする器官であり,直径150〜250μmの肺胞が約2〜3億個集まり,いわゆるスポンジ様の形態を呈している.その中で,肺胞上皮細胞により囲まれた腔が肺実質と呼ばれている.その肺実質の感染症には,肺炎と肺化膿症が主な疾患として知られている.
 肺炎では病理形態学的に肺胞内に好中球などの炎症細胞や液性浸出物の浸潤がみられる.胸部X線像では,それを反映して浸潤影がみられ,病変の広がりにより大葉性肺炎と気管支肺炎に分けられる.また,平常は健康に社会生活を送っている人に発症する在宅肺炎(community acquired pneumonia)と入院中の人に発症する院内発症肺炎(nosocomial pneumonia)に分類される.

[4]肝・胆道感染症

著者: 品川長夫

ページ範囲:P.624 - P.627

はじめに
 CTや超音波断層検査法などの画像診断法の登場により,肝・胆道感染症の診断は飛躍的に向上した.さらに,超音波誘導下穿刺によるドレナージという新しい治療法や優れた抗生物質の登場により,その治療成績も著しく向上してきた.細菌性ショックがその病態である急性閉塞性化膿性胆管炎でさえも,早期にドレナージ処置が施行され,有効な抗生物質が投与されるため,その予後も著明に向上してきた.
 ここでは,肝・胆道感染症の診断と治療について概説する.

[5]腸管感染症—伝染病型と食中毒型

著者: 相楽裕子 ,   松原義雄

ページ範囲:P.629 - P.637

はじめに1,2)
 各種病原体がヒトの腸管に侵入・定着・増殖することによって起こる疾患を,腸管感染症と総称する.臨床像からは急性下痢症を主徴とする感染性腸炎と,腸チフスのように本質的に菌血症を起こす全身感染症に分けられる.いずれも汚染食品や水を介して感染することが多いので,food-borne diseaseとも呼ばれるが,腸チフス・パラチフスはチフス性疾患として感染性腸炎とは別に扱われる.一方,細菌性食中毒は個々の症例からみれば急性胃腸炎像を呈するものが多く,腸管感染症の範疇に入れられる.同じく感染性腸炎型であっても,従来伝染病と食中毒は定義上も患者取り扱い上も厳密に区別されてきた.すなわち,赤痢菌(Shigella)やコレラ菌は少ない菌量(104〜5)で健康者でも感染発症させるvirulence(伝染力)をもちヒトからヒトへ二次感染を起こす可能性があるため,わが国では法定伝染病として強制隔離する体制がとられてきた.他方,後者は食品の中で増殖した比較的大量の生菌(106〜8)の摂取によって発症し,通常は二次感染を起こさないものとされ,届け出の義務はあるものの患者の強制隔離は要求されていない.しかしながら,近年,検査技術の飛躍的な向上とともに新しい食中毒起因菌あるいは腸炎起因菌が次々に明らかにされ,また従来の食中毒起因菌についても研究が進むにつれて,食中毒起因菌でも条件しだいで少数の菌量で感染発症し,ヒト-ヒト感染,水系感染を起こしたり,逆に伝染病起因菌でも発症にはかなり大量の菌を必要とすることが判明した.したがって,筆者らは伝染病と細菌性食中毒という法律上の区別よりも,菌種によって取り扱いを考えて対処している.
 伝染病起因菌が検出されると,その感染性に対して過敏になるが,わが国では患者は伝染病隔離施設に収容されるため,患者の糞便を介する二次感染に注意すれば十分である.表に腸管感染症の病原体とその臨床像をまとめた.本稿では便宜的に,法定伝染病病原体を伝染病型とし,Clostridium difficileを含むその他の腸管系病原体を食中毒型としてまとめることにする.

[6]尿路感染症

著者: 柴孝也 ,   加地正伸

ページ範囲:P.638 - P.641

はじめに
 尿路感染症(urinary tract infection;UTI)は,腎から尿道に至る尿路臓器に炎症を惹起する細菌の感染症によるものである.本症は臨床の場でもっとも多く認められる細菌感染症の一つであり,感染部位によって腎盂腎炎,膀胱炎などと呼ばれている.
 本症は乳幼児期まではその発症に性差が認められないが,成人では尿道の短い女子に好発する.男性では前立腺肥大などのみられる高年齢層で発症率は高くなる.感染経路は大部分が逆行性感染(上行感染)であり,その原因菌としては腸管由来のグラム陰性桿菌が多い.膀胱内に侵入した細菌は膀胱炎を起こすが,中には尿管を経由して腎臓に到着し,腎盂腎炎(腎の感染症)を発症させるものもある.

[7]性行為感染症(STD)

著者: 田中正利 ,   熊澤淨一

ページ範囲:P.642 - P.646

STDの概要
 従来,「性病」とは性病予防法に定められている梅毒,淋疾,軟性下疳,性病性リンパ肉芽腫の4疾患を意味していた.しかし最近は,性行為によって伝播・感染するものを一括してSTD(sexually transmitted diseases;性行為感染症)と呼ぶことが多くなってきた.すなわち,社会環境,性風俗の変遷に伴い,STDの範疇に入る疾患は増加しており,必然的に治療も複雑化してきている.
 現在STDと考えられている疾患およびその原因微生物をまとめると,表1のごとくである.各科領域にわたる疾患であり,原因微生物も,細菌はもちろんのことウイルス,寄生虫など多種類が含まれている.しかし,依然としてもっとも頻度が高いのは淋疾を含む尿道炎である.尿道炎においては,以前はNeisseriagonorrhoeae(淋菌)により生ずる淋菌性尿道炎(Gonococcal urethritis;GU)が多かったが,1960年代後半から1970年代前半にかけて,欧米ではN. gonorrhoeae以外の原因微生物による非淋菌性尿道炎(Non-gonococcal urethritis;NGU)がGUを上回るようになった1,2).わが国でも,近年NGUの増加は著しく,現在ではGUよりも頻度の高い疾患となっている.NGUの原因微生物としては,現在のところ表1に示したものが考えられているが,病原性が確立し,もっとも解明が進んでいるのはChlamydia trachomatisである.

[8]外科領域感染症

著者: 奥沢星二郎 ,   相川直樹 ,   石引久弥

ページ範囲:P.647 - P.650

外科領域感染症の発生機序
 われわれを取り囲む環境には,生体に対して病原性を有する細菌,ウイルス,真菌などの多くの微生物が存在する.病棟や手術室においても空中落下菌の問題がある.また生体には皮膚や消化管など,至るところに常在細菌叢が形成されている.特に下部消化管にはグラム陰性菌としてBacteroides(バクテロイデス)やEscherichia coli(大腸菌)などの複数の菌種で構成された常在細菌叢がある.
 正常の皮膚や粘膜はこれらの微生物の侵入を阻止する局所的な防御機構を構成しているが,外傷や手術などの外科侵襲によってこの機構が破綻すると,環境に存在する微生物や損傷部位における常在細菌叢由来の汚染菌の侵入によって感染症が発生する危険がある(図1).局所の循環障害や異物の存在は微生物の増殖を促進する.

[9]産婦人科領域感染症

著者: 松田静治

ページ範囲:P.651 - P.655

 女性性器は,尿路と同じく細菌感染の機会が多く,炎症を起こしやすいものであるが,近年弱毒菌と考えられる細菌による日和見感染症(opportunistic infection)の増加傾向および検査法の進歩に伴うクラミジア感染症の登場など,感染症の様相に変化がみられ,往時に比して起炎菌,病態の面でかなりの変貌がみられている.本稿では,性器の細菌感染症を中心に,その実態と起炎菌の現況,変遷と検査法について述べる.

[10]耳鼻咽喉科領域感染症

著者: 馬場駿吉

ページ範囲:P.656 - P.660

はじめに
 耳鼻咽喉科領域に属する各部位,例えば鼻腔,副鼻腔,口腔,咽頭,喉頭などは,気道,食道の入口に位置して外界と直接,接触をもっており,また中耳も耳管,鼻腔・咽頭を介して外界と交通している.したがって,これらの部位へは吸気あるいは摂食,また近年の性風俗の変化に伴い,性行為によっても種々の微生物が侵入する機会が多く,感染症の好発するところとなっており,微生物検査が必要となる場合も多い.また一方,鼻腔,口腔,咽頭,外耳道などには常在菌叢が存在し,通過者的な細菌も多いところである.微生物検査に当たっても,検査材料にこれらの混入を防ぐ工夫が必要であるとともに,検査データの読み取りに当たっても,真の起炎菌を正しく鑑別することが重要である.
 以下に耳鼻咽喉科の代表的感染症の現況を概説し,微生物検査のうち,主として細菌検査における留意点について述べたい.

[11]眼科領域感染症

著者: 大石正夫

ページ範囲:P.661 - P.665

眼感染症と起炎菌
 主な起炎菌とそれによる眼感染症を表1に示した.細菌,ウイルス,Chlamydia,抗酸菌,スピロヘータ,真菌ならびに原虫によって,それぞれ特有の眼感染症が発症する.
 細菌では,Staphylococcus(ブドウ球菌)がもっとも広く原因菌となる.麦粒腫の軽症なものから,眼窩蜂巣炎,全眼球炎(眼内炎)の重篤なものにまで及ぶ.グラム陰性桿菌では,Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)による角膜潰瘍が重要である.ウイルスでは,アデノウィルスによる流行性角結膜炎,ヘルペスウイルスによる角膜ヘルペスが主要な部分を占めている.Chlamydiaでは性行為感染症(STD)に関連した封入体性結膜炎が注目される.真菌は角膜真菌症,真菌性眼内炎など,数は少ないが重篤化する.その他,全身疾患の部分症として,結核,梅毒,原虫による眼感染症もみられる.

[12]皮膚・軟部組織感染症

著者: 梅村茂夫 ,   荒田次郎

ページ範囲:P.666 - P.669

はじめに
 皮膚感染症には,一般細菌による化膿性疾患である皮膚一般細菌感染症,梅毒,結核,癩,真菌感染症,ウイルス感染症などが含まれるが,ここでは皮膚一般細菌感染症について述べることとする.
 皮膚一般細菌感染症は後述するように,疾患によって原因菌がほぼ一定しており,他科のごとく,グラム陰性桿菌の分離頻度が増加してきているというようなことはなく,年度による分離菌種の差はみられず,皮膚一般細菌感染症は主としてグラム陽性球菌,中でもStaphylococcus aureusの関与が重要視される.そのうえ近年S.aureusのβ-ラクタマーゼ産生菌の増加,あるいはメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)の増加が問題となってきている.そこで,この稿では,皮膚一般細菌感染症の診断と分離菌,S.aureusのβ-ラクタマーゼ産生能およびMRSAの疾患との相関関係を最近の知見を交えて述べる.

[13]小児ウイルス感染症

著者: 藤田晃三

ページ範囲:P.670 - P.674

はじめに
 小児のウイルス感染症は頻度の高い疾患であるとともに多彩であり,新しい疾患や新たな原因ウイルスの発見もなされている.多くは臨床症状をもとに診断されるが,流行などの疫学的背景がなければその診断は必ずしも容易ではない.また,症候群としてとらえられるような疾患も多く,原因を確定するためにはウイルス検査は欠かせない.表に小児の主なウイルス性疾患とその原因ウイルス,ウイルス分離材料,および血清学的検査方法を挙げた1).この表をもとに,まず,ウイルス性疾患の検査法,検体採取の際の注意点について述べた後,小児ウイルス感染症について概説する.また,百日咳について触れてみたい.

[14]最近の法定伝染病

著者: 伊藤武 ,   平田一郎

ページ範囲:P.675 - P.680

はじめに
 国内や国外に発生する感染症の蔓延を防止するために,各種の法令によって種々の伝染病の保健所長や都道府県知事への届け出が義務づけられている.伝染病予防法によって法的規制を受ける法定伝染病には,コレラ,赤痢(疫痢を含む),腸チフス,パラチフス,とう(痘)瘡,発疹チフス,狸紅熱,ジフテリア,流行性脳脊髄膜炎,ペスト,日本脳炎の11種の疾患が挙げられている.これらの疾患は伝染力が強く,大流行を起こす危険性が高いので,早期に防遏しなければならないし,平常時においても防疫対策が必要である.
 近年の伝染病は医療技術の向上,抗生物質の開発に伴う治療面の目覚ましい進歩,保健活動の推進による予防接種の普及と公衆衛生観念の浸透,上下水道など環境整備,さらにはWHOの積極的な伝染病撲滅活動により著しく減少してきた.近年では過去にみられたような伝染病の大流行がなく,小規模化してきたし,中には発生がみられない伝染病も現れてきた.症状が著しく軽症化してきたことも特徴である.伝染病予防法に掲げられているとう瘡はWHOの根絶計画により1979年に地球上から姿を消した.ペストもアメリカ合衆国,南アメリカ,アフリカ,中央および東南アジア,インドネシアなどに森林ペストとして潜在しているが,わが国では1926年(昭和1年)に8名の患者が報告されて以降発生がみられない.発疹チフスもかつては何回かの大流行があったが,1957年の1名の患者を最後に患者発生の報告がみられていない.これに反し,生活水準の向上や海外交流の活発化により伝染病が蔓延する地域への海外旅行者の増加あるいは食生活の多様化に伴い病原微生物の汚染が危惧される輸入食品の増加に反映されて,伝染病も新たな問題として話題にされるようになってきた.

Ⅲ 検査法各論

[1]感染症の鑑別診断—他疾患との鑑別のための臨床検査について

著者: 猪狩淳

ページ範囲:P.684 - P.688

はじめに
 感染症診断の第一歩は感染症であるかどうかを見分けることである.それには,患者の生活歴,既往歴,発熱時の状態を詳しく,的確に問診し,把握することが基本であることはいうまでもない.そして感染症を疑う場合,感染症でしばしば認められる所見,症状があるかどうかを見極めることがたいせつである.
 感染症の場合にみられる一般的症状は発熱,全身倦怠感,時に体重減少,発疹,その他いろいろとあるが,いずれも感染症に特有なものではない.しかし,感染症の主要症状の第一に挙げられているのが発熱であるので,以下,発熱患者の場合を例にとって,それが感染症によるものか,感染症以外の疾患あるいは病態によるものかを鑑別するために必要な臨床検査について解説してみよう.

[2]染色法

1)単染色

著者: 川上浩

ページ範囲:P.689 - P.690

■目的
 単染色は,細菌の大きさ,形態および配列の一般形態学的検索に役だち,痰,膿汁,分泌物,髄液などの被検材料中の細菌の有無や培養検出菌の形態学的な迅速同定に用いられる.また,細菌以外の細胞の鑑別にも役だつ.
 染色法としては,通常,レフレル(Loeffler)のメチレンブルー染色,パイフェル(Pfeiffer)のフクシン染色が用いられる.

2)異染小体染色

著者: 川上浩

ページ範囲:P.690 - P.691

■目的
 臨床的にジフテリア症が疑われる患者材料の偽膜や鼻咽頭分泌物などから,Corynebacterium diphtheriae(ジフテリア菌)の存否を早期に推定診断するためや,培養検出菌をレフレル血清培地に純培養した菌体について,異染小体の存在を確認同定するために用いる.
 染色法としては,通常,ナイセル(Neisser)の原法,Cowdryのナイセルの変法,アルバート(Albert)の法が用いられる.

3)グラム染色

著者: 松尾啓左

ページ範囲:P.691 - P.693

 本来は組織中に存在する細菌を組織から染め分けるために,1884年にHans Christian Gramにより考案された方法であるが,ほとんどの細菌はグラム陽性と陰性とに染め分けができ,その特徴的形態所見から,ある程度菌種や属を推定することも可能である.もっとも基本的・必須の手法で,検査全般に迅速性を要求されている昨今,あらためてその重要性がクローズアップされてきている.

4)抗酸染色

著者: 藤木明子

ページ範囲:P.693 - P.695

■染色の原理
 抗酸菌染色は,一度染められた菌体は酸やアルコールによっても脱色されにくいという特性を利用したものである.この性質は菌体成分のミコール酸に関係1)しているといわれている.代表的な染色法には,チールーネールゼン(Ziehl-Neelsen)法と蛍光法がある.
 チールーネールゼン法は,石炭酸を媒染剤として加えたフクシン液を加温により,よく菌体に浸み込ませて染めた後,酸アルコールで脱色処理して抗酸菌のみを分別し,メチレン青液で背景を染める,というものである.蛍光法は石炭酸フクシン液の代わりに蛍光色素のオーラミンで染め,紫外線を照射して二次蛍光を検出するものである.いずれの方法も主にMycobacteriumの検出に用いられるが,NocardiaやCorynebacteriumも弱いながら抗酸性を示す.

5)墨汁法

著者: 高橋長一郎

ページ範囲:P.695 - P.696

 これは陰性染色法(negative stain)ともいわれる方法で,バックグラウンドを墨汁1)またはニグロシン2)で黒染し,その中に染色されない微生物,その他を透かして見る方法で,スピロヘータ類の形態や有莢膜菌の観察によく利用される(図3).ここでは臨床検査室で比較的利用される機会の多い,Cryptococcusの莢膜検出について述べる.

6)莢膜染色

著者: 高橋長一郎

ページ範囲:P.696 - P.697

 多くの細菌はその表層が粘液層で覆われており,ある種の細菌では顕微鏡的にはっきりと膜様(莢膜)となって外界と明らかに区別される.莢膜の典型的に形成されるものは,Streptococcus Pneumoniae(肺炎球菌),Klebsiella Pneumoniae(肺炎桿菌),Bacillus anthracis(炭疽菌)などである.莢膜は動物体内または動物性蛋白含有の培地上で形成され,普通寒天培地上では形成されにくい.
 分離・培養したS.Pneumoniaeでは,ほとんど英膜が認められないが,ウサギの新鮮血または血清中で37℃で2時間培養すると著明な英膜が観察されるようになる.一般に培養菌を材料にする場合には水を用いず,ウシまたはウサギの血清を用いて塗抹標本を作る.莢膜染色には,ヒスの方法(Hiss's method)5,6)がもっともよく用いられているが,荒井ら7)の方法も墨汁法とクリスタル紫を組み合わせた簡便な検出法で実用性がある.

7) PAS染色

著者: 高橋長一郎

ページ範囲:P.697 - P.698

 PAS反応は,酸化剤として過ヨウ素酸(periodicacid)を使用し,これにシッフ(Schiff)試薬を作用させた方法であり,その頭文字をとってPAS反応8,9)と呼ばれている.

8)鞭毛染色

著者: 山中喜代治 ,   藪内英子

ページ範囲:P.698 - P.699

 現行の細菌分類学では鞭毛の数と位置は,対象となる菌株の科,属,もしくは種を決めるのに重要な鍵となっている.細菌鞭毛の太さは光学顕微鏡の分解能以下なので,特殊な染色法で色素や銀粒子などを付着させて太くしないと観察できない.鞭毛染色はレフレル(F. A. J. Löffler,1890)以来,多数の研究者により種々の方法が考案されてきたが,レイフソン(O. Rafson,1951)は効率のよい染色法を案出するとともに,細菌の分類と同定に関係して鞭毛形態の重要性をきわめて明確に打ち出した.それ以来,運動性細菌を扱った分類学の論文には必ず鞭毛形態の光顕写真または電顕写真が添えられるようになった.このことは,臨床細菌検査にも浸透し,簡易同定法などで被検菌株の菌名が得られないときなどに実用されている.しかし近年,鏡検に疎縁な細菌検査室が増え,鞭毛形態はおろか患者材料の直接塗抹鏡検さえ省略する傾向がある.嘆かわしいことである.
 これまでに考案された鞭毛染色法はいずれもそれぞれに長所と短所があり,各自の好みに応じて熟練すればよい標本が得られるが,われわれは十数年来レイフソン法を賞用してきたのでその概要を述べる.詳細はすでに記載してあるのでそれを参照されたい1〜3)

9)ディーンズ染色

著者: 坂東明美 ,   奥住捷子

ページ範囲:P.699 - P.700

 寒天平板上に発育した細胞壁をもたないL. formやMycoplasmaの集落の観察に用いられる.これらの集落は通常,《目玉焼き状(fried-egg form)》と形容され,中心部が厚く,周囲がレース状になっている場合が多い.
 検査対象となるのは,それぞれの目的の培地に発育してきた集落を観察するときに使われることがある染色である.

10)ギムザ染色

著者: 坂東明美 ,   奥住捷子

ページ範囲:P.700 - P.701

■目的
 微生物分野でギムザ染色が行われるのは,寄生原虫類の検出および内部構造を観察するときである.
 日本では土着の病原性の強い寄生原虫は見られないが,今日のように世界各地との交流が盛んになると,アフリカや東南アジアなどからの熱帯性の輪入原虫症も多く,また,白血病,リンパ腫,癌,エイズ,免疫抑制剤使用者などの免疫能低下に伴って顕在化してくるPneumocystis cariniiやToxoplasma gondiiなどの日和見的原虫症も多くなり,それらの検出・鑑別に,ギムザ染色は有効な手段となる.

11)トルイジンブルーO染色

著者: 阿部美知子 ,   久米光

ページ範囲:P.701 - P.702

 Chalvardjian法ともいう.Pneumocystis cariniiの検出に用いる.生検肺,気管支洗浄液,喀痰,病理組織標本などを検体とする.染色の原理は,P. cariniiのシスト壁中の水酸基(-OH)を硫酸でエステル化して硫酸エステル(-OSO3)を形成させ,これをトルイジンブルーOで染め出す,というものである.

12)グロコット染色変法

著者: 阿部美知子 ,   久米光

ページ範囲:P.702 - P.703

 ゴモリのメセナミン硝酸銀染色(Gomori's methenamine silver nitrate staining)ともいい,真菌類とPneumocystis cariniiの染色に用いる.真菌を対象とする場合はあらゆるものが検体となるが,本法は主に病理組織標本に対して用いられる.P. cariniiの場合は,トルイジンブルー0染色と同様の検体が材料となる.
 染色の原理は細胞壁中の多糖類をクロム酸で酸化するとアルデヒド基が遊離し,これにメセナミン銀を反応させ,その還元によって染色する,というものである.

13)アクリジン・オレンジ染色

著者: 舘田一博 ,   山口惠三

ページ範囲:P.704 - P.705

■目的・原理
 1977年にKronvallら1)がアクリジン・オレンジ(AO)染色法による菌の検出を報告して以来,この染色法の細菌検査における有用性が検討されてきた.1980年にはMcCarthyら2)が,血液培養において液体培地による一夜増菌培養後のAO染色法とブラインドサブカルチャーの菌検出率を比較検討し,ブラインドサブカルチャーに匹敵する結果を得たと報告している.その後,本染色法は敗血症患者血液からの迅速な菌検出を目的に多くの検討が加えられた.
 本染色法の原理は蛍光色素であるAOの核酸(DNA)に対する親和性を利用したものであり,原核生物である細菌DNAとAOの複合体を蛍光顕微鏡によって観察するものである.当然,白血球,上皮細胞などの核も染色されるわけであるが,その染色性の違い,形態によって容易に細菌,真菌などとは鑑別がなされる.そしてAO染色の施された塗抹標本はその後直ちにグラム染色による重染色が可能なことから,菌の存在の有無だけでなくグラム染色性を確認できるという利点を有している.図7にAOの化学構造を示す.

[3]感染症の病理学的検査法

著者: 久米光 ,   畠山恵子

ページ範囲:P.706 - P.711

はじめに
 ヒトの疾病の中で質的にもっとも変貌したものの一つは,感染症であろう.この事実は,ヒトの病変を全身的な視野で確実にとらえることができる病理剖検例においても,如実に経験されつつある.
 この変貌しつつある感染症,生体内外に広く分布する微生物によって惹起される感染症にあって,臨床的に特に問題となるのは,その病原菌がいったい何であるのか,という特定である.このための病原診断法には,各種臨床材料の培養検査法や免疫血清学的検索法あるいは病理組織学的検索法があるが,最近になって個々の方法に多少の進歩がみられるとはいえ,一般的には反復して行われる培養検査に依存せざるをえないのが現状であろう.しかし,培養成績の評価に際して病因論的考察に窮することはしばしば経験される.

[4]感染症の免疫学的検査法 1)蛍光抗体法

①Chlamydia

著者: 横澤光博

ページ範囲:P.712 - P.713

 近年,STD疾患の診断に検体中の病原微生物を直接検出する迅速診断法の一つに免疫学的な手技を用いた蛍光抗体法がある.尿道,腟粘膜擦過標本を染色し,迅速にChlamydia trachomatisを検出する直接蛍光抗体法について解説する.

②Legionella

著者: 猿渡克比孔

ページ範囲:P.714 - P.716

 レジオネラ症の診断は,菌の分離,検体中の菌体の確認および血清抗体価の測定によって行われているが,最近では尿中,血清中あるいは喀痰中の可溶性抗原の検出など免疫血清学的反応を応用した検査法が種々検討されている.
 蛍光抗体法は血清抗体価1)の測定および直接蛍光抗体法(direct immunofluorescent antibody;DFA)2)による菌体の確認に応用されている.血清抗体価の測定には本稿で述べる間接蛍光抗体法(indirect immunofluorescent antibody;IFF)1)のほかにMA(microagglutination test)3〜5),ELISA(enzyme linkedimmunosorbent assay)3,6),IAHA(immune adherence hemagglutination test),IHA(indirect hemagglutination test)7)およびCF(complement fixation test)などがあるが,これらの方法のうち,一部を除いては手技的にまだ確立されたものはなく,通常,本症診断における血清抗体価の測定は,IFAによって行われているのが現状である.

2)ラテックス凝集法

著者: 神野英毅

ページ範囲:P.717 - P.718

 ラテックス凝集法(LA法)は,ラテックス(ポリスチレン重合体など)粒子の表面に特異的な抗体分子または抗原そのものを物理吸着または化学結合させた感作ラテックス粒子と,検査検体中の抗原もしくは抗体を反応させ,その結果生じる免疫凝集体を肉眼的にかまたは光学装置により検出する検査法である.その原理は図4に来すものである.
 LA法の特徴は通常,検体試験液をそのまま使用するhomogeneous immunoassayであり,感染症のごとく迅速・簡便に起炎菌などを検出する際に優れたアッセイ法といえる.本稿では特にLA法による微生物診断法の種類,手技,結果の判定,非特異的反応などを実例に即して概説する.

3)共同凝集反応

著者: 新谷康夫

ページ範囲:P.719 - P.720

■共同凝集反応とは
 Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)の細胞壁成分の一つであるプロテインAは,免疫グロブリン,特にIgGのFc末端部と結合する性質がある.この性質を利用し,抗原(菌)に対する特異抗体をS. aureus表面に結合させた試薬と,対応する抗原(菌)とを混合させると,S. sureusを核とした格子状の肉眼で観察できる凝集像を形成する.この抗原抗体反応を共同凝集反応(Co-agglutination;CoA)という(図6).特異抗体結合に用いるS. aureusは主にCowan I株が用いられるが,これはCowan I株がプロテインAの合成能が高いためである.

4)対向流免疫電気泳動法

著者: 中村明

ページ範囲:P.721 - P.723

はじめに
 対向流免疫電気泳動法(counter-current immunoelectrophoresis,counterimmunoelectrophoresis;CIE)はオーストラリア抗原(現在のHBs接原)の免疫学的検出法として医学の分野に登場したが,これが近年の微生物抗原検出による病因診断の端緒であろう.1970年代になって化膿性髄膜炎を主とする重症細菌性感染症の迅速病因診断法として応用されるようになった.
 血清・脳脊髄液などの体液中に細菌抗原が存在することは,今世紀初頭から認識されていた.1930年代になって,MaegraithがNeisseria meningitidis(髄膜炎菌)性髄膜炎例で沈降法によって英膜抗原の存在を証明した.以後,Alexanderらが化膿性髄膜炎の髄液中のHaemophilus influenzae type b(インフルエンザ菌b型)莢膜抗原をring test(沈降反応)で検出していたが,これ以外には原因菌検出法として用いられなかった1).沈降反応は検出感度が鈍く,反応に長時間を要する,また必要検体量が多い,などの理由で普及しなかったと考えられる.すなわち,細菌培養法と比して利点が少なかった.

5)酵素免疫法

著者: 畠野靖子

ページ範囲:P.723 - P.727

 1971年EngvallとPerlmannは酵素(アルカリホスファターゼ)標識抗体を用いて抗原を定量的に測定する方法を報告し,次いで抗体を測定する方法としてenzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)を紹介した1).ELISA法は,放射性同位元素を用いたradioimmunoassay(RIA)に対し,特殊施設や特殊機器を必要とせず,検査時の危険な汚染を心配する必要もない.また感度的にもRIAに匹敵している点において,優れた方法といえる.
 ここではELISAによる免疫グロブリンクラス別の抗体測定法の原理と操作法について例を挙げて述べてみたい.

6)その他—補体結合反応,赤血球凝集抑制反応,間接赤血球凝集反応,逆受身赤血球凝集反応

著者: 中村正夫

ページ範囲:P.727 - P.731

補体結合反応1〜3)
 補体結合反応(complement fixation reaction;CF)CF反応は,広く微生物の血清学的検査として応用されているが,特に日常検査に多く用いられるものとして,梅毒,リケッチアおよびウイルスの血清検査がよく知られている.中でもウイルスでは,もっとも基本的な技術であり,大部分のウイルスを対象として,抗原が用意できれば,同一の術式で行うことができ,多数の抗体を扱うことも可能である.またウイルスの型,株間の抗原性の比較を行うこともできる.しかし,補体結合反応には共通抗原の存在が知られており,群を決めることはできても,型決定には他の方法を用いることが必要である.例えば,アデノウイルス,パラインフルエンザウイルスなどのように,型間に共通抗原がみられる場合がそうである.

[5]培養法 A 検体別培養法

1)血液

著者: 内田博

ページ範囲:P.732 - P.735

 検体採取培養から報告までの一連の流れを図1に示した.

2)尿

著者: 餅田親子

ページ範囲:P.735 - P.740

 尿の培養検査は尿路感染症診断のための細菌尿の証明にきわめて重要な検査である.1957年,KassやMac-Donaldが細菌尿について提唱1,2)したように,尿道常在菌の汚染を極力避けて採取された尿から105CFU/ml以上の細菌が検出されたとき,その細菌を起炎菌とする尿路感染症の診断が成立する.尿路感染症の感染経路はその大部分が尿道からの上行性感染であり,起炎菌としては陰部あるいは腸管内常在菌が重要な役割を果たしている.したがって,中間尿の培養は定量培養法を実施したほうが臨床的意義づけが容易である.尿の採取および検査を開始するまでの過程において,尿中における汚染菌の増殖には十分な配慮が必要である.

3)喀痰

著者: 平泻洋一 ,   山口惠三

ページ範囲:P.740 - P.743

 感染症患者において,起炎微生物を分離培養し同定することはもっとも直接的な診断法であり,その治療法の選択や効果の判定においても非常に重要であることはいうまでもない.しかし,呼吸器感染症の起炎微生物は細菌,真菌,Chlamydia,ウイルス,原虫,寄生虫と多岐にわたっており,これらの中で培養が比較的容易な細菌と真菌がルチーン検査の対象となっている.ウイルスやChlamydiaも培養可能であるが,特殊な技術を必要とするため,一般の検査室では検査の対象外となっている.
 喀出痰の場合,喀出される過程で種々の程度に上気道の常在菌による汚染を受け,その培養結果は必ずしも下気道の感染を反映しないため,呼吸器感染症の診断法としての意義について否定的な意見も多い1,2).しかも近年,Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌),Haemophilus influenzae(インフルエンザ桿菌),Streptococcus pneumoniae(肺炎球菌),Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌),Enterobacteriaceae(腸内細菌)あるいは真菌などの潜在的に病原性を持つ微生物を常在菌として上気道や腸管などに有している患者が多く3),かつこれらの微生物は宿主の免疫能低下などに伴い病原性を発揮する場合があるため,このような患者から得られた分離菌はそれが真の起炎菌であるか否かの判定がしばしば困難となる.しかし採取に際して苦痛を伴わず,また特別の器具を必要とせず患者自身で行える方法であり,現時点においては下気道感染症患者における起炎菌検査のための検体の大部分を占めている.このような状況の中で検査結果を有意義なものとして診断・治療に反映させるためには,検査室側の技術の向上のみならず,臨床医は適切な検体の採取の施行・指導を行うとともに患者背景,その他の必要十分な情報を検査部に提出し,両者の密接な提携のもとで起炎微生物の決定を行うことが必要である.

4)胆汁

著者: 佐久一枝

ページ範囲:P.744 - P.745

 胆汁の細菌検査は,胆道感染症の原因菌を知るために行われる.胆道感染症としては胆嚢炎,胆管炎,肝膿瘍,胆汁性腹膜炎が挙げられる.
 感染経路は上行性感染(逆行性感染),血行性感染,リンパ行性感染が挙げられるが,多くの場合,以下に記すように上行性感染と考えられている.以前は胆汁には細菌が存在しないと考えられていたが,現在では胆汁の流れの中には細菌がつねに存在していることが知られている.胆汁の流れが通常の場合は細菌感染は起こりにくいが,胆石または胆管癌などが原因で胆汁うっ滞が生ずると,腸管に常在している細菌が十二指腸から総胆管内へ逆行性に胆管または胆嚢へ侵入し,胆汁内で増殖して細菌感染が起こる.胆汁はそれ自体が好適な培地となる.ただし,グラム陽性球菌は増殖を抑えられる.

5)膿汁

著者: 村瀬光春

ページ範囲:P.746 - P.750

 膿汁は微生物の侵入に対する生体防御反応の結果の生成物であり,膿瘍や蜂窩織炎などの化膿性疾患において認められる.そして細菌検査室では,これらの病巣中から原因菌を的確に検出することが必要である.
 本稿では膿汁からの原因菌を検出するための培養法を記述する.

6)髄液

著者: 石山尚子

ページ範囲:P.750 - P.753

■原因微生物
 脳脊髄膜炎(髄膜炎)は,髄液所見(細胞数,細胞の種類,蛋白量,糖量など)により,化膿性,非化膿性に大別できる.
 化膿性髄膜炎は一般細菌による髄膜炎の総称で,きわめて重篤で,適切な化学療法を早期に開始するために原因菌を迅速に決定する必要がある.原因菌は,年齢,手術後などの患者の背景により菌種が異なるので,患者の情報は検査上,原因菌の予想を立てるために必要である.

7)糞便

著者: 深見トシヱ

ページ範囲:P.754 - P.757

 従来の糞便の細菌学的検査は,単に腸管系法定伝染病菌の有無を明らかにすれば,主なる検査目的は達成されると考えられていた.しかし,現在では急性感染性腸炎のほかに薬剤関連の偽膜性腸炎,菌交代性ブドウ球菌腸炎,あるいはアンピシリン(ABPC)などのペニシリン系広域抗生物質投与後に誘発される急性出血性大腸炎,臓器移植患者の手術前後に実施される腸管内無菌化のための監視培養(surveillance culture)など,それぞれの患者の病態に応じて検査目的が異なり,したがって患者の診断と治療のための検査を実施するためには臨床医からの情報が特に必要な検査領域である.また近年特に感染性腸炎の研究の進歩が著しく,下痢起病性大腸菌をはじめいくつかの菌についての発症機構の解明がなされたために,腸管系法定伝染病菌の検出を基本に置きながらも,その他の病原菌についても幅広く検索を進める方向にある.
 そこで,以下にウイルスと原虫を除く糞便の培養法を中心に記述することとする.

B 対象別培養法

1)抗酸菌

著者: 東堤稔

ページ範囲:P.758 - P.762

 培養検査は塗抹検査に比べて検出感度が優れているのみならず,得られた集落から菌種の同定による確定診断や化学療法に欠くことのできない薬剤感受性検査が実施できる利点がある.
 抗酸菌検査のうち結核菌検査については『結核菌検査指針』(厚生省監修,1979)による検査法が広く実施されてきたが,近年,微量排菌者の増加,小川培地での遅発育菌,劣性発育菌,非結核抗酸菌(Mycobacteriaother than tubercle;MOTT)など多様化し,現在の検査法で対応できないため,指針の改訂版ともいうべきものが工藤らによって出版された.『微生物検査必携—細菌・真菌検査 第3版』(厚生省監修,1987)では検体の前処理法や使用培地に改良が加えられ,現状に合った精度の高い検査法が紹介されている.

2)嫌気性菌

著者: 森伴雄

ページ範囲:P.762 - P.765

 近年,操作性に優れた種々の嫌気性菌培養装置が考案され,また嫌気性菌用培地の種類が増え,さらにこれらの生培地も次々と市販されている.その結果,嫌気性菌の培養技術は著しく向上し,従来は培養困難であった嫌気性菌の検査が容易になった.しかし,この数年,新しい抗菌剤の開発によって好気性菌感染症の治療に嫌気性菌にも抗菌力を有する薬剤が投与されるようになり,嫌気性菌の分離頻度は5年前の1/2〜1/3に減少した1).そのため,嫌気性菌感染症の認識が薄れ,以前のような臨床医からの検査指示が少なくなった.そのため,嫌気性菌の検査はルチーン検査をシステム的に行うことが重要である.

3)真菌

著者: 阿部美知子 ,   久米光

ページ範囲:P.765 - P.768

 真菌類を対象とした分離培養は細菌のそれとほぼ同様であるが,検索する材料によっては多少異なる点もある.ここでは各真菌症についてその起炎菌と分離培養法の注意点を述べ,最近の知見について簡単に記述したい.

4)Chlamydia

著者: 松本明

ページ範囲:P.769 - P.771

 Chlamydia(クラミジア)は細胞偏性寄生性球菌である.すなわち,細胞内でのみ増殖可能な細菌である.したがって培養にはChlamydiaに感受性をもつ適当な宿主が必要である.従来,宿主としてマウスや孵化鶏卵など動物個体が用いられたが,遠心による培養細胞へのChlamydia吸着法が確立されたて1),特に臨床材料からの分離培養には株化細胞の使用が一般的となった.非淋菌性尿道炎やその関連疾患の病原であるChlamydia trachomatisも,オウム病病原であるChlamydia psittaciも分離培養には同様な方法が適用される.

5)Rickettsia

著者: 須藤恒久

ページ範囲:P.771 - P.775

■分離培養の目的と意義
 ある感染症から病原体を培養して検出することは,古くから感染症の病原診断の二本柱の一つであった.二本柱とはすなわち,病原分離と血清診断のことである.
 しかしながら,最近のリケッチア症の診断は,後述のとおり,免疫学的に迅速・正確に特異抗体の有意上昇を検出するか,または特に初感染を証明する特異的IgM抗体の検出を指標として診断するほうが,病原診断の主流となっている.事実,わが国では,現在重要な感染症の一つとなっている恙虫病の迅速診断法として,免疫ペルオキシダーゼ法(IP)と免疫蛍光法(IF)が,分離培養よりも汎用されている1).その理由として,次のようなことが挙げられる.

6)ウイルス

著者: 沼崎義夫

ページ範囲:P.775 - P.778

 ウイルスは生きている細胞内でのみ増殖が可能である.したがって,ウイルスの培養には実験動物,発育鶏卵,組織(細胞)培養の3種類が用いられる.しかし,動物は飼育および扱いが困難であるばかりでなく,動物のウイルスによる汚染の可能性があり,発育鶏卵も取り扱いに手間がかかる.したがって,今日では組織培養を用いるのが基本である.ただし,組織培養で培養できないウイルスがあるため,時に発育鶏卵および実験動物も使用されている.

7)特殊微生物

①Leptospira

著者: 森守

ページ範囲:P.778 - P.781

■概 要
 1.Leptospiraとレプトスピラ症1,2)
 Leptospira(レプトスピラ)は,分類上スピロヘータ目レプトスピラ科(Leptospiraceae)Leptospira属に属する,比較的小さなスピロヘータで,細く密なラセンを有し,独特の活発な運動をする.自然界では,ネズミなどの腎臓内に棲み,尿とともに排菌されて淡水中に2〜3週間も生きている病原Leptospira(Leptospirainterrogans)と,常時淡水中に生きている非寄生性のいわゆる水Leptospiraとが存在している.L. interrogansは,180余りの血清型(serovar)に分けられており,これが分類上基本単位である.各血清型は,形態,生化学性状,病理機転が同一で,ほぼ同じ症状を示すが,重症度に差がある.一方,感染防御は原則上,血清型特異的であり,各血清型とその保菌動物との関係も特有の関係を示す場合が多い.
 多くの血清型L. interrogansがヒトに全身性の急性感染症を惹起するが,病型は不顕性感染から重症型まで幅が広い.重症型は,出血,黄疸,腎障害,神経学的症状を示し,中高年層では,致死的経過をたどることもある.わが国では,レプトスピラ症は,水田農民や板前,魚屋さん,清掃工事人などの職業性急性感染症の性格が強い.

②原虫

著者: 中林敏夫 ,   小野忠相

ページ範囲:P.781 - P.784

 病原性原虫の検査は,まず検体から鏡検により直接,原虫を見いだすことに努めるべきである.しかし,原虫は細菌に比べると本来その数が少なく,しばしば鏡検で検出できないときがあり,培養可能な原虫では必ず培養法を試みる.確定診断を行うために検体を培養に供する場合,原虫を検出することが先決であり,必ずしも純培養を必要としない.しかし,免疫診断に使用する抗原,抗血清を得たいとき,あるいは原虫の生化学的研究,in vitroでの薬剤スクリーニングなどを目的とする培養では純培養が必要であり,多くの原虫について試みられている.
 病原性原虫は根足虫類,鞭毛虫類,胞子虫類および繊毛虫類に分類され,それぞれに重要な病原体が含まれている.ここでは便宜的に消化管寄生原虫,血液・組織内寄生原虫および泌尿生殖器寄生原虫に分け,培養法を中心にして最近の知見を紹介したい.

[6]同定法

A 最近の微生物分類学

著者: 藪内英子

ページ範囲:P.785 - P.794

はじめに
 微生物とは,いうまでもなくわれわれの肉眼では明瞭にまたはまったく識別できない微小な生物である.したがって,直径1mm以下のものは,おおまかにいって微生物の範疇に入る.
 微生物に対するわれわれ人類の認識は,17世紀末のAntony von Leeuwenhoekによる顕微鏡の発明に始まる.微生物には原核生物として細菌,真核生物として真菌と原虫,およびそのいずれにも属さないウイルスが含まれる.微生物(microbes)という語は1878年,フランス軍医学校の外科学教授Sedillotがその当時のvegetaux cryptogames microscopiques,animalculos,infusoria,bacteries,monadsなどを一括して現在の意味で用いたのが始まりといわれる.しかし,1800年代半ばまでの微生物学者はMuellerやEhrenbergをはじめとして,現在の細菌を原生動物と同様に動物と考えており,VibrioやSpirillumは本来動物の属名として付けられたものである.1854年Ferdinand CohnはEhrenbergのVibrioniaと藻類の類似点に着目し,細菌が動物界ではなく植物界に属するという見解を初めて示し,VibrioやBacillusを細菌の属名として用いた.それ以来,細菌は下等な植物として扱われてきたが,1937年Chattonは細菌と藍藻をまとめて原核生物(procaryotes),その他を真核生物(eucaryotes)と名づけて生物を二分することを提唱した.1968年にMurrayは,細菌を原核生物として動物界および植物界から独立させた原核生物界の概念を発表した.この原核生物界にはウイルスは含まれない.

B 種別同定法 1 グラム陰性菌

①Enterobacteriaceae(腸内細菌)

著者: 浜本昭裕

ページ範囲:P.795 - P.800

はじめに
 菌の同定は,生化学的性状や血清学的性状の確認により行われるが,分離培地上の集落の観察も同定の一助となる.特に,分離頻度の高い菌種については,集落の色調や溶血性,粘稠性の有無,遊走性など外観で菌名の推定が可能な場合も少なくない.しかし近年は,分類学の進歩により菌名の細分化が著しく1),臨床材料から分離される菌種も多様化し,推定同定はもちろんのこと,臨床細菌検査室で汎用されていた従来法では,多種類の培地の保存や管理,仕事量や人員の問題などから,正確な同定がきわめて困難となってきた.さらに,化学療法の発達に伴う日和見感染症の増加2)や,非定型的性状を示す菌種の出現3)も,同定をよりいっそう困難なものとしている.
 1970年代には,臨床細菌検査の分野でも同定用簡易キットが採用されるようになり,1980年代になると,検査結果の迅速な報告,作業時間の短縮などを目的として,自動機器が導入されるようになった.これらのキットや自動機器には,数値同定が採用されており,成績の判定に客観性をもたせ,個人差をなくすなど,従来法のもつ問題点のいくつかを解消している4).しかし一方では,保険点数や予算など経済的制約も多く,本稿では腸内細菌(Enterobacteniaceae)の同定法について,実際的に検査室で利用可能な方法を中心に解説する.

②Vibrio科

著者: 久保勢津子

ページ範囲:P.801 - P.802

 Vibrio科はグラム陰性の真っすぐか,または彎曲した桿菌で,鞭毛(極毛)を持ち運動性を有し,好気性ないし通性嫌気性,チトクロムオキシダーゼ陽性であり,糖を発酵的に分解する.Vibrio,Fotobacterium,AeromonasとPlesiomonczsの4属が含まれる.Fotobacterium属を除く3属は腸管感染症の病原体として重要である.
 1982年に食中毒の原因菌として新しく指定された菌を含め,臨床材料で分離されるVibrio属と,それに類似した性状を示すAeromonas属,Plesiomonas属の性状を表1に示した.

③非発酵菌

著者: 設楽政次

ページ範囲:P.802 - P.807

 臨床材料から分離される細菌の種類は,分類学の進歩に伴い整理・細分化され,多くの新しい属および種が報告されている.グルコース非発酵グラム陰性桿菌についても同様で,これらの菌種の同定はきわめて複雑化し,同定に使用するテスト項目の増加につながり,従来の少数の性状検査だけでは十分な同定が困難となっている.しかし,多数の性状検査を行うには,迅速,経済性の問題や多数の性状検査成績を人間が判別するうえでの限界もある.このようなことから,多数の基質の分解パターンを数値化し,多数の既知菌株の成績に基づいて作成したコード表と照合して菌名を解読する方法が開発・市販されるようになり,日常細菌検査に広く普及するようになった.このことは,とかく敬遠されがちであったグルコース非発酵グラム陰性桿菌の同定も従来に比較して容易に行えるようになったことを意味する.一方,数値同定は誤った結果が得られる場合もあり,同定された菌種の集落性状,グラム染色性およびコード表から得られた菌種の特徴を把握しておくことが,同定の精度を高めると同時に,誤同定を発見する糸口となる.

④その他のグラム陰性桿菌

著者: 久保勢津子

ページ範囲:P.808 - P.813

同定のポイント
 1.Pasteurell科
 グラム陰性の桿菌または球桿菌状で,菌体は0.2〜0.3×0.3〜2.0μmで多形性,非運動性,好気性および通性嫌気性であり,糖を発酵的に分解し,オキシダーゼ,カタラーゼ陽性(種により一部陰性もある)である.Pasteurella,HaemophilusとActinobacillusの3属が含まれる.

⑤グラム陰性球菌

著者: 山井志朗 ,   黒木俊郎

ページ範囲:P.814 - P.819

はじめに
 グラム陰性球菌は,"Bergy's Manual of Systematic Bacteriology"(1984)に記載されているように,従来の各種生物学的諸性状に加え,DNAのGCモル%,ハイブリッド形成による相同性など遺伝学的相似性のほかに,数種の酵素活性や炭酸脱水素酵素の有無などが生物学的特性として重視され整理されている.ここで対象となるのは,好気性グラム陰性の球菌である.温血動物の粘膜に生息し,特にNeisseria gonorrhoeae(淋菌),N. meningitidis(髄膜炎菌)がヒトに対して病原性がある.中でもN. gonorrhoeaeはβ-ラクタマーゼ産生株(PPNG)やスペクトマイシン耐性株が国内外で検出され,問題となっている.
 他のNeissenia属菌種については通常,非病原性として取り扱われているが,病態により通常分離されない検査材料から時々検出されることもある.また最近では,Morexella(Branhamella)catarrhalisも呼吸器系感染症原因菌として注目されており,分離菌の70〜80%がβ-ラクタマーゼを産生するとの報告があり,その起病性とともに今後の話題となろう.

2 グラム陽性菌

①Staphylococcus(ブドウ球菌)

著者: 黒坂公生

ページ範囲:P.819 - P.824

外観・形態による鑑別
 1.集落所見
 Staphylococcus(ブドウ球菌)は普通寒天培地やトリプティケース・ソイ寒天培地といった基本的な培地にもよく発育する.通常,血液寒天培地が分離用に使われるが,本培地に一夜培養すると,Staphylococcusは直径1〜2mmの表面滑沢で橙黄色ないしは白色の不透明な円形集落を形成する.S. aureusや一部のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negative staphylococi;CNS)の中には,集落周辺に溶血環を示すものがある.

②Streptococcus(連鎖球菌)

著者: 滝沢金次郎

ページ範囲:P.825 - P.829

 Streptococcus(連鎖球菌)には,ヒトおよび動物に種々の疾患を起こさせる病原性の菌種から,生体の常在菌としてまったく病原性を欠くものまで,多くの種類の菌種が知られている.血液寒天培地における溶血性による分類はStreptococcusの病原性とも関連して,広く用いられてきた.その後,Lancefield1)によって確立された血清学的分類が目覚ましい発展を遂げ,その安定性と,病原性に対し,一定の関連を有することから,これによる分類法が主流となってきた.しかし,Streptococcusの分類は1986年に出版された"Bergey's Manual of Systematic Bacteriology"(Sneath, P. H. A. ed.)2)では,遺伝子レベルの相同性などの分子生物学的手法により改訂・修正された.これによるとグラム陽性球菌のうちMicrococcaceae科,Deinococcaceae科のいずれにも属さない,その他の属としてStreptococcus属(Genus Streptococcus)に含まれている.表1に主なStreptococcus属の分類を示したが,Schleiferら(1987)3)に提唱されているEnterococcus属,Lactococcus属と包括されており,統一性に欠けた面もある.細胞壁の多糖体を抗原としたLancefieledの血清学的分類はよく整理されており,ヒトの感染症から分離される溶血連鎖球菌(hemolytic streptococci)の95%以上は,A,B,C,Gの4群に占められている.これらを考慮して,"Bergey's Manual"(1986)による新しい分類に基づいて,臨床材料から分離される主なStreptococcusの分離・同定法を紹介する.

③グラム陽性桿菌

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.830 - P.832

 "Bergey' Manual"新版(1986)では,グラム陽性桿菌として表1に示した菌種が記載されている.しかし臨床材料から検出され,病原菌として臨床的に重要な意味を持つ菌種は少なく,好気性の菌種では,Corynebacterium diphteriae,Listeria monocytogenes,Bacillus anthracis,Bacillus cereus,Erysipelithrix rhusioptoaeに限られていたが,最近Gardnerella vaginalis,Corynebacterium group JKが新たに病原菌として注目されるようになってきた.
 本稿では上記の菌種を中心に解説する.

3 嫌気性菌

著者: 渡辺邦友 ,   上野一恵

ページ範囲:P.832 - P.836

 嫌気性菌の臨床細菌学的意義が認識されるにつれ,臨床家の本菌に対する関心が高まり,嫌気性菌検査の要望が増加した.また,嫌気性菌用生培地の普及,嫌気性培養法の簡便化により,各種臨床材料からの偏性嫌気性菌の分離を日常検査の一環として取り入れる検査室も多くなった.それに伴って最近,嫌気性菌同定用キットの改良・開発が進み,嫌気性菌同定のルチーン化も可能となってきた.しかし,これらのキットを正しく使うためには基礎的事項の習得が必須である.

4 抗酸菌

著者: 斎藤肇

ページ範囲:P.837 - P.842

はじめに
 1950年代に入り,非結核性抗酸菌(非定型抗酸菌)と一般に呼ばれている結核菌以外の抗酸菌,ならびにそれによるヒトの肺結核様疾患が学界の注目の引くところとなり,この方面の研究が米国をはじめとして欧州諸国,わが国でも活発に行われるようになった.そして,これまで記載を見なかった多数の抗酸菌菌種が提案・承認され,また,それらのヒトに対する起病性も明らかにされてきた.従来,この種の抗酸菌は雑菌的意義しかないものとしてあまり顧みられなかった.しかし,時に肺結核類似症の原因となる場合があり,また最近では特に米国においてエイズ(acquired immunodeficiency syndrome)の日和見感染の原因菌として注目されているものもあること,さらに,これらの多くは抗結核剤をはじめとする諸種の抗菌剤に対して抵抗性を示すことのために,結核菌はいうに及ばず,非結核性抗酸菌の同定もきわめて重要な意義をもつことになる.

5 放線菌

著者: 三上襄 ,   矢沢勝清

ページ範囲:P.843 - P.845

はじめに
 Actinomycetes(放線菌)は真性分岐を示し,菌糸で生育し,分生子を形成するなど真菌に近い性質を有するが,真性細菌に属する.抗生物質の生産菌を含め,多くの放線菌が報告されているが,臨床分野で特に問題になる放線菌はノカルジア症を起こす好気性のNocardiaであり,次に放線菌症を起こす嫌気性のActinomycesである.
 本章においてはNocardiaの同定法を中心に述べ,嫌気性の放線菌についてはすでに簡易同定システムが用いられているので,紙数の関係上,簡単に触れるにとどめたい.

6 真菌

①酵母様真菌

著者: 篠田孝子 ,   西川朱實 ,   池田玲子

ページ範囲:P.846 - P.854

 酵母(yeast)とは,出芽(budding)または分裂(fission)により増殖する真菌である.元来,酵母とは糸状菌(mold)とともに真菌の発育形態に対して与えられた呼称であり,分類の専門用語ではない.多くの酵母は出芽型酵母で,生活環の大部分を酵母型(yeast form)で過ごすが,栄養や物理的環境条件で菌糸型(hyphal〔mycelial〕form)をとることもある.糸状菌は菌糸型をとる多細胞真菌であるが,生活環の1ステージとして酵母型をとる場合もある.
 ここで取り扱う酵母は,酵母の分類書として世界的に普及している "The Yeasts, a Taxonomic Study"(Kreger-van Rij編,第3版,1984)1)に収録されている菌種(60属,500種)に限定しておく.酵母と酵母様真菌(yeast-like fungi)の相違は,前者が有性生殖および無性生殖により増殖するのに対し,後者は無性生殖によってのみ増殖する単細胞性の出芽型真菌であるという点にある.したがって有性世代が発見されていない酵母は酵母様真菌として取り扱われるが,ここでは酵母として統一しておく.

②糸状菌

著者: 西村和子

ページ範囲:P.855 - P.863

 現在,真菌は約5,950属,64,200種あるとされている.その中でヒトに対して病原性が知られているものは,まれな感染症も含めて約80属200種あり,ある程度以上の症例がみられるのは約25属50〜60種である.本章では,この中から主要な病原性糸状菌で日本に常在するものについて解説する.

7 ウイルス

著者: 沼崎義夫

ページ範囲:P.864 - P.865

 分離されたウイルスは細胞感受性,CPEの形態,HAの有無などの生物学的性状によりウイルスグループが推定され,それに基づいて血清学的に同定される.

[7]薬剤感受性検査

1 序論

著者: 辻明良

ページ範囲:P.866 - P.872

感受性検査とその背景
 臨床検査における感受性検査の目的は,感染症の治療に適切な抗菌薬を選択することにある.その方法には,感受性の有無を定性的に調べる方法と,菌の発育あるいは殺菌に及ぼす濃度を定量的に調べる方法とがある(表1).前者には薬剤含有ディスクを用いる拡散法(感受性ディスク法)があり,簡便で迅速性であるため,日常の検査室で広く使用されている.後者は薬剤の希釈系列を作って行うMIC測定法(最小発育阻止濃度;minimal inhibitory concentration),MBC測定法(最小殺菌濃度;minimal bactericidal concentration)があり,さらに菌の形態,増殖率に影響を及ぼす最小濃度を求めるMAC(minimal antibiotic concentration)測定法がある.特にMIC測定は,薬剤の選択のほか,多数菌株の感受性分布,抗菌薬相互の抗菌力の比較,抗菌スペクトルの決定などに用いられるが,手数がかかるため,臨床検査室ではあまり用いられていなかった.しかしMIC値などは薬剤の体内動態のデータとの関連において,臨床効果を推定するのに有用であり,近年では自動機器やフローズンプレートにして簡単に行えるので,検査室でもMIC,MBCを測定する方向にある.

2 MIC,MBCの測定法

著者: 小川正俊

ページ範囲:P.873 - P.877

 感染症の治療に際して適切な抗菌薬を選択するために,原因菌の分離・同定に続いて菌の抗菌薬に対する感受性が測定される.特に近年多くの化学療法剤が開発されるとともに,一方では,各種の菌種において多くの耐性菌が検出され,起因菌の同定成績から直ちに有効薬剤を推定することはまったく不可能な状況にある.
 新しく開発された薬剤で耐性菌の報告がないものでも,耐性菌が出現する可能性があり,感受性試験の成績が薬剤選択の重要な指針となることには変わりがない.すなわち,感受性測定の目的は,臨床上適切な治療を行うための薬剤選択,各種の病原菌の薬剤感受性分布の調査すなわち疫学上の応用などである.

3 感受性ディスク法

著者: 小栗豊子

ページ範囲:P.878 - P.883

はじめに
 日常細菌検査における薬剤感受性測定にはディスク法が広く用いられているが,最近,微量液体希釈法,自動機器による測定法も検討されている.これらの方法にはそれぞれ一長一短があるが,応用できる細菌の種類が多く,経済的でしかも中小の検査室でも行いうる方法となると,ディスク法ということになる.ディスク法はわが国ではトリディスク法,昭和ディスク法の2法が古くから用いられてきた.
 最近,Kirby-Bauer法を基礎とするディスク法が普及しつつある.この方法は米国のFDAが標準法として認定し,またNCCLS(National Committee for Clinical Laboratory Standards,米国臨床検査標準委員会)からも標準法として受け入れられ,逐次,改正が加えられている.また,WHOも薬剤感受性測定法の標準化を勧告しており,Kirby-Bauer法を基礎とする方法を国際法としているので,今後の普及が予想される.

4 抗菌剤の感受性試験

著者: 草野展周

ページ範囲:P.883 - P.888

はじめに
 臨床細菌検査において感受性試験が必要な薬剤は抗生物質と合成抗菌剤であり,わが国ではそれらの総称的な言いかたとして「抗菌薬(抗菌剤)」が使われることが多い.抗菌薬の対象となる微生物はRickettsia,Chlamydia,抗酸菌,細菌,真菌,原虫などであるが,ここでは一般細菌に対する抗菌薬について主に薬剤の側から感受性試験を述べる.

5 抗真菌剤の感受性試験

著者: 山口英世

ページ範囲:P.889 - P.894

抗真菌剤の感受性試験の必要性
 一般に抗微生物薬の感受性試験が日常検査として行われるのは次の目的からである.①臨床効果の予知,②最適または有効な薬剤の選択,③薬剤耐性に関する特殊な問題の確認,④治療不成功例の原因究明.抗細菌剤と同様に,抗真菌剤についても真菌症,特に深在性真菌症の化学療法を行うに際して感受性試験が不可欠なことは,いうまでもない.それにもかかわらず,以前にはこの試験を実施する研究・診療機関はごく少数であった.
 しかし,今や抗真菌剤の感受性試験の必要性は著しく増大している.その背景として第一に挙げられるのは,重篤な深在性真菌症の発生頻度ならびに死亡率が上昇の一途をたどっていることである.一方,これと平行して,新しい系統的抗真菌剤の開発・研究が進み,古くから使用されてきたポリエン系抗生物質アンホテリシンBに加えて,フルシトシン(FC)およびイミダゾール系合成剤ミコナゾール(さらに欧米諸国ではケトコナゾールも)が臨床的に使用されるようになり,さらに近い将来トリアゾール系合成剤フルコナゾールおよびイトラコナゾールも実用化される見通しである.

6 抗菌剤併用効果の測定とその評価

著者: 渡辺彰

ページ範囲:P.895 - P.899

はじめに
 近年の抗生物質の目覚ましい開発にもかかわらず,難治性感染症の治療においては2剤あるいは3〜4剤の併用療法を余儀なくされることが多い.抗生物質が実用化された1940年代から,Jawetz1)をはじめとして,2剤併用に関する研究が行われているが,併用効果の基礎的裏づけ,その臨床的適用および実際については,以前にも増してさらに検討を重ねる必要がある.
 本稿では,まず併用療法の目的と臨床適応について述べ,次いで併用効果測定の対象と実際および評価法について触れる.

7 β-ラクタマーゼの検査法

著者: 高橋綾子

ページ範囲:P.900 - P.905

はじめに
 近年,新しい化学療法剤が次々と開発されている中で,特にβ-ラクタム剤はその主流をなしている.これらの化学療法剤の使用頻度の上昇とともに,臨床分離細菌叢の変化,薬剤耐性菌の出現などの現象が起こっている.
 臨床分離細菌のβ-ラクタム剤耐性機構は,①酵素による薬剤の加水分解,②薬剤の作用点の変化,③薬剤の細菌細胞内透過性の低下などが主なものである.中でも加水分解酵素による耐性機構がもっとも多くみられ,これらの耐性の原因は主にβ-ラクタマーゼによる薬剤の加水分解である.病原細菌のβ-ラクタマーゼ産生をチェックし,その検査結果を臨床医に知らせることは,患者に対し有効なβ-ラクタム剤を迅速に判断するうえにおおいに役だつものである.このような意味において検査室でβ-ラクタマーゼ産生の有無を知る意義があると考える.

[8]新しい検査法

1)微生物検査のシステム化

著者: 浅利誠志 ,   網野信行 ,   宮井潔 ,   本田武司

ページ範囲:P.906 - P.908

 高度医療化に伴い臓器移植,白血病,自己免疫性疾患などを対象に免疫抑制条件下で治療される患者が急増している.これと並行し,細菌のみならず,真菌,ウイルス,寄生虫および原虫などによる感染症が,患者生命を直接脅かす病原微生物として重要視されている.
 これまで,発育・増殖に時間を要する《細菌・真菌》を主な検査対象としていた細菌検査領域においても自動化およびシステム化は《避けて通れない》ばかりか,むしろ積極的に取り組んでいかねばならない状況にある.幸い,近年,医療工学,遺伝子工学,さらにバイオテクノロジーの発展に伴い,優れた自動機器やモノクローナル抗体・DNAプローブを用いた迅速同定法が開発され,種々の感染症診断検査法が実用化されつつある.そこで,現在われわれが進めつつある《微生物検査室》のシステム化の基本的な考えかたを中心に,今後の微生物検査の動向について記述する.

2)核酸を使った細菌の同定法

著者: 江崎孝行

ページ範囲:P.909 - P.911

 細菌の同定は,「分離された菌株が既に報告されたどの菌種に近いかを決める作業」と要約できる.そのために私たちは菌株の持つ形態や生化学性状を調べ,分離菌とある標準株が完全に一致した場合に分離株に菌種名を与えてきた.しかし実際に菌種の同定を行ってみると,分離された菌株がすでに報告された菌種と完全に一致することはむしろ少ないといってよい.
 菌株の糖分解性状はDNAを構成している塩基が一つ変化するだけでわかるが,500万個あるDNAの全塩基から見ればその変化は1/500万の変化にすぎない.性状を100種類調べるより,細菌の全DNAを調べたほうがより正確な同定ができるわけである.最近,DNAハイブリダイゼーションを使ってウイルスやChlamydiaの検出や同定を試みることが盛んに行われるようになった.細菌学の分野でも,病原性の強い菌種や毒素産生株を対象にDNAプローブが研究室では使われるようになってきている.

3)機器分析による検査法

著者: 岡田淳

ページ範囲:P.911 - P.913

はじめに
 感染症の検査室内診断の第一義は,患者材料から微生物を分離し,同定検査を行う,いわゆる病原診断にある.臨床検査領域では正しい成績をなるべく早く臨床医に返却することが要求され,より精度管理のよい成績を迅速に得るために自動化,システム化による迅速検査が推進されてきた.しかしながら,微生物検査の迅速検査(診断)法は種々の理由により遅れてきた.医療保険制度の問題,医師の疾病観の違いなどがその主たる理由であろうが,ことにわが国では微生物検査の成績を治療に直結させることがほとんどなされていなかったように思われる.細菌検査では従来から伝統的な用手法が重視され,10年来は各種の簡易同定キットが繁用され,最近になってようやく自動機器が普及するに至った.
 本項は機器分析による検査法について解説するもので,自動細菌検査装置を主にその現状を記し,さらに近い将来自動化されるであろう分析機器についても紹介し,将来展望としたい.

4)電気泳動法(プロッティング法)

著者: 堀米一己

ページ範囲:P.914 - P.917

 近年,電気泳動技術を基礎とし,さらに電気泳動式に転写する方法(エレクトロ・プロッティング)が,DNA,RNAおよび蛋白質を感度よく検出する方法として広く用いられるようになった.プロッティングの目的はDNA,RNAあるいは蛋白質の生物学的機能を利用して検出することにあり,DNAおよびRNAは放射性物質または非放射性物質を標識したそれぞれのプローブとハイブリダイゼーションすることで検出され,蛋白質(抗原,抗体,ホルモン,糖蛋白など)は免疫学的反応により検出することができる.
 ここでは,遺伝子,遺伝子の産物である蛋白質ならびに抗原・抗体の解析法の基礎となるSouthern,NorthernおよびWesternの三つのプロッティング法のうち,日常検査への利用性も増してきたSouthernおよびWesternプロッティング法について述べることにする.なお詳細は,近年優れた総説1)が出版されているので参照されたい.

5)菌体成分および代謝産物の測定

著者: 菅原和行

ページ範囲:P.917 - P.919

 感染症診断法としての臨床細菌検査は,現在では培養重視の傾向が強いため,検査時間の長さ,培養できない菌が偽陰性と診断されるなどの問題点も少なからず発生している.しかし,近年では,菌体成分もしくは菌の代謝産物などを検出することにより,間接的な感染菌の証明法が試みられ,その有用性は高く評価されつつあり,従来法と比較し迅速な感染症診断のための情報提供が可能となりつつある.本稿では,紙面の都合上グラム陰性菌のエンドトキシンを中心に,アミノペプチダーゼ,D-乳酸に限定し,その測定法を紹介する.

わだい

菌株保存法—特にゼラチン・ディスク法によるCampylobacter属菌の保存

著者: 浅井良夫

ページ範囲:P.592 - P.592

 細菌学の研究を発展させていくうえでの問題の一つに菌株の保存方法が挙げられる.これには原株のもつ性状の変化を極力防止する点から,細心の注意と努力が要求されている.比較的抵抗性の強い菌では,単に栄養分の少ない半流動培地や寒天斜面培地などに接種し,密栓すれば,数年以上保存可能であるが,それができない菌では短期間での継代を続けねばならない.
 細菌を変異あるいは死滅させず,継代することなくつねに同じ条件で保存する方法として,一般に菌株を乾燥状態において低温に保存するのがもっとも信頼できる方法と考えられている.乾燥による保存法は,細胞内水分の大部分を占める自由水を乾燥させて,代謝機能の場である液相を除いて代謝を停止させ,休止させた状態で長期間生存を図るものである.その乾燥方法の相違から,昇華による固相からの乾燥法である凍結乾燥法と,蒸発による液相からの乾燥法であるゼラチン・ディスク法とが行われている.前者は操作が煩雑で高価な装置を必要とし,一般検査室で実施するのは容易でない.後者はStamp1)により開発されたもので,あらかじめ細胞を凍結させることなく,水分を真空下または常圧下で蒸発乾燥させる方法である.その後,坂崎2),山井ら3)により改良され,分散媒組成に検討が加えられて,Neisseria gonorrhoeae(淋菌)やNeisseria meningitidis(髄膜炎菌)の保存に応用されている.また小原ら4,5)はコレラ菌を除く,今まで保存困難とされてきた細菌が長期間安定に保存でき,それらの菌株の輸送法としても良好な成績が得られたと報告している.

β-ラクタマーゼ検査の注意点

著者: 渡辺正治

ページ範囲:P.607 - P.607

 β-ラクタム剤では,分離菌のβ-ラクタマーゼ産生能の測定が,治療において有用な場合がある.近年,検査室では,①アシドメトリー法,②ニトロセフィン法により簡便にβ-ラクタマーゼの検出が可能となった.しかし,その判定は菌種により二法で異なり,考えかたも違っている.ここでは,その違いを菌種別に整理してみた.

感染性心内膜炎と心エコー検査

著者: 小川聡

ページ範囲:P.628 - P.628

 心エコー図法は,感染性心内膜炎(以下IEと略)において弁膜,腱索,心内膜などに付着した疣贅(vegetation)を診断するもっとも優れた方法とされている.疣贅は細菌に富む脆弱な構造を有し腫瘤状エコーとして認識されるが,心エコー図ではさらに疣贅による弁組織の破壊,腱索断裂,弁輪膿瘍などの合併症の診断も容易であり,また繰り返し施行できることによりIEの治療経過についても評価が可能である.弁の破壊が進行すると弁逆流を生ずるようになり,重症な場合にはこのため心不全を合併し外科的処置(弁置換術)を必要とするが,この場合でも心エコー図により得られた情報のみで行われることが多い.

細菌の命名規約と新名の正式発表

著者: 藪内英子 ,   江崎孝行

ページ範囲:P.681 - P.682

 細菌学研究者が特定の菌種を的確に指し示そうとするとき,その菌種の正しい学名,correct scientificnameを用いなければならない.例えば,一つの菌種に対する名が研究者個人により,学派により,または研究分野により異なるとすれば,それは細菌学全体の健全な発展の妨げとなる.基礎的分野のみならず経済上や遺伝資源保存のうえでも細菌学の知識はきわめて重要であって,安定した細菌分類体系に則って研究活動を進めなければならない.このためには細菌の命名について明文化された規則が必要である.それゆえ,ギリシャ,ラテンの古語を愛し,学名の語源探求を好んだRobert E. Buchanan博士という細菌命名法の大先達を得たことは,細菌分類学の体系化にとってまことに幸せであった.

MRSA検出法の問題点

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.920 - P.921

 最近,臨床で大きな問題となっているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は,治療剤がメチシリン感性黄色ブドウ球菌(MSSA)とまったく異なるため,日常感受性検査における確実な検出には臨床検査室として重大な責任がある.しかし日本ではMRSAの定義および検出基準がまだ統一されていないため,検査上に混乱が生じている.
 ここでは現在日本で使用されている各種感受性検査法におけるMRSA検出につき述べる.

新・旧薬剤の抗菌力

著者: 小林芳夫

ページ範囲:P.921 - P.921

 Kochの条件は,当時,新しい病原体が続々と発見されつつあった時代に,その過ちを防ぐ意味で出されたといわれる厳しい要請であった(牛場大蔵,斎藤和久編:新細菌学入門,p.121,南山堂).
 ここ数年来,感染症の治療薬剤としての抗生剤および合成抗菌剤が多数市販され,それに伴いこうした新薬と従来使用されていた薬剤の抗菌力の比較検討試験の成績が,日本化学療法学会および日本感染症学会の総会や支部総会あるいは地方会総会で多くの臨床検査施設から発表されるようになった.

Mycoplasma,LegionellaのDNAプローブによる迅速診断

著者: 賀来満夫

ページ範囲:P.922 - P.923

 Mycoplasma pneumonine(マイコプラズマ)は,上気道炎,気管支炎,肺炎の起炎病原体として頻度が高く,時として呼吸器や神経系の合併症を伴って経過が遷延化し,重篤化することが知られている.またLegionella(レジオネラ菌)は広く環境内に分布し,感染防御能の低下した,いわゆるimmunocompromised hostの肺炎の起炎病原体として見られることが多く,種々の基礎疾患を有する入院患者に予想以上に発生しているものと考えられる.このため早期診断が必要であり,診断検査法の普及が望まれる.しかし,M. pneumoniae,Legionellaともに分離にかなりの日数を要し,しかもその分離培養には特殊な培地や,やや煩雑な手技を要するため,多くの施設で培養検査がなされていないのが現状である.
 近年の分子遺伝学の進歩に伴い,特定性状の支配遺伝子を含むDNAプローブを用いたDNAハイブリダイゼーション法によって病原体を検出,同定しようとする試みが多くなされてきており,M. pneumoniae,Legionellaの検出にも応用されている1〜5).感染症の診断に利用される特異的なDNAプローブは,従来32Pや125Iなどの放射性アイソトープで標識されていることが多く,その処理に特殊な設備が要求されるなど,広く一般には普及していない.しかし近年,フォトビオチン法6)やペルオキシダーゼ・グルタルアルデヒド法7)などの開発により非放射性物質でのDNAの標識が可能となりDNAプローブの使用が容易なものとなってきた.ハイブリダイゼーションに用いる標識DNAプローブは特異的であることが望ましいことはもちろんであるが,特異プローブの開発,作製は容易ではないため,菌体から抽出したDNAのすべてを標識プローブとして用い,ハイブリダイゼーションを行う方法もとられている8,9)

細菌感染症におけるT細胞の関与—レジオネラ感染症を中心に

著者: 橘川桂三

ページ範囲:P.923 - P.924

 ヒトを含め動物は,分娩されたときから環境中の微生物の侵襲を受けながら生活している.大昔から,これらの微生物に対して抵抗力のない個体(low responder)は死滅したが,抵抗力のある個体(high responder)は生存し繁殖して抵抗力はさらに分化・発達し,high responderの子孫がわれわれであると考えられる.この生体防御機構の重要な役割を担っているものの一つにT細胞がある.T細胞には,マクロファージを活性化する遅延型過敏反応に関与するT細胞(TDTH),抗体を産生するB細胞を増殖させるヘルパー細胞(TH),およびサプレッサーT細胞(TS)がある.
 細胞内寄生菌の一つであるLegionella(レジオネラ菌)に対する感染防御とT細胞の関与について述べる.

結核における塗抹陽性・培養陰性

著者: 青柳昭雄

ページ範囲:P.924 - P.925

 抗酸菌の検査は塗抹陽性であっても,耐性検査ならびに抗酸菌の同定のために培養検査が行われる.培養検査は塗抹検査に比して感度が100倍以上鋭敏であるので,検体中の結核菌の数が少なければ塗抹陰性,培養陽性を示す.しかしながら,優れた抗結核薬の登場以来,塗抹陽性・培養陰性結核菌(smear positive culture negative;SPCN)がしばしば見られるようになった.
 SPCNが発現する可能性は工藤によると1),①鏡検の誤り,②培養手技の不備,③低活性菌,④死菌であるとされている.①,②は検査技術上の問題であり,また患者側の要因として抗結核薬が口腔内に残存している際にも見られる.④の場合は問題はないが,③の低活性菌の際は感染性や再燃の点で問題となる.

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〔付〕微生物検査に用いられる略語

ページ範囲:P.926 - P.927

施設,組織
ASMT:American Society of Medical Technologists,米国臨床検査技師会

基本情報

検査と技術

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1375

印刷版ISSN 0301-2611

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