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雑誌目次

雑誌文献

検査と技術25巻7号

1997年06月発行

雑誌目次

増刊号 輸血検査実践マニュアル 総論

輸血の歴史的変遷と現在の考えかた

著者: 湯浅晋治

ページ範囲:P.12 - P.16

はじめに
 間もなく新世紀の幕開けである.分子生物学,臓器移植,遺伝子治療など医学および医療技術はすばらしい進歩を遂げてきたが,今われわれに求められているのは医療に対するわれわれの意識改革である.
 一方,わが国の血液事業や輸血療法もこの50年の間に大きな進歩・発展を遂げ,今や大きな転換期を迎えつつある.本稿では戦後から今日までの輸血分野の歩みを振り返るとともに,今後の輸血療法のありかたなどについて述べてみたい.

輸血の構成成分とその機能 血球系

赤血球

著者: 藤井寿一

ページ範囲:P.19 - P.23

はじめに
 赤血球の主要な機能は酸素を組織へ運搬し,組織で産生される二酸化炭素を肺に運ぶことである.この酸素の結合と運搬は赤血球内の高濃度含まれるヘモグロビンによりなされる.赤血球はこの酸素・二酸化炭素の交換を効率よく行うのに都合のよい独特な,両面が中央部でくぼんだ円盤状(biconcave disc)を呈している.赤血球がその独特な形態と機能を保ち,120日間の寿命を全うするためには,ヘモグロビン,赤血球膜およびエネルギー産生系相互の関係が重要である.

白血球—顆粒球系,リンパ球系を含む

著者: 仁田正和 ,   上田龍三

ページ範囲:P.24 - P.28

はじめに
 白血球には顆粒球,すなわち好中球,好酸球,好塩基球と単球,リンパ球がある.いずれも多能性造血幹細胞から産生され,生体防御機構に関係する細胞である.
 本稿では白血球の機能について概説し,これらの細胞の輸血におけるかかわりと,さらに最近の白血球輸血についての新しい考えかたについて述べる.

血小板

著者: 池田康夫

ページ範囲:P.29 - P.32

はじめに
 血小板は2〜4μmの円盤状形態をした無核の血液細胞であり,通常,血液1μl中の血小板数は15〜20万程度である.他の血液細胞同様,造血幹細胞から産生されるが,他の血球と異なり,造血幹細胞から分化した骨髄巨核球の原形質の一部が分離して血液中に放出されることによってつくられる.造血幹細胞に作用し,骨髄巨核球への分化を促し,巨核球コロニーをつくらせるサイトカインとしてインターロイキン(interleukin;IL)-3,IL-6,IL-11などが知られていたが,最近,クローニングされたトロンボポエチン(thrombopoietin;TPO)は,動物,ヒトにおいて,その投与により血小板数が著しく増加することが確認され,血小板産生を調節する造血因子として脚光を浴びている.
 TPOは造血幹細胞をはじめとした造血前駆細胞に働き,巨核球コロニー刺激因子(megakaryocyte colony-stimulating factor;Meg-CSF)としての作用を有するほか,巨核球成熟促進因子(megakaryocyte -potentiator;Meg-POT)としての作用も有している.しかし,巨核球からの血小板放出を促す因子はいまだ同定されていない(図1).

造血幹細胞(末梢血幹細胞)

著者: 前川平 ,   中畑龍俊

ページ範囲:P.33 - P.38

はじめに
 健康な成人の生体では,毎日数千億個の赤血球や白血球が産生されることにより,恒常的造血が保たれている.骨髄で活発な細胞分裂により新しい血球が産生され,一定の寿命を持った細胞の喪失を補っている.すべての血球が分化成熟を伴う分裂をすれば,造血は枯渇してしまう.したがって,分化成熟を伴わない分裂をする細胞の存在が必須である.造血幹細胞とはこのような能力を持った細胞であり,赤血球,白血球,リンパ球,巨核球などすべての成熟血球をつくりだす能力と,自分と同じ細胞を生む自己複製能を兼ね備えた細胞であると定義される1).造血幹細胞は骨髄中のみならず,末梢血中にも流れていることは古くから知られていたが,最近では臍帯血中にも含まれていることが明らかにされている.現在,これらの造血幹細胞を種々の疾患の治療に応用しようとする骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT),末梢血幹細胞移植(peripheral blood stem cell transplantation;PBSCT),さらには臍帯血移植などの造血幹細胞移植療法が活発に展開されてきている.
 本稿では造血幹細胞の測定法,サイトカインのヒト造血幹細胞の分化増殖の及ぼす影響を述べ,末梢血幹細胞(PBSC)の特徴について,その臨床応用という観点からPBSCTに触れながら述べてみたい.

血漿成分

凝固・線溶系因子

著者: 西田幸世 ,   藤村吉博

ページ範囲:P.39 - P.43

はじめに
 血管内においては流動性を保っている血液も,いったん血管損傷を受けると,その部位で血液凝固機転が働き,血液の血管外への流出の防御反応が起こる.さらに血液凝固が完了すると,形成された血栓を処理しようとする生理的反応,いわゆる線維素溶解(線溶)機構が生ずる.しかしながら,この反応も制御なく進行すると,かえって出血傾向を助長する結果となりうる.
 本稿では,これら生体の凝固・線溶系の平衡を担う種々の因子の種類と機能について概説する.

アルブミン

著者: 中田浩一 ,   坂本久浩

ページ範囲:P.44 - P.47

はじめに
 ヒトの血液から製造される血液製剤のうち,赤血球,血小板,血漿などの輸血用血液成分は,血液事業の推進によって献血により国内自給自足がなされている.しかし,アルブミン,グロブリンなどの血漿分画製剤は昭和50年代から使用が急増し,1985年にはわが国は全世界で製造された血漿分画製剤の約1/3に当たる384万(原料血漿換算)を使用しているにもかかわらず,国内自給率はわずか2〜4%という状況に至り,国際的な非難を浴びることとなった.このため,厚生省は1986年にアルブミン製剤を含む血液製剤の使用に関するガイドライン1)を示し,その使用の適正化を推進した.その結果,1986年から血漿分画製剤使用の増加は頭打ちとなり,徐々にではあるが需要と供給のバランスは改善しつつある.しかし,なお漫然と使用されている例も多く,今後さらに適正な使用の推進が望まれ,そのためにはアルブミンの基礎的な物理化学的性状や生理的および臨床的意義についての理解が不可欠と考えられる.

免疫グロブリン・補体

著者: 椿和央 ,   金光靖

ページ範囲:P.48 - P.53

免疫グロブリン
免疫グロブリンの構造と特性1)
 ヒトは多くの病原微生物の囲まれているが,精密な防御機構によって侵入や増殖を防いでいる.病原微生物がこれらに打ち勝って侵入し増殖した状態が感染であり,それに対する生体側の反応が感染症の状態を引き起こす.感染状態になっても必ずしも感染症に進展するわけではなく,不顕性感染の状態で終了する場合もある.いずれにしても感染後,免疫系が働き,特異的防御機構が働く.抗原提示がされればTリンパ球から感作リンパ球へ,Bリンパ球から抗体が産生される.この液性抗体としての機能を持つ蛋白を免疫グロブリンという.免疫グロブリンの特徴は分子の不均一性であり,数多くの抗原に対するための特異性に多様性がある.さらに1つの抗原に対しても重複して防御するための機能の多様性がある.免疫グロブリンの定義はH鎖(heavy chain)とL鎖(light chain)と呼ばれるポリペプチド鎖が2本ずつ,計4本からなる分子でH鎖とL鎖にはそれぞれV領域(variable region)とC領域(constant region)があり,それらは1つの鎖内S-S結合を含む100アミノ酸の高次構造の単位ドメイン(domein)から構成されていて,その集合として血清抗体の機能を営む.その基本構造を図1に示した.

血液製剤の種類と製法・特徴・保存

著者: 中島一格

ページ範囲:P.55 - P.63

 血液製剤は輸血用血液製剤と血漿分画製剤に大別される.

免疫学的反応

抗原抗体反応—抗原,抗体,補体とその反応

著者: 石川文雄 ,   垣内史堂

ページ範囲:P.64 - P.69

抗原
 生体はその免疫能によって自己と非自己を区別し,自己以外の成分を積極的の排除しようとする.その際,排除の対象となるのが抗原(アンチゲン;antigen)で,生体内に侵入するとさまざまな免疫応答を引き起こす.この免疫応答を誘導する能力を抗原性(免疫原性)といい,効率的な免疫応答を引き起こすには,通常5〜10kDa以上の分子量を持つ分子であることが必要である.このように免疫応答を誘導できる抗原を完全抗原という.抗原性を欠き,抗体との反応性だけを有する分子を不完全抗原(ハプテン)と呼んでいる.しかし,低分子の不完全抗原でもアルブミンや赤血球などの高分子担体に結合すると抗原性を発揮できるようになる.これをハプテン・キャリア複合体と呼ぶ.
 一方,赤血球表面上には抗原性を示す多様な血液型物質が存在し,ABO式をはじめ約254種類以上報告されている.その多くが糖鎖構造であるが,一部Rh式血液型のようにポリペプチド鎖のものもみられる.血液型はその多様性から一卵性双生児でもない限り,すべて同じ血液型の人に巡り会う機会はほとんどない.このように同種内でバラツキを示すものを同種抗原と呼んでいる.

細胞性免疫反応

著者: 南陸彦

ページ範囲:P.70 - P.72

はじめに
 生体の免疫応答は,抗体による異物の排除を担う液性免疫と,T細胞あるいはマクロファージなどの細胞が主体となって異物を排除する細胞性免疫の2つに分けられる.液性免疫,細胞性免疫の両者とも,T細胞がその誘導あるいは制御において重要な役割を果たしている(図1).特にヘルパーT細胞がそれぞれの免疫応答の誘導に重要な役割を果たしている.近年,ヘルパーT細胞が,産生するサイトカインによって2種類,すなわちTh1およびTh2に分けられることが報告された(図2).Th1は主として細胞性免疫の誘導を行い,Th2は液性免疫を誘導することが明らかとなっている.すなわち細胞性免疫は,Th1によって引き起こされる免疫反応と言い換えることができる.
 従来,細胞性免疫は感作された動物由来の血清ではなく,リンパ球によって伝達されることが知られている.遅延型過敏反応,同種免疫反応〔移植片対宿主病(graft versus host disease;GVHD)を含む〕,多くのウイルス,細菌,寄生虫感染に対する防御反応は,主として細胞性免疫によって担われている.マクロファージによる非特異的防御機構は,特に感染防御における初期の反応において重要であり,ウイルス感染防御における細胞障害性T細胞,また遅延型過敏反応を担うCD4T細胞が感染防御などにおいて役割を担っている.

移植免疫反応

著者: 福田康彦

ページ範囲:P.73 - P.78

はじめに
 臨床的に行われている腎臓移植や肝臓移植などの臓器移植,あるいは骨髄移植,角膜移植などの組織移植は,他人や血縁者から移植臓器・組織が提供されるいわゆる同種移植であり,輸血もその範疇に入る.
 同種移植の免疫反応は,各々の移植臓器・組織が複雑な抗原性を持ち,しかも異なった細胞構成からなるためにさまざまな様相を呈する.しかし,その基本的な移植免疫反応機序は共通であり,その理解のうえに各々の移植に特異的な現象を考える必要がある.

遺伝学の基礎

著者: 渡辺嘉久 ,   徳永勝士

ページ範囲:P.79 - P.84

遺伝の基本法則
 われわれヒトを生物の一種としてみれば,他の種との違いは明らかである.また,1人ひとりの個人に注目すれば,それぞれ固有の特徴というものを持っていることがわかる.ヒトを1つの独立した種として存在させているもの,また髪の毛の色や目の色などの個人の形質を決めているもの,そしてそれが次世代に伝わっていくことが遺伝であり,その役割を担っているのが遺伝子である.輸血において最も遺伝子を意識するのが血液型であろう.血液型としてはABO,Rhなどの赤血球型,ヒト白血球抗原(human leukocyte antigen;HLA)の代表される白血球型,ヒト血小板抗原(human platelet antigen;HPA)などの血小板型,および顆粒球抗原などの型が知られているが,そのほとんどすべてが遺伝的な支配を受けている.言い換えれば,その型を規定する遺伝子が存在している.
 現在,われわれが知っている遺伝子の概念が確立されたのはメンデルの法則以来である.それまで遺伝とは,液体のようなものが混じり合うものという概念(融合説)が一般的であった.メンデルはエンドウを材料にした一連の実験からいくつかの重要な法則を導き出した.彼はエンドウの種子の形(しわの有無),種子の色,茎のたけなどの7個の形質の違いについて研究した.図1の種子のしわの有無についての交雑実験の一部を示す.

各論 血液型 赤血球

ABO血液型

著者: 渡邊博文

ページ範囲:P.86 - P.90

ABO血液型の基礎知識
 Landsteinerによって発見されたABO血液型はMendelの法則に従って遺伝し,その遺伝子座は第9染色体の長腕のあることが知られている.A,BおよびH抗原は糖鎖から成り,図11)の生成過程をとる.ともに共通の前駆物質を持ち,H遺伝子の生成物であるH転移酵素のよりH物質が生成される.このH物質をもとにA遺伝子の生成物(A型転移酵素),B遺伝子の生成物(B型転移酵素)が作用することによりA型,B型となる.抗原数は新生児では成人の約1/3と少なく,幼児期に成人とほぼ同数となる(表1)2,3)
 血清中の抗A抗体および抗B抗体は生下時には母親由来のIgG抗体のみで,自己の抗体は認められない.生後3〜6か月ごろから抗体がつくられ始め,抗体価は5〜10歳ごろピークに達し,加齢とともに少しずつ低下する.抗A抗体および抗B抗体の起源については遺伝説と免疫説(環境説)があり,後者についてSpringerら4,5)による実験がある.すなわち,胎児期には無菌状態にあるが,出生後,消化器系および呼吸器系から生理的に細菌や各種の型物質が入り,それらが刺激となり,抗A抗体,抗B抗体の産生を促すとされている.ABO型物質は血液以外にも各種臓器や分泌液にも存在する.輸血検査に唾液がよく用いられるのは,容易に採取できることと型物質を多量の含むためである.

Rh血液型

著者: 大久保康人

ページ範囲:P.91 - P.95

Rh血液型の命名
 1940年LandsteinerとWiener1)は,アカゲザル(Macacus rhesus)の赤血球でモルモットとウサギを免疫してつくった抗体がアカゲザルのみならず白人の約85%のヒトの赤血球を凝集させたので,この抗体をrhesusの名にちなんでRh抗体とし,抗原をRh抗原と名づけた.なお,この抗体の凝集する赤血球をRh陽性,凝集しないものはRh陰性と呼んだ.しかし,後にこの抗体はヒトから発見された真のRh抗体とは異なることがわかり,発見者のLandsteiner,Wienerの名から両者の頭文字をとり,LW抗体と呼称されることになり,現在はLW系血液型として,Rh系より独立している(血液型systemのNo.0162)).
 LandsteinerとWienerの発見の前年(1939年),Levineら1)は死産児を分娩した母親の夫の血液を輸血したところ,ABO型が同じ型であるにもかかわらず強い溶血性副作用を起こした症例に遭遇した.精査の結果,母親の血清は夫血球を凝集することが判明した.しかもこの抗体は前記のRh抗体と同じであることを1940年,Wienerら1)が報告した(実際には前記のとおり同じではない).現在,Rh抗体として日常検査に使用されている抗体は,このようなヒト由来のポリクローナル抗体とモノクローナル抗体である.

その他の血液型とまれな血液型

著者: 常山初江 ,   内川誠

ページ範囲:P.96 - P.100

はじめに
 1900年のLandsteinerがABO血液型を発見し,抗原と抗体の概念がはっきりと確立された.このABO血液型の判定が実際の輸血の応用され始めたのは1907年からである.この後,1940年代の初めまで,患者と輸血用血液のABO血液型を一致させても,しばしば患者に溶血反応が観察されていた.1940年,ようやくRh血液型のD抗原が確認された.1945年,IgG抗体の検出感度の優れた抗グロブリン法が開発され,溶血反応の原因となる血液型をはじめとして新しい血液型の発見が相次ぎ,今日に至っている.
 国際輸血学会は,256種類の抗原を認めている.これらの抗原のうち,特異抗原を決定している遺伝子が,対立遺伝子として同じ遺伝子座を占めるか,あるいは遺伝子座が密の連鎖しているものを,血液型システム(系列)として分類している(表1).現在ABO,Rhをはじめとして23の血液型システムがあり,201種類の抗原で構成されている.さらに抗原の中には,抗原の陽性頻度が集団内で1%以下の低頻度抗原や,抗原の陽性頻度が99%以上の高頻度抗原がある.高頻度抗原が陰性の血液型を“まれな血液型”と呼んでいる.“まれな血液型”の人が輸血や妊娠を繰り返し,対応する高頻度抗原と反応する抗体をつくってしまった場合,同じ“まれな血液型”の赤血球が輸血のために必要となる.このため,血液センターでは30種類近くある“まれな血液型”を探す努力を続けている.

不規則抗体検査

不規則抗体スクリーニング検査

著者: 佐藤千秋 ,   渋谷温

ページ範囲:P.102 - P.106

はじめに
 不規則抗体には,明らかな抗原による免疫刺激がないにもかかわらず血清中の存在する自然抗体(natural antibody)と,輸血などによる同種免疫により産生される免疫抗体(immune antibody)とがある.
 不規則抗体は重篤な溶血性輸血副作用や母児血液型不適合妊娠による新生児溶血性疾患を引き起こすことがあることから,輸血を受ける予定のある患者と献血者,さらに妊婦においても血清中の抗体保有の有無を検査することは極めて重要である.

不規則抗体の同定

著者: 中嶋八良

ページ範囲:P.107 - P.112

はじめに
 抗体スクリーニングや交差適合試験で,患者や供血者の血清中に,抗Aや抗B自然抗体以外の赤血球抗体(不規則抗体)が検出されたら,その抗体の特異性を決定(同定)し,その臨床的意義(輸血赤血球の寿命を短縮させたり,新生児溶血性疾患に関係したりするかどうか)を評価する.
 輸血前検査で患者血清中に検出された不規則抗体の特異性が同定されていれば,適合血が容易に得られるかどうかがわかるし,臨床的意義があると考えられる抗体の場合,あらかじめ高力価の血液型判定用試薬を使って対応する抗原を持たない血液を探して交差適合試験を行い,不適合血を適合血と見誤る危険を極力回避するよう努めることができる.また,検体血清中の抗体が,市販品に求めがたいような特異性(例えば抗Dib)を持ち,力価も高いことがわかれば,残りの血清を貴重な血液型判定用試薬として使える.

自己抗体と輸血

著者: 石田萠子

ページ範囲:P.113 - P.119

はじめに
 輸血検査における直接抗グロブリン試験(direct antiglobulin test;DAT)陽性例のうち,代表的なものに自己免疫性溶血性貧血(auto-immune hemolytic anemia;AIHA)がある.AIHAは,なんらかの原因によって免疫機構に破綻をきたし,赤血球に対する抗赤血球自己抗体(自己抗体)を産生する.この抗体が患者の赤血球に作用して溶血を起こす疾患である.これらの自己抗体は古くから反応至適温度によって温式と冷式自己抗体に分類されている.しかし,抗体検査が詳細に行われるようになった現在,必ずしもこの分類に当てはまらない例も出てきている.いずれにしても自己抗体保有患者への輸血は慎重に対応されており,高度の貧血が急速に進む場合や,ステロイド剤,その他の治療で効果が期待できない場合に行われる.その際の輸血検査では,自己抗体に覆われた血液の取り扱いに特別の注意が必要である.

交差適合試験

著者: 松田仁志

ページ範囲:P.122 - P.126

はじめに
 厚生省は,安全で適正な輸血を行うための基準を平成元年(1989年)に「輸血療法の適正化に関するガイドライン」(以下,ガイドライン)として制定した.これは,これまでの基準では現場の輸血環境の変化に対応できないと判断されたためである.
 このガイドラインの特徴は2つ挙げることができる.1つ目は,医療機関で実際に輸血に携わる医師・看護婦・検査技師の専門の作業手順を分けて記述していることである.2つ目は,緊急時や大量輸血時の具体的な現場状況を想定して輸血手順を記述していることである.

吸着解離試験

著者: 瀬尾たい子

ページ範囲:P.127 - P.129

はじめに
 赤血球抗原抗体反応1)は,イオン,水素,van der Waals力と三次元形成などで結合されている.そして,解離を起こすためには,イオン強度,pH,温度を変えた攪絆,さらに有機溶媒などにより,強力な反応(結合)から,結合した抗体を分取する方法である.そのため,これらの結合を切断する適切な方法を選択しなければならない.完全な方法はあり得ないからである.
 解離法には,直接法と間接法(吸着解離)があり,抗体同定や,弱い抗原の証明に利用される.

HLA検査

血清学的検査

著者: 荒木延夫 ,   能勢義介 ,   神前昌敏

ページ範囲:P.130 - P.138

はじめに
 1952年,Daussetらは白血球凝集試験を用いて輸血患者血清中に抗白血球抗体を検出し,HLA抗原(human leukocyte antigen;ヒト白血球抗原)を発見した.その後,同様の抗体がPayneらによって輸血患者のみでなく経産婦血清中にも見いだされ,HLA抗原は血清学的方法により同定,確立されていった.そして,近年,特定の遺伝子領域を指数関数的に増幅(polymerase chain reaction;PCR)し,DNAレベルで解析する方法が開発され,HLA抗原は着実に解明されようとしている.
 HLA抗原は,ヒト第6染色体短腕上の主要組織適合性複合体(major histocompatibility compnex;MHC)遺伝子領域によりコードされ,MHC領域はクラスⅠ,Ⅱ,Ⅲに分類されている1)(図1).クラスⅠ遺伝子領域のHLA-A,B,C,(E,F,G)座でコードされるMHCクラスI抗原はα鎖およびβ2-ミクログロブリンからなり,ほとんどすべての有核細胞,血小板上に表現されている.また,血漿中には大量の可溶性クラスⅠ抗原が存在している.クラスⅡ遺伝子領域のHLA-DR,DQ,DP座などでコードされるMHCクラスⅡ抗原はα鎖,β鎖のヘテロ二量体からなり,Bリンパ球,活性化Tリンパ球,単球などの限られた細胞に表現されている.

DNA検査

著者: 平田蘭子 ,   前田平生

ページ範囲:P.141 - P.146

はじめに
 従来,HLA(human leukocyte antigen)タイピングは末梢血リンパ球を抗体と反応させるリンパ球細胞傷害試験(lymphocytotoxicity test;LCT法)により血清学的特異性として決定されてきた.しかし,近年,分子生物学的技術の発達とともに,DNAによるHLA遺伝子領域の解析が進み,次々と新しい遺伝子ならびに対立遺伝子(アリル)の塩基配列が明らかにされ,HLA-DNAタイピングが可能となった.特にHLAクラスⅡ抗原については,DNAタイピングが急速に開発され,すでに実用化されている.

抗顆粒球抗体検査

著者: 宮本光子

ページ範囲:P.147 - P.150

はじめに
 1960年のアメリカのLalezariらが,新生児の顆粒球減少症を起こした母親の血清中から顆粒球に特異的な抗体であるNA1およびNA2について報告してから,NB1,NC1,ND1,およびNE1など顆粒球に特異的な抗体が順次報告されてきた.1968年にはオランダのvan Roodらが,HLA(human leukocyte antigen)抗原とは独立したシステムを有し,顆粒球,リンパ球,血小板に存在する5a,5bという抗原を,また1982年にはKlineらが顆粒球,リンパ球,単球に存在する抗原Martについて報告した.以来,種々の検査方法が報告されてきているが,HLAタイピングのように国際的な標準法というものはまだ確立されていない.しかし,近年,供血者血液中で産生された顆粒球抗体のよる輸血副作用が問題となってきたこともあり,顆粒球に対する抗原抗体の検索が着目されてきている.
 抗顆粒球抗体の血清学的検出法として凝集法,細胞毒試験法,蛍光抗体法,酵素抗体法などいろいろな方法が報告されているが,再現性,操作の簡便性,顆粒球の寿命が他の白血球に比べて極端に短いことなどを考慮したうえで,検出方法を選んで行うことが望ましいと思われる.本稿ではその方法の一端を紹介する.

血小板

血小板型検査

著者: 佐藤進一郎 ,   降旗謙一

ページ範囲:P.155 - P.163

はじめに
 生体内免疫反応によって惹起される血小板減少の原因として,標的血小板を認識する同種(アロ)抗体,イソ抗体,自己抗体および薬剤依存性抗体の関与が知られている1〜6).したがって,免疫学的血小板減少の病因や病態を解明し,臨床診断や治療効果のモニタリング,予後判定のための補助診断検査法として血小板抗原抗体検査は臨床的に重要である.
 本稿では血小板抗原抗体系の概要と血小板型検査法,さらに血小板特異抗原感作による血小板輸血不応答状態(platelet transfusion refractoriness;PTR)患者を例に,筆者らの血小板型検査の進めかたについて概説する.

抗血小板抗体検査

著者: 森田庄治 ,   柴田洋一

ページ範囲:P.164 - P.168

はじめに
 抗血小板抗体検査は輸血に必要な検査の一部にもかかわらず,その検査上の煩雑性や血小板製剤の有効期限の問題などの理由から,赤血球型の検査に比べ普及性の面において一般病院規模で検査を実施することは現実的には難しく,特殊検査の領域であった.しかし,認定輸血検査技師制度の発足が契機となり,輸血検査に携わる検査技師は,抗血小板抗体についての知識のみならず,技術的な面も求められることになり,抗血小板抗体検査に対する関心が急速に高まった.
 本稿では,抗血小板抗体検査の必要性を血小板輸血と妊娠(母児免疫)の視点から述べるとともに,抗血小板抗体検査の1つの方法である混合受身凝集法(mixed passive hemagglutination;MPHA)について概説することにする.

PAIgG,PBIgGの定量

著者: 倉田義之

ページ範囲:P.170 - P.172

はじめに
 抗血小板抗体には抗血小板自己抗体と抗血小板同種抗体の2種類が存在する.抗血小板同種抗体は自己の血小板が持っていない抗原に対する抗体で,他人の血小板とは反応するが,患者自身の血小板とは反応しない.一方,抗血小板自己抗体は他人の血小板のみならず,患者自身の血小板とも反応する抗体である.抗血小板自己抗体が病態の中心的な役割を果たしている代表的な疾患が特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura;ITP)である1).この病気では抗血小板自己抗体が患者血小板に結合するために流血中の血小板は早期に破壊されてしまい,末梢血中の血小板は減少する.
 抗血小板抗体の測定法としては,患者血小板表面の抗体を検出する方法と,患者血清中の抗血小板抗体を検出する方法の2種類に分けられる.患者血小板表面に結合している抗体をplatelet-associated IgG(PAIgG)と呼んでいる.PAIgG測定法は抗血小板自己抗体のみを検出し,抗血小板同種抗体は検出しない.一方,血清中に存在する抗血小板抗体をplatelet-bindable IgG(PBIgG)と呼んでいる.PBIgGは抗血小板自己抗体のみならず抗血小板同種抗体も検出する.

供血者の検査—血液センターにおける血液型検査を中心に

著者: 神谷忠 ,   佐藤陽子 ,   倉知透 ,   村瀬隆治

ページ範囲:P.174 - P.181

はじめに
 ABO血液型がLandsteinerによって発見されて約1世紀たったが,その間,Rh血液型など種々の血液型が発見されるとともに,検査技術が向上し,それら抗原の構造の解明が行われてきた.さらに近年では,遺伝子解析も進められている.
 しかしながら,検査技術の進歩にもかかわらず,まだ年間数例の血液型不適合輸血による事故が起こっている.これらの事故は医療機関における患者検体の取り扱いミスや,夜間当直時の不慣れな技術者による誤判定,成績書への記入ミスなど1,2)による患者の血液型の誤判定の起因するものが多い.また,適合血の選択間違いから,輸血用血液による副作用も報告されている3).そのため,医療機関では輸血事故防止のため,検査手順の改善や管理体制の整備が進められている.

輸血臨床

院内輸血システム

著者: 前田平生

ページ範囲:P.183 - P.189

はじめに
 輸血は,血液成分の不足を補充することを目的とし,その即時的な効果については異論のないところである.しかし,輸血に使用する血液は,一人一人の善意の献血によるものであり,ロットを構成しえず,しかも,その数は数百万に及ぶことから,予期せぬ免疫反応やウイルス感染などのリスクが常に存在する.こうして輸血は,大量に供給される製剤としての側面と他人の血液を使用する臓器移植との側面を併せもっている.
 こうした状況の下,安全で,効果的な輸血が行われるためには,①血液を採取,供給する血液センターには,他の薬剤と同程度の安全性の確保が要求され,②それを実際に使用する病院には,臓器移植に匹敵する倫理性と合理性が要求される.ここでは,病院内の日常の輸血業務について,輸血の適応の決定から,血液製剤の選択・発注・調製,輸血前検査,輸血の実施,副作用調査まで,院内でどのような手続き,流れで輸血が行われているかを説明し,それぞれの段階での現時点での問題点について述べる.

血液製剤の適応と適正使用

全血,濃厚赤血球—洗浄・白血球除去赤血球を含めて

著者: 田崎哲典 ,   大戸斉

ページ範囲:P.190 - P.194

全血
1.赤血球保存液
 全血はヒト血液に添加液(表1)を加えたものである.クエン酸は血液凝固第Ⅳ因子であるカルシウムイオン(Ca2+)を捕捉し,解離度の低いクエン酸カルシウムとすることにより,血漿Ca2+濃度は低下し抗凝固作用が発揮される.ブドウ糖は赤血球の代謝系にエネルギー源として極めて重要である.すなわち,解糖系を経て得られるアデノシン三リン酸(ATP)が解糖系自体の維持,陽イオンの膜輸送,赤血球膜脂質の維持などに利用される.従来,このACD(acid-citrate-dextrose)血が使用されていたが,2,3-DPG(diphosphoglycerate)の生成に有効とされるリン酸塩の添加で,赤血球の保存,輸血後の生存率がより良好となることから,現在では特殊な場合を除きCPD(citrate-phosphate-dextrose)血が日本赤十字社血液センターから供給されており,有効期間は4〜6℃保存で3週間である.
 ヘパリン加新鮮血は保存中に凝固しやすく,赤血球の劣化も速いことから,有効期間も採血後24時間に制限されており,もはや体外循環装置を用いた手術にもほとんど使用されなくなった.ATPの合成要素であるアデニンを加えたCPDA-1はすでに5週間の保存液としてアメリカ食品医薬品局(FDA)で認可されているが,わが国ではまだ認められていない.

新鮮凍結血漿,アルブミン

著者: 髙本滋

ページ範囲:P.195 - P.199

はじめに
 新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma;FFP)およびアルブミンはヒトの血液のうち,ともに血漿に由来する血液製剤である.FFPが献血者1人1人から作製され,血漿製剤と呼ばれるのに対し,アルブミンは多くの献血者の血漿をプールしたものから分画作製されるもので,グロブリンと同様,血漿分画製剤と呼ばれる.原則として,FFPは凝固因子の補充を,一方,アルブミンは循環血漿量の是正,膠質浸透圧の改善を目的として使用される.
 わが国の血液製剤に関しては昭和39年の閣議決定により献血が推進され,それまでの売血制度から預血制度へ,そして昭和49年には完全に献血制度に置き換わり,医療上の必要量を献血で賄うことができるようになった.しかし,昭和50年代半ばより血漿製剤および血漿分画製剤の急激な使用量の増大が大量の原料血漿あるいは製剤の輸入を導き,ひいては国内外からの倫理的批判を受けることとなった.このことが血液製剤の使用適正化の基準作成のきっかけとなったのは周知の事実である.以降,国内の供給の改善,HIVをはじめとするウイルス感染の危険性の認識などもあり,需給の状況は改善はしているものの,いまだに適正使用とは考えにくい使用が行われているのが現状である.特に,アルブミン製剤は多くの施設では薬剤部で管理されており,その使用についてはチェック機構が存在せず,野放しともいえる状況と考えられる.

血小板

著者: 浅井隆喜

ページ範囲:P.200 - P.203

はじめに
 血小板輸血は1970年代に輸血治療に用いられるようになり,1980年代後半からその使用量は急速に増加してきている.これは,悪性腫瘍や血液疾患の治療の進歩に伴って,その治療に伴う骨髄抑制の補充療法としての血小板輸血の需要が増大してきているからである.そして,骨髄抑制によるもう一方の副作用である感染症も抗生物質の開発によって徐々に克服されてきており,化学療法が強化される傾向にあることも使用量の増大の原因になっていると思われる.また,1980年代から骨髄移植が治療法として定着してきていることも要因の1つとして考えられる.
 この急速な需要の増加に合わせて,成分採血装置が1970年代後半から普及し始め,1980年代後半から各血液センターにも成分採血装置が設備されるようになり,供給量の増加が可能となった.

免疫グロブリン

著者: 長田広司

ページ範囲:P.204 - P.206

はじめに
 免疫グロブリン製剤(immunoglobulin;IG)は,わが国では重症感染症に対して,抗生物質との併用に静注用IG(intravenous immunoglobulin;IVIG)の使用量の約70%が用いられている.近年,IVIGの大量投与により,免疫変調作用(immunomodulation)が期待できる疾患があることが明らかにされ,種々の疾患に使用されるようになり,米国ではこの数年でIVIGの使用量が著増している.1990年にはこのような現状を踏まえて,米国NIH(National Institutes of Health)においてIVIGの適応についてのカンファレンスが行われ,IVIGの有効性の有無が論じられた.一方,わが国では再評価の対象にはなっているが,ガイドラインでその適正使用については述べられていない.本稿ではこのNIHカンファレンスで適応とされた5疾患を中心に述べる.
 適応:IGの適応には従来よりの補充療法と最近明らかにされてきた免疫変調作用による治療がある.

血液凝固因子

著者: 西野正人 ,   吉岡章

ページ範囲:P.207 - P.212

凝固因子異常症の疫学
 凝固因子異常症は先天性の凝固因子欠乏症もしくは異常症が主体で,本邦における先天性凝固異常症は表1のごとく,すべての凝固因子で存在している.その頻度は第Ⅷ因子の先天性欠乏・異常症である血友病Aが圧倒的に多く,次いでフォンウィルブランド病(von Willebrand disease;vWD),血友病B(第Ⅸ因子欠乏・異常)の順である.福井1)によると,血友病AおよびBを合わせると約3,800人,vWDは735人の生存が確認されている.つまり血友病Aは男子人口10万人当たり5〜10人,血友病Bはその1/5,vWDは人口10万人当たり2〜3人と推定されている.そのほか,無フィブリノゲン血症37例,第Ⅴ因子欠乏血症36例,第ⅩⅢ因子欠乏症33例,第XI因子欠乏血症24例,第Ⅶ因子欠乏血症23例などで,血友病とvWDを除く他の先天性凝固因子異常症は全体の5.2%にすぎない.後天性の凝固異常症には,新生児メレナ,特発性乳児ビタミンK欠乏症,重症肝臓疾患などのビタミンK依存性凝固因子低下・異常症,播種性血管内凝固症(disseminated intravascular coagulation;DIC),さらに膠原病などの免疫異常による循環抗凝固物質の発症例などが存在する.

輸血業務管理

著者: 比留間潔

ページ範囲:P.214 - P.221

はじめに
 病院輸血部門の主たる業務は患者に安全な輸血用血液を供給することであるが,医療の発達に伴い輸血業務も多様化している.例えば,近年,造血幹細胞移植や各臓器の移植術が発展し,このような移植医療に関する輸血部門の業務も増えている.輸血療法の本質は同種(allogeneic)細胞の移植であり,輸血部門は基本的に同種細胞の保管や適合性の検査に精通した中央部門であるから必然的な結果といえよう.
 Association of American Blood Bank(AABB)発行のstandardsのよれば1),輸血業務には輸血用血液に関する業務のほかに,移植臓器の組織適合検査,造血幹細胞移植および移植臓器の保管が含まれている.したがって,本稿では主として輸血用血液に関する業務管理について述べるとともに,造血幹細胞移植および臓器移植に関しても若干言及する.

外科手術の輸血

著者: 面川進 ,   三浦亮

ページ範囲:P.222 - P.228

はじめに
 各医療機関における血液使用量のうち,外科手術時の使用が占める割合は少なくない.以前は手術時の輸血として,手術で出血した量と同量,そして同質な輸血とし,全血(新鮮血)輸血が考えられたこともあった.しかし,成分輸血療法として,生体の赤血球,血小板,凝固因子,アルブミンなど,血液各成分の体内分布,体内生産量を考慮した,より生理的な輸液,輸血療法が,外科手術時の出血に対して行われてきている.また,外科手術時の血液準備方法として,過剰な準備を回避し,適正使用を推進するため,Type & Screen(T & S),MSBOS(maximum surgical blood order schedule;最大手術血液準備量)システムが導入され,さらに血液使用適正化に加え,輸血副作用防止を目的として,自己血輸血が外科手術に対して広く行われている.このように,外科手術時の輸血を取り巻く環境は大きく変わってきている.
 本稿では,T & S,MSBOSによる手術用血液有効利用と,手術時の輸血について,筆者らの施設での実際も含めて述べる.

内科での輸血療法

著者: 高松純樹

ページ範囲:P.230 - P.232

はじめに
 内科領域において行われる輸血は非常に広範囲にわたるが,本稿では赤血球,血小板,凝固因子別に分類して述べる.

周産期の輸血

著者: 月本一郎

ページ範囲:P.233 - P.239

はじめに
 周産期に輸血療法を行う原則は,限りなく安全な血液を使用することである.輸血による副作用は一生涯のみならず,次の世代にわたる問題を残すことになる.これを防ぐためのは,可能な限り無輸血とし,必要なときには感染性と免疫原性のない同種血を用いることになる.
 小児,特に新生児では成人と異なった生理機能を有し,輸血を行ううえで注意をしなければならない点が多い.成人領域では,輸血の適正使用のためのガイドラインが出されているが,小児ではそのまま用いるには問題がある.小児科領域に特有なガイドラインが作られて現場で検討され,問題点を解決してから全国に普及される必要がある.

緊急輸血,大量輸血

著者: 小関一英 ,   青木和夫 ,   福田聖恵 ,   谷川等

ページ範囲:P.240 - P.247

はじめに―緊急輸血を要する病態とは
 救急医療体制が整備されると,それ以前には救急現場や搬送中に死亡したと思われる重症患者が瀕死の状態で搬入される機会が増す.病院到着前,すでに大量の失血をきたし,救急室搬入時には重症の出血性ショックに陥っている患者は珍しくない.救命救急センターはこのような極限状態にある患者を的確な緊急処置で救うことを最大の使命にしている.緊急輸血を要し,しかも大量輸血となりやすい病態として頻度が高いのは,①身体の複数部位に損傷がある,いわゆる多発外傷,②出血性胃・十二指腸潰瘍や食道静脈瘤破裂のような消化管出血,③高齢者に多い大動脈瘤破裂,などである.
 急激な出血に対して生体はその恒常性を維持すべく,交感神経系と内分泌系を介して,体液・循環系の強力な代償反応を惹起させる.成人の循環血液量は体重1kg当たり約70mlであり,個人差はあるが,全体としては3,500〜5,000mlである.循環血液量の約15%(成人で約700ml)を超える急性出血をきたすと,皮膚蒼白,冷汗,頻脈など出血性ショックとしての臨床症状が出現する.血液量の30%(約1,400ml)以上を失うと,急速な血圧低下,脈拍微弱,意識混濁をきたし,さらに出血すると代償機能の限界を超え,心筋虚血から心停止へと移行する.輸液ルートを確保し,輸液ラインに接続する前に交差適合試験用の血液を含めて約30ml採血し,大至急で検査室に送る.

骨髄移植における輸血

著者: 原宏

ページ範囲:P.248 - P.250

はじめに
 輸血は基本的には欠乏する血液成分の補給療法であり,その点においては骨髄移植の場合にも,他の疾患あるいは状態における輸血治療と基本的には同じである.
 しかし,骨髄移植という特殊な治療を成功させるには,輸血にもそれなりの配慮が求められる.骨髄移植は再生不良性貧血,骨髄異形成症候群,各種の白血病あるいは先天性・後天性の造血障害および先天性の免疫不全症などの疾患を対象に行われている.骨髄移植における輸血を考える場合には,骨髄提供者に対する輸血と移植を受ける患者に対する輸血の両面を必ず考慮する必要がある.

輸血領域のI & A(Inspection & Accreditation)

著者: 長田広司 ,   清水勝

ページ範囲:P.251 - P.254

はじめに
 近年,輸血医学は目覚ましい進歩を遂げ,それに伴って,輸血療法の安全性と有効性は著しく向上し,今までに知られていた輸血に伴う副作用・合併症の多くは完全とはいかないまでも,ほぼ制圧に成功したといってよいであろう.しかし,一方では新たな副作用.合併症が知られるようになり,その対策も緊急の課題となっている.このような副作用・合併症が医学的には解決済みとなっても,その恩恵を輸血を必要とするすべての患者が受けるようにならなければ,その価値を十分に評価することはできない.もしそのような現実があるとすれば,すべての医療従事者はその原因を究明して,積極的に打開策を講じる義務と責任とがあるといわなければならない.
 つまり,治療用血液である輸血用血液や血漿分画はヒト由来の血液そのものであり,それらの使用に当たっては副作用・合併症(溶血性副作用などの免疫学的機序によるものや,ウイルスや細菌による輸血感染症など)が,ある頻度で起こり得ることは,周知の事実であるということをまず認識するべきである.

輸血副作用

溶血性輸血副作用

著者: 小松文夫

ページ範囲:P.255 - P.259

はじめに
 輸血副作用のうち,最も注意すべきものは不適合輸血による溶血性副作用である.患者が抗Aや抗B,あるいはそれ以外の赤血球抗体を有しているとき,これと反応する赤血球(抗原)を輸注されると,体内で抗原抗体反応を起こし,赤血球は溶解する.これを不適合輸血という.不適合輸血は通常2つに分けて考えるのがよい.その1はABO不適合輸血(異型輸血),その2はABO以外の不適合輸血である.このうち,副作用としては前者のほうがはるかに重篤となる.そのため,ABO異型輸血は絶対に起こしてはならない.
 本稿では,これら2つのタイプの溶血性副作用について述べ,さらにまれではあるが,ぜひ記憶しておかなければならない遅発性溶血性副作用についても述べる.

非溶血性副作用

発熱,アレルギー,アナフィラキシー反応など

著者: 倉田義之 ,   清川知子 ,   林悟

ページ範囲:P.261 - P.265

はじめに
 輸血を行うと,しばしば発熱や蕁麻疹を伴うことがある.また,まれにはアナフィラキシー・ショックなどの副作用を呈することもある.これらの副作用は非溶血性輸血副作用としてまとめられている.溶血性の副作用に比べると,アナフィラキシー・ショックの場合を除き副作用の症状は軽く,生命の危険もないことが多い.そのためもあってか,原因などについての検討は十分でなく不明な点も多い.

血小板輸血不応状態

著者: 石田明 ,   半田誠

ページ範囲:P.266 - P.269

血小板輸血不応状態とは
1.血小板輸血の効果
 「血小板輸血の効果がなかった」という言いかたをよくする.日常臨床において,血小板輸血の効果は出血症状の改善度と輸血後の血小板数の変化(血小板増加量)という2つの面から判断することができる.出血症状の改善は血小板輸血の主たる目的であり,ベッドサイドで出血症状の変化を注意深く観察することが輸血の効果を評価するうえで大切であることは言うまでもない.しかし,出血症状には出血部位や出血創の状態,原病の状態や背景にある病態,凝固因子の欠乏などの血小板以外のさまざまな因子が複雑に絡んでおり,また消化管出血などでは出血症状の評価が難しい場合も少なくない.一方,輸血後の血小板増加量を評価すれば,輸血の効果について明確かつ確実に客観的な判断を下すことができる.
 輸血後の血小板増加量のより客観的な指標として,補正血小板増加量(corrected count increment;CCI)が汎用されている.

輸血後GVHD

著者: 大塚節子 ,   木村彰方 ,   石塚達夫

ページ範囲:P.270 - P.274

はじめに
 同種移植片に対する免疫反応の主要な標的抗原は,主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex;MHC)分子そのものであり,アロMHCをT細胞が認識することから,移植片拒絶は始まる.移植片対宿主病(graft-versus-host disease;GVHD)における組織障害は,細胞障害性T細胞(cytolytic T lymphocyte;CTL)を介する標的細胞融解と大量に分泌されたサイトカインに起因する1)
 臨床的GVHDは通常,骨髄移植の結果引き起こされる病態である.しかし,臨床的GVHDには生着するドナーリンパ球の供給臓器によって,①骨髄移植後,②輸血後,③胎盤を介する母→児輸血後,④所属リンパ節リンパ球の移入による固形臓器(例えば肝臓)移植後GVHDがある.本稿では,輸血後GVHDを骨髄移植後GVHDと比較して述べる.

その他の輸血副作用

著者: 稲葉頌一

ページ範囲:P.275 - P.278

はじめに
 HCV(C型肝炎ウイルス)抗体スクリーニングの開発以来,わが国の輸血用血液の安全性は非常に高くなったと評価されている.しかし,輸血において患者が死亡するようなトラブルが今なお数多く存在している1).その内容は実際には事故・合併症といったものが多数含まれており,これらを輸血副作用と総称したものであった.実際の臨床現場では取り扱い上の不備による事故の報告が後を絶たない.また,大量輸血のように救命のためにやむを得ず投与された結果,続発する合併症もいくつか知られている.
 本稿では日ごろ重視されていないこれらの問題について簡単に述べることとする.

輸血感染症

HBV

著者: 坂本穣 ,   武田清 ,   赤羽賢浩

ページ範囲:P.280 - P.284

 輸血後肝炎ウイルス感染は,第二次世界大戦以降のわが国では流行を極め,血清肝炎の多発を招くこととなった.そのころの輸血後肝炎患者の中に,最近になって肝硬変,肝癌に進展している患者も多い.その後,肝炎ウイルス学の進歩とともに,輸血のスクリーニングにさまざまな手法が取り入られ,1964年,売血から献血への移行,1972年,HBs抗原プレチェック,1989年,HBc抗体検査の追加とHCV抗体検査が行われるに至り,今日の日赤血液センターでスクリーニングされた血液は,肝炎ウイルスの感染性において世界で最も安全となった.しかしながら,B型肝炎ウイルス(HBV)はいまだ輸血後肝炎の原因のひとつであり,スクリーニングを行っているにもかかわらず感染し,しかもその中に劇症肝炎になるものも少なくないことが問題となっている.最近では,遺伝子工学的手法を応用することにより,従来,血清学的見地によりのみ議論されてきたいくつかの問題点は,ウイルス遺伝子の多様性と宿主の免疫応答で説明できることが明らかになってきた.しかし,HBV感染の診断には抗原抗体系による血清学的手法が最も重要であることは現在でも変わりがなく,本稿ではHBVと血清学的診断について述べる.

HCV関連マーカー検出・定量系の意義

著者: 佐々木富美子 ,   吉澤浩司

ページ範囲:P.285 - P.291

はじめに
 1960年代半ば,わが国では売血による輸血用血液の供給が行われ,輸血後肝炎は全受血者の50%以上に発生していた1)(図1-a).しかし,献血制度が確立された1968年には16.2%にまで減少し(図1-b),その後,1980年代初めまで17〜18%前後の値を保っていた.
 その後,1981年から開始された「ALT高値を示す血液の排除」は輸血後非A非B型肝炎の発生率を15%前後にまで(図1-c),また1986年から開始された「400ml献血・成分献血の推進」は7〜8%にまで減少させる効果をもたらした(図1-d).

HTLV-I

著者: 松元大典

ページ範囲:P.292 - P.296

HTLV-Ⅰ感染症
 HTLV-Ⅰ(human T-cell lymphotropic virus typeⅠ)はヒトレトロウイルス科に属し,成人T細胞性白血病(adult T-cell leukemia;ATL)1)を発症させるがんウイルスとして,またHTLV-Ⅰ関連ミエロパチー(HTLV-Ⅰ-assosiated myelopathy;HAM)2)という,まったく別の神経疾患をも起こすという特異な性質から世界的に知られている.さらに最近では,眼のぶどう膜炎,気管支肺症,非リウマチ性関節炎,多発性筋炎などの発病の背景にHTLV-Ⅰの免疫機序への関与が指摘されるようになり,なおいっそう注目度を増してきている.

HIV

著者: 吉原なみ子

ページ範囲:P.297 - P.301

はじめに
 輸血のためのヒト免疫不全症候群ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)検査は,主として抗体検査である.たくさんのHIV検査があるが,1つの検査法を選ぶとすれば,抗体検査にまさる検査法はない.弱点としては,抗体が検出できるまでのウインドウ期(window period;WP)に,HIV感染がわからないことである.現在,WPを短縮するため,抗体検査の抗原にリコンビナントや合成ペプチドを使ったELISAや,IgM抗体がとらえやすいサンドイッチELISAが開発されている.また,抗体検査の補助的方法としてp24抗原検査やPCR(polymerase chain reaction)の導入が検討されている.HIVの全般の特徴を理解し,これからの輸血検査について考えを進めたい.

梅毒

著者: 大里和久

ページ範囲:P.303 - P.308

はじめに
 梅毒は第二次世界大戦後,その病相が大きく変わった.戦前は常に多数の患者が存在したが,戦後は特効薬のペニシリンの登場により流行期と休止期が明確に区分されるようになった.すなわち,終戦時の大流行の後,1965,1985年前後にそれぞれピークを持つ約20年間隔の流行をみせており,現在は流行の谷間にあると考えられる1).流行期には皮膚や粘膜に症状のある顕症梅毒が増えるが,非流行期には献血,集団健診,妊婦健診,人間ドック,他病時や術前の検査など偶然の機会に発見される潜伏梅毒が大半を占める.梅毒はおよそ20年間隔で流行しながらも患者は減少の傾向をたどっている.献血時の梅毒検査からみた一般集団の感染率は,特異的な検査法であるTreponema pallidum hemagglutination assay(TPHA)が導入された1969年が1.24%で,四半世紀後の1995年には0.10%へと1/10に低下している2).梅毒は性病予防法の対象疾患で,診断した場合には患者の居住地の保健所に届け出ることになっているが,これらをまとめた厚生省の報告では,最近の届出数は年間1,000人を超す程度で,かつての1/100以下に減少している3)

CMV

著者: 中村良子

ページ範囲:P.309 - P.313

はじめに
 サイトメガロウイルス(cytomegarovirus;CMV)は,βヒトヘルペスウイルス科のDNAウイルスで,先天的および後天的に種々の感染症を起こす.CMVは他のヘルペスウイルス科のウイルスと同様に,初感染後体内に潜伏感染(latent infection)し,宿主の免疫(特に細胞性免疫)が低下すると再活性化(reactivation)する1〜3)
 日本人の大多数は出生時の産道感染(垂直感染),生後の経母感染あるいは水平感染によりCMVの初感染を受ける.わが国成人のCMV抗体陽生率は80〜90%と高く,供血者(ドナー)のほとんどがCMVを体内に持っているため,輸血などの医療行為は,内因性CMVの再活性化,再感染または初感染の危険(リスク)を伴う.したがって,臓器移植後などの易感染性宿主(immunocompromised host),未感染妊婦,未感染妊婦からの低体重出生児(未熟児)への輸血は,抗CMV抗体陰性血または白血球除去フィルター処理の血液製剤を用いるべきである.

マラリア,パルボウイルス,その他

著者: 大友弘士 ,   加来浩器

ページ範囲:P.314 - P.318

はじめに
 輸血は,それが適応となる患者には劇的な効果をおさめ得る治療手段であり,補充療法の最たるものとされている.ところが,移植片体宿主病(graft versus host disease;GVHD)やヘモジデリン沈着症などとともに,各種の病原体の伝播によって患者に重大な侵襲を加える輸血後感染症が輸血の副作用や合併症として極めて重要である.そこで,日本赤十字社血液センターではこのような感染症を可及的に予防するため,供血者にHBV(B型肝炎ウイルス),HCV(C型肝炎ウイルス),HIV(ヒト免疫不全症候群ウイルス),HTLV-Ⅰ(ヒトT細胞性白血病ウイルス-Ⅰ),梅毒などの検査を実施しているほか,肝炎,結核,糖尿病,腎臓病,血液疾患,心臓疾患などの現症や既往症を問診し,輸血製剤の安全性確保に努めていることは周知のとおりである.
 しかし,輸血後感染症は上記5種だけにとどまらず,さらに多くの疾患の伝播も危惧されており,その中には現在の検査システムではキャリアの把握が困難な疾患も少なくない.そこで,本稿ではわが国の国際化とともに熱帯地からの輸入症例が増加しているマラリアを中心とする熱帯病,さらに最近関心が高くなっているヒトパルボウイルスB19などによる輸血感染症について紹介してみたい.

術前貯血式自己血輸血

著者: 髙橋孝喜

ページ範囲:P.320 - P.328

はじめに
 同種血輸血により,不足した血液成分の補充という本来の目的はほぼ達成されるが,種々の輸血副作用の危険性もよく知られている.すなわち,B型およびC型肝炎,後天性免疫不全症候群(AIDS:HIV),成人型ヒトT細胞性白血病(ATLA:HTLV-Ⅰ)などのウイルス感染症の伝播,輸血後移植片対宿主病(GVHD),型違い輸血,癌に対する免疫抑制,あるいは同種免疫などの合併症の可能性が指摘されている(表1).その防止策として,血液センターおよび輸血部において,供血者のウイルス抗原抗体のスクリーニング検査,交差適合試験,輸血用血液に対する放射線照射などが実施され,従来に比べて,輸血副作用の発生は激減していると考えられる.しかし,完壁に安全な同種血輸血はあり得ないので,極力不要な輸血を行わないことが大切である.「出血しただけの血液を全血で補う」式に血液を湯水のごとく使う従来の考えかたから脱却して,輸血の必要性と合併症の危険性を勘案し,当該患者に補わざるを得ない血液成分のみを与える成分輸血の推進が重要である1〜3).特に,外科系の輸血については,より安全な輸血である自己血輸血の普及,適応拡大が求められている4〜7)
 本稿では,術前貯血式自己血輸血を実施する際の留意点,各医療機関内での自己血輸血の推進に必要なシステムについてまとめてみたい.

自己末梢血幹細胞移植

著者: 原田実根

ページ範囲:P.329 - P.334

はじめに
 すべての成熟血球に分化しうる造血幹細胞は,造血臓器である骨髄だけでなく,末梢血中にもごく少数ながら循環していることが古くから知られている.さらに最近では臍帯血中にも存在することが明らかにされ,造血幹細胞移植は幹細胞の採取源,ドナーの違いによって表1のように分類される.
 自己末梢血幹細胞移植(peripheral blood stem cell transplantation;PBSCT)は,化学療法後の造血回復期や造血因子投与後に骨髄から末梢血中へ動員され,一過性ながら著明に増加するPBSCを連続血球分離装置で大量に採取し,これを骨髄破壊的な治療後の血液学的再構築に自家移植として利用するもので,同種骨髄移植(allogeneic bone marrow transplantation;allo-BMT),自家骨髄移植(auto-BMT)に次ぐ第3の造血幹細胞移植として急速に普及しつつある1)

輸血検査メモ

異型輸血の事例

著者: 吉岡尚文

ページ範囲:P.17 - P.17

 ABO式血液型に起因する重篤な輸血副作用は何年かに1回は必ず大きく報道される.その都度,輸血医療現場の寒さやずさんさが指摘され,各施設では通達を出したり,院内の委員会などで改善やシステムのチェック,見直しを指示し,注意の徹底を図っている.しかし,何年かすると再び起こってしまう.
 以前からいわれているように,この種の輸血過誤は輸血部や輸血検査室が関与していることはむしろまれで,多くは病棟や手術場での患者を間違えた輸血や輸血用血液の取り違えなど,不注意としか表現のしようがないことに起因している.しかし,よく調べてみると,表には出ないものの,ニアミスといわれるものはかなりの頻度で起こっていると考えなければならない.幸い輸血前に気がついた例,交差適合試験で型判定や型記入のミスが判明した例,あるいは間違えて輸血した患者が幸運にも偶然同じ型であったということは耳にする.これらのニアミスは検査技師の知識や技術の不足,患者の臨床情報の不足,看護婦あるいは医師の不注意が原因となっている.副作用発現までは至らなかったから良しとするのではなく,運良く難を逃れたニアミスを貴重な教訓として,常に病院や検査室の体制をチェックし,強化する努力が必要である.

造血因子—G-CSFの臨床応用

著者: 渡辺力 ,   高上洋一

ページ範囲:P.32 - P.32

 顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor;G-CSF)は,正常好中球コロニーの増殖を促す物質として1980年代初めに純化され,1985年には遺伝子がクローニングされ,遺伝子組替え産物がつくられるに至った1).natural G-CSFは174のアミノ酸からなる蛋白で,18キロダルトン(kDa)の分子量を持ち,その遺伝子は17番染色体に存在する.主として単球,血管内皮細胞,骨髄間質細胞や線維芽細胞がG-CSFを産生するとされている.
 現在,臨床に使用できるG-CSFは,チャイニーズハムスター由来で糖鎖を持つ(Lenograstim),大腸菌由来で糖鎖を持たない(Filgrastim),およびN末端の5つのアミノ酸を置換して効力を高めた(Nartograstim)の3種類があるが,生物学的効果には差がないとされている.その主な生物学的作用は好中球前駆細胞に作用して,好中球への分化・増殖を促進するだけでなく,好中球の遊走能や殺菌能などの機能をも増強する.

輸血検査のコンピュータ管理

著者: 吉田久博

ページ範囲:P.38 - P.38

 輸血業務にコンピュータを導入する目的は,検査業務ならびにこれに付随する事務処理の省力化・合理化・迅速化,輸血過誤の防止,血液製剤の有効利用,患者へのサービス向上(安全性の高い良質な医療の提供)を推進するためである.一般に,輸血業務は,①各診療科と輸血部(科)間における血液製剤ならびに患者検体・情報の授受,②血液センターと輸血部(科)間における血液製剤ならびに製剤情報の授受,③輸血部から事務部門への医事会計関連情報の送達,④輸血部内における輸血検査情報の管理,血液製剤在庫管理,各種統計処理などの4つに大別することができる.これらの業務は互いに密接に関係していることから,より効率的に業務を遂行するためには輸血部内はもとより関連部局との間で互いに必要な情報を随時やりとりできるコンピュータシステムを導入するのが最も有効な方法と考えられる.しかし,オンラインシステムを導入している施設は大学病院などに限られており,コンピュータによる患者輸血検査データ検索システムを導入している施設は15.6%(近畿ブロック内)にすぎないことが近畿臨床衛生検査技師会の調査で示されている.輸血過誤を防止し,より安全性の高い医療を提供するためにも早急な輸血検査コンピュータシステムの導入が望まれる.

造血幹細胞移植における残存腫瘍細胞

著者: 正岡徹

ページ範囲:P.47 - P.47

 白血病の幹細胞移植後,寛解中の残存腫瘍細胞が検出できれば,これは再発の早期診断の手がかりとなる.これには最近は白血病細胞に特異的な異常遺伝子をpolymerase chain reaction(PCR)で増幅して検出する方法が多く試みられている.特によく行われているのは慢性骨髄性白血病におけるbcr/abl,急性前骨髄球性白血病におけるPML遺伝子などはよく検査されている.杉山らはWT-1遺伝子が多くの血液腫瘍細胞に発現していることを認めた.白血病の化学療法後や幹細胞移植後,完全寛解中にWT-1が陰性化し,これが陽性となってくると白血病再発がみられる例をかなり経験し,これが幹細胞移植後の残存腫瘍細胞の推定に役だつと考え,現在多施設共同の検討が進んでいる.
 これまでの成績では,慢性骨髄性白血病,急性骨髄性白血病,未分化型の急性リンパ性白血病の再発の早期診断に有効ではないかと考えている.非ポジキンリンパ腫などの成熟傾向の著明なBリンパ性腫瘍では,WT-1が発現していない場合もある.このような残存腫瘍細胞量の測定では,同種移植では移植後数か月かかって減少し,陰性化し,しばらくして再増加してきて白血病再発に至ることが多い.

造血因子—トロンボポエチン

著者: 小田淳

ページ範囲:P.53 - P.53

 1994年,巨核球増殖/分化誘導因子であるトロンボポエチン(thrombopoietin;TPO)のcDNAが複数のグループによりクローニングされ,TPOにin vivo,in vitroにおける巨核球増殖促進,分化誘導,血小板数増多作用があることが明らかとなった.TPOは比較的巨核球系特異的因子であるが,造血幹細胞やほかの系統の細胞の増殖にも関与する.
 すでに,化学療法後などの血小板減少症の治療目的で,各国で第Ⅰ,Ⅱ相試験が進行している.TPOの予想される効果が治験により証明されれば,血小板輸血必要量を減少させる可能性もある.TPOの受容体に結合した後の細胞内情報伝達経路もしだいに明らかとなっている.

白血球除去フィルター使用後の残存白血球数の測定

著者: 関口定美 ,   中條聖子

ページ範囲:P.63 - P.63

 血液成分製剤中に含まれる白血球はさまざまな輸血副作用の原因の1つであることが知られている1).これらの副作用を予防するために,近年フィルターを用いた白血球除去が広く行われており,高性能フィルターが数多く開発され,フィルター処理後の漏出白血球数が1バッグ当たり105以下の製剤調製が可能となっている1).それに伴い,従来の測定方法ではフィルター処理後の正確な残存白血球数が得られないという問題が生じてきた.製剤中に混入する微量白血球の計数方法の確立は,輸血副作用と輸血白血球数との関係を明らかにするうえで,また高性能フィルターの開発と評価のうえでも重要である.
 血液製剤中の微量白血球の測定方法として,筆者らはこれまでに,①サイトスピン法2),②フローサイトメトリー(FCM)法3),③polymerase chain reaction(PCR)法4)を,またこれらに必要な装置の整備されていない施設で測定可能な方法として,④ナジョットチェンバーによる測定法5〜7)を報告してきた(表).各測定方法の長所と短所について以下に概説する.

臓器移植とミクロキメリスム

著者: 久永倫聖 ,   中野博重

ページ範囲:P.78 - P.78

 キメラ(chimera)という言葉の語源はギリシャ神話に登場するライオンの頭,山羊の胴体,蛇の尾を持つ架空のモンスターのことである.生物学的には,遺伝的に異なる2つ以上の組織や細胞が共存している場合に用いられている.臓器移植とはまさに人為的にキメラを作製し,宿主内共存状態を存続させることを最終目標とする行為であるということができる.
 1992年,Starzlらにより臨床肝および腎移植後,ドナー由来の遺伝子がレシピエントの末梢組織に存在することがpolymerase chain reaction(PCR)法により確認された1).すなわち,臓器あるいは細胞レベルのキメリスム(マクロキメリスム)に対し,遺伝子レベルでキメリスムの成立していることが明らかとなり,“ミクロキメリスム”という言葉で表現される新しい概念が提唱された.具体的にはレシピエント各組織(血液,リンパ腺,皮膚など)よりDNAを抽出し,性決定遺伝子(SRY gene),あるいはドナー型HLA-DRB 1遺伝子特異的プライマーを用いてPCRを行うことにより,105分の1レベルのキメリスムを解析することができる.これまでの抗体を用いたフローサイトメトリーの検出限界を103分の1とすると,約100倍に感度を上げることができたわけである.

臓器移植と検査

著者: 松野直徒 ,   長尾桓

ページ範囲:P.95 - P.95

 臓器移植において輸血のかかわる最も重要な問題は術前の輸血によって生じるかもしれない前感作抗体の有無である.特に移植臓器の生着と関連が深いのは臓器提供者(ドナー)のリンパ球に対して臓器受容者(レシピエント)の血清中に抗体が存在する場合である.この抗体は前述した輸血歴のある患者や拒絶反応によって移植腎が廃絶した既往を持つ腎不全患者に多い.検査法はリンパ球交叉試験(クロスマッチ)と呼ばれ,HLA検査(他項参照)と同じcytotoxic assayによるが,生体腎移植でも死体腎移植でも必ず術前に行う重要な検査である.
 リンパ球による前感作抗体には抗T細胞抗体と抗B細胞抗体があり,抗B細胞抗体には37℃の反応条件で検出されるwarm抗B細胞抗体と,5℃の反応条件で検出されるcold抗B細胞抗体の2種類がある.特に抗T細胞抗体がレシピエント血清中に存在すると,補体依存性細胞毒素反応あるいは抗体依存細胞媒介性細胞毒性反応が起こり,移植臓器(特に腎臓)は超急性拒絶反応を起こし,血流は途絶え,放置すると急速に壊死に陥り,摘出以外の治療法はない.したがって,抗T細胞抗体陽性,すなわちT細胞クロスマッチ陽性例は通常,腎移植では禁忌となる.warm抗B細胞抗体陽性例は超急性拒絶反応にはならないものの,早期の拒絶反応が起こるとされている1).cold抗B細胞抗体はHLA抗原以外の抗原に対する抗B細胞抗体とされ,腎移植の禁忌とはならない.

針刺し事故の対策

著者: 飯島卓夫 ,   齋藤英昭

ページ範囲:P.101 - P.101

●針刺し事故の原因
 わが国における小林ら1)の誤刺442件の調査によると,針刺し事故を起こした状況としては,針へのリキャップ時が51.7%で最も多く,次いで採血・注射などの医療行為時の35.0%,針の廃棄時の17.1%となっている.また,木村2)の調査によると,針刺し事故の起きた時間帯は午前10時から12時が多い.注射針を扱う仕事と他の仕事が重なり,注意力が薄れる時間帯に針刺し事故が起こりやすいと推測される.

HLAのマッチングと臓器移植

著者: 小林孝彰 ,   打田和治 ,   高木弘

ページ範囲:P.120 - P.121

 自己と非自己を識別し,免疫反応(拒絶反応)に関与するHLA抗原は臓器移植の際の移植抗原として大きな障壁となっており,その適合度(マッチング)は移植予後に影響する重要な免疫学的因子である.HLAの適合度は臓器移植の臨床において,特に死体腎移植のレシピエント(臓器受容者)選択基準として用いられているが,心,肝などの移植では移植待機患者の重症度(緊急性),臓器の大きさが最優先されている.HLA以外には,血液型適合やドナーに対する既存抗体の有無を調べるダイレクトクロスマッチが陰性であることが重要である.
 わが国では1995年4月から死体腎移植のためのネットワークが組織され,全国を5つの地域ブロックに分けて活動を行っている.ドナー(提供者)とHLA-A,B,DR6抗原が適合した腎移植待機患者は良好な予後が期待されることから,地域ブロックを越えて全国レベルで最優先に分配されている.6抗原適合患者が存在しなければ,地域ブロック内で,よりHLAの適合した患者がレシピエントとして選択される.このとき,免疫学的に重要なDR抗原の適合がA,B抗原より優先されている.

造血因子—エリスロポエチン

著者: 平嶋邦猛

ページ範囲:P.126 - P.126

 赤血球産生の制御が体液により調節されていることは,すでに1906年,CarnotとDeflandreにより推定されたが,実証されたのは1950年代のReissmannのparabiosisの実験,Stohlmanの動脈管開存症での骨髄観察成績,Elslevの貧血家兎血漿大量注射時の造血亢進の実験による.この体液性調節因子をeryth ropoietin(EPO)と命名したのは,1948年,BonsdorffとJalavistoである.EPOの純化は1977年,宮家により再生不良性貧血患者の尿を材料として達成された.分子量39,000(後に34,000と訂正),シアル酸を13%含む糖蛋白質である.この宮家の精製品を用いて1984年,JacobsとLinによりヒトEPOの遺伝子クローニングが達成され,医薬品としての利用の途が開かれた.
 ヒトではEPOの約90%が腎臓で産生される.循環血の酸素飽和度を腎臓のヘムを多量に含んだ近位細尿管細胞がデオキシ型ヘムの増加という形で感知し,2時間以内にEPOのmRNAが発現し,腎皮質の間質細胞,peritubular capillary endothelial cellsからEPOが産生されると考えられている.

血液製剤中のサイトカイン測定

著者: 関口定美 ,   藤原満博

ページ範囲:P.139 - P.139

 血液製剤,特に血小板製剤の保存におけるサイトカインの産生・増加が明らかとなり,輸血副作用との関連が注目されている(表)1〜5).これらのサイトカインは,製剤中の混入白血球(特に単球)に由来するものと,血小板に由来するものに大別される.前者には,インターロイキン(interleukin;IL)-1,IL-6,腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor;TNF)-αなどの炎症性サイトカインや白血球走化性活性を持つIL-8が知られ,その産生量は保存日数や混入白血球の数に比例する.後者としてはRANTES,β-トロンボグロブリン,platelet factor 4,形質転換増殖因子(TGF-β)が知られている.
 輸血副作用との関連が強く示唆されているのは,炎症性サイトカインによる発熱反応である.これまで抗HLA抗体に起因すると考えられていたが,保存中に高値となった炎症性サイトカインが輸血に伴って受血者に輸注され,発熱反応を引き起こす可能性が考えられている1〜2).その他の副作用については,今後の臨床レベルの研究が必要である.

骨髄移植時の検査

著者: 雨宮洋一

ページ範囲:P.151 - P.153

 骨髄移植(造血幹細胞移植)時に行うべき検査は,組織適合性,移植骨髄の細胞操作,ABO不適合骨髄移植,および移植合併症に関連する検査に大別され,多種多様である(表).
 同胞間移植では,ドナーとレシピエントのHLA-A,B,DRの血清学的判定を行い,さらにD領域の適合性を混合リンパ球培養(mixed lymphocyte culture;MLC)検査で推定する.しかし,骨髄バンクを介した非血縁者間移植では,MLCの代用としてHLA-DNAタイピングによるDRB 1の適合性が採用されている.DRB1判定の利点は,MLCとは異なり両者の検体を同時に確保する必要がなく,また治療の影響を受けないことである.さらに最近ではHLA-A,BのDNA判定が行われ,その不適合が移植予後に影響を与えることが明らかにされた.なお,正確な血清学的判定はfamily studyで決定すべきである.

プリオン感染

著者: 中野今治

ページ範囲:P.163 - P.163

 プリオン蛋白(PrP)は宿主の遺伝子によってコードされている蛋白であり,プリオン病は,PrPの変化が原因で発症する一群の神経疾患の総称である.プリオン病には,医原性プリオン病やkuruのように人から人への感染が知られている感染性プリオン病〔新型Creutzfeldt-Jakob病(CJD)1)は狂牛病からの感染が推測されている〕,Gerstmann-Straussler-Scheinker病のようにPrPの遺伝子に変異を有する遺伝性プリオン病,孤発性CJDのように原因不明のプリオン病の3型がある.ただし,後2者においても実験的には伝播可能である.プリオン(prion:proteinaceous infectious particle)は,プリオン病の感染因子に対して与えられた名称で2),核酸を持たず,PrPがその主要構成蛋白であるといわれている.
 CJDの感染を恐れるあまりCJD患者の剖検を行わない施設が多く,診療を拒否する病院さえある.しかし,孤発性CJDが人に感染したことを確実に示す例はない.CJDの剖検に関係した医師や技術員の発症はごく少数であり3〜5),これらの例がCJD患者の脳に濃厚に暴露されたとの証拠はなく,偶発的なものである可能性が高い.

輸血検査の精度管理

著者: 平野武道

ページ範囲:P.168 - P.169

 輸血の安全確保について厚生省薬務局より発行された「血液製剤の適正化のガイドライン」中の輸血実施上の注意点で,輸血用血液の安全性および患者との適合性の確認の検査方法が項目別に記されている.輸血知識・検査技術・方法の選択,試薬の選択は各施設に任され,各医療施設が一定のレベルにあるものとして提示されていると考えられる.この提示に応える意味から,われわれ輸血検査技師は,日常いかに輸血の安全確保のため知識と技術を駆使し,正確で的確な判断の下に結果を出すか,また恒久的に正確な情報を臨床に提供していくことが主務となり.検査結果が正しいものであるとの根拠を示すものがなければならない.結果の保証を示すものとして,明文化された文書が必要となってくる.文書に該当するものとして,輸血部の運営と責任所在の明確化が盛り込まれたもので,輸血知識・教育・検査技術・方法,検査の書式・結果の報告手続き,緊急の対応,試薬使用・管理,設備の保守管理を実施するうえで必要な事項が詳細に記述され,かつ,施行する場合,固守すべき基準と標準の指示が正確で明快に理解でき,徹底されやすく,全検査技師の結果が一致するものでなければならない.
 マニュアル(精度管理)は,輸血の安全確保上重要である.マニュアルを所持していることは,輸血部と検査技師の資質,機器設備,検査方法・結果,試薬について,公に品質管理保証を明らかにしているに等しいものである.

習慣流産と免疫療法

著者: 青木耕治

ページ範囲:P.172 - P.173

●習慣流産
 3回以上連続する習慣流産は決してまれな疾患ではない.近年の英国の女性医師を対象とした調査によれば,妊娠した女医の約1%が,筆者らの調査では,約3%の妊婦が3回連続流産を経験していた.そして,すでに周知の事実であるが,連続流産回数が増すに従って,その後の流産率の上昇が認められている.
 習慣流産の原因については,胎芽の染色体異常が約10〜20%,子宮異常が約10%,内分泌異常が約10%(ただし内分泌異常は同種免疫異常と連動しているようである),自己免疫異常が約10%(ただし筆者らの調査結果によると,抗核抗体陽性のみでは流産発症の予知にはなりえない1))を占めているようであるが,50%以上はNK(ナチュラルキラー)細胞活性の異常高値2)を含めた同種免疫内分泌異常によるものであると推定される.

輸血領域におけるDNA検査—ABO型

著者: 岩崎誠 ,   小林賢 ,   鈴木洋司

ページ範囲:P.182 - P.182

●ABO血液型遺伝子
 ABO血液型を決める遺伝子は抗原の構造そのものを表すものではなく,抗原の生成過程に作用する各糖転移酵素の遺伝子である.近年,A型糖転移酵素遺伝子は7つのエクソンから構成され,354個のアミノ酸をコードする1065塩基からなることが報告され1)(図),A,B型糖転移酸素遺伝子間では7か所に塩基置換がみられ,うち4か所(塩基526,703,796,803)がアミノ酸置換を生じている(以下,順に第一,二,三,四置換点).糖転移酵素活性にとっては第三,四置換点が重要と考えられている.一方,O遺伝子では261番目の塩基が欠失し(以下,欠失部位),糖転移酵素活性を持たない117アミノ酸残基からなる蛋白が翻訳されている.
 また亜型にっいては,A2型はA1遺伝子の1059〜1061番目のうちの1塩基が欠失し,A1より長い蛋白に翻訳されるなどいくつかの塩基置換が報告されている2)(図).cisAB型は,第一,二,三置換点はA1遺伝子と,第四置換点はB遺伝子と同じ配列を示している.

コロニー形成試験

著者: 池淵研二

ページ範囲:P.189 - P.189

 造血幹細胞移植療法が一般化するに従い,移植サンプル中の造血再構築を誘導する造血幹細胞および前駆細胞の測定法が重要になってきた.前駆細胞はin vitroアッセイ系で1つの細胞から50個以上の細胞集団を形成する元の細胞として測定できるが,幹細胞は通常,細胞周期上静止期(Go期)に属し,自己複製しながら前駆細胞を生み出す細胞であると定義され,in vitroのアッセイ系はいまだ完成していない.ここではin vitroの造血前駆細胞アッセイについて実践的な留意点について解説したい.
 アッセイ系を組むための最重要項目は優良なウシ胎児血清(fetal calf serum;FCS),ウシ血清アルブミン(bovine serum albumin;BSA)の選定である.できるだけ大きな赤芽球バースト(BFU-E)顆粒球/マクロファージコロニー(GM)形成を支持するロットを丹念に選択する.貧弱なアッセイ系ではコロニーなのかクラスターなのか判定できないことになる.FCSは56°で30分間非働化して用いる.BSAは粉末を超純水に重層し1晩冷蔵で冷やす.Mixed Resinを加え脱イオン化し,2倍濃度のメディウム等量を加え,0.45μmのフィルターで濾過し凍結保存する(終濃度10%).使用時重層を加えpHを7.2〜7.4に調整して用いる.

TMA法

著者: 前田平生

ページ範囲:P.194 - P.194

 核酸増幅法の1つであるTMA(transcription mediated amplification)法は,1細胞に1個のDNAの遺伝子よりも数千コピー存在するリボソームRNAの遺伝子をターゲットにすることにより,感度を必要とする感染症などの検出系において開発,実用化されたRNA増幅法である.現在では,このTMA法は,DNA依存性DNA合成酵素活性を持つ逆転写酵素とRNAポリメラーゼを利用することにより,DNAをターゲットとしたRNA増幅法として改良が加えられ,HLAクラスⅡ遺伝子のタイピングに応用されている.白血球より抽出したDNAは相補的水素結合で二本鎖を形成しているが,熱変性により一本鎖DNAにする.次に温度を下げ,プロモータープライマーとアニーリング後,DNA依存性DNA合成酵素活性を持つ逆転写酵素を加え,プライマー伸長反応による二本鎖DNAを合成する.再び熱変性を行い,温度を下げ,第2プライマーのアニーリング後,さらに逆転写酵素とRNAポリメラーゼにより第1プライマーの配列が導入された二本鎖DNAが産生され,この二本鎖DNAを鋳型にしてRNAポリメラーゼが働き,最終産物として相補的な一本鎖RNAが多量に合成される.

血液製剤の放射線照射

著者: 鈴木元

ページ範囲:P.199 - P.199

 致死的な輸血副作用の1つに輸血後GVHD(graft versus host disease,移植片対宿主病)がある(大塚節子・他論文,270頁参照).輸血後GVHDとは,輸血された血液製剤中に混入しているTリンパ球(移植片)が輸血を受けた患者(宿主)を攻撃するために起こる致死的な疾病である.いったん発病すると有効な治療方法がないので,輸血後GVHDの発症予防が重要である.日本および欧米では,血液製剤を放射線照射することによって混入しているTリンパ球を破壊する方法が採用されている.血液製剤の照射は保険適用を受けている.また,日本赤十字社では照射設備のない病院のために血液製剤の照射を請け負っている.
 Tリンパ球は体の中で最も放射線感受性の高い細胞の1つである.一方,赤血球や好中球,単球,血小板は放射線に抵抗性である.このため適当な線量の放射線を照射すると,Tリンパ球を選択的に破壊することができる.日本輸血学会は15Gyから50Gyの範囲で血液製剤を照射するよう勧告している.放射線感受性は個体差があり,また同じ個体でも放射線感受性の異なるTリンパ球亜集団が存在する.実際,15Gy以下の照射では,無視できない数のTリンパ球が生き残る場合がある.また,50Gyを超す照射では赤血球に対するダメージが無視できない.

輸血に伴う敗血症

著者: 清川博之

ページ範囲:P.213 - P.213

 血液製剤による敗血症は極めてまれであるとされてきたが,近年になって血液保存法の研究が進み,赤血球製剤や血小板製剤の保存期間が延長された結果,特に血小板製剤での細菌汚染が以前考えられていた以上に多いことが知られてきている.血液製剤の細菌汚染は,採血から血液製剤の調製過程の各段階で生じる可能性がある.献血者自身が無症候性の菌血症を持っている場合や,採血の際の不適切な皮膚消毒に由来する場合があるが,細菌で汚染された採血バッグによる汚染事故も報告されている.血液製剤の調製過程で洗浄赤血球のように外気に触れる可能性のある工程があれば,細菌汚染のチャンスがあると考えられ,このことは血液製剤を使用するときにもいえることで,新鮮凍結血漿を解凍する際に,汚染された加温槽を使用し,バッグと採血セットをつなぐ部分に汚染された水が付着すれば,輸血の際に細菌がバッグ内に入り込み,敗血症の原因になりうることは容易に想定される.
 輸血による敗血症は,高熱,ショック,ヘモグロビン尿症,播種性血管内凝固異常(disseminated intravascular coagulation;DIC),腎不全などの重篤な臨床症状に特徴づけられる.もし細菌汚染による敗血症が疑われたら,輸血を直ちに中止して,血液バッグおよび患者の血液のグラム染色と細菌培養を行う.

輸血領域におけるDNA検査—Rh型

著者: 梶井英治

ページ範囲:P.229 - P.229

 Rh型には,極めて高いホモロジーを有する2つの遺伝子(RHD,RHCE)があり,それぞれ10個のエクソンで構成されている1,2).RhD陰性者におけるRHD遺伝子解析の結果,RhD抗原の欠損はRHD遺伝子の欠失によることが示された1,2).その成績をもとにRHD遺伝子の有無判定によるRhD genotyping(PCR法)が考案され,ヨーロッパではすでに実用に供されている.しかし,日本人ではRhD陰性者の2割近くに正常なRHD遺伝子が存在するため,このgenotyping法の導入には至っていない.一方,RhC/cおよびRhE/e抗原は1つのポリペプチド上に存在するが,各RhCE表現型をcDNAレベルで比較した結果,RhC/cにはエクソン1にアミノ酸置換を伴う1塩基置換,エクソン2に5塩基置換(3アミノ酸置換)が認められ,またRhE/eにはエクソン5にアミノ酸置換を伴う1塩基置換が示された1,2).これらの遺伝子情報に基づき,アリル特異的PCR法によるRhC/c,RhE/e genotypingが考案されている3)
 Rhシステムに見いだされる種々のvariantに対しても,精力的に遺伝子分析が進められている1,2).partial Dは基本的には組換えによるD-CE-Dハイブリッド遺伝子の形成によることが判明した.

人工血液

著者: 土田英俊

ページ範囲:P.239 - P.239

 医療における輸血の重要性や医療の進歩に貢献した事実をあらためて説明する必要はない.しかし,同種血輸血が,AIDSや肝炎などのウイルス感染,血液型不適合やGVHD(graft versus host disease)など抗原感作,それに煩雑で経費と時間のかかる検査や血液保存の限界(4℃,3週間)など,問題点も明確となっている.このため輸血の一部は現在,自己血輸血や造血因子投与による体内産生の強化に置換されつつある.出血程度が比較的少量の場合には,輸液による循環血液量維持の方法で救命可能であるが,循環血流量の半分以上を失った場合,輸血(赤血球の投与)が行われることになる.
 災害の場合を含め,緊急時に際し,いつでもどこでも血液型に関係なく必要量を安全に供与できる人工血液(血液代替物)を常備する救護体制の確立は,医療の現場に必要不可欠となってきている.このためには,長期にわたり安定に保存ができる赤血球代替物の開発が緊急の重要課題となる.汚染のない無菌の工場で量産される代替物が理想であるが,現行輸血システムとの関連もあって,期限切れ献血血液から単離精製したヘモグロビン(Hb)を加工する方式を優先させようとしているのが現状である.

末梢血幹細胞移植とCD34陽性細胞

著者: 諏訪多順二

ページ範囲:P.254 - P.254

 CD34抗体は,1984年にCivinによってヒト白血病細胞株KG1aを免疫原としたモノクローナル抗体My─10として開発された.このCD34抗原を発現している単核球(CD34陽性細胞)中に造血前駆細胞が高率に含まれていることから,CD34陽性細胞は造血前駆細胞のマーカーとして広く用いられている.
 末梢血幹細胞(peripheral blood stem cell;PBSC)移植では,移植に先だって患者自身から十分量のPBSCを採取しておく必要がある.PBSCは,G-CSFなどのサイトカイン投与時や骨髄毒性を有する抗癌剤化学療法後,またはG-CSFと化学療法の両者によって末梢に一時的に高濃度に出現する(PBSCの動員),このため,PBSCの動員時期の的確な予測は,効率的なPBSC採取を行ううえで重要な課題である.Sienaは,フローサイトメトリー試験のスキャッターグラム上でリンパ球領域にゲートを設定し,ゲート内の細胞1×104個を測定することでCD34陽性細胞を測定する方法を開発した1).筆者らも,この方法に準じて末梢血中CD34陽性細胞濃度を0.1%レベルの精度で測定しており.採取開始の指標としている.末梢血中CD34陽性細胞は,PBSC採取時期を決定するうえにおいて最も有用な指標といえる.

輸血副作用調査

著者: 田所憲治

ページ範囲:P.259 - P.259

 同種血輸血は一般医薬品と異なり,生きた他人の血液をそのまま輸注する一種の臓器移植であり,副作用を完全には排除できない.献血ごとにHBs抗原,HBc抗体,HCV抗体,HIV抗体,HTLV-Ⅰ抗体,梅毒血清反応,ALT検査を行っているが,検査には限界があり,window periodの感染や未知の微生物の検出はできない.血漿分画製剤以外の輸血用血液からウイルスを完全に不活化,除去する方法もまだ開発されていない.またABO,Rh(D)血液型,不規則抗体を検査しているが,他の血液型や蛋白の違いにより遅発性の溶血反応,急性呼吸障害,GVHD,アナフィラキシーなどの免疫学的副作用が起きる可能性がある.このように副作用を完全には排除できないが,医療の進歩に即した,たゆまない安全性の向上が求められている.そのためには検査法の改善,知識の普及とともに,実際に発生した副作用の収集,原因の解析が不可欠である.薬事法により赤十字血液センターには医師から報告された副作用の収集,解析,厚生省への報告(死亡,重症例,新規で軽症でないもの)が,また医師にはこれに協力することが義務づけられている.赤十字血液センターは1992年に医薬情報部を設立し,輸血に関する各種情報の提供とともに副作用症例の全国的な収集,解析を行っている.その報告数は1993年の224件から年々増加し,1996年には約700件に及び,この制度の定着がうかがわれる.

日本骨髄バンクの現状

著者: 森眞由美

ページ範囲:P.278 - P.278

 日本骨髄バンクは,骨髄移植を必要とするが,ヒト白血球抗原(human leukocyte antigen;HLA)の一致するドナーが近親者にいない患者にドナーを提供するための公的組織で,1991年12月に設立された.ドナー登録,HLA検査を行う日本赤十字社と,ドナー募集,コーディネート,患者登録を行う骨髄移植推進財団からなる.
 ドナーの条件は,骨髄提供の内容を十分理解している20〜50歳までの健康な男女で,かつ骨髄提供についての家族の同意を得ている方である.財団に電話連絡し(☎0120-377-465),パンフレットを入手し,必要事項を記入し申込みを行う.その後,近くの日本赤十字社で末梢血でのHLA検査を行い登録が終了する.1996年10月現在,77,000人の登録がなされている.

自動輸血検査装置

著者: 冨田忠夫

ページ範囲:P.279 - P.279

 輸血検査は,各種の検体検査の中で自動化の一番遅れている部門であろう.その原因の1つに,試験管内での抗原抗体反応の結果をどう客観的に読みとるか,また検体を赤血球,血清(血漿)ともに用いることから微量化に困難さがあった.
 しかし,多数の検体検査を行っている赤十字血液センターでは,十数年前から自動化が行われている.現在では,以下の国産2機種が日常検査に導入されている.

輸血領域におけるDNA検査—DNAの抽出

著者: 小林賢 ,   岩崎誠 ,   鈴木洋司

ページ範囲:P.284 - P.284

 DNA(デオキシリボ核酸)は自己複製と生命活動をつかさどる蛋白質の情報を担っている鎖状の高分子物質で,染色体の主要成分である.
 細胞にはDNA以外にも蛋白質,糖質,脂質や無機質などが含まれている.この中からDNAだけをとるにはどのように試薬,手順を用いればよいか,ということを以下に述べる.

donor-specific blood transfusion(DST)

著者: 松野剛 ,   羽井佐実 ,   折田薫三

ページ範囲:P.291 - P.291

 ドナー特異的輸血(donor-specific blood transfusion;DST)は生体腎移植前にあらかじめドナーの血液を輸血しておくことにより,ドナー特異的に免疫反応(拒絶反応)を抑制し,移植腎生着率の改善を図る一種の移植前免疫操作である.
 以前には腎移植レシピエント候補者に術前輸血を行うことはむしろ禁忌とされていた.これは輸血により感作され,ドナー細胞に対する抗体産生などにより,生着率を低下させると考えられていたことによる.1970年代にOpelzらにより移植前輸血の移植腎生着率改善における有効性が報告され,移植前輸血の重要性が認められるようになってきた.1980年SalvatierraらによるDSTの臨床応用により,非常に高い生体腎移植生着率が報告され注目された.彼らはリンパ球混合培養反応(mixed lymphocyte reaction;MLR)の高い反応性を有する(拒絶反応を起こしやすい)ドナーとレシピエントの組み合わせにおいて,1年生着率がDST非施行群56%に対し,DST施行群94%と著しく改善し,また拒絶反応も有意に低頻度であると報告した.その後の追試でもDSTにより10〜50%の1年生着率改善が得られ,DSTの有効性が確認され,多くの移植施設でDSTが行われた.

輸血検査に関する機器とその管理

著者: 神白和正

ページ範囲:P.301 - P.302

●ビュウボックス(凝集観察箱)(図1)
 凝集を観察時の条件を一定にするために使用する蛍光灯あるいは自然光の観察箱.試験管をガラス板面に置いてまとめて凝集が観察できるよう,ガラス板面が動くようになっている.また,表面温度が可変のものもある.
 管理は,明るさを一定に保つために定期的に蛍光灯など光源ランプを交換し,ガラス板表面は常時清潔に保つことである.

フローサイトメトリー

著者: 中原一彦

ページ範囲:P.319 - P.319

 最近ではフローサイトメトリー(flow cytometry)という言葉もそれほど耳新しい言葉ではなくなった.蛍光染色した細胞を自動的に分析し,さらに必要に応じて採取することが可能であり,医学・生物学の分野で盛んに利用されている.臨床検査の領域でも日常業務の一環として活用している施設も多く,とりわけ白血病や悪性リンパ腫など造血器腫瘍の診断にはなくてはならない解析方法となっている.
 フローサイトメトリーは,細胞表面マーカーの分析に最も多用されるが,そのほかにも各種細胞内抗原の分析,DNA染色を用いた細胞周期や異数体の検索,好中球やマクロファージの殺菌能や貪食能の測定,細胞活性化の解析など,いろいろな方面で使われている.加えて近年,新しい蛍光色素の開発により多重染色が可能となり,従来よりさらに詳細にわたる分析ができるようになった.

輸血後GVHDの診断

著者: 田所憲治

ページ範囲:P.335 - P.335

 輸血後移植片対宿主病(post-transfusion graft versus host disease;PT-GVHD)は輸血された血液中のリンパ球が受血者によって拒絶,排除されずに生着し,逆に宿主を非自己として認識して増殖し,宿主組織を攻撃,障害することによって起こる病態である.
 通常,輸血1〜2週間後に発熱(38°以上が持続),紅斑が出現する.紅斑は数日で全身に広がり,紅皮症型皮疹となる.次いでAST/ALTが上昇する肝障害(一部の症例では数日で正常化することがあるが,総ビリルビンは持続的に増加することが多い)が,また約30%の症例で下痢,下血が出現する.輸血後約20日で白血球減少(<1,000/μl)が,次いで血小板減少,赤血球減少も加わり汎血球減少症となる.このとき骨髄は極度の骨髄無形成となっている.大多数は輸血後30日以内に敗血症,出血,多臓器不全で死亡する.上記の症状がおおよそこの順に出現したときは,PT-GVHDが強く疑われる.確定診断には他人のリンパ球が患者の血液,組織に生着し,増加しているキメリズムを証明することが必要である.従来キメリズムの証明法としては,患者血液のHLA型の変換,女性患者組織での男性由来のY染色体の検出などが用いられてきた.赤十字血液センターでは個人識別に用いられているマイクロサテライトDNA(μsDNA)を用いた遺伝子確定診断法を開発し,診断に用いている.

基本情報

検査と技術

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1375

印刷版ISSN 0301-2611

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