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雑誌目次

雑誌文献

検査と技術26巻7号

1998年06月発行

雑誌目次

増刊号 病理組織・細胞診実践マニュアル 第I章 病理学総論

1.総論概説

著者: 笹島ゆう子

ページ範囲:P.12 - P.17

細胞レベルの障害
 細胞は,さまざまな原因によって障害を受ける.障害の程度が軽ければ,細胞はこれに反応し適応しようとするが,障害が強いと死に至る.細胞障害因子には,放射線,熱など物理的因子,酸などの化学的因子,血行障害,神経障害などが挙げられる.

2.循環器

著者: 池田善彦 ,   由谷親夫

ページ範囲:P.18 - P.24

心臓の構造と機能
 肉眼的には,胸骨と両側肋軟骨を切り取って胸郭前面を開くと,前部縦隔が見える.上部1/3は大動脈,肺動脈幹,下部2/3は心包内の大血管基部と心臓よりなる.心臓は内腔側より心内膜,固有筋層,心膜に分けられるが,心膜は心外膜が折り返し線で反転して形成されており,さらに臓側と壁側とに分けられ,中に数mlの漿液を含む.取り出した心臓の前面(図1-a)と後面(図1-b)を示すが,死後硬直により,心臓の収縮期の形で再現される.日本人正常心重量は250〜300gといわれている.前面では上方の左前から肺動脈幹が,右後から大動脈が出る.後面では心房が大きな比率を占め,右房には上下大静脈が,左房には上下左右4本の肺静脈が流入する.左右の心房心室はそれぞれ心房中隔,心室中隔により隔てられ,また,心房と心室との間には房室弁(左心系:僧帽弁,右心系:三尖弁)が,心室と大血管との間には半月弁(左心系:大動脈弁,右心系:肺動脈弁)が介在し,血液の逆流を防ぐ.房室弁は多数の腱索によって乳頭筋または中隔面に結合する.左右の冠状動脈は,大動脈弁の裏側より起始し,左はさらに前下行枝と回旋枝に分かれる.
 顕微鏡的には,心筋細胞は太さ10〜20μm,長さ80〜100μmで,介在板により相接し,網目状配列を呈する.核はほぼ中央に位置し,心筋線維の走行は通常一方向性である.

3.造血器

著者: 元井信 ,   小林孝子

ページ範囲:P.25 - P.33

血液と造血器
 血液は有形成分である血球と無形成分である血漿からなる.血球には赤血球,白血球,血小板の3要素がある.白血球は顆粒球,リンパ球,単球に分けられ,顆粒球は細胞質にある顆粒の染色性により好中球,好酸球,好塩基球に分けられ,それぞれ特有の機能を持っている.
 これらの血球を産生し,その分化,成熟にあずかり,一方では役目の終わった血球を処理する臓器が造血器である.造血器には骨髄,リンパ節,全身諸臓器に分布するリンパ組織,脾臓,胸腺などがある.

4.呼吸器

著者: 岡輝明

ページ範囲:P.35 - P.42

呼吸器の構造と機能
 呼吸器系は,空気の通る導管である気道とガス交換を主たる機能とする肺からなる(図1).導管部分は,鼻腔から咽頭・喉頭を経て気管・気管支である.気道の最も重要な機能は空気が通ることであり,したがって,その内腔は常に開いていなければならない.内腔が狭窄したり閉塞する状態はすべて病的である(気管・気管支異物や気管支喘息など).内腔がつぶれないようにするために,気道系はさまざまな構造上の特徴を備えている.例えば,鼻腔・副鼻腔は骨に囲まれており,また,気管・気管支の壁には軟骨があるため内腔がつぶれにくい.組織学的には,喉頭の一部(声帯,喉頭蓋)が重層扁平上皮に覆われている点を除き,気道は線毛上皮に覆われていることが特徴であり,この線毛は異物排除の機能を担う.気管支は2分岐を繰り返して細くなり,しだいに壁の軟骨がなくなり平滑筋のみとなる.さらに分岐して,直径1mm程度にまでになると細気管支と呼ばれ,その壁に肺胞が付属するようになると呼吸細気管支である.ここまでくると,気道は空気が通るただの管ではなく,ガス交換の機能をも併せ持つようになるため,この部分は気道部と呼吸部の移行部という意味から移行帯ないし中間帯と呼ばれ,これより末梢にはブドウの房状の肺胞が連なる.

5.消化器

著者: 西上隆之 ,   植松邦夫

ページ範囲:P.43 - P.51

口腔
 1.炎症性疾患
 1)ベーチェット病
 ベーチェット病(Behcet's disease)は,①口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍,②結節性紅斑様皮疹,皮下の血栓性静脈炎,皮膚の被刺激性亢進,毛嚢様皮疹などの皮膚症状,③虹彩毛様体炎,網膜ぶどう膜炎などの眼症状および,④外陰部潰瘍を4主症状とし,その他回盲部潰瘍,副睾丸炎,血管系症状,精神神経症状,関節炎症状などがみられる原因不明の膠原病近縁の特異な全身性炎症性疾患である.①から④までの主症状が出現するのを完全型という.口腔粘膜の再発性アフタはほぼ必発(98.3%)の症状である.病因として遺伝的要因,特にHLA-B51に連鎖した素因の役割が重視される1).外的要因としてはウイルスや細菌,特に口腔内常在菌で新型レンサ球菌などの感染,特定の化学物質による汚染など諸説があるが,現在のところはっきりしていない2)

6.腎・泌尿器

著者: 森吉臣

ページ範囲:P.52 - P.55


 腎の疾患には炎症性疾患として糸球体腎炎,間質性腎炎や腎盂腎炎があり,血管性病変として腎硬化症,さらに糖尿病や膠原病のような全身性疾患の1分症として生ずるものもある.悪性腫瘍では成人で腎癌,小児では腎芽腫などが代表的である.

7.運動器 1)骨・関節

著者: 辻香織 ,   今村哲夫

ページ範囲:P.56 - P.58

はじめに
 骨は一見無機質に思われがちであるが,生きた組織で活発な代謝(骨吸収と新生)が行われている.例えば成長期の大腿骨では新旧骨組織の交代に2年とかからず,また成人の場合でも全骨格の3〜5%は常に置き換わっている.このように一生にわたって行われる骨の形成と吸収の過程,これに伴う骨の構造と形の変化を,病的状態を含め骨改変(リモデリング;remodeling)という.
 骨・関節疾患の診断においては,他臓器の疾患に比べ,年齢特異性や発生部位特異的な疾患があるため,臨床情報がより重要となる.また画像所見が診断のキーポイントとなることが多く,病理組織学的な診断のみでは誤診を招来することがまれでなく,整形外科および放射線科との密接な関係が正確な診断のための必要十分条件である.

7.運動器 2)軟部組織

著者: 辻香織 ,   今村哲夫

ページ範囲:P.59 - P.60

はじめに
 軟部組織とは間葉系組織ともいい,生体の骨以外の非上皮性組織である線維性組織,脂肪,筋肉(平滑筋および横紋筋),腱鞘,滑膜,血管,リンパ管,末梢神経,神経節など多くの細胞組織を意味し,全身に分布している.したがって,その病変,腫瘍や腫瘍様病変は皮下組織以下の軟部組織(特に四肢)に多いとはいえすべての臓器に発生し,病変の種類が極めて多いのを特徴とする.

8.神経系

著者: 大塚成人

ページ範囲:P.61 - P.73

はじめに
 日常の病理の業務は,主に亡くなられた人に施す病理解剖(解剖病理学)と生検および手術材料を扱う外科病理学とに分けられる.神経系以外の臓器ならば,生検および手術材料は多く,患者の手術術式を含む治療方針や予後の推測に病理診断が一役買っているのに対して,特に中枢神経系では脳腫瘍が手術材料として採取される以外は生検などはほとんど行われていない.したがって,本稿においてもこのような現状を踏まえて,解剖病理学における神経系の病理を日常に出くわす神経疾患を例にとり,それらの脳や脊髄をどう扱っていったらよいかというような点を中心に述べる.

9.内分泌器・女性生殖器

著者: 手島伸一

ページ範囲:P.74 - P.78

下垂体
 下垂体は小指頭大(0.5〜0.7g,径1×1×0.7cm)で,蝶形骨トルコ鞍の下垂体窩におさまっている.発生学的には口蓋の上皮に由来する前葉(腺性下垂体)と,視床下部と関係のある後葉(神経下垂体)からなっている.前葉は主細胞,好酸性細胞,好塩基性細胞などからなり,成長ホルモン(growth hormone;GH)や各種の内分泌臓器に対する刺激ホルモンを分泌する.刺激ホルモンとしては副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotrophic hormone;ACTH),甲状腺刺激ホルモン(thyroid-stimulating hormone;TSH),性腺刺激ホルモン〔follicle-stimulating hormone(FSH),luteinizing hormone(LH),luteotropic hormone(LTH)〕などがある.前葉から下垂体腺腫が発生し,その種類によってさまざまな内分泌症状を呈する.
 好酸性細胞は成長ホルモンを産生するので,腺腫ができると成長期間では巨人症となり,青年期以後では末端肥大症が起こる.好塩基性細胞の腺腫ではクッシング(Cushing)症候群が生じる.前葉が小児期に破壊されると機能低下症,すなわち下垂体性小人症となるが,その原因はわからないことが多い.思春期以降に外傷や腫瘍で破壊されるとシモンズ(Simmonds)病となる.

10.乳腺・皮膚

著者: 原田美貴

ページ範囲:P.79 - P.84

乳腺
 1.正常組織(図1)
 思春期までの乳腺には,乳頭部に乳管が認められるのみで小葉の発達はない.思春期になり,乳房が発達するのも脂肪織の増加によるもので,妊娠しない限りこの状態が続く.妊娠すると上皮細胞索が伸長し,枝分かれを繰り返して多数の腺小葉を作り,分泌部(腺房)を作る.1つの小葉は,周囲の乳腺間質に比較して,少量のリンパ球,組織球および形質細胞の浸潤を伴い,毛細血管がよく発達した疎な結合織によって囲まれる.腺房は好酸球の単層立方上皮によって内張りされ,外側に淡明な筋上皮細胞を有する.乳管も二層性(2列という意味.癌の際に“にそうせいの消失”という場合は,2種類の細胞という意味で“二相性”と表現される)が認められ,小葉内の細乳管(ductule)から小葉外の乳管(duct)に流れ込み,多数結合して乳頭には15〜20の乳管が開口する.小葉外の導管(乳管)上皮から発生するのが乳管癌で,小葉内の細乳管上皮から発生するのが小葉癌である.乳房はCooper(クーパー:イギリスの外科医)靱帯と呼ばれる厚い結合織によって吊り上げられている.女性の乳房が大きく重そうでも,形よくピンと上を向いているのもこの靱帯のおかげである.加齢すればこの靱帯の弾性が低下するため乳房も下垂する.

第II章 組織学的検査

1.組織学的検査の意義

著者: 山本格士 ,   鳥居良貴

ページ範囲:P.86 - P.87

病理組織学的検査とは
 病理組織学的検査法とは,生体の一部から摘出した未固定組織の肉眼所見の十分な把握と分析に始まり,続いて組織の固定,固定後の所見観察,切り出しと続き,顕微鏡標本が作製される.さらにこれらを鏡検した病理医が,臨床情報との総合的評価のもとに病理組織学的診断を下すまでの過程をさす.この診断によって臨床医が治療方針を決定して患者への治療を施行していく(図).
 最近の病理組織診断では,従来の一般特殊染色,蛍光抗体法,電子顕微鏡や血清学的診断を中心とした腫瘍マーカーの検索だけでなく,組織や細胞レベルの腫瘍マーカーの開発が進んでいる.これはモノクローナル抗体を軸とする細胞工学であり,さらには近年,爆発的な進歩を遂げている遺伝子工学の手法により,腫瘍の分子レベルでの知見は非常な勢いで増加し,病理学に大きな変化を起こしつつある.

2.検体

1)検体の種類

著者: 山本格士 ,   鳥居良貴

ページ範囲:P.88 - P.88

穿刺針による生検(針生検)
 手術を含めた今後の治療方針を決定するために患者から採集された小切片が検体となる.

2)検体の受付と処理

a)固定法

著者: 山本格士 ,   鳥居良貴

ページ範囲:P.89 - P.93

はじめに
 手術標本はできるだけ新鮮な状態で観察を行い,かつ速やかに固定に移らなくてはならない.採取された瞬間から組織は水解酵素の作用により死後変化(自家融解)が始まり,組織の腐敗が進行する.したがって,生存時になるべく近い状態で細胞や組織の構造をとらえるためにも迅速な作業が求められる.標本の良し悪しは固定によって決まるといっても過言ではなく,たとえ他の過程で最善を尽くしても,固定がまずければ決してよい標本は得られない.目的にかなった固定法を厳守することにより,パラフィン切片でヘマトキシリン・エオジン(HE)染色はもちろん,一般特殊染色,酵素抗体法,戻し電顕を行ったり,脱灰しても組織への影響が少なく,一定したデータを得ることができる.何よりも染色結果がきれいである.

b)切り出し

著者: 岩井宗男 ,   宮平良満 ,   岡部英俊 ,   松本正朗

ページ範囲:P.93 - P.97

はじめに
 切り出しとは,臓器・組織から病理組織標本作製のために適した部位を選び,適した大きさや形に刃物で切り取ることである.最終的な形状はこの切り出しで決まり,適切な切り出しが正確な病理組織学的診断につながる.病変部位,その他関連部位から正しく欠落のない切り出しを行うには,病変に関する病理学的知識と臓器・組織の肉眼所見の誤りのないことが前提となるので,原則として切り出しは病理医みずからの手で行われる.臨床検査技師は切り出しの介助を行う場合があるので,切り出し方法については熟知することが望まれる.

c)脱灰法

著者: 岩井宗男 ,   宮平良満 ,   岡部英俊 ,   加藤久隆

ページ範囲:P.97 - P.98

はじめに
 脱灰とは骨や石灰巣などの硬組織を薄切可能な状態にするため,硬さの主要因であるカルシウム(Ca)を溶出させ,組織を軟化させる操作をいう.

d)包埋

著者: 滝野寿 ,   長屋清三

ページ範囲:P.98 - P.103

はじめに
 病理組織標本を染色する目的で,新鮮組織や固定後の組織をそのまま薄切しても,染色に適切な切片を得ることはできない.それは組織中に中腔の部位があったり,組織自体が均一な硬さを持たないためである.そこで,組織片に一定の硬さを持たせるために,包埋剤を用いる必要がある.しかし,組織片をいきなり各種包埋剤に浸透しても馴染まないので,前処理としていくつかのステップが必要になる.つまり,“脱水・脱脂”,“脱水剤の除去および仲介剤への置換”,“包埋剤の浸透”といったステップである.現在では包埋剤としてパラフィンを常用している施設が多く,その過程も機器を用いて自動化されている.

e)薄切法

著者: 滝野寿 ,   長屋清三

ページ範囲:P.103 - P.106

1.薄切の目的
 薄切は次のステップである各種染色を施すために必要な操作で,前項で述べたごとく,パラフィン包埋されたブロックをミクロトームを用いてミクロン(μm)の厚さで薄く切り,スライドグラスに貼り付けるまでの工程をいう.
 本操作は病理検査の中で最も経験を積まなければならない工程の1つである.

f)染色法[1]ヘマトキシリン・エオジン染色

著者: 安藤千秋 ,   奥田清司

ページ範囲:P.107 - P.110

1.染色目的
 ヘマトキシリン・エオジン(hematoxylin-eosin;以下HEと略)染色は免疫組織化学,分子病理学の進歩にもかかわらず,組織学的検査において,まず基本的に行うべき大切な染色であって,この染色で細胞像や組織構造を観察し,確定もしくは補助診断を行うことになる.その標本の利点は,簡便性,安定性,保存性に優れていることである.それゆえ,HE染色を普通染色または一般染色と呼び,特殊染色と区別している.
 HE染色はヘマトキシリンで細胞核を青紫色に,エオジンで細胞質・線維組織・赤血球などを淡紅色から紅色に染める.例えば,染め上がった組織標本を肉眼的に見ると,リンパ節のような細胞核優位の標本は青く,脳や線維成分の多い標本は紅色として見ることができる.この2種類の色素でさまざまな組織成分が判別でき,コントラストのきれいな標本であることが特徴である.

f)染色法[2]結合組織(膠原線維)の染色法

著者: 三瓶接子 ,   石川喜美男 ,   赤石清美 ,   宮哲正

ページ範囲:P.111 - P.113

はじめに
 結合組織は細胞外線維とその線維間にある生体の支持組織である.結合の線維には物理的性質や染色性の特徴から膠原線維,弾性線維,細網線維があり,これらは再生力が強く,組織の欠損部を補充する.すなわち,結合組織を染色することは,肺,肝,腎などにおける病変や腫瘍の鑑別,検索を行ううえで重要な意義を持つ.この中で,膠原線維の染色法には,代表的なものとして,マロリー染色,アザン・マロリー法,マッソン・トリクローム染色,ワンギーソン染色などがある.

f)染色法[3]弾性線維の染色法

著者: 山下和也 ,   舘林妙子 ,   篠田宏

ページ範囲:P.114 - P.118

はじめに
 弾性線維は結合組織と呼ばれる組織の1つである.結合組織は組織の間隙を埋める役をするもので,①線維芽細胞,②線維,③基質の3つから構成され,硬蛋白(アルブミド)と呼ばれる物質から成る.この硬蛋白は,①コラーゲン(膠原線維),②エラスチン(弾性線維),③レチクリン(細網線維),④オッセイン(骨・歯)の4つに分類される.
 エラスチンの詳細は不明であるが,プロリン,グリシンに富む黄色の線維状糖蛋白(70kDa)で,低分子球状蛋白のプロエラスチンとして細胞から分泌され,トロポエラスチンを経てエラスチンとなる.さらにこのエラスチンの表面に酸性の糖蛋白(ミクロフィブリル)である10nm径の原線維(フィブリン)が強固に結合して弾性線維を成している.これらは通常,強い酸性を示すカチオン(陽荷電物質)を有するため,アルコール存在下の酸性色素(特にcationic dye)に選択的に染色される.また,鉄塩の存在やクロム化によって好塩基性を示し,塩基性色素(レゾルシンの有無に無関係)に染色される.エラスチンの明らかな特徴は,煮てもゲラチンを作らない,エラスターゼによって消化される点であり,これらによっても証明される.

f)染色法[4]細網線維の染色法

著者: 則松良明 ,   三宅康之

ページ範囲:P.118 - P.120

1.鍍銀染色法(Silver stain)
 1)染色目的と原理
 細網線維は膠原線維の一亜型であるコラーゲンtype IIIであり,膠原線維の細線維の小束で,細かく分枝した網目ないし格子状を形成していることから格子線維とも呼ばれる.また,銀に対する親和性が高いところから好銀線維とも呼ばれている.この細網線維を染色する方法が鍍銀染色法で,臓器内での構築や線維と細胞の関係などを明らかにするだけでなく,腫瘍の分類や病変の程度などを判定するうえで重要な染色方法である.
 鍍銀染色は,1904年,Bielshowskyが神経軸線維の染色法として考案したことに始まり,その後,Maresch, Perdrau, Gomori,渡辺らが種々の改良を加え,方法も凍結切片法よりパラフィン切片法へ,パラフィン切片法も遊離切片法より貼り付け切片法へと進歩してきた.

f)染色法[5]線維素の染色法

著者: 鳥居良貴 ,   山本格士

ページ範囲:P.120 - P.122

はじめに
 線維素とは,血漿中に含まれるフィブリノゲンが凝固・析出した物質であるが,漿膜・粘膜などで種々の炎症に伴った浸出物の中にも多く含まれていることがある.リウマチ性肉芽腫,アレルギー性疾患の血管壁およびその周辺には限局性に線維素様変性が,またDIC(disseminated intravascular coagulation,血管内凝固異常)症候群では微小血管内にフィブリン血栓などが認められる.このような線維素あるいは類線維素を染め出す代表的な染色法にワイゲルト染色やリンタングステン酸ヘマトキシリン染色がある.

f)染色法[6]脂質(脂肪および類脂質)の染色法

著者: 鈴木悦 ,   森敏幸 ,   長田道夫

ページ範囲:P.122 - P.124

1.ズダンIII染色(Sudan III stain)
 1)染色原理と目的
 a)脂質の分類
 脂質は化学的に以下の2種類に大別されている.

f)染色法[7]多糖類の染色法

著者: 羽山正義 ,   百瀬正信 ,   日高恵以子

ページ範囲:P.125 - P.128

はじめに
 糖質の染色法は,腺上皮細胞の含有する粘液顆粒や刷子縁の有無,基底膜の観察,細胞内グリコーゲンの証明,間葉系組織の構成成分であるプロテオグリカンの証明,あるいは感染真菌や赤痢アメーバなどの検出に用いられ,その応用範囲は極めて広い.
 従来,教科書に取り上げられるこの分野の染色法には,あまり実用的とはいえない方法が掲載されてきた.本稿では,初心者が方法の選択に際して混乱しないように,染色原理が化学反応論的に明らかにされていて,マニュアルどおりに実施すれば失敗の少ない洗練された方法を取り上げることにする.なお,PAS反応(periodic acid Schiff reaction)を応用したいくつかの診断上有用な変法,およびレクチンや抗体を用いた糖質の同定方法については誌面の都合上省略するが,その結果については表および図1,2に示しておくことにする.

f)染色法[8]アミロイドの染色法

著者: 高橋保 ,   植田庄介 ,   森木利昭

ページ範囲:P.129 - P.131

はじめに
 アミロイド(amyloid)は正常人の体内には存在しない異常な線維性蛋白質の一種で,種々の原因によって細胞外に沈着する.組織学的には,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色でエオジンに淡染し,コンゴー赤(Congo red)染色で陽性,さらに偏光顕微鏡下で緑色の複屈折性を呈すればアミロイドとすることが広く支持されている.また,アミロイドは電顕的には幅8〜10nmの枝分かれのない細長い線維の集積で,X線回折上は絹と類似の安定したβ構造を示すなどの特徴を有する.
 アミロイドは形態学的には同一に見えても,成因の違いにより異なったアミロイド蛋白が沈着しており,現在,少なくとも15種類が報告されている.日常検査では,アミロイド蛋白の種類を特定し,病型を明らかにする目的で,過マンガン酸カリウム処理後のコンゴー赤染色が行われる.反応性(または続発性)アミロイド症で認められるAAアミロイドは,この処理でコンゴー赤の染色性が完全に消失し,偏光も示さなくなる.

f)染色法[9]核酸の染色法

著者: 萩野善久

ページ範囲:P.131 - P.132

はじめに
 核酸はリボ核酸(RNA)とデオキシリボ核酸(DNA)の2種類に分けられる.
 RNAは形質核酸と呼ばれ,大部分は細胞質中の蛋白質と結合した形でリボソームの中に存在する.

f)染色法[10]内分泌細胞(細胞内顆粒)の染色法

著者: 広井禎之

ページ範囲:P.133 - P.135

■膵島細胞
 1.グリメリウス法(好銀性細胞の染色)
 1)染色目的と原理
 グリメリウス法は1968年にGrimeliusによって膵島α細胞(グルカゴン分泌)を染め出すことを目的として発表された染色法である.本法は膵島のα細胞のほか,甲状腺C細胞,下垂体前葉細胞,副腎髄質細胞の一部,消化管銀親和細胞およびメラニン保有細胞などが染まる.また,上記細胞由来の腫瘍細胞も陽性を呈するが,陽性細胞の割合や染色強度は症例によりさまざまである.陽性部位は黒〜茶褐色で,細胞質内に細顆粒状に染色される.背景は若干褐色を呈し,ケルンエヒトロートで核染色が施される.なお,ホルモンの同定には免疫組織化学染色の併用が望ましい.
 グリメリウス法の原理は低濃度(0.03%)の銀イオンを弱酸性(pH5.6)の溶液下で細胞内に取り込ませ,還元液(ハイドロキノン,亜硫酸ナトリウム)で還元し,銀イオンを析出させることで,好銀反応(argyrophile reaction)と呼ばれている.

f)染色法[11]神経組織(中枢神経系)の染色法

著者: 石川喜美男 ,   赤石清美 ,   三瓶接子 ,   宮哲正

ページ範囲:P.135 - P.143

はじめに
 神経組織は中枢と末梢に分けられるが,中枢神経組織には神経細胞と神経膠細胞,それに血管と髄膜組織が存在する.これら構造物を全体的に把握するには各種の染色方法が用いられる.その中でも,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色は神経病理の検査においても極めて有用で,必要性のある基本染色である.脳腫瘍,炎症,血管障害などの多くの日常の検索では,HE染色だけで十分に診断可能である.しかし,この染色では不十分な場合や,補足しなければならない所見を得るために各種特殊染色が必要となってくるし,用いなければならない.

f)染色法[12]生体色素の染色法

著者: 清水幹雄 ,   舟橋明美

ページ範囲:P.144 - P.147

■メラニンの証明
 1.フォンタナ・マッソン染色(Fontana-Massonstain)
 1)染色目的と原理
 メラニンは皮膚の基底層,毛髪,眼球中膜,中枢神経系の黒質および青斑核に存在し,黄,褐,黒,ないしは青紫色を示す.この色調変化はメラニンの含有量のほかに,メラニン前段階物質からメラニンに至る酸化の程度による.メラニンの有無を検索する症例として,色素性母斑,アジソン(Addison)病,結腸黒皮症,Dubin-Jonson症候群,悪性黒色腫などが挙げられる.またメラニンは還元剤を用いて鍍銀する銀好性であると同時に,還元剤を必要としない銀親性の特性を有する.この染色法ではメラニンが持つ還元性を応用して硝酸銀を用いてメラニン顆粒を黒染する.

f)染色法[13]金属・無機塩の染色法

著者: 植嶋輝久

ページ範囲:P.148 - P.150

■鉄
 1.ベルリン青染色(Berlin blue stain)
 1)染色原理
 3価の鉄イオン(Fe3+)が黄血塩(フェロシアン化カリウム)と結合し,フェロシアン化鉄(ベルリン青)〔Fe(CN)63Fe4となる点を利用した検出法である.

f)染色法[14]組織内病原体の染色法

著者: 布施恒和

ページ範囲:P.151 - P.155

■一般細菌の染色法
 1.レフレルのメチレン青染色(Löffler's methylene blue stain)
 1)染色目的
 組織内の真菌や細菌の証明,菌体の局在の確認,球菌と桿菌の区別に用いる.

f)染色法[15]組織内血液細胞・酵素の染色法

著者: 日野浦雄之 ,   片岡寛章

ページ範囲:P.156 - P.158

はじめに
 現在,血液疾患や造血臓器の病変追求のために,通常染色法としてギムザ(メイ・グリュンワルド)染色が一般的になされている.また,さらに細胞化学的検索による特殊染色法として,酵素染色法であるペルオキシダーゼ反応や,オキシダーゼ(Nadi, naphthol)反応も用いられている.
 これらの染色法は,主に血液の塗抹標本に対して用いられてきたが,従来の手法に基づき組織切片においても応用されてきた.

3)クリオスタットによる凍結切片作製法

a)前処理

著者: 三宅康之 ,   小林博久 ,   則松良明

ページ範囲:P.159 - P.159

はじめに
 クリオスタットは内部に回転式ミクロトームをおさめた冷凍庫で,庫内温度-20〜25℃で使用する.メスの温度はこれよりも-4〜5℃程度低めがよいとされている1,2).脂肪組織は薄切しにくいので,クリオスタット内の温度を少し下げておく.実際には冷却用ガススプレーを用いて薄切時に温度を調節する7)

b)薄切/c)染色

著者: 三宅康之 ,   小林博久 ,   則松良明 ,   所嘉朗 ,   鈴木利明 ,   鈴木春見

ページ範囲:P.160 - P.165

1.凍結材料の薄切
 凍結不足では絶対に切れない.また,凍りすぎてもばらばらになりやすい.凍結不足のときは,冷却用ガススプレーを吹き付け再度凍らす.凍りすぎのときは指で表面を押さえて温めるか,少し待つ1,6)

d)術中迅速診断

著者: 梅宮敏文

ページ範囲:P.165 - P.166

はじめに
 術中迅速診断は良・悪性はもとより,臓器の切除範囲および術式の変更などの決定に極めて重要な手段である.その術中迅速診断で検査技師に求められるのは,できるだけ短時間(8分前後)で,診断に十分耐えられるヘマトキシリン・エオジン(hematoxylin-eosin;HE)染色標本を作製することにある.
 従来,術中迅速診断標本は炭酸ガスで組織を凍結し,ザルトリウス型ミクロトームで薄切する方法が主流であったが,現在ではほとんどの病理検査室では電気式冷凍庫内に回転式ミクロトームの入ったクリオスタットで術中迅速診断標本を作製している1,2)

4)特殊検査

a)免疫組織化学[1]蛍光抗体法(腎生検)

著者: 大塚俊司

ページ範囲:P.167 - P.168

1.原理
 蛍光染色とは,物質が光や熱によって刺激を受け,そのエネルギーを吸収することにより光を発するという蛍光の原理を利用した染色法である.蛍光染色に使用される蛍光色素には,fluorescein isothiocyanate(FITC)とtetramethyirhodamine isothiocyanate(RITC)があるが,蛍光抗体法とはこれらの色素を各種免疫グロブリンと結合させた蛍光標識抗体を作製し,抗原抗体反応を利用することにより組織切片内の抗原の局在を蛍光顕微鏡で観察する方法である.

a)免疫組織化学[2]酵素抗体法

著者: 鈴木孝夫 ,   家泉桂一 ,   光谷俊幸

ページ範囲:P.168 - P.172

はじめに
 近年,免疫組織化学的手法が急速に進歩し,特異的な抗体を用いることにより,多くの物質(抗原)が組織切片上で検出可能となった.酵素抗体法は,組織に存在する抗原を最終的に酵素反応により可視化させ検出する方法であり,種々の疾患において鑑別・補助診断(表1,図1,2)に用いられている.
 酵素抗体法は標識物質として一般的に西洋ワサビペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase;HRP)またはアルカリホスファターゼ(alkaline phosphatase;ALP)が用いられ,発色は通常,標準物質がHRPの場合はジアミノベンジジン法(通常法の場合,最終産物は茶褐色),ALPの場合はアゾ色素法(用いる色素により異なるが,最終産物は通常赤色または青色)により行う.

b)酵素組織化学(筋生検)

著者: 岩本宏文

ページ範囲:P.172 - P.176

はじめに
 筋生検材料の酵素染色を中心に,染色以前と以後に分けて,材料を取り扱ううえでの注意点も含めて概説する.

c)レクチン染色法

著者: 弓納持勉 ,   石井喜雄 ,   中澤久美子

ページ範囲:P.176 - P.177

1.原理
 レクチン染色は,レクチンと糖の親和性を利用し,細胞表面に存在する糖と結合したレクチンを組織化学的に認識する手法である.このレクチン染色には,蛍光色素標識法,ペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase;HRP)標識法およびビオチン化レクチンを用いたアビジン・ビオチンペルオキシダーゼ複合体(avidin-biotin peroxidose complex;ABC)法のほか,抗レクチン抗体を用いた酵素抗体法がある.

d)in situ hybridization

著者: 岸誼博 ,   渡辺直樹

ページ範囲:P.177 - P.180

はじめに
 in situ hybridization(以下,ISHと略)とは,組織,細胞中の遺伝子解析を目的とするもので,分子生物学のめざましい進歩により最近では病理細胞学的診断に導入されてきている.

第III章 細胞診

1.細胞診の意義

著者: 都竹正文

ページ範囲:P.183 - P.184

細胞診の種類
 細胞診(cytological examination)は剥離細胞診(exfoliative cytology)と穿刺吸引細胞診(fine needle aspiration;FNA, aspirationbiopsy cytology:ABC)に大切される.

2.検体

4)スクリーニング

著者: 都竹正文

ページ範囲:P.206 - P.207

はじめに
 スクリーニングとは,正常の材料にみられない異常(異型)細胞を見つけだすことである.異常(異型)細胞とは「正常でない細胞あるいは普通とは変わった形の細胞」ということである.正常でない状態といっても,炎症,奇形,腫瘍に伴う退行性変性,進行性変化などさまざまな病的状態であり,仮に高度の異型細胞を悪性細胞と想定しても,いかなる所見があれば高度の異型であるといえる客観的な定義はない.文献的に癌細胞の特徴を要約すると表となる.
 本来,悪性細胞の形態的定義はほんのわずかであり,それらのみで実用上の診断は不可能である.しかし,実際には悪性細胞をいかに効率よく選別するかということが,スクリーニングの第一歩となる.

5)術中迅速細胞診

著者: 山岸紀美江

ページ範囲:P.208 - P.210

目的と意義
 術中迅速細胞診は手術中に,かつ迅速に病理形態学的診断を行うことを目的とする.迅速病理診断には,凍結切片組織診と細胞診がある.両者はともに精度100%ではなく,得意,不得意な検査材料を持つ.さらに診断者の得手,不得手もある.したがって,多くの施設での両者の扱いは競合的方法としてではなく,相補的方法として扱われている1)
 術中迅速細胞診の有用性を初めに認めたのは,英国医学界長老の病理医Dudgeon(1927年)2)である.彼は,術中迅速細胞診を最初に報告したShaw(1923年)3)の論文を紹介して,その実用性を認めた.

6)判定と報告

著者: 都竹正文

ページ範囲:P.211 - P.212

はじめに
 細胞診は当初,剥離細胞診検体による検査法としてスタートしたために,その判定は第一義的には癌であるか否かを,つまり悪性腫瘍か,それ以外の病変か,あるいは正常状態であるかを個々の細胞異型から判断してきた.細胞の異型性は良性病変にも悪性病変にもみられるが,その各々は質的に異なっている.その差異は異型性の程度の違いとして表現される.この異型性の違いを表す指標としてこれまでいくつかの分類がつくられ,現在も使われている.

3)検体の受付と処理

a)塗抹法

著者: 畠山重春 ,   川名展弘 ,   松元照美

ページ範囲:P.190 - P.195

 喀痰ではすり合わせ法というように,検体によって,それぞれ代表的な塗抹法がある(表).しかし,1つの方法にこだわることなく,性状によっては臨機応変に他の方法も用いる柔軟さが必要である.さまざまな手技を身につけておき,検体に対してより適切な手段を選択するよう心がけたい.なお,塗抹作業の場合,事前に必ず固定液の蓋を開けておき,迅速に湿潤固定できるよう準備しておかなくてはならない.

b)固定法

著者: 畠山重春 ,   川名展弘 ,   松元照美

ページ範囲:P.195 - P.197

 固定は目的とする染色の特徴を最大限に生かすために行われる.したがって,対象とする染色に適した固定液を選択しなくてはならない.目的の染色に沿った固定をしっかりと行った場合にのみ各種染色法の特徴が生かされ,細胞内構造の把握が容易となる.また,細胞質の染色性にコントラストのある,いわゆるメリハリの利いた染色結果が得られる.それに対して,不適切な固定では核クロマチン構造の不明瞭化や,本来の色調とは異なった不鮮明な染色性となり,ひいては誤診を招く原因となることを肝に銘じておく.
 固定法には細胞が乾燥しない状態のうちに迅速に固定する湿潤固定と,塗抹した細胞を乾燥させて固定する乾燥固定がある.乾燥固定と呼称されているが,細胞診標本の染色では通常,染色前に固定液を使用している.表1に細胞診で使用される固定液と対応染色法を示す.ただし,検体を採取してから塗抹処理し,さらに固定するまでの時間が標本のでき具合いに大きく影響する.表2に検体別許容時間を示す.

c)染色法[1]パパニコロウ染色

著者: 照井仁美

ページ範囲:P.197 - P.198

1.目的
 パパニコロウ(Papanicolaou)がShorr染色を改良し,1940年,腟塗抹標本染色として発表してから多くの改良法が編み出された.パパニコロウ染色は細胞診断のための染色法で,癌の早期発見,確定診断に欠かすことのできない染色方法である.

c)染色法[2]ギムザ(メイ・グリュンワルド・ギムザ)染色

著者: 松井武寿 ,   佐野裕作

ページ範囲:P.199 - P.200

1.目的
 ギムザ(Giemsa)染色はパパニコロウ染色に比べ,色素の浸透性に劣る.そのため婦人科材料や喀痰材料のような粘液や細胞の重積のある厚い標本には適さない3).しかし,血液疾患における血液細胞の染色には特に優れており,体腔液を主とした液状検体中の血液系細胞やリンパ節穿刺吸引および捺印標本の染色には必要不可欠な染色法として用いられている.

c)染色法[3]粘液染色

著者: 阿部仁 ,   草刈悟 ,   秦順一

ページ範囲:P.200 - P.203

はじめに
 病理組織診断や細胞診における特殊染色は,免疫組織化学染色の普及によりその主役の座をゆずったかの感があるが,粘液染色は細胞診において現在でも重要な役割を果たす染色で,特に体腔液検体における良・悪性の鑑別や粘液産生の有無を検索するのに有用である.本稿では粘液染色の中でも使用頻度の高いPAS(periodic acid Schiff)染色,アルシアン青染色,ムチカルミン染色について解説する.

c)染色法[4]酵素抗体法とin situ hybridization

著者: 伊藤仁 ,   長村義之

ページ範囲:P.203 - P.205

はじめに
 組織標本を対象とした免疫組織化学的手法は,細胞診標本においても積極的に応用されており,診断上有用な種々の抗原の検出が可能となっている.細胞診においては主に腫瘍診断,すなわち良・悪性の鑑別,組織型の推定,腫瘍の機能的分類や病原体の検出に用いられている.また,細胞増殖マーカー,ホルモンレセプターあるいは癌遺伝子蛋白などの検出も可能である.

3.細胞学的診断の基礎知識

1)細胞の構造と機能

著者: 古田玲子

ページ範囲:P.213 - P.217

 細胞の大きさと形 ヒトのからだはたった1個の授精卵が分裂,増生したもので,それぞれ特殊な機能を発揮するように分化した細胞からなる.顕微鏡でその形態を見ると,多くの細胞は直径約10〜30μmであるが,最小は血小板で3μm,最大は卵細胞で約200μmと大きさには幅がある.細胞の形は表1のように多様である.また,刺激に反応して,中皮細胞のように扁平から立方形ないし球形に変化する細胞もある.細胞診標本においては同じ細胞であっても,生体より穿刺して直ちに塗抹した細胞と,自然に剥離した細胞,あるいは剥離後,尿や体腔液などに浮遊していた細胞とでは細胞形態が異なるので,材料の状態を把握したうえでの詳細な観察が要求される.このように種々の形態を示す細胞であるが,共通した基本構造がある.

2)正常の細胞所見と異型細胞

著者: 広川満良 ,   鐵原拓雄

ページ範囲:P.218 - P.226

細胞形態学の基本的概念
 細胞形態を観察する際には2つの基本的概念を心得ておくことが大切である.その1つは,自然状態である正常細胞は形態的に均一で,円形を好み,予測性があるが,異常状態の細胞,例えば腫瘍細胞は不規則で鋭く角張っており,極端さがみられることである.正常細胞とは異なる後者の所見に対しては一般的に異型性という言葉が用いられている.もう1つの基本的概念は,核の形態はその細胞の活動性を,細胞質の形態はその細胞の機能的分化を反映していることである.細胞の活動性はeuplasia(正常状態・生理的状態),retroplasia(退行状態),proplasia(進行状態),neoplasia(腫瘍状態)の4つに分類される(図1).
 正常細胞とは,健康でストレスのない生理的な細胞であるが,その活動性は細胞の種類や分化度によりかなり異なる.例えば,未熟な骨髄細胞は正常状態で分裂・増殖をしているが,脂肪細胞が正常状態で分裂・増殖することはほとんどない.また,同じ扁平上皮細胞でも細胞の活動性は部位により異なる.基底層近くの細胞は分裂能力があるが,表層の細胞では活動性が低い.細胞の活動性がそれぞれの正常状態の範囲内であれば,euplasiaということができる.

4.細胞診断学各論

1)女性生殖器

著者: 石井保吉 ,   藤井雅彦

ページ範囲:P.227 - P.235

子宮頸部
 子宮頸部腫瘍の組織学的分類のうちで,上皮性腫瘍とその関連病変を表1に示す.ここでは表1に従って子宮頸部腫瘍について解説する.なお,良性病変の細胞像については他書を参照していただきたい.

2)呼吸器

著者: 松本武夫

ページ範囲:P.236 - P.240

はじめに
 呼吸器のうちで細胞診断が求められる頻度の高い臓器は肺である.その理由として,肺癌の発生頻度が比較的高いことに加えて,気管支鏡下擦過,経皮的針生検,喀痰など比較的材料の採取が容易であることが挙げられる.
 本来,細胞診断の最も重要なことは,標本中に悪性細胞があるかないかを見いだすことである.しかし,最近では限られたものであるが良性病変も細胞診で確認できる場合があり,さまざまな肺疾患に応用されている.今回は肺癌(一部の良性病変を含む)を中心として,その細胞形態を解説する.

3)消化器 a)唾液腺

著者: 加藤拓

ページ範囲:P.241 - P.243

はじめに
 唾液腺病変の穿刺吸引細胞診はEnerothらにより1950年以降,本格的に行われ始め,その正診率は約90%と,当時としては画期的なものであった.それ以後,この検査法の診断率の高さ,安全性,手技の容易さから欧米において積極的に行われ,わが国でも徐々に行う施設が増えている.

3)消化器 b)食道・胃・大腸

著者: 大野喜作

ページ範囲:P.243 - P.246

はじめに
 消化器の細胞診について記載されている著書は多いが,実際に食道・胃・大腸において細胞診を臨床的に活用している施設は少ない.内視鏡下での細胞診は生検組織診断と同様に,良・悪性の診断が最も重要なことである.通常,捺印細胞診,ブラシでの擦過細胞診が記載されているが,本稿では生検組織の圧挫標本における細胞診の重要所見を述べる.

3)消化器 c)肝・胆・膵

著者: 古旗淳

ページ範囲:P.246 - P.248

1.採取法
 採取法には種々の方法があり,それぞれの採取法によって細胞形態もかなり変化するので,その特徴を表に示した.

4)泌尿器

著者: 平田哲士

ページ範囲:P.249 - P.252

はじめに
 尿(自然尿)は尿路(腎・腎盂・尿管・膀胱・尿道)の病変を広範囲に反映しうる検体であり,被検者に負担をかけずに反復検査できるので,血尿などの症状がみられる場合のスクリーニング検査に広く用いられている.また,X線撮影・CT・MRI・超音波・核医学などの画像や,膀胱鏡などで確認された腫瘍の質的診断や術後の経過観察にも用いられる.上部尿路の悪性腫瘍細胞の出現頻度は比較的低く,尿路で最も多い膀胱の低異型度乳頭状移行上皮癌の腫瘍細胞が剥離してくる頻度も低いので,尿路悪性腫瘍における尿細胞診陽性率は決して高くはない.細胞診の陽性率や質的判定を高めるために,集細胞法(固定法)と染色法を選択し,臨床的に腫瘍の疑われる場合には膀胱洗浄液などの提出を依頼し,細胞像を把握していくことが必要である.

5)体腔液

著者: 広井禎之 ,   笹井伸哉 ,   薄田正

ページ範囲:P.253 - P.255

はじめに
 健常人における体腔液はわずか数ml〜十数mlであり,体腔における体腔液の貯留はなんらかの病的状態を示唆する.
 本稿では体腔の説明と体腔液細胞診の臨床病理学的な意義,およびその細胞像について解説する.

6)乳腺

著者: 渡辺達男

ページ範囲:P.256 - P.258

はじめに
 乳腺の細胞診では,乳頭からの異常分泌物と乳腺内腫瘤を穿刺吸引して得られる材料が主な対象となる.乳頭異常分泌物では,通常,得られる情報は,乳管内に限り剥離した上皮細胞や泡沫細胞がみられ,変性が加わっていることから,その診断基準は従来の剥離細胞を基準とした細胞個々の異型を判定する方法が主体である.一方,穿刺吸引細胞診では,腫瘤からの生着している新鮮な上皮および間質の細胞であり,細胞の変性はほとんどない.したがって,その診断基準は従来の細胞異型判定から新たな方法として細胞群の出現パターンや上皮と間質の比率,細胞構築を読み,組織型を類推すること,また“ホツレ現象”に代表される細胞相互関係の把握などが重要視されてきている.なぜならば,一般的に乳癌は小型で異型の少ない細胞の症例が約半数の症例を占めており,従来の細胞異型のみの診断基準では良・悪性の判定に困難を覚えることが多かったためである.このように,乳頭異常分泌細胞診と穿刺吸引細胞診とではその目的とする部分,その診断基準に大きな相違がみられることから,材料により診断基準を使い分ける必要がある.
 以下には,まず乳腺細胞診を行ううえでの乳腺の基本構造,次いで乳頭異常分泌細胞診,穿刺吸引細胞診のそれぞれについて診断に影響を及ぼす標本作製手技を中心に,良・悪性の鑑別ポイントなどを概説する.

7)甲状腺

著者: 深沢政勝 ,   森下由紀雄 ,   野口雅之

ページ範囲:P.259 - P.261

はじめに
 甲状腺の穿刺吸引細胞診は,高い正診率が得られるばかりでなく,多くの場合,組織型まで推定することが可能であり,特に悪性腫瘍では濾胞癌を除き実質的な確定診断として用いられている1).本稿では,細胞診で扱われる頻度が高い主な疾患の穿刺吸引細胞像について概説する.なお,濾胞腺腫と濾胞癌は,細胞診による鑑別が困難なため一括して述べる.

8)リンパ節

著者: 岸本浩次 ,   北村隆司 ,   光谷俊幸

ページ範囲:P.262 - P.265

はじめに
 リンパ節細胞診は現在,捺印あるいは穿刺吸引細胞診として,ごく一般的に行われている検査法である.その対象には,良性では反応性リンパ節症,悪性では悪性リンパ腫,転移性腫瘍などがある.また節外性にみられる悪性リンパ腫もその対象となっている.
 本稿では誌面の関係上,各々の疾患の見かたについての詳細な記載は省き,リンパ節病変における総論的な細胞の見かた(ギムザ染色)を中心に解説したい.このため,悪性リンパ腫の診断に際しては,悪性リンパ腫の細胞像と組織型(表)を用いて,該当する組織型(LSG分類1),REAL分類2)など)に当てはめていただきたい.

9)脳脊髄液

著者: 三宅真司

ページ範囲:P.266 - P.267

はじめに
 脳脊髄液は脳室およびクモ膜下腔を満たしている液体で,主に側脳室の脈絡叢より産生され,側脳室から第三脳室,中脳水道,そして第四脳室を経て脳および脊髄のクモ膜下腔に入る.
 脳脊髄液の役割には中枢神経系への衝撃に対する緩衝,神経細胞の浸透圧平衡の保持,中枢神経の分解不要物質の除去などがある.

10)骨・軟部組織

著者: 古田則行

ページ範囲:P.268 - P.274

骨疾患の細胞診
 穿刺細胞診は術前,治療前診断を目的に,また切開生検時,手術時には迅速組織診断の再確認を目的に細胞診が行われる.

第IV章 電子顕微鏡検査

1.電子顕微鏡検査の意義と目的

著者: 鎌田義正

ページ範囲:P.276 - P.276

はじめに
 電子顕微鏡(電顕)は最近20年間の医学をはじめ生物学分野の各方面に広く活用され役だってきた.ことに病理学の分野においては,免疫組織化学検査や分子病理学検査が普及してきた現在においても,電子顕微鏡検査は形態の根本をとらえるという点で極めて意義が大きい.
 細胞内の微細構造とその病的変化が追究できるとともに,厚切り切片を併用しながら光学顕微鏡(光顕)像と対応させて観察することにより,細胞,組織を連続スペクトルで同定可能である.電顕レベルで酵素組織化学法を行えば,酵素活性の有無やその正確な局在がわかり,病理診断に有用な情報をもたらしてくれる.一方,ペルオキシダーゼ抗体法を用いて電顕レベルでの免疫組織化学法を実施すれば,抗体の陽性像や局在がより正確になる.さらに電顕の高倍率観察では,分子(さらに原子)レベルでの像の解析が可能であり,分子生物学の理解の接点として大変有意義である.したがって,病理学の領域では,光学顕微鏡検査と表裏一体の重要な検査方法の1つであると思われる.

2.試料の処置 1)固定法

著者: 鎌田義正

ページ範囲:P.277 - P.279

はじめに
 病院で扱われるヒトの検体の固定には,細胞や組織片を固定液中に浸す浸漬法が適している.軟らかくもろい組織の場合には新鮮組織を直ちに細切すると構造が乱れやすいので,いったん固定液に入れて組織を軽く硬化させてから細切する.もろい腫瘍組織などではやや大きめの組織片を採取し,組織の中心部に固定液を直接注射する注射法1)を併用する.

2.試料の処置 2)樹脂包埋

著者: 岩坂茂

ページ範囲:P.280 - P.282

はじめに
 透過型電子顕微鏡は,電子線が組織片を透過して,結像できる範囲にごく薄く切削(超薄切)して観察するので,樹脂包埋は樹脂が完全に重合し,適度な硬度が得られることのほか,薄切しやすいこと,電子線の照射に強いこと,樹脂の収縮率の少ないこと,さらに毒性が少ないことなどが挙げられる.現在では一般的にエポキシ系樹脂が使用され,免疫組織化学や酵素組織化学のためのpost-embedding法の一部にアクリル系の樹脂が用いられている.

2.試料の処置 3)超薄切

著者: 岩坂茂

ページ範囲:P.283 - P.285

はじめに
 電子顕微鏡試料の超薄切片の厚さは,通常60〜90nm(干渉色でSilber〜Goldの範囲,図8参照)が良いとされているため,試料の大きさを小さくトリミングする傾向にあったが,近年ではダイヤモンドナイフの普及や,広範囲を見たいという病理診断としての要求もあって,2mm2以上の切削面でも十分超薄切が可能となってきている.

2.試料の処置 4)電子染色

著者: 岩坂茂

ページ範囲:P.286 - P.287

はじめに
 電子顕微鏡の超薄切片は,その厚さが薄いため電顕観察時に電子線が切片を透過してしまい,濃淡が得られない.そこで超薄切したものに重金属イオンを作用させて,像のコントラストを高めている.
 その方法を電子染色といい,包埋前の組織塊を染色するブロック染色法と包埋後の超薄切片を染色する切片染色法とがあるが,ここでは一般的な切片染色法について述べる5)

3.観察・撮影

著者: 鎌田義正

ページ範囲:P.288 - P.290

はじめに
 前述の手順(277〜287頁)によって試料を作製したならば,いよいよ電顕観察を行い,目的とする視野を写真撮影することになる.電顕の蛍光板に現れる像をよく理解するには,事前に光顕で厚切り切片の像をよく観察しておき,電顕像との関連がつくようにしておく.良い電顕写真を得るには以下の点に留意する.

4.写真技術 1)現像

著者: 畔川一郎

ページ範囲:P.291 - P.295

はじめに
 電子顕微鏡で撮影されたフィルムは暗室でフィルムの現像処理,印画紙への焼き付け,スライド作製が行われる.

4.写真技術 2)スライド作製および資料の保管

著者: 畔川一郎

ページ範囲:P.296 - P.297

スライド作製
 スライド投影のために,フィルム全体を,あるいは部分的にフィルムに焼き付け,スライドを作製する必要がある.
 現像方法は前述(291〜295頁)のフィルム現像のとおりである.

第V章 病理解剖

1.病理解剖の意義と目的

著者: 松谷章司

ページ範囲:P.300 - P.300

解剖室の設備
 病理解剖の意義は死因の究明のみならず,診断,治療など診療内容の評価と検証をすることも重大な責務である.したがって,病理解剖は人間の医療を理解するための究極の検査法であるといえる.成書にみられる病理解剖の目的には次のようなものがあり,それを達成するために必要な事項を述べる.個々の病理解剖時には病理医,介助者はいつも認識するべきと思われる.
 (1)病気の性状やその発生進展過程を理解する:このために生前の詳しい臨床データと合わせ,検討することが必要である.

2.病理解剖に関する規則,法規

著者: 松谷章司

ページ範囲:P.301 - P.302

死体解剖と検視
 死体解剖は,医学上の目的により,正常(系統)解剖,病理解剖,法医解剖に分けられ,法学上の目的により,犯罪の捜査など刑事手続きの必要性に基づく解剖(司法解剖)と,行政上の目的のための死因調査や身元の確認などの必要性に基づく解剖(行政解剖)がある.
 自然死とは老衰死や病死など.

3.病理解剖の設備・用具と準備

著者: 松谷章司

ページ範囲:P.303 - P.303

解剖室の設備
 解剖作業は危険を伴うものであり,解剖室の環境は種々の点を十分に考慮しなければならない.
 (1)解剖室全体,特に解剖台には十分な採光が必要であり,周囲に解剖作業に十分なスペースを確保する必要がある.

4.病理解剖の手技

著者: 松谷章司

ページ範囲:P.304 - P.309

はじめに
 病理解剖の手技には特定の方式はなく,各施設,各人によって最も効率的なやりかたがなされている.基本的には類似していても各人各様に工夫がなされている.ここに述べる手技は1つのひな形であることをあらかじめお断りしておく.
 解剖に際しては,執刀者,介助者は屍体に畏敬の念を持ち,屍体への損傷は必要最小限にとどめ,汚損は可能な限り避けるよう注意する(解剖開始時および終了時には一礼することを心がけたい).

5.肉眼所見・記録・報告

著者: 松谷章司

ページ範囲:P.310 - P.310

 以下の業務の円滑な遂行には技師の介助が必要であり,カンファレンスなどにも可能なかぎり技師は積極的に参加することが望ましい.そうすることにより病理解剖,病理学的検索業務の意義が明確となり,さらに病理解剖介助,肉眼写真撮影,標本作製,染色手技などの個々の技術上の問題点がフィードバックされるからである.

6.写真撮影

著者: 斉藤信昭

ページ範囲:P.311 - P.313

はじめに
 剖検時,臓器および組織(屍体の外表所見も含む)の肉眼所見を写真撮影しておくことは,剖検診断の記録として,またCPCなどのカンファレンスに必須である.これらの写真は2度と得られない貴重なものなので,撮影には細心の注意が必要である.また,貴重な症例は多めに撮っておいたほうがよい.

7.試料の保存・管理

著者: 斉藤信昭

ページ範囲:P.314 - P.316

はじめに
 病院の病理検査室で剖検臓器や組織の保存と管理が重要であることはいうまでもない.大部分の臓器は通常ホルマリン固定の状態で保存する.しかし,特殊な検索を必要とする場合には,未固定のまま,ドライアイス・アセトンで急速に凍結するか,直接液体窒素に入れて急速凍結し,-70℃以下のディープフリーザーに保存する.

第VI章 バイオハザードとその対策

1.検査室内の感染対策

著者: 佐藤英章

ページ範囲:P.318 - P.320

バイオハザードとは
 バイオハザード(biohazard)とは生物体による危険および災害を意味する.つまり,ウイルス,リケッチア,細菌,真菌,原虫などの病原微生物の感染による災害のことを意味している.医療従事者にとっては一般人に比して,これら病原微生物に暴露する機会は非常に多い.検査室においては血液,体腔液,喀痰,胆汁などの一般検体,迅速診断用検体,そして病理解剖における組織検体などは生のまま提出される.これらの検体はホルマリンやアルコール固定などの処理をするまでの間は病原微生物からの感染の危険性を有している.感染症に罹患した者の大部分は,これら検体の処理過程の間に感染したと考えられている.実際のところ臨床検査技師,医師を含めた医療従事者のB型肝炎,結核などの感染,発症が散発性であるが,一般人よりも多くみられ,特に病理検査室ではさらに頻度が高く問題となってきている.これらバイオハザードを防御するものとしてバイオセーフティ(biosafety)の概念があり,それに基づく感染防御対策が現在普及しつつある.

2.廃棄物の処理

著者: 佐藤英章

ページ範囲:P.321 - P.322

はじめに
 病理検査室から出る廃棄物は一般廃棄物,産業廃棄物,感染性一般廃棄物,感染性産業廃棄物の大きく分けて4種類からなる.その中で後2種類(表1)が感染の危険を有している.これら廃棄物については廃棄物の処理および清掃に関する法律(廃棄物処理法)により自己処理が原則となっているが,実際にはその90%が廃棄物処理業者に委託されているのが現状である.そこで院内処理担当者ないしは廃棄物処理委託業者へのバイオハザードが問題となる.さらに,最近では自己の焼却設備からのダイオキシンの排出が周辺住民の健康を害する危険性があると問題となっている.医療機関からの廃棄物についてはさまざまな問題があるが,ここでは感染性廃棄物についてその処理および廃棄過程を述べる.

第VII章 検査室のシステム化

1.検体の管理,受付と保存

著者: 根本則道 ,   杉谷雅彦 ,   武居宣尚

ページ範囲:P.324 - P.326

はじめに
 医療現場における病理診断業務の流れは,①検体の採取,②病理部(科)での受付,台帳登録,③切り出しと記録,④標本作製,⑤鏡検,診断,⑥診断報告書の作成,⑦報告書の発送,⑧標本ならびに診断報告書のファイルとその保管からなっている.検体の採取から病理台帳に登録されるまでの検体管理は臨床各科にゆだねられているが,検体の受付が終了し,病理固有のID(病理番号)が付与されてからは,その管理責任は病理部(科)に移る.病理診断の精度はもちろんのこと,医療の精度管理上,いずれの段階もおろそかにはできない.
 当施設ではすでに1983年に病理部における独自のコンピュータ登録と検索システムを開始した.その後,1990年にシステムの改変を行い,1997年まで同システムによる病理部業務を行ってきた.しかし,1998年から3つの附属病院(板橋,駿河台,光が丘)に共通のオーダリングシステムが導入されることに伴い,病理部のコンピュータシステムも再改変を余儀なくされた.新しいシステムでは「Dr. ヘルパー」Windows NT 4.0を基本として使用しているが,独自の改変を加えている.病理部におけるコンピュータシステムの構築についてはすでに多数の報告があるのでそれらを参照されたい1〜5)

2.機器の管理

著者: 山本雅博 ,   坂田一美

ページ範囲:P.327 - P.330

はじめに
 精度管理は内部精度管理と外部精度管理を意味する“データ管理”のみならず,検体の採取から成績の報告の一連の過程を管理し,より良い結果を出す“技術管理”,日常業務のチェック,検査の誤りチェック,スタッフの教育などを通じて検査の質のレベルアップを図る“業務管理”に分けられる1).病理施設での機器管理は,標本作製から診断までの一連の過程において使用される機器の機能を一定水準に維持するための保守管理であるから,技術管理の一つととらえられている.病理検査機器は比較的壊れにくいためにその管理は軽視される傾向があるが,市中病院でも自動化の割合は増加しており,そのトラブルは標本作製にとってときに致命的ですらある.またコンピュータを利用するうえで,文書におけるデータベースの活用に加えて,画像データベースによる画像のデジタル化(フィルムレス)も進み,これらの管理も重要になってこよう.この稿では機器管理の目的と具体的な管理のしかたについて述べる.

3.報告書の作成,管理と検索システム

著者: 根本則道 ,   杉谷雅彦 ,   武居宣尚

ページ範囲:P.331 - P.335

病理診断報告書の書式
 報告書の書式に関しては,ほとんどの施設で独自のものを作成し使用しているのが実情であろう.筆者らの施設では,組織診,迅速診断,細胞診の3種類の報告書を使用しており,各々に対応する色分けされた依頼書が臨床各科の外来,病棟に用意されている(図1).依頼書の色分けは依頼側の混乱を避けるためであるとともに,病理部で依頼書に報告書を貼付して保管する際に整理しやすい利点がある.なお,報告書はA4の複写式(3枚複写)を使用している.図2,3に筆者らの施設で用いている病理組織診断ならびに細胞診の報告書を示す.報告書には診断入力後の出力時にあらかじめ登録された病理番号(あるいは細胞診番号)と患者属性が印字される.したがって,入力は組織診に関しては診断と所見,細胞診に関しては判定と所見,報告日,病理医ならびに細胞検査士名である.

4.作業分担のシステム化

著者: 山本雅博 ,   坂田一美

ページ範囲:P.336 - P.338

はじめに
 医療情報の開示,インフォームドコンセント,保険料の定額支払い制の導入などの社会的流れの中で,病理検査の果たすべき役割はますます大きくなってきている.10年前に比較して病理検査の種類は増加し,業務の流れも複雑になり,さらに外部委託や他部門・他施設と連携する必要が生じている.これらに円滑に対応するのが作業分担のシステム化である.言い換えれば各作業担当者,あるいは各担当部署が個別に動くのではなく,検体の流れ全体を踏まえ,系統だった働きをすることで業務全体の効率化と検査内容の向上を図ることである.この稿では病理業務の流れの変化を確認し,作業分担のシステム化の具体的方法について説明する.

第VIII章 新しい技術

1.PCR(in situ PCRを含む)

著者: 川口竜二 ,   佐々木宏 ,   引地一昌

ページ範囲:P.340 - P.344

PCR法の目的と意義
 ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction;PCR)はDNA鎖断片をin vitroで増幅できる技術であり,1985年にこの方法を発表した米国シータス社(当時)のKary B.Mullisは,その功績により1993年のノーベル化学賞に輝いた.PCR技術は感染症をはじめ,癌や遺伝病の診断などに広く利用されており,その範囲は医学分野にとどまらず,広く工学,農学,水産学,考古学などの分野で応用されている.また,この技術を用いた検査診断薬キットもいくつか市販されている.PCRは被検材料から抽出したDNAを鋳型として2種類のオリゴヌクレオチドプライマー,耐熱性DNA合成酵素(Taq DNAポリメラーゼ)およびデオキシリボヌクレオチド混液(dATP,dCTP,dGTP,dTTPからなり,dNTPと略記される)を含む反応液と一緒に温度サイクル装置(サーマルサイクラー)にセットすれば,3〜4時間で目的DNAの106個以上のコピー産物(PCRプロダクト)を得ることができる(図1).したがってPCRの最大の目的は,従来技術では検出感度以下であった微生物やゲノム変異体(異常遺伝子)を同定・定量化するところにある.例えば,体内へ進入した微小ウイルスを抗体出現以前に同定したり定量できる.またヒトの遺伝子変異やゲノム上の欠失,増幅を調べることで,疾患を特定し,治療評価の指標とすることもできる.

2.染色体検査

著者: 大橋龍美

ページ範囲:P.345 - P.349

はじめに
 染色体検査は1956年にTjioとLevan1)がヒトの染色体構成を決定して以降着実に進歩を遂げてきている.1971年にはCasperssonら2)のQ分染法の開発により24対のヒト染色体をすべて識別できるようになった.その後,G-,C-,R-,N-分染法などさまざまな分染法が開発された.これにより慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia;CML)に特異的なPh(フィラデルフィア)染色体は9番染色体と22番染色体の相互転座に由来することや,ダウン症患者に認められる過剰染色体が21番染色体であることなどがわかってきた.1978年にはYunis3)が高精度分染法を開発した.その後より簡便な方法も開発され,今まで発見できなかった微細な欠失が発見されたり,より詳細な切断点が解析されるようになってきた.
 1980年代半ばになるとFISH(fluorescence in situhybridization)法が開発された.これにより形態学である染色体検査においても遺伝子レベルでの解析が可能になった4).現在では多くのプローブが市販されるようになり,染色体検査で必須の汎用技術になっている.

3.フローサイトメトリー

著者: 佐々木功典

ページ範囲:P.350 - P.351

 フローサイトメトリー(fiow cytometry;FCM)はリンパ球の表面マーカーの解析に,すでに臨床検査室においても広く普及しており,技術自体は今さら“新しい技術”とはいえない状況にある.フローサイトメーター自体の改良により機能は着実に向上しているし,標本試料調製技術も進歩しており,以前よりはるかにFCMを利用しやすくなっている.自動化が進み,器械自体の調整がほとんど不要となり,コンピュータのキイボードの操作だけで誰でも取り扱えるようになっていることは大きな進歩である.しかしながら,器械の点からいえば,斬新かつ革新的な技術を導入した機器の開発はなされてはいない.一方,抗体などの試薬の開発は進み,測定可能となった項目が著しく増加している.そのなかで注目されるものが2点ある.1つは,最近になって(1997年)試薬が市販され,細胞1つ1つの酵素活性(酵素の量ではない)を測定することができるflow cytoenzymologyの技術であり,もう1つは細胞内サイトカイン測定システムであろう.ここでは,これらの2点に絞って紹介する.

4.免疫電顕法

著者: 日高恵以子 ,   石川雅世

ページ範囲:P.352 - P.354

はじめに
 免疫電顕法(immuno-electron microscopy)1)とは,細胞内あるいは組織内のある特定の物質の存在部位を,抗原抗体反応を利用して電子顕微鏡レベルで観察を行う技法である.したがって,免疫電顕法では,目的とする物質の確実な局在の検索と,優れた超微形態の保持が要求される.そのためには,抗原は抗原性を保持した状態で細胞,組織内のあるべき場所に正確に固定されなければならず,さらに,抗原抗体反応が組織,細胞のすみずみにおいて十分に行われなければならない.特異性,抗体活性ともに優れた抗体を用いることは欠かせない条件となる.
 免疫電顕法には,凍結切片上で免疫染色を行ってから電顕用に包埋し,超薄切片を作製して電顕観察を行う包埋前染色(pre-embedding)法と,樹脂包埋後,超溝切片上で免疫染色を行う包埋後染色(post-embedding)法がある.前者には酵素抗体法1)が,後者にはイムノゴールド法1,2)が適している.pre-embedding法は,抗原性保持の点では優れているが,抗体の浸透が難しく良好な超微形態を得がたい難点がある.一方,post-embedding法は,超微形態の保存は良好であり,切片上に露出した抗原を検出するため抗体の浸透性を考慮する必要がないが,樹脂包埋中に抗原性が低下するとともに,樹脂面に十分な抗原決定基が露出しているとは限らないなどの難点を有する.

病理検査こぼれ話

病理の水

著者: 吉田利通

ページ範囲:P.17 - P.17

 大学の病理学教室にいると,免疫染色の相談を頻繁に受ける.学会活動や論文作成が活発になるほど,病理が頼りにされるのはどこでも同じと思う.免疫染色を“ひょいと”染めれば研究らしいから,というところだが,この“ひょいと”が実は難しい.最近はほとんどなくなったが,笑えない昔話のいろいろ.
 「今まで染まらなかったのが,抗体の濃度を上げたらうまく染まるようになりました」「ネガコンの正常血清あげるから同じ希釈倍率で染めてごらん」「同じように染まりました」.メーカーの推奨濃度より薄くして試すのは当たり前だが,濃度を上げてうまくいくことはまずない(抗体の無駄遣いなだけ).

迅速診断

著者: 平戸純子

ページ範囲:P.24 - P.24

 病理業務に就いて最も緊張し責任を感じるときは迅速診断に携わるときではないでしょうか.技師の人たちは鏡検に耐える凍結切片をなるべく早く作らなくてはならないし,病理医はふだんのパラフィン包埋標本で慣れ親しんでいる組織像と異なった像を示す標本をなるべく早く診断し,手術室に伝えなければなりません.その結果で手術方針が決められるわけですから責任重大です.誤診をすれば患者さんや臨床の先生に多大な迷惑をかけることになります.大学のようにいろいろな専門を持っ先生方がいれば,走っていってコンサルトすることもできますが,市中病院では病理医が1人で判断しなければならないところがほとんどで,迷いながらもその場で決めなければなりません.筆者の経験からすると,迅速診断の難しさの多くは標本の出来具合いにかかっていると思われます.専門分野の関係で脳腫瘍の迅速診断を行うことが比較的多くありますが,標本の善し悪しで診断のしやすさがまったく異なってしまいます.特にastrocytomaなど線維性基質を有し,結合性の低い腫瘍では凍らせかたによっては網目状の組織となり,見るに耐えない標本となってしまいます(一般に上皮系組織ではきれいな標本を作るのは比較的容易ですが,中枢神経系の病変は難しいようです).良い標本を作るには氷の結晶ができないように素早く組織を凍らせることが最も重要であると考えます.

高感度免疫染色と洗浄方法

著者: 蓮井和久

ページ範囲:P.34 - P.34

 悪性リンパ腫の病理診断などに関係した抗原回復法と高感度免疫組織化学を実施し研究してきた過程で,免疫染色の感度と特異性を維持するには,その方法も重要であるが,反応後の洗浄が極めて重要であることがわかったので,ここでは,その洗浄法について書くことにした.
 通常の免疫染色とcapillary-gap法(Fisher Sci.,Micro Probeなど)の反応後の洗浄の違いは,図1に示すように,スライド間が表面張力で溶液を吸い上げるほど狭い場合には,溶液の対流が極めて狭い範囲でしか起こらずに,洗浄液を廃液し吸い上げることを繰り返し行う必要があることである.したがって,capillary-gap法では,洗浄を十分に行おうとすると,廃液と吸水の回数を増やすことになる.一方,通常の免疫染色では,スライド間の洗浄液の対流で残余溶液を洗い落とすから,この対流をいかに効率よく起こすかが,洗浄をより完全なものにする.筆者らは,パラフィン薄切切片のしわを伸ばすのに用いてきた温水器に水を入れ,35〜40℃にセットして,図2に示すように,洗浄液を500mlビーカーに入れ,温度のモニター用には水を入れ,さらに染色瓶も入れて,洗浄を行った.通常の染色瓶には150mlの溶液が入るので,洗浄液で満たしたビーカー(B)1つで初回洗いと3×5分間の洗浄が行える.その間に,洗浄液(A)は温めるのである.

日本の病理組織作製技術は世界一

著者: 立山尚

ページ範囲:P.51 - P.51

 3年ほど前アメリカに行く機会があり,世界的に有名なある消化器病理の大家のもとで外科病理学を勉強させていただきました.その先生の所には全米各地から,ときには外国からも毎日十数例のコンサルテーションがあり,その症例を中心に教えていただきました.全米のいろいろな施設から送られてくるため,その標本の出来映えには差が大きく,非常に見にくい標本も少なからず見られました.先生は苦笑しながら「ヒサシ,この国では,まだこんな標本で診断しなくてはならない病理医が沢山いるんだ.それに比べると,日本の病理組織標本は世界のトップレベルだね.彼らはすばらしい技術を持っている」.この言葉を聞いたとき,私はまるで自分がほめられたように鼻高々で,最高の気分でした.われわれ日本の病理医は,ふだん世界一の病理組織標本で診断させてもらっているんだと再認識したしだいです(残念ながら,日本の病理医は世界のトップレベルだとは言ってもらえませんでしたが).しかし,このようにアメリカの病理医に言わしめたのは,単に日本人が器用だからではありません.多くのあなたがたの先輩方が,良い標本,見やすい標本作製をと切磋琢磨され,たゆまぬ努力があったからです.若い臨床検査技師の方には誇りを持って仕事をしていただきたいのと同時に,やはり常に,この病理組織標本の向こうには患者さんがいるということを忘れずに,最良の標本を作るよう心がけていただきたいと思います.

コンピュータ化

著者: 小西登

ページ範囲:P.84 - P.84

一昔前,オートメーション化という言葉がはやり,日本の高度成長期時代の初期を支えたことは記憶に新しい.しかし,今やすべてがコンピュータ化し,医療の現場にも目新しい機器が続々と導入されている.検査機器も同様で,便利であることに異論はないものの,その結果については最後に人間が判断するものと信じている.しかし,現代ではそのような信念も妄想に近いものと考えなければならない.例えば細胞診の分野において,全自動子宮頸癌スクリーニングシステムが開発された.聞くところによると,スクリーナーがチェックするよりも早く,しかもより正確に処理するらしい.機械だから文句も言わずに24時間働く.これで精度がヒトより高いとなれば,検査技師が一生懸命勉強し,身につけたスクリーニングの知識と技術はいったい何なのだろうか? 今のところ,このシステムは精度管理のために一部で使用されているにすぎないが,医療費の抑制や検体の増加とともに今後は普及する可能性が高い.そうなるとスクリーナーを含めた検査技師の仕事は機械に検体をセッティングするしかないのだろうか?
 そうは思いたくない.確かに機械というものはある条件下では正確で,ヒトの見落としそうなところをカバーする.しかしそれはあくまである条件下のもとであって,少し具合いが悪くなると,とんでもない結果を出しがちである。このような状況下において,検査技師の知識と技術が判断能力というかたちで問われるのである.

御墨付き診断を盲信するな

著者: 金井信行

ページ範囲:P.158 - P.158

 病理ないし細胞診の診断で,自分だけでは判断がつかなければどうするか.最も簡単な方法はその道の専門家に聞くことです.しかし,少なくとも偉い(実際には偉そうにしている)先生が癌だと言ったから癌だと診断する(これを御墨付き診断と言う)のは愚です.
 以前,筆者はその分野で高名な先生に標本を送り,コンサルトをしたことがあります.その症例はわれわれが良性と診断し,その後再発した症例で,その経過とわれわれの診断の根拠を述べたものを同封し,最初の診断のどこが間違っていたのかを教えていただこうとしたのです.返事は手紙でいただき,「癌です」とのことでした.そこで電話を入れさせていただき,癌とする根拠をうかがいましたところ,「私が癌だと言っているのだから癌です」と言われたのには唖然としました.

捺印細胞診の有用性

著者: 吉見直己

ページ範囲:P.180 - P.180

 細胞診もできる内科医を目指して,高橋正宜前教授(現SRL研究所・顧問)の病理学教室に入局して早や15年以上が過ぎて,そのまま病理医になってしまった.現在,高橋先生が辞められた後は世間の時流もあり,分子病理学を主体とする実験病理学を行っている身としては,細胞診を始めようとする検査技師のために参考となることを書けとのご依頼は,はなはだ役にたたない可能性のほうが多いかとも思われるが,自分自身が細胞診の勉強を始めたころを思い出してみて,高橋先生が常に言われた次の事柄が,その後の細胞診をみるうえで役だったことを強調したいと思う.
 多くの常勤病理医がいる検査室ならば,ルーチンになされていることではあろうが,ぜひ手間を惜しまずやってほしいことは手術材料や剖検材料での捺印細胞診標本を作製して,組織診断と比べることである.剖検のときは体腔液細胞診標本も可能である.なぜ捺印かといえば,確実に細胞診での細胞と組織診での細胞とを対比することが可能であるからである.しかも組織診断を基に細胞診断がなされている現状では,対比による細胞と組織の読みを経験論的に積み上げていくしか道はなく,対比が可能な捺印細胞診は最も効果的な手段である.もちろん,現実の細胞診材料では婦人科材料や喀痰などの剥離性のものが主体であり,捺印細胞像とは異なる点もあるが,少なくとも穿刺細胞診には相通ずる.

HE染色標本の大切さ

著者: 桑原宏子

ページ範囲:P.189 - P.189

 最近の遺伝子技術の目覚ましい発達の陰で,形態を中心とする病理学は隅に追いやられた感がありますが,いまだに病気の確定診断に生検組織の病理診断が重要な地位を占めていることは言うまでもありません.最近は多くの抗体が市販され,また手軽にDNA合成ができるようになり,免疫組織化学,in situhybridizationおよびpolymerase chain reaction(PCR)などの遺伝子診断が盛んになってきています.これらの技術は今後ますます頻用され,さまざまな情報を私たちに提供してくれるでしょう.しかし,一方で陽性,陰性の判定が困難な場合,感度および手技の問題があり,それらの技術を過信しすぎると,誤診することがあります.さまざまな検索でも診断に迷ったならば,最終的にはヘマトキシリン・エオジン(hematoxylin-eosin;HE)染色(細胞診ならばパパニコロウ染色)に立ち戻るべきと考えています.そういう意味で,検体受付からHE標本作製までに携わる技師の役割は,正しい病理診断のために大変重要と思われます.

病理学での電子レンジの応用

著者: 滝本雅文

ページ範囲:P.205 - P.205

 現在,各家庭では料理や調理のための電子レンジはかなり普及していますが,病理分野でも電子レンジを用い,マイクロウエーブ照射による実験・応用が広く行われるようになっています.温度設定や照射時間の設定などが可能な電子レンジであれば,操作方法は簡単で安定して行えます.
 病理分野では,組織の固定や特殊染色また免疫染色などで特に良好な結果が得られています.マイクロウエーブでの固定は,迅速で固定状態もよく,抗原性の保持についても良好とされ,至急の検体のときには特に有効で,また電顕の固定にも応用されています.特殊染色では,例えばグリメリウス染色やボディアン染色などのように染色時間の長いものでも数十分,数時間で染色が終了し,病理業務の効率化が図られます.また,免疫染色では抗原賦活法として電子レンジを用いた報告が多数なされています.特に核内に局在する抗原の検出に際しては,マイクロウエーブによる賦活化は必須と考えられており,賦活化溶液との適切な組み合わせで良好な結果が得られています.マイクロウエーブによる賦活化では加熱による効果が最も重要と考えられており,加熱温度や加熱時間などの影響のほか,賦活化溶液の種類,その濃度,溶液のpHなども重要な因子とされています.

モルペーとしてのピュシス

著者: 内木宏延

ページ範囲:P.255 - P.255

 何やら難しいタイトルですが,最近,病理学について考えたことを以下に書いてみたいと思います.『ロビンス』と言うアメリカの病理学の教科書の冒頭に,病理学の中核を形成する疾病の4つの側面として,①疾病の原因,②疾病発生のメカニズム,③病理形態学的変化,④機能異常と臨床症状の発現,の4項目が挙げられています.これらは病気について学ぶときの大切な枠組みで,病気は①〜④の順に発症してきます.言うまでもないことですが,病理組織・細胞診の役割は,③を通して疾病の本態を明らかにすることにあります.読者の皆さまも勉強が進むにつれてしだいに気づかれることと思いますが,われわれ病理学に携わる者が病理組織・細胞診をするとき,今,顕微鏡下に見えている形態の中に病気の本質が必ず現れている,と半ば無意識に前提し,その本質を明らかにしようと努力します.最近,私の友人の哲学者S**先生の著作を読んでいて,この病理学的行為の哲学的基礎をはたと見いだし,目から鱗が落ちる思いをしました.ギリシャの哲学者アリストテレスが,『自然学』という著書の中で,ピュシス(真理が立ち現れること)の3つの様態を述べているそうですが,彼はその中で最も重要なものとして,モルペー(形態)を挙げているそうです.つまり,“真理は形態としてわれわれの前に立ち現れる”ということでしょうか.単純にして明快なアイディアですね.

常勤病理医のいない施設へのアドバイス

著者: 竹屋元裕

ページ範囲:P.265 - P.265

 常勤病理医のいる施設では,日ごろから技師と病理医とのコミュニケーションが図られ,常に一定した良質の標本が作られているが,常勤病理医のいない施設では,標本の出来映えに対するフィードバックに乏しいと思われる.日常,複数の施設から送られてくる標本を鏡検する機会があるが,まれに固定や染色のよくない標本に遭遇すると診断に難渋することがある.このような施設に標本作製やその取り扱いについて簡単なアドバイスをすることがある.細かいことではあるが,これから病理検査を始める方々にも参考となろう.
 常勤病理医のいない施設では,病理技師が主体となって主治医とともに臓器の切り出しを行うこともしばしばであろう.この際,薦めているのが『外科病理マニュアル』(長村義之著,文光堂)である.病理診断の基本的な考えかたとともに臓器切り出しのスタンダードな方法が簡潔に記載してあり,本増刊号とともに病理検査室に常備してほしい1冊である.実際の標本作製に際しては,染色後の標本は粘膜面が下向きになるようにラベルを貼ってもらっている.鏡検の際には,粘膜面が上向きとなるからである.また,消化管などの生検標本などで,複数の小切片が1枚のプレパラートに載っているときなど,端の標本を見落としてしまう可能性がある.病理医の不注意で起こるミスで,あってはならないことであるが,これを未然に防ぐために,プレパラート上のすべての標本をマーカーペンで囲ってもらっている.

病理と私とサッカーと

著者: 長嶋洋治

ページ範囲:P.282 - P.282

 私が病理学を専攻した理由にははなはだ不純なものがある.サッカーを続けるだけの時間がもてるという理由であった(少なくとも教授には保証された).私は学生時代サッカー部に属しており,ゴールキーパー(以下GK)をつとめていたが,つまらないミスを頻発し,チームに迷惑をかけたことが多かった.もっと納得がいくまでGKをしていたかった.さらに言うならばアーサー・ヘイリーの“最後の診断”で病理診断が医療においていかに重要なものであるかを知らされたことが加わる.
 それから12年,一応中堅といわれるようになった.サッカーは今でも学生に混じって週2回やっている.GKは医療における病理医と思っている.サッカーで,敵の攻撃を食い止め,ボールを奪回し,攻撃を始めるのはGKである.疾患を診断し,治療,すなわち攻撃へ転ずる第一歩となるのは病理診断である.旧来の医学部教育ではなかなか学生には伝えられないことかと思うが,医療における病理医の役目はサッカーにおけるGKに相当するものである.

術中迅速病理診断の際のサンプリング—ホルマリン未固定の新鮮材料からの電顕,生化学,分子生物学的検索などへの展開

著者: 山崎一人

ページ範囲:P.298 - P.298

 術中迅速病理診断の際に提出されるホルマリン未固定の新鮮(ナマの)材料からいろいろな方法でサンプリングし,免疫組織化学や電顕,生化学,分子生物学的検索などへの幅広い検索の展開が,正確な病理診断ばかりでなく,細胞診や研究的な面でも寄与することが多いことを1例挙げて紹介したい.
 ある日,術中病理診断のために26歳の男性の左脛骨骨腫瘍の一部が病理室に提出された.約半年ぐらい前から左脛骨の痛みが出現し,最近になり痛みの増強と局所の熱感が出現し,整形外科を受診したそうである.X線上,左脛骨の近位側,骨幹端から骨端に骨融解像がみられ,MRI,アンギオグラフィー像より臨床的にはosteosarcoma,悪性線維性組織球腫(malignant fibrous histiocytoma;MFH),roundcell tumor(Ewing sarcomaなど)などを考えるとのことであった.

病理検体の個体判定

著者: 横崎宏

ページ範囲:P.316 - P.316

 マイクロサテライトは,ヒトハプロイドゲノム内に15万〜30万個存在するといわれるアデニン・シトシンやシトシン・アデニン・グアニンなどの単純な繰り返し塩基配列である.一般に蛋白質をコードしていないイントロンと呼ばれる遺伝子領域に分布するこれらの繰り返し数が個人によって,さらに,個人のゲノム内でも父方と母方由来のアレル間で差があること(これを遺伝子多型という)が知られている.このような遺伝子多型マーカーは,特に法医学領域で個人識別判定に応用され,先般のO. J. Simpson裁判ではそのデータの一部がCNNを通じて全世界に報道されたことにより一躍世に知られるようになった.
 病理検査において,検体の取り違えはあってはならないミスである.しかしながら,近年の急激な検体量の増加に伴い,まれにではあるが発生することを筆者も経験している.臨床からの依頼箋に記された臓器と明らかに異なれば対処の方策もあるが,同一臓器の異なった病変が検体間で取り違えられた場合にはお手上げである.幸いにも,一方の患者に以前生検の既往があり,前回ならびに取り違えが疑われた今回の検体ブロックからのパラフィン切片よりDNAを抽出し,PCR法により数か所のマイクロサテライト領域を増幅してアレル解析を行うことで,個々の検体の個人識別を行い,検体の取り違えを証明し,難を逃れたことがある.

形態にこだわりましょう

著者: 竹下盛重

ページ範囲:P.326 - P.326

 10年以上も病理診断,研究などに携わっていれば,誰しも,いつも心の中で気になっている,またひっかかっている症例や剖検例があります.手前味噌の話で恐縮ですが,1988年ごろの剖検例で,はじめ大腿部軟部腫瘤で悪性線維性組織球腫(malignant fibroushistiocytoma;MFH)を疑われた例がありました.結局は大腫瘤を形成した成人T細胞性白血病/リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma;ATL/L)であったわけですが,通常見るATL/Lとは細胞形態上かなり異なることが気にかかり,このような例がないかと探したところ,やはり相当数あり,リンパ節,節外にみられる特殊な大腫瘤形成型ATL/Lであることがわかりました.また,その大部分がCD30(Ki-1)陽性大細胞リンパ腫の形をとること,白血化がごくまれ,白血化例に比べると穏やかな経過をたどることを特徴としました.
 しかし,なぜこのような大細胞の状況なのか,なぜ他の型と比較して大きい腫瘤を形成するのかが次の課題になりました.まず,ATL/L細胞株を含め本疾患群の染色体異常から見ていくと,おもしろいことに,3,4倍体がその主体を占め,また大型B細胞リンパ腫に高率にみられる6qの異常も高率にみられました.アポトーシスや増殖因子の検討が必要なところです.

1枚の標本に自信と責任,そしてたゆまぬ工夫を

著者: 黒滝日出一

ページ範囲:P.335 - P.335

 1997年の春にカナダで外科病理を勉強する機会を持つことができ,レジデントとほぼ同様の生活を体験してきました.そこの病理では検査技師の仕事が細分化され,切り出し,薄切・染色などに分かれており,さらに免疫部門で免疫染色(腎生検なども含む)を,電顕部門では電顕を専門に行う技師が数人ずつおりました.切り出しを行う技師は1日中マクロ所見をテープに吹き込み,マーキングしながら切り出しをしていました.また,薄切担当の技師はブロックから薄切,染色(HEおよび特染)を行い,最後に自分のイニシャルを印刷したラベルを貼ってプレパラートを完成させていました.したがって,標本のラベルを見れば誰が作製したのかすぐにわかり,いい加減な仕事ができない環境になっていると強く感じました.実際,病理医からのクレームが多い技師は,最悪の場合,解雇されることもあるそうです.
 カナダの技師は夜遅くまで仕事をしたり,休日に出勤することなどはほとんどありませんが,それぞれの与えられた仕事に対しては強い自信と責任を持っているとつくづく思いました.

基本情報

検査と技術

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1375

印刷版ISSN 0301-2611

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