ピロリ菌と胃潰瘍・胃癌―検査とのかかわり―
著者:
湯浅眸
,
畠山昌則
ページ範囲:P.802 - P.805
ヘリコバクターピロリ(ピロリ菌)感染は胃潰瘍・胃癌の発症に深く関与する.しかし,ピロリ菌感染者のうち胃潰瘍・胃癌を発症するのはごく一部であり,ピロリ菌感染が病態の発症に至る分子メカニズムは多くの研究にもかかわらず十分に解明されていない.胃癌の死亡率は日本人において高いこと,さらに2005年ノーベル医学生理学賞の受賞テーマがピロリ菌の発見であったことから,今や医療関係者のみならず世間もピロリ菌に強い関心を抱いている.特に,ピロリ菌cagA遺伝子産物であるcytotoxin-associated gene A (CagA)はピロリ菌の病原性,胃癌発症と密接に関与することが示唆されている.ピロリ菌感染の関与する疾患が明らかにされるとともにピロリ菌感染の診断の機会も増すことから,今後のピロリ菌感染の検査についても多くの期待が寄せられる.
ピロリ菌とは
ピロリ菌は,1983年にオーストラリアのWarrenとMarshallにより分離・同定された全世界人口の約50%が感染しているグラム陰性(Gram-negative)微好気性らせん状桿菌である1).現在,ピロリ菌の感染経路は主に幼年期の経口感染によると考えられている.ピロリ菌は4~8本の単極性に有する鞭毛をスクリューのように回転させることで活発な運動性を示す.ピロリ菌の持続感染は萎縮性胃炎,胃・十二指腸潰瘍,胃mucosa-associated lymphoid tissue(MALT)リンパ腫などの上部消化管疾患の原因と考えられ,病原性感染症としては最も恐ろしい感染症の一つである.また,ピロリ菌感染者では胃癌発生率が有意に高いという疫学調査の結果2)やスナネズミを用いたピロリ菌感染実験において胃癌発症が認められたという動物実験の成果3)から,ピロリ菌感染と胃癌発症との関連性についても多くの支持が得られ,世界保健機構(WHO)はピロリ菌をたばこと同じ最も確実な発癌因子に認定した.胃癌は欧米では発症が比較的少ないのに対し,日本を含む東アジアで多く発症することが知られている.日本では,約6,000万人がピロリ菌に感染していると推定され,そのうち,年間約10万人が胃癌を発症し,胃癌死亡者数は近年減少傾向にあるものの肺癌に次いで2位である.しかしながら,すべてのピロリ菌感染者が発症するとは限らず,細菌側の因子ならびに宿主側の因子との反応が絡み合って,多様な病態の発症に至ると考えられている.