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雑誌目次

雑誌文献

検査と技術37巻10号

2009年09月発行

雑誌目次

増刊号 顕微鏡検査のコツ―臨床に役立つ形態学

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.877 - P.877

 顕微鏡検査は,微生物,細胞,結晶など豊富な情報が得られる検査です.しかし現在の顕微鏡検査は,微生物,細胞診,血液像,尿沈査などの分野に分かれて検査が行われており,検査成績も各領域に限った内容が報告されています.しかし,検査技師が自分の専門領域に加えて他の領域の顕微鏡検査の観察法を習得することによって,顕微鏡検査から得られる情報が飛躍的に向上する可能性があります.

 例えば微生物領域の顕微鏡検査では,通常はグラム染色による微生物の観察のみが行われており,検査結果として「グラム陰性桿菌(3+),グラム陽性球菌(+)」などと医師に報告されることが多いのですが,これでは感染症の診断には情報として不十分であり,医師も検査成績の意味が理解できません.この微生物情報に,「多核白血球(3+)」などの細胞情報を加えることによって,患者さんの感染症が急性炎症期にあることがわかり,さらに検出菌は感染症の原因菌である可能性が高くなります.

 このように,疾患の診断と治療に役立つことを目的とする顕微鏡検査では,「病像」検査としての役割があり,判読には幅広い領域の知識が必要となります.各専門領域の顕微鏡検査については多くの参考書がありますが,専門領域を超えて顕微鏡検査を総合的に解説した本は極めて少なく,ここに本書の存在意義があると思います.

I 顕微鏡の基本

1 顕微鏡の原理と調整法

著者: 田中隆明

ページ範囲:P.880 - P.886

1 顕微鏡の三つの基本的な機能

 顕微鏡には次の三つの機能が不可欠である.

 (1)見たい大きさでみえる(倍率).

 (2)はっきり,くっきりとみえる(コントラスト).

 (3)精細にみえる(分解能).

 これらの機能に関係する顕微鏡の構成要素が,対物レンズ,接眼レンズ,照明光学系である.顕微鏡の照明光学系はケーラー照明と呼ばれ,なかでもコンデンサの役割が重要である.対物レンズ,接眼レンズ,コンデンサの役割を理解して,正しく調整・操作することで,顕微鏡はその機能を最大に発揮することができる.

2 顕微鏡写真の撮影のコツ

著者: 二村聡 ,   小畠勝己

ページ範囲:P.887 - P.892

はじめに

 臨床検査や病理診断(細胞診断や組織診断)に従事している限り,顕微鏡写真の撮影は避けて通れない.症例検討会をはじめ症例報告や教育用ファイル作成などさまざまな場面で顕微鏡写真を撮影している.このように,写真撮影は日常業務の中に浸透し,定着している.シャッターボタンを押せば,誰にでも難なく撮れると信じられている写真であるが,いざ撮影してみると思い通りにならない.それはどうしてなのか.

 本稿では,顕微鏡写真撮影にまつわる基本的な作法を紹介しながら,写真撮影方法の要点を解説する.なお,顕微鏡の原理,各部名称および調整方法については他稿を参照していただきたい.

II 微生物検査 総論 1 固定法の種類と特徴

固定法の種類と特徴

著者: 後藤美江子

ページ範囲:P.894 - P.896

はじめに

 細菌検査において塗抹検査は迅速診断検査として有用性が高い.臨床的に意味のある結果を得るには表1に示す手順において,適切な検体採取・保管がされた良質の検体であることに加え,塗抹法,固定法,染色法の適切な方法および手順が大きく影響する.

 本稿では日常の細菌検査において実施されている火炎固定と血液細胞形態検査に用いられている1)メタノール固定法の細菌塗抹検査への利用について記述する.

2 染色法の原理と特徴

1 グラム染色

著者: 相原雅典

ページ範囲:P.897 - P.900

はじめに

 グラム(Gram)染色はChristian Gramによって1884年にそのオリジナルが考案されたが,以降1921年のHucker1)に始まり,1987年のClarridge2)までたび重なる改良が加えられ,今日に至っている.ともあれ,グラム染色はオリジナルが発表されて120年以上経った今日に至り,弱毒菌感染症患者の病態情報収集のための不可欠な検査法3,4)として再度注目を集め始めた.

2 メチレン青染色

著者: 村田正太 ,   渡邊正治 ,   野村文夫

ページ範囲:P.901 - P.903

はじめに

 メチレン青染色には,水酸化カリウム(KOH)を添加することによって染色性の増したレフレルのアルカリ性メチレン青染色法が臨床検査で使用されている.病理検査では,組織内病原体の単染色として組織内の細菌や真菌の証明に使用され,微生物検査では,主に抗酸菌染色であるチール・ネールゼン法や蛍光法の対比染色として使用されている.この染色液の染色態度は組織によって異なり,細菌および細胞の核を濃染1)し,細胞の細胞質を淡染する.この濃淡により組織内の細菌や細胞の核の観察が容易になり,白血球に貪食された細菌などの検出にも有利である.このような特長から,微生物検査においても単染色として利用されることがある.単染色は媒染・脱色・対比染色を必要とせず,操作が容易であり短時間に細菌の形態や配列,そして貪食像を観察することができる.

3 抗酸染色

著者: 宮部安規子 ,   渡邊正治 ,   野村文夫

ページ範囲:P.904 - P.906

はじめに

 抗酸菌はグラム染色で染色すると一様には染まらず,数か所が顆粒状に染まったりガラス状にみえる.これは抗酸菌の細胞壁は脂質含有量が多いため,染色色素の通過が容易でないためである.染色するには媒染剤を加えたり染色液を加温する必要がある.しかし,いったん染められた菌は脱色作用のある酸やアルコールでも脱色されにくい.これを抗酸性(acid-fastness)という.

 抗酸菌の染色には,一般的に蛍光染色法と石炭酸フクシン法がある.蛍光染色法は,蛍光色素であるオーラミンOやアクリジンオレンジなどで染色し,励起光を照射することにより発生する二次蛍光を蛍光顕微鏡で観察する.一方,石炭酸フクシン法は,媒染剤として用いられている石炭酸が脂質を溶解し,加温もしくは高濃度にすることで塩基性フクシン液が菌体と結合し染色される.

 蛍光染色法が200倍で30視野鏡検し判定するのに対し,石炭酸フクシン法は1,000倍油浸で300視野鏡検しなければならない.そのため蛍光染色法のほうがより簡便で迅速に判定することができる.しかし抗酸菌以外にも蛍光を発するものがあり偽陽性が生じやすい.200倍拡大で1視野に1個以下の場合はチール・ネールゼン法で確認する必要がある.その際,蛍光染色標本をチール・ネールゼン染色できるので,陽性の場所を記載しておくと確認が容易である.

4 ギムザ染色

著者: 後藤美江子

ページ範囲:P.907 - P.909

はじめに

 細菌検査のルーチン検査で最も多く使用される染色法はグラム(Gram)染色である.しかし,グラム染色の用途は,微生物の中でグラム染色で染め出され,分染されることのできる一部の細菌および真菌に限られている.そのような状況下でギムザ(Giemsa)染色はマラリア原虫の染色などに以前から使用されている.ここではギムザ染色の微生物検査への応用例として,マラリアの染色とP. jiroveciiの栄養型の染色について記述する.

5 染色法の精度管理

著者: 藤田拓司 ,   小松方

ページ範囲:P.910 - P.912

はじめに

 微生物検査に用いる染色法の用途は,①微生物の形態や特殊器官を同定する目的,および②臨床検体中の病原微生物を直接検出する目的の2つがある.

 ①は芽胞,鞭毛,異染小体などの検出を目的とするが,その精度管理(quality control,QC)は標準株(米国ATCC(R)由来株など)を用いた染色工程の正確さを管理する方法にとどまる.

 一方,②は染色工程だけの精度管理ではなく,検体採取から結果報告までのプロセス,さらには医師が結果値をどのように利用するかまでの総合的な管理が必要である.この考え方を精度保証(quality assurance,QA)という.特に②は簡便性や迅速性に優れるため,感染症診断や抗微生物薬の選択に極めて有用な方法であるが,検体採取,搬送・保存,標本判読のみならず,医師による結果の解釈を含めたそれぞれのプロセスにおいて,物理的あるいは人的な変動要因が多く関与するため,各プロセスのポイントを押さえながら精度管理を遂行する必要がある.

 本稿では,これらのプロセスの精度管理手法について解説する.

3 検体保存による塗抹所見への影響

検体保存による塗抹所見への影響

著者: 石垣しのぶ ,   川上小夜子 ,   指田陽子 ,   厚川喜子 ,   斧康雄 ,   宮澤幸久

ページ範囲:P.913 - P.915

はじめに

 塗抹検査は,起因微生物を迅速に推定し,適正な抗菌薬治療を開始するために有用な感染症診断検査である.操作が簡単で短時間で結果が得られることから,近年,感染症の迅速検査として再評価され1),臨床の現場や夜間当直の時間帯にも導入され始めている.しかし,的確な診断を行うためには,基本となる好中球寿命や細菌の種類による特性の違いを理解したうえで,感染症の有無や病態を正しく判断することが必要となる.

 塗抹標本は,良質な検体を用いて,提出された検体の品質が変性する前に作製すべきであるが,すぐに実施できない場合には4°Cで保存するのが一般的である2).しかし,保存中の検体の変化についてはあまり知られていない.

 本稿では,喀痰中の好中球と細菌の経時的変化について解析し,検体の保存による塗抹所見への影響について述べる.

4 感染所見の読み方

1 感染のメカニズム

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.916 - P.918

はじめに

 感染症患者の検体の塗抹標本を検鏡する際に,感染症の発症と治癒に至るメカニズムを理解しておく必要がある.炎症細胞の種類,数,鮮度などは感染症の病期を推測するうえで重要な情報である.

2 感染症の病期の所見

著者: 相原雅典

ページ範囲:P.919 - P.921

はじめに

 細菌や真菌による感染は外界と接する粘膜面で成立するが,多くの粘膜面には先住の常在細菌叢があり,外来菌はまずその常在菌叢内で縄張りを獲得する必要がある.めでたく粘膜面で繁殖できた時点で感染は成立するが,今度はさまざまな生体の感染防護機構の集中砲火を浴び,その戦いに勝って初めて感染症(原発病巣形成)の成立をみる.生体の感染防護機構が破綻すると,病巣は悪化・拡大する(急性期)が,時には好中球などの細胞内に侵入した菌が血流に乗り(初期菌血症)他の臓器に運ばれ,そこで二次病巣(転移病巣)を形成することがある.いずれの病期においても抗菌薬治療が奏効すれば症状は暫時改善(治癒期)するが,無効であれば症状は悪化または遷延(持続型感染)する.人体内で起きる感染から発症,治癒に至る経過は,病巣内を観察できればある程度把握できるが,グラム(Gram)染色標本の鏡検はそのためのツールとしても最適である.

5 薬剤の影響

1 抗菌薬

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.922 - P.926

はじめに

 抗菌薬は作用機作から細胞壁合成阻害剤と蛋白合成阻害剤に大別される.表1に主な抗菌薬の分類を示した.抗菌薬が細菌に有効な場合は,抗菌薬投与によって細菌は殺菌されて溶菌し,塗抹検査では検出できなくなる.しかし抗菌薬投与後も変形した細菌が検体中に持続的に認められる場合があり,特に細胞壁合成阻害剤のβ-ラクタム系抗菌薬投与例では著しい細菌の形態変化がみられる.このような症例では細菌が抗菌薬に抵抗性を示していると判断されるため,治療薬を作用機作の異なる抗菌薬に変更する必要がある.以下に主な抗菌薬による細菌の形態変化について解説する.

2 去痰薬

著者: 川上小夜子 ,   斧康雄 ,   宮澤幸久

ページ範囲:P.927 - P.930

はじめに

 喀痰のグラム(Gram)染色標本から下気道感染を判断するためには,試料中の白血球数,白血球の種類,白血球の鮮度,粘液(フィブリン)析出の度合い,はく離した気管や肺胞細胞の種類などを読み取る1).市中肺炎患者においては,これらの感染情報を的確に読み取ることが可能であるが,抗菌薬,抗炎症薬,去痰薬などが開始された後の標本では,変化が生じ解析時に注意を必要とする.本稿では去痰薬の使用が塗抹所見へ及ぼす影響について述べる.

6 培養検査が必要な感染症

培養検査が必要な感染症

著者: 川上小夜子 ,   斧康雄 ,   宮澤幸久

ページ範囲:P.931 - P.934

はじめに

 日本人の寿命は,上下水道等環境の整備や公衆衛生思想の発達,新規抗菌薬の開発,総合的医療技術の進歩などにより,1970年代以降伸び続けている.それに伴い,わが国の感染症は,強毒菌感染症から易感染患者における平素無害菌(弱毒菌)による日和見感染症へと変遷した.

 微生物検査室の業務内容は,病原菌培養検査を中心に実施していた時代から,感染症の有無を迅速に鑑別し,起因微生物を的確に推定する内容へと高度な技術変化が求められている.

 筆者らは,最初に感染病巣の塗抹鏡検を実施し,所見に応じて①塗抹所見だけで有意な感染情報が得られる検体,②抗原検査や他の染色法を追加する必要のある検体,③培養検査を実施する検体に分類し,病態ごとに適切な検査法を実施することを提案している1~3)

 本稿では,主に培養検査法について概説する.

各論 1 感染症と顕微鏡検査の所見

1 呼吸器感染症

著者: 相原雅典

ページ範囲:P.935 - P.939

はじめに

 患者から採取された検体がホットな病巣から得られたものであれば,その検体で作製した標本中には患者病態と関連深いさまざまな物質や現象が認められる.したがって,塗抹標本の顕微鏡検査は,感染症検査の専門家がみずからの肉眼で患者病巣を観察できる唯一のチャンスであり,患者病態解明に不可欠な検査として見直されるべきである.患者病態解明のための情報を得る前提として,まず検体品質の評価が不可欠となる.次に細菌や真菌による感染症を疑う所見があるかないかを判断し,感染所見がある場合にはその感染が起きた機序や,どのような特徴を持った感染像なのかを調べ,最後に感染菌は何か,という目標にたどり着く.

 本稿では下気道・肺感染症に絞り,塗抹標本の鏡検で得るべき所見について記述する.

2 尿路感染症

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.940 - P.945

1 尿路感染症の種類と原因菌

 表1に示したが,尿路感染症には,下部尿路感染症として尿道炎と急性膀胱炎があり,上部尿路感染症として急性腎盂腎炎がある.

 尿道炎は小児では包茎を持つ男児に多くみられ,Escherichia coliやProteus mirabilisが主に原因となるが,性的に活動的な年齢にある成人では,Neisseria gonorrhoeae,Chlamydia trachomachis,Ureaplasma urealyticumなどが原因となる.

3 腸管感染症

著者: 石川恵子 ,   見上裕美子 ,   紺泰枝 ,   中村文子

ページ範囲:P.946 - P.950

はじめに―糞便塗抹検査の意義

 腸管感染症の原因微生物は細菌,ウイルス,原虫,寄生虫などと多岐にわたり,糞便は臨床検査材料のなかでも検査室診断の難しい検査材料の1つである.糞便の鏡検はおそらく微生物検査室と原虫寄生虫検査室で実施されているものと思われる.感染症に限らず,糞便塗抹鏡検から得られる情報を迅速に報告できれば臨床にとって極めて有用な情報となるであろう.塗抹検査は糞便においても検査技師主導で積極的に取り組みたい検査である.幸い,昨年より保険点数も取得可能となった.

4 中枢神経感染症

著者: 静野健一 ,   郡美夫

ページ範囲:P.951 - P.954

はじめに

 中枢神経感染症には,髄膜炎,脳炎,脳膿瘍などがあり,診断には主に脳脊髄液(以下,髄液)が用いられる.年齢・基礎疾患によっては,臨床症状が一定でなく髄膜刺激症状も認められない場合もあり,禁忌・合併症に注意し,早期に髄液を採取して検査することが大事とされる.髄液検査の禁忌項目としては,①頭蓋内圧の亢進,②穿刺部位の感染,③出血傾向,が挙げられ,また合併症としては,①頭痛,②脊髄根性痛,③外転神経麻痺,④脳ヘルニア,⑤硬膜外血腫,⑥医原性髄膜炎,などが挙げられる1).グラム(Gram)染色などによる髄液の顕微鏡検査は,染色技術,鏡検にある程度の経験が必要とされるが,迅速検査として臨床に貢献することのできる非常に有用な検査である.

 一般的に中枢神経感染症の中で顕微鏡検査が有用となるような症例は,細菌やその他の微生物が原因となる髄膜炎が多いため,本稿ではまず検査の流れについて注意点を確認した後,細菌性髄膜炎,真菌性髄膜炎について解説し,最後に鏡検について述べる.

5 皮膚・軟部組織感染症

著者: 川村千鶴子 ,   北村英夫 ,   渡邉邦友

ページ範囲:P.955 - P.962

はじめに

 皮膚・軟部組織の構成は,表皮,真皮,皮下脂肪,筋膜からなり(図1)1),これらにかかわる感染症は皮膚科のみならず各診療科にわたる.皮膚科では細菌による皮膚・軟部組織感染症は膿皮症と壊死性筋膜炎として分類されている.膿皮症は急性膿皮症と慢性膿皮症に分類される.急性膿皮症は毛囊に関係するものと無関係のものがある.前者は毛囊炎(毛包炎),せつ,癰で,後者は伝染性膿痂疹(水疱性,痂皮性),ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群,化膿性汗腺炎,丹毒,蜂窩織炎などがある.慢性膿皮症は臀部,頭部,後部に多発する.そして,壊死性筋膜炎は最重症の皮膚・軟部組織感染症である.急性膿皮症では黄色ブドウ球菌とA群連鎖球菌などが,慢性膿皮症や壊死性筋膜炎では通性グラム陰性菌や嫌気性菌も重要となる2).真菌,ウイルス,寄生虫などの微生物が関与する疾患もある.

6 眼感染症

著者: 浅利誠志

ページ範囲:P.963 - P.967

はじめに

 眼感染症領域では感染部位を直接観察することが可能であるため,塗抹検査所見〔グラム(Gram)染色性,菌形態,細胞の種類・量など〕と局所の炎症所見より起因菌推定と適正な一次治療薬の選択が可能である.さらに抗菌薬の治療効果も直接観察できることが多いため,理想的な感染症治療が行える診療科の1つである.ただし,理想に近づくためには眼科医と検査技師との検査に関する話し合いが重要である.

7 生殖器感染症

著者: 田中美智男

ページ範囲:P.968 - P.971

はじめに

 生殖器感染症は性行為感染症(sexually transmitted infection,STI)とSTI以外の感染症に大きく分類することができる.STI感染症の起因菌はいわゆる病原微生物であり,代表的なSTI感染症と病原微生物を表1に示した.

2 抗微生物薬の治療効果の判定

1 細菌(経時的顕微鏡検査)

著者: 菅野治重

ページ範囲:P.972 - P.976

1 初期治療における抗菌薬選択に関する従来の検査法の問題点

 細菌感染症に対する抗菌薬の選択は,培養検査による分離菌の同定と,感染症の原因菌と推定される分離菌に対する薬剤感受性検査によって行われてきた.しかし培養検査は結果を得るまでに,大腸菌などの速育性細菌でも2~3日を要するため,実際は感受性検査の成績は初期治療の決定には間に合わず,初期治療に用いる抗菌薬は,検査結果ではなく,医師の裁量によって決定されてきた.このため現在の感受性検査法は「初期治療が失敗した場合の保険的検査」として行われているのが実情である.また原因菌と感受性成績が不明なため,医師は初期治療に広域性の抗菌薬を選択せざるを得なかった.培養検査の最大の欠点は時間を要することであるが,培養法の改良による検査時間の短縮はほとんど期待できない状況にある.

2 マラリア

著者: 大友弘士 ,   赤尾信明

ページ範囲:P.977 - P.982

はじめに

 マラリアは,熱帯,亜熱帯地域に広く分布する住血胞子虫亜目に属する熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum),三日熱マラリア原虫(P. vivax),四日熱マラリア原虫(P. malariae)および卵形マラリア原虫(P. ovale)を病因とする急性感染症である.

 人類は有史以前からマラリア,特に臨床経過が悪性の熱帯熱マラリアの病苦に悩まされ続けているが,1960年代後半以降は,熱帯地域での流行状況が一挙に悪化し,今日では年間3~5億人が罹患し,200万人が犠牲になっていると推定され,流行地住民の健康と生命を脅かすとともに,甚大な経済損失をもたらしている.加えて,わが国や欧米の非流行地からの熱帯地への旅行者や滞在者が増加するにつれ,現地で病臥したり,帰国後に発症する輸入マラリアが増え死亡例も発生しているなど,今やマラリアは,世界規模の重要な疾患になっている.なお,マラリアは自然界では感染ハマダラカの吸血時に病因原虫が伝播されるが,感染血の輸血,感染母体からの経胎盤感染や汚染注射針の共用による伝播もある.

 なお,マラリア診断の基本は現在でも血液薄層ギムザ(Giemsa)染色法本の鏡検による赤血球内無性原虫の検出である.その診断に正確を期するには,マラリア原虫の複雑な生活史を理解し,赤血球内発育環の形態学的特徴に精通しておくことが重要である.

3 赤痢アメーバ

著者: 大西健児

ページ範囲:P.983 - P.986

1 基礎事項

 (1)赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)は1個の細胞から構成されている原虫で,栄養型(trophozoite)と囊子(cyst)に大別される.

 (2)栄養型は偽足を出し運動性があり,2分裂で増殖する.栄養型は組織へ侵入して病原性を発揮し,顕微鏡で観察すると赤血球を補食しているものがみられる.栄養型の細胞は外質と内質に分けられ,内質に核が存在する.栄養型の大きさは20×50μmくらいであるが,運動性があるため大きさや形状は常に変化する.栄養型の一部は門脈内に侵入し,肝臓へ至り増殖して組織を破壊し肝膿瘍を形成する.

III 一般検査 総論 1 一般検査に関する形態像観察の基礎

1 尿沈渣検査

著者: 今井宣子

ページ範囲:P.988 - P.991

はじめに

 尿沈渣検査に求められるのは,短時間でいかにして効率よく重要な成分を的確にみつけ,正しく過不足なく報告するかである.そのための第1原則は標準法であるJCCLSのガイドラインに従って実施することである1).尿沈渣成分のうち最も重要なのは血球と円柱であり,そのために尿沈渣検査があるといっても過言ではない.もちろん,これら以外にも多くの重要な臨床情報が得られるが,残念ながら鏡検する技師の能力に依存するところが大きい.本稿では一般検査を専門としない技師であっても最低限知っておくべき事柄に絞って述べることにする.

2 寄生虫(原虫・虫卵)検査

著者: 升秀夫

ページ範囲:P.992 - P.995

はじめに

 寄生虫の検査は「形態観察」による同定に依存する.寄生虫に分類される生物は「動物界」に分類され,「原生動物」を含め多種である.ウイルスや微生物における感染と,寄生虫の寄生は区別して理解しなければならない.寄生虫症の治療は,虫体検出ならびに虫卵などを検出することで,寄生する部位と,寄生虫の種を同定することで方針が決まる.寄生虫は検体処理過程や組織標本などから,偶発的に検出されることが多くなった.近年,日本国内でヒトへの寄生が恒常的な寄生虫種は限られている.したがって,患者の海外渡航歴の有無は寄生虫罹患を疑うときに重要な要素である.国内在住者は食生活の内容,居住地域と居住環境,伴侶動物や家畜との関係など,情報を得て,寄生虫を念頭に置いた検査を進めることが望ましい.

 寄生虫からの情報が検出されるのは,血液,糞便,喀痰のほか,腹水や組織である.近年,画像診断装置の普及と性能向上で,寄生虫がみつかる症例が多くなった.図1に示すように,寄生虫疾患が疑われた場合,検体に応じた手技を行い,光学顕微鏡で観察するのが通常の方法である.日本で寄生虫疾患が日常的であった1950年代から医療に従事していた人材が,定年退職し,寄生虫の判定を的確に行うことのできる検査技師は少なくなったが,顕微鏡で寄生虫の同定を行う検査法は変わらない.見慣れていない寄生虫卵,原虫囊子,成虫,幼虫の同定は,アトラスを参考にするか,専門家に依頼すべきである.寄生虫の形態観察は,生物学的な観察手技である.原虫や虫卵は立体構造であり,液浸標本に仕上げた検体をスライドガラスに載せ,カバーガラスで被うとき,圧力をかけると形状が破壊される.観察が長時間に至り,標本を被う液体の蒸発でカバーガラスが貼り付き,原虫囊子や虫卵を壊してしまう.検出した寄生虫卵や原虫を記録するため,寄生虫の顕微鏡検査ではデジタルカメラやVTRカメラを付属させた装置での観察が必要である.近年,小型ハイビジョンカメラの性能が向上し,メモリーへの静止画像や動画が撮影できる機種が豊富になった.さらに光学顕微鏡・実体顕微鏡に取り付けたカメラから,パソコンに画像を取り込む装置は,同定の正確性を高め,正しい情報を得ることができる.パソコンに取り込んだ静止画像,または動画をCD・DVD,メモリー装置に記憶させることで,専門家に形態の判定を依頼するときに効果的である.同定を専門家に依頼する場合,顕微鏡から得られた画像をe-mailに添付するのが素早い対応である.送信画像には物体の大きさがわかりやすいよう,メジャーを入れるとよい.また,判断に必要な患者情報について,差し支えのない範囲で示すことも必要である.

3 穿刺液検査

著者: 稲垣清剛

ページ範囲:P.996 - P.1000

はじめに

 穿刺液中に出現する細胞は,血液細胞はもとより材料独特のものがあり,髄液では髄液腔を形成している脈絡叢細胞やくも膜被覆細胞,軟膜細胞,上衣細胞など,胸・腹水では中皮細胞,関節液にいたっては滑膜細胞などがこれに相当する.一方,異型細胞(一般検査では悪性細胞または悪性を疑う細胞)は特に胸・腹水で高率に出現するため,これらを良性細胞と的確に鑑別する能力が要求される.また,穿刺液中の細胞は浮遊状態で存在しており,その環境下によって程度の差こそあれ絶えず変性を受けている.低浸透圧の髄液では採取後経時的に形態変化が生じるし(図1a),化膿性疾患が関与した穿刺液では,細胞数の増加とともに好中球の壊死を主とした融解像もみられる(図2).

 本稿では変性像や互いに類似する細胞,異型細胞などについて,メイ・グリュンワルド・ギムザ(May-Grunwald-Giemsa)染色での形態的基礎知識や鑑別ポイントを述べる.

2 顕微鏡標本の作製法

1 尿沈渣

著者: 油野友二

ページ範囲:P.1001 - P.1005

1 沈渣標本作製の目的と作製技術の重要性

 尿沈渣検査は,有形尿中の成分である上皮細胞類,血球類,円柱類,結晶・塩類,細菌類についてそれぞれ正確に分類し,定量的な計数値を求める検査である.では,その尿沈渣検査の臨床的意義は何かといえば,第1に腎尿路系に病変があるかどうかのスクリーニング,第2に既に確認された腎尿路系の病変に対する治療効果の観察や薬剤の副作用の状況についての情報収集の2点にあると考える.しかし,この2点は決して尿沈渣検査のみに求められていることではなく,尿蛋白,尿潜血反応に代表される尿定性検査も同様の目的のために実施される.つまり,尿沈渣検査は定性試験結果により推定される血尿や尿路感染症の確定に重要な情報であり,各種円柱や卵円形脂肪体などの出現によって腎炎などの病態把握の補助情報の提供と位置づけられよう.

 近年,血尿診断ガイドライン1)の策定により,血尿の定義が明確に示された.これにより,顕微鏡的血尿においては潜血反応陽性で尿沈渣検査による赤血球数5個/HPF以上で血尿とされることから,より再現性・正確性など精度の高い検査が求められている.標本作製技術は,まさにこの精度保証に直結したポイントである.また,色調や混濁など標本作製過程で極めて有用な情報が得られることがあり,よく尿沈渣検査の目的を理解したうえでの業務が肝要である.

2 寄生虫(原虫・虫卵)

著者: 伊瀬恵子 ,   澤部祐司 ,   野村文夫

ページ範囲:P.1006 - P.1009

はじめに

 従来,わが国では回虫症に代表される土壌伝播寄生虫症が蔓延していたが,公衆衛生対策の徹底や国民の公衆衛生に対する意識の向上で寄生虫症1)が激減した.しかし,近年のわが国の国際化に伴い,以前はみられなかった輸入寄生虫症が増加しており,それらを念頭に置いて検査を行う必要がある.また,寄生虫検査を行う前に,患者の渡航歴や食習慣,現在の症状などの患者情報を得ることが最適な検査法を選択することにつながり,検出率を高めることになる2~4)(図1).

3 穿刺液

著者: 稲垣清剛

ページ範囲:P.1010 - P.1013

はじめに

 形態学での標本作製は基本中の基本であり,適切な方法・手技で行うことは言うまでもない.すなわち,不適切に作られた標本は細胞観察に悪影響を与えるため,正しい検査結果を得ることはできない.これは細胞観察以前の問題である.

3 染色の原理と特徴

染色の原理と特徴

著者: 原美津夫

ページ範囲:P.1014 - P.1018

1 メイ・グリュンワルド・ギムザ(May-Grünwald-Giemsa)染色

 ライト・ギムザ(Wright-Giemsa)染色と並び,各種体液中の細胞を観察するうえで基本となる最も重要な染色法である.各種細胞の顆粒,細胞質の色調,核の染色性などが良好であり,かつ各細胞の微妙な特徴が反映され,重要な情報が得られる.

4 検体保存の影響

検体保存の影響

著者: 田中雅美 ,   宿谷賢一 ,   下澤達雄

ページ範囲:P.1019 - P.1022

はじめに

 尿,髄液,便検査は,採取後速やかに検査することが望ましい.しかし,やむなく検体を保存する場合は検査に適した保存方法を行い,また時間経過による有形成分の形態変化の特徴を把握したうえで検査を行う必要がある.

 今回は尿沈渣検査,髄液細胞数検査,便中の寄生虫検査の検体保存における検査結果の影響について述べる.

5 結晶成分の同定

結晶成分の同定

著者: 星雅人

ページ範囲:P.1023 - P.1027

はじめに

 一般検査領域における結晶成分は,種々の検査材料により異なる.特に尿,髄液および関節液における結晶成分の同定は臨床的にも極めて重要であると考えられ,結晶成分の具体的な同定法が求められる.

各論

1 尿沈渣

著者: 宿谷賢一 ,   田中雅美 ,   下澤達雄

ページ範囲:P.1028 - P.1033

はじめに

 簡便・迅速・低コスト,かつ患者に対して非侵襲的である尿沈渣検査は,腎・泌尿器疾患におけるスクリーニング検査として意義は高い.『尿沈渣検査法2000』の発刊から約10年を迎え,尿路の腫瘍細胞の検出については,スクリーニング検査の目的以上の検査結果を臨床へ提供可能な施設もあり,尿沈渣検査の鑑別技術の向上が裏づけられている.しかしながら,臨床の場において腎・尿路系疾患の診断・治療における尿沈渣検査の意義づけが明確にされていない部分もあり,臨床的有用性を明確にする必要がある.

 本稿では,腎・泌尿器疾患,代謝疾患,感染症を中心に尿沈渣成分から推定できる病態と病期について解説する.

2 糞便

著者: 福富裕之

ページ範囲:P.1034 - P.1037

はじめに

 糞便は私たちが毎日摂取する食物の消化状況を反映しているため,これを形態学的に検査することは消化器疾患や代謝疾患の状態を知るうえで極めて重要である.また,尿検査と同様に採取時に患者に対して傷みなどの負担がほとんどないことから,繰り返しの検査が容易であるにもかかわらず,実際には寄生虫や細菌検査以外では糞便顕微鏡検査の頻度はあまり高くない.正常な糞便の成分の多くは消化吸収されなかった食物残渣であり(図1),顕微鏡検査時に観察される有形成分のすべてを形態的に分類することは困難を極めるが,基本的成分は認識しておく必要がある(表1).何らかの疾患が疑われる場合には,多量の未消化食物,血液,膿汁,粘液,上皮細胞,寄生虫や原虫,病原性細菌などが検出される.また,形状や色調などの肉眼的な外観観察も怠ってはならない(表2).糞便の外観観察には必要に応じて実体顕微鏡を使用するとよい.糞便は放置すると乾燥,腐敗,発酵などにより外観が変化するので,できる限り速やかに検査を実施するのが望ましい(図2).

 以下に各疾患別に対しての鑑別点を述べる.

3 髄液

著者: 伊瀬恵子 ,   澤部祐司 ,   野村文夫

ページ範囲:P.1038 - P.1041

はじめに

 髄液検査は中枢神経系疾患の診断に必須の検査である1~4).髄膜炎や脳炎の診断には細胞数の算定が重要であり,単核球と多核球の比率から髄膜炎の種類が推察される.しかし,通常の計算盤法では細胞形態を観察することには限界があるため,細胞塗抹標本を作製することが必要である2,3,5).細胞を詳細に観察することで血液細胞系腫瘍や上皮細胞系腫瘍などが検出されることがある.

 正常人の細胞数は5/μl以下で,リンパ球が優位である.腫瘍性細胞を検出する場合は,①N/C比の増大,②細胞の大小不同,③核形不整,④核小体の明瞭化と数の増大,⑤核のクロマチン構造の粗大化などの特徴を念頭に置いて鏡検することが必要である.

4 胸水・腹水

著者: 保科ひづる

ページ範囲:P.1042 - P.1046

はじめに

 胸水や腹水は,炎症や循環障害など多様な病態により出現する.一般検査における鏡検は,細胞数算定やその種類の割合,分類が重要となる.その際,髄液と違い,さまざまな細胞が出現するため,塗抹標本を作製し,ギムザ(Giemsa)系染色の観察が望まれる.一般検査では,なかなか所見から疾患に直接結びつけることはできないが,細胞分類に伴う中皮細胞,血液由来の細胞,また細菌や結晶,異型細胞などを注意深く観察することにより,多くの情報や有用性を得ることができる.今回は確定された疾患から,鏡検におけるそれぞれの特徴的所見,さらにコメント方法を記載する.

5 関節液

著者: 米田操 ,   白石泰三

ページ範囲:P.1047 - P.1053

はじめに

 関節液が関節内に貯留することは,リウマチ性疾患の原因となる病因が関節液中に存在していると考えてよい.関節液は関節内の起こっている病態を反映しているので診断に役立てることができる.

 リウマチ性疾患は,関節液中に細胞量が多い炎症性と少ない非炎症性の疾患群に分類することができる.炎症性リウマチ性疾患の代表的疾患は,関節リウマチ(rheumatoid arthritis,RA),結晶誘発性関節炎(痛風:尿酸ナトリウム結晶,図1,偽痛風:ピロリン酸カルシウム結晶,図2,ハイドロキシアパタイト沈着症,ステロイド結晶誘発性関節炎,人工関節置換後の関節炎など),感染性関節炎,血清反応陰性脊椎炎,成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia,ATL)などである.いずれの疾患も治療方針が異なるので,正確な関節液診断が要求される.関節液細胞数が2,000/μl以上のとき,これらの疾患の可能性が高い.結晶が関節液中に同定できて,貪食像が確認できれば結晶誘発性関節炎の診断が可能である.細胞数が100,000/μl以上と著しく高く,グラム(Gram)染色あるいは培養で菌体が同定できれば確定診断できる.

 非炎症性リウマチ性疾患の代表的疾患は,変形性関節症,アルカプトン尿症,外傷性関節炎,ヘモクロマトーシスなどの代謝性疾患である1).関節液細胞数が2,000/μl以下のとき,これらの疾患の可能性が高く,詳細に関節液外観,結晶検査,細胞診検査を実施することではっきりした疾患がみえてくる.このように,関節液中の病因を探索することでリウマチ性疾患を鑑別診断することができる.

 本稿では,痛風,偽痛風以外の炎症性,非炎症性リウマチ性疾患を中心に関節液所見について解説する.

IV 血液像 総論 1 血球の産生と機能

血球の産生と機能

著者: 小山高敏

ページ範囲:P.1056 - P.1064

1 造血幹細胞(hematopoietic stem cell)

 造血器官が血球を産生して細胞数を一定に保つために,血液細胞分化の段階で成熟を伴わない細胞の増殖が行われている.これを担うのが造血幹細胞で,自己と同じ細胞を産生する自己再生能/自己複製能(self-renewal potential/self-replicate potential)と増殖能(proliferative potential)を有し,同時にすべての系統の血液細胞に分化しうる能力(differentiation potential)をもつ.

 図1に造血幹細胞とその分化について略示するが,最も未分化な造血幹細胞(hematopoietic stem cell,HSC)は,リンパ球も含んだすべての血球に分化しうる全能性(totipotent)である.幹細胞にも段階があり,骨髄系幹細胞とリンパ系幹細胞を多能性幹細胞(multipotent or pluripotent stem cell)と呼ぶ.骨髄系幹細胞からさらに分化した各系統(赤血球系,顆粒球-単球-マクロファージ系,血小板系)に固有な幹細胞は,ある種の血球系統に方向づけられた幹細胞(committed stem cell)であり,単能性幹細胞(monopotent stem cell)ないし前駆細胞(progenitor cellまたはprecursor cell)と呼ぶ.自己再生能は多能性幹細胞になると失われていき,単能性幹細胞ではもはや存在しない.造血幹細胞が自己再生するためにはニッチ(ニッシェ,niche)という特別な環境を必要としており,骨芽細胞がニッチを提供している.造血幹細胞はニッチを離れると分化し,後記のような造血因子に反応して増殖を開始する.

2 標本の作製と保存

1 末梢血液の採取と標本作製

著者: 東克巳

ページ範囲:P.1065 - P.1067

はじめに

 血液形態検査は1枚の血液塗抹標本で種々血液疾患診断に直結する場合も多く,重要な検査の一つである.また,本検査の標本作製に必要な血液検体量はたかだか全血5μlという微量さである.現在行われている臨床検査のなかで,5μlという微量の血液検体量を用いて得られる情報量としては本検査に匹敵するものはない.

 熟練者はこの末梢血塗抹標本から白血球,血小板の概数,貧血や血栓症の有無やマラリアなど寄生虫感染の有無などの情報を得ることができる.また,後述する骨髄標本であれば,白血病など造血器悪性腫瘍や特発性血小板減少性紫斑病などの診断はもちろんのこと,脂質代謝異常などに結びつく重要な情報を得ることができる.

 これらの情報は適切に採取された末梢血液により,適切に作製された塗抹標本と適切な染色が施されていなければその情報量は半減もするし,場合によっては診断を誤らせる結果にもなりかねない.

 本稿では末梢血液の採取と標本作製について概説する.

2 骨髄検体の採取と標本作製

著者: 東克巳

ページ範囲:P.1068 - P.1070

はじめに

 骨髄検査は白血病など造血器悪性腫瘍では診断や病型分類に必須の検査である.また,骨髄検査は原因不明の貧血,白血球減少や血小板減少の存在する場合に適応となる.出血傾向のある患者では考慮しなければならないが,血小板減少の場合は圧迫止血が可能なため骨髄検査の禁忌にはならない.

 骨髄検査は大きく分けると,白血病,骨髄異形成症候群など造血器疾患や癌の骨髄浸潤などが疑われるなど絶対的適応と,巨赤芽球性貧血,高蛋白血症や不明熱など鑑別診断に必要とされる場合に施行される.

 骨髄検査は造血器悪性腫瘍の診断や病型分類だけでなく,治療効果や経過観察に必要な検査である.また,血液疾患のみならずGaucher(ゴーシェ)病やNiemann-Pick(ニーマン・ピック)病などの脂肪蓄積症や他の代謝性疾患でも適応となる.

 骨髄検査には骨髄液を吸引採取する方法(aspiration)と骨髄組織を採取する方法(biopsy)がある.前者は骨髄穿刺針を使用して骨髄のごく一部の骨髄液を吸引採取し,得られた骨髄液で細胞数検査や塗抹標本を作製し観察する.また残りの凝固した骨髄液を病理検査用としてホルマリンで固定し,一定処理後クロット標本を作製し観察する.1回の骨髄液採取で細胞数や塗抹標本などの検査以外に染色体,免疫学的細胞抗原検査(細胞マーカー検査),遺伝子検査など多種類の検査も同時に行われるので得られる情報量が多い.評価としては骨髄の狭い範囲で,しかも吸引採取であるため正確な細胞密度や構造把握には適さないが,細胞個々の詳細な形態観察には最適である.後者は生検針により骨髄組織の一部を採取し,病理検査を施行し標本観察を行う.ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色だけでなく免疫染色なども施行でき,ある程度の細胞鑑別も可能であり診断に有用である.

 本項では骨髄標本の作製が主題であるため,骨髄液を吸引採取する方法(aspiration)とその材料を使用した塗抹標本作製について概説する.

3 標本の保存

著者: 東克巳

ページ範囲:P.1071 - P.1072

はじめに

 どの分野の標本保存も同様であろうが,標本の褪色があると観察はもとより診断を誤らせることにつながり,最も気をつけなければならないことの1つである.

 血液や骨髄の塗抹標本の保存は,染色後室温で自施設の標本箱あるいはスライドガラス納入時のケースに保存することが通常である.血液や骨髄の塗抹標本では普通染色標本と特殊染色標本がある.基本的には同じように保存すれば問題ないと思われる.

 血液・骨髄塗抹標本の保存についての文献,参考資料は検索したかぎりではヒットするものがなかった.したがって,本稿では筆者が従来から経験的に行ってきた血液・骨髄塗抹標本の保存とその注意点などを中心に概説する.

3 染色法の原理と特徴

1 普通染色

著者: 常名政弘 ,   小池由佳子

ページ範囲:P.1073 - P.1075

はじめに

 血液細胞の分類および観察を行う基本的な染色法として,普通染色が用いられている.普通染色はロマノフスキー(Romanowsky)染色と総称され,単染色として核をよく染めるギムザ(Giemsa)染色,細胞質と顆粒をよく染めるライト(Wright)染色があり,さらにそれぞれの特徴を合わせたライト・ギムザ(Wright-Giemsa)染色とメイ・グリュンワルド・ギムザ(May-Grunwald-Giemsa)染色の二重染色が広く用いられている1)

 実際に細胞を鏡検する際は,各種細胞の特徴,すなわち細胞の大きさ,核型,核網構造,核小体の有無,細胞質の広さや色調,顆粒の有無などを観察し細胞を鑑別する必要がある.一方,核や細胞質の色調,核網構造などの形態学的所見は,染色性に作用されやすく,染色不良により,時には細胞分類を誤ることもあり,染色の原理や細胞の染色性の特徴を理解することは重要である.

 本稿では,普通染色の原理と特徴,そして染色上の諸条件による影響について解説し,実際の染色手技については割愛する.

2 特殊染色

著者: 常名政弘 ,   小池由佳子

ページ範囲:P.1076 - P.1081

はじめに

 血液細胞の観察を行う基本的な染色法として,普通染色が用いられている.しかし白血病で認められる細胞は判別困難な場合が多く,それらを補う一手段として特殊染色(細胞化学染色)が行われている.それは,細胞内に存在する酵素や糖質,脂質などの非酵素を化学反応によって証明し,細胞を分類することであり,白血病の病型分類,特にFAB(French-American-British)分類には必須の染色方法である.特殊染色には,酵素を証明する染色としてペルオキシダーゼ(peroxidase,POD)染色,エステラーゼ染色,酸性ホスファターゼ染色,アルカリホスファターゼ染色などがある.一方,非酵素を証明する染色法としてズダン染色,PAS(periodic acid-Schiff)染色,鉄染色などがある1)

 現在の白血病の病型分類には,上記に示す特殊染色や電子顕微鏡検索,フローサイトメトリーを用いた免疫学的解析,さらには染色体検査,遺伝子検査が用いられている.そのなかで普通染色と特殊染色とを用いたFAB分類は白血病の形態学的診断として非常に重要である.

 本稿では,FAB分類で主に利用されているPOD染色,ズダン染色,エステラーゼ染色,PAS染色,また骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome,MDS)の診断に必要な鉄染色,慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia,CML)の鑑別に用いられる好中球アルカリホスファターゼ(neutrophil alkaline phosphatase,NAP)染色の原理と特徴を中心に解説する.なお,実際の染色手技については割愛する.

各論 1 健常者の血液像

1 末梢血液像観察時の留意点

著者: 川田勉

ページ範囲:P.1082 - P.1085

1 末梢血液像の観察の

ポイント

 末梢血液像を観察する際は,良い塗抹標本を作製し,検査者自身が正常細胞や異常所見を熟知していることが大切である.

 そして,そのポイントは以下のとおりである.
①検体採取は適切な抗凝固剤を用いて行う.
②細胞形態は,時間経過とともに変化をきたすので,検体採取後できる限り速やかに標本を作製する.
③染色条件(染色液の濃度や染色時間)を一定に保つことにより,バラツキのない染色態度を得る.
④整備された顕微鏡を正しく使用する.
⑤血球数算定や患者情報を念頭に置き観察する.
⑥観察は,低倍率(100倍)・中倍率(400倍)・高倍率(1,000倍)にて行う.

 白血球分類は白血球数にもよるが,100~200個を基本とする.

 ・低倍率(観察部位は標本全体:白血球の分布状況,血小板凝集の確認など)

 ・中倍率(観察部位は図1を参照:血球数算定との比較確認,各血球形態の観察,白血球分類など)

 ・高倍率(中倍率で詳細な確認を必要とする所見が認められた場合など)
⑦各種細胞の基本的構造の特徴を正しく理解すること.
⑧判別困難な細胞に遭遇した場合は,同じ標本内にみられる定型的な細胞と核や細胞質の大きさ,染色性や顆粒の状態を比較し判別する.

2 骨髄像観察時の留意点

著者: 川田勉

ページ範囲:P.1086 - P.1090

1 骨髄像の観察のポイント

 骨髄像の観察も基本的には,末梢血と同様で,さらに以下の点に留意する必要がある.
①塗抹標本を作製する際の検体採取は,抗凝固剤を使用せずに行うことを基本としている.抗凝固剤を用いることにより形態や染色態度が微妙に変化するといわれている.
②有核細胞の分類は,高倍率(1,000倍)で行い,2名の検査者が,500個(計1,000個)観察することが望ましい.
③標本の観察は骨髄穿刺を施行した理由・目的を考慮し,標本全体(特に引き終わり)を注意深く観察する.
④細胞の成熟移行期に注意し,一定の基準をもって鑑別する.

2 異常血液像(造血器腫瘍を除く)

異常血液像(造血器腫瘍を除く)

著者: 土屋逹行

ページ範囲:P.1091 - P.1100

はじめに

 一般的に形態学は一目でわかるといわれることが多い.言い換えれば,血液形態検査に十分な経験のある医師,臨床検査技師が形態の変化を認めることで,診断が可能になったり,その他多くの有用な所見がすぐに得られると考えられている.しかし,形態検査は主観が入り込む余地が多く,再現性が悪い検査の一つでもある.すなわち,経験が乏しいために所見を見逃したり,あるいはあまりに経験が豊富なあまり読み過ぎたりする傾向がある.また,形態の変化を観察者から診療の現場に報告されるときに適切な用語を用いないために生じる誤解も発生し,その結果,誤診に結びつくときがある.

 本稿では末梢血塗抹標本で出現頻度の比較的高い形態異常を図で示すとともに,血球形態の異常のとらえ方,考え方,そして誤解のない報告の仕方を述べる.現在,血球形態検査の標準化については日本検査血液学会で標準化作業が行われ,その成果が日本検査血液学会のホームページ(http://www.jslh.com/)で公開されている.ぜひ実際の血液像の観察を行うときに参考にして,わが国全体の血球形態の認識,報告の標準化をしていただきたいと考えている.

3 造血器腫瘍のWHO分類

1 FABからWHO分類へ

著者: 矢冨裕

ページ範囲:P.1101 - P.1103

1 FAB分類からWHO分類への転換

 造血器腫瘍は大きく白血病と悪性リンパ腫に分けられるが,いずれも造血幹細胞から分化する血液細胞の腫瘍である.その疾患分類は造血器腫瘍の診療に携わるものの共通の土俵として,診断・治療の比較・標準化において極めて重要なものである.

 この観点で,これまで急性白血病(表1),さらには骨髄異形成症の分類の中心は長らくFrench-American-British(FAB)分類であった.1975年に発表されたこの分類は形態学中心の分類であり,容易に活用でき,その臨床的有用性は広く認められてきた.しかし,その後,爆発的といってよいほどに分子細胞生物学的手法を用いた造血器腫瘍細胞の性状解析に関する研究が進んだ.その成果は,当然ながら当初のFAB分類には反映されていない.その後のFAB分類の改訂では,細胞表面マーカー,電顕所見などが加わったが,形態学中心のFAB分類の理念からくる限界もあり,病因に基づいた新しい白血病分類法が望まれていた.

2 骨髄増殖性腫瘍,骨髄異形成/骨髄増殖性腫瘍

著者: 辻岡貴之 ,   通山薫

ページ範囲:P.1104 - P.1107

1 骨髄増殖性腫瘍

 骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms,MPN)は1個の形質転換した造血幹細胞に由来するクローン性増殖疾患で,骨髄系細胞の1系統以上の増殖を呈する疾患群である.MPNに属する疾患すべてを併せた頻度は6~10/100,000人である.骨髄は過形成で1系統あるいは多系統の血球の増殖が認められるが,成熟障害はない.末梢血では1~3系統の細胞の増加を認める.過剰な血液細胞や異常造血細胞の増加のため肝・脾腫を認めることが多い.血球形態は慢性期ではほぼ正常である.MPNは慢性に経過し,最終的には骨髄不全あるいは急性白血病に移行する.

 2001年のWHO分類1)では慢性骨髄増殖性疾患(chronic myeloproliferative diseases,CMPD)の古典的4疾患である慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia,CML)(図1a),特発性骨髄線維症(chronic idiopathic myelofibrosis, CIMF),真性赤血球増加症(polycythemia vera, PV),本態性血小板血症(essential thrombocythemia,ET)(図1b)に加え,従来CMLの亜型に置かれていた慢性好中球性白血病(chronic neutrophilic leukemia,CNL)と慢性好酸球性白血病(chronic eosinophilic leukemia,CEL)(図1c)が同列に置かれた.さらにいずれの病型の診断基準も満たさない症例に対して分類不能慢性骨髄増殖性疾患(chronic myeloproliferative disease,unclassifiable,CMPD-U)が設けられた.

3 骨髄異形成症候群

著者: 通山薫

ページ範囲:P.1108 - P.1111

1 骨髄異形成症候群(MDS)とは?

 骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome,MDS)とは,骨髄中の造血幹細胞に生じた異常クローンが増殖と分化を繰り返しながら正常造血に置き換わった結果として発症する後天性造血障害である.一般に原因不明で,骨髄細胞は一見保たれているが,無効造血のために慢性・治療抵抗性の貧血・血球減少をきたし,しばしば骨髄不全に陥る.さらに急性骨髄性白血病へ移行しやすい潜在的悪性性格を併せもつ予後不良の骨髄疾患である.各血球系には種々の異形成像がみられる.中高年齢者に好発し,男女比は約2:1である.

 病型分類はFrench-American-British(FAB)分類(1982年)1)からWHO分類2001年版2),さらにWHO分類2008年版3)と変遷してきた.2008年版を表1に示した.なお,骨髄または末梢血中の骨髄芽球比率が20%以上になると,定義上急性骨髄性白血病のカテゴリーに入る.

4 急性骨髄性白血病

著者: 田坂大象 ,   通山薫

ページ範囲:P.1112 - P.1117

1 急性骨髄性白血病のFAB分類からWHO分類へ

 French-American-British(FAB)分類が急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia,AML)の区分において成功し,長らく臨床の現場で用いられてきた背景の一つに,FAB分類の形態分類と,その後判明した染色体や分子レベルの異常がよく相関したこと,さらにその分子異常が治療や予後に密接にかかわったことが挙げられる.その後,2001年にWHOは造血リンパ領域の悪性腫瘍全般の新たな分類を発表した.WHO分類は造血器悪性腫瘍の系統的包括的分類法で,従来のFAB分類が主に形態と簡単な特殊染色と免疫学的手法による分類に重きを置いていたのに対して,WHO分類ではAMLは単純な形態的分類ではなく,形態学に加えて,相互転座を有する染色体異常および臨床的特徴に基づいて分類されている.

 FAB分類と大きく異なる点は,FAB分類が主に初発時の形態を対象としていたが,WHO分類においては治療関連AMLや骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome,MDS)からの進展など病態まで踏み込んだ点,AMLとMDSの境界を骨髄中の芽球の比率を20%に引き下げたことと,固有の染色体異常をもつAMLを独立した疾患単位として扱った点である.WHO分類2008年版にてAMLの分類はさらに細分化された(表1).

5 BおよびT前駆細胞の腫瘍

著者: 東田修二

ページ範囲:P.1118 - P.1120

1 リンパ系腫瘍の分類

 リンパ系腫瘍はこれまで,悪性リンパ腫はRAEL(Revised European-American Classification of Lymphoid Neoplasms)分類などで,急性リンパ性白血病(acute lymphocytic leukemia,ALL)や慢性リンパ性白血病(chronic lymphocytic leukemia,CLL)はFAB(French-American-British)分類で,骨髄腫はSWOG(Southwest Oncology Group)診断基準などに基づいて分類されていた.2001年のWHO分類によって,すべての造血系腫瘍が統一された基準のもとに分類されるようになり,さらに2008年にWHO分類第4版によって修正が加えられた1).リンパ系腫瘍は表1のように分類されている.

6 成熟B細胞腫瘍

著者: 東田修二

ページ範囲:P.1121 - P.1123

1 成熟B細胞腫瘍の分類

 成熟B細胞腫瘍には, 表1に示すように種々のB細胞性リンパ腫(リンパ芽球性リンパ腫を除く),骨髄腫,慢性リンパ性白血病などが含まれる.39種の疾患単位からなり,すべてを理解することは困難であるため,日常診療で遭遇する可能性の高い疾患のみを挙げる.腫瘍細胞の形態観察には,慢性リンパ性白血病などでは血液塗抹標本で可能であるが,骨髄腫では骨髄塗抹標本が必要である.多くのリンパ腫症例ではリンパ節生検が行われるが,検体の病理組織標本だけでなく,スタンプ標本も作製することが望ましい.検体(血液,骨髄液,リンパ節などの生検検体の細胞浮遊液)は“BおよびT前駆細胞の腫瘍”の項で記載したのと同様に,フローサイトメトリーと染色体検査も行う.細胞表面抗原の発現パターンや染色体所見は,分類するうえで重要な情報となる.分裂像が得られずに染色体検査ができなかった場合にはFISH(fluorescence in situ hybridization)法などによる遺伝子検査を追加する.濾胞性リンパ腫,マントル細胞リンパ腫,マクログロブリン血症では多数の腫瘍細胞が血液標本でみられる症例があり,細胞形態やフローサイトメトリー所見によって,慢性リンパ性白血病と鑑別する必要がある1)

7 成熟T細胞・NK細胞腫瘍

著者: 東田修二

ページ範囲:P.1124 - P.1126

1 成熟T細胞・NK細胞腫瘍の分類

 成熟T細胞・NK細胞腫瘍には,表1に示すように種々のT細胞性リンパ腫(リンパ芽球性リンパ腫を除く),NK細胞性リンパ腫,成熟T細胞・NK細胞の白血病などが含まれる.22種の疾患単位からなり,すべてを理解することは困難であるため,日常診療で遭遇する可能性の高い疾患のみを挙げる.本項に含まれるリンパ腫では,リンパ腫細胞が血液塗抹標本で多数みられることは稀である.検体処理と標本作製は,“成熟B細胞腫瘍”の項の記載と同様に行う.

V 細胞診 総論 1 基礎知識

1 細胞所見とその表現

著者: 古田則行

ページ範囲:P.1128 - P.1130

はじめに

 細胞診には大別して二つの目的がある.一つは“スクリーニング”と呼ばれているもので,いわゆる“はく離細胞診”である.これは婦人科子宮頸部擦過スメアや,喀痰,尿などが検体となり,細胞診標本の中から,癌細胞や異型細胞を見つけだすことを目的とする.もう一つは“同定”と呼ばれているもので,腫瘍性病変から針穿刺などで細胞を採取し,細胞診標本中の細胞が良性か悪性か,さらに腫瘍名を判定することを目的とする.

 細胞診の目的により対象となる細胞は異なるが,細胞診で見つけだす細胞,同定・判定すべき細胞はいずれも“正常ではない細胞”,“異常細胞”である.ここでは“異常細胞”の細胞所見について取り上げる.

 異常細胞,すなわち異型細胞,癌細胞の細胞所見は,正常細胞を基準とし,正常細胞との違い,隔たりを“細胞所見”として表現している.また,腫瘍性病変では扁平上皮癌細胞の表現に“ヘビ状”,“オタマジャクシ状”といった細胞診独特の表現もあり,これらについても触れる.

2 集塊における構造の見方

著者: 伊藤仁

ページ範囲:P.1131 - P.1134

1 細胞診と組織診

 一般的に細胞診は組織診と異なり,構造が認識しにくい.組織診は二次元であるが,細胞診は三次元の世界である.細胞診において,大型で重積のある細胞集塊の場合,一見するとよくわからないが,組織像をよく理解し,焦点を動かしながら詳細に観察すると,立体的構造が浮き彫りになる.細胞異型に乏しく,構造異型から癌の診断が可能となる子宮内膜や乳腺細胞診においては,細胞集塊の構造を的確にとらえることが必須である.

3 判定基準と分類

著者: 荒井祐司

ページ範囲:P.1135 - P.1139

1 子宮頸部細胞診の分類と判定基準の変遷

 わが国で細胞診検査が行われるようになった当初,細胞判定の基準としてパパニコロウ(Papanicolaou)分類が用いられた.この分類は,細胞異型の程度により正常から癌までを5段階に分けた.クラスIを正常,クラスVを癌とし,クラスIIIは良・悪性の判定が難しい異型を示すものとされ,クラスIIは異型はあるが良性の範囲内,クラスIVは癌と確定できないが悪性を強く疑う異型を示すもの,と判定基準が示されている.

 1973年にわが国の婦人科,特に子宮頸部領域の細胞診報告を,パパニコロウ分類をより臨床に対応した報告様式として日本母性保護医協会(現:日本産婦人科医会)分類(日母分類)が作成され,現在まで広く用いられるようになった.

2 標本作製法

1 塗抹標本作製法

著者: 當銘良也 ,   山崎直樹

ページ範囲:P.1140 - P.1143

はじめに

 呼吸器,尿,体腔液細胞診における標本作製法については,細胞検査士会が「細胞診標本作製マニュアル」としてとりまとめている.本稿では,それを中心に筆者らの経験も交えて解説する.

2 集細胞法

著者: 大﨑博之

ページ範囲:P.1144 - P.1146

はじめに

 細胞診の対象となる液状検体にはさまざまな種類があるが,本稿では“各専門領域を越えた総合的な顕微鏡検査”という本書の発刊主旨と誌面の都合から,尿,体腔液,脳脊髄液に絞って解説する.なお,今後の普及が予想される液状処理細胞診(liquid-based cytology)についても誌面の都合により割愛する.

3 Liquid-based Cytology

著者: 西村由香里 ,   服部学 ,   大部誠

ページ範囲:P.1147 - P.1149

はじめに

 Liquid-based Cytology(LBC)は,サンプリングエラーや見落としなどの問題点を改善する手法として1990年代に米国で開発された.米国では子宮頸部細胞診のほとんどにLBCが導入され,今後わが国においても普及率の拡大が予想されている.

4 セルブロック法

著者: 濱川真治

ページ範囲:P.1150 - P.1153

1 セルブロック法とは

 組織診断に先立って施行される細胞診は,単離細胞や細胞集塊,組織片をスライドガラスに直接塗抹し,固定・染色を施した後に光学顕微鏡で観察する簡便で優れた検査法である.ときに塗抹された細胞像のみでは,重積性のある細胞集塊の構築が十分に把握できない場合や,良・悪性の判定,組織型推定が困難なことがある.そこで,目的とする細胞や組織片を効率よく収集し,固定・包埋・薄切といった組織学的手技を取り入れ,二次元的に観察する手法を“セルブロック法(Cell Block method)”という.

 セルブロック法はパラフィンやエポキシ樹脂包埋を用いて近接する連続切片を作製することにより,細胞集塊の構築や細胞小器官の詳細な観察が可能となる.また,特殊染色による粘液やグリコーゲンなどの証明,免疫組織化学的手法を用いて細胞骨格フィラメント,腫瘍・リンパ球表面マーカー,細胞増殖因子や癌抑制遺伝子産物の検索も可能となる.さらに細胞の由来や組織型推定,良・悪性の判定にも有効な役割を果たす.包埋されたセルブロックは半永久的に保存可能であり,遺伝子解析や癌治療薬適応評価などへも幅広く応用可能となる.セルブロック作製フローチャートを図1に示す.

3 染色法

1 パパニコロウ染色,ギムザ染色

著者: 加戸伸明 ,   伊藤仁

ページ範囲:P.1154 - P.1156

1 パパニコロウ染色

 パパニコロウ(Papanicolaou)染色は細胞診において必要不可欠な染色法であり,最も広く利用されている.本染色法の大きな特徴として,核染色が良好,透過性が良好,細胞の染め分けが可能,が挙げられる.

2 PAS染色,アルシアン青染色

著者: 芹澤昭彦 ,   伊藤仁

ページ範囲:P.1157 - P.1159

はじめに

 組織診のみではなく,細胞診においても細胞の鑑別や診断で種々の特殊染色が応用される.特に体腔液中などに孤立散在性に出現する悪性細胞(特に腺癌細胞)においては,中皮細胞やマクロファージあるいは変性して空胞を形成している細胞との鑑別が困難な例がある.その鑑別の際には,粘液を染色するPAS(periodic acid-Schiff)染色やアルシアン青染色が有用となる場合が多い.また,細胞診標本を用いる特殊染色のなかでも,両染色とも染色法が簡便であり,染色時間も短時間で行うことができるため,多用されている方法である.

3 免疫組織化学(酵素抗体法)

著者: 丸川活司 ,   松野吉宏

ページ範囲:P.1160 - P.1162

はじめに

 1966年,NakaneとPierceによって,組織標本に対する酵素標識抗体法(免疫染色)が報告されてから,現在の病理組織診断にとって欠かすことのできない手法となっている.この手法は1980年頃より細胞診領域にも応用されるようになり,近年では組織診と同様に腫瘍の診断,組織型推定,原発巣の推定,悪性度評価,病原体検索などの目的で用いられる重要な手法となっている.特に数多く標本作製が可能な体腔液細胞診では,パパニコロウ(Papanicolaou)染色,ギムザ(Giemsa)染色,粘液染色などの特殊染色を用いた形態学的所見のみではなく,免疫染色を用いることにより組織型・原発巣がある程度わかり,臨床へのさらなる情報提供を可能とした.

 そこで,本稿では細胞診材料における免疫染色の中でも体腔液細胞診材料に対する免疫染色を中心に述べたい.

各論 1 婦人科

1 子宮頸部

著者: 岡俊郎 ,   石井保吉

ページ範囲:P.1163 - P.1166

はじめに

 婦人科細胞診では,悪性病変のみならず,前がん病変,良性病変,感染症などといったものの判定も大変重要となってくる.

 今回はそのうちの一部である異形成および扁平上皮癌,腺癌について解説する.

2 子宮体部

著者: 照井仁美

ページ範囲:P.1167 - P.1169

はじめに

 子宮は小骨盤腔の中央に位置する西洋梨型の筋性器官である.内子宮口を境に,上を子宮体部(corpus uteri),下を子宮頸部(cervix uteri)と呼ぶ(図1).子宮内膜はホルモンの影響を受けて周期的に変化する.思春期になり脳下垂体前葉ホルモン―卵巣ホルモンの関与が起こると,卵巣は増大し卵胞が発育する.それに伴い子宮は増大し,内膜が肥厚し月経が始まる.性成熟期から更年期に入ると,卵巣ホルモンの分泌が減り,月経周期も不規則となり,内膜は萎縮しやがて閉経に至る.

 近年,子宮体癌は増加の傾向にある.従来は閉経後に発生するのが大半であったが,食生活が欧米化し,成熟婦人の体癌が増えてきている.癌検診の最も重要な目的は,癌を早期発見し早期治療に結びつけることである.体癌を早期発見するためにも子宮内膜細胞診の重要性は高いといえる.

2 呼吸器

1 喀痰

著者: 柿沼廣邦

ページ範囲:P.1170 - P.1174

はじめに

 喀痰細胞診は被検者に苦痛を与えることなく反復検査が行える検査であり,肺門部腫瘍の早期発見に有効で,肺癌検診ではハイリスクグループを対象としたスクリーニングに用いられている.呼吸器疾患における喀痰細胞診の適応として,肺癌はもちろんのこと,感染症を含めた炎症性疾患なども対象となる.呼吸器診療における重要な検査の1つであることはいうまでもなく,治療方針の決定や治療後のフォローにも用いられる.

 ここでは,代表的な疾患における細胞所見などについて述べる.

2 気管支擦過

著者: 三宅真司 ,   松林純 ,   長尾俊孝

ページ範囲:P.1175 - P.1177

はじめに

 気管支擦過細胞診は,現在では生検による組織診とともに肺癌の確定診断に極めて有用な検査法の一つになっている.その検体採取方法としては2通りあり,気管支鏡にて可視範囲にある太い気管支(中枢型)病変の場合には,直視下に病巣を確認し,ブラシにて細胞を採取する.一方,細い気管支(末梢型)病変の場合には,X線透視下にテレビコントロールにて病巣を擦過する.

 一般的な標本作製方法としては,ブラシに付着した細胞をスライドガラス上に塗抹し,速やかにスプレー式の固定もしくはアルコール液に湿潤固定したのち,パパニコロウ(Papanicolaou)染色を行う.細胞を塗抹する際には,乾燥による細胞変性を防ぐことが重要になる.

 気管支擦過では新鮮な細胞が採取され,喀痰とは異なった細胞像を呈するため,それに応じた細胞像の見方が必要になってくる.本稿では,気管支擦過標本にみられる細胞像を,正常細胞,良性病変由来の細胞,そして代表的な悪性腫瘍の細胞の順に解説する.

3 泌尿器

著者: 服部学 ,   西村由香里 ,   大部誠

ページ範囲:P.1178 - P.1179

はじめに

 泌尿器は腎と尿路(腎盂,尿管,膀胱,尿道)から構成される.腎は尿細管上皮で覆われ,尿路は尿路(移行)上皮で覆われる.発生する悪性腫瘍は成人の腎では腎細胞癌が最も多く,小児腎では腎芽腫が最も多い.尿路では尿路上皮癌が最も多く,その多くは膀胱に発生する.

4 消化器

著者: 古旗淳 ,   権田厚文

ページ範囲:P.1180 - P.1182

1 胆汁の細胞診

 採取は主に経皮経肝胆管ドレナージ(percutaneous transhepatic choledochal drainage,PTCD)法や逆行性膵管胆管造影(endoscopic retrograde cholangio-pancreatography,ERCP)法による.ここでは腺癌細胞と良性細胞との鑑別法について述べる.

5 体腔液

著者: 小松京子 ,   坂本憲彦

ページ範囲:P.1183 - P.1185

1 体腔の構造

 体腔は体壁と各種臓器の間に形成された間げきであり,胸腔,腹腔,心膜腔が代表的である.また,男性は直腸と膀胱〔ダグラス(Douglas)窩〕,女性は膀胱と子宮,直腸と子宮(ダグラス窩)間の体腔も臨床的に意義がある.体腔内には少量の体腔液が存在して内面を潤しており,炎症や腫瘍性病変でしばしば貯留する.

6 乳腺

著者: 阿部英二

ページ範囲:P.1186 - P.1190

はじめに

 近年,画像診断技術の進歩で微小な病変からでも細胞採取が可能となり,乳腺細胞診の重要性は増すばかりである.

 乳腺疾患は組織型が非常に多彩な点が特徴で,そのため採取される細胞像もまた多種多様な像として出現する.また,ほとんど細胞異型を示さない乳癌が存在するのも乳腺細胞診の特徴で,一般的な細胞診の判定基準では正確な診断に到達することが困難な場合もあり,偽陽性や偽陰性を招きやすい領域であることも念頭に置かなければならない.

 そのため,乳腺疾患の組織学的背景をよく理解しておくことが重要となる.

7 甲状腺

著者: 丸田淳子

ページ範囲:P.1191 - P.1193

はじめに

 甲状腺細胞診標本の鏡検では,元となる組織構築を推定することが大切である1,2)

 まず,弱拡大で背景や細胞の集塊や出現様式を観察する.標本全体に薄い液状コロイドがみられる場合は腺腫様甲状腺腫を,細胞集塊内や背景に円形の硝子様光沢のある硝子様コロイドがみられる場合は濾胞性病変を念頭に置く.同様に,背景のアミロイドは髄様癌,多数のリンパ球は慢性甲状腺炎,炎症細胞は急性化膿性甲状腺炎や未分化癌,ヘモジデリンを貪食した組織球は囊胞性病変を考える.出現する細胞集塊は組織構築を反映しており,乳頭構造は乳頭癌,腺腫様甲状腺腫,濾胞構造は濾胞性腫瘍,腺腫様甲状腺腫,乳頭癌,孤立散在性は悪性リンパ腫,髄様癌,未分化癌で観察される.

 次に強拡大で,細胞個々の細胞質と核を観察する.好酸性細胞質は,好酸性細胞型腫瘍,慢性甲状腺炎,腺腫様甲状腺腫に出現する.核が小型円形で均一な配列を示す場合は良性病変を,核縁が不正で不規則な重積を示す場合は悪性病変を疑う.特に,核溝や核内細胞質封入体が高頻度に観察される場合は乳頭癌を疑う.クロマチンは組織型を推定する重要な所見であり,すりガラス(微細顆粒)状なら乳頭癌,粗顆粒状なら濾胞癌,粗大顆粒状なら髄様癌を推定する.

 以下に,日常遭遇する機会の多い病変の特徴を述べる.

8 リンパ節

著者: 岸本浩次 ,   北村隆司 ,   光谷俊幸

ページ範囲:P.1194 - P.1196

はじめに

 リンパ節は免疫機能を司る器官として人体のあらゆる部位に存在している.頸部,腋窩,鼠径部などの表在性リンパ節は表皮下に分布し,リンパ節腫大をきたした場合,触れることができる.深部リンパ節としては胸腔,腹腔内臓器の周辺,および大動脈周囲に多く存在している.リンパ節の形状はそら豆状で,大きさは数mm程度,外側は被膜で覆われ,輸入,輸出リンパ管の出入りにより全身のリンパ節とつながっている.また,被膜を持たないが,扁桃や消化管などの粘膜下に存在するリンパ濾胞もリンパ節と類似した組織構造を有し,粘膜関連リンパ組織(mucosa-associated lymphoid tissue,MALT)などと呼ばれている.このようにリンパ節,リンパ組織は全身に広く分布しており,あらゆる部位,臓器が細胞診の対象となる.特に表在性リンパ節では組織生検に比べ侵襲の少ない穿刺吸引細胞診が有用な検査法となっている.

 ここではリンパ節病変における細胞診の役割について,およびリンパ節構成細胞,良性,悪性病変の細胞像の概略について述べる.詳細は成書1,2)を参照されたい.

VI 病理 総論 1 病理形態像の観察の仕方,考え方

1 細胞診と病理組織像の違い

著者: 山田正人 ,   水口國雄

ページ範囲:P.1198 - P.1201

はじめに

 病理診断には生検または手術で採取された検体の組織診断と,尿や喀痰中に含まれるはく離細胞,あるいは子宮,肺,乳腺,甲状腺などの臓器から擦過法や穿刺吸引法によって得られた細胞で診断が行われる細胞診断とがある.どちらも標本を作製し顕微鏡で組織構築や細胞形態を観察することで診断が行われるが,対象となる検査材料や固定法,染色法は異なる.また,組織診断と細胞診断それぞれの利点を活かすことで欠点を補い総合的な診断を行うことができる1,2)

2 末梢血および骨髄塗抹像と病理組織像の違い

著者: 伊藤雅文

ページ範囲:P.1202 - P.1204

はじめに

 血液検査は,採取が容易な末梢血の細胞形態観察から発展し,骨髄細胞の検討に展開した.例えば,急性リンパ性白血病(acute lymphatic leukemia,ALL)とhematogones(骨髄に一過性に出現する非腫瘍性リンパ芽球)の細胞形態による鑑別は,細胞学の診断限界であるが,定量化により克服されてきた.血液病学は,細胞形態学を中心に発展してきた.さらに,フローサイトメーターによる表面形質観察,分子病理学的検討へと展開している.

 近年,造血幹細胞研究における組織構築の意義が再評価され,組織学的局在と分子相関が次々と明らかにされた.臨床検体でも,骨髄を組織学的にみると,従来の細胞病理学とは違う視点からの診断が可能である.本稿では,骨髄を組織でみることは,細胞病理学と何が異なり,どう考えるかを解説する.

3 尿沈渣と尿細胞診の比較

著者: 田村克実 ,   手島伸一

ページ範囲:P.1205 - P.1208

はじめに

 顕微鏡検査は,いうまでもなく一般検査室,血液検査室,細菌検査室,細胞診・病理検査室などで不可欠の検査である.観察する材料は尿,血液,骨髄穿刺材料,喀痰,生検材料,手術標本など多岐にわたり,それぞれの専門家による報告がなされている.しかし,尿や喀痰,骨髄穿刺材料などは,同一検体に対して複数の検査室で別個に観察し報告することも多く,専門領域外の検査技師や医師からみると,共通の材料に対する顕微鏡検査であるのに,なぜ異なる専門家の手に委ねられるのか,疑問に感じている向きも少なくない.そこで,ここでは検査科の重要な業務の一つである尿検体の顕微鏡検査について,一般検査室が担当する尿沈渣検査と,病理(細胞診)検査室が担当する尿細胞診でどのように観察されるか,双方の検査の特徴を比較検討してみたい.

4 細菌学的観察と病理学的観察の比較

著者: 三関信夫 ,   手島伸一

ページ範囲:P.1209 - P.1211

はじめに

 顕微鏡を用いて細菌検査室が行っている病原微生物の同定と,病理検査室が行っている病理学的・細胞学的検査は,臨床的に重要視され優先的に採用される.細菌検査室と病理検査室が扱う検査材料には共通なものが多く,喀痰,血液,髄液,尿,胆汁,針生検材料などがある.特に喀痰は双方の検査室での主要な材料で,呼吸器疾患の病因を明らかにするために必要不可欠なものである.

 本稿では,喀痰をもとに,当院の細菌検査室と病理検査室での検体の流れ,標本作製法や染色法,形態像の違いを示してみたい(図1).

2 病理標本の種類と目的

著者: 長沼廣

ページ範囲:P.1212 - P.1214

はじめに

 病理検査では診断目的,研究目的などでさまざまな病理標本が作られ,いろいろな方法で観察される.生検,手術検体,解剖いずれにおいても観察機器として光学顕微鏡および電子顕微鏡が頻繁に使われる.

 光学顕微鏡は光を照射して観察する顕微鏡で,光を通して観察するため,対象組織の厚さは3μm程度が最適である.電子顕微鏡は光源の代わりに極めて波長が短い電子線を用いて観察する顕微鏡である.組織の厚さは50nm程度で,分解能は0.1nm程度となる.

 したがって,病理標本は大きく光学顕微鏡用の“光顕標本”と電子顕微鏡用の“電顕標本”に分けられる.日常病理診断ではもっぱら光顕標本が使用され,通常はパラフィン標本と凍結標本の2種類がある.

3 染色法

著者: 牛島友則 ,   竹田桂子

ページ範囲:P.1215 - P.1220

はじめに

 病理組織標本作製において染色の果たす役割は非常に大きい.染色結果には,組織採取から薄切に至る過程の種々の要因が複雑に関与しあっており,染色作業に由来する要因のみが影響するわけでなく,各工程における使用機器を含めた精度管理が大切である.これらの環境を整えることが,正しい顕微鏡所見をとらえるうえで不可欠な要因であることを理解し,染色業務を行うべきである.

 今回は,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色をはじめ,いくつかの代表的な染色方法および病理標本を用いた特殊な検索方法について簡単に述べ,これらが実際の症例でどのように用いられるのか具体的に提示する.詳細な染色法の手順などは成書を参考にしていただきたい1~4)

4 免疫組織化学

著者: 鎌田孝一 ,   中村勝 ,   安田政実

ページ範囲:P.1221 - P.1226

はじめに

 免疫組織化学は,抗原抗体反応の特異性に基づいて組織中の物質を同定する方法である.今日の病理検査では免疫組織化学は病理診断の補助的方法にとどまることなく,診断の確定,予後の推定や分子標的物質の局在と治療効果の判定など診療の場に重要な方法となっている.単に“染まった”,“染まらない”といった定性的観察ではなく,ハーセプテストなどでは染色強度,細胞数,分布など半定量的な評価が不可欠となっている.そのため,免疫組織化学の精度管理は,病理検査の重要課題となっている.

 本稿では,免疫組織化学の結果に影響する事象を中心に,最適な染色態度を得るための「子細・工夫」について説明する.

5 迅速診断

著者: 阿部仁

ページ範囲:P.1227 - P.1229

はじめに

 迅速診断はパラフィン包埋切片と異なり,手術中に摘出された生組織を急速凍結させて,クリオスタット(凍結用ミクロトーム)を用いて凍結切片を作製し病理診断することである.術中迅速診断標本作製は,①組織の切り出し,②組織の包埋・凍結,③薄切・スライドガラスへの貼付,④固定,⑤迅速ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,⑥標本の提出・病理診断・報告,⑦凍結ブロックの後処理,の手順で行われる1~3)

6 透過型電子顕微鏡法

著者: 塩沢由美子

ページ範囲:P.1230 - P.1233

はじめに

 近年の免疫組織化学染色,遺伝子検査などの興隆により,光学顕微鏡(以下,光顕)で病理診断がつけられるようになった.それに伴い,標本作製に時間がかかり,超薄切片作製や写真撮影などに熟練を要する電子顕微鏡(以下,電顕)の検査検体数は次第に減少傾向にある.しかし,糸球体腎炎の一部は電顕検索が必須であり,腫瘍細胞においても超微細構造検索や免疫電顕などが病態の成り立ちをより深く理解するうえで役立っており,電顕の意義は決して失われていない.

各論

1 代謝異常の病理

著者: 佐藤冬樹 ,   近藤潤 ,   鈴木貴弘 ,   諸橋聡子 ,   鬼島宏

ページ範囲:P.1234 - P.1237

はじめに

 細胞はさまざまな因子によって傷害(細胞傷害)を受け,その形態や機能に変化をきたす.細胞傷害に対して,細胞が適応可能な場合,萎縮や変性と呼ばれる現象をきたすが,細胞傷害の程度が強度もしくは長期的な場合は,細胞死に陥る.細胞死には壊死とアポトーシスがある.病理学では,このような細胞傷害における形態学的な特徴を把握することで,生体内の機能異常を把握することがき,疾患の解明に重要な情報源となりうる.組織の形態異常は,肉眼的に観察し,組織学的にみることで,はじめてわかるものまでさまざまであるが,本稿では,主に組織レベルにおける形態異常の見方,特に萎縮,変性,壊死,アポトーシスについて概説する.

2 循環障害

著者: 下正宗

ページ範囲:P.1238 - P.1240

はじめに

 生命活動は細胞内外の物質移動により支えられている.これらの物質は水に溶けて移動する.ヒト体内の水分は全体重の60%を占める.循環障害を考えるときにはこの水分全体の動きを考えなければならないが,狭義には血液の流れを中心に障害を考えればよい.

 血流に関与するのは,ポンプである心臓と流路である血管である.血管は動脈,毛細血管,静脈に分けられ,特殊な経路,そしてリンパ管がある.

 血流の障害の最も基本的なことは血液が流れないことである.その原因は流路内で血流が途絶することと血流を発生させる心臓が機能しないことに分けられる.また,出血などで循環血液が減少する状況も考えられるが,本稿では触れない.

3 炎症

著者: 澤田達男

ページ範囲:P.1241 - P.1244

はじめに

 生体は原因が何であれ,有害な刺激を受けたときに免疫応答が働く.炎症は生体の微小血管系を反応の場とする生体反応である.古くは,炎症を起こした部分は赤く腫れ(発赤),腫張,かゆみ(疼痛),発熱を伴う病変として知られ,この4徴候は炎症の4徴候と呼ばれ,さらに機能障害を加えて5徴候とされていた.例えば,風邪で鼻が詰まったときを考えるとわかりやすい.炎症の概念は免疫学の進歩とともに大きく変わっているが,炎症は組織傷害に対するさまざまな免疫反応であり,その反応も単純ではなく複雑に絡み合っている.炎症を観察する場合は単に炎症細胞の出現,肉芽組織の形成などの観察にとどまらず,その部分で行われている免疫反応を理解する必要があり,観察には標本内における基本的な病変の理解が必要である.

 循環障害で梗塞が起こっても壊死組織に対しては炎症反応,肉芽組織の形成が起こるし,悪性腫瘍の浸潤部にも炎症反応が起こり,浸潤の有無の決め手になる.また,動脈硬化などの病変にも炎症がその病変の主体となっている.炎症反応は炎症と教科書的に規定されている病変以外にも至るところで起こっている生体に重要な反応であることを理解する必要がある.

 一般的に,古典的な炎症の理解では,急性炎症と慢性炎症に分けられるが,慢性非特異性炎症とされる変化は,ウイルス疾患では初期からこのタイプの炎症所見を示すことが知られており,病理学的な急性,慢性炎症の定義と臨床的診断で用いられる病名としての急性○○炎および慢性○○炎は必ずしも一致しないことを忘れてはならない.

 本稿では一般的な炎症の形態学的変化を述べ,さらに生体の反応としての炎症の観察のポイントを挙げる.

4 免疫異常と移植の病理(肝移植を中心に)

著者: 福島万奈 ,   太田浩良

ページ範囲:P.1245 - P.1247

はじめに

 臓器移植は末期臓器不全の治療法の一つであり,移植医療でしばしば問題となるのが免疫にかかわる合併症である.ヒトには各個体特有の細胞表面抗体である主要組織適合性複合体(major histiocompatibility complex,MHC)が存在し,免疫応答により,自己以外の抗原を排除する生体防御のシステムをもっている.通常,他人の臓器を移植すれば拒絶反応が起こり,移植片は脱落・排除される.移植医療では,この拒絶反応を抑えるために,移植後に免疫抑制剤による治療が行われる.一方,現在使用されている免疫抑制剤は,拒絶反応を抑えるだけでなく,宿主の免疫機構を全般的に低下させる.そのため日和見感染症や原疾患の再燃,時に悪性腫瘍の発症を引き起こす.移植後の合併症は免疫と深くかかわっているといえる.

 拒絶反応と感染症では治療法(免疫抑制剤の増減)が全く異なるため,確定診断のために組織生検が行われる.すなわち病理検査は,移植治療において,治療方針決定や治療効果判定のための重要な役割を担っている.

 本稿では,肝移植を例に,免疫にかかわる移植後の合併症としての拒絶反応,感染症,原疾患の再燃の3項目について概説したい.

5 腫瘍

1 悪性腫瘍の病理診断(良性病変との鑑別)

著者: 大城真理子

ページ範囲:P.1248 - P.1251

はじめに

 良性病変と悪性腫瘍の鑑別は病理診断のなかで最も重要な業務の一つであり,病理診断の要ともいうべき部分である.病理診断における良悪鑑別のコツを短い文章で伝えることは困難であるが,医療の現場で病理診断医がいかに悪性腫瘍を診断し,良性腫瘍やその他の所見と鑑別しているかを以下のフィクションから読み取っていただければ幸いである.

2 癌の進展・増殖と転移

著者: 中山宏文

ページ範囲:P.1252 - P.1255

1 前癌状態

 前癌状態(precancerous state)とは,先行する病変なしに直接発生する癌,すなわちde novo癌の前の段階で,形態学的になんら病変を形成していない状態をいい1),遺伝的なもの(RB,p53,APC,BRCA1,BRCA2およびNF1遺伝子などのがん関連遺伝子の胚細胞レベルの遺伝子異常など)と非遺伝的なもの(アスベストおよびマスタードガスへの曝露状態などの環境因子)がある.

 なお,前癌性病変(precancerous lesion)とは,形態学的に認識しうる病変で,癌に先行する病変としての可能性があるものをいう1).表皮扁平上皮癌の前癌病変と考えられてきた日光角化症(solar keratosis,図1)は表皮内癌(squamous cell carcinoma in situ)の範疇と考えられており,最近では卵巣癌の発生母地として卵巣子宮内膜症性囊胞(endometriotic cyst,図2)が注目されている.

3 上皮性腫瘍(癌腫)と非上皮性腫瘍(肉腫)

著者: 村田哲也

ページ範囲:P.1256 - P.1260

1 上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍

 上皮とは,生体の表面にあって外界と接している細胞である.皮膚の表皮細胞がわかりやすい例であるが,消化管や呼吸器,泌尿器や生殖器も外界と体内で接しており,ここでも最表面には上皮細胞が存在している.

 上皮細胞は機能と形態から扁平上皮細胞,腺上皮細胞(円柱上皮・立方上皮など),尿路上皮細胞(移行上皮細胞)の大きく三つに分類される.扁平上皮は表皮のほか,口腔から食道や腟などに存在し,尿路上皮はその字のごとく腎盂から尿道までの尿路に存在する.腺上皮は分泌や吸収に関与し,また分泌物を内腔まで排出する導管にもみられる.

 一方,非上皮細胞は,上皮細胞以外のすべての細胞を指すため,多種多様である.線維芽細胞,骨細胞,軟骨細胞,血管細胞(血管内皮細胞),脂肪細胞,神経細胞,造血細胞,免疫担当細胞などが非上皮細胞に含まれる.

COLUMN―形態検査において知っておきたいこと

臨床から微生物検査室への要望―キーワードは迅速性と標準化

著者: 猪狩英俊

ページ範囲:P.921 - P.921

 感染制御チーム(infection control team,ICT)の業務上,感染症症例のコンサルトを受ける機会が増えてきました.患者情報を電子カルテで確認後コメントしてきましたが,これに要する労力は相当なもので持続可能な業務とはなりえませんでした.

 ICTメンバーで話し合った結果,「われわれの役割は標準化した基準で判断することとし,個々の患者さんへのきめ細かい対応は主治医の役割」という結論がでました.キーワードは迅速性と標準化です.検査室には至急でグラム染色と背景細胞成分の確認をお願いすることも多々あり,菌種同定や抗菌薬の感受性結果が揃わなくても,千金に値することがあります.

 また,電子カルテが普及し,標準化された情報が発信されるようになってきました.主治医に響くメッセージ性のある情報とは何か,最終的に治療方針に有益であるか,を意識した報告体制を構築して欲しいと思います.

臨床医から微生物検査室への要望―治療=抗菌薬の選択に結びつく情報提供を

著者: 青木泰子

ページ範囲:P.945 - P.945

 臨床検査において臨床医が求めるのは治療に役立つ情報である.こと微生物検査においては,極言すれば抗菌薬の適応や選択にかかわる情報のみだといってよい.筆者は,「グラム陽性球菌陽性といわれました」という医師からの相談を受けると,「それ以上聞かなかったの?」と問い,相手の反応が悪い場合は目の前で微生物検査室に電話して,「Aさんの血液培養はグラム陽性球菌とのことですが,ブドウ球菌ですか? レンサ球菌ですか? 双球菌ですか?」と聞くことにしている.血培のコロニーから拾った染色で断言し難いことは承知している.しかし,レンサ球菌とブドウ球菌の区別はほぼ可能であり,患者背景も考えれば(市中肺炎か,カテーテル感染か)極めて大きな意味をもつ.そうなると図に乗って,「ではMRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)でしょうか?」などと聞く医者もいる.「馬鹿!」と言えばそれまでだが,幸いにして感染制御認定臨床微生物検査技師(infection control microbiological technologist,ICMT)2名を擁する当院の検査室は,患者さんの状況を聞きながら,「この方は術後に●●が投与されています.となるとMRSAの可能性もあるし,耐性のCNS(coagulase negative Staphylococcus)かもしれません.血管カテーテルは入っていますか?」などと適切な助言をして下さる.グラム陰性桿菌の場合,「緑膿菌かもしれません」というのはためらうかもしれないが,できる限りの情報を伝えようとしている熱意が伝わるなら可能である.お手つきは,日ごろの意思疎通により,よりよい治療が目的という認識があれば許容範囲のことと思う.

顕微鏡写真の応用

著者: 久代真也

ページ範囲:P.991 - P.991

 形態検査において通常みられる成分と異なる成分を検出した場合,教育や精度向上のために固定試料や顕微鏡写真を保存しておくことは大切なことである.デジタルカメラの普及により顕微鏡写真の撮影が手軽にできるようになったが,尿沈渣のような湿潤標本を鮮明に撮影するためには工夫が必要である.また,貴重な顕微鏡写真に検査データや属性情報を付記して管理することは重要なことである.収集した資料は,新人や実習生の教育および施設内精度管理に活用することができる.さらに,応用として一定間隔で微動機構を動かし連写撮影した複数の平面画像を一般的な市販ソフトであるMicrosoft(R) Power Point(R)でまとめ,立体的な3D画像として表現することもできる.

 形態検査は検査を行う臨床検査技師個人の判定能力に大きく依存している.日当直業務帯で尿沈渣や髄液検査などを専任技師以外が行う場合もあり,技術の向上維持のためにこれらを用いることが重要と考える.

自動分析装置と尿沈渣検査

著者: 伊瀬恵子

ページ範囲:P.1018 - P.1018

 尿沈渣検査は,煩雑で測定者の個人差や施設間差の大きい検査といわれ自動化が遅れていたが,近年,省力化を目的とした自動分析装置が登場してきた.測定原理は,画像認識型とフローサイトメトリーでスキャッタグラム解析するタイプに大別され,いずれも遠心を必要としない.分類項目は,赤血球と白血球,細菌,上皮細胞,円柱で,画像認識型では画像を編集することで沈渣成分の分類が可能である.しかし,多様な形態を示す尿沈渣検査を自動分析装置で行うことには限度がある.特に,分析に使用される原尿の量が微量であるため,わずかな異型細胞やシスチン結晶など異常成分の検出には限界がある.そこで,それぞれの自動分析装置の特徴を十分把握したうえで,見逃しがないように各々の施設の条件に合った鏡検ロジックを作成して鏡検法で確認することが重要となる.

 尿沈渣検査の自動化は,有効な尿検査システムを構築することによって,効率性と精度をともに満足させる質の高い検査を行うことが可能となる.

尿中赤血球の形態検査(変形赤血球)

著者: 北本康則

ページ範囲:P.1022 - P.1022

 まず良質(?)の尿を得ることが,信頼できる結果を得るための必須条件となる.尿中変形赤血球,なかでも腎炎性血尿の指標となるG1赤血球は,生理的赤血球形態が尿細管でpHと浸透圧の変化に曝されることにより非可逆的に変形し特徴的な形をとったものと考えられており,酸性濃縮尿において最も多く出現する.実際には尿pH6.5未満で浸透圧400mOsm/kg・H2O以上が望ましいため,G1観察には早朝尿を用いるとよい.本検査と同時に尿一般検査もオーダーされることが多いため試験紙でpH6以下であることを確認するとよい.また,浸透圧の条件は大まかには尿比重1,010以上で代用できる.一方,赤血球が少ないと観察に時間がかかりすぎるが,定性で潜血反応1+以上か鏡検(400倍)で赤血球数5個以上/1視野の尿を用いれば問題はない.また,微分干渉顕微鏡や位相差顕微鏡がなくともステルンハイマー・マールビン(Sternheimer-Malbin)染色で十分に観察できる.

日当直体制における尿沈渣と髄液検査

著者: 杉野陽子

ページ範囲:P.1033 - P.1033

 尿沈渣や髄液検査は,日常的に業務に接していない臨床検査技師にとっては苦痛な検査の一つである.現在,当院でも夜間・休日検査項目として採用しているが,これらの検査に経験が少なくとも正確な成績が報告できるように工夫し実施している.

 小児科医からの強い要望によって採用された尿沈渣は,「尿路感染症の確認でよい」ということで白血球と細菌の有無のみを検索している.塩類や赤血球は50%酢酸を加え消去することで判別を容易にし,髄液検査でも白血球と赤血球の鑑別に50%酢酸を加えたうえで算定することで経験の少ない臨床検査技師でも正しい成績が報告が可能となっている.まさに,“魔法の酢酸”である.もちろん,全例に適用する訳ではなく,判別に困った場合の対応策である.

 技術の習得を個人の努力に委ねるだけでは迅速に対応することができない.既存の検査法に少し手を加えるだけで,正確な成績が容易に報告できる.当院では,このような工夫をし尿沈渣と髄液検査を日当直業務に取り入れている.詳細な実施方法については文献1)を参照されたい.

グンプレヒトの核影

著者: 黒山祥文 ,   大畑雅彦

ページ範囲:P.1075 - P.1075

 グンプレヒト(Gumprecht)の核影とは,塗抹標本作製時に白血球の細胞質が壊れ,核のみがみられる場合をいい,“basket cell”あるいは“smudge cell”とも呼ばれている(図1a,b).これらは標本作製時のアーチファクトとしてみられ,健常人の末梢血塗抹標本でも2%以内とされている.白血球分類で核影が認められた場合は,白血球200個分類とは別にカウントし,個数/200WBCと表現することが望ましい.薄層塗抹標本時で認めやすく,病的な幼若な細胞が多くみられる症例やリンパ球が増加する小児の検体,慢性リンパ性白血病や伝染性単核球症など,特にリンパ系疾患では多数みられる(図2a).このような症例ではスピナー標本(図2b)あるいは圧座伸展標本を作製し,白血球分類するとよい.骨髄塗抹標本でも,核影が多く認められる場合は圧座伸展標本で分類を行う.

ドラムスティック

著者: 海渡健

ページ範囲:P.1090 - P.1090

 X染色体はY染色体と比較して非常に大きく,含まれる遺伝情報も多量となっているため,男女間の遺伝情報に不公平が生じないよう,2本のX染色体に含まれる遺伝情報のうち一方を不活化することで均一化を図り,膨大な遺伝情報が整理されている.このX染色体のランダムな不活化はライオニゼーション(lyonization)と呼ばれているが,不活化された染色体は消えてなくなるわけではなく,その一部が白血球の核に濃縮され存在している.光顕観察でその濃縮物は,核に1本の糸でつながった太鼓バチ状にみえるため,ドラムスティック(drumstick)と呼ばれている.ドラムスティックは全例で検出されるわけではなく,検出率は2割程度とされているが,これが確認できればその血液が女性由来であることがわかる.区別すべきは男性のY染色体の凝集である偽ドラムスティックで,前者が直径1.2~1.5μmのテニスラケット大とすると後者はゴルフクラブ大となる.また,1本の糸でつながっていることも重要な所見で,核の突起と混同しないことも重要である.おまけのようにみえるドラムスティックだが実は多くの情報が含まれた遺伝子の集合体ということになる.

EDTA依存性血小板減少症―顕微鏡を覗けばすぐにわかる

著者: 矢冨裕

ページ範囲:P.1107 - P.1107

 エチレンジアミン四酢酸(ethylenediaminetetraacetic acid,EDTA)依存性血小板減少症(偽性血小板減少症)は,抗凝固剤EDTA塩の存在下で抗体依存性に血小板凝集が起きる現象であり,血小板数が偽低値を呈する代表的な例である.

 EDTA塩により血小板膜蛋白質のコンフォメーションが変化して新たなエピトープが出現することに伴う免疫反応であり,純粋にin vitro(試験管の中)の反応である.したがって,(EDTAが存在しない)生体内では,(他に疾患がなければ)血小板数は正常であり,出血傾向もない.顕微鏡による血液像の観察ですぐに判別が可能である(図).

 本症を見逃すことの結果は重大であり,本来治療が不要である本症に対して無意味な治療がなされる危険性がある.なお,本症と診断がついた場合は,採血直後の測定,EDTA増量,ほかの抗凝固剤の使用,カナマイシン入り試験管の使用などで対応する.

採取法・検体の違いと細胞像

著者: 伊藤仁

ページ範囲:P.1143 - P.1143

 採取法や検体の種類,細胞保存液の使用により,異なった細胞像を呈する.例えば,体腔液などの液体中では,細胞集塊は球状化しやすい.また,生理食塩水による洗浄液では,核は膨化傾向を示し,クロマチンはすりガラス様(融解状)となる.細胞保存液を使用した場合は一般的に,核小体が明瞭になる傾向がある.

 超音波内視鏡を用い胃壁から膵臓病変を描出し穿刺吸引を行う超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診〔endoscopic ultrasoundscopy(ultrasonography-guided)fine needle aspiration,EUS-FNA〕では,膵臓病変の細胞以外にも,膵臓に由来する正常細胞のほか,胃の正常上皮細胞が異型のない平面的細胞集塊として出現することがある.

封入剤

著者: 伊藤仁

ページ範囲:P.1156 - P.1156

 厚さが一定の組織標本に比べ,一般的に細胞診標本では多くの量の封入剤が必要である.特に塗抹が均一でなく,凹凸のある標本では多量の封入剤を要するが,その場合,対物レンズが40倍以上の強拡大では鮮明さを失い,“ボケ”が生じる.せっかく細胞が多量に採取されていても,塗抹が均一でない標本は診断が困難となる.

コンタミネーション

著者: 伊藤仁

ページ範囲:P.1166 - P.1166

 細胞診標本作製過程中に発生する他検体からの細胞のコンタミネーション(混入)は,検査や診断の正確性が失われ,重大な誤診につながる可能性がある.実際,別患者の検体の一部が混入し,陽性と診断されたため,肺が切除された事例がある.細胞診標本において,ほかから混入した細胞は焦点が異なるため通常鑑別可能であるが(図),原因となった混入元の検体を特定することが肝要である.また,コンタミネーションは,標本の中心付近には起こりにくく,染色かごと標本が接触している標本辺縁部分に起こりやすい.

 癌細胞が多量に出現している可能性の高い検体は最後に染色する,染色後は頻繁に可能な限り染色液の濾過をする,など検体相互のコンタミネーションの防止に努めることが肝要である.

サルコイドーシスの病因

著者: 江石義信

ページ範囲:P.1201 - P.1201

 リンパ節生検によるサルコイドーシスの顕微鏡診断では,乾酪壊死のない成熟した類上皮細胞肉芽腫を認めることが診断の基本となるが,病勢の強い症例ではときに肉芽腫内部に好酸性壊死を伴うこともあり診断に苦慮する場合がある.このようなとき,リンパ洞の過形成所見やリンパ洞内にHamazaki-Wesenberg(HW)小体と呼ばれる細胞質内封入体を検出できれば診断の助けとなる.HW小体は,ヘマトキシリン・エオジン(hematoxylin-eosin,HE)染色で黄褐色,ギムザ染色で深緑色,カルボールフクシン染色では鮮紅色の抗酸性を呈する.欧米の病理学教科書にも記載があるがその本体は不明とされている.近年,アクネ菌に特異的な単クローン抗体を用いた解析から,HW小体がマクロファージ細胞内に潜伏感染する冬眠型L型細菌である可能性が示唆されている.本菌の細胞内増殖を契機に,アレルギー素因を有する患者に肉芽腫が形成されるというアクネ菌病因説が,現在わが国を中心に検討されつつある.

組織細胞転写(分割)法

著者: 伊藤仁

ページ範囲:P.1214 - P.1214

 良性と悪性の鑑別や組織型の鑑別が困難な場合や,診断の確認あるいは腫瘍の細分類など種々の目的で酵素抗体法が応用されることが少なくない.通常パパニコロウ(Papanicolaou)染色標本を脱色して酵素抗体法が行われるが,ほぼ同一の組織切片が多数作製可能であるパラフィン切片に比べ,婦人科検体や穿刺細胞診検体では,通常1枚~数枚の標本に限られるため,多数のマーカー検索は困難である.

 しかし,現在では1枚のパパニコロウ標本上の細胞をほかの複数のスライドガラスに分割し移す細胞転写法という技法を用いることにより,複数の検索が可能となっている(図).細胞転写法はキシレンでカバーガラスをはがした標本に封入剤を塗布し,硬化後軟化させ,ビニール状になった封入剤とともに細胞をスライドガラスからはがし,分割あるいはトリミングし,ほかの複数ガラスに貼り付ける方法である.

異型細胞と正常細胞の鑑別

著者: 八木靖二

ページ範囲:P.1240 - P.1240

 異型細胞検出の主目的は悪性腫瘍の発見にある.悪性細胞の形態学的特徴および出現パターンのそれぞれが異型性として表現され,これらの所見を有する細胞が異型細胞として総称されている.しかし,異型性を示す細胞は悪性病変だけでなく良性病変にも認められ,異型細胞の良性・悪性の鑑別が必要となる.

 一般的に悪性病変に出現する異型細胞(悪性細胞)は良性病変に出現する異型細胞(良性細胞)と比べて,正常細胞との隔たりが大きく異型性が強いことから,両者の鑑別は多くが可能である.異型細胞は正常細胞に異常が生じて発生したものである.正常細胞と同由来の異型細胞は,色調や表面構造などの細胞質の性状が同様であったり,類似していたりすることが多い.

 したがって,異型細胞の細胞由来を鑑別する場合も正常細胞の鑑別法を応用することにより,異型細胞であっても細胞由来の推定はほぼ可能である.実際の異型細胞の検出および鑑別に当たっては,良性病変・悪性病変それぞれに出現する異型細胞の形態学的特徴,および出現パターンを細胞の由来別に整理し,これらの鑑別法をあらかじめ捉えておくことが大切である.

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編集後記

著者: 矢冨裕

ページ範囲:P.1262 - P.1262

 「検査と技術」編集委員会では,毎年,多くの読者のお役に立てるような増刊号を目指し,そのテーマの選定に知恵を絞っておりますが,今年は「顕微鏡検査のコツ――臨床に役立つ形態学」とさせていただきました.顕微鏡という一つの装置に焦点を当て,その使い方を含めた基礎面と,診断を含めた臨床面を,各検査領域を超えて横断的に網羅する増刊号となっています.類書の少ない新しい切り口と考えております.

 言うまでもなく,顕微鏡は,光学的もしくは電子的な技術を用いることにより微小な物体を肉眼で見る装置ですが,本増刊号では,主に光学顕微鏡を扱っています.医療,さらには臨床検査を支える装置・機器の進歩は改めて申し上げるまでもありませんが,光学顕微鏡は,その基本的原理に関しては,16~17世紀にかけて,オランダで発明されたものです.また,おそらく,かなりの読者は,小中学生の時には既にこれを扱ったことがあると思います.このような,ありふれた装置と言ってよい顕微鏡ですが,できあがった本増刊号の内容に目を通し,この昔からある簡単な装置がどれほど貴重な情報を提供してくれるかということを再確認いたしました.

基本情報

検査と技術

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1375

印刷版ISSN 0301-2611

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