〈病理〉
リンチ症候群の検査法―特に病理検体を用いたスクリーニング法の留意点
著者:
古田玲子
,
柿田智世
,
小川真由美
,
新井正美
,
加藤洋
,
高澤豊
,
石川雄一
,
北川知行
ページ範囲:P.808 - P.814
はじめに
リンチ症候群(Lynch syndrome:LS)は,遺伝性腫瘍症候群の1つで,精子あるいは卵子を経由して受け継がれる生殖細胞系列でのミスマッチ修復(mismatch repair:MMR)遺伝子の変異が原因で生じ,常染色体優性遺伝形式を示す.性別に関係なく子どもに50%の確率で遺伝する.特に大腸癌と子宮内膜癌の発症が多く,生涯で大腸癌は52~82%に発症し,散発癌よりも若年に発症,異時性あるいは同時性に多発することが多い.女性では,子宮内膜癌が25~60%に発症し,LSの“sentinel cancer”となることも多い1~4).その他にも胃,卵巣,小腸,腎盂・尿管,肝胆道系などの多くの臓器に悪性腫瘍の発症がみられるが(表1)5),同じMMR遺伝子変異がみられる血縁関係者のなかで同じ臓器に癌が発症するとは限らず,また,10~30%は癌の発症がみられない保因者である6).
遺伝性の大腸癌として知られている家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)では,大腸に数百~数千に及ぶ腺腫が発生し,放置すればほぼ100%大腸癌が発生する臨床的特徴がみられるのに対して,LSは個々の臓器の腫瘍発生様式に,FAPほどの臨床的特徴がみられない.大腸癌と子宮内膜癌などが多発している家系が複数報告された当時は,遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary non-polyposis colorectal cancer:HNPCC)という名称がつけられ,臨床的診断基準としてアムステルダム診断基準が設定された.しかし,原因遺伝子の解明が進んだ今日では,大腸に限らず他の臓器にも癌が多発することから,本疾患は,概念を提唱したDr. Henry Lynchの名にちなみ,本疾患に特有な生殖細胞系列で原因遺伝子の変異が検証されれば,リンチ症候群(Lynch syndrome)と呼称されることになった7).
MMR系で働く蛋白としては,これまで主に6種類の蛋白(MLH1,MSH2,MSH6,PMS2,MLH3,MSH3)が報告されており,これらをコードしている遺伝子をまとめてMMR遺伝子と呼んでいる.このうち,生殖細胞系列の病的変異がLSに関与していると報告されているのは,主に第3染色体上のMLH1,第2染色体上のMSH2およびMSH6,第7染色体上のPMS2遺伝子の4つである.その他,MSH2の上流にあるEPCAMの3’側の欠失や変異がMSH2の発現に影響して同様の症状を呈することも知られている8).MMR遺伝子の片方のアレルに生殖細胞系列変異があり,さらにもう一方のアレルに後天的異常が加わると,MMR機構が損なわれ,それによって腫瘍制御システムやDNA損傷修復反応,アポトーシスなどにかかわる遺伝子に変異が誘発され,腫瘍が発生すると考えられている.
わが国でのLSの診断は,段階的なスクリーニング(一次,二次)を経て,最終的にMMR遺伝子の生殖細胞系列の変異を検出するプロセスにて確定診断がなされる(図1)5).
LSと診断された場合には,好発する臓器の計画的なサーベイランスがなされ,大腸癌や子宮体癌での死亡はほぼなくなってきているが,胆道癌や卵巣癌などの難治性癌の早期発見が今後の課題である9).
本稿では,病理検体を用いたスクリーニング検査から確定診断までのプロセスと,特に病理検査として施行される二次スクリーニング法の1つであるMMR遺伝子の蛋白に対する抗体を用いた免疫組織化学(immunohistochemistry:IHC)法による検査について解説する.