icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生58巻9号

1994年09月発行

雑誌目次

特集 現在からみる公害

東京の大気汚染—東京スモッグから24年

著者: 朝来野国彦

ページ範囲:P.603 - P.606

◆はじめに
 1970年7月15日,東京都杉並区の住宅街の一画にある女子高校の校庭で,ソフトボール部の選手数名が,呼吸困難を訴えて倒れたいわゆる「東京立正高校事件」から24年になる.この年の5月には新宿区の牛込柳町交差点周辺で,ガソリン自動車からの排気ガスに含まれる鉛汚染が問題となった.この二つの社会問題化した大気汚染は,いずれも自動車から排出される成分と関係が深く,汚染の主役が製鉄所や火力発電所などの産業型から,自動車排出ガスを中心とした都市型へ変貌する先駆けであった.
 平成4年度の測定結果では,大型ディーゼル車が主な発生源である二酸化窒素,浮遊粒子状物質が多くの地点で環境基準を越えており,かつて大気汚染の主役であった,製鉄所や発電所から排出される硫黄酸化物は,すべての地点で環境基準を満足している.桜島なみの硫黄酸化物汚染に見舞われていた東京の大気汚染を考えると,感慨深いものがある.
 本稿は,産業型公害から都市型公害へ変貌していった東京都の大気汚染の推移と現状,残されている課題について,現場の視点からまとめたものである.

火山活動の健康影響

著者: 矢野栄二

ページ範囲:P.607 - P.611

◆はじめに
 雲仙普賢岳の火砕流災害で37名の人命が一瞬のうちに奪われてから3年以上が経過したが,現地ではいまだに避難生活が続いている.また中央のマスコミではあまり大きく報道されていないが,阿蘇では火口近くで突然旅行者が倒れるなどの事故が発生している.雲仙の噴火開始と同じ頃,フィリピンのピナツボ火山の噴火も多くの人命を奪ったが,その際吹き上げられた微粒子が成層圏に上って全地球を覆い,世界的に日照が減少したという報告も記憶に新しい.
 一般に火山活動による環境汚染は,いわゆる公害の中に含めて考えられていない.しかし例えば桜島火山が放出する二酸化硫黄の量は1日110から3,500トン1),噴出する火山灰は1日平均約3万トン2)と,人為的な汚染源からの噴出量をはるかに上回っている.またその影響範囲もはるかに広く,時にピナツボ火山噴火の時のように全地球的レベルに及ぶ.このほか,火山活動と関連した水系の水銀汚染3),放射性物質の放出4)や火山活動に伴う悪性腫瘍の増加5)などの可能性も考えられ,公害や地球環境汚染問題に関わる現象の多くが火山によってもたらされ得る.

水俣病の現状

著者: 近藤喜代太郎

ページ範囲:P.612 - P.616

 水俣病とは,環境に放出された水銀によって魚介類が汚染され,その体内に蓄積された低級アルキル水銀を喫食したヒトが罹患する中毒性疾患で,これまで日本の2地域で集団発生した他,カナダ,中国などでその機序による患者の発生が疑われた.
 本症についてはすでに膨大な文献があるので,本稿では学術的問題にはふかくは触れず,社会的問題に重点をおいて現状を述べる.

イタイイタイ病とカドミウム中毒

著者: 能川浩二

ページ範囲:P.617 - P.621

◆はじめに
 わが国におけるカドミウム中毒の研究は,富山県神通川流域に今世紀以降多発したイタイイタイ病(以下,イ病)を契機として始まったといえるだろう.「イ病」の名前が初めて公式に用いられたのは,1955年の第17回日本臨床外科学会で,萩野らが「いわゆるイタイイタイ病(富山県婦中町熊野地方風土病)に関する研究」と題する報告を行ったときである.その後,多くの研究成果を踏まえて,1968年には「イ病はカドミウム(Cd)の慢性中毒により,まず腎機能障害を生じ,次いで骨軟化症をきたし,それに妊娠,授乳,内分泌の変調,老化およびカルシウム等の不足などが誘因となって形成されたものであり,その発生地域は神通川流域の一部に限られている.この地域を汚染しているCdについては,対照河川の流域にも存在する程度の自然界に由来するもののほかには,神通川流域上流の三井金属神岡鉱業所の事業活動に従って排出されたもの以外には見当たらない.(要旨の一部)」という厚生省見解が発表され,イ病は公害であるという行政姿勢が示された.その後,患者,家族が原告として三井金属を訴えた裁判は,第一審,第二審判決とも原告が勝訴し,司法上もイ病の原因がCdであるとの結論が下されている.

農薬汚染の広がり

著者: 木根渕英雄

ページ範囲:P.622 - P.625

 昭和62年(1987)から平成3年(1991)までのわが国の死因統計で,自殺は変わることなく通して第7位だった.その手段で圧倒的に多いのが縊首,首つりであり,56〜57%を占めている.第2位は高所からの飛び降りで,10〜11%を占める.3位・4位・5位は,僅差で年ごとに入れ変わる.すなわち農薬,入水溺死,ガス(昔は都市ガスだったが,近年は車の排気ガスが多い)の三つの手段が,それぞれ5〜7%の範囲で増えたり減ったりして順位が変わっている.いずれも自殺と聞いた時に連想する方法だが,農薬が服毒自殺の中で最も多い毒物になっている.厚生省統計情報部が毎年公刊する「人口動態統計」からの資料を表1に示した.
 表2も同じ資料に由来する.散布など農薬取扱い中の事故死者数だが,農薬自殺者の15%程度である.しかし問題は事故の発生場所の過半数が「家庭内」となっており,田畑やビニールハウスではないことである.農薬は身近にある致死的な毒物という認識がうすく,あまりにも安易に扱われ過ぎているのではなかろうか.

チェルノブイル事故と放射能汚染

著者: 青木芳朗

ページ範囲:P.626 - P.630

◆はじめに
 チェルノブイル原子力発電所4号炉の事故は,原子力平和利用の歴史の中で最大かつ最も不幸な出来事であった.事故の際に放出された放射能による環境汚染,人体への影響等につき,多数の学問的報告あるいはマスコミの報道がなされている.わが国への直接的な影響は極めて少なかったにもかかわらず,過度の報道等により,いろいろな憶測がなされてきたが,どれが真実で,どれが真実でないかという判断に苦しむ場合が多かった.
 実際にチェルノブイルを訪問して,現地で現在でも働いている研究者たちと話し合ってみると,彼らは思いの外冷静であることが分かる.しかし,信頼できる情報が与えられていなかった汚染,非汚染地域の住民の中には,不安やいらだちが多く認められたことも事実である.
 本稿では,できるだけ客観的なデータのみを用いて,チェルノブイル原子力発電所事故による環境への影響と,人体への早期あるいは晩期の影響について概説した.

地域における公害への対応

著者: 寺本辰之

ページ範囲:P.631 - P.633

◆はじめに
 昭和30年代から40年代にかけて,経済が目覚ましい発展を遂げるとともに,それまで見棄てられていた,その影の部分ともいうべき公害問題が各地で頻発した.その主要なものは四大公害病裁判として知られる熊本および新潟の水俣病,イタイイタイ病,四日市喘息であるが,これら以外にも多数の公害事例が発生した.公害患者の悲痛な訴えと,それに呼応する世論の高揚が昭和45年の公害国会における,公害関係14法案成立の大きな原動力となった.
 公害関係法の整備とともに,複数の省庁がもっている公害行政の一元化が期待されるようになり,昭和46年環境庁発足へと至った.環境庁の実質的初代長官大石武一は医師であるとともに,自然保護への並々ならぬ情熱を抱く適材であった.しかし,彼の環境保護行政への取組み方が,その後の環境庁のあり方を決定するには,長官在任1年間はあまりにも短すぎたといえるだろう.

環境行政—最近の動向

著者: 牛尾光宏

ページ範囲:P.634 - P.638

◆はじめに
 平成5年11月,念願の環境基本法が成立した.環境基本法は,公害対策行政の基幹的法律であった公害対策基本法と自然保護行政の基幹的法律である自然環境保全法の両者を,より広い環境という観点から統合したものであるが,この法律の成立に伴い,公害対策基本法が廃止され,自然環境保全法の一部が改正されたことから理解されるように,環境基本法の骨格となっているのは公害対策基本法である.
 したがって,環境行政全般に関する最近の動向にしろ,その中でも特に公害問題に焦点を当てるにしろ,環境基本法について触れざるを得ない.そこでまず,環境基本法制定の必要性とも深く関連する環境問題の変遷に触れ,そして,公害対策基本法と比較の上で環境基本法における主たる改正・新たな規定を紹介し,さらに,環境行政・公害問題に関する今後の展望等について私見を記すこととしたい.

視点

公衆衛生(健康)基本法の提言—世紀末の激動と公衆衛生

著者: 橋本正己

ページ範囲:P.601 - P.602

 冷戦構造の終焉後,国際的には民族間の闘争が絶えず,難民の苦悩,途上国の人口の爆発的増大と貧困飢餓,地球環境問題など,また国内的には長びく不況の下,超高齢社会化の進行,政局の混乱など,現在は正に世紀末の激動の時期である.
 ここでは公衆衛生の視点から,これらの激動を巨視的に展望したい.

公衆衛生医師—その現状と課題 座談会

エイズ予防対策と公衆衛生医師(2)

著者: 北村邦夫 ,   桒野哲実 ,   桜井賢樹 ,   中村好一

ページ範囲:P.639 - P.644

●カウンセリングの必要性と体制づくり
 中村 エイズの検査には必ずカウンセリングがついていなければならないともいわれていますが,保健所における検査の仕組みの中でカウンセリングの現状とか問題点についてはいかがでしょうか.
 桜井 このエイズという病気では,検査を受けることが,最終的には責任の1つになるわけですが,その後を引き受ける医療機関の責任もあるし,それから検査を受けることが自分を含めてすべての人の幸福となるような環境をつくっていく社会としての責任もあるわけです.

連載 地域精神保健の展開—精神保健センターの活動から・9

痴呆性老人の地域ケアへの技術援助—東京都の老人精神医療相談班活動

著者: 菱山珠夫 ,   長尾佳子

ページ範囲:P.645 - P.649

【はじめに】
 東京都では,昭和63年度から痴呆性老人の保健医療対策の一環として,「痴呆性老人精神科専門医療事業」を都の単独事業として発足させた.この事業は,①処遇上特に問題の多い顕著な精神症状と行動障害を伴う痴呆性老人に対して,短期集中的な治療とケアとを提供する痴呆性老人精神科専門治療病棟(以下,専門病棟という)を精神病院内に計画的に整備していく,②専門病棟入院対象者への訪問診察および家族等への専門的医療相談や介護指導,移送協力などに専従する老人精神医療相談班(以下,老人相談班という)を精神保健センター等に配置する,③専門病棟の効率的かつ適正な運用を図るため,入退院の審査や病棟運営の調整などについて協議する専門病棟調整委員会を設置する,の3点からなっている(図1参照).
 専門病棟(定床50)は現在4病棟200床が稼働中であり,近く1病棟が開設され,将来的には都内全域に10病棟・500床が配備される計画である.

疾病対策の構造

特定病因説の科学史(1)

著者: 長野敬

ページ範囲:P.650 - P.652

 ちょうど半世紀前の1944年は,エイヴリー(O. T. Avery, 1877-1955)一門が肺炎双球菌の形質転換因子をDNAと同定して,論文を発表した年だった.また結核に対抗する驚異の抗生物質ストレプトマイシンを,ワクスマン(S. A. Waksman, 1888-1973)が放線菌から分離したのも同じ1944年.これらは,それまでにも世紀の初め以来一貫して傾向を強めてきた「特定病因説」の医学に,仕上げの駆動力を与えるブースターの点火であった.
 特定病因説というのは,医学に詳しい科学ジャーナリストであるディクソン(Bernard Dixon, 1938)が『近代医学の壁—魔弾の効用を超えて(Beyond the Magic Bullet, 1978)』のなかで,現代医学の一つの傾向を批判的に論じた際のキーワードである.ある疾病にはそれぞれ特定の原因があるというごく単純な「真理」のことをいう.20世紀が進むにつれてなぜ真理だけでは間に合わなくなってきたのか,あえて言えば真理はなぜ破綻をきたしたのか.ディクソンは,手ごろな一冊のうちに,明快に説いて余すところがない.

21世紀への食品保健行政

対物保健からヘルス・プロテクションへ—食品保健を例に

著者: 高原亮治

ページ範囲:P.653 - P.656

●はじめに
 公衆衛生サービスが対人保健と対物保健に区分された理由や経緯について筆者は詳らかには知らない.多分,保健所のプロトタイプが総務,予防(保健),環境に三区分されていることも多少関係があるかもしれない.しかし,総務課は,衛生教育や地域診断の基本となる衛生統計といった,公衆衛生の最重要課題を担っている(いた)はずであり,それゆえに,保健所の筆頭課の地位を有するということになっている(令達予算の執行ならスーパーのレジ打ち業務と大同小異であろう)し,予防(保健)業務の本来は,環境と人間の相関の観点から,健康インフラストラクチュア整備を住民の側面から進めるはずであって,臨床的責任もとれない体制で,新聞記事同然の保健指導にうつつをぬかす余裕はないはずなのである.さて,環境衛生業務についてであるが,たしかに表面的には,廃棄物や興業場,ビルなどの施設や,食中毒の処理,食品の収去検査など,ヒトというよりモノを相手にしているように見えるのは事実であり,対人保健とパラレルなターミノロジーとして対物保健という領域がカテゴリカルに存在しているようにみえるのも事実である.

レギュラトリーサイエンスとしての食品保健行政

著者: 内山充

ページ範囲:P.657 - P.660

 新しい世紀を迎えようとする革新の時代にも,人間の社会を守り発展させるという目的をもつ保健行政の仕組みの重要性はいささかも変わらない.しかし,目的は変わらなくても方法や対象にはブレークスルーが必要である.むしろ,より有効に適切に目的を達成するためには,常に新鮮な感覚で角度を変えて現状を観察すべきであろう.

資料

アンケートに見る高校生1,090人のエイズ認識

著者: 田口正男

ページ範囲:P.661 - P.665

 現在,新たに判明したHIV感染者の中に17歳,18歳という未成年者が含まれるなど,若年層への感染の広がりが危惧されている.周知のとおり,HIVは感染力が弱く,つきつめるところ人間のリスクの高い行動がこの病気を蔓延させていると言ってよい1).このことは,正しい知識の普及と節度ある行動がこの病気の流行を止める一番の手だてであることを意味する.つまり,これが「エイズに対する最大のワクチンは教育である」と言われるゆえんである.しかし,わが国においてはその教育的対応の遅れがしばしば指摘されるところである2)
 このような状況のなかで,神奈川県立橋本高校では生徒自身の手によって学校祭の活動の1つにエイズ問題が取り上げられた.これは1,000人を越える高校生への意識調査であったため,青少年のエイズに対する認識を知るうえで貴重な資料になると考えられた.指導にかかわった一人として,ここにその結果を公表し,若年層を預る教育現場での対応の資料に供したいと思う.

進展する地域医師会の公衆衛生活動 老人保健施設の運営—能代市山本郡医師会・1

老人保健施設開設への経緯

著者: 小西重夫 ,   田中武

ページ範囲:P.668 - P.669

 東京から田中事務長に電話すると,「奥羽線の東能代駅からタクシーに乗り,医師会病院と言えばすぐわかります.10分ほどで着きますよ」との返事.その言葉のとおり奥羽線の東能代駅でタクシーに乗ると,車は市街地とは反対の小高い丘に向けて水田の中の一本道をひたすら走り続ける.
 数分後に坂道をのぼりつめると,道路の端に「能代山本老人福祉総合エリア」の看板が目に入る.この小高い丘が能代山本老人福祉総合エリアと名付けられ,保健福祉施設が設置された地域である.このエリアにはそれぞれ設置主体は異なるが,道路の右手には能代市山本郡医師会立能代山本医師会病院,当老人保健施設,能代市保健センターがあり,左手に能代山本広域市町村圏組合特別養護老人ホーム長寿園,高齢者交流センターおとも苑がある(表).

新しい保健・福祉施設

橿原市保健センター

著者: 植田育宏

ページ範囲:P.670 - P.671

1.市の概要
 橿原市は,奈良県のほぼ中央に位置し,面積39.52 km2,人口120,770人の市である.市内は,万葉の時代を偲ばせる大和三山に囲まれ,わが国最初の本格的計画都市である藤原京をはじめ,橿原神宮や歴史的町並みを今に残す今井町等,豊かな歴史的遺産に恵まれている.交通機関はJR・私鉄を含め市内に13の駅があり,大阪のベッドタウンとして人口は年々増加してきた.

保健行政スコープ

労働者健康状況調査報告から—これからの労働者の健康対策

著者: 原徳壽

ページ範囲:P.672 - P.673

●労働者健康状況調査結果
 平成4年に労働者健康状況調査が実施された.これは,労働省が5年ごとに全国の事業所およびそこに働く労働者を対象に,事業所における労働者の健康状況の把握,労働者に対する健康管理対策の推進状況等を明らかにするとともに,労働者個人の健康状況,自主的な健康管理の推進および心の健康(メンタルヘルス)を含めた総合的健康対策,予防対策等の状況を把握するために行われるものである.平成4年の調査では,常用労働者を10人以上雇用する民営事業所のうちから,産業別規模別に層化して1万2千事業所を抽出し,この事業所に雇用されている労働者1万6千人を抽出して実施された.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら