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雑誌目次

雑誌文献

生体の科学58巻5号

2007年10月発行

雑誌目次

特集 タンパク質間相互作用

序にかえて

著者: 伊藤正男 ,   石川春律 ,   野々村禎昭 ,   藤田道也

ページ範囲:P.332 - P.332

 生体物質は金属イオンのような小さいものから核酸やタンパクのような大きいものまであり,複雑性が異なる階層に分類されます。最も高次な階層はタンパクで占められています。DNAは巨大ではあっても,その三次元的多様性はタンパクに及びません。

 生体物質間の相互作用は階層間で起こるのがふつうです。代表的な例は基質と酵素です。アゴニストと受容体であってもいいでしょう。いずれにせよ,相互作用する階層の一つはまずタンパクです。また,同じ階層内での相互作用で生体にとって意味のあるのはタンパクの階層に限られると言っていいでしょう。

1.総論

タンパク質間相互作用に関与するデータベースの構築

著者: 木下賢吾

ページ範囲:P.334 - P.337

 生体内で実際に機能を担っているタンパク質が,(1)どのタンパク質と(2)どのように相互作用するのかという情報は,タンパク質の機能を分子レベルで理解する上で欠くことのできないものである。本稿では,この二つの問題に対する最近のバイオインフォマティクス的な取り組みを筆者らの研究を交えて紹介する。

計算科学によるタンパク質間相互作用解析

著者: 竹田-志鷹真由子 ,   寺師玄記 ,   梅山秀明

ページ範囲:P.338 - P.341

 タンパク質立体構造情報データベースであるProtein Data Bank(PDB;http://www.rcsb.org/pdb)に登録されているタンパク質立体構造の数は急速に増加しており(2004年4,857件,2005年5,058件,2006年6,120件),現在41,000件を超えている。一方,タンパク質の機能を理解する上で重要なタンパク質複合体の立体構造情報は,実験そのものの困難さや,複合体を形成する相互作用の組み合わせが膨大になることもあり,網羅的に実験構造を得ることは困難である。そこで,タンパク質間相互作用の研究において,コンピューターを用いてタンパク質複合体の立体構造を予測するドッキング解析(protein-protein docking)は非常に有効である。本稿では,まず筆者らが開発したドッキング解析プログラムSKE-DOCK1)の基本的なアルゴリズムを紹介し,ドッキング解析の基本的な方法と精度について説明する。次に,タンパク質相互作用予測の国際コンテストCAPRI(Critical Assessment of PRediction of Interactions)2)について紹介し,ドッキング解析の現状と展望を述べる。

タンパク質間相互作用推定および評価のためのコンピュータシステムMIAXの応用

著者: ,   古山通久 ,   坪井秀行 ,   畠山望 ,   遠藤明 ,   高羽洋充 ,   久保百司 ,   一石英一郎 ,   宮本明

ページ範囲:P.342 - P.346

 信号伝達,輸送,細胞運動など多くの細胞プロセスはタンパク質間相互作用(PPI)に支配されている。近年,生命における様々なPPIネットワークを推定するため,新しい実験技術が種々開発されてきた。しかし,これらの技術は精度的な問題から適用範囲は極めて限定的である。このためコンピュータを用いた方法論が,実験結果の分析やタンパク質複合体構造の詳細な解析およびタンパク質の相互作用パートナーの推定において,決定的に重要な役割を果たすものと期待されている。また機能的ゲノム解析においても,PPIやタンパク質アセンブリを特徴づけるための新規理論に基づく方法論の構築は現在の大きな研究課題の一つである。さらに,それらの方法論に立脚した合理的薬物設計や遺伝子治療などへの応用展開の重要性は多言を要しない。このような背景から,これまで筆者らは,タンパク-タンパク,タンパク-RNA,タンパク-低分子間相互作用および複合体立体構造推定のための統合的コンピュータシステム“MIAX”(Macromolecular Interaction Assessment Computer System)の開発に取り組んできた。

2.分子進化

タンパク質間相互作用がタンパク質分子の進化に与える影響

著者: 牧野能士 ,   五條堀孝

ページ範囲:P.348 - P.351

 タンパク質の進化を特徴づけるのによく用いられるのは,進化速度である。進化速度は,たとえば100万年などの単位時間当たりに,アミノ酸が何個置換されるかというアミノ酸置換速度によって示される。これは,タンパク質やその部分領域の機能的な制約が厳しければ厳しいほど,そのアミノ酸配列が置換されにくいことによる。最近になってようやく,タンパク質間の相互作用を網羅的に明らかにすることができるようになり,相互作用もタンパク質の機能的制約を決める重要な要素であることがだんだんわかってきた。タンパク質間相互作用は,相互作用する相手のタンパク質(パートナータンパク質)も関与することから,状況はさらに複雑になるものの,進化速度を調べればタンパク質の進化との関係を垣間見ることができる。

3.構造・機能

ドメイン間相互作用による酵素活性の制御

著者: 五十嵐城太郎 ,   田中敦成 ,   清水透

ページ範囲:P.354 - P.356

 多くのタンパク質において,ドメイン間相互作用が機能の発現に決定的な役割を果たしている例が多く知られている。これらのほとんどすべての相互作用は生命体の維持にとって極めて重要であり,その相互作用の一部が不全になっても,生命体にとって生死に関わる重要な問題になる。われわれは最近4種類のタンパク質の構造と機能の関係を調べてきた。その際に,ドメイン間相互作用が,タンパク質の機能発現に重要な働きをする例を見出したので,その例を説明する。

大きなタンパク分子間の相互作用

著者: 小原收

ページ範囲:P.357 - P.359

 ゲノム構造が明らかになることへのタンパク研究者の大きな期待の一つは,それぞれの生物に存在する全タンパク質のカタログが得られることであった。ヒトのゲノム塩基配列が明らかとなった今,こうした静的なプロテオームの情報を基礎として,いかにして生命現象をプロテオームの動的性質として把握するかが現在のタンパク質研究者の大きな課題である。そのため,プロテオームという言葉も「ある条件下のある細胞・組織・サンプルに存在するタンパク質の総体」という意味でより多く用いられるように変わってきているのである。このプロテオームの動的性質の根幹を規定するのが,タンパク質間相互作用である。本稿では,われわれが今まで注目し研究を行ってきたサイズの大きなタンパク質に注目して,その生物学的な意味や分子間相互作用の特徴などについてプロテオームの観点から議論してみたい。

タンパク質間相互作用におけるアシル化の役割

著者: 谷口寿章

ページ範囲:P.360 - P.363

 タンパク質の翻訳後修飾の中に様々な鎖長の脂肪鎖をもつ疎水基による修飾(アシル化)がある。代表的なアシル化にはN末端のミリスチル化,システイン残基の側鎖のパルミチル化,C末端のイソプレニル化があるが,それぞれ修飾に関与する酵素は異なることが知られている。これらに共通した性質は疎水性であり,その特徴的な性質によりタンパク質と細胞膜などの脂質との相互作用に関与すると考えられるが,様々な脂肪鎖がどのように使い分けられ,どのような生理機能をもつのかはまだ不明な点が多い。特にシグナル伝達系タンパク質やウイルスタンパク質が多くアシル化を受け,最近明らかになってきた細胞膜上のラフト構造との関わりも指摘されていることから,活発な研究が進められている。

4.方法・技術

新しいバイオセンサーによるタンパク質間相互作用の時間分解検出

著者: 寺嶋正秀

ページ範囲:P.366 - P.369

 生体科学において,タンパク質の分子間相互作用は機能と直結する重要な要素であり,その詳細を解明することは,これまでもそしてこれからも中心的な研究テーマであり続けるだろう。しかし,この相互作用という見えないものを測るためには種々の工夫が必要となる。現在では免疫応答,シグナル伝達,レセプターリガンドアッセイなどを行うために,いくつかの原理に基づくバイオセンサーの開発が行われており,数種の機器は市販もされている。

 例えば,分子が結合することによる質量増加を検出する手法が開発されている。また,表面プラズモン共鳴(SPR)バイオセンサーと呼ばれる手法は,高感度手法として広く用いられるようになってきた1)。これは,金属表面からの反射光が表面プラズモンの吸収によってある角度のときだけ減少する効果を利用したものであり,原理的には金属に接する溶液の屈折率を測定するものである。よって,タンパク質を金属基盤に吸着させる必要があり,少なくとも数分はタンパク質の蓄積を待たなくてはならないのが普通である。しばしばリアルタイム測定と呼ばれることもあるが,それは数分以上かかるタンパク質同士の拡散律速反応を観測する場合であり,本質的な会合速度を測定するほどの時間応答は困難である。こうした制限は,信号伝達系などで短時間しか存在しない不安定中間体がタンパク質-タンパク質相互作用を変化させるのを検出したいような場合には大きな問題となる。また,生化学的な要望としてクロマトで分離すると同時に相互作用を調べたいような場合が多いが,そのためには相互作用を数秒で検出する必要がある。しかし,従来の検出法ではそうした要求には応えられない。このような困難と共に,相互作用を観測するための溶媒は同じでなければならないとか,精密な温度制御が不可欠であるなどの制限があり,新しい手法が要望される。

抗体可変領域のタンパク質間相互作用を利用した高感度な低分子分析

著者: 上田宏

ページ範囲:P.370 - P.373

 抗体(免疫グロブリン)を利用した検出法(免疫測定法)は,生体物質の検出および相互作用解析の基本ツールとしての地位を不動のものとしているといってよい。もちろん近年のゲノム,プロテオーム解析の進展にともない質量分析をはじめとしたほかの手法の進歩も著しいものがある。とはいえ酵素免疫固相測定法(ELISA),免疫沈降,Western blotなどに代表される,特定のターゲットを簡便な操作で特異的かつ高い親和性で認識・検出できる免疫測定法の有用性は,今後とも長期にわたって薄れることがないであろう。

 抗体はこのようにタンパク質の検出に威力を発揮するが,抗体がその魅力をさらに増している点として,このような高分子だけでなく低分子も認識可能な点があると思われる。かつてABO式血液型の発見者Landsteinerによって見出されたごとく,糖鎖や低分子化合物のように単独では抗原性がない物質でも,キャリアタンパク質に結合したもの(ハプテン)なら抗体はこれを抗原として認識しうる。この性質を利用し,これまで多くの低分子やペプチドについてモノクロ,ポリクロを問わず特異的抗体が作製され,ホルモン・薬物などの分析,また全長タンパク質やその翻訳後修飾の検出などに幅広く応用されてきた。本稿では,これまであまり利用されてこなかった抗体のドメイン間相互作用を利用した,特に低分子を従来より高感度で検出可能な新しい免疫測定法について,おもに筆者らの仕事を紹介したい。

タンパク質間相互作用強度の計算機による予測法

著者: 林田守広 ,   阿久津達也

ページ範囲:P.374 - P.378

 本稿では,タンパク質間相互作用の強度を生物学的な実験によって求めるのではなく,計算機などを使って情報学的に予測する手法をいくつか紹介する。これらの手法は相互作用があるかないかを予測する手法からの拡張として導かれるので,はじめに相互作用の有無を予測する手法について解説する。

 タンパク質間相互作用を予測する手法としては,電磁気学的な性質から導かれるポテンシャルエネルギーの最小化に基づく分子動力学法を使う方法があるが,この計算には多大な計算機資源を必要とする。ある特定のタンパク質ペアについては実行可能かもしれないが,多数のタンパク質中から総当たりで相互作用するタンパク質ペアを探すといった目的には現実的でない。また必ずしも精度も高くないため,タンパク質の立体構造を直接的に使わないアプローチも研究されている。

5.遺伝情報の発現

タンパク質間相互作用と転写制御

著者: 宮本薫

ページ範囲:P.380 - P.382

 哺乳動物を含む真核生物の遺伝子発現の調節(転写制御)は,RNAポリメラーゼⅡや様々な転写因子がDNA配列へ結合することで始まる。その過程では,RNAポリメラーゼⅡを含む基本転写因子複合体,クロマチンリモデリング複合体,メディエーター複合体,ヒストンアセチル化酵素複合体などが,様々な転写因子と次々にタンパク質間での相互作用を繰り返し1),そのことによって精緻な転写制御が行われている。これら転写の活性化や抑制には極めて多種類のタンパク質が複雑に相互作用しており,さらに直接DNAに結合する転写因子の数は1800種類,コファクターは200種類ともいわれることから,その全体を詳述することは筆者の能力をはるかに超えている。ここでは,転写調節にかかわるタンパク質複合体とその役割を概説し,さらに,転写因子と基本転写装置とを有機的につなぐタンパク質相互作用について概観したい。

 真核生物ではタンパク質をコードする遺伝子はRNAポリメラーゼⅡにより転写される。RNAポリメラーゼⅡ自体にはDNA配列であるプロモーターを認識する能力はなく,基本転写因子群(TRⅡA,B,D,E,F,Hなど)がプロモーターの認識とRNAポリメラーゼⅡのプロモーターへの動員を担っている。RNAポリメラーゼⅡとこれらの基本転写因子群は,PIC(pre-initiation complex)とよばれるタンパク質複合体を形成して遺伝子転写開始点に結合する。DNA上の転写開始地点に結合した基本転写因子複合体は,転写調節領域(enhancesome)のDNA配列を特異的に認識して結合する転写因子群,クロマチン構造を変化させるクロマチンリモデリング複合体(ATP-dependent chromatin remodeling complex),ヒストンアセチル(脱アセチル)化により転写を活性(抑制)化するヒストンアセチル(脱アセチル)化酵素複合体,RNAポリメラーゼⅡからの転写を促進するメディエーター複合体などと相互作用している。

核内受容体と熱ショックタンパクの相互作用

著者: 加藤茂明 ,   藤木亮次

ページ範囲:P.383 - P.385

 体内および食品に存在する分子量300前後の脂溶性生理活性物質の中には,核内受容体リガンドとして作用するものが数多く知られている。古典的な内分泌ホルモンとしてのステロイド/甲状腺ホルモンや,ビタミンA(レチノイド),ビタミンDに加え,最近ではエイコサノイド,さらにコレステロール代謝体群がリガンドとして機能することが示されている。核内受容体群は一つの原初遺伝子から分子進化した遺伝子スーパーファミリーを形成しており,そのメンバーはヒトゲノム解読の結果,48種にものぼると推定されている1)。48種のうち,当初リガンド未知のオーファン受容体として見出されたが,その後複数の内因性リガンドが同定されたLXRやFXRなどの非ステロイド受容体群がある2-5)。これら非ステロイド受容体群は一般にリガンドとの特異性は低く,動物種によりリガンドとの特異性が異なることがわかっている。 このファミリーは線虫にも存在するが6),植物には存在しないことがわかっている。いずれにしてもこれら後になってリガンドが同定されたオーファン受容体は,ステロイドホルモン生合成中間体などの生体内で存在量の少ない低分子量脂溶性生理活性物質を複数内因性リガンドとする可能性が高い。一方,依然としてリガンド未知のオーファン受容体も存在する。

高親和性IgE受容体遺伝子の発現制御におけるタンパク質間相互作用

著者: 高橋恭子 ,   羅智靖

ページ範囲:P.386 - P.387

 高親和性IgE受容体(FcεRI)は,アレルギー反応の誘導において鍵となる役割を果たす。マスト細胞上に発現するFcεRIに結合した抗原特異的IgEが対応する多価抗原により架橋されると,ヒスタミンの放出などの様々な応答が引き起こされる。したがって,このマスト細胞の活性化の過程を制御することができれば,アレルギー疾患の治療・予防に向けて非常に大きな貢献となることが予想される。実際に,この過程の分子機構の解明を目指して多方面から数多くの研究が行われている。その中で,現象をゲノム情報の発現の観点から捉え,マスト細胞の活性化に関連する遺伝子の発現の時間的・空間的変化およびその制御機構を明らかにすることは一つの有効な戦略であると考えられる。本稿では,特に,FcεRIをコードする遺伝子の発現制御機構について,この特集のテーマであるタンパク質間相互作用という観点から現在までに研究されているところを概説したい。

 FcεRIはα鎖,β鎖,およびγ鎖の3種類のサブユニットから構成される。このうち,α鎖はその細胞外領域でIgEのFc領域と結合する。一方,β鎖とγ鎖は細胞内へのシグナル伝達を担うサブユニットである。これらのサブユニットのうちα鎖とβ鎖について,それぞれの遺伝子の発現制御機構を以下に順に取り上げることとする。

タンパク質間相互作用ネットワーク情報による転写機構の解明

著者: 榊原康文 ,   長嶺誠香

ページ範囲:P.388 - P.390

 生命現象はいくつもの事象が相互に複雑に絡みあって成立している。一つの生命現象を簡潔なモデルを用いて表現可能な一方で,複雑なシステムとして捉える必要性がある。例えば,生命現象の一つである転写制御は,最も単純には一つの転写因子(transcription factor;TF)とそれが結合するプロモーター配列の関係としてとらえられてきた。しかしながら近年,非コードRNA(non-coding RNA;ncRNA)が転写制御に大きく関与している可能性などが示唆されている1)

 ヒトを代表とする高等生物の複雑な転写制御を実現するもう一つのメカニズムとして,協調的転写制御の存在が挙げられる。本稿では,この協調的転写制御を通して,タンパク質間相互作用と転写制御という,二つの異なる生命現象の関係性について述べる。

生体ネットワークにおけるタンパク質間相互作用の研究法

著者: ,   和田眞昌 ,   西潟憲策 ,   旭弘子 ,   黒川顕 ,   金谷重彦

ページ範囲:P.391 - P.394

 ゲノムプロジェクトの進展とともに明らかにされたゲノムに存在する遺伝子をもとに,トランスクリプトーム,プロテオーム,インタラクトーム,メタボロームさらにはフィジオーム研究への展開がなされ,大量情報を考慮したそれぞれのオーム解析における数理解析法の開発が必要とされている中で,プロテオーム情報としてのタンパク質間の相互作用データが測定され1-5),データベース化されている6,7)。タンパク質-タンパク質相互作用に関わる大量情報を網羅的かつ悉皆的に把握することは,細胞内におけるタンパク質の関係を明らかにできることから,タンパク質を要素,タンパク質-タンパク質相互作用を関係とみなしたシステムとして分子生物学を体系的に理解するために重要である。筆者らの研究室では,タンパク質-タンパク質相互作用データをもとに,お互いの相互作用が密であるタンパク質の集合を抽出する数理科学法(DPClus)を提案し,タンパク質について複合体の予測を試みた8,9)。本解説では,DPClusのアルゴリズムおよびその適応例について紹介する。なお,DPClusはウエブより無償でダウンロードできる(http://kanaya.naist.jp/DPClus/)。

6.酵素

ミオシンATPase活性におけるドメイン間相互作用

著者: 山本啓一

ページ範囲:P.396 - P.397

 ミオシン(myosin)はKühneによって筋肉から発見されたタンパク質であるが(myoは筋肉という意味),現在では植物を含む様々な細胞内に存在し,細胞運動や細胞内物質輸送など数多くの機能に深く関わっていることが知られている。

 ミオシンには最低でも24のサブクラスが存在しており1),これらのミオシンはアクチンフィラメント上を動く速度や方向,1本のアクチンフィラメント上を離れずに長い距離動けるかどうかといった性質(processivity),および結合する相手や運ぶ荷物がそれぞれ異なっている。その基本構造は,エネルギー源であるATPを加水分解する部位やアクチンと相互作用する部位をもつモータードメイン,モータードメインに起こった小さなねじれ運動を回転運動に変えるコンバーター領域,コンバーターの回転を大きな動きに変えるレバーアーム,そして仕事に応じてさまざまなタンパク質や膜成分と相互作用する尾部ドメインからなる(図1A)。レバーアームは1本のαヘリックスとその周りに巻き付き補強する軽鎖という低分子量タンパク質からなる。アクチン上での運動方向はモータードメインとレバーアームの間にあるコンバーター領域により決まり,速度はモータードメインのATPアーゼ活性とレバーアームの長さにより決まる。Processivityは二量体構造(双頭構造)を必要とするので,モータードメインだけでなく尾部がコイルドコイル構造をとりうることも重要である。また,尾部の末端はほかのタンパク質あるいは膜成分と結合するので,ミオシンの機能の多様性には尾部も大きく関与している。

7.シグナル伝達

IL-5/IL-5R系シグナル伝達におけるタンパク質間相互作用

著者: 紅露拓 ,   高津聖志

ページ範囲:P.400 - P.401

 インターロイキン5(IL-5)は二量体の形で活性をもつサイトカインである。IL-5は活性化Bリンパ球に抗体産生やクラススイッチ組換えを誘導するほか,好酸球の分化,遊走,活性化,B-1細胞の恒常的増殖,活性化にも重要な役割をもっている。

極性発現に必要なPB1ドメイン間の相互作用

著者: 稲垣冬彦

ページ範囲:P.402 - P.403

 シグナル伝達を担うタンパク質は複雑なシグナル伝達ネットワークを効率よく形成するため,複数のドメインを機能素子として並べたマルチドメイン構造をとっている。個々のドメインが担う分子機能の普遍性と特異性を理解することは,そのドメインを含むタンパク質全体の生理的機能を解明する上で重要な知見を与える。ここでは,タンパク質間相互作用を担うPB1ドメインを例として,機能ドメイン相互の認識の普遍性および特異性を立体構造に基づいて考察する。

 PB1(Phox and Bem1)ドメインは,酸性残基に富む28残基のPC(Phox and Cdc)モチーフを含んだ領域(PCCR:PC motif containing region)と結合する80残基程度のドメインとして, 住本らにより最初に同定された1)。 その後, 筆者らのグループにより,Bem1のPB1ドメイン2)およびCdc24のPCCR3)の構造解析が行われ,ともに,よく似た立体構造をもつことが明らかにされ,PB1ドメインとPCCRをまとめてPB1ドメインと総称すること,グループごとで異なる名前で呼ばれていたPCモチーフをOPCAモチーフとして統一することが国際的に同意された4)。PB1ドメインは一次構造上の特徴より,酸性残基に富むOPCAモチーフをもつタイプ1,保存されたリジン残基をもつタイプ2に分類される。

タンパク質間相互作用を介するWntシグナルの制御機構

著者: 菊池章

ページ範囲:P.404 - P.406

●Wntシグナル伝達経路

 Wntシグナル伝達経路は線虫やショウジョウバエから哺乳動物に至るまで種を越えて保存されており,胎生期における体節・体軸形成や器官形成,出生後の細胞の増殖,分化を制御する1)。Wntは分泌性タンパク質であり,ヒトのゲノム上19種類のWntがサブファミリーを形成し,それぞれが細胞膜上の7回膜貫通型受容体Frizzledと,共役受容体である1回膜貫通型低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質5,6(LRP5,6)に結合する2,3)

 通常,Wntの非存在下では,細胞質内 β-カテニンのタンパク質量は低く保たれている。これはβ-カテニンが恒常的にプロテアソームで分解されるためである。Wntが分泌されて細胞膜上のFrizzled/LRP5,6共役受容体に結合すると,そのシグナルが細胞内へと伝達されてβ-カテニンの分解が抑制される。安定化したβ-カテニンは細胞質内で蓄積し核内に移行した後,転写因子のT-cell factor/lymphoid enhancer factor(Tcf/Lef)と複合体を形成して種々の標的遺伝子の発現を促進することによって,細胞の増殖や分化を制御する4)。このように,Wntのシグナルは β-カテニンの細胞質内のタンパク質量を調節することにより,Tcf/Lefを介する遺伝子発現を制御している(β-カテニン経路)。

8.チャネル

心筋Caチャネルと細胞内タンパク質間の相互作用

著者: 當瀬規嗣 ,   小林武志

ページ範囲:P.408 - P.409

 電位依存性Caチャネルは細胞膜に存在し,細胞外からのCaイオン流入の主要な経路である。電位依存性Caチャネルは遺伝子とタンパク構造の解析から,イオン通路を構成するα1サブユニットとβ,α2δ,γ(一部)の修飾サブユニットから成ることがわかっている1)。このうちαサブユニットをコードする遺伝子にはCav1,Cav2,Cav3の三つのグループがあることが確認されている。機能の面から見ると,Cav1はL型,Cav2はN,P/Q,R型,Cav3はT型のそれぞれのCaチャネルのα1サブユニットである。電位依存性Caチャネルを介して流入したCaイオンは,直接膜電位を脱分極させ活動電位生成に関わるだけでなく,筋細胞にあっては収縮,腺細胞にあっては分泌顆粒の移動,神経にあってはシナプス伝達に関与し,生体反応の枢軸をなしている。したがって,電位依存性Caチャネルの活性を調節することは,細胞機能の調節においてきわめて効果的であると考えられ,実際,数多くの細胞情報伝達機構の最終目標分子となっている。

 心筋細胞では,洞房結節,房室結節の活動電位はCa依存性であり,収縮自体も細胞外Ca依存性であり,電位依存性Caチャネルは心臓機能を決定付ける存在である。心筋の電位依存性Caチャネルは大部分がL型であり,活動電位やCa流入について主要な役割を演じている。自律神経や生理活性物質によるL型Caチャネル機能の調節は,おもにタンパクリン酸化酵素を介して,リン酸化というしくみで行われる。これまでに,cAMP依存性キナーゼ(Aキナーゼ)とcGMP依存性キナーゼによるリン酸化過程が明らかになっている。アドレナリンβ受容体刺激はGsタンパクを活性化するが,cAMP産生によりAキナーゼを活性化する経路のほかに,Gsタンパクが直接的にL型Caチャネルを活性化しうることが報告されている。これはタンパク-タンパク相互作用によると推定されるが,詳細の解明はなされていない。一方,L型Caチャネルは,骨格筋においてCaイオンを介さずに直接的なタンパク-タンパク相互作用により筋小胞体のリアノジン受容体を活性化し,興奮収縮連関を構成しているが,心筋でのこの機構の有無は諸家の一致をみていない。

9.トランスポーター

膜トランスポーターとタンパク質間相互作用

著者: 杉浦智子 ,   加藤将夫 ,   辻彰

ページ範囲:P.412 - P.414

 細胞膜に発現するトランスポーターは,生体にとって必要な物質を細胞内に取り込み,不要な物質を細胞外に排除するといった細胞内外の選択的物質輸送を担う膜タンパク質である。そのため,生体の恒常性の維持や薬物の体内動態において重要な役割をしていると考えられ,これまでに数多くのトランスポーターの分子的実体が解明され,その輸送特性研究が行われてきた。現在のところ,トランスポーターは2種類のスーパーファミリーに大別され,ATPの加水分解エネルギーを利用して基質を輸送するABC(ATP binding cassette)トランスポーターと,促進拡散あるいは細胞膜内外のイオンの濃度勾配を駆動力として基質を輸送するSLC(solute carrier)トランスポーターがある。これらトランスポーターは従来,単独分子で機能するものと考えられてきたが,1分子種の機能だけで説明することができないものも存在する。そこで近年,細胞膜近傍におけるタンパク質間相互作用を介したタンパク質複合体を形成し,これによって膜タンパク質の機能・発現が調節されていると考えられるようになってきた。

10.核

相同組換えにおけるRad51パラログのタンパク質間相互作用

著者: 川端昌弘

ページ範囲:P.416 - P.417

 DNA複製や化学物質によって起きるDNA二重鎖切断の正確な修復は,ゲノムの安定性を維持するために重要である。正確に修復することができなければ突然変異,染色体の転座,細胞死やがんの発生につながる。哺乳類細胞ではDNA二重鎖切断のおもな修復経路として,相同組換え修復と非相同末端結合の二つの経路があることが知られている。非相同末端結合は哺乳類細胞では主要なDNA二重鎖切断修復経路で,DNA二重鎖切断末端の連結による相同性を用いない不正確な修復である。一方,相同組換え修復はDNA二重鎖切断のない相同部位を鋳型として正確に修復する過程であり,Rad51タンパク質はその中心的役割を果たす1)。DNA二重鎖切断の相同組換えによる修復過程の概略を図1に示した。

 Rad51タンパク質は大腸菌のRecAタンパク質のホモログとして同定された。RAD51遺伝子と核酸配列上相同性がある遺伝子が6種類発見されている。すなわち,DMC1RAD51BRAD51CRAD51DXRCC2XRCC3がある。DMC1遺伝子産物であるDmc1タンパク質は減数分裂をおこす生殖細胞に特異的に発現し,DMC1遺伝子はRAD51遺伝子と相同性が高い。一方,ほかの5種類(RAD51BRAD51CRAD51DXRCC2XRCC3)の遺伝子発現は体細胞にもみとめられ,RAD51遺伝子との相同性は20-30%で,これらがRAD51パラログと呼ばれている2)

ヒトテロメラーゼの細胞内局在と複合体形成

著者: フルツ シラガルディ ,   水野秀城 ,   村上清史

ページ範囲:P.418 - P.419

 細胞の老化とがん化に線状染色体末端テロメア長の制御が重要な役割を果たしている。テロメア複製に特化したヒトテロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase;hTERT)と鋳型RNA(hTERC)は安定な複合体を形成し,テロメア末端を保護している。正常体細胞ではヒトテロメラーゼ活性はないかあるいは微弱であり,多くのがん細胞で強いテロメラーゼ活性が細胞の維持に必須であることから,テロメラーゼはがん治療の有力な標的分子である。hTERTは細胞質,核小体,核質に分布し,細胞周期によりS期後半にテロメア末端への局在が制御されていることが知られているが,テロメラーゼ複合体とテロメラーゼ活性の制御について,未だ多くは今後に残されている1,2)。われわれは,hTERTとヌクレオリンの相互作用がテロメラーゼの細胞内局在に重要な役割を果たすことを示唆する結果を得た3)。核小体局在マーカであるヌクレオリンは,RNAシャペロンとしてRNAの細胞内移送に関与し,細胞膜外から核までをシャトルする分子であり,C型肝炎ウイルス(HCV)の複製酵素NS5Bと結合してHCV複製に重要であることが最近示された4,5)

損傷DNAの修復におけるDNAポリメラーゼηとRAD18の相互作用

著者: 立石智

ページ範囲:P.420 - P.421

 細胞に紫外線(UV)などが照射されてDNAが損傷されると,ヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair:NER)などの修復機構により修復される。しかし,UV照射により形成される主要な損傷であるシクロブタン型二量体(cyclobutane pyrimidine dimer:CPD)は,DNAの二重鎖構造に与える影響が小さくNERによって認識されにくいため,複製時の鋳型DNA鎖に残存する。このため,DNA複製酵素であるポリメラーゼδ(polymerse δ:Polδ)は,鋳型鎖に残存するCPDなどの損傷部位に遭遇する。Polδはその部位を乗り越えて複製することができないため,複製が一時的に停止し,複製フォークの進行も止まる。この後Polδは損傷部位から離れた位置から複製を再開し,ギャップをもつ二重鎖DNA構造が形成すると考えられている。細胞は複製後修復(post-replication repair:PRR)または損傷トレランス(DNA damage tolerance)と呼ばれる機構により,複製フォークの進行の再開や損傷部位でのギャップ部分の複製を行うことにより,その生命活動を維持している1)

 PRRは大腸菌,酵母からヒトに至るまで保存されており,重要な機構である。PRRを推進するための機構のひとつとして,損傷乗り越え複製(translesion synthesis:TLS)がある。通常の複製酵素は損傷部位を乗り越えて複製することができず,進行が停止するが,TLS酵素は損傷があっても複製を継続できる性質をもつ。乗り越えることができる損傷の種類や,損傷を乗り越える時に塩基配列が変異する頻度が異なるTLS酵素が,多数みつかっている2)

11.細胞接着

クローディンに関わるタンパク質間相互作用

著者: 森脇一将 ,   古瀬幹夫

ページ範囲:P.424 - P.425

 上皮細胞間接着装置の一つであるタイトジャンクション(tight junction:密着結合。以下TJ)は,超薄切片法による電子顕微鏡観察において,隣り合う細胞の2枚の細胞膜がところどころ完全に密着した点として見える。この細胞膜密着部位は,細胞膜平面にはひも状に連続したTJストランドとよばれる構造を形成しており,TJストランドのネットワークが細胞周囲をベルト状に取り囲んでいる。このようなTJの形態は,細胞間隙における水溶性物質の拡散を妨げる役割,いわゆるバリア機能を発揮するために理にかなったものである。TJの機能単位であるTJストランドはおもに接着分子クローディンによって構成されている。クローディンに関わるタンパク質相互作用についてはまだ不明な点が多いが,モデルも含めて紹介する。

インテグリンを中心としたタンパク質間相互作用

著者: 佐藤(西内)涼子 ,   関口清俊

ページ範囲:P.426 - P.427

 多細胞動物を構成する細胞は,細胞外の非細胞性構造物である細胞外マトリックスと接着していなければ生存できない“足場依存性”という性質を示す。この細胞と細胞外マトリックスとの結合を仲介する受容体蛋白質の一つがインテグリンである。インテグリンはα鎖とβ鎖からなるヘテロ二量体蛋白質で,細胞外領域で細胞外マトリックス蛋白質と結合する一方,細胞内領域ではテーリン,α-アクチニンなどを介して細胞骨格系と結合しており,細胞膜を挟む外側と内側の骨格構造を物理的・機能的に連結する役割を担う。

 インテグリンは結合する相手により,Arg-Gly-Asp(RGD)配列を認識するRGD結合型,ラミニン結合型,コラーゲン結合型に大別される。現在までに24種類のインテグリンが同定されているが,その中のインテグリンα3β1・α6β1・α6β4・α7β1がラミニンと結合するラミニン結合型インテグリンである。ここでは,基底膜の主要な細胞接着分子であるラミニンとその受容体であるラミニン結合型インテグリンに話を絞って,最近の知見を紹介する。

カドヘリン-カテニン複合体形成の分子機構

著者: 永渕昭良

ページ範囲:P.428 - P.429

 細胞接着分子カドヘリンは強固な細胞間接着を司り,多細胞体制の構築に重要な役割を果たしている。細胞間接着に直接関与するのはカドヘリン分子の細胞外領域であるが,この細胞外領域による結合だけではカドヘリン特有の強固な細胞間接着能を示すことはできない。カドヘリンが完全な機能を果たすためにはその細胞質領域を介してβカテニン,αカテニンという細胞質因子と複合体を作り,最終的にαカテニンを介してアクチン系細胞骨格と相互作用することが必要である1)

 βカテニンはカドヘリン,αカテニンと直接結合し,カドヘリン-カテニン複合体形成において中心的な役割を果たしている。一方でβカテニンはWntシグナル伝達の転写調節としても重要な役割を果たしている。Wntシグナル伝達の調節のために,細胞質βカテニンの発現量は分子のリン酸化,ユビキチン化を介した精妙なプロテアソーム系のタンパク分解機構において制御されている。このためβカテニンはカドヘリン以外にも分解系に関わるAPCやAxin,転写活性化因子TCF/LEF-1,転写抑制因子ICATなど非常に多くの細胞質因子と相互作用している2)。最近多くの研究が発表されているβカテニンとその結合タンパク質との結晶解析の結果を元に,この多機能分子の機能調節の仕組みを考えたい。

ビンキュリン活性化を取り巻くタンパク質間相互作用

著者: 木岡紀幸

ページ範囲:P.430 - P.431

 ビンキュリンはインテグリンを介した細胞-細胞外基質間接着装置(接着斑)と,カドヘリンを介した細胞-細胞間接着装置の両方の接着装置に局在する接着装置裏打ちタンパク質である。ビンキュリンはアクチンと結合し,しかも力のかかる接着装置に局在することから,物理的に細胞骨格と細胞接着分子を結合させると考えられてきた。実際,ビンキュリンの強制発現は細胞接着の強化,接着斑サイズの拡大をひき起こし,細胞運動を抑制する。一方,ビンキュリンの発現抑制によって,接着斑の大きさ,数が減少し,運動能力が亢進する。また,ビンキュリンの遺伝子異常が先天性心疾患の患者に見つかっており,生体内においても力の発生(あるいは耐張力)に重要な役割をもつと考えられる。さらに近年ではこのような物理的な作用だけでなく,ビンキュリンは接着センサー,張力センサーとして細胞内シグナル伝達を調節していることもわかってきている1)

 このようにビンキュリンは多彩な機能をもつが,酵素活性をもっていない。つまり,ビンキュリンはアダプタータンパク質として様々なタンパク質と相互作用することで機能している。ビンキュリンは頭部と尾部およびそれらをつなぐプロリン豊富領域からなる。頭部にはインテグリン裏打ちタンパク質であるテーリンやαアクチニンが,尾部にはパキシリンやアクチンが結合する。またプロリン豊富領域にはビネキシンやArp2/3が結合する。しかし細胞質中では,頭部を形成するドメイン(D1-D4)が尾部を洗濯バサミのように挟み込み(図1),結合タンパク質(リガンド)との相互作用領域をマスクすることで結合活性は低く保たれている(不活性型)2)。分子内相互作用が解離する(活性型となる)と,ビンキュリンはリガンドと強固に結合することができる。頭部と尾部の分子内相互作用はKd<10-9Mと非常に強く,一方,単独のリガンドとビンキュリンの親和性は相対的にかなり弱い。このため単独リガンドの結合では分子内相互作用を切断することはできない。複数のリガンドがビンキュリンに同時に結合することでビンキュリンが活性型に移行し,その結果さらに多くのリガンドと強固に結合できるようになるという「組合せモデル」が現在提唱されている。このモデルは多くの生化学的データや複数のリガンドが集積している細胞接着領域でのみビンキュリンが活性化しているという観察とも一致する。しかし,テーリンが結合するだけでビンキュリンを活性化できるという報告3)もあり,さらなる検証が必要である。

ネクチンに関わるタンパク質間相互作用

著者: 力武良行 ,   高井義美

ページ範囲:P.432 - P.434

●ネクチンとは

 ネクチンは免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子で,ネクチン-1,-2,-3,-4の4分子から構成される1-3)。カドヘリンと協調して,上皮細胞におけるアドヘレンスジャンクション(AJ)の形成や神経細胞におけるシナプス形成,眼の毛様体における色素上皮と非色素上皮間接着の形成などに関わる。一方,カドヘリン非依存的にも,精細管上皮におけるセルトリ細胞と精子細胞間の接着,個体発生時の神経回路網形成時における神経細胞の軸索と底板細胞との接着などに関与する。また,ネクチンは細胞内外で多種多様な分子と結合して巨大な分子複合体を形成する。細胞外ではネクチンはネクチン同士でトランスに結合するほか,細胞-細胞外基質間接着の接着分子であるインテグリンや血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor:PDGF)の受容体ともシスに結合して複合体を形成する。一方,細胞内では,アファディンと結合してアクチン細胞骨格と連結するとともに,アファディンや細胞極性因子Par-3を介して,間接的にα-カテニン,ZOタンパク,アネキシンⅡ,IQGAP1などの膜タンパクや種々のシグナル伝達分子と結合し,相互作用して複合体を形成する。このように,ネクチンは細胞内外で巨大な分子複合体を形成して,接着や運動,増殖などの細胞機能を制御している(図1)。

12.細胞骨格

ヒトMYO18Aタンパク質とアクチンフィラメントの結合

著者: 井上毅 ,   須藤和夫

ページ範囲:P.436 - P.437

 細胞骨格およびモータータンパク質は,真核生物において力学的エネルギーを利用して細胞運動や細胞分裂,細胞構成成分の輸送といった細胞高次機能のダイナミクスを中心的に担っている。ミオシンは18クラスにわたる広範なサブファミリーを形成し1)(Fothらは原生生物の遺伝子情報を考慮して近年新たに19~24のクラスを提唱した2)),それらはATPを加水分解してアクチンフィラメント上で力を発生するという共通した役割を果たす一方,多岐にわたる生理機能を発揮している。

トロポニン構成タンパク質の相互作用

著者: 前田雄一郎

ページ範囲:P.438 - P.439

 トロポニン(Tn)は骨格筋および心筋の“細いフィラメント”(アクチンフィラメント)の構成成分であり,トロポミオシンとともに筋収縮のカルシウム調節を担う蛋白質である。筋収縮は細胞内のカルシウムイオン濃度[Ca2+]の一過的上昇によって開始されるが,TnはCa2+受容蛋白質としてこの濃度上昇を感知して,その信号をトロポミオシン・アクチンフィラメントに伝え,その結果,アクチンフィラメント全体がミオシンとの相互作用を開始する。Tnは3成分から成る。TnCはCa2+を結合する成分,TnIはアクチンと結合しアクチン ・ミオシンの相互作用を阻害する成分, TnTはトロポミオシンに結合する成分である。これら3成分が絡み合って形成されるTn分子の中心部の結晶構造はすでに解明されている(図1)1)

ジストロフィン複合体におけるタンパク質間相互作用

著者: 吉田幹晴

ページ範囲:P.440 - P.441

 ジストロフィン(dys)は分子量427kDaの細胞骨格タンパク質で,おもに筋組織,その形質膜直下に局在する1)。遺伝子変異でこの分子が失われるとデュシェンヌ型筋ジストロフィーとなる2)。dys複合体とは骨格筋の膜画分よりジギトニンで抽出,精製されるdysを含む巨大な複合体をいう。それは細胞外と膜貫通性の2成分からなるジストログリカン(DG)複合体(DGC),膜貫通性の4成分からなるsarcoglycan(SG)複合体(SGC),sarcospan(SSPN),そして非膜貫通性のsyntrophin(syn),dystrobrevin(DB)を含む1,3)。dysと結合するはずのアクチン線維,α-DGと結合するはずの基底膜lamininはいずれも含まれない。この小論ではまずSSPNについて,その後この複合体と相互作用する二,三の分子について述べる。

ネブリンと結合タンパク質による骨格筋の制御

著者: 高野和儀 ,   遠藤剛

ページ範囲:P.442 - P.443

 ネブリン(nebulin)は骨格筋のサルコメアを構成する500-900kDaの巨大なフィラメント状のタンパク質である1)。ネブリンは骨格筋では筋原線維タンパク質の約2-3%を占めるが,心筋での発現はほとんどみられない。それに代わり心筋では,ネブリンのC末端側と相同性の高い107kDaのネブレット(nebulette)が存在している。ネブリン1分子はアクチンフィラメント(thin filament)全長にわたって伸展した状態で存在しており,そのN末端はアクチンフィラメントの先端に位置し,C末端はZ帯の中に入り込んでいる。また1本のthin filamentあたりネブリン2分子が存在すると考えられる。

 ネブリンのN末端にはグルタミン酸に富んだ領域があり,それに続いて約35アミノ酸から成るモジュール(M)が166ないし185個並んでいる(図1)。このモジュールの数の違いは,選択的スプライシングにより生じ,これによって長さの異なったネブリンが生ずる。この長さの違いが,骨格筋の種類や発生過程によって異なるthin filamentの長さの違いに対応している。このことから,ネブリンはthin filamentの鋳型として長さを決定する物差しの役割をしていると考えられるようになった。中央のM9-M162は,7個のモジュールリピート(R1-R7)がスーパーリピート(S)を形成し,これが22回繰り返している(S1-S22)。各リピートの中央付近には保存された配列SDXXYKがあり,アクチンモノマー(G-アクチン)との結合にかかわっている。また各スーパーリピートのR1のC末端にある保存された配列WLKGIGWには,トロポミオシン-トロポニンが結合すると考えられている。アクチンフィラメントはG-アクチンが約76nmのピッチをもつ2本のらせん状に重合したものであり,1本のらせんの1/2ピッチに約7個のG-アクチンが存在する。したがって1個のモジュールリピートが1個のG-アクチンと結合すれば,各スーパーリピートはらせんの1/2ピッチに対応することになる(図1)。また,トロポミオシンとトロポニン複合体はらせんの1/2ピッチあたりそれぞれ1分子存在するので,各スーパーリピートはこれらにも対応している。

コフィリンを中心としたタンパク質間相互作用

著者: 栗田宗一 ,   水野健作

ページ範囲:P.444 - P.445

 コフィリン/ADF(actin-depolymerizing factor)ファミリー蛋白質は,酵母からヒトまで幅広い生物種に存在し,単量体アクチンおよびアクチン線維に結合する分子量約20kのアクチン結合蛋白質である。哺乳類ではADF,筋型コフィリン,非筋型コフィリンの三つが存在し,これらの蛋白質はアクチン線維を切断,脱重合する活性をもつ1)。コフィリンはアクチン細胞骨格の動的な性質を保つのに必須であるが,その活性は厳密に制御される必要がある。コフィリンの活性を制御するということは,すなわちコフィリンとアクチンの結合を制御するということである。

 コフィリンファミリーの最初の立体構造は,1996年にブタのADFであるデストリンについて決定され,コフィリンはアクチンのサブドメイン1と3の間に位置する疎水クレフトに,その最長のαヘリックスを挟ませる形で結合するというモデルが提唱されている2)。また,このアクチン結合ヘリックスの反対側にもアクチン結合部位が存在し,こちらはアクチン線維に結合するときに機能するものと思われる(図1)。低温電子顕微鏡像の再構成からは,コフィリンはアクチン線維のらせんのねじれを大きくすることによってアクチン線維の切断・脱重合を促進すると考えられている3)

プレクチンを中心としたタンパク質間相互作用

著者: 土方貴雄

ページ範囲:P.446 - P.447

 プレクチンはデスモプラキン,エンボプラキン,エピプラキンとともにプラキンファミリーに属するタンパク質で,約200nmの長さのダンベル状を呈している。分子内ドメイン構造としては,N末からカルポニンタイプのアクチン結合ドメイン,プラキンドメイン,ロッドドメイン,C末にはプレクチンリピートと呼ばれる六つのリピートドメインが見られる。

 プレクチンは様々な細胞や組織に発現し,いろいろな細胞骨格タンパク質と結合し,おもに細胞骨格間をつなぐクロスリンカーとして働いている。これ以外にもプレクチンは多種多様なタンパク質と時間的あるいは空間的な特異性をもって結合する。ここではプレクチンと結合する1)細胞骨格タンパク質,2)細胞膜あるいは細胞膜裏打ちタンパク質,3)オルガネラの構成タンパク質,4)シグナル分子の具体例を挙げ,それぞれにおけるプレクチン結合の生理的意義について述べる。

ERM(Ezrin/Radixin/Moesin)タンパク質におけるタンパク質間相互作用

著者: 田村淳 ,   月田早智子

ページ範囲:P.448 - P.450

 アクチンフィラメントと細胞膜タンパク質との相互作用は動的に制御されているが,種々の細胞膜ドメインに対応した多様な細胞膜裏打ちタンパク質が,アクチンフィラメントと細胞膜タンパク質のインターフェースとして機能する。ERM(Ezrin/Radixin/Moesin)タンパク質は,アクチンフィラメントと細胞膜タンパク質を架橋するリンカータンパク質として機能することにより,細胞アピカル膜を構造的・機能的に構築する。ERMタンパク質については,その分子内でのドメイン間相互作用およびほかのタンパク質との分子間相互作用が,生化学・分子生物学的解析やX線構造解析を含めた分子レベル,細胞レベル,個体レベルでよく検討されている。本小稿では,われわれの研究室で得られた結果をまじえつつ,これまでに得られた所見を以下に概説したい。様々な生体システムでの解析の詳細は文献を参照されたい。

 われわれは,肝細胞の毛細胆管アピカル膜より1989年にRadixinを同定した。その後のcDNA配列の解析を行った際,RadixinがBretscherやFurthmayrの研究室で各々解析されていたEzrinやMoesinとファミリーを形成することを見出し, ERMファミリーという名称を提唱し,今日広く受け入れられている1-4)。ERMタンパク質は,そのN末で直接的あるいは間接的に細胞膜に結合し, C末でアクチンフィラメントに結合する。このようなリンカータンパク質としての活性は低分子量GTP結合タンパク質Rhoの制御を受け,活性型のopen型とN末とC末の結合した不活性型のclosed型の二つの型を取る。Rhoの活性化に伴い,細胞膜の近傍で活性化されたPI4P5KはPIPをリン酸化しPIP2とする。ERMタンパク質はFERMドメインでPIP2に結合するが,PIP2に結合したERMタンパク質はN末とC末間の分子内結合を阻害され,さらにRhoの下流にあるキナーゼによりC末側のERMに保存するスレオニン残基がリン酸化されることで,open型活性化状態が維持される。活性型ERMタンパク質のFERMドメインにはRhoGDIが結合し,RhoGDPの遊離とRhoGTPの産生を促し,ポジティブフィードバック回路を形成する。

13.細胞内タンパク輸送

シナプスにおける機能的変形とPMES-2・アクチン相互作用

著者: 田口隆久

ページ範囲:P.452 - P.453

●入力特異性を支える分子機構

 神経回路網動態解析には特異的入力に依存した微細な機能的形態変化の分子機構を探る必要がある。意味のある情報処理を行うには入力のあったシナプス部位のみが可塑的に変化する必要があり,その場所でのみプールされていた分子や新たに合成された蛋白質がシナプス部位に組み込まれ(あるいは取り除かれ)シナプス機能が変化する。われわれはこの機構における蛋白質局所合成に注目し,局所合成される蛋白質を二つ見出した。PMES-1はフェリチンH鎖1)であり,神経細胞の神経突起内での合成の直接観察にも成功し,そのシナプスでの役割も推定した(投稿準備中)。もう一方のPMES-2は分子量31Kの蛋白質であり,この蛋白質が神経活動依存的にシナプス動態に関与する可能性を示した2,3)。PMESはa protein of which mRNA is enriched in synaptosomesの略である。

FGF-1のCa2+結合性運搬タンパク群との相互作用による非古典的遊離

著者: 植田弘師 ,   松永隼人

ページ範囲:P.454 - P.456

●タンパク質の古典的遊離と非古典的遊離機構

 多くのタンパク質の調節性分泌は,分泌小胞がCa2+依存的に細胞膜融合するエクソサイトーシスによって細胞外へと輸送される。この機構には翻訳されたタンパク質がシグナルペプチドを有することを必要とする。シグナルペプチドを有するタンパク質は ‘小胞体-ゴルジ装置' を介して小胞内へと移行し,細胞外へと輸送される。このメンブレントラフィックを介した遊離機構は古典的遊離機構と呼ばれる。しかしながら,いくつかの細胞外に存在するタンパク質はシグナルペプチドを有していない。このことは分泌小胞非依存的に遊離されていることを意味し,非古典的遊離機構と呼ばれ(図1A),小胞性と非小胞性に大別される(図1B)。非古典的遊離機構によって細胞外に遊離される分子は多岐にわたり,その多くが ‘細胞の生死' などの重要な運命決定を担っている。例を挙げると細胞分化・増殖や細胞死を制御する一部の栄養因子,サイトカイン類や細胞外マトリックスタンパク質,または感染に伴うウイルスタンパク質や寄生生物表面タンパク質がある1)(図1B,C)。これら分子群の特徴からも,非古典的遊離機構を解明することは病態生理学的にも大きな意義を有する。

14.細胞分化

細胞分化におけるタンパク質間相互作用と制御因子

著者: 飯島信司 ,   三宅克英

ページ範囲:P.458 - P.459

●細胞分化とタンパク質間相互作用

 細胞分化,特にterminal differentiationを規定する事象として,細胞増殖の停止と細胞(組織)特異的遺伝子発現が考えられる。これらいずれにおいても,タンパク質間相互作用に基づく遺伝子発現制御がその根幹にあることはいうまでもない。タンパク質間相互作用は大きく(1)転写因子間の相互作用,(2)転写因子とガン抑制タンパク(レチノブラストーマタンパク,RB),クロマチンリモデリング因子などの制御タンパク質やRNAポリメラーゼとの相互作用,(3)ヒストンテールの修飾に依存した転写制御因子とヒストンの相互作用,(4)核タンパク質と転写因子などの相互作用,に分けることができる。増殖制御に関しては,細胞周期あるいはDNA合成などに関する遺伝子の発現を活性化する転写因子E2FがRBファミリータンパク質との結合により不活化され,細胞増殖が抑制されることはあまりに有名である。

 E2FとRBファミリータンパク質の結合は,サイクリン依存性プロテインキナーゼ(CDK)によるRBのリン酸化により阻害され,さらにCDKによるリン酸化はp16などCDKインヒビターで抑制される。したがって増殖制御が破綻したガン細胞では,p16遺伝子(Ink4a領域)などに異常が見られることも多い。RBファミリーのいわゆるポケットタンパク質にはRB(p105),p130,p107の3種があり,また,転写因子E2FはE2F1-7に分類される。このうちE2F1-5はポケットタンパク質と複合体を形成し,増殖関連遺伝子などの転写を抑制する。分化したG0期にある細胞でおもに働く抑制複合体は,E2F4-p130複合体と考えられている。また,抑制複合体の成分としてはRBファミリータンパク質と結合するヒストン脱アセチル化酵素(HDACs)や,クロマチンリモデリング因子SWI/SNFなどが含まれるといわれている1)

転写因子による血液細胞の分化の制御とタンパク質間相互作用

著者: 松村到 ,   金倉譲

ページ範囲:P.460 - P.461

●血液細胞の発生と転写因子

 生体内の血球はすべて造血幹細胞(HSC)に由来する。HSCの発生・維持にはAML1(RUNX1)複合体,GATA-2,SCL/tal-1,c-Mybなどの転写因子が関与し,各系統の血液細胞の発生には系統特異的転写因子が必須である(図1A)。

網膜視細胞分化におけるDNA結合ドメインのタンパク質間相互作用

著者: 佐貫理佳子 ,   古川貴久

ページ範囲:P.462 - P.463

 視覚情報を得るためには光を感受して電気信号に変え,脳に伝達する必要がある。その入り口としての役割を果たしているのが網膜である。網膜は眼球の後方に位置する層構造を成す組織で,6種のニューロンと1種のグリア細胞からなる。このうち光を感受して神経情報に変換するのが網膜視細胞であり,大別すると桿体視細胞(桿体)と錐体視細胞(錐体)の2種類がある。桿体と錐体は異なる形態をもち,光を光色素によって受容する。この光色素は,オプシンと呼ばれるタンパク質に発色団として11-cis-retinalを共有結合している。視細胞の種類によって発現しているオプシンが異なるので,受容できる光の波長も異なる。それゆえ桿体は弱い光を受容するが色を識別できない。錐体は強い光を受容して色を識別できる。暗所では色を識別できないが形を識別できるのはこの所以である。従ってどのサブタイプの視細胞に分化するかは,正常な視覚を得る上で非常に重要である。

 マウスでは桿体はロドプシンを,錐体はS-オプシンもしくはM-オプシンを光色素として発現している。桿体前駆細胞は胎児期13日目から生後10日目にかけて誕生し,錐体前駆細胞は胎児期12.5日目から17.5日目の間に誕生する。しかしこれら視細胞前駆細胞の誕生と,オプシンタンパク質の発現開始の間には明確な遅れがある。ロドプシンは桿体前駆細胞の最終分裂から約5.5~6.5日も経過しないと発現しない1)。またS-オプシンは生後5日目から発現され始め,10日目でピークをむかえる。その後のS-オプシン陽性細胞は一部が減少してM-オプシンを発現する細胞に変化すると考えられている2)。以上のことから,視細胞のサブタイプへの最終分化は視細胞特異的な遺伝子群の発現転換が関わると考えられている。本稿では,桿体と錐体への分化に関与する遺伝子の発現調節機構とDNA結合ドメインの役割について解説する。

細胞の分化増殖制御におけるIdタンパク質のはたらき

著者: 横田義史

ページ範囲:P.464 - P.466

●Idタンパク質とは

 MyoDをはじめとしたbasic helix-loop-helix(bHLH)型転写因子は様々な系列の細胞分化や増殖制御,細胞機能の発現に深く関わっているが,これらの転写因子の機能を抑制的に制御するのがId(inhibitor of DNA binding/differentiation)である。哺乳動物には4種類のId遺伝子(Id1-Id4)があり,いずれもbHLH型転写因子と同様のHLHモチーフはもつものの,DNA結合領域を含むそれ以外の機能領域は見出されていない。Idが細胞分化の調節機能だけでなく増殖促進作用などをもつことは培養細胞を用いた研究や遺伝子発現調節の解析などからわかっていたが,遺伝子欠損マウスを用いた解析から,生体において想像以上に多彩な生命現象に深く関与していることが明らかになった。Id2が二次リンパ組織の形成,NK細胞の分化,妊娠乳腺上皮細胞の増殖などに必須であること,IdあるいはId3が血管新生に重要な役割を担うこと,Id4が中枢神経系の正常な発達に不可欠であることなどはその例であり,また,いずれの組み合わせでも二つ以上のId遺伝子を欠損するマウスは胎生致死となることは,Idの生体における重要性を強く示唆する。

 一方,IdはbHLH型転写因子だけでなく,Rb(Retinoblastoma protein),Ets(c-Ets-1,c-Ets-2,Elk-1),Pax5,MIDA1,SREBP1c,p204,polycystin-2,ENH,Hes1,MITF,APC/Cなどとも会合することが報告されている。これらすべてが生理的意義のあるものかどうかは不明であるが,IdがbHLH型転写因子以外の分子の機能も制御して,あるいは,逆にこれらの分子によってIdが機能制御を受けることで,様々な生命現象に関わっている可能性が示唆される。本稿では,まずIdとbHLH型転写因子の相互作用について触れた後,最近発表された興味深い知見について概説することとし,それ以外については総説1-5)を参照して頂きたい。

15.生体時計

生体時計に関与する転写因子の機能制御とタンパク質間相互作用

著者: 河本健 ,   加藤幸夫

ページ範囲:P.468 - P.470

 地球上の多くの生物は,地球の自転の周期に合わせた約24時間周期の自律性の概日時計(生体時計)をもつ。この概日時計の本体は,時計転写因子を中心とする分子時計の機構であることが近年明らかにされた1)。哺乳類の時計調節のためのシスエレメントとしては,おもにE/E'-box,D-box,ROREの3種類があり,それぞれ独立した転写調節機構に関与している。本稿では,E/E'-box,D-box,ROREの三つのエレメントのうち,分子時計のハブであると考えられているE/E'-boxの調節について詳述する。なお,D-boxにはDBPとE4BP4が作用し,ROREにはRORとREV-ERBが作用する。

16.神経系

スパイン形成過程におけるタンパク質間相互作用

著者: 高橋秀人 ,   白尾智明

ページ範囲:P.472 - P.473

 中枢神経系の興奮性シナプスはおもにグルタミン酸作動性であり,その入力の大半はスパインという樹状突起から伸びる1ミクロンほどの小さな棘(とげ)で受容される。スパインは動的構造体で多様な形態をとることが知られているが,多くの精神・神経疾患では細長いスパインばかりとなり,あるいは数の増減もみられる。従って,スパインの形態形成が高次脳機能において重要であることが推測される。最近のプロテオミクス解析によると,スパインを構成する分子は400種類以上存在する1)。スパイン構成分子は,1)アクチン細胞骨格関連蛋白,2)シナプス後部肥厚(postsynaptic density:PSD)を構成する足場蛋白(PSD蛋白),3)細胞接着分子およびグルタミン酸受容体などの膜蛋白の大きく三つに分けることができ,これらが相互に作用してスパインの形成に関わっている。

 スパインには細胞骨格のうち,微小管や中間系フィラメントは存在せず,アクチン細胞骨格のみが存在する。興味深いことに,スパインの形成過程にともなって,アクチン結合蛋白の種類が大きく変化する(図1)。スパインの前駆体と考えられる糸状仮足(フィロポディア)では,非神経細胞などにも発現しているトロポミオシンやファシンなどが存在するが,成熟スパインに特徴的なアクチン結合蛋白であるドレブリンはまだ集積していない。ドレブリンは神経特異的なアイソフォーム(ドレブリンA)の発現上昇と並行して,スパインに集積するようになる2)。生化学的解析によると,ドレブリンとアクチン線維との結合は,α-アクチニンやファシンのアクチン線維との結合を競合的に阻害する3)。この作用により,ドレブリンはトロポミオシンやファシンなどをアクチン線維から解離させて,フィロポディアからスパインへの構造変化を引き起こすと考えられる。

Necdinの核マトリックスターゲティングと抗増殖作用に関与するタンパク質間相互作用

著者: 谷浦秀夫

ページ範囲:P.474 - P.475

 Necdin cDNAは神経系への分化誘導を行った胚性がんP19細胞により単離され,マウス発生初期,少なくとも10日目胚より脳においてその発現が認められる。Necdin遺伝子の最も注目される事柄は,その遺伝子がゲノムイムプリンティングに関連した神経発達障害であるPrader-Willi症候群欠損領域である15番染色体q11-13に存在し1),その原因遺伝子であると考えられていることである。Prader-Willi症候群欠損領域上の遺伝子は,父親由来のアレルのみから発現し,母親由来のアレルは抑制されている。Prader-Willi症候群の大部分は,この領域の父親由来アレルの欠損あるいは両アレルとも母親由来であることが原因である。Prader-Willi症候群のおもな症状には,呼吸障害,低身長,性器発達障害,知能低下,肥満,末梢感覚障害などのほか,自閉症などに見られるような行動異常が認められる。これらの症状の多くは,視床下部ニューロンの発達障害に由来するものと考えられている。

 現在のところPrader-Willi症候群欠損領域上の遺伝子のなかで,Necdin遺伝子欠損マウスのみがPrader-Willi症候群類似の症状を呈している。Necdin遺伝子欠損マウスでは呼吸障害による致死(呼吸中枢ニューロンの異常),視床下部ホルモン産生ニューロンの減少,交連神経突起の伸展異常,感覚神経節ニューロン死の増加などが報告されている。視床下部ホルモン産生ニューロンの分化にはHLH型転写因子であるNSCLが関与しているが,NSCLがNecdin遺伝子プロモーター上のE box配列に結合してその転写を誘導することが報告されている。

神経線維ランビエ絞輪部近傍の軸索構築に関するタンパク質間相互作用

著者: 寺田信生 ,   大野伸彦 ,   駒田雅之 ,   大野伸一

ページ範囲:P.476 - P.477

 ヒト赤血球に始まる,膜内蛋白(Band3;Cl-/HCO3-交換体,Glycophorin C)と結合するスペクトリン(Spe)-アクチンの網目状裏打ち構造と,これらに結合する蛋白(アンキリン;Ank,プロテイン4.1R;P4.1Rなど)による赤血球膜直下の蛋白複合体である“膜骨格”の概念1)(図1左上)は,多くのほかの細胞において,細胞膜の安定化とともに細胞間相互作用に重要な役割をもつことが明らかとなってきた。この稿では,有髄神経線維の軸索が髄鞘形成細胞(稀突起膠細胞[中枢神経系]とシュワン細胞[末梢神経系])と関連して構成するランビエ絞輪部(node of Ranvier),傍絞輪部(paranode),近接傍絞輪部(juxtaparanode)において局在する膜骨格および膜内蛋白について概説する。

シナプスでの情報伝達と可塑性に関与するタンパク質間相互作用

著者: 千村崇彦

ページ範囲:P.478 - P.479

 シナプスは神経細胞間の情報伝達という特徴的な機能を有しており,それゆえその機能を保証する特異的な構造をしている。中枢神経系におけるシナプスにはおもにグルタミン酸の放出と受容による興奮性シナプスと,GABAの放出と受容による抑制性シナプスがある。ここでは海馬神経細胞での結果を中心に,神経伝達物質受容体周辺の相互作用について図示した。シナプスでの情報伝達を担う蛋白質間相互作用は大きく次の二つに分けられる。一つは細胞外における相互作用,もう一つは細胞内における相互作用である。以下,因子名の記載のある箇所は随時図を参照されたい。

 細胞外での相互作用にはおもに細胞接着因子が関与しており,シナプス前部(プレシナプス)と後部(ポストシナプス)を連結させる役割を果たす1)。ここに関わる多くの蛋白質が膜貫通ドメインによってプレシナプスまたはポストシナプスの膜に局在し,細胞外領域を使って相互作用している。例えば,Neurexin,Neuroliginはそれぞれプレシナプス,ポストシナプスに局在し,細胞外ドメイン同士が直接相互作用する。各々がファミリーを形成し,また複数のスプライスバリアントを有し,そのタイプに応じて相互作用の特異性が変わる。抑制性シナプスに特異的に局在する細胞接着因子としてneuroligin-2のほかにβ-dystroglycanが知られている。

ニューロンにおけるカドヘリンスーパーファミリーの相互作用

著者: 平林敬浩 ,   八木健

ページ範囲:P.480 - P.482

 脳神経系は,莫大な数のニューロンがシナプス結合によって正確に組織化することで神経回路を形成し機能している。多細胞生物が個体としての形態を維持するためには細胞間をつなぎ止める接着分子が必要不可欠であるのと同様に,脳神経系におけるニューロンの組織化にも細胞接着分子が寄与している。神経系で発現している接着分子はカドヘリンスーパーファミリー,ネクチンなどのイムノグロブリンファミリー,インテグリンファミリーなどがあり,これらは一部のアイソフォームを除きいずれも細胞表面に存在する膜タンパク質分子群である。

 カドヘリンスーパーファミリーとは細胞外領域にカドヘリンモチーフとよばれる約110アミノ酸残基からなる配列を繰り返し有する分子群の総称で,脊椎動物ではこれまでに100以上の分子が報告されている。さらにこのカドヘリンスーパーファミリーは大きく1)古典的カドヘリン,2)デスモソーマルカドヘリン,3)プロトカドヘリン,4)その他,に分類することができる(図1)。

17.アポトーシス

細胞死と免疫制御に関係するタンパクASCのPYRINドメインとタンパク質間相互作用

著者: 相良淳二

ページ範囲:P.484 - P.485

 アポトーシスでは,カスパーゼと呼ばれる一群のタンパク質分解酵素が中心的役割を果している。細胞死のシグナルが上流から来ると,カスパーゼ前駆体は受容体やアダプタータンパクを介して多量体を形成する。多量体内部ではカスパーゼ前駆体同士が近づくことによって互いに切断し,活性化する。このステップを近接活性化という。カスパーゼは現在10種類以上知られているが,その多くは多量体形成に必要な結合モチーフをもっている。結合モチーフをもたないタイプもあるが,それは下流のカスパーゼで,結合モチーフをもつ制御的カスパーゼによって限定分解され活性化される。

 この多量体形成に必要な結合モチーフは約90アミノ酸からできており,アミノ酸配列の相同性から4種類に分類される。caspase-recruitment domain(CARD),death domain(DD),death effecter domain(DED),PYRIN domain(PYD)がそれである。これらの結合モチーフは上流の受容体またはアダプター分子にも存在し,上流からの細胞死シグナルによってカスパーゼをリクルートし,多量体形成を誘導する。この4種類の結合モチーフはアミノ酸配列レベルでみると相同性は30%以下と低い。しかし,その3次元構造を比べてみると非常に似ている。また,同じ種類の結合モチーフ同士が結合するという特徴をもっている。つまり,CARD-CARD,DD-DD,DED-DED,PYD-PYDの結合を原則とする。以上の事実より,この4種類の結合モチーフは進化的に親戚関係にあるというのが定説になっている。

癌選択的に発現しアポトーシスシグナル伝達分子と相互作用する分子TUCAN-54の役割

著者: 上口権二郎 ,   佐藤昇志

ページ範囲:P.486 - P.487

 周知のごとくアポトーシスは遺伝子により制御された自己細胞死であり,多細胞生物が個体として不必要になった細胞を排除する際に重要な役割を果たしている。アポトーシスシグナル伝達機構には非常に多種類のタンパクが関与し,それらが複雑なネットワークを形成している。ネットワークとはいえ,その最小構成はあるタンパクから別のタンパクへのシグナルの伝達であり,この過程はタンパク質間相互作用である。実際,アポトーシスシグナル伝達分子にはタンパク質間相互作用を形成する様々なドメインが知られており,逆に,データベースなどで新しく同定されたタンパクがアポトーシスに重要なドメインをもっていた場合,アポトーシスへの関与が強く推測される。最近,われわれが同定した抗アポトーシスタンパクTUCAN-541)は,アポトーシスシグナルに関わるドメインをもち,腫瘍細胞に高発現し,腫瘍細胞のアポトーシス経路を強く抑制する分子である。

 大腸癌に強く発現する抗アポトーシスタンパク分子として,TUCANという分子がアメリカのグループから2001年に報告された2)。TUCANはC末にCARD(caspase-associated recruit domain)と呼ばれるアポトーシスに関わるドメインをもっている。われわれの研究室では以前より腫瘍免疫機構の解析を行っており,この分子に着目し,抗体を作製し,腫瘍細胞におけるタンパク発現を検討した。その結果,TUCANは胃癌,大腸癌,乳癌など幅広い腫瘍組織に発現を認めたが,正常胃粘膜,大腸粘膜,乳腺組織にもその発現を認め,発現量自体も腫瘍と非腫瘍組織での差異を認めなかった。

18.内分泌

アンドロゲン受容体とコリプレッサーの相互作用

著者: 河手久弥 ,   柳瀬敏彦 ,   高柳涼一

ページ範囲:P.490 - P.491

 アンドロゲンは性腺および副腎で合成・分泌され,標的臓器においてアンドロゲン受容体(AR)を介してその生理作用が発揮される。ARは核内受容体スーパーファミリーに属するタンパク質で,リガンド非依存性の転写活性化ドメイン(AF-1)を含むアミノ末端ドメイン(NTD),中央には2個のZnフィンガーモチーフからなるDNA結合ドメイン(DBD),カルボキシル末端にはリガンド依存性の転写活性化ドメイン(AF-2)を含むリガンド結合ドメイン(LBD)などの共通の構造をもっている(図1)。リガンドがない状態では,ARは熱ショックタンパク質などと複合体を形成して細胞質に局在しているが,リガンドが結合してARの構造変化が起こると,細胞質から核内へと移行し,標的遺伝子の発現調節領域に存在するアンドロゲン応答配列に結合して,その遺伝子の転写を制御する。

 近年,ARを含む核内受容体を介する転写活性化を制御するタンパク質が数多く同定されている。これらは,転写活性化を促進するコアクチベーター(coactivator)と,転写活性化を抑制するコリプレッサー(corepressor)に分けられる。

19.産業

タンパク質間相互作用をターゲットとした新薬開発の戦略

著者: 古閑比佐志

ページ範囲:P.494 - P.495

●従来の創薬技術

 創薬は,1929年のペニシリンの発見に代表されるように天然物由来成分からその薬理活性で薬剤を探索する(あるいは偶然に見つかる)という時代から,化学合成の時代を経て,分子生物学の潮流に乗った「ゲノム医学」の時代に突入した。そこでは,NMR(核磁気共鳴)やX線装置による立体構造解析技術や,ホモロジーモデリングによる立体構造予測技術の進歩が,SBDD(Structure Based Drug Design)という創薬の新しいアプローチを生み出した。SBDDはPCクラスターなどの大規模計算機システムとの組み合わせにより,バーチャルスクリーニングとも呼ばれるin silicoスクリーニングを可能とし,結果として短期間・低コストでの創薬を可能とした。このような手法により開発された薬剤としては,抗インフルエンザ薬(商品名:タミフルなど)や日本人研究者による重症急性呼吸器症候群(SARS)ウイルスのプロテアーゼ3CL-PROをターゲットとしたリード化合物(コード:RIKEN00046)などがある。その一方で現在までのSBDDでの成功例は,少なくとも立体構造予測が可能でかつポケットを形成するような活性中心(しばしば“鍵穴”と“鍵”に喩えられる)に対するリガンドの阻害分子が中心であった。

基本情報

生体の科学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1883-5503

印刷版ISSN 0370-9531

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