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雑誌目次

雑誌文献

臨床外科63巻4号

2008年04月発行

雑誌目次

特集 消化器外科と漢方

特集にあたって

著者: 北島政樹

ページ範囲:P.461 - P.462

 中国の伝統医学は長い歴史を有し,わが国に渡来してからおよそ1,500年が経過し,発展してきた.江戸時代にヨーロッパの医学が伝わると,蘭学(方)に対して中国医学を漢方と呼称するようになった.明治維新で当時の政府が漢方を非公認化してから日の目を見なかったが,北里柴三郎博士(慶應義塾大学医学部初代医学部長)や,近年では武見太郎博士(元日本医師会長)などの漢方に対する理解もあり,医療用漢方製剤として昭和51(1976)年に健康保険に薬価収載された.その後,30年以上にわたって臨床医の80%が漢方製剤を処方した経験があるといわれている.この背景には,わが国の80に及ぶ医学部・医科大学の80%で漢方医学の教育が施行されており,また文部科学省の医学教育において「医学における教育プログラム研究・開発事業」のコア・カリキュラムに漢方項目が設定されたという画期的な出来事がある.したがって,漢方医学の底辺が拡大していったことは否定できない事実である.

 ではなぜ,西洋医学で教育を受けた医師が漢方を用いるのであろうか.すなわち,西洋医学においてはCT,MRIおよび内視鏡などを用いて異常所見を示さない患者の不定愁訴に対して,特に異常なしと診断されるか,精神安定剤の投与などが行われる.しかし,漢方医学では愁訴がある限り病的状態と診断する.望,聞,問,切の4種の診断法(四診)と医師の五感による診察法で,いわゆる「証」を決めている.「証」とは,患者に現在発現している症状を気血,陰陽などの基本構造により認識し,さらに病態の特異性を示す症候を総合判断して得られる診断であり,これに基づいて治療の指示を行う.すなわち,診断と同時に治療―漢方の処方に至るのが漢方医学の特徴である1).外科領域における漢方医学をみてみると,近年,内視鏡下治療を中心とした低侵襲手術,移植医療,再生医療,遺伝子治療などの技術革新が進むなかで,従来の標準治療から個々の患者に適合した「個別化医療」が求められている.このような医療のもつ背景のなかで,もともと漢方は「個の医学」といわれており,個人の体質などを重要視し,しかも心と身体は一体であるという概念を前提としている.

漢方と消化管血流

著者: 河野透 ,   葛西眞一

ページ範囲:P.463 - P.471

要旨:漢方にエビデンスを求める立場から始めた研究成果を本稿で紹介した.特に,わが国オリジナルの漢方薬である大建中湯(山椒,人参,乾姜,膠飴)の腸管血流増加作用を実験的に検証した結果,大建中湯は腸管粘膜に作用し,感覚神経終末からCGRPを放出,さらにはCGRP受容体を増強させることで腸管血流を増加させることを明らかにした.その血流増加作用は大腸,小腸ともに観察された.山椒と人参が血流増加作用の主な有効成分であり,人参が山椒の血流増加作用を増強させる可能性が示唆された.

漢方と消化管運動

著者: 持木彫人 ,   豊増嘉高 ,   緒方杏一 ,   安藤裕之 ,   大野哲郎 ,   藍原龍介 ,   浅尾高行 ,   桑野博行

ページ範囲:P.473 - P.477

要旨:漢方薬剤は,作用機序の解明とエビデンスの蓄積により適応疾患の拡大が期待されている.消化管運動不全症例に対して漢方薬が用いられるようになり,その作用が解明されつつある.大建中湯は消化管粘膜を介してコリン作動性神経とセロトニン3受容体を刺激し,消化管収縮を引き起こす.その作用は臨床において消化器手術後の腸閉塞予防に用いられている.六君子湯はL-arginen,NOを介して胃の適応性弛緩を増強すると報告されている.臨床では運動不全型のNUD(non-ulcer dyspepsia)に効果が確認されている.今後,漢方はエビデンスに基づき,消化管運動機能障害に対して広く使われると思われる.

漢方の消化管手術における臨床成績

著者: 今津嘉宏 ,   渡辺賢治

ページ範囲:P.479 - P.486

要旨:西洋医学と漢方医学を併用し,よりよい医療を提供しようとする試みは以前より行われてきた.しかし,そのほとんどは臨床研究であり,「漢方薬の何が効いているのか」という薬理的な点に疑問が集中し,実際の臨床効果が軽視される傾向にあった.近年,大建中湯を代表とする基礎的研究が進み,「漢方を科学する」時代となったことから,再び漢方薬の臨床的意義について注目が集まるようになった.1980年代から消化管手術について多くの臨床成績が報告されているが,本稿では外科領域において最も頻用されている補中益気湯と十全大補湯を中心に実際の使用方法についてまとめ,最近話題となっている大建中湯の医療経済効果についても述べたい.

上部消化器手術と漢方

著者: 衛藤剛 ,   安田一弘 ,   白石憲男 ,   北野正剛

ページ範囲:P.487 - P.490

要旨:上部消化器手術後の状態は,漢方医学的には「虚証」にあると考えられる.これらの「証」に合わせて漢方薬を用いることでさまざまな症状の改善が期待できる.代表的な漢方薬は六君子湯,大建中湯,半夏瀉心湯,補中益気湯などであり,胃腸の切除・再建に伴う消化管運動機能障害,消化吸収障害,術後の体力低下に対して効果を示す.また,上部消化器癌に対する化学療法の副作用軽減や緩和治療においても有用性が示されている.今後,術後の「証」を科学的に分析し,安全性と効果におけるエビデンスを作っていくことが,漢方治療の普及に重要と思われる.

大腸手術と漢方

著者: 飯合恒夫 ,   谷達夫 ,   丸山聡 ,   畠山勝義

ページ範囲:P.491 - P.495

要旨:大腸癌や炎症性腸疾患を対象とする大腸外科でも,その周術期や後療法時,再発時にさまざまな症状や愁訴が出現し,西洋医学だけでは治療に難渋することがある.そのような場面でも,中国医学である漢方は全体をみる医学であり,「証」に合った処方をすることで患者のQOLを向上させることのできる治療と期待されている.作用機序も少しずつではあるが明らかにされており,今後はエビデンスを蓄積し,外科治療に漢方を融合させ,大腸手術でもより患者に優しい治療を目指すべきである.

肝臓手術と漢方

著者: 石川義典 ,   水口義昭 ,   田尻孝

ページ範囲:P.497 - P.500

要旨:近年,消化器病領域における漢方薬の有用性は,肝臓疾患に限らずさまざまな分野において研究が行われ,報告されている.大建中湯は,術後腸閉塞の予防効果だけでなく門脈血流量の増加,術後の血中アンモニア値の改善効果などが報告され,当教室においても以前より肝切除術後の患者に対する有用性に注目してきた.当教室における腸管切除を伴わない肝切除患者40名を対象とした検討においても,術後に生じる右半結腸の蠕動低下に対して大建中湯による改善効果が認められている.これらの研究結果を中心とし,肝臓外科学の分野における漢方薬に対する考えを述べる.

消化器手術と漢方の今後

著者: 森根裕二 ,   島田光生 ,   栗田信浩 ,   池上徹 ,   居村暁 ,   金村普史 ,   西岡将規 ,   岩田貴 ,   吉川幸造

ページ範囲:P.501 - P.511

要旨:代替医学・医療としての漢方は,本来個々の患者の「証」を決定して薬剤を処方するオーダーメイド医療であるが,最近ではその有用性とともに分子生物学的な作用機序の解明が進んでいる.本稿では,消化器外科領域において特に有用とされる漢方方剤(大建中湯,茵蔯蒿湯,六君子湯,十全大補湯)について,現状(EBM)とともにわれわれの知見を加えて概説する.これらの漢方方剤はBRM(biological response modifier:生体反応修飾物質)という概念に基づき,多面的な作用を有している.今後は西洋医学と漢方のそれぞれがもつエビデンスを組み合わせて得られる相乗効果により,病気に対して局所的,あるいは病気(病変)を取り巻く環境に作用して治療効果を高めることが重要で,「グローバルEBM」(「分子標的治療」だけでなく漢方のもつ「人」全体を診るという要素を統合した医療)の確立へと進むべきである.

カラーグラフ 外科手術における新しいテクニック―new art in surgery・12

リング付きゴアテックスによる下大静脈再建術

著者: 吉留博之 ,   木村文夫 ,   清水宏明 ,   大塚将之 ,   宮崎勝

ページ範囲:P.457 - P.460

はじめに

 転移性肝癌や肝内胆管癌などの腺癌では,ときに下大静脈への浸潤を合併する症例が存在する.これらの症例に対して積極的に下大静脈合併切除を行うことは,その予後の向上に寄与する場合が少なからず存在することが報告されている1~3).下大静脈合併切除後の再建法には,下大静脈の切除範囲によって単純縫合閉鎖,パッチ再建,ゴアテックスグラフトによる再建,非再建の方法がある.

 本稿では,このうちリング付きゴアテックスによる再建法を詳述する.

連載企画「外科学温故知新」によせて・18

血圧測定の歴史

著者: 佐藤裕

ページ範囲:P.515 - P.518

1.はじめて血圧を測ったStephen Hales

 1628年にハーヴェイ(William Harvey:1578~1657年)がガレヌス学説を打破する血液循環説を唱えて以後,イギリスにおいては血液循環を中心にした生理学研究が盛んになるが,その一端が動物における血圧測定の実施であった.その動物の血圧に関心を持って最初に血圧測定を試みたのがイギリスのステファン・ヘールズ(Stephen Hales:1677~1761年:図1)であり,1706年にイヌにおいてはじめて血圧の測定を試みた(このときの測定方法ははっきりしない).1711年に至り,生きているウマの動脈に真鍮製の管を直接挿管し,それにガラス管を接続して血圧(正確にはガラス管内の血液柱の高さ)を測定したのであったが(図2),当初,ガラス管内を八フィートの高さまで血液が上昇したと言われている.このとき,失血(脱血)させていくにつれてウマの血圧が低下していくことも確かめている.この生体実験が直接血圧測定の嚆矢とされ,これによりHalesが最初の血圧測定者としてもcreditされることになった.

 なお,Halesは植物の生理にも強い興味をもっており,1727年には『植物生理学』という著書を刊行していて,イギリスでは「植物生理学の父」とも讃えられている.

外科診療に潜むピットフォール―トラブル回避のためのリスクマネジメント講座・1【新連載】

検査なしの長期処方で胃癌の発見が遅延した事例

著者: 山本貴章

ページ範囲:P.519 - P.522

 外来で多くの患者の診察をしているとさまざまな場面に出くわします.最良の結果に感謝されることもあれば,納得のいかない結果に小言をいただくこともあります.医師として患者のことを思ってやったことがかえってあだとなり,トラブルになることもあります.外科診療であれば,外来に加えて侵襲を伴う検査や手術という医療行為を通して疾患に対峙していくこととなりますが,そのなかには幾多の危険が潜在し,懸命に治療を進めていても不幸な結果に終わってしまうこともあります.そのような場合,医療者側が医学的見地から合併症と考えていても,患者側の目には医療過誤,技術的過失と映ってしまい,トラブルに発展する事例が急増していることは広く知られている通りです.さらに,医療事故に対する司法判断も時代とともに変遷し,現在では医療者側に厳しい判断が下されることも少なくないようです.より安全で確実な医療を提供していくためには,厳しい臨床の現場に従事する外科医にこそ多くの事例に関する情報を正確に把握でき,患者側の考え方,事故に対する司法判断についても十分な知見を得ることができる環境が用意されるべきではないでしょうか.

 本連載では,さまざまな臨床の場面で発生したトラブルについて紹介し,解説させていただく予定です.多くの事例とその経過や評価を伝えることで,外科臨床の現場で活躍されている先生方のトラブル回避の一助になれば幸いです.

元外科医,スーダン奮闘記・24

ダルフール(1)

著者: 川原尚行

ページ範囲:P.523 - P.525

ある写真家の願い

 2003年,私の大使館勤務時代,ユニセフのスーダン事務所代表と一緒にポリオ・キャンペーンのためにダルフールへ行こうとしているとき,突然のキャンセルの報が大使館に入った.「ダルフールで治安が急激に悪化している.危険であるので,ダルフール行きをキャンセルする」というものであった.それから5年余り経ったが,ダルフールの紛争は激化する一方で,収拾の兆しが一向に見えない.私の現在の活動地はダルフールとまったく逆の東側であるが,いつもダルフールの情勢を気にかけていた.

 2007年11月に日本気管食道科学会が群馬大学の桑野教授の下で開催された.そのとき,ある医学系雑誌の取材を受けた.同行していた写真家が,この取材とは別に私に話があるという.

病院めぐり

あさひ総合病院外科

著者: 東山考一

ページ範囲:P.528 - P.528

 朝日町は富山県の東部と新潟県との県境に位置する人口約1万5千人の町です.古くは天下の険である「親不知」(おやしらず)を前にした宿場町「泊」(とまり)として栄えました.自然豊かな町で,海抜0mのヒスイ海岸(海岸でヒスイの原石が取れます)から2,732mの白馬岳山頂を有しています.殊に日本海から望む朝日と夕日の美しさは絶景であり,かの松尾芭蕉をして「早稲の香や分け入る右は有磯海(ありそうみ)」と詠ましめました.

 当院はこの朝日町の中央に位置しています.病院の前身は昭和20年に開院した日本医療団泊地方病院(100床)で,その後,県立病院や組合立病院などの形態を経て,昭和34年に朝日町立泊病院(120床),平成4年には現在の名称に改称しました.病院の老朽化に伴い現在の病院は平成17年10月に移転・新築されました(一般194床,結核5床,計199床).朝日町の高齢化率は30%を超え,外来患者の約6割,入院患者の約7割以上が高齢者です.病院周囲には特別養護老人福祉施設,ケア・ハウス,在宅支援センター,保健センターが展開されています.朝日町周囲も含め約4万人の生活医療圏にあって当院はまさに保健,医療,福祉の住民サービスの中心となっています.

富山赤十字病院外科

著者: 佐々木正寿

ページ範囲:P.529 - P.529

 富山県は「越中富山の薬売り」として古くから名を馳せ,北は能登半島に守られた日本海側最大級の富山湾を,南には3,000m級の北アルプス連峰を配した風光明媚な県です.特に富山湾はブリ,カニ,エビ,ホタルイカなどキトキト(富山弁で「新鮮な」,「生き生き」の意で,「広辞苑」第6版に新しく収録された方言)な海の幸に恵まれ,富山平野の米と潤沢な湧水で作られる数々の地酒など,まさに豊饒の大地といっても過言ではありません.また,全国のアンケート調査の住みよい県,住みたい県ではつねに上位を占めています.当院は富山県の中央に位置し,病室から望む四季折々の立山連峰の姿に心を癒される快適な自然環境のなかにあります.

 当院の歴史は古く,明治40年5月に日本赤十字社富山支部病院として病床数57床で開院しました.昭和18年1月に現在の名称に改称し,平成8年8月に現在の地に新築されました.全国の赤十字病院のなかでも5番目に古く,平成19年11月11日には盛大に病院創立100周年記念式典が行われ,たくさんの方々の祝福をいただきました.現在は病床数485床,21診療科を有しており,常勤医師70名,非常勤医師14名,臨床研修医6名が勤務しています.富山市の2次救急指定病院として地域の救急医療を担っており,1日の平均患者数は外来1,160人,入院423人,平均在院日数は14.5日の急性期病院です.平成13年8月に富山県では公的病院ではじめてとなる病院機能評価の認定を受け,平成18年8月に認定の更新も受けました.平成19年11月には人間ドック健診施設機能評価の認定施設となり,健診にも力を入れています.平成20年春からDPCを導入する予定で準備を進めているところです.

臨床研究

高齢者胃癌症例に対する術前免疫経腸栄養剤投与の効果―高齢者(80歳以上)と80歳未満の症例の対比を含む

著者: 甲谷孝史 ,   堀内淳 ,   渡部祐司 ,   河内寛治

ページ範囲:P.531 - P.536

はじめに

 近年,平均寿命の延長とともに高齢者の手術が増加している.高齢者は各種臓器の予備能力が低下しており,術後合併症が発生しやすいといわれている1).この合併症併発は,予後の悪化のみならず医療費増加などを引き起こす.すでに欧米では,消化器癌手術において免疫経腸栄養剤の術前投与で術後の感染性合併症発生率を低下させ,入院期間を短縮したなどの有用性が報告されている2~5).しかし,わが国では免疫経腸栄養剤投与の有用性は確立されていない.このため,われわれは高齢者胃癌症例に術前に免疫経腸栄養剤の投与を行い,投与の有無による認容性や感染性合併症発生率などに対する有用性を無作為比較試験で検討した.さらに,術前免疫経腸栄養剤投与における高齢者(80歳以上)症例と80歳未満症例との感染性合併症発生率などの対比を行った.

臨床報告

肺癌の小腸転移による成人腸重積症の1例

著者: 加茂田泰久 ,   川崎健太郎 ,   生田肇 ,   松岡亮 ,   神垣隆 ,   黒田嘉和

ページ範囲:P.537 - P.539

はじめに

 肺癌小腸転移による腸重積は術前診断が困難で,術前診断された報告は少ない1~3)

 今回,われわれは術前に腹部CTにて肺癌小腸転移と診断し得た1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

術前CTで診断し得た子宮広間膜裂孔ヘルニアの1例

著者: 髙瀬功三 ,   平岡邦彦 ,   山本隆久

ページ範囲:P.541 - P.543

はじめに

 子宮広間膜裂孔ヘルニアは非常に稀な疾患であり1,2),術前診断も困難であることが多い3)

 今回われわれは,CTにて術前診断が可能であり,小腸切除を施行することなく早期に治療し得た症例を経験したので報告する.

腸管壁にチョコレート囊胞を形成し,リンパ節病変を伴った回腸子宮内膜症の1例

著者: 村田祐二郎 ,   佐藤裕二 ,   坂東道哉 ,   服部正一 ,   森正樹 ,   洲之内広紀

ページ範囲:P.545 - P.549

はじめに

 腸管子宮内膜症は漿膜から粘膜下層を病巣の主座とし,繰り返される出血や瘢痕化により腸管の癒着や狭窄を生じるとされるが1),今回われわれは,腸管漿膜が相互に癒着して生じた閉鎖腔に出血し,チョコレート囊胞を形成した稀な症例を経験した.また,傍腸管リンパ節にも子宮内膜病変を伴っており,さらに貴重な症例と考えられたため報告する.

高齢者完全直腸脱に対して施行した腹腔鏡下直腸固定術(Wells法)+Thiersch法の1例

著者: 藤井雅和 ,   高橋剛 ,   戸谷昌樹 ,   濱野公一

ページ範囲:P.551 - P.554

はじめに

 直腸脱は老年期の女性に好発し1),社会の高齢化に伴って患者の平均年齢も上昇している2).直腸脱の手術には会陰式アプローチ,経腹式アプローチがある.会陰式アプローチにはGant-三輪+Thiersch法があり,高齢者や全身状態があまり良好でない症例に対しても手術が施行可能であるが,再発率が高いという短所もある.経腹的アプローチは再発率が低いが,疼痛コントロールや侵襲の大きさなどの問題がある.

 今回,われわれは開腹術より侵襲が小さい腹腔鏡を用いた直腸固定術+Thiersch法を施行し,経過良好であった症例を経験したので報告する.

下行結腸癌イレウスにより上行結腸穿孔をきたした1例

著者: 坂本一博 ,   鶴岡優子 ,   五藤倫敏 ,   武田良平 ,   大内昌和 ,   市川純二

ページ範囲:P.555 - P.558

はじめに

 大腸癌による大腸穿孔の頻度は2.7~7.8%と報告されており1,2),穿孔部位により①病巣部の穿孔,②腫瘍の口側穿孔,③腫瘍の肛門側穿孔の3つに分類される2).しかし,そのほとんどが腫瘍近傍の穿孔である.

 今回,われわれは下行結腸癌による大腸イレウスで,上行結腸に漿膜断裂と穿孔を認めた症例を経験したので報告する.

経肛門的イレウス管が有用であった腸閉塞を伴う4型大腸癌の1例

著者: 平下禎二郎 ,   石川浩一 ,   新木健一郎 ,   岸原文明 ,   松股孝 ,   北野元生

ページ範囲:P.559 - P.562

はじめに

 4型大腸癌は比較的稀であり,他の肉眼型と比較して臨床症状に乏しく,予後は不良とされている1,2)

 今回,われわれは経肛門的イレウス管が有用であった腸閉塞をきたした4型大腸癌の1例を経験したので報告する.

術前に診断し得た多発胃石によるイレウスの1例

著者: 盛田知幸 ,   亀田久仁郎 ,   長嶺弘太郎 ,   杉浦浩朗 ,   遠藤和伸 ,   久保章

ページ範囲:P.563 - P.568

はじめに

 胃石の落下によるイレウスは稀で術前診断が困難なことが多く1),複数の胃石が繰り返し落下し,再手術を要した例も報告されている1,2)

 今回,われわれは小腸造影およびMRIで2個の胃石を認め,術前に胃石の多発を診断し得た落下胃石によるイレウスの症例を経験したので,診断を中心に検討を加えて報告する.

頸部悪性リンパ腫の化学療法中に発症したサイトメガロウイルス腸炎による小腸穿孔の1例

著者: 北薗巌 ,   宮崎俊明 ,   伊藤欣司 ,   川津祥和

ページ範囲:P.569 - P.573

はじめに

 消化管へのサイトメガロウイルス(以下,CMV)感染症は,臓器移植後,免疫不全症候群や悪性腫瘍に対する化学療法などの免疫不全状態の患者に日和見感染症として合併し,致命率の高い疾患である1).CMV消化管感染による腸管穿孔の報告はわが国では稀である.

 今回,われわれは頸部悪性リンパ腫の化学療法中にCMV感染による小腸穿孔の1手術例を経験したので,わが国の報告例を含めて報告する.

腹壁瘢痕ヘルニアの嵌頓による消化管穿孔をきたした1例

著者: 本多通孝 ,   高橋慶一 ,   真田貴弘 ,   松本寛 ,   山口達郎 ,   安留道也

ページ範囲:P.575 - P.577

はじめに

 腹壁瘢痕ヘルニアは日常診療においてしばしば遭遇する疾患であるが,教科書的にはヘルニア門が大きく嵌頓することは少ないとされており1),経過観察もしくは待機的に手術を施行する場合が多い.

 今回,われわれは腹壁瘢痕ヘルニアの嵌頓により消化管穿孔をきたした症例を経験したので報告する.

外科医局の午後・43

薬害肝炎訴訟に思う

著者: 岡崎誠

ページ範囲:P.471 - P.471

 血液製剤フィブリノゲンを使用したことによる薬害肝炎訴訟が話題になっている.2007年末になって政府がようやく患者一律救済への道筋をつけ,議員立法により全員救済へ動き出した.そして,年が明けた今日(1月8日),衆議院で薬剤性肝炎救済法案が通過した.実際に投与を行ったかもしれない医療機関あるいは医師としては責任を感じずにはおれない.

 薬害肝炎は広い意味ではフィブリノゲン投与だけにとどまらず,輸血やFFP,アルブミンやγグロブリンなどの血液製剤,あるいは医療器具などからも医療行為によって広く感染が広がったと推測できる.そう言えば,20数年前,私が研修医であった頃,手術をした患者が術後かなりの高い確率で肝機能が悪化し,そのため,点滴治療によって術後何か月も入院していた患者が多かったように思う.当時は命を救うための手術をしたあとであるから,肝機能が多少悪化するのは止むを得ないという雰囲気があり,また病院としてもそれほど重大事とは受け取っていなかったように思う.

昨日の患者

最期に思い浮かべること

著者: 中川国利

ページ範囲:P.495 - P.495

 人は最期を迎えたとき,何を思い浮かべるであろうか.思い浮かべることは人によってさまざまであり,必ずしも嬉しいことばかりではなく辛いこともある.一般に男性の場合には仕事に関連したことが多く,女性は子供に関することが多い感がする.

 80歳代半ばのYさんは3年前に大腸癌の手術を受けた.リンパ節や肝臓への転移を認めたが,奥様との生活を望まれて自宅療養をしていた.しかし,腹痛や食欲減退が著明となり,自宅での療養が困難となって再入院してきた.

ひとやすみ・32

父親の手術

著者: 中川国利

ページ範囲:P.511 - P.511

 身内の手術は精神的に負担が大きいため,従来から他人に任せるべきとされている.しかし,若気(?)の至りで父親に手術をした私自身の話をする.

 90歳になる父親が慢性便秘と腹痛を訴えた.大腸癌も否定できないため,下部消化管内視鏡検査を施行した.所見がないことを願ったが,肝結腸曲に狭窄があり,それより口側には内視鏡が入らなかった.大腸癌と診断し,肛門側にクリッピングおよび墨汁注入を行った.また,即入院として,右鎖骨下静脈に中心静脈カテーテルを留置した.日常茶飯に行っている手技ではあるが,動脈穿刺や肺穿刺の危険性もあり緊張した.

書評

新井達太(編)「心臓弁膜症の外科 第3版」 フリーアクセス

著者: 川田志明

ページ範囲:P.527 - P.527

 新井達太先生の編集による『心臓弁膜症の外科』が4年ぶりに改訂された.1998年が初版であり,2003年の第2版の改訂に際しては,あと数年は改訂の必要がないものと考えられたようだが,埼玉県立循環器・呼吸器病センター総長の職を辞されてからも心臓外科関係の学会や研究会に精力的に出席されて内外の新知見を吸収されたことで,本書の改訂編集に取り組む決意をされたようである.

 第3版の改訂の主なものは,1つの手術項目に複数の執筆者を迎え,異なる手術法を列記し,読者諸氏が手術を組み合わせて自由に取捨選択できるように配慮された点である.このように全体で21名の新進の執筆者を加えて,弁膜症手術の新しい手術手技の各種を公平に紹介していることが大きな特徴といえる.

葛西龍樹(監訳)「クリニカルエビデンス・コンサイス issue16 日本語版」 フリーアクセス

著者: 福井次矢

ページ範囲:P.550 - P.550

 本書は,英国医師会出版部(BMJ Publishing Group)が世界中の医師に「根拠に基づいた医療(evidence-based medicine:EBM)」を実践してもらうために作成・出版している『BMJ Clinical Evidence Concise』(第16版)の日本語訳である.

 内容は,日常よく遭遇する226疾患の治療法や予防的介入の1つひとつについて,有効性や有害性を示す根拠(エビデンス)を体系的(システマティック)に検索・評価し,つぎのような6つに分類したものである.

コーヒーブレイク

トイレ考

著者: 板野聡

ページ範囲:P.536 - P.536

 相田みつを氏の言葉に「綺麗な玄関と床の間だけじゃあ生活できねえんだなぁ」というものがあり,生活には炊事場や風呂,とりわけトイレが不可欠であると教えられました.その言葉が載っている日めくりが,わが家ではトイレにあるからそう思うわけではないでしょうが,医学的にもトイレが大切な場所であることは間違いないことでしょう.

 さて,外科医が手術をする場合,たとえ簡単な手術であっても術前にはトイレに行くのではないでしょうか.卒後30年近くもなれば習慣的にそうしてしまっていますが,外科医になりたての頃には単純に「手術時間が長くなってもよいようにトイレに行っておくのだ」と思っていました.しかし,術者となり経験を積むにつれて,「術中に何か予期せぬことが起こったときにも粗相をせぬように,あらかじめトイレに行っておくのではないか」と思うようになりました(まだ粗相はありません,念のため).

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あとがき フリーアクセス

著者: 桑野博行

ページ範囲:P.580 - P.580

 近年の分子生物学の目覚しい発展は,医学の分野に飛躍的進歩と莫大なる成果をもたらし,また今後もさらに多くの知見をもたらすことは言うまでもありません.「物質は原子からできている」という20世紀の科学の成果(ファインマン)に象徴される視点に立脚した考え方,すなわち対象を要素の性質に還元して理解しようとする「要素還元主義」が広く科学の中心に位置し,自然を理解するのに非常に有効で切れ味の鋭いこの方法論は,21世紀の今後もその座は不動のものであり続けるでしょう.しかし一方で,これらの多くの要素が集合して1つの系を作ると,個々の要素には存在していない新しい性質が出てくることもまた事実であり,生命システムの多様な複雑性と,それらによりもたらされる多様性と多義性がそこに存在します.このことは「ミクロ」な視点からのみならず,「マクロ」な視点,すなわち「グローバリズム」という立場からの観察の重要性をも示唆するものでしょう.すなわち,「木を見て,森を見ず」ではなく「木を見て,また森も見る」ということにも言い換えられると思われます.

 医学に話を戻すと,近年の高齢社会,社会環境の変化に伴うさまざまなストレスの増大,そしてこれらからもたらされる疾病構造の変化と多様化のなかで,「要素還元主義」的に疾患単位で,もしくは病因単位で患者さんを診ることにとどまらず,「グローバリズム」という視点から個体全体を診て,さらにquality of life(QOL)も重視する,いわゆる「全人的医療」の両面からのアプローチが必須となったことは明らかです.そのような観点から,長い歴史を有する漢方医学の意義は,今日的にもさらに重みを増してきたものと思われ,このことは外科の,特に消化器外科領域においても例外ではなく,ここに「消化器外科と漢方」という特集を企画させていただいた次第です.

基本情報

臨床外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1278

印刷版ISSN 0386-9857

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78巻13号(2023年12月発行)

特集 ハイボリュームセンターのオペ記事《消化管癌編》

78巻12号(2023年11月発行)

特集 胃癌に対するconversion surgery—Stage Ⅳでも治したい!

78巻11号(2023年10月発行)

増刊号 —消化器・一般外科—研修医・専攻医サバイバルブック—術者として経験すべき手技のすべて

78巻10号(2023年10月発行)

特集 肝胆膵外科 高度技能専門医をめざせ!

78巻9号(2023年9月発行)

特集 見てわかる! 下部消化管手術における最適な剝離層

78巻8号(2023年8月発行)

特集 ロボット手術新時代!—極めよう食道癌・胃癌・大腸癌手術

78巻7号(2023年7月発行)

特集 術後急変!—予知・早期発見のベストプラクティス

78巻6号(2023年6月発行)

特集 消化管手術での“困難例”対処法—こんなとき,どうする?

78巻5号(2023年5月発行)

特集 術後QOLを重視した胃癌手術と再建法

78巻4号(2023年4月発行)

総特集 腹壁ヘルニア修復術の新潮流—瘢痕ヘルニア・臍ヘルニア・白線ヘルニア

78巻3号(2023年3月発行)

特集 進化する肝臓外科—高難度腹腔鏡下手術からロボット支援下手術の導入まで

78巻2号(2023年2月発行)

特集 最新医療機器・材料を使いこなす

78巻1号(2023年1月発行)

特集 外科医が知っておくべき! 免疫チェックポイント阻害薬

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