文献詳細
文献概要
シリーズ最新医学講座・Ⅰ 法医学の遺伝子検査・11
インプリント遺伝子解析の応用
著者: 中屋敷徳1
所属機関: 1岩手医科大学医学部法医学講座
ページ範囲:P.1301 - P.1308
文献購入ページに移動はじめに
2003年4月に国際ヒトゲノム配列決定コンソーシアムにより,ヒトのゲノム完全解読が宣言された.ヒト染色体上には,3~4万種類の遺伝子が存在すると推定されているが,遺伝子の機能・役割についてはまだ不明なものも多い.今後のゲノム研究は,明らかになった遺伝情報をベースとして,遺伝子の機能解析やプロテオーム解析,およびこれまで解明されていなかった生命現象とのかかわりを探索する方向へ進展すると思われる.そしてその一つがエピジェネティクス研究であろう.
一般に,個々の対立遺伝子(アリル)が持つ遺伝情報は,メンデル遺伝に従って両親から子へ均等に伝わり,そして発現することは周知の事実である.しかし近年,マウスやヒトにおいて,この遺伝様式に当てはまらないエピジェネティック(後成的)な現象が少なからず存在することが証明されてきた.エピジェネティクスとは,ゲノムの遺伝情報(塩基配列)を変化させることなく遺伝子発現を制御する現象の総称として用いられ,発生・老化・癌化など様々な生命現象に関与していることが示唆されている.ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)はその代表的な現象の一つであり,両親由来のアリルがあるにもかかわらず,子ではどちらかの親由来の遺伝情報のみ,あるいは極端な偏りを伴って発現するという現象で,胚発生において極めて重要な役割を担っていることが明らかにされている.一般に,発現する親由来によりPEG(paternally expressed gene:母性形質の発現が抑制され,父性形質が発現)あるいはMEG(maternally expressed gene:母性発現)に分類される.当初,ゲノムインプリンティングは哺乳類に特徴的とされていたが,現在では被子植物にもその存在が確認されている.
ゲノムインプリンティングの特徴である“父あるいは母由来ゲノムの役割に違いがある”ことに関して報告したのは,1980年代のSuraniらが最初である1).彼らはマウスの核移植を用いた発生学的実験を行い,たとえゲノムが2セットあっても,それがメス由来とオス由来の組み合わせでないと子供が生まれないことから,正常発生には父性インプリンティングが必要であると提唱した.その後,マウスおよびヒトにおいて父性あるいは母性インプリント遺伝子が続々と発見され,一般にそれらの遺伝子では5′-CG-3′(CpG)配列におけるシトシンのC-5ポジションがメチル化修飾を受けているという特徴が明らかになった.このメチル化はインプリント遺伝子上流のプロモーター領域に存在するCpG island(CとGが高密度に存在する領域)に多く観察され,主に転写因子の結合がメチル化修飾で阻害される結果として,遺伝子の不活性化をもたらすとされている.このようなインプリント遺伝子には,父由来および母由来アリルでメチル化状態がはっきり異なる領域,DMR(differentially methylated region)が観察されている.最も解析が進んでいるヒトの11p15および15q11領域には多くのインプリント遺伝子がクラスターをなしてドメインを形成しており,(遺伝子相互の影響があることも含めて)インプリンティング調節機構により個々の遺伝子発現が導かれることがわかっている.
DNAメチル化状態の維持については,インプリント情報をリプログラミングされた精子と卵子が受精した後,まもなく全体的にメチル化が消失(脱メチル化)する現象がみられるものの,胚盤胞期頃に再びDNAメチルトランスフェラーゼの働きによって父性あるいは母性インプリント遺伝子上に正しくメチル化が行われ,その後は細胞分裂を経てもそのDNAメチル化パターンは受け継がれていくことがわかっている.ゲノムインプリンティングの破綻は胚発生の異常,ある種の先天性疾患,精神神経疾患および行動異常などに関与することが明らかになっており,さらに,様々な腫瘍においても,両親由来のアリルの活性化(loss of imprinting;LOI)や不活性化(gain of imprinting;GOI)あるいは遺伝子の欠失や増幅といったインプリント遺伝子の発現異常が観察され,腫瘍形成メカニズムを解明する対象としても注目されている.ゲノムインプリンティングを含めたエピジェネティクス研究に関する詳細については成書等2)を参考にされたい.
2003年4月に国際ヒトゲノム配列決定コンソーシアムにより,ヒトのゲノム完全解読が宣言された.ヒト染色体上には,3~4万種類の遺伝子が存在すると推定されているが,遺伝子の機能・役割についてはまだ不明なものも多い.今後のゲノム研究は,明らかになった遺伝情報をベースとして,遺伝子の機能解析やプロテオーム解析,およびこれまで解明されていなかった生命現象とのかかわりを探索する方向へ進展すると思われる.そしてその一つがエピジェネティクス研究であろう.
一般に,個々の対立遺伝子(アリル)が持つ遺伝情報は,メンデル遺伝に従って両親から子へ均等に伝わり,そして発現することは周知の事実である.しかし近年,マウスやヒトにおいて,この遺伝様式に当てはまらないエピジェネティック(後成的)な現象が少なからず存在することが証明されてきた.エピジェネティクスとは,ゲノムの遺伝情報(塩基配列)を変化させることなく遺伝子発現を制御する現象の総称として用いられ,発生・老化・癌化など様々な生命現象に関与していることが示唆されている.ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)はその代表的な現象の一つであり,両親由来のアリルがあるにもかかわらず,子ではどちらかの親由来の遺伝情報のみ,あるいは極端な偏りを伴って発現するという現象で,胚発生において極めて重要な役割を担っていることが明らかにされている.一般に,発現する親由来によりPEG(paternally expressed gene:母性形質の発現が抑制され,父性形質が発現)あるいはMEG(maternally expressed gene:母性発現)に分類される.当初,ゲノムインプリンティングは哺乳類に特徴的とされていたが,現在では被子植物にもその存在が確認されている.
ゲノムインプリンティングの特徴である“父あるいは母由来ゲノムの役割に違いがある”ことに関して報告したのは,1980年代のSuraniらが最初である1).彼らはマウスの核移植を用いた発生学的実験を行い,たとえゲノムが2セットあっても,それがメス由来とオス由来の組み合わせでないと子供が生まれないことから,正常発生には父性インプリンティングが必要であると提唱した.その後,マウスおよびヒトにおいて父性あるいは母性インプリント遺伝子が続々と発見され,一般にそれらの遺伝子では5′-CG-3′(CpG)配列におけるシトシンのC-5ポジションがメチル化修飾を受けているという特徴が明らかになった.このメチル化はインプリント遺伝子上流のプロモーター領域に存在するCpG island(CとGが高密度に存在する領域)に多く観察され,主に転写因子の結合がメチル化修飾で阻害される結果として,遺伝子の不活性化をもたらすとされている.このようなインプリント遺伝子には,父由来および母由来アリルでメチル化状態がはっきり異なる領域,DMR(differentially methylated region)が観察されている.最も解析が進んでいるヒトの11p15および15q11領域には多くのインプリント遺伝子がクラスターをなしてドメインを形成しており,(遺伝子相互の影響があることも含めて)インプリンティング調節機構により個々の遺伝子発現が導かれることがわかっている.
DNAメチル化状態の維持については,インプリント情報をリプログラミングされた精子と卵子が受精した後,まもなく全体的にメチル化が消失(脱メチル化)する現象がみられるものの,胚盤胞期頃に再びDNAメチルトランスフェラーゼの働きによって父性あるいは母性インプリント遺伝子上に正しくメチル化が行われ,その後は細胞分裂を経てもそのDNAメチル化パターンは受け継がれていくことがわかっている.ゲノムインプリンティングの破綻は胚発生の異常,ある種の先天性疾患,精神神経疾患および行動異常などに関与することが明らかになっており,さらに,様々な腫瘍においても,両親由来のアリルの活性化(loss of imprinting;LOI)や不活性化(gain of imprinting;GOI)あるいは遺伝子の欠失や増幅といったインプリント遺伝子の発現異常が観察され,腫瘍形成メカニズムを解明する対象としても注目されている.ゲノムインプリンティングを含めたエピジェネティクス研究に関する詳細については成書等2)を参考にされたい.
参考文献
1) Surani MA, Barton SC, Norris ML:Development of reconstituted mouse eggs suggests imprinting of the genome during gametogenesis. Nature 308:548-550, 1984
2) 佐々木裕之編:エピジェネティクス,シュプリンガーフェアラーク東京,2004
3) Morison IM, Ramsay JP, Spencer HG:A census of mammalian imprinting. Trends Genet 21:457-465, 2005
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5) Yamada Y, Watanabe H, Miura F, et al:A comprehensive analysis of allelic methylation status of CpG islands on human chromosome 21q. Genome Res 14:247-266, 2004
6) Nakayashiki N, Kanetake J, Aoki Y:A parent-of-origin detectable polymorphism in the hypermethylated region upstream of the human H19 gene. Int J Legal Med 118:158-162, 2004
7) Vu TH, Li T, Nguyen D, et al:Symmetric and asymmetric DNA methylation in the human IGF2-H19 imprinted region. Genomics 64:132-143, 2000
8) 中屋敷徳,金武潤,青木康博:親アリルを選択的に判別可能なメチル化遺伝子マーカーについて.DNA多型 12:217-220, 2004
9) 中屋敷徳,高宮正隆,青木康博,他:DMPA(differentially methylated parental allele)識別法に関する検討.DNA多型 13:53-56, 2005
10) Zhao G, Yang Q, Huang C, et al:Study on the application of parent-of-origin specific DNA methylation markers to forensic genetics. Forens Sci Int 154:122-127, 2005
11) 中屋敷徳,高宮正隆,黒瀬奈緒子,他:DMPA(differentially methylated parental allele)検出法に関する検討II.DNA多型 14:41-45, 2006
12) Naito E, Dewa K, Fukuda M, et al:Novel paternity testing by distinguishing parental alleles at a VNTR locus in the differentially methylated region upstream of the human H19 gene. J Forens Sci 48:1275-1279, 2003
13) Xu H-D, Naito E, Dewa K, et al:Paternally imprinted allele typing at a short tandem repeat locus in intron 1a of imprinted gene KCNQ1. Legal Med 8:139-143, 2006
14) Suter CM, Martin DIK, Ward RL:Germline epimutation of MLH1 in individuals with multiple cancers. Nature Genet 36:497-501, 2004
掲載誌情報