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雑誌目次

雑誌文献

精神医学48巻2号

2006年02月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科救急―Fashion,Collection,Mission

著者: 澤温

ページ範囲:P.116 - P.117

 精神障害者数が2002年に258万人にまで増え,その数は誰でも精神障害になり得るという,昨年の改革ビジョンの啓発目標に皮肉にも近づきつつある。また精神科クリニックが増加し,精神科へのアクセスはきわめてよくなり,精神科受診の敷居は下がった。しかし,平日の日中,医療にアクセスしている患者や,これまで受診したことがない人のこころの状態が,夜間休日に悪くなった時の救急医療体制はお寒い。

 国は1995~1998年の4年間に,全国において地域の実情に応じて精神科救急システムを立ち上げるとし,現在ではなにもない県はない。しかしその実情は,時間帯,曜日,救急システム対応の入院形態制限,人口や地域の広さあたりの配置,情報センターの機能など地域によって「ばらばら」である。これが患者のニーズの違いからくる「ばらばら」ならいいが,行政の無理解や財政的理由による「ばらばら」,さらに担当する医療機関の実情,特に指定医の確保の困難さ,経営的視点からの不参加であれば悲惨である。

研究と報告

岩手県高度救命救急センターにおける自殺未遂患者の横断的調査―通院状況を考慮した自殺予防

著者: 中山秀紀 ,   大塚耕太郎 ,   酒井明夫 ,   智田文徳 ,   遠藤知方 ,   丸田真樹 ,   遠藤仁 ,   山家健仁 ,   遠藤重厚

ページ範囲:P.119 - P.126

抄録

 岩手県の自殺率は高く自殺の予防は緊急の課題である。今回我々は救急センターでの自殺未遂者について,企図前の受診状況別に検討した。対象は2002年4月1日からの1年間に岩手県高度救命救急センターを受診した自殺未遂者125名(男性44名,女性81名,平均年齢42.0歳)である。ICD-10診断ではF3が最も多く,F4,F2,F6の順であり,60.8%が精神科病棟に入院した。精神科以外の科に通院中のものは有意に高齢でF3が多く,通院なしではF3とF4が多かった。自殺の予防には医療従事者へのうつ病の教育や,一般住民へのうつ病の啓発やスクリーニングによる介入,メンタルヘルス教育が重要であると考えられた。

健常成人における内田クレペリン検査成績と人格特性との関連

著者: 清野絵 ,   笠井清登 ,   工藤紀子 ,   山崎修道 ,   山末英典 ,   福田正人 ,   加藤進昌

ページ範囲:P.127 - P.133

抄録

 内田クレペリンテスト(UK)は,精神作業遂行の正確性,持続性,安定性を見る日本独自の優れた心理検査であるが,従来は結果の解釈が複雑なため臨床応用が限定されていた。本研究は,健常成人48名を対象にUKの行動指標とTemperament and Character Inventory(TCI)における人格特性との関連を検討した。その結果,UKとTCIの,行動を統制し,調整し,調節する能力であるSelf-Directedness(SD)得点との関連が確かめられた。本研究の結果は,UKの心理検査としての意義を明確化し,精神疾患患者を対象とした場合の解釈にも有用な情報を与えるものと考えられる。

統合失調症者の心理教育に対する参加準備性尺度(Readiness for Participation to Psychoeducation(RPPS))の開発―信頼性・妥当性の検討

著者: 瀬戸屋希 ,   大島巌 ,   槇野葉月 ,   沢田秋 ,   長直子 ,   福井里江 ,   岡伊織 ,   吉田光爾 ,   池淵恵美 ,   伊藤順一郎

ページ範囲:P.135 - P.143

抄録

 統合失調症患者が心理社会的援助に対して,どのような認識を持っているかを測定する「心理教育に対する参加準備性尺度」を開発し,その信頼性・妥当性を検討した。統合失調症の入院患者,通院患者,デイケア通所者,計213名を対象として,自記式調査票および面接法による調査を行い,尺度の信頼性・妥当性を検討した。10項目から成る本尺度の内的一貫性(α=0.77~0.90),再テスト信頼性(r=0.95)はおおむね十分な値が得られ,また既存尺度との相関から一定の構成概念妥当性が示された。参加準備性尺度は,援助に対する障害者の認識を把握することができ,ニーズの評価をする上で有用な指標であることが示唆された。

Risperidoneの内服が衝動行為の抑制に有効であった境界性人格障害の3症例

著者: 松原敏郎 ,   船戸弘正 ,   牧原浩 ,   渡辺義文

ページ範囲:P.145 - P.150

抄録

 非定型抗精神病薬であるrisperidoneは統合失調症の諸症状を改善するために使用されているが,今回,我々はリストカットや大量服薬などの衝動行為を繰り返し,SSRIの投与が無効であった境界性人格障害患者にrisperidoneを併用投与したところ,衝動行為が消失した3症例を経験した。Risperidoneの内服は衝動性を軽減することで境界性人格障害の行動化を抑制する可能性が考えられるとともに,衝動性の神経生理におけるセロトニンとドパミンの関与が示唆された。

自殺未遂者における救命救急センター退院1年後の受療行動と再自殺

著者: 伊藤敬雄 ,   葉田道雄 ,   原田章子 ,   大熊征司 ,   大久保善朗

ページ範囲:P.153 - P.158

抄録

 高次救命救急センター(CCM)に入院した自殺未遂者のうち,追跡調査が可能であった症例を対象として,1年後の精神医療受療状況と再自殺を調査した。その結果,対象の84%が精神医療受療を維持し,精神医学的診断群別では,統合失調症圏95%,気分障害圏90%,不安障害圏100%であった。一方,適応障害圏69%,人格障害を診断できる症例では72%にとどまった。再自殺は対象の20%,診断群別では,統合失調症圏15%,気分障害圏17%,適応障害圏27%,人格障害では30%に認められた。適応障害圏と人格障害の症例では,他診断群と比較して精神科通院継続率は低く,再自殺率は高い傾向にあり,受療の動機づけ,自殺予防の困難さが示唆された。再自殺で前回と同じ自殺手段を用いた症例は79%,特に多量服薬では88%であった。未遂後1年間の精神状態観察が再自殺予防の見地から重要であり,CCM入院中から自殺防止対策(インターベンション)と事後対策(ポストベンション)が重要と考えられた。

数秒程度の場面が時間を逆行し反復した「体験の直後反復症」と言うべき1例

著者: 深津尚史 ,   前川和範 ,   田所ゆかり ,   今宿康彦 ,   兼本浩祐 ,   濱中淑彦

ページ範囲:P.159 - P.164

抄録

 従来の症状学に適切な記述名のない,「体験の直後反復症」とでも言うべき1例を経験した。本症例は55歳の男性で,アルコール多飲と両側被殻出血の既往があり,数秒間程度の場面が体験直後に反復して再体験され,休養と禁酒により自然軽快した。しかし,その反復体験は,確認強迫のような単純な病態ではなく,タイムマシンに乗ったかのように時間が逆行して,数秒前の過去を再体験するように感じられる不思議な体験だった。今回,既視感,経験性幻覚,視覚保続,記憶錯誤など他の神経心理学的症候との鑑別診断を検討し,その病態仮説について,クオリアqualiaを踏まえて考察した。

痴呆性疾患患者におけるHDS-RとMMSE得点の比較検討

著者: 村山憲男 ,   井関栄三 ,   山本由記子 ,   小高愛子 ,   木村通宏 ,   江渡江 ,   新井平伊

ページ範囲:P.165 - P.172

抄録

 アルツハイマー型痴呆(ATD)群448名,血管性痴呆(VaD)群94名,レビー小体型痴呆(DLB)群21名,前頭側頭型痴呆(FTD)群27名において,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)とMini-Mental State Examination(MMSE)得点の差異を検討した。その結果,ATD群はMMSEに比べてHDS-Rが有意に低得点であり,他群ではこのような差はみられなかった。また,下位項目ではVaD群とDLB群は描画課題の正答率が低いことなど,痴呆性疾患によって認知機能障害に差異があることが示唆された。

ロールシャッハ・テストからみたアトピー性皮膚炎患者の心理的特徴像―いわゆる“心身症”に注目して

著者: 二橋那美子 ,   境玲子 ,   大西秀樹 ,   山田和夫 ,   小阪憲司 ,   石和万美子 ,   高橋一夫 ,   相原道子 ,   池澤善郎 ,   平安良雄

ページ範囲:P.173 - P.180

抄録

 アトピー性皮膚炎(AD)患者24例のロールシャッハ・テストの結果を,精神医学的診断に基づき分類した3群(心身症群12例・精神科診断群7例・非心身症群5例)間で比較し,心身症群にみられる特徴を中心に検討した。

 心身症群の特徴として,心理的資質(EA)の高さ,ストレス(m)の多さ,精神的こだわり(Dd)の強さが認められた。ストレスへの反応としては,身体化 (FM),現実逃避の傾向(Ma<Mp)を認め,感情の統制にも問題を有することが示唆された。対人関係は良好(COP)な一方で孤立しやすく(Isolate/R),喪失体験(T),怒り(S),罪悪感(V)の高さも特徴的であった。

 心身症群への介入として,ストレス因子の明確化や,ストレス軽減への具体的方法の提示がデータ上も有用なことが示された。

「踏み越え」による少年犯罪の探索的分析

著者: 谷敏昭

ページ範囲:P.181 - P.188

抄録

 本研究の目的は犯罪抵抗性,すなわち犯罪行動への「踏み越え」を容易にさせる条件について,現代日本のコンテクストに従って検証することである。男子非行少年36名と一般高校生138名を対象に,「踏み越え」による犯罪の程度や性格特性などを質問紙法によってデータ収集し,解析を行った。また,評価に用いた6項目の「踏み越え」を容易にさせる因子群が,互いにどのような位置関係にあるのかを検討するために,探索的因子分析を実施した。その結果,「踏み越え」の構成因子は3つに集約され,「踏み越え」度の程度によって性格特性のタイプを2つに類型化できることを見いだした。最近の犯罪行動について,「踏み越え」という視点から考察を試みた。

短報

リスペリドンによる増強療法で攻撃的な強迫観念が改善した双極Ⅱ型障害の1例

著者: 仲秋秀太郎 ,   永井靖子 ,   佐藤起代江 ,   山西知愛 ,   大森一郎 ,   村田佳江 ,   佐々木恵 ,   古川壽亮 ,   堀越勝

ページ範囲:P.191 - P.194

はじめに

 強迫性障害の患者には,十分量のセロトニン再取り込み阻害剤(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)にても改善しない患者群が存在する。双極性障害に強迫性障害が合併することはしばしば報告されているが1),炭酸リチウムの投与が,躁状態のみならず強迫症状にも有効か否かについてはまだ十分なデータはない。我々は,fluvoxamineには治療抵抗性であった攻撃的な内容の強迫観念のある強迫性障害の患者が,大うつ病のエピソードの経過中に軽躁病エピソードを併発した症例を経験した。本症例は,lithiumの投与に少量のrisperidoneを追加投与したところ,軽躁病エピソードのみならず,攻撃的な内容の強迫観念も改善したので報告する。なお,本報告にあたっては,患者から文書による同意を得ている。

脳梗塞後に病的泣きを認めた1症例

著者: 安川玲 ,   稲垣卓司 ,   安田英彰 ,   宮岡剛 ,   堀口淳

ページ範囲:P.195 - P.197

はじめに

 病的泣きとは,特徴のないさまざまな刺激によって誘発される現象で,悲しいなどの感情変化とは無関係に生じ,また泣きの程度や持続時間を意思によって制御できないものと定義されている8)。一般的には脳血管障害との関連が指摘されており8),さまざまな神経学的所見を合併する。その発症機序については諸説があり,仮性球麻痺に伴う上位運動ニューロン障害によるとする説や,笑いや泣きに関与する顔面や呼吸筋の支配性を結合する核上性の中枢障害を想定した,いわゆるfacio-respiratory mechanism説,小脳への求心神経線維の遮断によるとした説などが提唱されている7)

 今回,我々は脳梗塞後に病的泣きを認め,fluvoxamineやamantadineが有効であった症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。

紹介

ポール・ギロー病院処遇困難精神障害者病棟見学記―主として司法精神医療の観点から

著者: 恩田浩一 ,   加藤敏 ,   宮田善文 ,   杉山久

ページ範囲:P.199 - P.203

はじめに

 2005年5月27,28日にパリで日仏医学コロックが開催された。この機会を利用し,日仏医学会日本側の申し出を受けるかたちでパリの主要な精神科病院を見学する企画が実現し,約20名の日本人医師が参加した。訪問したのは,エスキロール病院(5月26日),サルペトリエール病院(5月26日),ポール・ギロー病院(5月27日)の3施設で,いずれもフランス精神医学・医療の歴史において重要な役割を果たしてきた施設である。

 ポール・ギロー病院は処遇困難精神障害者を専門的に治療する病棟を有しており,今回の見学ではその治療施設を詳細に見学し,入院患者と真直に接する機会も与えられるなど,参加者にとっては大変貴重な経験となった。わが国では2005年7月15日に心神喪失者医療観察法が施行されてまだ日が浅いが,司法と精神医療にまたがる領域でのフランスの取り組みは我々にとって示唆に富むものであり,以下に報告する。

私のカルテから

総合病院精神科のない地域での精神科病院におけるコンサルテーション・リエゾン精神医学―他院と連携して治療を行った2症例を通じて

著者: 片桐秀晃 ,   村岡満太郎

ページ範囲:P.205 - P.207

はじめに

 当院は単科の精神科病院である。当院が所属する地域にはコンサルテーション・リエゾン(CL)医療を提供できる総合病院がないことから,他院入院中に精神症状が出現すると転院を含め当院に紹介がある。今回,身体的な問題にて他院入院中であったが,精神症状が出現したために入院継続が困難となり当院に転院し,精神症状に関係する器質的な問題に対応することで専門的な治療へ結びつけることのできた2症例を経験した。この症例を通じて感じた精神科病院でのCL精神医学についての私見を報告する。なお,個人情報保護のために一部内容を改変した。

低用量のリチウムが奏功した統合失調症の1例

著者: 岸敏郎 ,   藤本晶彦 ,   坪内健 ,   高橋幸男

ページ範囲:P.209 - P.210

はじめに

 気分安定薬として汎用されるリチウムが抗精神病作用を有するかは今日でも議論されている。今回我々は低用量のリチウムが奏功した統合失調症の1例を報告し,リチウムの白血球増加作用にも触れる。また当時,非定型抗精神病薬は市販されていなかったことを付記しておきたい。

動き

「第35回日本臨床神経生理学会」印象記

著者: 松岡洋夫

ページ範囲:P.212 - P.212

 2005年11月30日~12月2日,福岡国際会議場において,福岡大学医学部小児科学教室の満留昭久教授の主催で第35回日本臨床神経生理学会学術大会が開催された。この学会はかつて「日本脳波・筋電図学会」と呼ばれていたが,機能的MRI,脳磁図,近赤外線スペクトロスコピーといった機能イメージングや磁気刺激などの新たな手法が登場してきたこともあり現在の名称になった。この学会の特徴は何といっても検査手段を軸にしていることで,精神科はもとより神経内科,脳外科,小児科,整形外科,リハビリテーション科,さらに基礎医学,工学も加わり多領域の専門家が集まる学際的学会であり,さまざまな立場からの考えを知ることができるため大変に勉強になる。

 学会の乱立によってどの学会も会員の減少に悩まされているが,柴崎浩理事長の強力な指導のもとで学生会員制度などを導入し会員増加に転じた。また,今年から長年の懸案だった認定制度が開始された。他にも学会の運営にさまざまな改革がなされさらに本学会の魅力が増している(ホームページを参照;http://square.umin.ac.jp/JSCN/goaisatsu.html)。こうした改革を受けて学術大会も満留大会長のご尽力で内容の濃いものとなった。一般演題372題に加えて,特別講演3題,教育講演12題,シンポジウム11題,ワークショップ2題,ハンズオンセミナー2題,サテライトシンポジウム4題,ランチョンセミナー4題と,特に若手の臨床家や研究者を意識した充実した内容であった。

「第13回日本精神科救急学会」印象記

著者: 伊豫雅臣

ページ範囲:P.213 - P.213

 第13回日本精神科救急学会総会が2005年10月14,15日に浜松市のアクトシティ浜松にて,浜松医科大学精神神経科教授 森則夫大会長のもと開催された。参加者は精神科医師192名,精神保健福祉士や看護師など160名の計352名であり,精神科救急の発展を支える多くの人たちが参加していたことがうかがえる。一般演題は口演12題,ポスター20題であったが,元々,日本精神科救急学会では地域の救急システムや症例に関する報告が多く,本大会においてもそうであり,活発な質疑応答がなされていた。また本大会ではポスターセッションを設けており,発表者とじっくり討議できている印象であった。今年から施行された,いわゆる「医療観察法」に関する発表も散見し,精神科救急のこの法へのかかわり方を考えていく必要性が感じられた。ところで本大会では新しく教育研修コース(今回は「電気刺激療法の進歩と実際」)が設けられた。精神科救急システムの発展とともに医療技術の発展も必須であり,教育研修コースはまさにタイムリーな試みと思われた。

 さて,この総会のテーマは「精神科救急は日本の精神科医療を変えられるか」であった。計見一雄理事長が「精神科救急の守備範囲,今とこれから―どこまで需要が増大するか?」と題した特別講演(理事長講演)をされ,境界性人格障害について触れておられた。また,シンポジウムIIでは「高齢者の精神科救急―身体管理を含めて」そしてミニシンポジウムでは「薬物関連精神障害に対する治療的対応」が取り上げられた。近年,人格障害や認知症に伴う行動障害で精神科救急を受診する患者さんが増加しており,まさに精神科救急の守備範囲を考えるのに重要なテーマと思われた。さらに新規物質を含む薬物乱用が拡大しているが,急性精神病状態で受診することも多く治療的対応についての知識を得ることは精神科救急では重要であり,興味深いミニシンポジウムであった。また,シンポジウムIにおいて「精神科救急システムを再考する」が討議された。守備範囲とシステムの再考を通して精神科医療を担っていくエネルギーが感じられる内容であった。

書評

医の倫理と人権―共に生きる社会へ

著者: 中根晃

ページ範囲:P.215 - P.215

 元厚生省公衆衛生局長で,退官後は公衆衛生審議会会長他を歴任され,現在国際医療福祉大学総長の大谷藤郎先生が医の倫理と人権は一体であるとの信念から,らい予防法廃止までのいきさつと精神保健法の改正に至る経過を貫く,病者の人権の尊重を力説されているのが本書である。日本では基本的人権を遵守する姿勢が不十分で,弱い立場の人に対する人権侵害への認識に欠けていた結果,長い間,ハンセン病患者や精神障害者に対する人権侵害が見逃されてきた。さらに,幼児,高齢者の虐待や女性の問題はそれらの人の人権の軽視から来ているとする。

 昭和59(1984)年に精神保健法の改正のきっかけとなった宇都宮事件が起こった。この時,ジュネーブから実態調査に来た人権団体の報告書では,日本の精神衛生法をはじめとする精神衛生制度は先進国では考えられない人権侵害の制度で,家族の同意で入院させるのは患者に対する人権侵害にあたり,ほとんどの患者を強制入院させているとされた。そこで,国連人権委員会の差別と少数者保護のための小委員会に出席を求められた厚生省の精神衛生課長が,国連人権小委員会で世界の人権の趣旨に沿って法律を改めることを日本政府の代表として明言した。これと並行して,精神障害者が地域での自立のための社会復帰と支援体制を明文化する画期的な精神保健法が策定されたと述べている。

抗うつ薬の功罪―SSRI論争と訴訟

著者: 江口重幸

ページ範囲:P.216 - P.216

 20世紀末から21世紀はじめの精神医学をめぐるシーンを描いた書物を1冊だけ薦めるとしたら,私は迷わず本書を選ぶ。この本では,うつ病とグローバル化した巨大製薬産業との「不健康な関係」(原著副題)が論じられ,抗うつ薬SSRIが持つ服用者の自殺衝動を昂める副作用が中心に据えられている。具体的な事例や,SSRI誕生の歴史,製薬企業の市場戦略,さまざまな精神薬理学者の役割,SSRIの服薬実験や裁判経過がこれほど詳細に示されたことはないだろう。

 間違っては困るが,本書はSSRIや向精神薬の薬害や,製薬企業一般を追及する単なる告発本ではない。それは著者のヒーリー自身が世界屈指の精神薬理学者であり,産官学の内部事情に誰よりも精通した研究者であること,さらに彼の,世界の精神薬理学者にインタビューした浩瀚な著作『Psychopharmacologists』や,今日最も信頼できる向精神薬のマニュアルで2005年4版を重ねた『Psychiatric Drugs Explained』を読めば理解できる。

医学と哲学の対話―生-病-死をめぐる21世紀へのコンテクスト

著者: 原田憲一

ページ範囲:P.217 - P.217

 精神科医は精神医学(たとえば人間学的精神病理学)と哲学の関係がいかに密接かをよく知っている。しかし,生物学的精神医学ましてや身体医学ないし医学一般と哲学の結びつきを十分に認識してはいないだろう。

 本書の原題は「20世紀における哲学と医学の間の内的結びつき」。科学史,医学史に精通した哲学者DV Engelhardtと精神医学専門医でもある著名な医学史家H Schippergesの共著。5つの章から成る。序章に続いて「哲学と社会哲学における医学」の章で,「哲学がいかに医学を論じているか」を医学史家が書く。次の章「医学と医学的人間学における哲学」で,「医学の中にいかに哲学があるか」を哲学者が説く。第4章は「医学の理論と方法論」,そして終章は「結果と期待」。哲学者と医学者によるこのような共同作業は,本書が掲げる課題を解くのに最上の構想となっている。

誤りやすい異常脳波(第3版)

著者: 井上令一

ページ範囲:P.218 - P.218

臨床脳波判読における座右の書

 昨年(2004年),11月17~19日の3日間,第34回日本臨床神経生理学会学術大会が,杏林大学医学部精神神経科の古賀良彦教授を会長として東京の台場で開かれた。

 古賀学会会長は,学会のテーマを“Back to Clinical Neurophysiology”とされ,そのご挨拶の中で「…むしろ若い先生方に神経生理学の楽しさ,醍醐味といったものを知っていただき,よかったら一緒に勉強しませんか,という気持ちの現れとご理解いただきたい。“脳波なんて3日でわかる”というシンポジウムはそのきっかけ作りというつもりで設けたものである。もちろん,ベテランの先生方にももう一度楽しさを味わっていただくことを期待している…」と述べられたが,この学会は1,300人余の人達が集まるという盛況であった。シンポジウム“脳波なんて3日でわかる”は,基礎編,臨床編,応用編と3日に分けられて開催された。評者も松浦雅人教授と臨床編の座長を務めさせていただいたが,熱気溢れる会場であった。古賀会長も憂えておられたように,近年,臨床医は中枢神経系の検査もCT,MRI,PET,SPECTなどの目覚ましい発展に目を奪われ,残念なことに臨床脳波はともすれば片隅に追いやられている観がある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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