診療支援
治療

航空機内の緊急事態
health emergencies and medical care on commercial flights
冨岡譲二
(緑泉会米盛病院・副院長(鹿児島))

◆病態と診断

A機内環境の特殊性と医療上のリスク

・商用ジェット機の機内は地上に比べ,気圧が低く相対湿度も低いため,呼吸器疾患・循環器疾患をもつ乗客には,低酸素血症・喀痰排出困難などのリスクがある.また,低圧環境下では閉鎖空間の気体が膨張するため,耳鼻科疾患や歯科疾患,消化器疾患が悪化する可能性もある.さらに,長時間の着座による深部静脈血栓症や,閉鎖空間に由来する精神症状の悪化,機内で提供されるアルコール飲料による酩酊や暴力行為なども報告されている.

B機内で発生する医療緊急事態の頻度と症状の内訳

・機内で医師が要請されるような医療上の緊急事態が発生する割合は,おおむね600フライトに1回程度とされている(N Engl J Med 368:2075-2083,2013).

・医師が招集される原因となる症状は,失神・呼吸困難・消化器症状などが多く,心停止は0.3~0.7%と非常にまれである.(JAMA 320:2580-2590,2018)

◆治療方針

A機内で行える医療処置とその限界

 機内では医療行為を行えるスペースが限られていることに加え,機内の騒音は巡航時で75~85dB,離着陸時には85~100dBに達し,聴診をはじめ,日常診療で行っているような診療行為は困難である.航空機内に搭載されている医療機材について,わが国では国土交通省が,アドレナリン,ジアゼパム,アトロピンなど15種類の薬剤と,バッグ・バルブ・マスク,気管挿管セット,AEDなど約30品目の医療資機材を定めているが,搭載が義務づけられているのは客席数60席以上の機体のみである.また,各薬剤・資機材の搭載数は限られており,複数回の使用や多数傷病者を想定したものではないことに留意する必要がある.航空会社によっては搭載している資機材を公開している場合もあり,国内では日本航空(JAL)と全日空(ANA)のウェブサイトで,搭載してい

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