医学を学びつつある者にとって,疾患に関する十分な量の知識を蓄えておきさえすれば,患者の訴えや身体所見と照らし合わせて診断を下すことなど,造作もない作業と思われるかもしれない.しかし,実際は必ずしもそうとはいえない.私自身,医学部高学年になって,臨床実習で実際に患者に接するなかで,それまでに学んできた疾患に関する知識がほとんど役に立たないことに強いもどかしさを感じたものである.自分自身の能力のなさを省みず,当時の内科教授に「教育のしかたがどこかおかしいのではないですか?」と訴えたことを,今でも鮮明に覚えている.今振り返ると,このエピソードが,私の医師としての生き方と陰に陽に深く関係しているように思う.
学習してきたはずの知識が役立たない“もどかしさ”の原因の1つは,たとえ疾病に関してどのような症候が起こりうるのかを知っていても,個別の症候の原因としてさまざまな疾病を思い浮かべることができる