A.病態
頭部へ虐待として振るわれた外力は,眼や視機能にさまざまな損傷を生じうるが,とりわけ虐待性頭部外傷(AHT:abusive head trauma)は,乳幼児に行われる転帰の悪い身体的虐待の1つである.臨床や剖検研究,コンピューターによる力学モデル実験などさまざまな分野の研究によって,乳幼児の肩などをつかんで激しく前後に強く揺さぶって生じた反復性の加速減速の外力が,眼球内部のゲル組織である硝子体に伝わり,硝子体と網膜を引きはがそうとする力(剪断力)を繰り返し生じるという「硝子体牽引説」が網膜出血をきたす機序として最も有力とされている.このため「ゆさぶられっ子症候群」とかつての狭義の名称が現在でもたびたび用いられている.
多層性で数え切れないほど多発した網膜出血を呈する(図1図).重症であるほど網膜出血は数が多く広範囲となる.その他,特徴的な網膜所見として網膜内部の出血によって層が裂ける出血性網膜分離や,さらに網膜ごと硝子体に強く牽引されて部分的に剥離する網膜ひだ,網膜の出血が硝子体へ拡散する硝子体出血などがある.網膜出血が自然吸収しても,網膜の層構造が障害され網膜萎縮に至ることが多く,その場合は永続的な視機能障害をきたす.
B.鑑別診断
血液の凝固異常(白血病や血友病など)の除外検査は必須である.その他,致死的な直達外力による頭部損傷や交通外傷,頭蓋内圧亢進による網膜出血〔Terson(テルソン)症候群〕,胸腔内圧上昇〔Purtscher(プルチェル)網膜症〕,低酸素血症などがあげられる.しかし,広範性で多発・多層性の網膜出血はAHTに特異性が高く,Terson症候群やPurtscher網膜症は小児では生じないという研究報告が多い.
C.対応の方針
網膜出血は,2,3日で淡い網膜表層の出血は自然吸収され始め,2週間程で網膜内部の出血はほぼ吸収される.受傷機転を判断し重症
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