腹部(abdomen)の診察では視診,触診,打診,聴診が行われる.とりわけ重要なのは視診と触診である.打診は腹水貯留,腸閉塞による鼓腸,肝臓や脾臓の腫大を調べるときなどに行われ,聴診は腸蠕動の消失,減弱,亢進の有無を調べたり,腹部大動脈瘤などの血管病変の存在が疑われるときなどに有用である.診察の順番も重要であり,腹部の診察は,視診→聴診→打診→触診の順序で行う.聴診の前に打診や触診を行うと,接触や圧迫の影響によって腸の蠕動が亢進する可能性がある.
患者の体位は,腹部診察では仰臥位が基本となる.両上肢は側腹部に沿って軽く伸展し,両膝を伸ばした状態で診察する.患者の緊張をほぐすためには,腹部に関する愁訴を問いかけたり,対話しながら診察するとよい.腹部全体を詳細に観察するために,視診は通常膝を伸ばした状態で行うが,触診時に腹壁の緊張が強い患者においては,膝を軽く曲げてもよい.このほか,側臥位,半座位,場合によっては立位でも診察を行う.検者は通常,患者の右側に位置する.患者の腹部を斜め上から見下ろす姿勢で診察することになるが,視診では患者の腹壁と目線を同じ高さになるようにして側面から眺めることも必要である.特に心窩部の膨隆などは側面からのほうが発見しやすい.
腹部を診察しているときでも,胸部の動きを見たり,ほかの部位も同時に観察する.特に触診や打診の際には経験の浅い医師ほど手元に集中しがちであるが,圧痛の有無などを確認するためにも適宜声をかけながら,表情の観察を行う.
患者の腹部は十分に露出し,可能なかぎり心窩部から恥丘,鼠径部までを観察できるようにする.ただし,患者の年齢,性別にかかわらず,患者に差恥心を抱かせないよう,胸部や下半身など診察していない部位はタオルなどで覆うなどの配慮が必要である.特に直腸診を行う際には,可能なかぎり看護師などほかの医療従事者に同席してもらう.
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