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雑誌目次

論文

臨床検査66巻6号

2022年06月発行

雑誌目次

今月の特集1 腫瘍循環器学を学ぶ

著者: 河合昭人

ページ範囲:P.681 - P.681

 近年の治療の進歩によってがん患者の生存率は向上しています.一方で,超高齢化社会を迎えているわが国において心疾患の患者が多いことは見逃せない事実です.両者が併存することが増えているのは当然であるともいえ,今後,両疾患の治療・管理を行うことがとても重要となってきています.

 がん治療で起こる心筋障害は医療の進化に伴って大きな問題となっています.本特集では,①アントラサイクリン系薬剤と抗HER2療法による心筋障害のメカニズム,②がん関連血栓症のメカニズム,③心機能の評価で欠かせない心エコーの評価におけるEF(ejection fraction)のみならずGLS(global longitudinal strain)での評価を詳細に解説します.

 心機能評価では,心エコー検査を行う検査者の技量1つが診断・治療を大きく変えてしまいます.本特集で腫瘍循環器学を学ぶことで,読者の方々に知識と技術のスキルアップをしていただければ幸いです.

腫瘍循環器学とは

著者: 畠清彦

ページ範囲:P.682 - P.691

Point

●腫瘍循環器学はまだ始まったばかりの学問であり,腫瘍に対する治療が進歩して初めて認識されるようになった部分が多い.長期生存患者が増加することによる高齢化という問題が生じている.

●死因としてはがん(第1位)と心臓血管疾患(第2位)が多いので,これらを克服することが重要である.どちらかの患者が先に疾患を有している場合は,どちらも頻度が高いということが重要である.

●歴史的には,アンスラサイクリン系薬剤が血液腫瘍や造血幹細胞移植,乳がんといった抗がん剤治療で治癒を期待できる疾患で使用されるキードラッグであるため,心臓毒性は最も重要な問題となった.

●2000年以降になってヒト上皮細胞増殖因子受容体2型(HER2)阻害剤,ABLキナーゼ阻害剤,さらに血管内皮細胞増殖因子(VEGF)阻害剤などが市販されて,抗がん剤治療の成績がさらに向上すると,長期間の観察によって,心臓,血管毒性や血栓の問題が明らかになってきた.これらの合併症に対する適切な管理が重要となっている.

がん治療関連心機能障害(CTRCD)

著者: 大谷規彰

ページ範囲:P.692 - P.697

Point

●がん治療薬が心血管毒性を引き起こしうることはよく知られている.そのなかでがん治療薬の使用を制限する最大の心血管毒性は左室機能障害であり,がん治療関連心機能障害(CTRCD)と呼ばれる.

●CTRCDの発症はそれ自体が患者の予後を悪化させるだけでなく,患者にとって生命線といえるがん治療の変更を余儀なくさせるため,CTRCD発症の危険性があるがん治療薬を使用する患者のモニタリングは必須である.

●繰り返し評価できる心エコーでの左室駆出率(LVEF)はCTRCDモニタリングの中心であるが,心筋の長軸方向の収縮機能指標であるGLSや心臓MRIによるCTRCDモニタリング方法も支持されてきている.

●トロポニンや脳性ナトリウム利尿ペプチドをはじめとする心臓バイオマーカーはCTRCDを早期検出してモニタリングする方法として広く使われるようになったが,異常値閾値の確立が必要である.

アントラサイクリン系薬剤による心機能障害の診断と治療における臨床検査の役割

著者: 進藤彰人 ,   赤澤宏

ページ範囲:P.698 - P.703

Point

●アントラサイクリン系薬剤による心機能障害は早期診断・早期介入が重要である.無症候性の段階から診断するために臨床検査が担う役割は大きい.

●心エコー図法は診断のゴールドスタンダードである.その検査結果がその後の心不全治療だけでなく,がん治療をも決定付けるため,正確な測定が求められる.

●心エコー図法以外にも将来の心機能障害発症予測,早期診断などに有用な検査は複数あるが,検証が不十分なものもあるため,今後の研究が待たれる.

抗HER2療法による心筋障害

著者: 能勢拓

ページ範囲:P.704 - P.711

Point

●抗ヒト上皮細胞増殖因子受容体2型(HER2)療法は,心筋細胞膜上に発現しているHER2からの下流シグナルを阻害することで心筋細胞死を促すとともに心筋修復を阻害し,心機能の低下を引き起こす.

●抗HER2療法による心筋障害は用量非依存性であり,無症候性の左室駆出率(LVEF)の低下であることが多い.発症しても休薬することで心機能の回復が期待でき,再投与も可能である.

●トラスツズマブはアントラサイクリン系抗がん薬と併用することで心毒性の発症頻度が上昇する.同時併用は心毒性のリスクが高く,現在行われていない.

●トラスツズマブ投与中はスクリーニングとして3カ月ごとのLVEF,GLSの評価と,サイクルごとにトロポニンIの測定を行う.

がん関連血栓症(CAT)

著者: 岡亨

ページ範囲:P.712 - P.717

Point

●担がん患者は,がんおよびがん治療の影響で凝固亢進状態となり,がん関連血栓症(CAT)を発症するリスクが高い.がん患者を診察する際にはCATの存在を意識する必要がある.

●CATは浮腫や下肢の痛み,呼吸苦など症候性に発見されるだけではなく,造影CTなどの画像検査で無症候性に偶然,発見される場合もある.

●化学療法前のCATリスク評価としてさまざまなスコアリングが提案されているが,実臨床では個々のがん患者を注意深く観察し,Dダイマーの経時的変化や画像検査を併用して評価している.

●CATに対する抗凝固療法は,がん患者の状態や出血リスクなどを考慮したうえで,ヘパリン〔わが国では未分画ヘパリン(UFH)〕,直接経口抗凝固薬(DOAC),ワルファリンから選択される.

心エコーでのモニタリング

著者: 泉知里

ページ範囲:P.718 - P.724

Point

●“左室駆出率(LVEF)がベースラインよりも10%ポイント低下,かつ50%(正常下限)を下回る”ときに抗がん剤治療関連心筋障害と定義される.

●“GLSがベースラインと比較し相対的に15%以上低下”したときに,抗がん剤による潜在性の左室心筋障害がありと考える.

●アントラサイクリン系抗がん剤による心筋障害の98%が1年以内,平均3.5カ月で発症すると報告されているので,投与開始6カ月間は特に厳重なフォローが必要である.

●抗がん剤治療関連心筋障害の基準を初めて満たした場合,心保護薬の投与および抗がん剤の継続の可否について腫瘍科と循環器内科で議論する.

今月の特集2 良性腫瘍の病理と遺伝子異常

著者: 涌井昌俊

ページ範囲:P.725 - P.725

 腫瘍といえば,“がん”すなわち悪性腫瘍を連想しがちですが,良性腫瘍も重要な存在です.良性腫瘍には,生物学的悪性度を有さないまま経過して腫瘍死に至らないとみなされるものと,悪性腫瘍への前段階つまり前がん病変に相当し,いずれ悪性に進行するとみなされるものがあります.また,悪性との境界を設けることが臨床に必ずしも有益ではないという見地から見直しが求められるケースもあります.いずれの良性腫瘍も鑑別診断は重要であり,従前より病理組織学の果たす役割は大きいです.さらに,近年では悪性腫瘍だけではなく良性腫瘍についても分子細胞生物学的研究が進展し,臨床像に関連する遺伝子異常が明らかにされつつあります.検査実地に応用されつつあるさまざまな最新の知見と臨床像・病理像を関連付けながら理解を深めることは,良性腫瘍の検査診断学の進化につながります.

 本特集では「良性腫瘍の病理と遺伝子異常」というテーマを第一線で活躍される方々に解説いただきました.肝細胞腺腫,副腎皮質腫瘍,良性脳腫瘍,消化管ポリポーシス,下垂体腫瘍を取り上げるとともに,議論を掘り下げる意も込めて,最近,“潜在的な悪性腫瘍”に格上げされた褐色細胞腫・パラガングリオーマも今回あえて含めることとしました.“がん”の陰に隠れがちな存在に光を当てた本特集が読者の方々の理解の一助と検査の方向性のヒントになりますと幸いです.

肝細胞腺腫

著者: 佐々木素子

ページ範囲:P.726 - P.733

Point

●肝細胞腺腫(HCA)は画像検査上,多血性肝細胞性結節として肝細胞癌(HCC)や限局性結節性過形成(FNH)などとの鑑別が重要である.

●HCAは,遺伝子型,表現型によって,主に6つの亜型に分類され,それぞれ異なる臨床病理学的特徴を示す.

●悪性転化リスクが高いとされるb-HCA/b-IHCAの正確な亜型診断とHCCとの鑑別は特に重要である.

●免疫染色を用いたHCAの亜型診断は有用で,普及している.診断する際には,染色の精度管理や染色結果の解釈に十分に注意する.

副腎皮質腫瘍

著者: 西本紘嗣郎 ,   馬越洋宜 ,   向井邦晃

ページ範囲:P.734 - P.741

Point

●原発性アルドステロン症とCushing症候群の診断は,それぞれアルドステロン産生とコルチゾール産生の調節メカニズムを利用する内分泌検査所見に基づく.

●アルドステロンとコルチゾールの産生病変の病理診断には,それぞれの合成経路に特異的な酵素であるCYP11B2とCYP11B1の免疫組織化学的検出が行われる.

●アルドステロンの過剰産生細胞には,KCNJ5遺伝子変異などの細胞内カルシウム濃度上昇をきたす遺伝子変異が知られる.

●コルチゾールの過剰産生細胞には,PRKACA遺伝子変異などの細胞内サイクリックAMPの濃度上昇をきたす遺伝子変異が知られる.

良性脳腫瘍の病理と遺伝子異常

著者: 比嘉那優大 ,   吉本幸司

ページ範囲:P.742 - P.746

Point

●髄膜腫では遺伝子変異と臨床学的特徴との関連を認める.特にTERTプロモーター変異は臨床経過を予測する有用な分子マーカーであることが示唆されている.

●髄膜腫では,遺伝子変異以外に,網羅的なメチル化に基づく新たな分類法の有用性も報告されている.

●扁平上皮乳頭型頭蓋咽頭腫ではBRAF V600E変異を認め,MAPKシグナル伝達経路を阻害する標的薬の有効性が報告されている.

●良性脳腫瘍でも遺伝子変異による新しい腫瘍分類や,遺伝子変異に合わせた標的治療を採用するprecision medicineが発展しつつある.

消化管ポリポーシス

著者: 田村和朗

ページ範囲:P.747 - P.755

Point

●消化管ポリポーシスには遺伝性・非遺伝性の分類と,腺腫性・過誤腫性・鋸歯状・混合性の病理組織学的分類がある.

●原因遺伝子をもとに癌素因を調べることが可能となったことから,正確な診断のもとに適切な治療法選択が可能となった.

●血縁者は病的バリアントを共有している可能性がある.遺伝形式が異なる場合であってもリスク評価を適切に行うことで,サーベイランスにつなぐことが可能となった.

下垂体腫瘍

著者: 吉本勝彦

ページ範囲:P.756 - P.761

Point

●下垂体腫瘍は腺腫がほとんどを占め,癌はまれであり,一部に過形成を示す.

●腫瘍化には遺伝子異常,染色体コピー数の異常およびエピジェネティックな変化が関与する.

●約95%は孤発性で,約5%が遺伝性(家族性)を示す.遺伝性疾患では各原因遺伝子の胚細胞変異が認められる.

●孤発性腫瘍では,各ホルモン産生腺腫に特異的な体細胞変異を示すことがある.

“潜在的な悪性腫瘍”として位置付けられた褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PPGL)

著者: 竹越一博

ページ範囲:P.763 - P.769

Point

●新WHO分類(2017年)には“パラガングリオーマ(PPGL)は全症例において悪性のpotentialを有している腫瘍と考える”と記載され,概念の変遷が示された.すなわち,PPGLはいったん悪性化(遠隔転移)すると難治性となり,根治が困難となる点が重視された結果である.

●病理組織診断では,PPGLが転移するpotentialを有する腫瘍か否かを事前に判別することは困難であるが,PASSとGAPPは複数の因子をスコア化して評価することで判定の精度を改善しようとしている.

●最近,病態に関与する遺伝子異常が数多く発見されてきた.特に生殖細胞系(germline系)SDHB病的バリアントは悪性化と密接に関連することが明らかにされている.

●腫瘍組織を用いたSDHB免疫組織化学を用いると,SDHx(SDHA,SDHB,SDHC,SDHD,SDHAF2の総称)のgermline系列病的バリアント保持者のスクリーニングが可能である.

●GAPPと遺伝的なファクターを総合的に判断することで,悪性のpotentialを精度よく事前に評価できるようになる可能性がある.

WITHコロナにおける検査室の感染対策・5

超音波検査関連における感染対策

著者: 筑地日出文

ページ範囲:P.770 - P.774

はじめに

 2020年3月11日に世界保健機構が新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)のパンデミック発生の宣言をして以降,約2年が経過したが,いまだ収束する傾向はみられない.無症候性キャリアの報告1)が数多くあるなかで,感染拡大を防ぐために,われわれ医療従事者は米国疾病対策センターが病院向けに提唱した感染予防ガイドラインの標準予防策(スタンダード・プリコーション)と伝染に基づく予防策の両方を実施する必要がある2)

 倉敷中央病院(以下,当院)ではCOVID-19の感染拡大以前から,院内感染制御室主導の下,病院全体で感染予防対策に取り組んでいる.近年ではCOVID-19感染を常に疑う状況にあることから,患者との接触前後はもちろんのこと,感染の可能性がある物品に触れる前後や手袋装着前後などに手指消毒を可能な限り行うことが最重要事項の1つになっている.

 本稿では,患者と直接対面・接触することの多い生理検査室,なかでも超音波検査を行っている心臓生理検査室と超音波検査室に焦点を当てて,実際に行っている感染予防対策についての現状と工夫を紹介する.

INFORMATION

POCT測定認定士資格認定試験

ページ範囲:P.697 - P.697

一級臨床検査士資格認定試験

ページ範囲:P.761 - P.761

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目次

ページ範囲:P.678 - P.679

「検査と技術」6月号のお知らせ

ページ範囲:P.680 - P.680

バックナンバー「今月の特集」一覧

ページ範囲:P.711 - P.711

次号予告

ページ範囲:P.775 - P.775

あとがき

著者: 河合昭人

ページ範囲:P.778 - P.778

 今年の夏休みはどこに行くのでしょう.昨年は新型コロナ感染症で思うような旅行はできませんでした.読者の皆さんもそうでしょう.

 私はキャンプが好きで,これまで家族でよく北関東に行っていました.キャンプは3密が回避できると人気となっているようです.ソロキャンという言葉もここ数年でよく聞くようになりました.私はまだ経験はないですが,興味はあります.しかし,どちらかというと,私は家族や仲間でワイワイと過ごすキャンプのほうが好きだし性に合っていると思います.自分で言うのもおこがましいのですが,テントの設営やBBQなどは率先してやるほうです.ペグ打ち1つとっても細かいかもしれません.ちょっと曲がっているだけで“ほら,ここはこうするんだよ”などと指導が始まると,家族や仲間からは冷たい視線を浴びることもしばしば.A型(血液型占いでは)気質が全開となってしまうようです.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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