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雑誌目次

雑誌文献

臨床検査25巻11号

1981年11月発行

雑誌目次

特集 臨床神経生理学的検査の進歩

著者: 江部充

ページ範囲:P.1201 - P.1202

 1981年は我が国での神経学の進歩にとって極めて意義深い年である.すなわち,国際脳波・臨床神経生理学会議,国際てんかん学会議,世界神経学会の三つの大きな神経学に関係する学会が9月13日から2週間にわたって相ついで京都で行われた.これらの学会はそれぞれ永い歴史をもっているが,今回欧州や北米を除く地域で,それも遠い円本で初めて行われたことは,日本がそれらを受け入れる地盤ができていることを物語る.このような機会にこの特集を刊行することができたのは喜ばしい.
 診断学の発展が方法論に依存することは論を待たないが,神経系疾患の診断もまた方法論,いうなれば「臨床検査」に負うところが極めて大きい.その中でも生理学に基礎をおく臨床検査法も広い範囲を占めており,これらを一冊にまとめることはなかなか難しい.したがってこの特集は主として脳波と筋電図という最も日常的な検査法に的を絞った.

Ⅰ 脳波

1.脳波計の進歩—我が国における脳波計の進歩を中心に

著者: 福沢等

ページ範囲:P.1204 - P.1212

 近年,脳波検査の普及には目ざましいものがあり,中枢神経系の疾患の診断にとってもはや欠かすことのできない検査法の一つとなっている.数年前,CTスキャンが人体臓器の形態的変化を三次元的に捕らえる画期的な検査法としてはなばなしく登場した時,脳波検査にとってかわるそれ以上のものとの声もささやかれた.しかし脳波検査は,脳の機能の時々刻々の変化を知ることのできる唯一の検査法としてその地位は少しもゆるぎはしていない.
 H.Bergerが1924年(大正13年),人間の脳波を観察し,5年後の1929年(昭和4年)に"Über das Electr-enkephalogramm des Menschen"という表題で初めて公表して以来今日まで50余年になる.脳波に関するいろいろな知見は,特に第二次世界大戦を境として以後幾何級数的に集積されてきたが,これはひとえに,時期を同じくして目ざましい進歩,発展をとげてきた電子工学に負うところが甚大である.

2.記録法

著者: 石山陽事

ページ範囲:P.1213 - P.1221

 脳波を記録する場合,その記録された脳波が正確に電極直下の大脳皮質の電位変動をどの程度まで捕らえているかを検討することは,脳波検査の精度を上げるうえで有意義なことである.一方脳波が頭皮に接着した電極によって導出されたものである以上,少なくとも電極接着部位の頭皮上の電位が正確に検出されることが先決であり,そのうえで電極直下の大脳皮質電位を推定することが可能となる。しかし臨床脳波では直径約7mmの皿電極または表面積の大きな針電極を使用するため,導出された脳波は電極周辺のかなり広範な皮質電位の集合電位であると見なすことができる.一つの電極で検出可能な頭皮上の範囲は半径約2〜3cmといわれており,一般にはこの距離を目やすとして電極が配置されている.したがってこのような大きな電極によって,また頭皮上より導出される脳波は,おのずと直下の大脳皮質のごく限られた点の脳波とは異なってくる.しかし頭皮上より得られた電位はある広がりを持った大脳皮質の活動情況を把握でき,かつ無浸襲に検査が可能であるという点で臨床検査法としては大きな意味をもっている.
 以上のように臨床脳波検査では頭皮上の電極によって脳波を導出することがその大前提となるため,実際的にはそこに使用する電極,電極の配置法,導出法及びこれに伴う基準電極位置などが基本となる.

3.ポリグラフィー

著者: 井上健 ,   志水彰

ページ範囲:P.1222 - P.1228

 一種類だけでなく多くの種類の生体信号を同時にとりだし,ある生体の現象を多面的に理解するために多くの生理学的記録法を同時に連続して行う.これをポリグラフィー(法)と呼び,中枢神経系または自律神経系の機能及び両者の関係をみるために用いられる、この一つの例として精神分裂病患者の幻聴体験時の発語筋筋電図を中心にしたポリグラフィー記録を図1に示す1).ポリグラフィーにより,このように精神現象をより客観的にみたり,睡眠の生理機能を調べたりする.重症患者の監視にはポリグラフィーは有用となる.被検者が自由に行動できる状態(リハビリとかスポーツ医学などで)が必要なときはテレメーターにて行う.また脳波とそれによく混入するアーチファクトとの鑑別にはポリグラフの記録及び知識が必要となることがある,ポリグラフィーは次のような構成でもって行われる(図2).すなわちまず生体から電極またばトランスジューサを用いて必要とする生体信号をとりだす,それは,通常は微少なので,増幅器で増幅し,ついで記録器で信号の視覚化と保存のために記録する.更に定量表示のための数値化が必要なら増幅器からの出力をA〜D変換しデータ処理を行う.

4.終夜脳波,終夜ポリグラフィー

著者: 苗村育郎 ,   本多裕

ページ範囲:P.1229 - P.1239

 終夜ポリグラフィーはヒトの睡眠—覚醒に関連する諸現象を長時間にわたり検索する手技であり,各種の睡眠—覚醒障害や意識障害の検査,催眠剤をはじめとする向精神薬剤ならびに自律系に作用する各種薬物の効果や,夜間睡眠時の各種ホルモンの分泌パターンの研究などには現在最も有力かつ一般的な手段となっている.
 終夜ポリグラフィーの最も中心的な課題は,終夜にわたる睡眠の深度及び経過を測定することであり,脳波を中心として,心電図,呼吸,筋電図,眼球電位図などを同時に測定するのが一般的である(表1).随意的な意識活動の停止した睡眠中の脳波活動は,むしろ脳のより基本的な属性を忠実に反映している可能性があろう.とりわけ,昼間の検査ではほとんど観測することのできない逆説睡眠や深睡眠と,それらのリズム性についてのデータは,睡眠自体が極めて複雑な内部構造を持つ複合的な精神—生理現象であることを明らかにし,これまでに臨床医学のみならず,心理学,労働科学,環境衛生など多くの関連する分野に重要な知見をもたらしてきた.

5.モニタリング

著者: 小柏元英 ,   横田仁

ページ範囲:P.1240 - P.1248

 脳波検査は脳の電気的活動を捕らえることにより脳の機能を知る検査として広く活用されてきた.近年,電気生理学の進歩により脳波計の精度の上昇・測定の能率化が進み,更に生体における種々の電気現象の測定が可能となり,またデータ処理法の進歩がみられる.
 脳波は脳の電気的活動を描出したものであるために,形態学的・病理学的・生化学的検査ほど診断決定の意義は高くない.しかし神経系の機能的・器質的疾患により脳の電気的活動は変動するので,これを測定することにより脳の機能障害はどの程度か,全汎性の障害か局所的なものか,この障害は将来どのように進展すると考えられるかについて有力な情報を提供する.この分野こそ脳波は独占的価値を持つと考えてよい.

6.賦活法の進歩

著者: 高橋剛夫 ,   松岡洋夫 ,   佐々木政一 ,   厨川和哉

ページ範囲:P.1249 - P.1260

 一般脳波検査のための賦活法に関する最近の研究は,ほぼ確立された過呼吸や睡眠による方法以外の,覚醒時に行われる各種賦活法の開発やその基礎的研究に集中している21).したがってこの論文では,覚醒時に行われる比較的新たな,臨床的に有用でありかつ実用的な方法を中心に紹介する.なお過呼吸賦活に関しては,4分以上6分間まで負荷時間を延長することにより,高振幅鋭徐波の賦活が増大するという小原ら6)の報告がある.ペンテトラゾールやベメグライドによる脳波賦活は,最近ではごくまれにしか行われておらず,これらけいれん薬,更には向精神薬など特殊な薬物を用いた賦活法7,8,21)の説明は省略する.いわゆる脳波賦活とは異なるが,Lo-mbrosoら3)はてんかん患者に覚醒状態を保たせながらamobarbital sodiumを段階的に静注し,速波及び発作波の消長から脳波を分析する方法を報告している.断眠による方法もてんかんの脳波賦活として重要であるが,限られた紙数でありその説明は成書7,8)に譲りたい.

7.視覚誘発電位

著者: 小口芳久

ページ範囲:P.1261 - P.1266

 視覚による大脳誘発電位は,通常,視覚誘発電位(vi-sual evoked potential;VEP)と呼ばれ,視神経を含む視覚伝導路の機能の検査方法として,近年重要視されるようになってきている.歴史的には,Cigánek1)(1961年)のflash刺激によるVEPの報告以来さかんにflashVEPが行われてきたが,1970年代からはpattern刺激によるpattern VEPの時代になっており,刺激方法にも種々の改善がみられる.

8.聴性誘発反応,特に脳幹反応の臨床応用—他覚的聴力及び神経学的検査

著者: 山田修 ,   鈴木淳一

ページ範囲:P.1267 - P.1275

 ヒト頭皮上から記録される聴覚系の電気現象(聴性誘発反応)は,コンピュータ加算法が導入されて以来,ここ20年間に急速に進歩した.現在では,聴性誘発反応によって,聴神経から大脳までの一連の聴覚伝導路の活動電位を,すべて記録できるようになった.すなわち,聴神経と脳幹の電位は聴性脳幹反応によって,内側膝状体から第一次聴皮質までの電位は中間潜時反応によって,更に高次の電位は頭頂部緩反応によって記録できる(図1).
 聴覚系の主な機能は,音の周波数と強弱の分析である.まず蝸牛において音の粗な分析が行われる.聴神経から大脳までの聴覚伝導路では,より精密な音の分析・統合が行おれ,音として認知される.したがって,臨床検査としての聴性誘発反応の利用方法は,聴覚系の末稍装置の機能,及び聴覚伝導路(神経系)の機能を評価することである.つまり"どの周波数の音が,どのくらい聞こえるのか"を調べる聴力検査と,"どこが悪いから聞こえないのか"を評価する神経学的検査とである.本稿においては,聴性誘発反応を用いた最適な他覚的聴力検査法と神経学検査としての神経学領域への応用について述べる.

9.体性感覚誘発電位

著者: 辻貞俊 ,   柴崎浩

ページ範囲:P.1276 - P.1281

 誘発電位とは末稍感覚受容器,またはそれが大脳皮質へ至る経路(感覚神経,中継核など)を適当な刺激で興奮させることにより,大脳皮質の感覚野,脳幹,脊髄に起こる電位変動を言う.近年の医用コンピュータの発達に伴い,種々の誘発電位が記録されるようになり,臨床面における客観的診断方法の一つとして注目されている.
 ヒトにおける体性感覚誘発電位(somatosensory evo-ked potential;SEP)はDawson (19471),19502))により,重畳法(superimposition method)を用いて,ヒトの尺骨神経を電気刺激すると対側中心後回部の頭皮上の表面電極により小さな誘発電位が記録されたのに始まる.その後は体性感覚路病変の客観的診断法として応用されている.このSEPはいわゆる大脳皮質誘発電位であるため,末稍神経より大脳皮質に至る体性感覚路のいずれの病変でも異常所見がみられ,病変部位診断はできなかった.

10.脳定常電位

著者: 間中信也

ページ範囲:P.1282 - P.1285

 興奮性細胞の集合する組織からは,電気的活動が記録できる.すなわち脳波,心電図,筋電図である.これらはいずれも電気活動の交流成分を記録したものである.
 脳には交流成分である脳波のほかに,直流成分も存在する.これまでD.C.Potential, Steady potentialなどと呼ばれてきたものである.

11.データ処理と臨床応用

1)動的脳波活動の解析

著者: 佐藤謙助

ページ範囲:P.1286 - P.1293

 1."刺激・生体系(活動特性)・応答"関係
 ヒトや高等動物は地球上に生存するが,地球以外の太陽系の惑星にはみられない.つまり,地球上の彼等の"外的環境"の諸情況の多くは"内的環境"(生体内部)の諸情況を正常状態に保ちやすくしているが,これから逸脱させるものも少なくない.それでも,逸脱し始めると引き戻す動的平衡がみられる.これは"内的環境の恒常性(ホメオスタシス)"と呼ばれる生命活動の基本的特性の一つである1〜4)
 彼等はこの「恒常性」を保ちながら体温,体液の組成,体液循環,姿勢と運動,外分泌と内分泌,消化吸収,排泄,発育,生殖,その他に関する無数の生命"活動現象"を過去から現在,そして未来へと死ぬ直前まで起こし続ける.それで,外的環境の情況が"刺激"(入力)となり,その"応答"(出力)として内的環境,つまり"生体系"(個体,系統,器官,組織,細胞,その他)の生命活動を裏書する"活動現象"を外的環境に起こし出す"刺激・生体系(活動(特)性)・応答"関係が見られる1〜4).(図1上)

2)原理と方法論

著者: 石井直宏

ページ範囲:P.1294 - P.1300

 脳波は時間的にゆらぎをもちながら変動する不規則な時系列と見なされる.このようなゆらぎの時系列は脳波に限らず地震・音声・経済変動などの種々の分野でとり上げられる.従来これらの時系列から意味のある情報を取り出すため,いろいろな方法論が展開されてきた.またこれらの方法論を実行する電子計算機の発達はめざましく,近年脳波の分析の装置にもマイクロ・プロセッサなどの形で組み込まれてきている.脳波の情報の抽出の立場は少なくとも二通り考えられる.一つは背景脳波などのある観測データから,全体的な情報を取り出すこと,他の一つは刺激などによる誘発波から,どちらかといえば瞬時的情報を抽出することである.はじめに,アナログ量(連続量)である脳波のデータのサンプリングについて述べる.

3)基礎活動の分析

著者: 山本紘世 ,   松浦雅人

ページ範囲:P.1300 - P.1306

 脳波のデータ処理に関しては,基礎活動についてはもちろん,突発活動,誘発電位についても種々の分析処理方法が開発されてきた.特に,コンピュータの進歩は新しい分析法や表示方法を可能とし,脳波自動診断装置の開発も行われている.この中で基礎活動の分析は,臨床脳波診断学においてだけでなく,すべての脳波研究で基本となるものである.
 現在までに発表されてきた主だった脳波分析法を大きく分けると,脳波信号を物理的・機械的方法で分析するものと,理論的・数学的方法で分析するものと,専門家が行っている判読過程をできるだけそのままシミュレートしようとするものがある(表1),これらの分析法にはそれぞれ利点と限界があり,どのような目的で脳波を分析するかによってその選択が異なってくる.しかし,共通して脳波の解析過程で大切なことは,もとの現象のもっている性質を忠実に処理することであり,装置や処理過程で人工的な変容が生ずることをできる限り避けることである.

4)睡眠ポリグラフ記録の分析

著者: 古閑永之助

ページ範囲:P.1306 - P.1314

睡眠の生理機能及び睡眠状態の自動分析に関する問題点
 睡眠にかかわる自動分析あるいは自動診断ということについて,意味するところはなお単純ではない.一方では脳波,心電図,血圧,血中諸成分あるいはその他の生理現象の睡眠中の変動を記録し把握することであり,また一方ではこれらの把握から睡眠状態の分類を行うことまでの広い領域を含んでいる.本稿ではこれらの領域の概観を求めると同時に問題点を具体的に探ることにする.
 覚醒から入眠し,漸次眠りが深くなるにつれて脳波が鋭敏な変化を示すことは古くからよく知られている.なんらかの方法でこの変動を量的に記述すれば,それは直ちに睡眠状態の分類となるのではないかという考えは素朴ながら当然のことと思われる.ここで得られた脳波的睡眠状態分類(睡眠段階;Sleep Stage)が他の生理現象記述の一つの基準となることが期待された.しかし脳波波形の解析はそれ自体極めて困難であり,またREM睡眠が発見されてから後はこの状態の脳波がNREM睡眠の第一段階のものと区別できないという事態が生じ,ポリグラフ法が必須の技術となった.

Ⅱ 筋電図

1.筋電計の進歩

著者: 千野直一

ページ範囲:P.1316 - P.1323

 筋電計の進歩はエレクトロニクスの進歩に負うところが大であることは言をまたないが,その進歩の歴史を振り返ってみると,筋電計のユーザー(検査医師・技師)のニードによって各国での器機の進歩がいささか異なっているのは興味深い.例えば我が国は神経・筋に関する電気生理学が世界の最先端をいっていたことから,筋電計そのものの進歩が電気生理学者の使用しやすいデザインをもっていたのに対し,欧米(殊に米国)は筋電図検査が実際の臨床面で重要視されてきたために,我々,臨床筋電図を行うものの便利さを第一とする構造をとって発展してきた.本稿では臨床神経生理検査に応用する機器の発展と現況,ならびにそれに附随する詩測法など,日常筋電図検査を行ううえで問題となっている点を中心に筋電計の進歩の概要を述べる.

5.脊髄誘発電位の現況

著者: 玉置哲也 ,   小林英夫

ページ範囲:P.1378 - P.1385

 脊髄誘発電位(evoked spinal cord potential)という言葉が,比較的,身近かになってから,まださほどの日時が経過したわけではない.歴史的にみると,1951年にMagladely19)はヒトの第10〜11胸椎高位のクモ膜下腔に針電極を挿入し,はじめて末稍神経刺激による脊髄誘発電位(dorsal spinal cord action potential)を記録して,その電位の波形と伝導速度を測定しGasser andGraham (1933)10)の行ったネコを用いた実験とほぼ同じ結果を得たとしている.その後,この末稍神経刺激による脊髄電位が再び注目を集めるに至ったのは,1971年になってShimoji25)が硬膜外腔に細い電極を挿入する方法を始めたこと,更に,このころより,微小な電位を記録するための電子機器,すなわち平均加算装置の普及がはじまったことなどが原因となっている.他方,我が国においては時を同じくして二つの研究グループ14,31)が脊髄を硬膜外腔より直接に刺激することによって惹起される脊髄誘発電位の記録方法を開発した.

6.データ処理

著者: 廣瀬和彦

ページ範囲:P.1386 - P.1394

 筋電図は,神経筋疾患の補助診断法としてだけではなく,リハビリテーション医学や動作学においても,有効な手段として広く活用されている.補助診断法としての筋電図は,普通筋電図とも呼ばれ,骨格筋の構成単位である筋線維自体の電気活動の状態把握と骨格筋の機能単位である運動単位(motor unit)の活動電位の状態把握が目標であり,波形分析が主体となる.一方,動作学的筋電図では,運動解析の一手段として,ある運動における個々の骨格筋のかかわりの有無や程度を,骨格筋の電気活動の面から把握しようとするもので,パターン分析や筋電図の積算が主体となる.
 筋電図が情報としての価値を持つためには,このような波形分析,パターン分析や積算などの処理が必要となるが,処理に要する時間と労力から,検者の視察や目測によって判読され,それによって目的が達せられるとする場合も少なくない.しかし一方では,客観的で,精度の高い分析,処理を行うために,種々の方法が考案,開発され,有用性の検討が加えられているのも事実である.ここでは後者の例を中心に,筋電図データ処理の現状の一端を紹介する.

7.微小神経電図法

著者: 宮岡徹 ,   間野忠明

ページ範囲:P.1395 - P.1400

 針電極または表面電極を記録電極として末稍神経の活動電位を記録する方法は,神経電図法(neurography)と呼ばれている.これら粗大電極を用いる方法では,神経活動電位の総和が導出される.この方法は末稍神経伝導速度の測定などに利用されている.
 一方,近年,微小電極法の発達により,ヒトの末稍神経活動を金属微小電極を用いて無麻酔,経皮的に導出し,観察することが可能になってきた.この方法は,1960年代後半にスウェーデンのHagbarthとVallbo1,12)によってはじめて試みられたもので,従来の粗大電極を用いる方法に対し,微小神経電図法(microneurography)と呼ばれている.この新しい方法では,従来の方法に比べ,各種の神経活動電位の種類別の同定が極めて容易になる.また,従来の方法では全く観察し得なかった単一求心神経発射の導出や,自律神経線維,例えば交感神経節後遠心線維の発射活動の記録が可能になる.このように微小神経電図法はヒトの末稍神経機能の分析に有効であり,この方法の臨床応用は,末稍性及び中枢性の神経障害の病態解析に多大の進歩をもたらすと考えられる.本稿では,著者らの経験4〜8)を中心に,微小神経電図法の手技,そのもたらす知見,問題点などについて述べてみたい.

2.誘発筋電図の進歩と問題点

1)神経伝導速度測定法

著者: 佐藤勤也

ページ範囲:P.1324 - P.1329

 外傷による末稍神経損傷の臨床診断,すなわち損傷部位,程度や予後の診断は神経症状により通常は容易であり,補助的診断としての電気生理学的検査が必要だとしても神経幹伝導試験や筋電図検査で十分である.
 しかしながら,神経の圧迫及び絞扼障害や,末稍性ニューロパチー(peripheral neuropathy)など軽微な神経障害では,その神経症状も少ないため,神経障害の有無はもちろん障害部位や程度を正確に判断することが容易でない.また,subclinicalな神経障害,小児や非協力的な患者あるいは詐病などでは神経症状の客観的把握が困難であり,正確な臨床診断ができないことも多い.そこで.このような場合,神経の微妙な障害にも対応して異常を示す神経活動電位ならびに伝導速度の測定は,客観的かつ量的に神経の障害部位と程度を診断できる.したがって,いわゆる末稍神経障害では本法は臨床所見ではうかがい知ることのできない点を補足することの可能な,補助診断法である.そこで本稿では,神経伝導速度測定の実際と問題点について述べる.

2)反射機能検査

著者: 渡辺誠介

ページ範囲:P.1329 - P.1335

 反射検査は神経疾患の診察に欠くことができぬ重要なものである.反射には正常ならばみられる反射と病的になると出現する反射があり,正常にみられる反射も亢進すると病的とみなされる場合がある.ベッドサイドでは反射の有無や程度は肉眼的に観察されるから,検者の経験や主観によって判定が若干異なることは避けられない.数ある反射の中で筋の動きを指標とする反射は,筋電図により客観的に記録できるようになった.これが誘発筋電図による反射機能検査である.反射活動が記録できるようになると,その潜時や波形から反射回路や性質が研究されるようになった.研究としては筋電図のみでなく神経電図や脊髄・大脳の誘発電位なども総合的に用いられている.
 本稿ではほぼ実用化されている反射機能検査の中から,単シナプス反射としてH波,皮膚知覚を入力とする多シナプス反射の代表として瞬目反射を選び,誘発筋電図による反射機能検査の進歩と問題点を解説してみたい.

3)神経筋接合部

著者: 高守正治

ページ範囲:P.1335 - P.1344

神経筋接合部の構造と機能
 1.神経終末
 重症筋無力症の病因の場である神経書筋接合部は,運動神経が終る末端(nerve terminal)が約500Åの間隙(synaptic cleft)をはさんで筋肉側の運動終板膜(受容体)と相対し,アセチルコリン(ACh)によって神経側の刺激が筋肉側へ伝達される化学的シナプスによって構成される(図1上).図1下に模式的に示すようにして合成され,伝達にあずかるAChは,シナプス小胞(図1上のsv)に貯蔵され,2×103〜105個のACh分子からなる一つの単位ACh quantumの形で遊離され,拡散し終板膜に達して,そこに電位を発生させる.伝達関与AChもそのすべて(depot ACh)が直ちに遊離可能ではなく,図示(図1下)するような3つの区画に分けられ,第三のimmediately releasable AChのみが直接遊離準備状態下(release probability)にある.神経終末のシナプス膜に接近して存在する小胞内のAChが,機能的にはこの区画に相当すると考えられる.reserve AChからavailable AChへの運搬過程(ACh mobilization)は神経終末過分極によって行われる.

4)強さ・期間曲線測定法

著者: 鳥居順三

ページ範囲:P.1345 - P.1349

 神経・筋疾患の診断には,電気生理学的な検査法が重要な補助診断法として用いられている.これらには,電気変性反応,クロナキシー測定法,強さ・期間曲線作成法,針電極による一般筋電図,表面電極による誘発筋電図,末梢神経伝導速度(運動及び知覚神経)の測定などがあり,臨床的に広く応用されている.
 このうち,電気変性反応とクロナキシー測定法は,既に古典的な手法としてその臨床的価値を失ない,現在は臨床的にはほとんど用いられていない.その他の項目については,それぞれ別項で記載されているので,ここでは,既に過去の検査になったが歴史的に意義のある電気変性反応と,現在臨床的に用いられている強さ・期間曲線について述べることにする.

3.単線維筋電図

1)出現様相について

著者: 本間伊佐子

ページ範囲:P.1350 - P.1356

 神経・筋系の疾患に対して筋線維の活動電位を指標とする筋電図検査が用いられてから久しい.筋肉は多数の筋線維から成り立っているが,収縮の単位としては,一つの運動神経細胞と,1本の神経線維と,それによって支配されている1本の筋線維の組み合わせである.
 運動単位(motor unit),またはNMU (neuromuscu-lar unit)と呼ばれているこの組み合わせの機能を検査することによって,神経・筋系の疾患の損傷部位がどこにあるかを解明しようとするわけである.針電極を用いる筋電図検査はこの目的から始まっているが,実際には一つの神経細胞の支配している筋線維の数は,筋によって異なるが数本〜数100〜1,000本にも及んでおり,末梢部では各々のmotor unitは複雑に入りくんだ構造となっている.また従来より用いられている臨床検査用の針電極は直径80〜100μmであるから,導出される活動電位は幾つかの単線維活動電位が重なりあった波形であり,時には他の神経支配下の筋線維活動も混入しており,単線維の活動は想定しているにすぎなかった.

2)臨床的応用

著者: 塩沢瞭一

ページ範囲:P.1357 - P.1364

 単線維筋電図(single fiber electromyography;以下SFEMG)は1960年代にスウェーデンのEkstedtとStå-lbergによって研究,開発されたもので,これによって従来から用いられてきた同心型針電極による筋電図法では得られない情報が得られるようになった.すなわち微小電極針を用いることによって,単一筋線維の活動電位を導出することが可能となり,その結果種々の神経筋疾患における病態生理を知ることができる.ここにその臨床的意義があり,臨床検査法としての応用価値がある.
 本論文の目的は,①現在までに知られている本法の主な臨床的応用面とその意義について概説し,②著者らが施行した検査症例から得られた若干の知見を報告し,考察を加えることにある.なお本法の歴史,基礎的生理学的事項,方法論,生理学的研究面については別に本間によって記載される.

4.表面筋電図の応用

1)臨床応用

著者: 柳沢信夫

ページ範囲:P.1365 - P.1371

表面筋電図の意義
 同心型針電極を用いた針筋電図が二次ニューロン以下,すなわち脊髄(延髄)運動細胞,末稍神経,筋の異常を明らかにする目的で行われるのに対して,表面電極を用いた表面筋電図は中枢神経障害による不随意運動や筋緊張異常などの運動障害を明らかにする目的で行われる.表面筋電図は,運動神経系の最終共通路である脊髄運動細胞の興奮を直接反映するものとして意義があり,運動障害の内容も明らかにするために多数筋を同時に記録するのが良い.
 そのようにして行う表面筋電図記録は以下のような利点を持つ.①機能単位としての筋の活動全体を反映する.得られる記録は,多数の運動単位が種々の頻度で発射した干渉波形であるが,その活動電位を電気的に積分した値は,一定範囲でその筋収縮によって発生する張力に比例する1,2).②複雑な運動を個々の筋収縮に分解して継時的に記録できる.これにより各病態の特徴を明らかにし,診断に役立てることができる.③肉眼的観察では把握することが困難な広範囲にわたる多数筋を同時記録できる.④客観的記録として保存,検討できる.⑤被験者への侵襲がほとんどない.また針電極の使用に伴う消毒の必要がない.

2)運動学

著者: 千田富義 ,   佐藤一望 ,   中村隆一

ページ範囲:P.1372 - P.1377

 運動学は人間の運動を科学的に研究する学問である.運動学の研究対象である人間の運動は様々な側面を持っている.例えば力学的法則に従う物体の移動という力学的側面,解剖・生理学で解析される生物学的側面,心理学的活動の表現手段という社会文化的側面などである.「運動」という言葉の持つ意味が広汎であるため運動学の科学的基礎は解剖学,生理学,力学などの自然科学の分野を中心とするが,心理学,社会学など広く人文・社会学の分野にも重複したものとなっている.

Ⅲ 座談会

臨床神経生理学的検査の動向

著者: 渡辺誠介 ,   福沢等 ,   廣瀬和彦 ,   石山陽事 ,   江部充

ページ範囲:P.1402 - P.1414

 医用電子工学の発達により,ここ10数年で脳波・筋電図検査は,その測定装置及び技術に著しい進歩がみられ,睡眠脳波や単線維筋電図など,従来研究レベルの検査だったものが臨床診断に適用されるようになった.そこでここでは,変ぼうしつつある臨床神経生理学的検査の動向を,学会の傾向,最新のトピックスを織り込んで語っていただく.

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

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