総説
適正運動量—運動処方の立場から
著者:
加賀谷凞彦
ページ範囲:P.1161 - P.1169
はじめに
適正運動量を求める研究は,運動処方の研究の中で必然的に生じてきたものである.それは,運動処方が,後述するように,個人の体力向上を目ざして行われる運動の内容を決めるものであるために,そこでは質的に量的にどのような運動を行うことが望ましいかを明らかにしなければならないからである.
運動処方の研究は1960年ごろから運動生理学,体力学の領域で盛んになり始めて,現在に至つている.この研究は,主として,発育期の青少年と若い成人を対象に,有酸素的作業能力(aerobicworking capacity)の改善を目的とするトレーニング研究として進められ,この観点からの処方の内容は基本的には1970年代の後期に一応の確立を見るに至ったと言ってよく,その後から現在までの研究はこの成果に基づくトレーニングによる効果を,筋中のATP,CPの濃度の変化,筋線維タイプ,筋グリコゲン量,PFK酵素活性,SDH活性の変化,血中脂質の変化などから検討するという生化学的研究に力点が置かれ,これによって処方の検討,修正を行うという方向に向かっている.また,最近の研究では,対象もしだいに中高年者や疾病を持つ人をも含むようになってきた.現在の対象がこのように変わったということは,処方の目的自体にも若干の変化をもたらすことになった.それは,発育期の運動処方が最大酸素摂取量,最大作業成績で表される最大作業能力の向上を目的としているのに対し,中高年者におけるそれは最大作業能力の向上というよりもむしろ健康の維持,成人病の予防という観点からの身体の内部環境の調整を重視しているところにある.このように,運動処方の研究の内容は研究の出発時から少しずつ変化してきたが,言うまでもなく,それは発展的変化であり,全体としての研究の理念にはなんらの変化も起きていない.