icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

臨床検査30巻11号

1986年11月発行

雑誌目次

特集 先端技術と臨床検査

著者: 山中學

ページ範囲:P.1173 - P.1174

 20世紀も残すところわずか15年足らずとなり,世界は21世紀に向かって,限りない希望と期待に胸をふくらませている.20世紀後四半期における科学技術の発展は,当然のことながら医学の分野にも大きな変革をもたらした.
 現代の医学では,癌,代謝異常,免疫異常について,細胞レベルでの病因解明,診断が特に重要な話題として取り上げられている.これに対しては,基礎医学と臨床医学の有機的な連携が必要であることはいうまでもないが,理工学をはじめとする関連科学との協同は不可欠となり,学際的研究による理工学的先端技術(ハイテクノロジー)と生物学的技術(バイオテクノロジー)の結合による医療が推し進められている.それは臨床検査の分野においても,従来は不可能と考えられていた検査診断技術を臨床の場に出現させ,困難とされていた検査手技を極めて容易なものにしてしまった.日常生活におけるいわゆるワンタッチ式機器に類した,機能的には過去のものと比べて格段と優れた測定法や測定装置が実用化し,従来の臨床検査というものに対する一般の概念すら大きく変えざるをえなくなってきた.

Ⅰ画像診断

1二核種同時シンチグラフィーによるリンパ節の観察—悪性リンパ腫を中心として

著者: 小林裕 ,   小沢勝 ,   丸尾直幸 ,   近藤元治

ページ範囲:P.1176 - P.1182

●はじめに
 近年,画像診断は,悪性リンパ腫をはじめとして各種リンパ節疾患において,全身のリンパ節の形態や機能を知ることによりその病態や治療経過を把握するうえで,非常に重要になってきた.現在,画像診断法としては超音波検査1),コンピューター断層法(CT)2,3),Kinmonth法によるリンパ管造影4,5),リンパ節シンチグラフィー6〜14)などがある.そのうち前三者は形態変化を描出しうるが,機能状態を反映しない.この点,リンパ節シンチグラフィーは形態のみでなく,網内系の機能をも併せ反映する検査と考えられる8〜10)
 リンパ節シンチグラフィーは1953年Sherman6)に始まり,現在もよりよく病変を描出する放射性医薬品の開発が進められている.最近発売された99mTc—レニウムコロイドによるリンパ節シンチグラフィー9〜14)は,悪性病変を欠損所見としてよく反映するのみならず,病態変化をもよく反映する.しかし,欠損所見が腫瘍によるのか,奇形によるのか,鑑別が困難なことがある7,14),一方,67Ga腫瘍シンチグラフィーは,悪性リンパ腫やその他の腫瘍の補助診断として広く用いられている15〜21).ただし,悪性リンパ腫症例の10〜20%は67Ga陰性であること16〜20)や,炎症巣にも放射活性の集積がみられるため21〜22),リンパ節炎との鑑別が時に明確でないなどの欠点を有する.

2高性能画像解析法の病理検査への導入

著者: 吉見直己 ,   丹羽憲司 ,   日野晃紹 ,   高橋正宜

ページ範囲:P.1183 - P.1188

●はじめに
 病院検査部の臨床病理部門では,生化学部門での自動分析装置のごとき機械化・省力化の方向は,コンピューター導入による検査伝票・報告書などの事務的事項に限られている.これも,単に病理検査が組織形態学を主眼とした診断者の経験を第一とするためである.
 しかし,近年,電子工学・光学工学の発展により細胞生物学への定量計測学が注目され,病理学分野にも応用されつつある.これには二つの方法論があり,一つは他稿で述べられるフローサイトメトリー1)であり,一つは本稿の示す顕微鏡を介する画像解析2)および顕微測光法3)である.ともにコンピューターで大量のデータを瞬時に解析し,保存可能であるエレクトロニクスの発展の所産であり,従来のやや主観的に陥りやすい病理診断に定量性を拠り所とする客観性を導入しようとするものである.

3MRIの臨床展望

著者: 宮坂和男 ,   入江五朗

ページ範囲:P.1189 - P.1197

●MRIの特徴
 磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging;MRI)は,静磁場中に置かれた原子核が特定周波数の電磁波エネルギーを共鳴吸収し(核磁気共鳴現象;nuclear magnetic resonance:NMR),次いで,放出した電磁波を体外測定して,その強度,減衰時間(緩和時間)をもとに画像再構成するものである.
 X線CTが組織のX線吸収値差を画像上の濃淡として表現しているのに対し,MRIは原子核密度(現在はもっぱら水素プロトン〔陽子〕)とその環境,すなわち縦緩和時間(T1),横緩和時間(T2)などの差異を画像上の濃淡として表現しているのである.しばしばこれに血流の要素が加わる.このようにMRIのもつ意味は多彩であり,X線CTとはまったく異なった現象を見ているのであり,使いようによっては大きな可能性をもっている.

4癌の生長速度と腫瘍倍加時間

著者: 酒井邦夫 ,   小田野幾雄 ,   椎名真

ページ範囲:P.1198 - P.1202

●はじめに
 悪性腫瘍の特性として,病理組織学的には浸潤性発育と転移形成の二つが挙げられている.しかし,これらのほかに時間の概念を加味した生長速度も,悪性腫瘍の特性を表わす重要な指標と考えられる.
 癌の生長速度は,癌細胞周期時間,癌細胞倍加時間,癌腫瘤体積倍加時間などによって表わされるが,臨床において最も重要なものは癌腫瘤体積倍加時間である.単に腫瘍倍加時間(doubling time)といえば,一般に癌腫瘤体積倍加時間をさす1)

5血管内視鏡による動脈血栓の観察

著者: 内田康美 ,   杉本恒明

ページ範囲:P.1203 - P.1207

●はじめに
 従来,動脈病変は,臨床的には血管造影法,X線CT,超音波法などにより定性的・定量的に検査がなされてきた.しかしながら,これら従来の方法では,病変の影を見ているだけであり,実際の病変を見ているわけではない.ここに,直接肉眼的に病変を観察したいという欲求が生ずることは,必然的なことである.
 内視鏡は消化管,関節,気管支などにおいては日常診療で広く応用されている.しかしながら,従来,細径でフレキシブルな内視鏡を作ることが困難であり,血液を効率よく排除する装置がなかったために,心臓や血管への応用はなかなかできなかった.最近になり,良質かつ細径のファイバーの開発に伴い,細径の内視鏡が作れるようになり,心臓や血管内病変を臨床的に観察できるようになってきた.

6電磁図—1脳磁図

著者: 上野照剛

ページ範囲:P.1209 - P.1213

●はじめに
 脳の電気活動に伴う脳内イオン電流は脳波を生成すると同時に,非常に微弱ながらも磁場を頭のまわりに誘起させる.これを高感度磁気センサーで測定したものが,magnetoencephalogram(MEG)である.MEGは脳磁場,脳磁界,あるいは脳磁図とも呼ばれ,まだ統一した呼び名は定着していないが,ここでは脳磁図ということにしよう.
 磁場の大きさを表わすのに,単位面積を貫く磁束の数,すなわち磁束密度Bを用いる.単位はT(テスラ)で1T=1Wb/m2(Wb;ウェーバー)である.地磁気が0.5×10−4T,都市の磁気雑音が0.2×10−6T程度であるのに対して,脳磁図は10−12T=1p(ピコテスラ)のオーダー,誘発脳磁図はさらに1桁小さい0.1pTのオーダーである.私たちのまわりの空間のノイズレベルの百万分の1以下の弱い磁気信号を検出するのはそんなに容易なことではないが,1968年Cohenが加算平均で初めてアルファ波の磁場の検出に成功し1),さらに,1972年CohenがMITの磁気シールドルームで,Zimmermanが試作したSQUID磁束計(superconductingquantum interference device)によって加算平均することなく自発脳磁図を測定することに成功した2).これを契機として世界数十か所の研究機関で生体磁気計測の研究が行われるようになった.

6電磁図—2心磁図

著者: 内川義則 ,   小谷誠

ページ範囲:P.1213 - P.1218

●はじめに
 心臓内に存在する心起電力源により,体表面および内部には電位・電流分布が形成される.これを体表面の2点間の電位差として測定したものが,心電図(ECG)である.一方,この電流によって体外に生じる磁界を測定したものが,心磁図(magnetocardiogram;MCG)である.MCG磁界の大きさは非常に小さく10−10T(テスラ)以下であり,後述するようにSQUID磁束計によって測定される.
 心臓から発生する磁界,すなわち心磁図の測定は,1963年,BauleとMacfeeが数百万回も巻いたコイルを用いて行ったのが世界で最初である1).その後,1970年に米国マサチューセッツ工科大学のD. Cohenが磁気シールドルーム内で,J. Zimmermanらにより開発された点接触型SQUID磁束計を用いて安定した精緻なMCGの測定が行われ2),今日のMCG研究の基礎が得られたのである.SQUID磁束計の開発は,心臓磁界,筋磁界,脳磁界などの磁界計測情報を基礎に生体電気現象を解析する生物磁気学へ多大な貢献をしつつあり,さらに,医用工学の分野に対しても,SQUID磁束計および周辺処理装置を含む,より高度な生体磁気計測システムの開発の必要性を生じさせる結果となった.こうした状況の中で,MCGの理論的3),実験的4)検討が行われ,臨床の立場からは,粟野5)や森6)らによって検討されてきた.

6電磁図—3肺磁図

著者: 山谷睦雄 ,   佐々木英忠 ,   滝島任

ページ範囲:P.1219 - P.1224

●はじめに
 肺磁図とは,肺内に沈着した磁性体に体外から直流磁界を加えて磁化し,そこから発生する微小な残留磁気を胸郭の外から計測する方法である.フラックスゲート磁束計,およびJosephson効果を応用したSQUID磁束計が登場して,微小な磁界が測定可能になって以来,呼吸器病学の分野にも応用がなされ,実用化も一部なされてきている.
 最初に肺磁図を手がけたのはマサチューセッツ工科大学のD.Cohen教授で,1970年代初めに肺磁界値の強さから肺内粉塵量と分布を測定し,また喫煙者において吸入粉塵の排泄遅延がみられることを報告している1,4,8).日本では小谷,千代谷らが珪肺症の剖検肺および鉄鋼所のじん肺患者で異常肺磁界値を測定したのが最初である21).このように,肺磁図測定(肺磁界測定とも呼ぶ)の歴史は浅く,研究も緒についたばかりであるが,本稿ではこの肺磁図の原理的・技術的観点について紹介するとともに,基礎的研究から臨床応用まで,肺磁図研究の現状について解説を加えてみたい.

Ⅱ顕微鏡

1超音波顕微鏡

著者: 田中元直 ,   大川井宏明

ページ範囲:P.1226 - P.1232

●はじめに
 光学顕微鏡(以下,光顕と呼ぶ)や電子顕微鏡(以下,電顕と呼ぶ)の発展は,組織構造など微視的世界の観察を可能にし,今日の医学・生物学の発展に大きく寄与している.ところが,光顕は不透明な試料についてはその表面の観察にしか適用できず,電顕もまた数A(オングストローム)という優れた分解能をもつが,試料は厚み数百Åの切片に加工しない限りやはり表面の観察にしか使えない.しかも,真空状態にする必要があるために対象はこの条件に耐える試料に限られている.そのうえ,これらの方法は試料構造を微視的レベルで観測することには極めて優れているが,形態と質,あるいは機能との関連や物性の定量計測という面では十分とはいえない.
 このような光顕や電顕で不得意とする観測分野をカバーし,生物組織について今なお不明な点を解明していくための手段として,超音波顕微鏡の開発が図られるに至った.ここでは,このような新しい生物組織の観測法としての超音波顕微鏡について,歴史的背景,現状および医学的有用性について述べる.

2免疫組織化学の軟部腫瘍診断への応用とのその限界

著者: 高桑俊文 ,   大沼繁子 ,   牛込新一郎

ページ範囲:P.1234 - P.1238

●はじめに
 軟部腫瘍,特に悪性の軟部腫瘍の診断は,種々の病理学的検索が発達した今日でもなお困難な場合が少なくなく,日常の業務の中で病理医を悩ますものの一つである.また組織発生の不明な腫瘍も多く,その分類についても多少の混乱が残っている.通常は,ヘマトキシリン・エオジン(H・E)染色に加えて,PAS染色,Masson染色,鍍銀染色などのいわゆる特殊染色や電子顕微鏡所見により,腫瘍細胞の性質すなわち分化像を判定し診断されるが,このような診断には相当の熟練した病理医の<眼>が必要であり,一般的には困難なものとされてきた.したがって,より客観的で,有効な検索手段の出現が望まれていた.
 一方,蛍光抗体法に始まった免疫組織化学の普及には目覚ましいものがあり,今日ほとんどの病理検査室で行われているといっても過言ではないと思われる.ところで酵素抗体法は,特別の装置を必要としないことや,一般の組織学的観察も同時に可能であることから急速に普及したが,中でも非標識酵素抗体法の一法であるPAP法やABC法の開発は,ホルマリン固定,パラフィン包埋材料への免疫組織化学の応用を可能とし,今日の免疫組織化学の普及に大きく貢献したものと思われる.このように,進歩してきた免疫組織化学は,必然的に軟部腫瘍の診断にも応用され,今日では通常の特殊染色とともにルーチンの検査として用いられている所もあるほどである.

3電子顕微鏡—1エネルギー分散型X線分析装置

著者: 水平敏知

ページ範囲:P.1239 - P.1247

●はじめに
 電子顕微鏡で見える細胞の超構造の像は,電子線に対する超構造部の構成元素の構成密度,元素の種類(原子番号)に依存してそれぞれの構成元素の電子線に対する吸収や散乱の差などの要素によって支配される.したがって,低コントラストの生物切片試料は通常,原子番号の高い鉛やウランの塩類で電子染色を施す.さらに試料を照射する電子線が試料に当たると,その局所の個々の構成元素に特有の特性X線といわゆるバックグラウンドに相当する白色X線を出す.そこでX線の検出器を試料室のごく近くに装置することで,電顕像を観察・記録すると同時に,必要微小部の構成元素の種類(定性),さらに条件の吟味によっては定量値を求めることが可能となった.このように主として透過電子顕微鏡に微小部X線分析装置,さらにミニコンピューターや透過走査像装置を装備した電子顕微鏡を<分析電子顕微鏡>(analytical electron microscope;AEM)またはTotal System AEMなどと呼ぶことが多い(分析電顕,AEM)(図1).
 生物医学的領域で筆者が応用を考え,分析電顕を初めて日本電子(株)と開発したときはまったく文献がない状態であったので,約1年余の間はすべて基礎的実験データを得るために費やされた,今日ではかなり普及しているが,真に基礎から理解し,みずから操作してデータを得ている人は少ない.

3電子顕微鏡—2定量電子顕微鏡

著者: 堀田康明 ,   渡仲三

ページ範囲:P.1248 - P.1251

●はじめに
 細胞あるいは細胞小器官レベルで形態学的研究の手段としての電子顕微鏡学は,電子顕微鏡の性能の飛躍的向上と,超薄切片法をはじめとする試料作製技術の改良によって非常に発展してきている.近年になって電子顕微鏡は大学病院や比較的規模の大きな病院の中央臨床検査部門などに設置され始め,実際的な診断や治療のために使用されようとしている.今後,さらに電子顕微鏡が臨床の分野に活用されてゆくためには,従来の<経験的>な電子顕微鏡学から脱却して,客観的なデータを把握するための手段としての<定量電子顕微鏡学>が,この分野において現在以上に必要となるであろう.
 さて,人体からの生検材料などを電子顕微鏡を用いて超微形態学的に検索する場合,撮影された画像から細胞小器官レベルでの病的変化の定量的データを得るためには,なんらかの手段を用いて電子顕微鏡画像から得られた画像データを,数値データに変換しなければならない,さらに,二次元的な超薄切片からの情報を適当な数値計算を用いて,三次元的な結果として把握できるようにする必要がある.

3電子顕微鏡—3標識レクチン結合体による糖鎖の電顕的観察

著者: 森山信男 ,   新島端夫

ページ範囲:P.1251 - P.1255

●はじめに
 レクチンは「選択する」というラテン語に由来しており,もともとは赤血球を区別することができる凝集素に対してつけられた名称である1,2).現在では広く特定の糖に対して特異的に結合する糖結合蛋白質の総称として用いられている.最初に発見されたレクチンはヒマ(Ricinus communis)から1888年にStillmarkによって抽出されたリシンである.これはヒトおよび他の動物の赤血球を凝集させることが報告された3).以後,数多くのレクチンが分離精製されている.
 レクチンはマメ科植物の種子から抽出精製されるものが多いが,細菌やウイルス,さらに動物からも分離精製されている4).レクチンは特定の糖残基を化学的に変化させずに,これらと結合しうる.また個々のレクチンに対する特定の糖結合部(レクチンレセプター)はハプテン阻害法によって確定されている.多くのレクチンは複数の単糖類と反応を行う.一般にレクチンは複合糖質の糖鎖末端の糖残基とのみ結合すると考えられているが,糖鎖内部の糖残基とも結合しうるものもある4〜6).

Ⅲフローサイトメトリー

1フローサイトメトリーと細胞動態

著者: 高橋学

ページ範囲:P.1258 - P.1265

●はじめに
 フローサイトメーターは,いわば光学的データの電算機入力装置であり,個々の細胞(あるいは染色体や微生物)の定量的データを,電子機器の速度と精度でもって収録し,その分布を見ることを可能とした.また,セル・ソーターは,目的の細胞を分取するための装置で,フローサイトメーターを母体として生まれたものである.
 医学の進歩は,<形をみる技術>により支えられている,顕微鏡・レントゲン・CT・エコー・内視鏡などが,その例である.一方,生化学の進歩は,クロマトグラフィー・電気泳動・超遠沈など,<物質分離の技術>によって支えられている.フローサイトメーターは<細胞集団顕微鏡>であり,セル・ソーターは<細胞分取装置>である.そうして,新しい細胞学の領域を切り拓きつつある.

2フローサイトメトリーによる癌化学療法の分析

著者: 高本滋

ページ範囲:P.1266 - P.1270

●はじめに
 癌化学療法に関与する重要な因子として,抗癌剤,腫瘍細胞,宿主の三つが挙げられる.すなわち,癌化学療法の分析にはこれら3因子に関する基礎的知識が必要であり,理論的にはこれらの知識を有機的に駆使して初めて,癌化学療法の効果,つまり患者の生存率の延長が達成されると考えられる.3因子については種々の検索法があるが,本稿ではフローサイトメトリー(FCM)を用いた分析法について述べる.
 FCMの詳細については成書1,2)に譲るが,本装置の特長は1秒間に細胞5,000個という圧倒的な測定速度,自動測定による高い客観性および定量性にある.さらに,分析機能だけでなく細胞分取機能をもつことも,本装置が画期的装置と称されるゆえんである.その応用範囲としては,細胞DNA量,表面抗原,染色体の検索,さらには遺伝子のクローニングへの応用と多岐にわたっている1,2).わが国では現在200台以上のFCMが全国の医療,研究施設で稼働している.

3Two-color flow cytometryを用いたリンパ系疾患の解析

著者: 中原一彦

ページ範囲:P.1271 - P.1276

●はじめに
 今世紀に入ってからの機械文明の発達は目覚ましいものがあり,とりわけこの10年ほどのそれはまさに目を見張るものがある.現代に生きるわれわれは機械の中に埋もれて生活している.いや,むしろ機械とともに息づき,機械とともに生活している,と言ったほうがより正確であろう.医療の場でも各種先端技術を導入した診療が急速に展開しつつあり,本稿で述べるフローサイトメトリーも,現代機械文明の粋を集めた結果完成したものである.フローサイトメトリーの詳しい原理,解説は文献1〜4)を参照していただくとして,ここではtwo-color flow cytometryを用いたリンパ系疾患の解析の一端を紹介することとする.

Ⅳ遺伝子工学

1医学と遺伝子工学

著者: 長野敬

ページ範囲:P.1278 - P.1286

●遺伝子工学とは何か
1.発展の回顧
 DNAの二重らせんモデルをJ.D.WatsonとF.R.Crickが提出し,遺伝子の本体と機能を明らかにする分子生物学の発展の端緒を開いたのは1953年で,WC元年などともいわれることがある.1960年代には遺伝暗号の解読が目覚ましい勢いで進んで,遺伝形質の表現はすべての場合に,まず蛋白質の特異的アミノ酸配列として始まることがはっきりした.

2DNAプローブ検査

著者: 野島博

ページ範囲:P.1287 - P.1295

●はじめに
 遺伝子工学の医学への応用研究の進展は,近年,細胞工学技術と相補ってますます目覚ましくなってきた.遺伝性疾患の原因となる遺伝子をクローン化し,その構造解析を通じて病因を解明して診断,治療に応用しようとする研究は,ここ数年の間,特に急激に展開した.いくつかの遺伝性疾患についてはすでにDNAプローブが作られ,臨床応用がなされている.昨春,米国で価格10万ドルの遺伝子診断用自動分析装置(Automatic Genetic Analyzer)の登場が報じられたのを聞くにつけ,出生前遺伝子診断が臨床検査の一つとして広く普及するのもそう遠い将来の話ではないように思えてくる.
 ここでは,DNAプローブ検査の原理と技術的基礎および,いくつかの臨床応用例を解説する.

3In-situハイブリダイゼーション法による遺伝子検索

著者: 小林信之

ページ範囲:P.1296 - P.1302

●はじめに
 一本鎖の核酸は一定条件下で,それと相補的な塩基配列を持つ一本鎖の核酸と特異的に架橋結合—ハイブリダイズ—することができる.この原理を用いて特定の遺伝子を検出することが,近年,急速に行われるようになってきている.それらの中にはDNAを検出するサザンハイブリダイゼーション法(Southernhybridization)1),RNAを検出するノーザンハイブリダイゼーション法(Northern hybridization)2)などがある.In-situハイブリダイゼーション法もこの原理を用いたものであるが,この方法は特に,DNAあるいはRNAをプローブ(probe)として用い,細胞,組織,さらには染色体上でプローブと相補的な塩基配列を有するDNA/RNAの局在を調べるものである.
 1969年にGa11とPardueにより,in-situハイブリダイゼーション法が初めてrDNA (リボソーマルDNA)の染色体上での分布の検索に応用されて以来今日まで,分子生物学的手法の急速な進展に伴い,本法は種々の遺伝子を用いて行われるようになってきている.とりわけ,ここ数年は単一遺伝子の染色体マッピングの方法の一つとして確立されてきている.従来ヒトの遺伝子の染色体マップは他種の生物と異なり交配実験ができないため困難を極めていたが,本法により非常に高い精度で行うことができるようになったのである.

4遺伝子の多型性(ポリモルフィズム)と疾患

著者: 井川洋二

ページ範囲:P.1303 - P.1308

●DNAの構造解明と医学への応用
 ヒトの体は約60兆個の細胞から成り,個々の細胞には核という部分があって,この中の染色体は,約40万個の遺伝子を持っていて,その1〜2%を働かせて,それぞれの機能を分担している.
 遺伝子の本態はDNAという化学物質であって,これはリン酸と糖(五炭糖)が交互に連結した紐が二本螺線状に走行していて,糖の部分に2種の塩基(アデニン(A)とチミン(T)かグアニン(G)とシトシン(C))が橋桁としてかかっており,これらの塩基対が,細胞の機能を担う蛋白を作る<遺伝暗号>となっている.すなわちDNAの塩基対にはA-T, T-A, G-C, C-Gの4種類しかなく,生きとし生きるものすべてこの暗号の組み合わせを使って生命機能を発揮している.

Ⅴ生体機能と測定技術

1体温—体温計測装置と体温情報

著者: 辻隆之

ページ範囲:P.1310 - P.1314

●はじめに
 ヒトは精度の高い恒温動物である.体温(℃)は安定したパラメーターであり,変動の範囲は極めて狭い.中核温(core temperature)は通常37±1℃(平熱)である.したがって,37℃が11℃になるとヒトは高熱を発していることになるが,絶対温度(K)でいえば前者は310Kであり後者は314 Kである.すなわち,2%程度の変化である.このような絶対温度で3桁の計測精度を確保する体温計は,計測機器としてはかなり高級な部類に属する.
 本稿では,最近の体温計測機器の進歩およびそれらによって計測される体温について述べる.

2サーカディアンリズム

著者: 川村浩

ページ範囲:P.1315 - P.1319

●はじめに
 サーカディアンリズムは体内時計の活動に基づいて発生する,ほぼ1日の周期をもった生体機能や行動のリズムである.この現象は生物学の分野では以前から知られていたが,医学の分野で注目されるようになったのは比較的最近のことである.その理由の一つはたぶん,サーカディアンリズムを発生する脳の部位が具体的に解析されてきて,神経機構を研究する道が開け,単に現象として記述される状況を超えることができるようになったことであろう.
 人間に関係した分野で注意を引くのは,まず時差ボケ,交代勤務の影響など日常生活と関連して考えられる問題である.診療と関係した面では,治療薬の効果,診断テストの値などもサーカディアンリズムの影響を受けることがしだいに明らかにされてきており,無視できない要素になってきている.また動物実験で体内時計として視交叉上核(suprachiasmatic nucleus)と呼ばれる,視床下部内の小さな一対の核の重要性が明らかになってきている.そこで,人間においてもこのような時計構造の有無を検査することが,特に脳外科,神経内科の分野で期待されている.

3血流計測

著者: 梶谷文彦 ,   小笠原康夫 ,   辻岡克彦

ページ範囲:P.1320 - P.1325

●はじめに
 現代医学の発展は,計測技術などの情報抽出と治療における技術と信頼性の向上に負うところが大きい,ここで取り上げる血流計測に関しても例外ではなく,それぞれの時代における先端技術を導入してニーズに即した計測技術を確立することにより多くの成果を上げてきた.
 さて,血流を問題にする場合,二つの生理学的な側面がある.その一つは,エネルギーの需要に対する供給という側面である.臓器血流の計測はこの意味で重要である.他の一つは,血管を一つの流路と考え,流路における流れエネルギー損失など流体力学的特性を論じる血行力学的側面である.このような血流の一つの側面のうち,前者のエネルギー需要に対する供給を論じる場合には,血流量しかも平均流量が評価パラメーターとなる.また後者の血行力学を問題にする場合には,血流速度あるいは血流速度プロフィルが基本的な物理量となる.このような血流計測のニーズとともに,次々と各種の血流計測法が発展してきた.

4テレメトリー

著者: 松本伍良

ページ範囲:P.1326 - P.1331

●はじめに
 テレメトリー(telemetry)は遠隔計測と称されていて,半世紀以上も前に有線遠方測定方式として出現した.遠方に情報を送る手段としては,電気的な手法が迅速性,正確性,秘匿性などに優れているので,有線,無線の通信技術によるものが大部分であった.そして20世紀後半開始からの情報伝送技術の進歩に伴い,複数の情報を一度に送受できるようないわゆる多重化技術も発展してきた.バイオテレメトリー(biotelemetry)はこのような技術を生体情報に適用したものと考えられ1),現在は検査,リハビリテーションなどに広く用いられるようになってきていることは周知のところである.加うるに,光通信技術の最近の進歩に伴い,これをバイオテレメトリーに適用し,本来の特長を十分に生かそうとする試みも世界各国で行われつつあり,その重要性も認識され始めているのが現状といえる.
 最近の医療においては臨床検査の占める重要性がますます大きくなってきており,医師は,その客観的な検査データを基礎として診断や治療方針を立てている.臨床検査の項目内容も医学の進歩とともに増大し続け,質的なものに加え,より客観化できる量的表現の可能なものが多くなりつつある.中でも,生体の静止状態のデータとともに動的活動におけるデータと生体の状態との相関を解析する必要性が高くなってきており,医療の諸分野におけるバイオテレメトリーの重要性がクローズアップされてきている.

5胎児情報

著者: 坂元正一 ,   井口佳代 ,   高木耕一郎 ,   中林正雄 ,   武田佳彦

ページ範囲:P.1332 - P.1336

●はじめに
 胎児は,子宮内という外界から隔絶された環境の中で,胎盤を介して母体と物質交換を営みつつ,受精後266日間という短い期間に胎外生活を可能とする諸機能を獲得し,分娩という大きなストレスを経験した後に出生に至る.胎児がwell-beingな状態にあるかどうかを判定するには,胎児から直接情報を得ることが望ましいが,前述のように胎児は子宮内にあるという特殊性から,ほとんどの胎児情報は母体を介して間接的手段によって得られ,また発達期にある胎児に対し侵襲を与えるような手段は好ましくないことから,胎児医学の発展には大きな障壁があった.
 近年,超音波医学の目覚ましい発展を中心として,胎児に侵襲を与えることなく多くの胎児情報を得ることの可能な検査法が出現し,周産期医学はそれらにより長足の進歩を遂げたといっても過言ではない.そこで本稿では,MEを中心とした胎児情報について概略解説を加え,最近のトピックスにも言及したい.

6バイオリアクター

著者: 村地孝

ページ範囲:P.1337 - P.1342

●はじめに
 バイオテクノロジーは科学と生産との間にある技術であり,①遺伝子工学,②細胞工学,③バイオリアクターの3本の柱から成り立つと考えてよい.このうち,遺伝子工学や細胞工学は,生物科学に直接つながった基礎的・実験的技術であり,これを生産(または分析のような,これに直結した手段も含む)につないでゆく応用技術の主要なものが,バイオリアクター技術である.
 医療の領域にも分析を含む多くの応用的・生産的技術革新が進行しているが,この章で述べようとする「診断用バイオリアクター」もその一例である.

7高感度EIA

著者: 石川榮治

ページ範囲:P.1343 - P.1347

●はじめに
 筆者は単純に,酵素がラジオアイソトープより高感度で検出しうる可能性のあることから,ラジオイムノアッセイ(RIA)より高感度な酵素免疫測定法(エンザイムイムノアッセイ;EIA)の開発を始めた1,2).しかし,初期には,酵素に経験をもつ多くの生化学者が,国の内外を問わず,その可能性に疑問をもち,あるいは否定的見解を表明した3,4).事実,この目的を達成するために必要な技術が不足していた.酵素標識抗体は免疫組織化学的染色にすでに使われていたが,高感度を達成したり,高い測定の再現性を得るためにはまったく不十分であった.血清干渉などの,免疫反応に対する蛋白効果を除去する方法も知られていなかった.免疫測定法を高感度化するための系統的な研究も不足していた.そこで筆者は,過去十数年にわたり酵素標識法をはじめとして,EIAの高感度化に必要な技術の開発を行った.その結果,RIAより高感度なEIAが可能となり,現在ではホルモンの測定に応用して新しい知見が得られるような段階に至った5,6).ただし,筆者らの開発したEIAは高分子多価抗原のためのものであり,現在RIAより高感度になりうる測定は高分子多価抗原に限られている.

Ⅵ新素材

1ラテックス粒子

著者: 三谷勝男

ページ範囲:P.1350 - P.1354

●はじめに
 医用高分子材料は人工臓器,歯科材料,医薬,検査試薬などに代表されるごとく,近年,著しい進歩を遂げてきた.ラテックス粒子も高分子合成技術の進歩により,粒子径,粒子形状を精密に制御するとともに,粒子表面に特異的な機能を付与することも可能になった.これらの特性を生かしたラテックス粒子の医学領域における応用を粒子サイズで整理すると,図1に示すように抗原,抗体の結合担体,細胞の標識剤,細胞分離担体,クロマト用担体などの広範囲な応用が実現されている.
 本稿では,それらの医学的応用の中で抗原,抗体の結合担体としてのラテックス粒子の性能の進歩を,高分子合成の立場から材料開発のフィロソフィーに重点をおいて紹介する.

2界面活性剤

著者: 鎌田薩男

ページ範囲:P.1355 - P.1359

●はじめに
 界面活性剤は石けんや洗剤としてすでにわれわれに身近ななじみ深い素材であるが,工業生産の分野をはじめ生化学などのあらゆる分野で,基礎および応用にわたり広く利用されている.一方,界面活性剤は分子内に親水性および親油性の両方の基を併せ持ち,両親媒性物質として定義される特異な素材であるため,その機能も効果も多岐にわたっている.ここでは,界面活性剤の概略と細胞への作用や分析における利用の一端のみを取り上げて述べることにする.

Ⅶモノクローナル抗体

1モノクローナル抗体による血液腫瘍性疾患の鑑別

著者: 飛内賢正 ,   関茂樹 ,   稲葉敏 ,   湊啓輔 ,   下山正徳

ページ範囲:P.1362 - P.1368

●はじめに
 造血器腫瘍は極めて多様性に富む腫瘍であり,腫瘍細胞の細胞起源を正常造血細胞の分化成熟との対比により明らかにすることは,その本態を明らかにし,病因を解明するうえで重要である.細胞起源の解析には免疫学的手法が不可欠である1)が,1975年KöhlerとMilsteinにより導入されたモノクローナル抗体(MoAb)作製法2)は,この分野に飛躍的な進展をもたらした.現在まで極めて多数のMoAbが報告されており,その有用性についての比較検討が重要と思われる.本論文では,国立がんセンターでの多数の臨床検体の検索結果に基づき,造血器腫瘍の免疫診断の現状を解説してみたい.

2モノクローナル抗体による癌細胞抗原の解析

著者: 益子高 ,   橋本嘉幸

ページ範囲:P.1369 - P.1374

●はじめに
 ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体(MoAb)の作製法が確立されてから,10年以上が経過した.医学・生物学の分野では,特に癌細胞に対するMoAbが注目され,さまざまな種類のヒト癌細胞をターゲットとし,癌特異的なMoAbの開発が試みられてきた.これらのMoAbを用いた解析により,癌抗原と細胞増殖との関連,癌細胞に特徴的な糖鎖構造など,癌細胞の本質に迫る問題が明らかにされ始めている.臨床的にも,リンパ球サブセットを識別するMoAbに加え,癌の組織診断や血清診断に有用なMoAbが診断試薬としての位置を確立しつつあり,また癌患者へのMoAb投与による治療効果も,症例は少ないながらすでに報告されている.
 本稿では,癌細胞に対するMoAbの作製,MoAbによる癌細胞抗原の解析に関して,一般的な方法論を述べるとともに,現状については,最も解析の進んでいるメラノーマ抗原を題材とし,さまざまな角度からの記述を試みた.

Ⅷ血液

1赤血球粒度分布曲線および分布幅の測定とその意義

著者: 新谷和夫

ページ範囲:P.1376 - P.1381

●血球容積測定の歴史
 自動血球計数器(カウンター)が実用化されて約30年の歴史を経るが,開発当初の赤血球数だけ,あるいは白血球数だけをスイッチの切替えで行っていた基本型に続いて多頂目型カウンターが開発されると,測定項目はヘモグロビン(Hb),ヘマトクリット(Ht),Wintrobe恒数,血小板数と順次増加の傾向を示し,現在では検体を吸引すると短時間で多いものでは20項目を超えるデータがプリントアウトされるに至っている.増加した測定項目について検討してみると,Hb測定以外はすべて根底に血球容積測定技術の進歩があることがわかる.
 カウンター開発当初のMatternら1)の文献を見ると,赤血球計数時のオシログラフ上の波高を解析するとPrice-Jones曲線(P-J曲線)類似の分布図が得られることが示され,カウンターが単に血球数を算定するだけでなく,容積測定の可能性をもつことが明示されている(図1).しかし,これは同時に作成したP-J曲線と比較すると右に尾を引いた,いわゆる正の歪みを示すものであった.この歪みがカウンターによる測定誤差によるものか,あるいはP-J曲線では知りえなかった新しい事実を示すものかが判明するまでは,直ちに臨床応用という運びにならなかったのは当然のことであろう.

2白血球三峰性粒度分布の測定とその意義

著者: 巽典之 ,   津田泉 ,   木村雄二郎 ,   前田宏明

ページ範囲:P.1382 - P.1387

 白血球三峰性粒度分布はthree-part differentialとも呼ばれるもので,白血球の容積分布図をさす.本分布は,リンパ球,単球,好中球比率を電気抵抗式自動血球計数装置によって,一般血算(complete bloodcount;CBC)と同時に測定するもので,血液学的異常を迅速かつ経済的にスクリーニングすることができる.
 白血球分類には,これまでGiemsa染色標本を顕微鏡で観察する方法がとられてきた.このeye count方式が,時間と熟練を要するにもかかわらず正確さを欠くことは,多くの研究者の指摘するところである1,2,3).近年,臨床化学検査の自動化の進歩は著しく,一般血液検査,さらに白血球分類の視算法から自動化への転換は当然の流れであると考えられる.

Ⅸ染色体

1染色体分析の現状と展望

著者: 阿部周一

ページ範囲:P.1390 - P.1399

●はじめに
 TjioとLevan (1956)1)がヒトの染色体数は2n=46と最初に報告して長い間の論争(2n=47または48)に終止符を打ち,現在のヒト細胞遺伝学研究の端緒を開いてから今年で30年になる.この間,空気乾燥法や血液培養法の導入など染色体標本作製技術の進歩により,ヒトの染色体研究は大きく発展してきた.特に,1970年代以降主に考案された種々の染色体分染法は染色体分析の精度を飛躍的に向上させ,遺伝子のマッピング,先天異常や悪性腫瘍における特異的染色体異常と臨床所見の関連の解明など,医学,生物学の分野に多大な成果をもたらした.
 本項では,まずこの分染法を含めた染色体分析技術を主に解説し,さらに分染法を応用したヒトの染色体研究の現状と今後を臨床検査の立場を踏まえつつ展望してみたい.

2初期絨毛による胎児染色体分析法

著者: 林研 ,   菊地清

ページ範囲:P.1400 - P.1405

●はじめに
 診断技術の進歩は産婦人科領域でも非常に目覚ましく,多くの新技術が開発・導入され,日常診療上重要な役割を果たしている.胎児診断のための絨毛採取法(chorionic villi sampling;CVS)も,最近注目されている新技術の一つである1,2).これは妊娠初期に胎児の種々な遺伝疾患を診断する目的で,妊娠8〜11週前後に経頸管的あるいは経腹的に絨毛の一部を採取する純然たる産婦人科的手法である.
 従来からの羊水細胞を用いた胎児診断法は,羊水穿刺による合併症もほとんどなく診断も正確であることから,15年以上にわたり広く臨床応用されているが3,4),最大の問題は妊娠17週以前に診断を下すことができない点である,そのため遺伝的リスクのある夫婦は長期間にわたり不安に悩まねばならず,また万一結果に異常が認められ,人工妊娠中絶を余儀なく選ばねばならない場合には,妊婦の多くがすでに胎動を自覚しているだけにその精神的苦痛は測り知れない.したがって,より早期に診断がつけられるよう種々の技術的改良や新しい胎児診断法の開発に努力が注がれてきた5).そのような背景のもとに,CVSによる出生前診断法が開発されたのである.

3高精度分染法

著者: 阿部達生 ,   堀池重夫

ページ範囲:P.1406 - P.1412

●はじめに
 1960年代フランスのLejeune一派は,染色体異常の解析に必ず前中期細胞を用いていた.構造異常を見いだしやすいという利点を熟知していたからだと思う.分染法の時代になっても,微細な同定を行うためには,このような長い染色体を選ぶのが鉄則である.しかし,通常の培養法ではprophaseやprometaphase細胞の出現頻度は非常に低く,また質も不良で,分析には不適当なことが多かった.ところが1976年Yunis1)は,methotrexate (MTX)による同調培養法を行うと,分裂指数が向上し,質のよい分裂像の得られることを報告した.その後,アクチノマイシンD (actinomycinD)2)やBud R3)を用いる方法も報告された.同調培養を行ったり,染色体の凝縮過程を阻害したりすることで,より早期の分裂像をとらえ,さらに標本の作製に工夫をこらすことで,良質のprometaphaseやlateprophaseの細胞が効率よく収穫できるようになった.
 これらの細胞に分染法を施行し,精度の高い分析を行おうとするのが,高精度分染法である.

Ⅹ微生物

1微生物同定検査法の新しい試み—1蛍光抗体法のウイルス感染症診断への応用

著者: 倉田毅 ,   佐多徹太郎 ,   佐藤由子

ページ範囲:P.1414 - P.1420

●はじめに
 蛍光抗体法(fluorescent antibody technique;FAT)とは,抗体に蛍光色素を標識しておき,その抗体と特異的に結合(反応)する抗原を細胞や組織内に検出しようとする方法である.免疫蛍光法(immunoflurescence=immunofluorescent technique)ともいう.紫外線に照射させることにより蛍光色素が緑または赤の蛍光を発するのを利用して,蛍光顕微鏡下で抗原抗体結合物の存在を見るものである.反応の特異性と感度の両点で極めて優れており,かつ操作が容易であるので,応用しうる領域は広い.
 特異性の高い抗体があれば,ウイルス抗原に限らず,細菌,真菌,ホルモン,その他の抗原物質の検出(分布,消長を含む)に広く応用が可能である.また原因のわからない疾患で,患者血清を用いて,既知の抗原を当たる(抗体の検出)ことも広く行われるようになってきている.ウイルス感染症については,日常診断上のみならず,研究上においても欠かせない方法となっている1).抗原抗体反応の形態学への応用という点では,近年,酵素抗体法が急速に発展してきている2).この酵素(horseradish peroxidaseが主),あるいはフェリチンを標識することにより光顕から電顕まで応用ができる.これらのうちではFATが最もよく検討されており,簡便さもあり,抗原検出などに際しては最も信頼がおける.

1微生物同定検査法の新しい試み—2化学分類学への応用

著者: 矢野郁也

ページ範囲:P.1421 - P.1427

●はじめに
 微生物の分類・同定に関する研究は,すでに19世紀後半のKochやPasteurをはじめとする多くの先駆者たちによって発展を遂げてきた.その流れを振り返ってみると,分類学の初期は明らかに比較分類学から始まり,しだいに系統発生の概念が取り入れられ,やがて数値分類学が芽生えて発展し,現在に至っている.もちろん,微生物分類学の初期の段階では,17世紀の初めにオランダのLeeuwenhoekによって発明された顕微鏡の利用に負うところが大きく,したがって微生物の形態観察は分類や同定の極めて重要な指標であった.けれどもPasteurをはじめとする微生物生理学者たちの研究の成果は,種々の発酵形式を明らかにし,しだいに生命現象が化学的に解明され,数多くの酵素蛋白の機能が明らかにされるに及んで,今世紀半ばには微生物化学もしくは酵素化学の全盛時代を迎えるに至った.
 このような微生物の生化学的性質が,細菌分類や同定の指標としていち早く取り入れられ,現在の微生物数値分類学の最も中心的な存在となっているのは,周知のとおりである.しかし,微生物学の広い分野が発展するに伴い,病原菌・非病原菌を問わず新しい微生物が数多く分離されるようになり,また分類学の体系も変化して,よりいっそう厳密な種の定義が必要とされるようになると,従来の方法では不十分なことがわかってきた.

1微生物同定検査法の新しい試み—3DNAプローブに対する相同性を利用した方法

著者: 吉川昌之介

ページ範囲:P.1428 - P.1435

 本法の基礎理論についてはすでに前著1)で解説したので,後の記述の理解に必要な最少限にとどめ,主として実用化しつつある実例の解説に重点をおく.

1微生物同定検査法の新しい試み—4毒素および特異代謝産物の免疫学的微量定量法への応用

著者: 本田武司

ページ範囲:P.1436 - P.1440

●はじめに
 微生物検査における一つの大きな問題は,検査室から臨床医が利用しうる情報を入手できるまでに長時間が必要なことである.したがって,現行の分離・同定法である形態・染色性検査,培養性状検査,生化学的検査などの改善・迅速化とともに,まったく別の観点から細菌同定における迅速化の可能性を今後さらに迫求してゆく必要がある.
 その一つの方向は,免疫学的手法を導入することである.これは,細菌の持つ特異物質あるいは菌体外に産生される特異物質の免疫学的特異性を利用して,それぞれの物質を検出することにより原因細菌を同定しようとするものである.この面での多くの努力は,まず細菌感染症の発症機構と直接関連性のある毒素の免疫学的検出法に向けられた.しかし,起病菌の同定のためには,毒素でなくてもその菌に特異的な物質であるなら,その物質を検出することより菌種が特定できるはずである.

2腸内フローラ研究の流れ

著者: 光岡知足

ページ範囲:P.1441 - P.1447

●腸内フローラの生態学的研究
 腸内フローラの研究は,Robert Kochによって細菌の純粋培養の開発された19世紀後半,Escherichによる乳児の糞便からの大腸菌(Escherichia coli)の分離によって始められたが,その研究は主として大腸菌,腸球菌などの好気性菌に限られていた.1899年,Pasteur研究所のTissierは母乳栄養児の糞便から嫌気性乳酸菌の一種,ビフィズス菌(Bifidobacterium)を分離し,これをきっかけとして,乳児栄養と腸内フローラの研究が小児科領域でにわかに活発となり,その翌年,オーストリアの小児科医Moroは,アシドフィルス菌(Lactobacillus acidophilus)を発見し,ここに,2種類の重要な腸内乳酸菌が早くも出そろった(図1).
 1935年,EggerthとGagnonは,成人の腸内からBacteroidesやEubacteriumなどの嫌気性菌が分離されることを報告したが,それまでの大腸菌が腸内優勢菌であるという考えかたは根強く,この新知見は,それから20年間も顧みられず終わってしまった.

3AIDSとそのウイルス学的検査法

著者: 栗村敬

ページ範囲:P.1448 - P.1451

●はじめに
 1970年代の後半からアメリカにおいて広がり始め,1981年にその存在が報告されたAIDS(acquired immunodeficiency syndromeの中でLAV/HTLV-III感染により惹起されるもの)は1983年になってMontagnierら1)により原因ウイルスが発見され,さらに翌年にGalloら2),Levyら3)によりウイルスが分離されることになって,一挙にウイルス学的検査の対象として考えることができるようになった.
 まずウイルス学的検査法の意義を理解するうえで簡単に,AIDSの原因ウイルスであるLAV/HTLV-IIIについて説明を加えておく.LAV/HTLV-IIIはレトロウイルス科に属している.レトロウイルスの特徴はRNA型ウイルスではあるが,逆転写酵素(reversetranscriptase)により逆転写が行われてcDNAが産生される.このDNAは子孫ウイルスの複製に必要であると同時に,一部は宿主DNAに組み込まれることになる.したがって,一度生体においてLAV/HTLV-IIIの感染が成立すると,その個体には一生ウイルスが持続して感染状態を成立させることになる.一般に抗体保有者がウイルスキャリアとみなされる理由はここにある.

Ⅺ座談会

先端技術と臨床検査の進歩

著者: 河合忠 ,   北村元仕 ,   林康之 ,   三輪谷俊夫 ,   高橋正宜 ,   江部充 ,   山中學

ページ範囲:P.1453 - P.1465

 近年の科学技術の進歩は,医療における革新的な技術の進歩を促し,臨床検査の面でも,バイオテクノロジーとメディカルエレクトロニクスあるいはそれらの結合した新しい技術の導入は,モノクローナル抗体,DNAプローブ,各種のセンサーとして,実用化されてきている.他面,先行技術により得たデータの臨床的意義についての解決すべき問題がある.バイオリズムを考慮した長期連続測定も,今後の課題であろう.先端技術がどう生かされるか,またそれをどう生かしてゆくか,期待は大きいものがある.

わだい

モノリシリックLSI

著者: 松尾正之

ページ範囲:P.1188 - P.1188

 モノリシックとは,「mono」(単一の),「litho」(石),つまり<一つの石で作られた>という意味の形容詞である.モノリシックICは図に示すように,(a)のウェーハ(wafer)と呼ばれる半導体(主としてシリコン)単結晶板の表面(深さ方向でたかだか10μm以内)に格子状に規則正しく配列して作られた回路を,(b)のように数百個のチップ(tip)と呼ばれる小片に一つ一つ切り離し,(c)のようなパッケージに納めた構造になっている.ICはホトリゾグラフィーの技術によってパターンを形成し,微量の不純物(ホウ素,リンなど)をウェーハ中に拡散させることによって,トランジスタ・ダイオード・抵抗などを形成し,これを相互に蒸着金属薄膜で接続して回路を形成したものである.多量生産が可能なため安価で,かつ極めて信頼性が高い.
 IC技術はμmの桁の微細加工技術であり,その加工技術の進歩とともにチップ当たり集積化される素子数は極めて多くなった.素子数にして1,000,ゲートにして100以上のICをLSI (large scale integration),または大型集積回路という.なおゲートとは,論理和,論理積などの論理演算を行う電子計算機の基本構成回路をいう.

パソコン・ネットワークシステムの問題点

著者: 松田信義

ページ範囲:P.1197 - P.1197

 パソコンは小型のコンピューターで,机上に置いて手軽に使える多機能情報処理システムである.過去数年間,パソコンをめぐる技術革新は目覚ましく,日本語ワープロ,簡易言語,パソコン通信,パソコンCAI(教育),パソコンAI (人口知能)ツール,パソコンLAN (ローカル・エリアネットワーク)など話題は尽きない.さらに本体は,16ビットからいよいよ32ビット・パソコン(ワークステーション)へ,利用形態も主流は単一コース型からマルチユース型(ワープロ,通信,オンライン分析などを同時に並行して行う)へ発展しつつある.
 このようなパソコンを分析装置と結び,さらにパソコンどうしも通信でつないで,臨床検査を効率的に営む試みがある.しかし,こうしたパソコン・ネットワークシステム(パソコンLAN)を臨床検査において稼動させるとなると,困難を伴う.その最も大きな要因として,パソコンLANと対比される,いわゆるセンター型システムの普及・拡大が,すでに大手のコンピューターメーカーにより,強力に進められている点が挙げられる.

DNAコロニーハイブリダィゼーション法による毒素遺伝子の検出

著者: 西渕光昭

ページ範囲:P.1207 - P.1207

 細菌が毒素を産生するか否かを試験するには,産生された毒素をバイオアッセイもしくは免疫学的手法で検出する従来の方法のほかに,最近では毒素をコードしている遺伝子を検出する方法が試みられている.ニトロセルロース膜,ナイロン膜,または濾紙上に,発育したコロニーを処理して菌のDNAを露出させた後,固定し,コロニーブロットとする.これをラベルしたDNAプローブと反応させて試験コロニー中に目的とする遺伝子が存在するか否かを調べるもので,DNAコロニーハイブリダイゼーション法と呼ばれる.
 通常,プローブとして使用する毒素遺伝子はプラスミド中に保持されている(宿主中で自然にプラスミド中に存在する場合と,クローニングの結果ベクタープラスミド中に人為的に組み込まれた場合とがある).時にはこのプラスミド全体をラベルしてDNAプローブとして使うことがある.この場合,対象とする毒素遺伝子を含め,プラスミド中のその他の遺伝子も同時にプローブとして反応させていることになるので,陽性反応が検出されても必ずしも目的とする遺伝子との反応とはいいきれない.そこで特定の遺伝子のみによるハイブリダイゼーション反応を検出するために,対象とする遺伝子部分のみを制限酵素を使って切り出し,DNAプローブとして使うことが一般化している.その場合には,反応は検出しようとする遺伝子に特異的であるといえる.

軟部腫瘍診断への免疫組織化学の応用

著者: 高桑俊文 ,   大沼繁子 ,   牛込新一郎

ページ範囲:P.1208 - P.1208

 免疫組織化学は広範囲に応用され,今日では病理検査の一部門としてルーチンに行われているといっても言いすぎではないだろう.軟部腫瘍の診断は困難なことが多いが,免疫組織化学の応用は,診断のための有力な補助手段となるものと思われる.今回,われわれの教室で行っている軟部腫瘍診断への酵素抗体法の応用の中で代表的なものについて供覧する(詳細は,本文1234〜1238頁を参照されたい).以下の写真に例を示したように,酵素抗体法は軟部腫瘍の診断に有効であるが,同時にすべてがこれで解決すると考えることは危険であり,その解釈には,慎重を要する.

電子内視鏡による消化管内視鏡検査

著者: 鈴木邦夫 ,   郡大裕

ページ範囲:P.1233 - P.1233

 最近注目を集めている電子内視鏡(electronic endoscopy)による消化管内視鏡検査について,その現況と将来の展望を中心に述べよう.
 胃内視鏡検査法は1868年にKussmaulが硬性胃鏡を試作して以来,軟性胃鏡,さらにガストロカメラの時代を経て,今日のファイバースコープへと発展してきた.特に今日,ファイバースコープによる消化管内視鏡検査法は診断のみでなく治療にまで幅広く応用され,消化管臨床の主役を担っている.

二次イオン質量分析機(SIMS)による組織内微量金属の測定

著者: 只野寿太郎

ページ範囲:P.1238 - P.1238

 最近,計測技術や超真空技術などの進歩に伴って,プローブとして電子,イオン,光,X線などを利用する分析法が発達してきた.二次イオン質量分析機(secondary ion mass spectrometry;SIMS)はプローブに高エネルギーのイオン線を用い,試料中の微量金属を定量する目的で開発された機器である.
 医学の領域において組織内での微量金属の動態はWilson病,ヘモクロマトーシス,各種重金属中毒などの例を挙げるまでもなく,極めて興味のもたれている分野である.組織内の金属の分析は,古典的には染色法があるが,非特異的なこと,定量性のないこと,特定の金属しか同定できないことなどから,研究的な目的には使えない.現在,原子吸収分析法,プラズマ発光分析法などが用いられているが,組織を溶液状態にするため,組織内での分布状態を見ることができない.

免疫組織化学の展望

著者: 名倉宏

ページ範囲:P.1256 - P.1256

■はじめに
 1986年は,Nakane教授が‘Enzyme-labeled antibodies:Preparation and application for localization of antigens’という論文を,"The Journal ofHistochemistry and Cytochemistry"に発表し1),酵素標識抗体法を世に紹介してからちょうど20年目であるという,記念すべき年である.さらにそれをさかのぼること10年,1955年には故Coons教授により蛍光抗体法が開発されている2).そして逆に今から10年前には,Köhler,Milstein両教授が細胞融合法により単クローン性抗体の作製法を紹介し3),免疫組織の応用範囲を飛躍的に発展させたことは記憶に新しい.
 それに続くこの10年間は,酵素抗体法を中心とした免疫組織化学が,免疫学の分野のみならず細胞生物学あるいは臨床医学において,それぞれ独自の発展を遂げた拡大の時期であると思われる.

危険な好塩性ビブリオVibro damsela

著者: 余明順

ページ範囲:P.1265 - P.1265

 V. damselaは70年代にすでに人の創傷感染部位から分離されていたが,"an unnamed marine vibrio"として扱われていた.Love1)らは,この菌が自然界でdamselfishに皮膚潰瘍を起こすことを見いだし,Vibrio damselaと命名した.今までに人の手や足の創傷部位から分離されたV. damselaはすでに12株CDC(Centers for Disease Control)に集められているが,いずれも重症ではなかった.
 しかし最近の報告2,3)によると,テキサスの湾岸で魚釣りをしていた38歳の男性が魚のひれで軽い怪我をし,そのときはほんの少し痛みを感じただけであったのに,それから36時間後には重症の進行性壊死のため右腕を切断した.この患者には基礎疾患はなく,手術で得られた指の組織からV. damselaが分離された.また61歳の男性で,アルコール好きで膵炎とインスリン依存性糖尿病の病歴を持つ患者の場合,淡水湖で釣った魚を洗っていて魚で左手に浅い怪我をし,数時間後には左手が膨れて浮腫になり黒ずんできた.肘まで黒ずんできて指先が壊死を起こし,肩の関節離開を行った.しかし数時間後には切開部の周囲が壊死を起こしたので,さらに広範囲にわたる挫滅組織除去手術を行ったが,その後もDICが続き,急性の肝機能不全,過カルシウム血症を引き起こし,最初の怪我から9日目で死亡した.

Campylobbacter jejuniの産生する細胞毒素の検出

著者: 辻孝雄

ページ範囲:P.1276 - P.1276

 日本では,Campylobacterが起因菌として起こる炎症性腸炎が最も頻度の高い細菌性腸炎であるといわれ,注目されている.起因菌として散発下痢症および食中毒から分離されたCampylobacterは,大半がC.jejuniである.本菌はヒトでは主に空腸と回腸または結腸に主病変を生じるといわれているが,潜伏期間(2〜7日)が長いことから,体内で菌が増殖することによって下痢症が発生すると考えられている.しかし,下痢の原因はまだ明らかにされていないが,解明の努力がなされている.
 その一つとして近年,毒素検出法により研究が進められ,毒素の産生性が明らかにされてきた.まず毒素原性大腸菌の産生する易熱性エンテロトキシン(LT)とよく似た下痢毒素(LT様毒素)を産生すると報告され1),さらにC.jejuni腸炎が炎症性腸炎であることから,赤痢(Shigella dysenderia)のShigatoxinや,腸出血性大腸菌の産生するVerotoxinと似た細胞毒(Cytotoxin)が産生され,細胞障害を生じて出血性下痢を引き起こしているのではないか,と報告された2).これらの結果から,毒素産生の有無を検索することが,本菌の下痢発症の原因究明に重要であると考えられるようになってきた.

EIAはどこまで微量を測れるか

著者: 石川榮治

ページ範囲:P.1302 - P.1302

 酵素免疫測定法の感度がどこまで高くなるかという問題は,一概には論じられない.
 その理由を,まずハプテンと高分子多価抗原とに分けて考えるのが適当であろう.ハプテンの測定は競争結合法によってのみ測定可能であり,高分子は競争結合法によっても測定できるが,非競争法,ことにサンドイッチ測定法により測定できるからである.次に,競争結合法による場合も,二つに分けて考えることが必要である.つまり,均一系と不均一系とである.均一系ではいわゆるB/F分離を行わないが,後者ではB/F分離を行う.B/F分離を行う不均一系競争結合法では,ハプテンは通常1fmol前後を測定することができる.感度が低いときは10fmol,高いときは0.1fmolの測定が可能となる.均一系ではB/F分離を行わないので簡便になる代わりに,また免疫反応の時間を短縮して迅速化する代わりに,不均一系に比べて1桁ないし2桁感度が低下する.

生体ポリアニオンセンサー

著者: 梅澤喜夫

ページ範囲:P.1331 - P.1331

 種々のイオン種の有機ホスト分子への結合および認識は,生体系においてもたいへん重要になっている.今までのモデル研究は主として陽イオンの認識に注がれており,クラウンエーテルなど合成ホスト化合物により行われている.最近,ある種の大環状ポリアミンが生体ポリアニオン,例えばATP4—,ADP3—,AMP2—,ポリカルボン酸イオンなどに対し,受容体のように振る舞うことが見いだされている.
 最近われわれは大環状ポリアミン,1,4,7,10,13—ペンタアゾシクロヘキサデカン(16aneN5と略記される)にヘキサデシル基(—C16H33)を導入して脂溶性としたものを用いた新しい液膜型陰イオンセンサーを試作し,種々の陰イオンに対する応答性の検討を行った.16aneN5の構造は図1のようで,これをフタル酸ジオチル(DOP),またはο—ニトロフェニルオクチルエーテル(ο—NPOE)に溶解させ,ポリ塩化ビニル(PVC)に含浸させたものを感応膜とした.作製した液膜型イオンセンサーの構成を下に示す.

リウマトイド因子の定量

著者: 向田直史

ページ範囲:P.1336 - P.1336

 リウマトイド因子(RF)は,慢性関節リウマチ(RA)患者血清などに存在する,変性IgGのFc部分に対する自己抗体で,従来受身凝集反応に基づくRAテストあるいはRAHAテストで測定されてきた1).しかし,これらの方法は定量性・再現性に乏しく,金剤などの治療によるRAの症状の改善に伴うRFの変化を検知することは困難であった.
 現在までに定量性・再現性のよいRF測定法をめざして,下に挙げるような方法などがRF測定に応用されてきた.

レクチン親和電気泳動法の臨床応用

著者: 武田和久

ページ範囲:P.1348 - P.1348

 親和媒体としてのレクチンを相対的固定化相として用いることによって,レクチンと反応性を有する糖蛋白などを親和性の差に従って電気泳動で分離する方法が,レクチン親和電気泳動法(lectin affinity electrophoresis)であり,レクチンのリガンドである糖を固定化相として用い,レクチンを分離するレクチンの親和電気泳動(aflinity electrophoresis of lectins)1,2)とは逆の関係にある.レクチンを含有するアガロースゲルを相対的固定化相として用い,主に糖蛋白を分離するレクチン親和電気泳動はBφg-Hansenら3)によって確立されたもので,蛋白質をその機能の差に基づいて分離することができる電気泳動法として画期的なものである.
 レクチンは,通常の電気泳動に用いるアガロース内ではほとんど泳動されないので,単にアガロースに混入してゲルを作るのみで,均一な相対的固定化相が得られる.分離する糖蛋白は固定化相としてのレクチンと十分に異なる電気的移動度を有することが必要で,通常は陽極側に移動するα領域の糖蛋白が対象となる.分離の原理として,レクチンと親和性を有する糖蛋白の複合体が,それぞれ単独の場合の電気的移動度の平均速度で泳動されると考えたほうが理論上4)は都合がよいが,実際には,レクチンとの相互作用によって糖蛋白の泳動速度が低下することが分離の主要因のようである.

オムニスコープ

著者: 鈴木豊

ページ範囲:P.1360 - P.1360

 オムニスコープは,99mTcを用いて心臓のポンプ機能を簡便に測定するために開発された装置で,直径50.8mm,高さ25.4mmのシンチレーションプローブとメカニカルスキャナーを組み合わせた検出器とデータ処理装置から構成されている(図1).この装置の特徴は,以下のごとくである.すなわち,①移動が容易で,どんな場所ででも使用できること,②検出器の可動範囲が広く,どんな状態の患者にも実施できること,③小量のRI投与で短時間にデータを反復収集できること,④メカニカルスキャナーの利用により心臓の位置決めが容易にかつ正確にできること,などである.
 心ポンプ機能の検査法には,RIをボーラスとして静注した直後の初回通過データを利用するファーストパス法と,99mTc標識赤血球ないし血清アルブミンを静注し,RIが全身の血液プールに均等に拡散した後にデータをとる平衡時法があるが,オムニスコープではこの両検査法ともできる.平衡時法では,心電図のR波をトリガーとしたマルチゲート法と,心電図同期なしに12秒間収集したデータを利用する方法とを選択できる(図2).後者は,一般のシンチレーションカメラ・コンピューターシステムを使っては実施不可能な検査法で,不整脈のある場合,あるいは運動負荷直後のように心拍数が急激に変化する場合の左室ポンプ機能の評価に適している.

レーザーフアイバースコープによる癌の早期診断

著者: 小中千守 ,   加藤治文 ,   早田義博

ページ範囲:P.1388 - P.1388

 ヘマトポルフィリン誘導体(HpD)が,腫瘍親和性が強く,photo dynamic効果のあることは,1960年前後から知られている.この性質を利用した癌の診断への応用は近年,世界で脚光を浴びつつある.われわれは1979年以降,HpDとレーザー光線を組み合わせた診断システムを開発し,内視鏡下に肺癌,胃癌などの早期発見を試みている.

エラストマー

著者: 松田武久

ページ範囲:P.1452 - P.1452

 血液循環系人工臓器の医用材料としては,プラスチックよりもエラストマー(弾性体)が血液循環回路の母材および血液接触面として多用されている.これは血液ポンプ機能や弁機能を付与するためには,拍動を起こさせたり,あるいは拍動に耐えうる力学的性質が要求されるためであり,次のような物性が基本的に要求される性能である.
1)力学的性質としては優れた弾性率を有すること,繰り返し変形に対して耐疲労特性が優れていること

免疫学的便潜血テスト

著者: 北條慶一 ,   池田ミナ子 ,   藤川荘介

ページ範囲:P.1466 - P.1467

 大腸癌が増加し,早期発見の手段として便の潜血テストが注目されている.従来のベンチジン,オルトトリジン,グアヤック試薬を用いた方法は,食品中の肉や緑黄色野菜でも呈色反応陽性となり,いわゆる潜血テスト偽陽性(false positive)が多く,これを少なくするために感度を下げると偽陰性(false negative)が多くなる.感度を落とさず,偽陽性も少なくするために,検査の2〜3日前から面倒な食事制限を必要とした.
 特に大腸癌の集検を行うに当たって,効率を上げるためのスクリーニングに便潜血テストを用いるが,これが一つの大きな障害となっている.そこでヒトのヘモグロビン抗体を作り,これを用いて便中のヒトヘモグロビンのみを特異的にチェックしようとするのが,免疫法である.凝集法,EIA法などいくつかの方法がすでに開発されており,また開発中である(図).

基本情報

臨床検査

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1367

印刷版ISSN 0485-1420

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?